IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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もうサブタイトルだけで内容が分かるという。


第62話 酸被り姫(アミデレラ)

 それは、一夏が演劇の衣装に着替えるため、更衣室に入ってからのこと。

 楯無は一夏を見送った少女たちに向き直り、ニッコリと笑った。

 

「みんなにも、手伝ってもらっちゃおうかしら」

「「「「「………………ええー………………」」」」」

 

 嫌そうなリアクションだった。

 

「むー。なによ、その反応は」

「いえ……」

「なにをさせる気なのかなー、と」

「別に、みんなにはシンデレラ役をやってもらうだけよ。可愛いドレスも用意してあるから」

「ええっ!? ド、ドレス……!?」

「そ、ドレス。似合うと思うわよ、シャルロットちゃん」

「や、やりますっ」

 

 可愛い物や女の子らしい服などに目がないシャルロットが、元気良く手をあげた。そんなシャルロットを、他の少女たちは迂闊な奴め、と言いたげな顔で見ている。

 

「じゃあ、シャルロットちゃんは参加ね。他は?」

「「「「…………パスで」」」」

 

 何があるか分からない、という不信感に満ちた返事であった。

 

 ――が。

 

「じゃあ、ルールを説明するわね」

「え? ルール?」

「ええ。一夏君が被っている王冠、それを取れれば、一夏君の部屋に、一夏君と一緒に住む権利を与えるわ。生徒会長権限でね」

「仕方がないな、会長の頼みとあらば断れん」

「このセシリア・オルコットが手伝ってさしあげますわ」

「あたしがいれば百人力よ」

「見せてやろう。真のシンデレラ・ストーリーをな」

「みんなノリが良くって助かるわあ」

 

 その瞬間、楯無の笑みの性質が変わったことに誰もが気づいたが、そんなことよりも一夏との同居権のほうが重要だった。

 楯無の策略だと分かってはいる。だが虎穴に入らずんば虎児を得ず、ハイリスクハイリターン。少々の危険は仕方ない。

 

「ああ、そうそう。一夏君との同居権は早い者勝ちだけど――」

 

 だが、それでも。

 

 少女たちは、もっと深く、考えるべきだったのだ。

 

「――ISを使ったら、反則負けだからね♪」

 

 その言葉が、何を意味しているのかを。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「一夏、王冠をよこせ!」

「お願い一夏、その王冠、僕にちょうだい!」

「大人しく渡したほうが身のためだぞ!」

「意味分かんねえ、てんだよ!!」

 

 どこかから飛んでくるセシリアの狙撃を間一髪でかわしながら、波状攻撃から逃げ続ける。少女たちは互いに競い合い、足を引っ張り合いながら、しかしどういうわけかそれなりに連携の取れた動きで一夏を追い詰めていた。

 

「し、死ぬぅ……このままじゃ死んでしまう!!」

 

 一夏からすれば、たまったものではない。なにせ一夏は、なぜ自分が狙われているのかを知らないのだから。王冠をよこせと言われても、一体誰に渡せばいいのやら。ていうか誰に渡しても、残りの者たちに殺されるような気がしてならなかった。

 

「「「「一夏あああああっ!!」」」」

「うひいいいぃぃぃぃっ!!?」

 

 そしてとうとう、囲まれて。

 

 絶体絶命となった、その時。

 

『いよいよ追い詰められた王子。しかしその時、王子の持つ機密を奪うべく、さらなる刺客が舞踏会に乱入して来たのです!』

「え!?」

「なんだと!? そんな展開は聞いていないぞ!?」

「なんかもの凄く嫌な予感がするんだけどっ!!」

「ふはははははははははははははははははははははっ!!!」

「「「「「「!?」」」」」」

 

 突然アリーナ内に響き渡った高笑い。宿敵・如月社長のそれよりも甲高い、耳障りなそれは――

 

