IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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1 幼なじみで世話焼きで毎朝起こしにくる系ヒロイン
2 転校生をどっかで見たことあると思ったら今朝登校中にぶつかったアイツだ系ヒロイン
3 極限状況で出会って何度も一緒に危機を乗り越えていく内にお互い惹かれ合ってく系ヒロイン
4 空から落ちてくる系ヒロイン
5 殺し愛系ヒロイン

お好みは?

※ 7月17日 20:00頃追記
 利用規約を確認したところ、アンケートの回答を感想で求めるのは規約違反となっていました。利用規約を熟読していなかった私のミスです。申し訳ありません。
 よって、この前書きに関する感想は書かないでいただけると助かります。思いつきで軽々に行動してしまい、まことに申し訳ありませんでした。


第69話 逢引

 キャノンボール・ファストを来週に控えた土曜日。

 早朝の鍛錬を終え、花の世話をし、シャワーで汗を流し、朝食を済ませた後の、休日特有の手持ち無沙汰な時間。

 

「…………」

 

 ……本音はまだ寝ている。休日の前はいつも遅くまでインターネットでなにやらやっているのだ。その幸せそうな寝顔を見ていると妙に腹が立つ。

 

「…………」

 

 さて、今日は何をするか。まあどうせほとんど訓練で終わるのだろうが、やはり暇な時間は多い。……試験に向けて勉強でもするか。

 そう考えて、机に向かおうとした時――

 

 コンコン。

「真改さん、いらっしゃいますか?」

「……応……」

 

 この声……というか喋り方は、セシリアか。一体何の用だ。

 

「失礼します」

「…………」

 

 扉を開けると、鮮やかな金髪が目に入った。廊下の、人工の照明の下でありながら、太陽のような輝きを放っている。

 

「真改さん、今日はお暇ですか?」

「……応……」

 

 予定、というほどの用事もない。というより、普段から予定があることの方が稀だ。

 

「よかった、それではお願いがあるのですが」

「……?」

「わたくし、今日、お買い物に行こうと思いますの。お付き合いしてはいただけませんか?」

「…………」

 

 買い物? そんなもの、一人で行けばいいだろう。

 ……とは思うのだが、どうやら買い物とは友人と行く方が楽しいらしい。特に少女は。己にはよく分からんが、本音に随分と熱心に教えられた。IS学園という特殊極まる学園の生徒ではあるが、それでも少女には違いない。やはり買い物には、友人と共に行きたいのだろう。

 

「……分かった……」

「まあ、ありがとうございます! では、駅前のモールに10時に待ち合わせでよろしいですか?」

「……応……」

「ふふ、お待ちしていますわ。では、失礼します」

「…………」

 

 花咲くような笑みを浮かべ、セシリアが立ち去る。それを見送って、部屋に戻った。

 ……買い物か。特に欲しい物もないが……まあセシリアの買い物に付き合うのであって、己が何かを買いに行くのではない。それに友人と出かけるのに、特段用事など必要なかろう。

 

「…………」

 

 さて、それでは身支度をするか――と、備え付けのクローゼットに向かったところで。

 

 コンコン。

「やっほー。シン、居る?」

「…………」

 

 今度は鈴か。今日は客が多いな。

 

 ガチャリ。

「おはよう、シン。今日ヒマ? ヒマよね?」

「…………」

 

 暇と決め付けている。確かに普段、訓練以外のことは滅多にしないが……いささか失礼ではなかろうか。

 

「んじゃさ、ちょっと出かけましょうよ。買い物に行こうと思ってるの」

「…………」

「じゃ、駅前のモールで。時間は、そうね……10時でいいわよね」

「…………」

「じゃ、待ってるわ」

 

 言うだけ言って、鈴は去ってしまった。己もセシリアとの約束があることを言おうとしたのだが、勢いに負けて言えなかった。

 

