IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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ある意味、十ヶ月ぶりに投稿した新作。粗が目立つというか、ダメなところが多々あるとは思いますが、生温かい目で見てもらえると助かります。

ちなみに私は、「あたたかい」と言えなくなった時期があります。今でもしょっちゅうどもりますし。言うことは固まってるのに、言葉が出なくなる時ありますし。軽い吃音症かもしれないですね。本当に吃音障で苦しんでいる方には申し訳ありません。

まあ何が言いたいのかと言うと、そんな私でも「書く」のであれば好き放題できるということです。
それは私にとって、救いでした。IS ―イノウエ シンカイ―を書き始めた頃から、劇的に十円ハゲが減りだしたのがその証明です。

結論を言いますと。

 本当に、ありがとうございました。
 イノウエ シンカイの展開を考えている時、そして実際に書いたそれに対する、皆さんの感想を読んでいる時。
 それが、私の至福の時間です。後日返信ということも多く申し訳ありませんが、それでも、感想は毎日見て、読んでいました。感想の一つ一つが私に勇気を与え、間違いを教えてくれました。

 本当に、ありがとうございます。こんなテンプレしか思いつかない自分の脳が、恨めしくてたまりません。これを書いている時に涙がでてしまって、私がどれだけ、自分の処女作に思い入れていたのかがようやくわかりました。その思いを、これから精一杯ぶちまけていきます。

 そんな私ですが、「ARMORED CORE VERDICT DAY」の発売を心待ちにしています。失礼であることは重々承知ですが、しかし私も小学生の頃からレイヴンだったので、戦場で語りたいと思います。機体構成とかで。

 こんなレイヴンとしてもリンクスとしてもミグラントとしてもSS作者としても粗製な私ですが、これからも、応援よろしくお願いします。IS〈イノウエ シンカイ〉は、今度こそ、完結させたいと思っています。


第65話 神に挑む者

 真改がフラッドを、一夏がオータムを撃退し、増援のエムにより二人を取り逃がした後。網田主任と楯無から報告を受けながら、如月社長は校舎の中を歩いていた。周囲の学生や学園祭の来客たちの様子を眺めつつ、階段を見つけて上って行く。

 

 コツ……コツ……コツ……コツ……。

「ふんふ~んふふふぅ~ん♪」

 

 上質な革靴の足音をBGMに不気味な鼻歌を奏でるその姿は、今は誰にも見られていない。学園祭の間は屋上が封鎖されており、既に最上階の踊り場を過ぎたここには誰もいないからだ。

 

 コツ……コツ……コツ……コツ……。

「るぅ~~るるるぅぅ~るるらるららるぅ~~ぅい♪」

 

 そして、最後の一段を上りきる。目の前にある扉のノブを回すと、封鎖されている筈のその扉は、何故か鍵が掛けられていなかった。

 

「さて、と……」

 

 屋上からは、沈み始めた夕日に赤々と照らされる空が見えた。九月に入ってまだ間もない、薄手のサマースーツでも十分に暑く感じる。

 だがそんな暑さを微塵も表情に出さず、それどころか汗もかかずに、如月社長は、屋上に居たただ一人の先客に挨拶した。

 

「……今度こそ、お初にお目にかかります」

 

 その声に、先客が振り返る。自分しか居ない筈の屋上で声を掛けられたことに、驚いた様子はない。如月社長が扉を開けた時点で気付いていたのだろう。

 

 ――若しくは。初めから、如月社長がここに来ることを知っていたのかもしれない。

 

「僕は、如月重工という会社の社長をさせてもらっている者です」

 

 如月社長が名乗ると、先客の顔が不快に歪む。

 その先客のことを知る者からすれば、驚くべきことだ。その人物は決して人付き合いが上手くはないが、それでも、ただ名乗られた程度で顔をしかめるようなことはしない。

 

 何故ならば。

 

 そもそも、他人に対する興味や関心というモノが、致命的なまでに欠落しているからだ。

 

「来てくださると思ってましたよ。いや、別にこの学園祭は、僕が開催したわけじゃないんですけどねえ」

 

