IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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これが、にじファンに掲載していたIS ―イノウエ シンカイ―の最後の話です。この話を投稿してしばらくして、IS ―イノウエ シンカイ―は削除されてしまいました。

今回は出来るだけ原作のセリフとかは使わないようにしていたので(ネタは除く)、大丈夫だと思いたいのですが……


第64話 雪解け水

第64話 雪解け水

 

「フゥッ、フゥーッ……フゥーッ……!!」

 

 手にした刀を振り下ろし、突き立てた姿勢のまま、一夏は獣のように息を荒げる。

 

 その眼は血走り、顔には幾筋もの血管が浮かび上がり、過剰に緊張した筋肉が、全身を震わせていた。

 

 その下で――

 

 

 

「……て……めえ」

 

 

 

 ――顔の横、刀身が肌に触れるほどすぐ近くに刀を突き立てられたオータムが、一夏を憎々しげに見上げていた。

 

「なんで……外しやがった」

「フゥーッ……フゥーッ……が、ハァッ……ハァッ、ハァッ!」

 

 一夏の左手は、咄嗟に持ち替えたのか、刀身を握り締めていた。どれほどの力が込められているのか、刃が装甲を切り裂き肉に食い込み、零落白夜の輝きを失っていく雪片弐型を、赤く染め上げていった。

 あまりにも強く歯を食いしばったためか、歯茎からも血が流れ顎を伝い、真下にあるオータムの顔に滴り落ちている。

 

「なんで……外したのか、て……訊いてんだよ……!」

「ぐ、うっ、フゥゥゥゥゥ……!!」

 

 異常に高まった体内の熱を排出するように、深く、深く息を吐く。その際、僅かに弛んだ顎が痙攣し、ぶつかり合う歯がガチガチと音を鳴らした。

 

「てめえの殺意は本物だった。今だってそうだ。

 ……殺すんだろうが、私を。殺したいんだろうが、その手で。

 ……なのに、なんで外した」

「……殺さねえよ」

「……ああっ!?」

 

 声は震えていたが、ようやく、一夏はまともな言葉を発した。だがその内容に、オータムの顔が怒りに歪む。

 

「殺さねえだと? てめえ、舐めてんのか? それとも情けでもかけたつもりか?

 ……ざっけんじゃねえぞ、クソガキがあっ!!」

 

 まるで鉄杭を打たれ固定されているかのように、オータムの胸は一夏に踏みつけられている。その際に肋骨が数本折れ、内臓にまでダメージを受けて、さらには衝撃に全身が痺れ、動くこともままならない。

 

 だがそれでも、オータムは全力でもがき、一夏をはね除けようとした。

 

「殺せよ、今しかねえぞ! こんなまぐれは二度とねえ、次やれば必ずてめえが負ける! その時私は容赦なく殺すっ!! なのに、なんでてめえは殺さねえ!? それじゃあ……それじゃあ、対等じゃねえだろうが――!」

 

 怒りに任せてもがき続けるも、オータムを押さえつける脚は動かない。

 

 そしてオータムの言葉も、一夏の意志を動かすことは、出来なかった。

 

「本音を言えば、殺してやりてえよ。今もちょっと気を抜けば、このまま首を斬り落としそうなほどに殺したがってる。

 ……けど、絶対に、殺さない」

「なんだと……!?」

「だって――殺したら、終わりだ」

「……ああっ?」

 

 捉えようによっては、恐ろしく残虐な言葉。だがその真意が、生かさず殺さず痛めつけるというようなものではないことは、オータムにもすぐに分かった。

 

 なら、その意味は。

 

「……罪、ていうのはさ。過去の出来事……やってしまったこと。過去を変えることなんかできない。だからどんなに罰を受けても、どんなに償っても、罪が消えることなんて、有り得ない。

 罪は……ただ、赦されるだけだ」

「……だから、なんだってんだ」

 

 罪が消えてなくならないから、なんだと言うのか。殺人という罪は自分には重過ぎるなどと、腑抜けたことでも言うつもりか。

 