「あ……網田主任!?」

「ふははははははっ!! 王子様、そしてシンデレラ候補諸君! 軍事機密はこの私がもらい受けますよっ!!」

 

 その声は、アリーナの入口に立った、白衣のひょろ長い男から発せられていた。

 

「さあ、出番ですよ、我が子らよ!! 王子様の王冠を奪うのですっ!!」

 

 網田主任の眼鏡がギュッピィーンッ!! と光る。

 

 すると、アリーナの入口、網田主任の後ろから。

 

 何かが。大量の、途方もないほどに、大量の。

 

 ――何かが。

 

「「「「「「……………………え?」」」」」」

 

 カサカサ。カサカサ。

 

 カサカサ。カサカサ。

 

 幾重にも重なる足音が、一夏と、少女たちの耳に届く。アリーナに集まった、観客たちの耳にも。

 

 そうやって、多くの視線を独占して。

 

 ピットの奥から、現れたのは。

 

「「「「「「……………………い」」」」」」

 

 それは、青かった。毒々しい、青色だった。

 

 無数の脚を器用に動かして、体表が擦れ合う音を鳴らしながら。

 

 おぞましいほど大量に現れた、その生物は。

 

「「「「「「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」」」」

 

 とても――とても良く、ダニに似ていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ――カサカサカサカサ――

 

「なんだよアレはああああああああああああああああ!!!!??」

「知るかああああああああああああああああああああ!!!」

 

 ――カサカサカサカサ――

 

「うひゃぃぃいいいいいいいぃぃぃぃっ!!!?」

「こ、こっちっ、こっち来るうううううぅううぅぅぅ!!!?」

 

 ――カサカサカサカサ――

 

「来ないでっ!! 来ないでえええええええぇぇぇぇっ!!!」

「帰るぅ!! あたしもうおうちに帰るぅぅぅううううううぅぅぅ!!!」

 

 アリーナ中央、特設・特大のセットの上に、阿鼻叫喚の地獄絵図が顕現する。

 

 一人の王子と、五人のシンデレラ(候補)。

 

 それに襲いかかる、無数の生体兵器。

 大きさは、大体一メートルほどか。かつて如月重工本社ビルが襲撃された際に使われたものに比べると小さいが、それでも規格外の大きさだ。

 

 そんなダニみたいな生き物が、無数。

 

 安全な場所にいる観客たちからも、悲鳴があがった。

 

「くそ、逃げ場がねえぞ!!?」

「ていうかどこを見ても奴らに埋め尽くされているんだが!?」

「やめてえええええええ!!! 来ないでえええええええぇぇぇぇっ!!!」

「きゃあ! きゃあああ! ひぃぃぃやああああああああああ!!!?」

「か、帰してえ!! おうちに帰してよう!!」

「おおおおおおおおおお落ち着けれれれれれいれい冷静になるんだ!!」

 

 ――カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ――

 

「く、くそお……やるしか、ないのか……!?」

 ――キイイィィッ!!――

「うおおおおっ!!?」

 

 なんとも耳に残る鳴き声を上げながら、一匹の生体兵器が一夏に飛びかかった。それを慌てて回避しながら、手に持っていたトレイで生体兵器を思い切り殴り付ける。

 

 すると――

 

 ――キキキィッ!?――

「な!? き、効いてる……!?」

 

 意外にも、生体兵器はその一撃で動かなくなった。殴った時の手応えからしても、大きさのわりに耐久力はそれほどでもないらしい――そう悟った一夏は、元々それほど虫が苦手ではなかったことと合わせていち早く冷静さを取り戻した。

 

「みんな! やれる、やれるぞ! 力を合わせるんだ、まずはセシリアを助けよう!」

 

 突然の一夏の指示に、しかし皆が従った。程度の差はあれど、少女たちは皆軍事訓練を受けた身だ。指示があればそれに従うことが染み付いており、それによって落ち着きも取り戻していく。