 全く興味がないから、完全に無関心だから、誰がなんと言おうと、なんとも思わない。

 身体に触れるなどの直接的に影響のある行動や、数少ない親しい者との会話を中断しての割り込みなどでもない限り、その人物は、見知らぬ者に声を掛けられた程度では決して感情を見せたりはしない。

 

 ――それが例え、嫌悪であろうとも。

 

「それでも、ちょっぴり関わってるわけでして。ホントにちょっぴりだけど」

 

 不摂生と睡眠不足により据わった眼が、如月社長を睨む。それをそよ風ほどにも感じずに、如月社長は尚も続ける。

 

 嬉しそうな。

 

 楽しそうな。

 

 幸せそうな。

 

 不気味で、不吉な笑みを浮かべながら。

 

「なので、何か感想でもいただけませんかねえ――

 

 

 

 ――篠ノ之、束博士」

 

 こうして。

 

 世界最大級の怪人二人による会合は、唐突に開始された。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……私が来るって、どうしてわかったのかな?」

 

 束が如月社長に質問する。妹、親友、親友の弟、そしてその幼なじみ以外とは余程の用事がなければ会話すらしない彼女にとっては、極めて珍しいことだ。

 その質問に、如月社長は益々笑みを深めた。

 

 ――どうやら自分は彼女にとって、取るに足らない路傍の石ではなく、鬱陶しい羽虫程度には認識されているらしい。

 

「どうして? そりゃわかるよ、束博士。いや、わかると言えるほど確実なものでなくても、予想くらいはできる」

「……へえ」

 

 そんな如月社長の笑みを見て、束の顔に滲む不快が増す。それを見て、如月社長がさらに笑みを深める。そんな険悪な循環が、早くも出来上がっていた。

 

「今年度に入ってから、IS学園のイベントでは数々のアクシデントが発生している。その共通点は、一年一組が、さらに正確に言えば織斑一夏君が関わっていること。

 ……そして、もう一つ」

「ふうん」

 

 如月社長は右手を突き出し、人差し指をピンと空へ向けて伸ばした。

 

「五月。クラス対抗トーナメント。一回戦、織斑一夏と凰鈴音の試合に所属不明の無人ISが乱入。同時にアリーナの出入口がロックされ、観戦していた生徒たちの避難も教師の救援も望めなくなった二人がこれを撃破。

 ……ここまででも十分大事件だけど、これだけじゃない。なんとその無人ISのコアは、どの国にも登録されていないモノだった」

「へえ、そうなんだ」

 

 もはや如月社長が何を言おうとしているのか、束にも分かっている。だが反論もせず、ただ不快な顔をしたまま、如月社長の言葉を聞くだけだった。

 

 その様子に特に反応を示すこともなく、如月社長は中指を立てて、続ける。

 

「六月。学年別個人トーナメント。織斑一夏、当時はまだシャルル・デュノアと名乗っていたシャルロット・デュノアのペアと、ラウラ・ボーデヴィッヒ、そして我らが井上君のペアの試合。試合は織斑君とデュノア君が想像以上の奮闘を見せ、井上君を撃破。単機になったボーデヴィッヒ君も善戦するけど、織斑君とデュノア君のチームワークの前に惜しくも敗れ――そして、事件が起こった」

「どんな事件?」

「なんと、ボーデヴィッヒ君のシュヴァルツェア・レーゲンには禁止されている技術、VTS(ヴァルキリー・トレース・システム)が搭載されていたんだ。そのVTSのモデルとなっていたのは、あろうことか織斑君の姉、織斑千冬(ブリュンヒルデ)。そこそこの性能だったけど、まあ敗因は、織斑君を怒らせたことかな」

「いっくんが怒るなんて珍しいねー。その分怒ると怖いけどねー」

 

 腹の探り合いなどではない。何を言うのか、そしてどんな反応をするのか、分かった上での対話。

 

 茶番と言えばそれまでだが、それにしてはあまりにも、空気が重すぎた。

 

「けど、それで終わりじゃあなかった。そのVTSを開発した施設は、いつの間にか消えていた。……いや、消されていた、と言うべきだねえ。文字通り、物理的に。それも目撃情報によると、たった一人に」