 それは、間違いではなかった。間違いではなかったが――正確でもなかった。

 

「けどさ。殺してしまったら、絶対に赦されない。罪の大きさ、重さの問題じゃない。死んでしまった人間には、何もできないんだよ。

 ――自分を殺した人間を、赦すことも」

「…………」

「お前は、シンの腕を奪った。もう二度と、元には戻らない。だけど、きっと――シンは、お前のことを恨んじゃいない。アイツは、そういうヤツだから」

「……だろうな」

 

 その言葉には、オータムも納得した。七月の下旬に如月重工本社ビルを襲撃し、そこで真改と再び対峙した時、その剣は曇っていたが――それは決して、自分の腕を引きちぎった、オータムに対する憎悪ゆえではなかった。

 

「俺は、お前を赦さない。千回切り刻んだってまるで足りない。けど俺がお前を裁くなんて、お門違いもいいところだ。……シンの腕は、俺かお前、どっちかがいなけりゃ今も無事なままで、つまり責任の半分は、俺にあるんだから」

「……はっ。二人なんだから2で割ればいいってか? 馬鹿だろてめえ、割り算覚えたての小学生だって、そんな考え方しねえぞ」

「……うるせえ」

「ふん。じゃあなんだ、てめえは自分には私を殺す資格がねえから殺さねえ、てことか」

「それだけじゃない。聞いてなかったのかよ。お前を殺せば、俺は絶対に赦されなくなる。今までずっと、千冬姉やシン、他にもいろんな人が、ずっと俺を、守っていてくれたのに。

 ……俺が折れないように、曲がらないように、捻れないように、歪まないように。ずっと、ずっと……守っていて、くれたのに。

 それを裏切るなんて、それこそ――絶対に、赦されない」

「……呆れたもんだな。てめえは自分以外の誰かのために、てめえ自身の感情を押し殺すってのか」

「そうじゃない。あくまで、俺自身のためだ。

 ……決めたんだ、三年前に。これ以上、シンの重荷にならないように、俺の我が儘くらいは呑み込もうって」

 

 そう言った一夏から、殺意が引いていく。震えも収まり、過剰に込められていた全身の力も抜け、突き立てた雪片弐型に縋るようにして、どうにか立っている状態だった。

 

 そして、その眼は――

 

「もう一度言うぞ、亡国機業(ファントム・タスク)のオータム。俺は、お前を殺したい。だけどそれ以上に、俺はみんなを裏切りたくない。

 ……お前の命なんかより――みんなが守ってくれた、俺の人生のほうが、俺には大事なんだ」

 

 誰かのためではなく。

 

 それが、自分の願いだから。自分が、望むことだから。

 

 自分のために。自分の在り方を、誇るために。

 

 その眼は、どこか――

 

「……なるほど。似てるよ、てめえは」

「……は……?」

「ふん。それで、どうすんだ。私を学園にでも引き渡すか?」

「……そうだな。後のことは、千冬姉たちに任せる。……けど、その前に」

「っ!?」

 

 一夏は、突き立てた雪片弐型を引き抜いた。

 

 刃が突き刺さった床を、横に切って。

 

 ――倒れた際に広がった、オータムの髪ごと、横に切って。

 

「……てめえ」

「髪は女の命なんだろ? ……これぐらいは俺自身の手でやっておかなきゃ、気が済まねえ」

「……クソガキが、気障ったらしいこと言ってんじゃねえ」

 

 肩から下を切られた自分の髪に、一度だけ名残惜しそうな視線を送り、それだけでオータムは、その喪失を受け入れた。

 

 ――負けたのは自分だ。ならばこれくらいで、文句を言うわけにはいかない。

 

「……一夏君」

「楯無さん。……すみません、勝手に暴走して」

「謝るのは私のほうよ。格好つけて登場して、色々偉そうなこと言ったのに、結果はこんな様だしね」

 

 いまだにアラクネの糸に動きを封じられたまま、楯無が声をかけた。一夏が剣を振り下ろす直前にも叫ぶように名前を呼んだが、一夏には届かなかった。その後は声をかけるような雰囲気ではなかったのだ。