 ……まあ、いいか。偶然にも、セシリアと鈴が待ち合わせに指定した場所も時間も同じ。それに二人とも、普段はよく喧嘩しているが、実際には仲が良い。……筈だ。

 

 ……大丈夫だといいが。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ふ~んふふ~ん♪」

「……どうしたの、セシリア? なんだか随分、機嫌よさそうだね」

 

 セシリアが鼻歌を歌いながら化粧をしていると、セシリアのルームメイトである菊池日向が話し掛けて来た。セシリアの私物に埋め尽くされている室内で少々窮屈そうではあるが、しかし日向に不満はなかった。

 日向にとって、セシリアは真改の非公式ファンクラブ、「真友会」の同志なのだ。

 

「ふふ……実はですね、これから真改さんと、お買い物に行くのです!」

 

 そしてセシリアも、日向のことを真友会の同志として信頼していた。なにせ日向は、セシリアや本音たちと共に真友会を創設した、「最初の五人」の一人なのだから。

 

「ええ!? そ、それじゃあ……」

「はい、お任せを! 日向さん、そして我らが同志たちのために、真改さんの私服姿、しっかりと写真に収めてきますわ!」

「うん、お願いね、セシリア!」

 

 そしてこの日向嬢、嫉妬とかそういう感情とは無縁であった。ただ真改を、その勇姿を見ることが出来ればそれでいい、そんな無欲な少女であった。

 決して他人を邪魔したり抜け駆けしたりはせず、しかしファンとしての思い入れは誰にも負けない。そんな彼女を、ファンの鑑、越えてはならない一線に立つ者として、「ラインの乙女」と称し尊敬する者までいるほどだ。

 

「では、行って参ります……!」

「うん、頑張ってね!」

 

 日頃から身だしなみには気を遣うセシリアだが、今日は特に気合が入っていた。まるで意中の男とのデートに行くかのような気合の入りっぷりであった。

 そんなセシリアの後姿を、日向は期待に満ちた目で、その隣に浮くチビ上君は何を考えているのかよく分からない目で見送っていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「さーて、っと。何着てこっかなー」

 

 鈴は、久々の友人との外出に上機嫌だった。最近は訓練で忙しく、学園から出ること自体が少なかったのだ。本当なら今日も訓練をするつもりだったが、キャノンボール・ファストのための訓練が出来る第六アリーナは既に埋まっている。まあそれはいつものことなのだが、誤算だったのは一夏が第六アリーナを予約出来たことだ。

 第六アリーナは人気があるだけあって一年生が自主訓練に使えることは少ないのだが、やはり一夏が特別なせいか……優先されたようだ。

 

(……ま、そんなことはいっか。過ぎたことは仕方ないし)

 

 先週ならまだしも、今キャノンボール・ファスト以外の訓練で感覚を鈍らせたくはない。それでも一夏と訓練出来るのならそれも良かったが、その一夏は一人だけ訓練している。腹立たしいが、しかしどうすることも出来ない。ならばどうにか出来ることに想いを馳せるべきだ。

 

 つまり、「やることがないから遊びに行こう」というわけだ。

 

「……まあ、一夏が相手ってわけでもないし、そんなに気合入れる必要もないわよね。これでいいか」

 

 幸いにも、訓練の虫である真改も暇を持て余していたようで、思ったよりあっさりと外出に同意した。……鈴にとって、真改が「断らない」ということは「了承した」ということなのだ。あながち間違いではないのだから困る。

 というわけで、鈴は訓練も勉強も忘れて、遊びを満喫することにした。真改は鈴にとって一番の親友、一緒に遊びに行くことが楽しくないわけがない。

 

「んじゃ、行きますか♪」

 

 そんな感じにウキウキしながら、鈴は部屋の扉を開けた。

 

 すると、そこには――

 

「……お久しぶりです、凰鈴音代表候補生」

「…………」

 