「へー、誰がやったんだろーねー」

 

 そして何故、そんなことを如月社長が知っているのか。先の無人ISのコアについても、極秘中の極秘である筈なのに。

 

 ――そんなことをこの男に対して問うのは、無駄以外の何物でもない。

 

 そして如月社長は薬指を立て、続けた。

 

「七月。臨海学校。……これはすごかったねえ。僕も内心冷や冷やだったよ」

「箒ちゃんもいっくんもかっこよかったねー」

「アメリカとイスラエル、軍事に関しては世界でもトップクラスの二国が共同開発した超高性能IS、〔銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)〕の暴走。

 ……この時点で、既におかしいよねえ。選りに選って、最も厳重に管理されていた試験運用中にそんなことが起こるなんてねえ――ISの暴走なんて、それまで一度だってなかったのに」

「うーん、なんでだろうねー。不思議だねー」

 

 その白々しい返事に、如月社長は嬉しそうな顔をする。

 

 そして、立てていた三本の指を下ろし。

 

「僕はこれらの事件が、全て同一の人物によるものだと判断した。その方が自然なんだよ。

 世界最高レベルのセキュリティを素通りし、ISのコアを暴走させることができる人物。

 禁忌であるVTSを極秘裏に開発していた研究所を見つけ出し、ほんの数分でそれを消滅させることができる人物。

 未だどの研究機関も開発に成功していない無人ISを作ることが、そもそもISのコアを造り出すことができる人物。

 どれ一つとってみても、そんなことが可能な人物がそう何人もいるわけがない。実際にやってるともなればなおさらね」

「言われてみれば、そうかもねー」

「うふふ……どうせ隠すつもりもなかったんでしょ?

 

 ――犯人さん」

「……まあ、そうなんだけどね。どうせバレてるところにはバレてるだろうねー、だからってどうにもできないだろうけどね」

 

 ――そう。知っている者は知っている。そうでなくとも、気づいていた者はいる。束の幼なじみも、薄々感づいている。

 

 だが、それでも。

 

 一体何が出来ようか。

 

 一体誰が抗えようか。

 

 全ての兵器をあらゆる面で凌駕し、しかし467機しかないISを。

 

 無尽蔵に生み出せる、その存在に――

 

「だから今回も、一枚噛んで来るかなー、と。実際に来るかどうかは賭けだったけどね」

「確証もなしに待ち構えるだなんて、暇人だねー」

 

 今までIS学園のイベントに、常軌を逸した干渉を繰り返してきた束。学園祭に限ってなにもしないなどということはありえない。

 しかし今回は、亡国機業(ファントム・タスク)が動く。第三勢力が居ては、束は表立っては動かないかもしれない。

 

 ならば様子見か。だとするなら、別の場所に身を隠しての様子見も有り得た。そうなれば、如月社長に束を捕捉することは不可能だったろう。

 

 だが束は、そんな安全策を取りはしない。彼女に害を為そうなどという命知らずは極めて少なく、万一本当に襲撃されても容易く撃退できる。

 

 故に。きっと、最前列の特等席に、観に来るだろう。

 

 ほとんどが憶測に過ぎないが、外れても大して痛くもない。だから如月社長は、当たる方に賭けたのだ。 

 

「けれど、どうしてそんなことをしているのかまではわからないんだよねえ」

「そりゃそうでしょ。なんで私が、見ず知らずの誰かに理解してもらわなきゃならないの?」

「……うふ。うふふふ…………んふふふふふふうふふふふふふふふふふふふ……!」

 

 突然笑い出した如月社長に、束が怪訝そうな顔をする。あるいは、また不快に顔を顰めただけかもしれないが。

 

「そうだよねえ、そうだよねえ! 神様の考えていることが、人間にわかるわけがないよねえっ!」

「……神様?」

「おや、前にも言わなかったかい? それとも僕との会話なんて覚えていないかな?