 

「もうちょっと、そのまま抑えつけといてね。この糸を焼き切れるくらいのナノマシンが――」

「……馬鹿が。遅えよ」

「「っ!?」」

 

 一夏の意識が楯無に向いた隙に、オータムはショットガンを展開した。それを一夏に向けて、散弾を発射する。

 

「ぐっ……!?」

「一夏君っ!」

 

 衝撃に、オータムを踏みつけていた脚が僅かに浮く。その一瞬を逃さず飛び起きたオータムは、更衣室の壁に指向性の爆薬を仕掛けて爆破し、開いた大穴から一歩、外に出る。

 

「間抜けが――って、言ってやりたいところだがな。今回はまあ、私も同じミスしてるしな」

「てめえ、逃がすかっ!」

「織斑一夏」

「っ!?」

 

 オータムを追おうとした一夏に、オータムが声を投げる。その声の真摯さに、一夏は思わず、動きを止めた。

 

「アイツに……井上真改に、伝えておけ。

 

 ――お前の人を見る目に、間違いはなかった、てな」

「おい、待――!?」

 

 言うだけ言って、オータムは飛び出した。

 

 大量のグレネードを、置き土産に。

 

「ぐっ……!」

 

 咄嗟に後退し爆風から逃れるが、黒煙が晴れた時には、既にオータムの姿はなかった。慌てて穴から出て周囲を見渡すも、ステルスモードに入ったのか、見つけることは出来なかった。

 

 ――逃げられた。

 

「……くそ」

 

 悪態をついて、更衣室に戻る。そこには楯無が、彼女らしくない申し訳なさそうな顔で佇んでいた。

 

「……ごめんなさい。私、足手まといだったわ」

「いえ。楯無さんがいなかったら、あそこまで追い詰めることもできませんでしたよ」

「……そう。……大丈夫?」

「ええ。エネルギーは空っぽですけど」

「……そうじゃ、なくって」

「…………」

 

 楯無の問いの意味は、一夏にも分かっている。

 

 だが、答えることは出来なかった。零落白夜を掴んだせいかシールドエネルギーの尽きた白式が解除されて行く中、ただぼうっと、オータムが逃げた穴を眺めている。

 

「よいしょ、と。ふう、ようやく抜け出せたわ」

 

 威力を絞ったクリア・パッションでアラクネの糸を焼き切り、解放された楯無が更衣室を見渡す。

 更衣室は戦闘により破壊し尽くされており、その激しさを物語っていた。

 

「……危なかったわね」

「ええ。力不足を痛感しました」

「……そうね」

 

 だがそんな更衣室の惨状よりも、一夏の様子のほうがずっと気になっていた。

 

 ――あまりにも、静か過ぎる。落ち着き過ぎている。

 

 その姿が、妙に不安を掻き立てて。

 

 楯無は、何を言うべきかも定まらないまま、声を掛けようとした。

 

「……いち――」

「一夏っ……!」

 

 その時、ロックが解除された扉を開けて、真改が入って来た。

 

 ここで何が行われていたのか概ね察しているのだろう、その顔は切羽詰まっていて、肩で息をしている。

 

「……シン」

「無事か……!?」

「……ああ」

 

 真改は一夏に駆け寄り、体の傷を確認する。外傷の診断と応急措置の技術は外科医顔負けの真改は、一夏の傷が後遺症の残るものではないと判断し、ひとまず安堵する。

 

 だが体の傷以上に心配なのは、心の傷だ。

 

 更衣室内を見渡した限りは、オータムの姿はない。ならば少なくとも、殺してはいない。

 楯無が止めたのか? 一夏を心配そうに見る楯無の姿に、真改はそう思いかけて。

 

「……いち「シン」……?」

 

 細かいことを訊ねようとして、出来なかった。

 

 突然、一夏に抱きすくめられたからだった。

 

「……一夏……?」

「……ごめん、シン」

「…………?」

 