 そして一夏は、最初の行動としてセシリアの救出を選択した。スナイパーとして単独行動をしていたので、今は孤立してしまっている。先ほどの悲鳴にセシリアのものが混じっていたので、彼女も襲われている可能性も高い。そう素早く判断しての指示であった。

 

「セシリア!! どこだ!?」

「いやああああああ!!! 来ないでえええええ!!!」

「あっちかっ!!」

 

 絶叫を聞きつけ、その方向へと駆け出す。既にステージ上には結構な数の生体兵器がよじ登って来ていたが、しかしある程度冷静になり、陣形を組んで応戦する一夏たちの敵ではない。

 

「セシリア、無事か!?」

「ひゃああああああああああ!!!?」

 バシュバシュバシュバシュ!!

「うお危ねえ!?」

「へ!? そ、その声は……!?」

 

 混乱の極みにあるセシリアはスナイパーライフルを乱射していて、何発かが一夏の頬を掠めて行った。ヒヤリと背筋を冷たい汗が流れ落ちたが、直後に一夏の顔を見て、セシリアも恐慌状態から脱する。

 

「い、一夏さん!? ああっ、わたくしの王子様! 助けに来てくれたのですね!!」

「おいセシリア貴様どさくさに紛れてなんというこt「セシリア、こっちだ!!」ちぃ……!」

 

 箒の文句は一夏の言葉に妨害され、誰にも届かなかった。

 

 とにかく全員合流、戦力の安定したメンバーは方円陣を組み、生体兵器の群れを迎撃する。

 

「一夏、これを使え!」

「サンキュ、箒!」

 

 武器がトレイしかない一夏に、箒が日本刀の鞘を投げ渡す。それを木刀のように構え、目前まで迫った生体兵器を睨みつけた。

 

「はあっ!」

 

 鞘を振り下ろし、生体兵器を打ち据える。

 

「せぇい!」

 

 箒の日本刀が、生体兵器を両断する。

 

「てやあああ!」

 

 鈴の飛刀による連撃が、生体兵器を切り刻む。

 

「お互いをカバーし合え!」

「わかっていますわ!」

「弾、足りるかな……!」

 

 ラウラのハンドガンが、セシリアのスナイパーライフルが、シャルロットのショットガンが、的確に生体兵器の急所を撃ち抜いていく。

 

 完成度の高いフォーメーションは、生体兵器の群れを見事に押し留めていた。この調子なら、全滅させることも不可能ではない――そう誰もが思った、次の瞬間。

 

「ふむ、さすがは皆さん、やりますねえ。それでは、第二段階に移行しましょうっ!!」

「え!?」

 

 まだ何かあるのか、と身構える間もなく、生体兵器たちが、一斉に――

 

 ――ビュビュビュビュビュビュビュウッ!!――

「なんか吐いたあああああああああ!!!?」

「ぎゃああああああ!? なにこれなによこれなんなのよこれえええええええええ!!!?」

「うふふ……この子たちは私が全力をあげて品種改良したサラブレット。殺傷能力を排除した、人畜無害かつ超絶プリチーな愛玩生物。そして、この子たちの吐く酸を浴びると――」

 

 

 

「――服だけが溶けてしまうのです! 服だけが、溶けてしまうのですっ!

 服! だけがっ!! 溶けてしまうのですっっっ!!!」

「「「「「「………………………………」」」」」」

 

 

 

「「「「「「ふっっっっっざけんなあああああああああああああ!!!!!!!」」」」」」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 網田主任により知らされた、驚愕の事実。それを証明するように、一夏のマントの端っこに、生体兵器の吐いた液体がかかった。するとじゅうじゅう音を立てて、マントに穴が開いて行く。

 

「マジかあああああああ!!?」

「冗談ではないぞ!!?」

 

 ――ビュウビュウビュウビュビュビュビュウウゥッ!!――

 