 ISという圧倒的な兵器、その中でも飛び抜けた性能を誇る紅椿……それらをたった一人で造りあげたあなたは、まるで神様のようだと!」

「言ったっけ、そんなの?」

 

 腹を抱え顔を覆い、楽しくて仕方がない、面白くて仕様がないと全身で言いながら、如月社長は。

 

「さて、篠ノ之博士。突然ですが問題です。古来、あらゆる物語において、恐ろしい怪物や悪魔に挑み討ち倒す者たちは英雄と呼ばれてきた。

 では逆に、神に反逆し地に堕とす者たちをなんと呼ぶか、あなたは知っているかな?」

「……さあ。それこそ怪物とか悪魔とか、そんな風に呼ぶんじゃないの?」

 

 突然の質問に、不思議そうと言うよりも興味がなさそうに、束は質問を返す。

 

 ソレにより、喜びの限界を超えたのか。

 

 如月社長は、ついに――

 

「……それはね――

 

 

 

 ――「科学者」だよ」

 

 ――神に、弓を引いた。

 

「人間は自分たちに理解できない現象を「奇跡」と呼び、それを起こす目に見えない存在を「神」と呼んだ。だけど科学が進歩するに連れ「奇跡」は解明され、「神」はただの原因に成り下がった。

 ……「神」は、殺されたのさ。飽くなき探究心を持つ、偉大(愚か)なる「科学者」たちによって。好奇心という、猫から神まで皆殺しにする無色の凶器(狂気)によってね」

 

 その解答に、束はなんの反応も示さない。「だから何が言いたいのか」と、ほんの僅かな疑問を浮かべるだけだ。

 

「わからないかい? こういう方面には頭が回らないのかな、篠ノ之博士は。

 ……あなたもかつては、一介の技術者であり科学者だった。どんなに天才でも、その才能が世に出るまではただのヒトさ。けれどあなたはISという「奇跡」を造り出し、誰にも解けない謎を生み出すことで新たな「神」となった。

 ……なら今度は、あなたが科学者に命を狙われる番だ」

「面白いことを言うね。なら君は、君が言うところの神サマであるこの束さんを、どうやって殺すつもりなのかな?」

「それは当然、あなたが造り生み出した最強の兵器、ISによって」

「馬鹿だねー。私が造ったISで私を殺そうだなんて、ドラグ○レイブでシャブ○ニグドゥを倒そうとするようなものだよ」

「馬鹿じゃなくちゃあ、科学者はやってられないよ。天に唾を吐き掛けるのは、愚か者の特権なんだから」

 

 如月社長は、自らを技術者であり科学者であると定義している。

 

 技術の発達により、科学は新たな領域へ発展する。

 

 科学の発展は、技術を更なる段階へと発達させる。

 

 右足(技術)を前に進めれば、左足(科学)も前に進めることが出来る。それにより、更に前へ右足(技術)を進めることが出来る。

 その循環(進歩)という理想の実現こそが、彼が創設した如月重工なのだ。

 

「……ほんっとーに馬鹿だよねー。のこのこ出て来ちゃって。私を殺す前に自分が殺されるとか思わなかったのかな?」

「ええっと。それはもしかして、脅しかなにかのつもりかな?」

 

 束の言う通り、束がその気になれば、如月社長は為す術無く殺されるだろう。それは間違いの無い、絶対の事実だ。それは当然、如月社長も分かっている。

 それでもこうして、社長自身が束に会いに来たのは。

 

 そんなことにはならないと、高をくくっているか。

 

 たとえ命を危険に晒してでも、そうしなければならない理由があるか。

 

 ――そもそも。殺されたとしても、彼にとっては大したことではない、か。

 

「そんなモノは無意味だよ、篠ノ之博士。まったくナンセンスだ。僕はね、あなたとは違うんだよ。孤独な神であるあなたとは違う。

 僕はね、「社長」なんだよ、篠ノ之博士。会社というのは、それ自体が一つの生命だ。社員は僕の手であり、足であり、目であり、耳であり、五臓六腑であり、僕そのものだ。たとえ僕という脳が失われても、すぐに誰かが新しい脳になる。その脳が考えることは僕とは違うだろうけど、だからこそ面白い。僕にはできないことができるかもしれない、僕には思いもつかなかったことを実現するかもしれない。そう考えただけで楽しくなってしまうよ」