 ぎゅう、と力を込められて、罅の入った肋骨が痛む。だがそれは、真改にとっては大した痛みではなく、顔を歪めることはしなかった。

 

「ごめんな……シン」

「……?」

「逃がしちまった。アイツを」

「…………」

 

 やはり、殺してはいない。それを確信したことで、ようやく真改の表情が緩む。

 

 その顔は一夏には見えなかったし、その気配を感じることも出来なかった。

 

 だから――ただ、ただ、謝った。

 

「ごめん、シン。ずっと俺のこと、守ってくれてたのに。俺のこと、何度も止めてくれたのに。

 ……それでも、アイツは、どうしても許せなかったんだ」

「…………」

「……真改ちゃん」

「……?」

 

 何度も「ごめん」と繰り返す一夏に、どうしていいか分からなくて。言われるがままに受け止めていた真改に、楯無が声をかけた。

 

「一夏君がその調子じゃあ、勘違いしそうだから。これだけは言っておくわ。

 ――私は、何もしていない。一夏君が、自分の意志で、剣を逸らしたのよ」

「……!」

 

 その言葉に、真改は驚き。

 

 そして、言いようのない喜びを感じた。

 

 剣を逸らした、ということは、振り下ろしたのだろう。あと一歩で殺してしまうところまで、行ったのだろう。それだけでも、一夏にとっては、謝らずにはいられないことなのだろう。

 

 だが、それでも。

 

 ――一夏は、踏みとどまったのだ。

 

「……一夏……」

「っ!」

 

 声色の変わった真改に、一夏がびくりと身を竦ませる。まるで悪いことをして、これから親に叱られる幼子のようなその反応に、真改は優しい微笑みを浮かべて、続けた。

 

「……よく、我慢した……」

「……我慢なんか、できてない。お、俺……俺は、もう少しで……!」

 

 ――みんなを、裏切るところだった。

 

 言葉にならなかったその想いも、真改には伝わった。だから真改は、右腕を持ち上げて一夏の背に回し、そっと、抱擁を返した。

 

「……ありがとう……」

 

 ――己の誓いを、守ってくれて。

 

 言葉にしなかったその想いも、一夏には伝わった。だから一夏は、抱き締める力をさらに強くし、声を押し殺して、涙を流した。

 

「……っ、……ぐ、ぅぅぅ……!」

「…………」

 

 また我を忘れてしまったことが、情けなくて。

 

 オータムを逃がしてしまったことが、悔しくて。

 

 だけど――一番大切なことだけは、どうにか守れたことが、嬉しくて。

 

 一夏は、泣いた。感情を抑えることが出来ずに、泣き続けた。

 

 それでも意地からか、必死になって、声をかみ殺した。

 

 そんな一夏をあやすように、真改の手が、優しく背中を撫でていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ちっ、任務失敗か……二連続だしなあ、もう後がねえな……」

 

 IS学園を脱出したオータムは、とある公園に来ていた。普段からまったくと言っていいほど人気のない、寂れに寂れたその公園は、今回の作戦における亡国機業の集合場所であった。

 

「しかも、結局アイツとはやれなかったしな……あ~あ、最悪だぜ」

 

 到着した時、オータム以外は誰も来ていなかった。不満の残る任務であっただけに、思わず愚痴をこぼす。

 

 そうして待つこと、一分。

 

「あれれれえ~~? オータムさん、早いですねえ。そんなにあっさり負けちゃったんですかあ?」

「てめえ……私が負けること前提かよ。……まあ負けたけどよ」

「あっはぁ♪ だってえ、オータムさん、弱っちいですしい♪」

「なに言ってやがる、てめえも負けたんだろうがよ」

「ワタシは負けてませ~ん。逃げて来たんですう~」

「同じことだろうがっ」

 

 遅れてやってきたフラッドと合流し、撤退の準備をする。メンバーはもう一人いるのだが、それは増援要員であり、撤退出来るのならいなくとも問題はない。

 

 

 

 あるとしたら――

 

「逃がすと思うか? 亡国機業」

「あなた方には、ここで捕まっていただきます。……理由はおわかりですわね?」

 