「ひいいいいいいぃぃぃぃぃっ!!!?」

「く、くそ、避けきれぎゃああああああ!!? かかったあああああああああ!!?」

「やめてえええええええ!!! もうやめてえええええええ!!!」

 

 再び大パニックに陥る少女たち。その服に、少しずつ液体がかかって行く。ドレスの長いスカートに穴が開き、その下の肌があらわになっていった。

 

『ここは高貴な身分の者が集う舞踏会。余りにもあられもない格好になった者は、強制的に退場させられてしまいます』

「おのれ謀ったな、更識楯無いいいいい!!!」

「許さん!! 許さんぞおおおおおお!!!」

「馬鹿、集中しろ!! 来るぞっ!!」

 ――キキキイイイイィィィッ!!――

「うおおおおおおおおお!!?」

「きゃああああああああ!!?」

 

 飛びかかって来る生体兵器たちを迎撃するが、その動きに今までのキレはない。いつ得体の知れない液体を吐きかけてくるか分かったものではなく、それを警戒しながらでは自然と腰が引けてしまう。

 だがそれでも、どうにか抑えられてはいたのだ。

 

 ――この段階では、まだ。

 

「うふふ、うふふふふふふふふふふふ。まさかこれほどとは。仕方ありませんねえ、第三段階に移行ですっ!!」

「まだ何かあんのかよおおおおおお!!?」

 

 網田主任が宣言すると同時、それは起こった。

 カサカサと近付いて来た一匹が、突然――

 

 ――キイイイイィィィドパアァンッ!!――

「「「「「「爆発したあああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!??!?」」」」」」

 

 生体兵器が内側から弾け、体内の酸を辺りにぶちまけた。雨のように降り注ぐそれをかわしきることはできず、接近戦をしていた箒と鈴がモロに浴びる。

 

「うひいいいいいぃぃぃぃっ!!!?」

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁだぁぁぁぁっ!!!」

 

 じゅうじゅうと、少しずつドレスが溶けて行く。箒はその高校生らしからぬ豊かな胸がドレスから零れ出そうになり、鈴はスカートがワ○メちゃん並に短くなってしまった。

 

「おい、大丈b「「見るなああああああああ!!」」ぐぶぉう!?」

 

 もういっそ強制退場されたい――一夏をぶっ飛ばした二人はそう思ったがしかし、この程度ではまだ「余りにもあられもない格好」とは言えないらしい。

 一体どれほどになれば、強制退場させてもらえるのか。

 

「まさか全裸とかじゃないだろうな!!?」

「ふざけんじゃないわよ!! 冗談じゃないわよっ!!!」

 ――キキキイイイイィィィッ!!――

「「うひゃあああああああああっ!!!?」」

 

 露出が多くなり、箒と鈴は更に動きにキレがなくなってしまう。その二人を庇うように陣形を組み直すが――

 

 ――ドパンドパンドパアァンッ!!!――

「多すぎるうううううぅぅぅぅっ!!!」

「しかもなんか段々容赦がなくなってきてるぞ!!?」

「ひいいいいいいいぃぃぃっ!!?」

「メェェェェェェェデェェェェェェェッ!!! 逃げ場が欲しいぃぃぃぃよおおおぉぉぉぉ!!!」

 状況は絶望的、ラウラすら涙目になりながら、必死に応戦している状態だった。どうにかなるという希望でかろうじて抑えられていた生体兵器への生理的嫌悪も、今はもう抑えられない。

 

 ――ビュウビュウビュウドパンドパビュウドパアァンッ!!――

「うわあああああぁぁぁぁぁっ!!?」

「ラウラ、危ないっ!!」

 

 隙を突かれたラウラを庇い、一夏が頭から体液を被る。王冠には酸の効果がないようだが、服はしっかりと溶けていった。

 

「い、一夏!? 大丈夫か!?」

「ああ……これ、本当に人間には効果がないみたいだな」

「だが、服が……!?」

 

