IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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誰だよ週一更新目指すとか言ったやつは!出てこいよ俺がぶっ殺してやるからよ!


第66話 兆し

「さて、それでは情報を整理しましょうか」

 

 IS学園の生徒会室。ここには今、一人の客人が来ていた。

 ひょろ長い体躯に丸眼鏡、口元には不気味な笑み。如月重工の技術開発主任、網田である。

 

「その前に、一つ確認したいんですけど。本当に、あの青いのは全部片付けたんですね?」

「というよりも、片付けられたんですけどねぇ。残念なことに」

 

 網田主任をもてなしているのは、IS学園生徒会長、更識楯無。

 顔見知りである二人はまるで友人のような気安さで、お互いが持ち寄った高級なお菓子をつまみ合っていた。

 

「如月さんから、真改ちゃんが単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を発動させたのは聞いてますよ。白銀月夜(しろがねつくよ)、でしたっけ? アリーナの惨状を見ましたけど、とんでもない威力みたいですね」

「まあ、連発できるような能力ではないようですがねぇ。なにせ溜めが必要ですし、それに扱う熱量が大きすぎて完全には制御しきれないようです。朧月自身もダメージを受けますし、熱暴走してしまうので溜めっぱなしにすることもできません。織斑さんの零落白夜よりも尖った能力と言えるでしょうねぇ」

 

 自身の造った機体の欠陥について話しているというのに、網田主任の顔は嬉しそうに歪められていた。

 欠陥があるということは、これからいくらでも改良出来るということだ。それが嬉しいのだろう。

 

「あと、私が投下した子供たちですが。まことに残念なことに、専用機持ちの皆さんに殲滅されてしまいました。なんということでしょう、あんなに可愛いのに、一切の容赦なく……」

「いやもう、そこはみんなGJと言わざるを得ないですね。まあ学園に出てきたのは私も片付けましたけど」

「なんと!? あの子らを処分したと言うのですか!? なんということを……!!」

「ええっと。とりあえず、今重要なのはそこじゃないんで、流してもらっていいですか?」

「………………ぐぬぬ………………仕方ありませんね…………」

 

 まだやる気を感じさせる網田主任の態度に一抹の不安を感じた楯無であったが、そんなことを言っていてはいつまでも話が進まないので無視することにした。

 

「……それと。一夏君のことですけど」

「ああ、専用機がまた新しい能力を手に入れたみたいですね」

「はい、〔雪火(せっか)〕というようです。白式が第二形態に移行した時に発現した能力、〔雪花(せっか)〕から派生した能力のようですね。」

「一応、データは受け取っていますが……楯無さん、戦闘のプロフェッショナルであるあなたの口から説明してもらえますか?」

「雪火は、雪花が普段防御に使われているのに対し、そのエネルギーを攻撃に転用する能力です。発動には白式自身のシールドエネルギーも必要みたいですけどね」

「ほう……それはさながら、零落白夜のように?」

「まさにその通りです。敵の攻撃を無力化するために使われている雪花にシールドエネルギーを送り込み、白式の単一仕様能力、零落白夜を、雪花一つ一つが発動するんです」

「ほほう……」

「その結果は、さっき見せた画像の通り。全方位を防御する雪花が、全方位に零落白夜を放つ。範囲内に存在するあらゆるエネルギーは消滅するでしょう。シールドバリアー、そして回避や反撃のためのエネルギー……その全てがなくなってしまえば、後はもう、膾に切られるだけですよ」

「恐ろしいですねぇ……ただでさえ、一撃必殺を信条とする機体だというのに」

 

 その威力を想像して、網田主任が戦慄する。

 だがそれ以上に、楯無は恐怖していた。

 

「雪火の恐ろしいところは、そんな簡単なことじゃありませんよ」

「……ほほう?」

「雪火を発動した時、一夏君は全身の動きを封じられていました。それこそ、指先に至るまでね。だからこそ、オータムは意表を突かれた。仕掛けた策が破られようと、たとえ自らが張り巡らした糸の呪縛が解かれようと、その一瞬前には自分が気づくからです。

 何を仕掛けるにせよ、予備動作というのは存在します。それを隠し、そして読み取るのが一流の技なんです。

 その予備動作がまったく存在せず、今まで防具であったはずの雪花が、一瞬の間もなく必殺の武器に変わる――こんなに怖いこと、私たちは他に知りませんよ」

 

 「攻撃は最大の防御」という言葉がある。そして、「後の先」という言葉がある。

 そのどちらをも裏切る、完全なる無拍子(ノーモーション・ノータイム)で発動する必殺の攻撃手段があるとするなら。

 