「変なの。自分がやりたいこととは違うかもしれないのに、楽しいの?」

「もちろんだとも。生きている内は、自分のやりたいことを全力で楽しむ。死んだら、誰かに引き継がれ自分とは違う形になっていく様を楽しむ。一粒で二度美味しいじゃないか」

 

 人は、未知のモノに恐怖を覚える。だから何を考えているのか分からない他人が恐ろしく、誰も知らない死後の世界が恐ろしい。

 

 だが同時に、人は未知に惹かれる。未来に何が起きるのか、分からないから面白い。知らないから興味を持ち、知っていく過程が面白い。

 

 ならば。

 

 この男が死後の世界に興味を持つのは、当然のことであった。

 

「今回、僕があなたに会いに来た理由は二つ。

 一つは、あなたが一連の事件の犯人だという、推測に過ぎなかった僕の考えに確信を持つため。これはもう、言うまでもなく成功した。

 もう一つは、あなたに宣戦布告するため。と言うよりも、あなたに敵と認識してもらうためかな」

「は? なにを言っているのか、よくわからないね。君が私の敵? 敵っていうのはお互い対等でなきゃいけないんだよ」

「それは違うねえ。お互いのお互いに対する殺意さえ有れば、それだけで敵同士になれるんだよ。

 今あなたは、僕に殺意を持っている。それがたとえ、視界に入ったゴキブリを潰すようなレベルでもね。

 僕が本当にゴキブリなら、ただ生きるために逃げ回るだけだ。それじゃあ敵とは言えない、戦いなんかにはならない。

 けれど、僕はゴキブリじゃない。力の差がそれくらいあっても、それでも勝利のために、殺意を持って行動する」

 

 ことここに至って、束はようやく悟った。

 

 この男を侮ってはならない。どれほど力の差があろうと、一瞬でも隙を見せれば容赦なく倒される。

 

 追い詰められた鼠は、天敵である猫にも牙を剥く。その牙が猫の急所に届くことはなくとも、鼠の牙は猛毒にも劣らぬ、不浄の牙なのだ。

 

「……まあ、なんでもいいけど。どうして私の敵になりたいのかな?」

「簡単だよ。不可能と言われたらやりたくなるのが、「男」という生き物だからさ」

 

 どうやら宣戦布告も上手くいったらしい――そう判断した如月社長は踵を返し、屋上から去って行く。

 

 扉を閉める直前に、捨て台詞を残して。

 

「それじゃあ。僕はこれで失礼しますよ、束博士。

 

 

 

 ――次会う時は、敵同士ですねえ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 色々あった学園祭もどうにか終わり、翌日。集会場にて。

 オータムを撃退した一夏、フラッドを撃退した真改、クラリッサを撃退した千冬は若干の疲労が残る顔で、学園祭における「織斑一夏争奪戦」の結果発表に参列していた。

 

「みなさん、昨日はお疲れ様でした。おかげさまで学園祭は大成功、今までにないほどの盛り上がりだったわ。

 ……まあ、そんなありきたりな挨拶は求めてないでしょうから、早いとこ結果発表に移っちゃいましょう」

 

 今年の学園祭がそれほどまでに盛り上がった理由はただ一つ。生徒、来賓の投票を最も多く得た部に一夏を入部させるという条件により、気合の入りようがハンパじゃなかったからである。

 なので、生徒たちがこの結果発表にかける期待もハンパではなく、皆まだかまだかとその瞬間を待っていた。

 

 そしてその結果に、生徒たちは――

 

「それでは発表します! 此度の学園祭で、最も多くの支持を得た出し物は――

 

 ――生徒会主催の演劇、「シンデレラ」ですっ!!」

 

 

 

「「「「「……………………」」」」」

 

 

 

「「「「「な、なんじゃそりゃああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!?」」」」」

 

 ――キレた。当然であった。

 

「なんで生徒会がトップなのよ!?」

「あんなシンデレラとは名ばかりのB級モンスターパニック映画みたいな演劇に票が入るわけないでしょ!?」

「横暴だ! 不正だ! やり直しを要求します!」

「まあまあみんな、落ち着いて。これは厳正な集計による結果よ。確かに生徒からのウケはあまり良くなかったけれど、来賓の皆様方からがっぽrゲフンゲフンたんまり票をいただいたんですから」