 上はもう、ほとんど生地が残っていなかった。鍛え上げられた肩や腕、見るからに力強い胸筋、六つに割れた腹筋、見事に盛り上がった背筋。

 惜し気もなく披露されるギリシャ彫刻顔負けの肉体美に、生体兵器への嫌悪も忘れて観客たちから歓声があがる。

 

「ええい、見るな見るなっ! 私の嫁の裸体だぞ!!」

「恥ずかしいこと言ってんじゃねえよっ!!」

 

 だがそこはやはり男の子、少女たちほどの羞恥はなく、若干恥ずかしげにしながらもしっかりと鞘を構えている。

 だがそれでも、生体兵器はあまりに数が多過ぎた。

 

「くそ、このままじゃ、みんな素っ裸にされちまうぞ!!」

「そういうことを大声で言うなっ!!」

「ほんっとにデリカシーないわねアンタはっ!!」

「げはあっ!?」

 

 またも箒と鈴のツープラトンアタックを食らう一夏。ダメージに足がふらつき、生体兵器の接近を許してしまう。

 

「あ!?」

「しまった!」

「馬鹿が、加減をしろ!」

「一夏ぁぁぁぁ!!」

「一夏さんの裸ぁぁぁぁ!!」

「「「「おいこらセシリアアアアァァァァッ!!?」」」」

 

 ドサクサに紛れてまたとんでもないことをシャウトしたセシリアにツッコミを入れる少女たち。そんな馬鹿をやっているうちに、ついに生体兵器が、一夏に――

 

 ――ボフウウウゥゥゥン!

「なっ!?」

「これは、煙幕!?」

「今度はなんだ!?」

「ゲホ、ゲホ……! な、なん――」

「こっちです!」

「へ!? だ、誰――!?」

「急いでください!」

「わあ!? ちょ、ちょっと!?」

 

 しばらくして、煙幕が晴れると。

 

 そこに、一夏の姿はなかった。

 

「な、一夏! どこに行った!?」

「一夏!? どうしたの!?」

「いち――」

 ――キキキイイイィィッ!!――

「く……! 今はコイツらをなんとかしなければ……!!」

「邪魔、すんなああああ!!」

 

 一夏を探そうにも、生体兵器の群れはいまだに襲いかかって来ている。先にそちらを片付けなければ、探すことなどとても無理だ。

 故に、一刻も早く一夏を探すべく、少女たちは闘争心を燃え上がらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふむ、食い付いたようですねぇ。……後は任せましたよ、織斑さん、楯無さん」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「危ないところでしたね」

「はあ、はあ……あ、ありがとうございます……」

 

 煙幕の中で俺の腕を掴み、安全な場所――アリーナの更衣室に連れて来てくれたのは、今日名刺をくれた巻紙礼子さんだった。巻紙さんは相変わらず人当たりのいい笑顔を浮かべながら、全力疾走で乱れたスーツを直している。

 

「ええっと……助かりました、巻紙さん。けどどうしてこんなところに?」

「はい。実はこの機会に、織斑さんの白式をいただこうかと思いまして」

 

 ………………え?

 

 今、なんて――

 

「いいから、さっさとよこせって言ってんだよ、クソガキ」

「!?」

 

 突然、がらりと変わった声色。それと同時に繰り出される蹴撃。相当な訓練を積んでいるのだろう、その蹴りはかなり鋭かったが、しかし俺は普段から、シンの鎌鼬みたいな蹴りを見ているのだ。どうにか反応、回避し、距離を取ることができた。

 

「お? なんだよ、案外やるじゃねえか」

「……お前、何者だ」

 

 巻紙礼子と名乗った女は、さっきまでのモノとは似ても似つかない禍々しい笑みを浮かべていた。

 

 この期に及んで、この女が本当にIS装備開発企業の渉外担当だと思えるほど、俺も間抜けじゃない。

 