 それを打ち破る手段は、存在するのか。

 

 武術や格闘術に長けた者ほど、雪火を恐ろしく感じることだろう。

 

「それだけ聞くと、まるで――」

「……そうですね。白式以上に、接近戦に優れた機体はないでしょうね」

「むむう……しかし、性能が戦力を決定付ける要素の全てではありません。性能とは、使いこなせてこそ意味があるのですよ」

「それについては全面的に賛成ですね。一夏君はまだ、雪火を完全に使いこなすことはできないでしょうし」

 

 なにせ、通常の零落白夜以上にシールドエネルギーの消耗が激しい能力だ。そして発動すれば、一時的に雪火も機能しなくなる。決まればそれで勝利となるだろうが、外せば一転、大ピンチだ。使いどころの難しさも零落白夜以上であり、そんなモノを使いこなすだけの技量や戦術眼はまだ、一夏には備わっていない。

 

「……まあ、白式の新機能も気になるところでしょうけど。私としては、連中の行き先の方が重要事項なんですが」

「おおっと、これは失礼。確かに一芝居打っていただいた楯無さんには、先にお伝えするべきでしたねぇ」

「……最初はそのつもりだったんですけどね。芝居じゃなくて、ホントにピンチでしたよ」

「そんなことはどうでもよろしい。とにかく、わが子らの尊い犠牲により、彼女らの帰還先が判明しましたよ」

「さすがです。まさかあんな馬鹿げたやりかたで追跡されてるとは思わないですよ」

「私たちは真面目にやってるつもりなんですがねぇ」

 

 如月重工ののハチャメチャぶりは、誰もが知っている。だから、どんな馬鹿げたことをしても怪しまれない。また如月かと思われ言われ、それで終わりだ。木を隠すなら森の中、そして木を隠すために森を作るのが如月重工なのだ。

 もちろん、それでも怪しむ者は存在する。しかし日本の暗部を担う更識家当主である楯無からすれば、罠や策は幾重にも張り巡らせるものだ。その第一の布石が無条件で、始めから打たれているということの優位がどれほどのものか、楯無は身をもって知っている。

 如月社長や網田主任は、当然そこまで考えていない。彼らはただ、自らの心に従っているだけだ。

 

 ――だからこそ罠として、策として機能する。楯無はそう考えていた。

 

「電波で追跡すると悟られますからねぇ。アリやハチのように、ナノマシンが残した「匂い」を追跡しました。おかげで少々時間がかかりましたが」

「相変わらず、謎の技術ですね」

「お褒めにあずかり恐縮です。で、問題の帰還先ですが」

「……ついに、亡国機業の本拠が……」

「ここが本拠かどうかはまだわかりませんが。

 ……どちらにせよ、厄介な場所ですよ」

 

 網田主任は携帯用端末を取り出し、その画面を楯無に示した。表示されているのは、亡国機業のエージェントたちに付着したナノマシンから送られてきた位置情報だ。

 

 それが示す場所は――

 

「………………なるほど。道理で今まで見つからなかったわけだ」

「ここを拠点としているだけでも、亡国機業が巨大な組織であることがわかります。……うふふ、楽しくなってきましたねぇ……!」

「私としては、もうちょっと小さい方が助かったんですけどね。……ここ、攻められるんですか?」

「ご安心を。今急ピッチで、そのための兵器を製造中です。完成は……今年中には、なんとか」

「ええー……早すぎでしょう」

「それより、戦力ですよ。我々だけではどうにもなりません。各国に呼びかけたいところですが、今の段階ではそれもできません。楯無さんのほうでいくらか集められませんかねぇ?」

「更識のコネでできなくはないですけど。私個人は、今はまだ無名ですから。次のモンド・グロッソでどれだけ活躍できるかですかね」

「根回しもお願いしますよ。私たちも進めてますが、やはり限界があります」

「頑張ってはみますけど。IS乗りの勧誘がどれだけ難しいかはわかってますよね? あんまり期待されても困るんですが」

「とにかく、一人でも多く。私たちの新兵器がISに通用するかは、ぶっつけ本番になるでしょうから」

「それこそ、期待させてもらいますよ」

 

 まだ可能性があるというだけだが。

 ISを打倒し得る兵器――そんな物を造れるとすれば、如月重工を置いて他にない。

 

「……ところで、チビ上ちゃんのおまけの技術支援ですけど。どんな感じですか?」

「うふふ……そちらは早速、社長がアリーナでテストしていますよ――」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「さ~てさてさて、オルコット君。僕らが造ったブルー・ティアーズの新兵器、早速試してみようか!」