 ――撤退に、失敗した場合。

 

「ま、そういうことよ。どうせ覚悟して来てるんでしょ? 話しても仕方ないわ」

「所詮は盗っ人だ。礼儀のれの字も知らんのだろう」

「……てめえら」

「あっはぁ♪ 囲まれちゃってますねえ!」

 

 気付けば、人影が五つ。箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラが自らの専用機を展開し、その武器をオータムとフラッドに向けて構えていた。

 

「……はっ。クソガキどもが、偉そうに。囲んでボコるのが、てめらの言う礼儀かよ」

「必要ないよ、あなたたちには」

 

 五対二。そして、完全に包囲されている。万全であるならまだしも、オータムは装甲脚を全て、フラッドに至ってはスラスター以外の全ての装甲を失っている。

 

 とてもではないが、もう一戦交えられるような状態ではなかった。

 

「……ち、どうするか。まだ捕まるわけにはいかねえぞ」

「……ああ~! ワタシ、イイコト思い付きましたあ!」

「……へえ、どんな」

「オータムさんを囮にしてえ、その間に逃げればいいんですよう!!」

「配役逆なら完璧な作戦だなっ!」

「……なんだか、ものすごく余裕がありそうですわね……」

「……強がりだろう、そうに決まっている」

 

 いきなり漫才を始めた二人に、どことなく不安になる五人。

 

 ――ただの馬鹿ならいいが、とんでもない大物である可能性も捨て切れない。

 

「さて、マジでどうすっかな……」

「大人しくしていればいい、悪いようにはせん。精々、痛覚を持って生まれてきたことを後悔するくらいだ」

「……お優しいこって」

「わあ、オータムさん、ゴーモンですってえ! ワタシやってみたいなあ、オータムさんでえ! きゃははははははは!!」

「私はてめえを処刑してみてえよっ!」

「……ねえ、こいつら馬鹿なの? 馬鹿なんじゃないの? またはアホなの?」

「鈴、そういうことは思ってもいいけど、言っちゃダメだよ」

「思うのはいいのか……」

 

 油断こそしていないが、どうにも気合いが入らない。これが策略だとしたら、相当な策士だ――と警戒する者は誰もいなかった。

 

 しかしどうも、投降する気はないようだ。ならば、力ずくで捕らえるしかない。

 そう判断し、気を引き締めて――

 

「っ!? ISが一機接近!」

「増援か!?」

「くそ、遅えんだよ……!」

 

 突然の敵襲に身構える五人。凄まじい速度で近付いて来る敵影を捉え、迎撃体勢を整える。

 

 ――その五人を、閃光が貫いた。

 

「ぐっ!?」

「狙撃……!?」

「この速さで飛びながら、なんて精度ですの……!?」

 

 スナイパーであるセシリアが、その実力に戦慄する。

 

 高速移動中の、長距離精密狙撃。それだけでも十分に驚嘆に値するが、それ以上に――

 

「五発同時……まさか!?」

 

 接近する敵の姿、その詳細を、ブルー・ティアーズが解析する。

 

 ――否。そんなことをするまでもなく、セシリアはその機体を知っていた。

 

「サイレント・ゼフィルス……!! そんな、試験中のBT二号機がなぜ!?」

 

 セシリアの専用機、ブルー・ティアーズ。その稼働データを基に、一段階上の試験装備、シールド・ビットを搭載した、イギリスの最新型IS。

 

 それをなぜ、テロリストが持っている――?