 そこに居たのは、二十代後半の女性。纏うスーツに皺や汚れなど一切なく、不機嫌そうな美顔に掛けられた眼鏡は眼光の鋭さを和らげることなくギラリと光る。

 ――楊麗々(ヤン・レイレイ)。鈴がある意味千冬以上に苦手とする、中国政府の候補生管理官である。

 

「あ、あの……どういったご用件でしょうか……」

「かねてより開発中だった、キャノンボール・ファスト用の高機動パッケージ、〔(フェン)〕が完成しました。これより微調整のための試運転を開始します。準備しなさい」

「え!? ちょ、よりによって今……!?」

「今です。キャノンボール・ファストまで時間がありません、〔風〕をあなたに合わせるのも、あなたが〔風〕に慣れるのも、今からでなくては間に合いません」

「……了解……」

 

 なんかアイツみたいな言い方だなー、などと他人事のように思いながら、鈴は携帯電話を取り出した。そして素早く、メールで真改に今日の外出をキャンセルする旨連絡する。送信完了を確認して、鈴は目を閉じ。

 

 ……そして、目を開け。

 

「……それじゃあ、アリーナに行きましょう。第六じゃなくても、試運転くらいはどうにかなるでしょ?」

「はい。まずは〔風〕の衝撃砲の性能を確かめてください。これは局長が開発を指揮した特別製です、使いこなすことはあなたの義務ですから」

「お爺様が? ……なら、頑張らなきゃね」

 

 鈴が心から信頼し楊ですら敬愛する人物の名を出され、鈴はやる気を漲らせた。真改との外出が出来なくなったことは意識の外に追いやられ、楊の端末から転送された〔風〕のスペックデータを確認する。

 

「……へえ、近距離仕様の、拡散衝撃砲、か……」

「キャノンボール・ファストの速度では、距離が離れていては当たりませんから。射程距離を短くし、威力を抑えて効果範囲を広げ、攻撃より妨害を主眼に置いた武装です」

「なるほど、バナナを制す者はマリカーを制す、ってわけね」

「何を言っているのですか」

 

 専門知識がなければ理解できない膨大なデータを一つ一つ確認しながら、廊下を歩く鈴。鈴の質問に淀みなく答えながら追従する楊。

 

 鈴は楊の生真面目すぎる性質を苦手としているし、楊もまた、鈴の奔放さを好いてはいないが。

 

 それでも二人は、互いを仕事上のパートナーとして信頼し合っている。それが分かる、後姿であった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ふふ……真改さんとのお買い物……以前にもありましたが、二人きり、というのは初めてですわね」

 

 真改との待ち合わせ場所、駅前のモールの出入口で、セシリアはウキウキしながら待っていた。最近行き詰っていた、ISの訓練。自分の能力に自信が持てず、才能の不足を感じ、焦り……そしてある時、ふと、鏡に映る自分の顔がひどく追い詰められていることに気づいたのだ。

 その顔を見て、セシリアは思った。いかんいかん、貴族たるもの常に余裕を持って、優雅に振る舞わねば。こんな怖い顔をしていては、オルコットを名乗れない。

 では、顔を和らげるにはどうすればいいか? 答えは簡単、気持ちを和らげればいい。訓練ばかりでは身体だけでなく心も疲れてしまう、たまには一日かけて、じっくりと心身を休ませなければ。

 

 ……つまりは、息抜きである。

 しかし想い人である一夏は、今日は訓練で外出不可。ならばと、憧れの人(色んな意味で)を誘うことにした。思っていたよりあっさりとOKが出たので、余剰分の気合を入れて身支度を整えた。

 化粧は素材を活かすよう薄く、しかししっかりと。身に着けたワンピースはクリーニングから戻ってきたばかりのお気に入り、風に靡く白い布地は清楚で麗しく、その上から羽織った青いカーディガンとの色合いはまるで青空と雲のようで、念入りに手入れされ眩く輝く金髪はさながら太陽と言ったところであろうか。

 