「……まさか本当にやるだなんて。実験機だというのに、よくイギリス政府の許可を得られましたわね……」

「そこはほら、あの手この手で」

「具体的にどんな手段を使ったのか、想像すらしたくありませんわ……」

 

 国家機密の塊である第三世代型ISに、国外の他社が手を加える。そんな話は聞いたことが無いセシリアであった。

 

「とりあえず、オルコット君は火力を求めているという話を小耳に挟んだので。とびっきりのを準備させていただきましたァン! あ、BT兵器はちゃんと使ってるから安心してね」

「それのどこに安心できる要素があるのですか……」

 

 ちなみにここは第三アリーナ。セシリアにとっては真改や一夏との初戦の舞台という、思い出の場所である。セシリアが如月重工の新兵器のテストをすると聞き、心配したいつもの面子も揃っていた。

 

「大丈夫かな……」

「どうだろうな。今のところ、不安要素しかないが……」

 

 そう語るのは、シャルロットとラウラ。どちらもげんなりと言うかうんざりと言うか、ともかくそんな感じの顔をしている。

 

「どうしたもんかなあ……一応、正式な手続きしてるみたいだしなあ」

「技術提供、か。……確かに、間違いではないが……」

 

 少しでも規則に反していたらあれやこれやと難癖をつけてソッコーで叩き潰すつもりだった一夏と箒は、悔しさに歯噛みする。

 

「さっき、火力がどうこうって言ってたわよね。……避難したほうがいいかな……」

「だいじょぶだよ~、たぶん。

 …………たぶんね~…………」

「……………………」

 

 如月重工をまったく信用していない鈴と、それなりに信頼を寄せているがやはりそれも絶対のモノとは言えない本音は、嫌な予感をひしひしと感じまくっていた。真改に至っては敵地に潜入中であるかのように警戒している。

 

 そんな全体的にマイナスな視線を受けながら、如月社長は嬉々として説明を続ける。準備は既に完了、あとは起動してぶっ放すだけだ。

 

「さて、準備はいいかい? ええ、もちろんですわ(声マネ)! OK、ではスタート!」

「今何か、すごく侮辱されたような気がしますわ……」

 

 呆れつつ身構えるセシリア。そして如月社長がなにやらボタンを押すと――

 

『バーストキャノンモードに移行』

「……え?」

 

 突然巨大な砲が現れ、ガコンガコンガコンと音を立てながら両腕に装着されていく。

 

『エネルギーライン、全段直結』

「え? え?」

 

 重々しい音と共に、その砲にエネルギーが供給されていく。次第に輝きを増す砲に、セシリアは嫌な予感を加速させていった。

 

『ランディングギア、アイゼン、ロック』

「な、ちょ、ちょっと!?」

 

 逃げよう、そう思った時には遅かった。ブルー・ティアーズからワイヤーが撃ち出され、機体を地面にガッチリと固定したのだ。

 

『チャンバー内、正常加圧中』

「あ、あの! ちょっと待っ……」

 

 逃げたいが、逃げようにも逃げられない。ワイヤーで固定されているだけでなく、スラスターなどのエネルギーすら砲が吸い上げているからだ。

 

『ライフリング、回転開始』

「お、お願いです! やめ――」

 

 砲がフルチャージ状態になると、今度は四基のブルー・ティアーズ(ビット)までも展開され、セシリアの目の前で円を描くように高速回転しながらエネルギーを充填していく。

 

 

 そしてついに、ビットのエネルギーもバッチリ満たされ――

 

『――撃てます』

「これで終わりだ」

「へ!? いやあの、だから待っ――」

 

 ――次の瞬間。

 

 巨砲とビットが、溜めに溜めたエネルギーを。

 

 一気に放出した。

 

 

 

 ズシュァァァァアアアアアアアアアアアア!!!

「ひきゃあああああああああああああ!!?」

「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!?」」」」」」」

 

 セシリアの悲鳴と共に撃ち出されたエネルギーの奔流は、アリーナの遮断シールドを容易く貫通した。さらに反動で照準が上に逸れ、アリーナを縦に切り裂いていく。

 

「セ、セシリア! 止めろ!」

「と、と、と、止められないんです! 命令を受け付けないんですっ!!」

「なんてもん造ってんのよおおおおおお!!」

「一夏、このままでは危険だ! あのエネルギーを零落白夜で斬り――」

「ざっけんな箒俺に死ねってのか!?」

「これって、外の人も危ないんじゃ……!?」

「社長~……これはさすがに、やりすぎなんじゃないかな~……」

「………………………………」

 