 

「慌てるな! 数の理はこちらにある、落ち着いて対処しろ!」

「くっ……!」

 

 セシリアも四機のビットを飛ばし、手にしたライフルからもレーザーを放つ。その全てをシールド・ビットで防ぎ、あるいはかわされ、反撃にサイレント・ゼフィルスのビットがレーザーを放った。

 

 ――その数、六機。

 

「なっ……!?」

 

 その六機から放たれた閃光は、一度の一斉射撃で、ブルー・ティアーズのレーザー・ビットを全て撃ち抜いた。それだけではなく、まだスカート状のアーマーに取り付けたままだった、二機のミサイル・ビットまでも貫いた。

 

 ――一度は狙いを逸れたレーザーが弧を描き、背後から襲いかかって。

 

(偏光制御射撃!? そんな、あり得ませんわ! だって、それは――)

 

 それは、机上の空論の筈だった。

 

 なぜならそれは、BT兵器の高稼働時に可能であるとされているもので。

 

 BT適性最高値を誇るセシリアにも、出来ないことなのだから。

 

「セシリアっ!!」

「っ!?」

 

 再び放たれた一斉射撃。それは呆然としているセシリアを狙い、その全身を貫いた。

 

「くうっ!」

「セシリア、退け!」

 

 ビットを失い、機体にもダメージを受けたセシリアを庇い、ラウラが前に出る。プラズマ手刀を起動し、勢いを落とさず飛び込んで来たサイレント・ゼフィルスを迎え撃った。

 

「はあっ!」

 

 対するサイレント・ゼフィルスはピンク色の光を放つナイフでラウラの攻撃を捌き、返す刃で装甲を斬りつける。その一撃は深く、そして的確にラウラの腕を切り付け、プラズマ手刀を破壊した。

 

「く……!」

「ふん……」

 

 サイレント・ゼフィルスのパイロットは顔の上半分がバイザー型のハイパーセンサーに覆われ、まだ幼さの残る口元しか見ることができない。

 

 だがそれでも、その顔が嘲笑に歪んでいることは分かった。

 

「この程度か、ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

「貴様……なぜそれを知っている?」

「答える必要はないな。……掴まれ、離脱するぞ」

「わあい、高い高~い!」

「うるせえはしゃぐな私まで馬鹿に見えるだろうがっ!」

「……黙れ、振り落とすぞ」

 

 サイレント・ゼフィルスのパイロットはエネルギーが残り少ないオータムとフラッドを抱え、一気に飛び上がろうとした。だが当然、彼女らを囲む者たちは、それをただ見ているほど間抜けではない。

 

「逃がすかっ!」

「君も捕まってもらうよ!」

「できると思うか? お前ら如きに」

 

 圧倒的不利な状況の筈なのに、その声色は不敵な自信に溢れていた。レーザー・ビットを全員に向け、シールド・ビットで守りを固める。その実力を目の当たりにした五人には、その自信をただの強がりと言うことは出来なかった。ほんの僅かでもミスをすれば、取り逃がすだろう――そう確信させるだけの威圧を、その少女は放っていた。

 

 逃げる隙と、捕らえる隙。

 

 それを互いに伺いながら、睨み合い――

 

 

 

『ぅふわははははははははははははっ!!!』

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 突然空を覆った、巨大な機影を見上げた。

 

 遥か上空にあるというのに、公園全体を覆うその影は――

 

「ば、爆撃機!?」

『ふはははははっ! お待たせしました、諸君!!』

「この声、網田主任!?」

「街中でなんてもの飛ばしてんのよ!?」

「ていうか待ってないしむしろ絶対に来て欲しくないよっ!?」

『応援に来ましたよ! さあ、受け取ってください! プレゼント・フォー・ユー!!』

「ちょ、ま、まさか!?」

 

 ガバリ。

 

 網田主任の言葉になんだかもの凄く嫌な予感がした面々が、顔を引きつらせる。

 そんなことは意に介さず、如月重工製であろう、街の一つや二つや三つや以下略くらいは焼き尽くせそうな巨大な爆撃機、その下部が開き。

 

 そこから、大量に降って来たのは――

 

「な……なんですか、あれえ!?」

 

 「ソレ」を初めて見るフラッドが、悲鳴のような声をあげる。

 

 青い空を埋め尽くさんばかりに大量に降ってくる、空よりも青い、ダニによく似た生き物を見上げて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か……かわいい~~っ!!!」

「「「「「「「ええええええええぇぇぇえええええええぇぇぇぇぇっっっ!!!!??」」」」」」」

 