 そのため今現在、駅前のモールの出入口という人の出入りが極めて多いこの場所に、めっちゃキラキラしてる金髪碧眼の美少女が佇んでいるわけで。

 そんな美少女を、果たしてナンパ好きな男共が放っておくだろうか。いや、そんな筈はない。

 

「ねえちょっと君、待ち合わせ?」

「……うん?」

 

 上品な腕時計を眺めて約束の時間が徐々に近づいてくるのを楽しんでいたセシリアに、声をかける男。その数三人。なんだか前にも見たことあるようなその展開に、セシリアは思わずため息を吐いた。

 

「……はあ。なんなのでしょう、このデジャヴは……」

「あれ、どうしたの? タメイキなんかついちゃって」

「そんなんじゃ、シアワセが逃げちゃうよ?」

「仕方ないなあ、その逃げたシアワセは、俺たちが埋めてあげるよ♪」

「…………」

 

 しかもなにやら、ナンパに来る男の質が以前より低い気がする。外見ではなく、中身の。

 

「……申し訳ありませんが。あなたたちがおっしゃった通り、わたくし、待ち合わせしてますの。邪魔ですので、消えていただけません?」

 

 楽しい待ち合わせの時間を邪魔され、その苛立ちを眼力に乗せて睨みつける。しかし男たちは露ほども気にせず――というより、その空気を読むことも出来ずヘラヘラと笑い続けていた。

 

「そんなつれないこと言わないでさ~」

「君さ、見たとこガイジンさんでしょ? ニホンには何しに来たの? 観光?」

「ならちょうどいいや。俺たち、歩く観光名所だぜ?」

「……………………」

 

 あまりにも知能の低い発言に、セシリアは頭を抱えた。その仕草がどういうわけか誘いを受けるかどうか考えているように映ったらしく、男たちは一気に畳み掛ける。

 

「ほら、行こうぜ? 君みたいなコは時間無駄にしちゃダメなんだよ?」

「そそ、俺たちがイイトコ教えてあげるからさ」

「ついでに、イイコトも教えてあげるから♪」

「……ふぅ。仕方ありませんわね」

 

 これ以上聞いていると、耳が汚染されそうだ――そう感じて、セシリアは本格的に男たちを追い払うことを決めた。

 とりあえず、馴れ馴れしく伸びてきた手を捻り上げよう。折れない程度に、でも関節は外れる程度にしよう。

 

 しかし、その直前。

 

 セシリアと男たちの間に割り込む、人影が――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 さて、そろそろ出かけるか――というタイミングで、本音がようやく目を覚ました。とても長いあくびをして目をこすり、それからゆるゆると己を方を向いた。

 

「むあ~……おぁよおぅ、いのっふぃ~……」

「…………」

 

 おい、本当に起きているのか? 寝言にしか聞こえんぞ。

 

「……あるぇ~? お出かけ~……?」

「……応……」

 

 本音は亀にも劣る速度で洗面所に向かうと、蛇口を全開にしてその水を頭から浴びた。

 ……洗面台に頭を突っ込んでピクリともしないという絵は、なにやら殺人現場のように見えるな。

 

「……ふぃ~、すっきりしたぁ~わわわぁ~~」

「…………」

 

 どう見てもすっきりしているようには思えないが、それはいつものことである。そして本音は己の格好に気づいたようで、パチパチと目をしばたたかせる。

 

「あれ~? いのっち、お出かけ~?」

「……応……」

 

 さっき訊かれたぞ、それは。ついさっきな。

 

「へえ~。誰かからのお誘い~?」

「……かくかくしかじか……」

「かゆかゆうまうま~」

 

 おい、その返しはやめろ。なんだかよく分からんが、大災害クラスの大事件が起きる気がする。

 

「んん~、ならその格好はNGです~」

「……?」

「普通すぎるよ~」

「…………」

 

 普通の何が悪い。普通の生活、普通の人生。それを求めて必死に生きている人たちもいるんだぞ。

 

「あのさ~。いのっちは、せっしーとお出かけするんだよね~?」

「…………」

 

 ちなみに先ほど、鈴から連絡が来た。急用が入り、出かけられなくなったそうだ。

 

「せっしーがいのっちとお出かけしよう、ってことはだね~、デートのお誘いだよ~?」

「…………」

 

 デート……というのは、男女で行くものではないのか?