 たっぷり数秒も続いたその砲撃がようやく終わり、アリーナは見るも無残な有様になっていた。

 その惨劇の中心で、エネルギーを使い果たしたブルー・ティアーズが解除されたセシリアは、随分見晴らしの良くなった青空を仰向けになって眺めながら、顔を引き攣らせていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「一体何考えてんのよアンタは!!」

「大丈夫、ちゃんと射線上に人や航空機や衛星が居ないことは確認してあるから」

「そういう問題じゃねえよ!!」

「ていうか宇宙まで届いてたのかアレ!?」

 

 どう考えてもしばらくは利用不可になったアリーナを出て、面々は口々に如月社長を非難した。当然であった。

 

「大丈夫、セシリア?」

「しぬかとおもいましたわ」

「そうだな、私もだ」

 

 全員かなり真剣に命の危険を感じたが、撃った本人であるセシリアはそれ以上であった。いまだに顔面蒼白、心を落ち着けるためにと渡された温かいハーブティーの入ったカップを持つ手はカタカタと震えている。

 

「……ふぅ……少し落ち着きましたわ」

 

 ゆっくりとハーブティーを飲み干し、カップを置く頃にはどうにか震えも収まっていた。そしてキッっと目を細めて、如月社長を睨みつける。

 

「……社長。確かにわたくしは火力を求めていましたが、あんな兵器では使い物になりませんわ」

「うん? おっかしいなあ、あれでも足りない?」

「火力はむしろ、強すぎるくらいでしたが……しかし撃つのにあんなに時間がかかって、しかもその間移動ができないのではいい的ですわ。ブルー・ティアーズは決して装甲が厚いほうではありませんから、簡単に撃墜されてしまいます」

「ふむん……けどしっかり固定しないと、吹き飛んじゃうしなあ。今回も射線がほとんど真上までいっちゃったし」

「なんで威力を抑えようっていう発想がないのかな……」

 

 しごくまっとうなセシリアの意見にずれた答えを返す如月社長に、シャルロットが深いため息を吐く。この面子では一番の(比較的とも言う)常識人である彼女にとって、如月社長との対話は疲れるのだ。

 

「まあおかげで、なかなか良いデータが取れたよ。これを反映していけば、オルコット君が気に入るような品ができると思うよ」

「あんなテストで、一体どんなデータが取れたと言うのですか……」

「うふふ……それは。出来上がってからのお楽しみだねえ。大丈夫、ちゃんと少しずつ、ブルー・ティアーズにもアップロードしていくから」

「ですから、それのどこに安心できる要素があるのですかっ」

 

 そうは言いながらも、セシリアは内心、かなり期待していた。

 真改の専用機、如月重工製の第三世代型IS〔朧月〕を見れば分かる。朧月は真改の反射神経や身体能力、剣術、果ては片腕という要素まで活かした高性能機。真改にしか扱えず、真改の能力と朧月の性能が絶妙に噛み合った、まさに「専用機」と称するに相応しい機体。

 途中いくつかダメエピソードはあったものの、それをしっかりと造り上げてきたのだ。その実績があるのだから、期待してしまうのは当然であり、仕方がない。

 

「……さて。それじゃあ僕はこれで帰るとしようか。データを解析して、それを元にパーツを造らないと」

「次に来る時は、まともなモン持ってきなさいよ」

「まあ、あれだね。「まとも」っていうのは人によって違うからね」

「そんな恐ろしいことを言うなっ」

 

 ――やっぱり、今からでもお断りしたほうが良いでしょうか。

 

 そんなことを思いながら如月社長の背中を見送るセシリアは、しかしそんなことはできないだろう。なぜなら如月重工からセシリアに与えられる物は、技術支援だけではないのだ。

 

 そのもう一つの恩恵は、今――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ふんふん~、なるほど~。この子がそうですか~」

「…………」

「…………」

 

 セシリアたちが如月社長と会議(?)をしている頃。

 セシリアにタオルを届けにふよふよと飛んで来たチビ上君は、布仏本音によって捕らえられていた。

 

「ほうほう~、いのっちにそっくりですなあ~」

「…………」

「…………」

 

 感心したような本音の言葉に、己はこんな丸い顔をしていないと言いたげに、真改が顔を顰める。

 

「せっしーにタオルをお届けなんて、健気だな~。こんなちっちゃいんじゃ重いでしょうに~」

「…………」

「…………」

 

 そしてチビ上君は、自分のモデルとなった真改とバチバチと睨み合っていた。

 

「わあ、ほら、いのっち~。この子、ほっぺがプニプニだよ~」

「…………」

「…………」

 