 ――黄色い悲鳴をあげた。

 

 

 

——————————

 

 

 

 ――キィキィキィキィキィ――

 

「やあん、かわいい~~!! 癒されますう~!!」

 

 豪雨のように降りまくって来る生体兵器の大群に、その場は一転して大パニックになった。もはや逃走とか捕縛とかそんな悠長なことを言ってる場合ではなく、全員が泣き叫びながら逃げ回っていた。

 

 約一名を除いて。

 

「ほらあ、おいでおいでえ」

 ――キィキィ。ビョ~ン――

「あっはぁ、ステキなジャンプですねえ♪」

 

 他の個体と比べて随分と小さい、しかしドッジボール二個分くらいという虫としては十分規格外のサイズの一匹が、フラッドの(真っ平らな)胸に飛び込む。そのまましがみつき、無数の目でフラッドの顔を見上げた。

 

 ――キ?――

「キィ?」

 ――キキキ。キィキィ――

「キィ。キキキィ」

 ――キィキィ! キィィィ!――

「キ! キ! キキィ!」

「オイコラフラットナニフツーに会話してんだよおおおおおおおおおっ!!!」

「もういやだあああああああああああああっ!!!」

「待って待って置いてかないでちょっと待ってええええええええええええっ!!!」

 

 その混乱に乗じ(?)、サイレント・ゼフィルスのパイロット――エムは、スラスターを全開にして飛び立った。それにギリギリ掴まったオータムと、オータムが伸ばしたアラクネの糸に引っ張られたフラッドも一緒に飛んで行く。

 

 敵が一目散に逃げたことに気付く余裕すらなく、箒たちは生体兵器の山に埋もれていった。その地獄のような光景から目を逸らしながら、空に逃れた三人は速度を上げていく。

 

「……決めた。例え世界が滅びようと、あの変態どもだけは、私の手でぶち殺す」

「ふざけるな、私が殺す。殺す、殺す、コロスコロスコロスコロス……」

「あれえ? そういえばオータムさあん。なあんか、髪短くないですかあ?」

「今ごろ気付いたのかよ……まあ、あれだ。イメチェンてやつだ」

「あっはぁ♪ いまさら無駄な足掻きですねえ、オールドさあん♪」

「おいクソガキてめえマジでぶち殺すぞ」

「きゃははははははは!! 怖いオバサンですねえ! ね~?」

 ――キ♪――

「「………………………………え?」」

 

 突如聞こえた不穏な音に、できれば見たくないがそうも言ってられないオータムとエムが、ゆっくりと首を回す。

 

 その音は、フラッドの腕から聞こえた。

 

 ――正確には。

 

 フラッドが腕に抱えている、青い体表の――

 

「ナニ連れて来てんだよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?!?」

「捨てろお!! 早く捨てろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「ええ~。嫌ですう~、この子はワタシが飼うんですからあ」

「ウチはペット禁止だっ!!」

「そんなルールはあ、聞いたことありませえん。オータムさん、ボケが始まってるんじゃあないですかあ? 案外早かったですねえ、きゃははははははは!!」

「ようしわかったそのバケモンはてめえごと撃ち落としていいんだな!?」

「なんでもいいから早く捨てろおおおおおおお!!!」

 

 ギャアギャア喚き合いながら、三人は飛び続ける。

 自分たちが所属する組織、亡国機業(ファントム・タスク)の本拠地に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどの如月重工の襲撃、生体兵器の大群、それらが吐き散らかした酸の中に、微量のナノマシンが紛れていたことに、気付かずに。

 

 ――そのナノマシンが三人に付着し、位置情報を送信していることにも、気付かずに。

 

 

 




オータム、エム、フラッドを自分の中で「三人娘」と呼んでる今日この頃。彼女たちにはこれからもたっっっぷり活躍してもらう予定です。

次回以降はまったく書いていない(おおまかなストーリーは考えてますが)状態なので、更新が遅くなります。自信がないのであまり見得を切りたくはないのですが、週一更新くらいを目標に頑張ります。

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