 

「んもう~、いのっちはわかってないにゃ~」

「……にゃ……?」

「とにかく~。そんな格好でせっしーとお出かけするのは、この本音さんが許しません~。さよりんからいのっちのことを頼まれてるので~」

「…………」

 

 ……小夜め、余計なことを……。

 

「と、いうわけで~。いのっちのこーでぃねぃとを、しちゃいます~」

「…………」

 

 言って、本音はふらふらとクローゼットに向かった。その中には本音の衣装が半分、己の服が半分入っている。……何故だ。

 

「ふっふっふ~。こぉんなことも、あろーかとぉ~!」

「…………」

 

 おい、その台詞はやめろ。クローゼットの奥から社長か主任が出てきそうな気がするだろうが。

 

「こないだの文化祭の時からね~、やっぱ似合うな~、って思って~、準備してたんだよ~」

「…………」

「じゃじゃ~ん!」

 

 出てきたのは……思っていたほど、奇抜な服ではなかった。

 

(……まあ、いいか……)

 

 少々飾り過ぎな気もするが、それほど気にはならなかった。これはあれか、凄まじく高価な品物を勧められた後にそこそこ高価な品を勧められると、不思議と安く感じるという……。

 

「んじゃ、これで行きましょーか~」

「……はあ……」

 

 それほど不満のある物でもなかったし、それに時間も押している。この服で妥協し、待ち合わせ場所に向かうとしよう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「し、真改さん……!?」

「…………」

 

 セシリアと男たちの間に割り込んだのは、真改だった。セシリアに伸ばされた腕を掴み、鋭い眼で男たちを睨んでいる。

 

「な、なんだお前……!?」

「てめえ、このコは俺らが目ぇつけたんだぞ!」

「…………」

 

 男たちは、真改が女だと気づいていないようだった。

 それも無理もない、今の真改は、セシリアでさえ一瞬男と錯覚するような姿だったのだから。

 

 長い黒髪はうなじで纏められ、前からは見えないだろう。

 その輝く黒とは違う、光を呑み込む夜のような黒色のジャケット。

 ジャケットと同色のズボンと、正反対の白いワイシャツ。

 腰に巻かれた銀の鎖は、首から提げられた朧月のそれに劣らぬ輝き。

 

 普段の、適当に選んだら男物ばかりだったという服とは根本的に違う、完全な「魅せる」ための男装だった。

 

「おいてめえ、なんか言えよっ!」

「……触れるな……」

「あぁんっ!?」

 

 小さいながら良く響く声で、呟かれた言葉。

 それは男たちにではなく、セシリアに向けてのものだった。

 

「……汚れる……」

「え……!?」

「て、めえ……」

「ナメた口きいてんじゃねえぞ!」

 

 だがそんなことに気づくなど、この男たちに出来るわけもなく、真改が隻腕であることにも当然気づかず。ただ単純に、ナンパのターゲットを横取りされたと思って、怒りに任せて拳を振り上げた。

 しかし、素人が繰り出す拳が真改に当たるかと言えば。

 

 ――当たるわけがない。

 

「…………」

「う、お!?」

 

 拳が当たる瞬間、真改はその腕を取った。そして勢いを利用し、投げる。

 その気になれば頭からアスファルトに落とし即死させることも可能だったが、そうすると色々問題があるので、くるりと回転させた。

 結果、男は前方宙返りをしたかのように、無事に着地して。

 

「え、あ……?」

「な、なんだよ、今の……!?」

 