 コイツは――襲撃者()だ。

 

「何者だ、か。いいぜ、名乗ってやるよ」

 

 女は禍々しい笑みをそのままに、楽しそうに両腕を広げる。

 

 その背中からスーツを破り、何かが飛び出した。

 

「私は、オータム」

 

 それは、黄色と黒色に毒々しく彩られた、八本の装甲脚だった。

 

 その全てが現れると同時にISを展開し、女の手足もまた、黄と黒の装甲に包まれる。

 

亡国機業(ファントムタスク)のエージェント――オータムだ」

 

 どう考えても善人ではなく、正体を隠してIS学園に忍び込むという難行をやってのけたというのに、女はあっさりと自らの素性を明かした。

 

 ……いや。素性を明かしたと言うよりも、それはまるで「名乗りをあげた」かのようで。

 

 そんな真似が似合うような人物には、とてもじゃないが見えないのに。

 

 とにかくその女は、自らをオータムと称した。

 

 ――けれど、この時はまだ。

 

 俺は、その名も、その姿も、知らなかった。

 

 

 




輝—Teru—

 戦争により、世界はこれでもかというほど荒廃した。このままではいずれ人類は滅びる、誰もがそう考え、その滅びを回避するための方法を考えた。

 世界を滅ぼすのは、戦争だ。だが人が人である限り、争いはなくならない。ならば戦争以外の方法で、力の優劣を決めれば良い。

 では、競うべき力とは何か?

 腕力? 否、そんなもの、現代兵器の前にはなんの役にも立たない。

 兵力? 否、それでは本末転倒もいいところだ。

 財力? 否、それは兵力となんら変わるものではない。

 政治力? 否、そんなものは、遥か昔から競われている。

 では、何を競うべきか。世界の命運を託す者には、一体何が備わっているべきか。

 それは――

 ――運。



登場人物


水底 輝

 主人公。ORCA高校麻雀部主将。牌に愛された男。海底牌で和了ることがやたら多い。ロマンティストなイケメンですっげーモテる。死ねばいいのに。

「政治屋どもめ、現物ばかり切るのも今日までだな。貴様らには、流局が似合いだ」


メルツェル

 輝の友人。ORCA高校麻雀部副主将で、デジタル打ちの名手。麻雀において発生しうるありとあらゆる出来事とその確率を完璧に記憶しており、最も勝率の高い手を瞬時に導き出す。

「ORCA高校、メルツェルだ。雀荘へようこそ。歓迎しよう、盛大にな!」


銀翁

 本名不明のジジイ。ORCA高校麻雀部顧問。輝の師匠で、本気を出すと誰も勝てない。しかし今は若者に未来を託し、自分はほとんど隠居している。

「私は大三元爆弾を使う。巻き込まれぬよう気をつけろよ」


ジュリアス・エメリー

 ORCA高校麻雀部の紅一点。とにかく苛烈な攻撃力を持ち、高得点の和了りを連発する。他校に貴族なのか騎士なのかよくわからない元カレがいるらしい。

「コンビ打ちか。警告はした筈だが。侮られたものだな、私とアステリズム(ぬいぐるみ)も」


真改

 幼い頃から武術を学んでいたので、気配を読む能力が異常に優れている。全自動卓であろうと、伝家の宝刀ツバメ返しで容赦なく一刀両断する。スーパースローカメラでも見えないくらい速いので、バレない。

「……チー……」


水底 乙

 輝の兄で、現在は別居してる。世界ランク1の雀士。毒舌家で、対局中もネチネチ言ってくる。「自分以外の牌は止まって見える」ということから、ステイシス(笑)の異名を持つ。

「役満直撃だと!? 狙ったか、ホワイトグリント! よりによってオーラスで……! くっ、ダメだ、足りん! ハコテンだと!? これが私の最後と言うか! 認めん、認められるか、こんなこと……!」



ヤッテミタカッタダケー

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