 

 そう言って、楯無は空中投影型ディスプレイを起動する。そこに表示されているのは投票の集計結果で、確かに生徒会の演劇は、ぶっちぎりのトップであった。

 

「ご覧の通りです」

「ちょっと、そんなにお客さん来てないでしょ!?」

「どう見ても不正じゃないの!」

「来てたじゃない。如月重工のお客さんが、アリーナを埋め尽くすほど」

「「「「「……………………」」」」」

 

 そう言われて、思い当たることは一つしかない。

 

「「「「「アレかあああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!!」」」」」

「ふざけんじゃないわよ、組織票なんてレベルじゃないじゃない!」

「アレを来賓にカウントすんなっ!」

「不正より遥かに質が悪いわ……!」

 

 そこかしこで発生するブーイングの嵐。このままでは暴動にまで発展しかねないが、それを見越していた楯無はちゃんと策を用意していた。

 

「まあ、皆さんが負けて悔しい気持ちも理解できます。なので生徒会における、一夏君の運用方針をお伝えします」

 

 楯無の発言に多くの生徒がビキリと青筋を立てたが、その怒りが怒号となる前に、楯無の扇子が開かれる。そこには「レンタル専用」の文字が。

 

「織斑一夏君は、生徒会の一員として各部活動の視察をしてもらいます。実際にマネージャーのお仕事などを体験して、部に対する理解を深めて生徒会の活動に活かしてもらいます。一夏君による視察を希望する部は、後日配布する申請書を提出してください」

「さすが生徒会長、素晴しい!」

「信じてました!」

「一生ついて行きます!」

 

 生徒たちのあまりに見事な手のひら返しを、楯無は満足そうに眺めている。騒ぎの中心である一夏は事態について行けずポカンとしており、真改はひびの入った肋骨よりも痛む頭を抱えていた。

 

「うんうん、みんな納得してくれたようでなによりです。では、私からのお話はこれでおしまい。次は来賓代表、如月重工社長さんからのお話です」

 

 意識が朦朧とするほどの頭痛に耐えていた真改はハッとした。

 

 ――すっかり忘れていた。そう言えば今回の学園祭では、織斑一夏争奪戦の他にもう一つ、とんでもないイベントが行われていたのだった。

 

「レ、ディィィィィスッ!!! エェェェェェンッッ!!! ジェェェントルメェェェェェンは一人しかいないからマァァァァァンッッッ!!! 皆さん、僕ら如月重工が開催した抽選会にご参加いただき、まことにありがとうございました!」

 

 そう、如月重工による抽選会だ。生徒が一人につき一枚のクジを引き、当選した者には如月重工による技術的な支援と、そして――

 

「うふふ、素ン晴しい出来映えですよ! さて、挨拶とかはカットしてちゃちゃっとお披露目といこうか! 僕ら如月重工が全身全霊をかけて創り上げた至高の一品を!」

 

 ――「1/6井上君人形」が贈られるのだ。

 

「ウェイクアァァァァァップ!!! チビ上くぅぅぅぅぅぅぅんっっっ!!!」

 

 如月社長が、手に持っていた大きな箱を開ける。その中には三頭身くらいのデフォルメされた真改の人形が横たわっていた。その様子が、ディスプレイにデカデカと表示されている。真改は朧月を起動してその人形を破壊することをかなり真剣に考え始めた。しかし加減を知らない如月重工のことだ、人形につぎ込まれた金は凄まじい額だろう。そんなモノを破壊して賠償請求でもされたら、養父に多大な迷惑をかけることになる。それだけは避けなければならず、真改は戦闘時並みに研ぎ澄まされた集中力により引き伸ばされた時間の中で散々悩んだ末、破壊を諦めた。

 

「「「「「……………………」」」」」

 

 先ほどまでのハイテンションはどこへやら、会場は一瞬にして静寂に包まれる。IS学園の白い制服を着て目を閉じている人形の姿が、まるで本当に生きているかのように精巧だったからだ。デフォルメされてるけど。