 流石に、その現象が普通でないことは男たちにも分かった。なにより投げられた男は、前宙が出来るような運動神経を持ち合わせてはいないのだ。

 

「こ、コイツ、アレじゃねえの、タツジンとかいうヤツ……!」

「ば、バカ、んなのジツザイするわけ……!」

「で、でも今の……!」

「…………」

 

 すっかり腰が引けた男たちを一睨みしてやると、無様な悲鳴をあげながら逃げて行った。それを見送り、真改はセシリアに向き合う。

 

「……無事……?」

「…………」

 

 しかし、返事はない。ただのしかばゲフンゲフン放心状態のようだ。

 

「……?」

「……はっ!? あ、し、真改さん、今日はご機嫌うるわしゅう……」

「…………」

 

 セシリアの取り繕い! しかしセシリアは混乱している!

 

「……待たせた……」

「え!? あ、いえ……わ、わたくしも、今来たところですわ……」

「…………」

 

 セシリアはなにやら正気ではないようなので、真改は無視することにした。とりあえず買い物目的で外出したことだけは確かなので、それを第一目標として行動することにした。

 

「……買い物……」

「え? ……あ、そう、そうですわ! 真改さん、わたくし、買いたい物がありますの!」

 

 真改の言葉で、セシリアも正気を取り戻した。真改を買い物に誘った、その最初の目的を思い出した。

 

 それは――

 

「ほら、来週、一夏さんの誕生日でしょう? わたくし、素敵な誕生日プレゼントを贈りたいと思うのですが……」

「…………」

 

 ああなるほど、と真改は思った。

 一夏の誕生日、それはセシリアにとっては極めて重要なイベントだろう。当然、プレゼントは一夏が大いに喜ぶ物を贈りたいと思うに違いない。ならば一夏の嗜好を把握している真改に意見を求めるのは自然な流れだ。

 

「真改さん、一夏さんはどのような品をお好みですか?」

「……ふむ……」

 

 それは納得の出来る理由だったので、真改は気づかなかった。箒や鈴を同行者に選ばなかったのは、彼女らと一夏の誕生日プレゼントを買いに行くのに抵抗があったからだと考えたのだ。

 

「ふふ……けれど誕生日プレゼントだけ買って帰るというのもつまらないですわね。真改さん、わたくしが真改さんに似合うお洋服を見立てて差し上げますわ!」

「…………」

 

 だから、気づかなかった。セシリアは箒や鈴と外出するのを避けたのではなく――

 

「さあ、こうしている時間がもったいないですわ! 行きましょう、真改さん!」

「…………」

 

 ――セシリアは、真改と買い物に行きたかったのだということに。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……疲れた~……まったく、なーにが試運転よ。思いっっっきり訓練じゃない……」

 

 楊女史による監督の下行った〔風〕の試運転は、とても過酷なものだった。

 通常のアリーナでは存分に加速出来ないことを逆に活かした旋回訓練。機動制御に失敗しふっ飛んで来た生徒を弾き返す射撃訓練。あたしの負担も確かに大きかったけど、他の生徒もいい迷惑だったろう。

 

「うう~……けどやっぱり、負けたくないしなあ……」

 

 シャワーで汗を流し、ベッドにダイブ。寝るにはまだ早いけど、疲れが溜まっていたので早くも眠気が襲ってきた。

 

(ああ~、気持ちい~……やっぱベッドはさいこーね~……)

 

 疲れたところにフカフカベッド。その誘惑に打ち勝つのは並大抵の精神力では不可能だ。それはあたしだって例外じゃない。できると言うヤツはやってみろ、きっと無理だから。

 というわけで、あたしはそのまま夢の世界にレッツゴーしようとしていた。

 

 だけどそこへ、携帯電話に着信が。

 

「……むぅ~……」

 

 普通の女子ならほっとくタイミングだろうけど、しかしあたしは国家代表候補生。何か重要な連絡かもしれない。無視するわけにはいかない。

 なので、そのまま寝てしまいたい気持ちを全力で押さえ込み、電話に出た。

 