 本音が指先でつんつんとチビ上君の頬を突っつくが、チビ上君はまるで意に介していない。それよりも目の前の敵に、全ての意識を集中していた。

 

「ほら~、いのっちも触ってみなよ~」

「…………」

「…………」

 

 本音に勧められ、しぶしぶながらも真改が手を伸ばす。

 その指先が、チビ上君の頬に触れる直前――

 

「終止」

「!?」

 

 バシッっと。

 チビ上君が素早いパンチを繰り出し、真改の指を弾いた。

 

「おお~?」

「………………」

「………………」

「「……………………」」

 

 睨み合う二人。すると、チビ上君は――

 

 ――ニヤリ。

 

「……っ!?」

「…………」

 

 挑発的な笑みを向けられ、真改の頭に血が上った。本来ならこんなに簡単に怒ることなどない。デフォルメされているとはいえ自分と同じ顔、同じ格好の人形が、自分を挑発してくる、しかもそれが如月重工製という特殊な状況により、本人が思っていた以上にイラッときたのだ。

 

「…………」

「終止」

 バシッ。

「……………………」

 

 再び伸ばした指先が、再び弾かれる。

 それにより、真改はついに激怒した。

 

「…………………………………………っ!」

 シュババババババババババババババッ!

「終止終止終止終止終止終終終終終終しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」

 バシバシバシバシバシバシバシバシッ!

 

 そして始まる攻防。百烈拳並みに高速連射される指を、ことごとく弾くチビ上君。

 極めてハイレベルでありながら、実にくだらなかった。

 

「……何をしているのですか?」

「……っ!?」

 

 そこにやってくる、チビ上君のご主人様、セシリア。真改が人形相手にムキになっている様を見て、少々困惑気味なようだ。

 

「ほいほ~い、せっしー。ちびっちがこれ持ってきてくれたよ~」

「あら、タオルを持ってきてくれたのですか? ありがとうございます」

「…………」

 

 真改との戦闘のためにタオルを預かっていた本音がセシリアに告げる。その言葉に嬉しそうに笑うセシリアと、そのセシリアに飛んで行くチビ上君。そしてタオルを受け取ると、すでに乾きはじめてしまっていた汗を丁寧に拭った。

 

「ふふっ、ありがとうございます」

「せっしー、楽しそうだね~」

「…………」

 

 人形遊びに夢中になる感覚など分からん。そう言うかのように、ジト目でセシリアを眺める真改。その視線に気づいたセシリアが、笑顔のまま真改に向き直る。

 

「真改さん、この子、すごいんですよ。色々と気遣いができるのもそうですが、そういうのとは別に、すごい機能があるんです」

「へえ~、どんなの~?」

「それはですね……さあ、チビ上さん」

「応」

 

 その瞬間、チビ上君がくるくると回りだし、魔法少女が変身するような光をまとい。

 その光が収まると、そこには――

 

「……!?」

「わあ~、すごい~!」

 

 ――学園祭で真改が着た物と同じメイド服に身を包んだ、チビ上君がいた。

 

「なんと、変身機能があるんですっ! ブルー・ティアーズのデータに残っているものはもちろん、インターネットを検索して、そこから色々な衣装を再現できるんですのよ!」

 

 著作権的にかなり問題のありそうな機能だが、そこは如月重工なので気にしても無駄だと判断された。そんなことよりも、機能そのものが遥かに問題であった。

 

「たとえば、こんなのとか……」

 

 またも変身エフェクト。そして衣装は純白のウェディングドレスに変わる。

 

「こんなのもございましてよ!」

 

 三度変身エフェクト。今度はロングのワンピースに麦藁帽子という真夏のお嬢様スタイル。

 

「わ~、面白いね~!」

「ふふふ……チビ上さんの変身は108以上ありましてよ!」

「……………………」

 

 真改はいよいよ、本気でこの人形を破壊しようかと思い始めた。所有権は如月重工からセシリアに移っているし、今なら……いやいやしかし友人の物を勝手に壊すというのも……。

 

 そんなことを悩んでいる真改をよそに、セシリアと本音はチビ上君人形の着せ替えショーを楽しんでいた。

 

 

 

 




今回の雪花の説明ですが、さらにイメージしやすくするとこんな感じです。

雪1「ご主人様から命令が来たよ!」
雪2「よ~し、みんな、がんばろう!」
雪3「う~、上手にできるかな……」
雪4「私たちなら大丈夫だよ!」
雪5「さあ、みんなで力を合わせて! せ~のっ!」
「「「「「ふぁいや~~~っ!!」」」」」
 ヴゥゥゥゥン……ズシャァァァァァァン――!

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