 

「…………」

 

 パチリ、と。1/6井上君人形ことチビ上君が目を開ける。その目を眠たそうにこすりながら、ふわりと浮き上がった。

 

「うわ、ホントに浮いてる……」

「どんな技術よ……」

「PICの応用とか言ってたけど、そもそもISじゃないのに……」

「さて、このチビ上君にはクジの当選者がご主人様として登録されます。それが誰かは、僕にもまだわかりません」

 

 引かれたクジの番号は、引いた生徒のID番号とセットで如月重工が保管していた。その中からランダムで、クジの番号が選択される仕組みだった。

 

「…………」

「お、どうやら決まったようだねえ」

 

 抽選が終わったのだろう、しばらく何をするでもなくふよふよと浮いていたチビ上君はキョロキョロと周囲を見回し始め、そしてその視線が一点に固定される。

 するとチビ上君は、その視線の方向へ向かってゆっくりと進みだした。

 

「わ、わ、こっちに来る!」

「ああ~っ、私は外れか……!」

 

 その進路の先に居る者、あるいは明らかに進路から外れている者。それぞれから、落胆と期待の声が上がる。

 

 そしてある程度進んだチビ上君は、ゆっくりと降下を始めた。

 

「こ、これはもしかして……!」

「カモンカモンカモンっ……!」

 

 ここまで来れば、その着地点はかなり絞られる。その狭い範囲に食い込んでいる生徒たちは、自らの幸運を祈っていた。

 

 その祈りが届くのは、ただ一人。

 

 それ以外の祈りを無情に切り捨てながら、チビ上君は、とある少女の肩に腰を下ろした。

 

「……え?」

「…………」

 

 細い肩に座ったチビ上君は、すぐ隣にある顔へ、コテンと寄りかかった。美しく輝く豊かな金髪が、最高級のベッドのように、その小さな身体を受け止める。

 

 そんな姿を間近に見て、当選者の少女は――

 

「……………………はぅ。」

 

 ――セシリア・オルコットは、幸せそうな顔のまま倒れた。

 

「コングラッチュレイショォォォォォン!!! おめでとう、セシリア・オルコット君! 是非とも大事にしてくれたまえよ!」

「おのれセシリアァァァァァァァ!!」

「ああ、なんで世界はこんなにも不公平なのっ……!?」

「ほら、チビ上ちゃん! そんなのはほっといて私のところに「終止」痛いっ!?」

「な、なんて鋭いパンチ……!」

「おやおや。ダメですよ、ご主人様以外がみだりに触れちゃあ。終止パンチの餌食になるよ」

 

 押し寄せる生徒たちを終止パンチ乱れ打ちで撃退し、チビ上君は倒れ伏すセシリアの前に降り立った。そしてその鼻から流れ落ちる血を、ポケットから取り出したハンカチで丁寧に拭う。

 

「ああっ、可愛い……!」

「欲しかったなあ~……!」

 

 そんな生徒たちの声を聞き、如月社長がニヤリとワラう。なんか嫌な予感がした真改と千冬は一目散に逃走した。

 

「ご安心を! 惜しくも外れた皆様にも、しっかりと豪華記念品をご用意してあります! さあ、受け取ってくれたまえっ!!」

「「「「「……………………え?」」」」」

 

 その瞬間、如月社長の背後から、ナニカが現れた。

 

 キッチリ外れた人数分いるソレらは、とても――とても、青かった。

 

「「「「「…………い…………」」」」」

 

 カサカサ。カサカサ。

 

 無数の脚が擦れ合う音を立てながら、ソレらは綺麗に整列する。

 

 そして、一斉に――

 

 ――ビョーン――

「「「「「いやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁっっっ!!!!!」」」」」

 

 あらん限りの絶叫を上げる生徒たちに降り注ぐ、一メートルほどの大きさのソレらは。

 

 ――ダニに、良く似たカタチをしていた。




束がわりかし普通だったのは、相手が大嫌いな人物だったからです。テンションあがんない。
そしてここ数話の間にあったあれこれがどうなったとかは次回以降で。

まあ、次回は外伝なんですけども。

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