「……は~い、凰で~す……」

『む、寝ていたか?』

「…………」

 

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、老人の声。その声が聞き慣れたものだと気づいて、あたしは一瞬で起き上がった。

 

「お、お爺様!?」

『疲れているところ、すまなかった。明日にしよう』

「い、いや、大丈夫です! まだまだスタミナ有り余ってますからっ!」

『そ、そうか』

 

 思わず大声を出してしまい、お爺様も怯んだ。むぅ、まずい。これじゃあ落ち着きのない女の子と思われちゃう……!

 

「ごほん……。それで、お爺様。どうしたんですか? お爺様が直接電話だなんて、珍しいですね」

『うむ。特に用事というほどでもないのだが……』

 

 その言葉に、嬉しくなってしまった。だって用事もないのに連絡してきたってことは、つまりあたしのことを気にかけてくれてるわけで……。

 

『うむ……鈴、今日は何か用事があったのではないか?』

「え!? な、なんで知ってるんですか!?」

『楊から連絡があってな。お前がかなり不機嫌で、もしかしたら大事な用事があったのに〔風〕のことで諦めたのかもしれないから、フォローしておくように、と……』

「……ええー……」

 

 それ、言っちゃうんだ……言っちゃうんだ、それ……。

 まあ、その方がお爺様らしいけど。

 

「……それで。そんな傷心のあたしに、どんな言葉をかけてくれるんですか?」

『う、む……まあ、頑張れ』

「…………」

『…………』

「……ぷ、あはは、あはははははは!」

『む……』

 

 あまりにもあんまりなお爺様の言葉に、笑いを抑えきることができなかった。

 だって、「頑張れ」とか……!

 

「ぷふふふ……あはははははは……!」

『……ふん。元気なようなら、それでいい』

 

 さすがに笑いすぎたようで、お爺様は怒ってしまった。けどそれがまた、歳に似合わず子供っぽくて、笑ってしまいそうになる。

 ……ぷぷっ。

 

『……まあ、楊が言うほど不機嫌ではないようで、なによりだ』

「いやいや~、お爺様のおかげで機嫌よくなったんですよ♪」

『……ふん』

 

 ……ああー、思い出すなあ。初めてお爺様と会ったときのこと。

 お父さんとお母さんが離婚しちゃって、5年ぶりに中国に帰ってきて。友達は誰もいなくて、文化の違いにもとまどって。

 ――親友や好きな人とも、離れ離れになって。

 

 嫌なことが続いて塞ぎこんで、なんにもやる気が起きなくて。そんな時、お爺様があたしを見つけてくれた。

 あたしの才能を、見出してくれた。それからのあたしの努力を、支えてくれた。

 お爺様のおかげで、あたしは国家代表候補生になれた。また日本に来れた。――また、シンと一夏に会えたんだ。

 

『……どうやら、心配ないようだな』

「もう、怒んないでくださいよ」

『……怒ってはいない。だが、一つ言っておく。……無理はするなよ、鈴』

 

 ああ、まったく。そんなこと言われたら。余計思い出しちゃうじゃないですか。

 あの時、まだあたしに余裕がなかったころ。毎日が必死で、無理してて。そんなあたしの様子を、お爺様は毎日見に来てくれて。

 

「……無理はしてませんよ。お爺様こそ、もう歳なんですから、無理しないでくださいね」

 

 そんなことを思い出してしまったから。

 

 また、あの時のように――あの頃のように。

 

 お爺様の名前を、呼んでみた。

 

「それじゃ、これで失礼しますね。お休みなさい――

 

 

 

 ――王大人(ワンターレン)

 

 

 




今回登場の菊池日向ちゃんは、以前もちょろっと登場してます。オリキャラですが、初登場じゃないです。

……え?それよりもっと気になるヤツがいるって?

はて、なんのことやら。

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