「では、私と山田先生は学園に戻るが……お前たちはどうする?」
真改の墓参りに付き合い、朝食も食べ終え一息ついたところでの千冬の発言。それに対し、一夏はう〜んと少し考えてから返事をした。
「久しぶりだし、俺はもうちょっとゆっくりしてくよ。いいかな? 唐沢さん」
「もちろんだとも。遠慮しなくていい、自分の家だと思ってくれていいよ」
唐沢の言葉に、他の女子も私も私もと残ることを告げる。それを笑って受け入れる唐沢。
こんな光景は、この孤児院では割と良くあるものであった。
「ありがとう。……というわけだから、千冬姉」
「ああ。だがあまり迷惑を掛けるなよ。……それでは唐沢さん、私たちはこれで失礼します」
「うん、またいつでもおいで。気をつけて帰るんだよ」
というわけで、千冬と真耶はIS学園へと帰って行った。残った面々は顔を見合わせ、悪戯っぽく笑う。
「……それじゃあ」
「ああ。見せてもらおうか――マスターの、小さい頃の写真をな」
「あー、そういやそんなことも言ってたな……」
「唐沢さーん。アルバムどこにしまってあります?」
「なるほど、みんなそれが目的だったのか。……ふっふっふ、ちょっと待っていてくれ。すぐに持ってくるから」
楽しそうに訊ねる鈴に、唐沢も年甲斐もなく楽しそうに応え、部屋を出て行く。
そして数分と経たずに、何冊もの分厚いアルバムを抱えて戻って来た。
「これが真改がウチに来てからのアルバム。今まで撮った写真は全部載ってるよ」
「おお、これが……!」
「そ、それでは拝見させて頂きます……!」
「…………」
止めても止まるような連中でないことが分かっているので、真改も止めるようなことはしない。諦めの境地に到達した眼で、はしゃぐ仲間たちの姿を静かに眺めている。
そんな真改の視線をサックリ無視し、ワクワクドキドキウハウハしながら、ぱらりと表紙のハードカバーを捲った。
「……あれ~?」
「シンの写真じゃないね」
「うん。みんなの写真が一緒に入れてあるから、真改のだけ、ていうわけじゃないんだ」
「えーと、シンが写ってるのは……このページだ」
何度か見たことのある一夏が、朧気な記憶を頼りにページを捲る。
そこには記念すべき一枚目の真改の写真。
「「「「か……」」」」
当時まだ肩までしか髪がなく、顔立ちも幼少期特有の丸みを帯びている。
だが目つきの鋭さはこの頃からすでに健在であり、そして仏頂面だった。
それを初めて見た者たちの反応は――
「「「「かわいい~!!」」」」
「わあ~、なにこれなにこれ!? あはは、シン、目つき悪~い!」
「ちっちゃいいのっちだ~!」
「ああ、真改さん、なんと愛らしい……!」
「なんというか、まるで人形のようだな」
「真改は昔から表情がほとんど変わらなくてね。いつだったか、和風のフランス人形、だなんて言う人もいたよ」
ちなみに今見ている写真は孤児院に来たばかりの頃の物で、一人だけで全身が入るように写っている。皆まずはこの構図で一枚撮るのが、この孤児院の伝統である。
「昔は髪短かったんだね」
「シンは長い髪嫌いなんだよ。本当は今も切りたがってるんだけど、小夜が伸ばさせてるんだ」
「小夜さん……グッジョブですわ!」
「当然でしょ? 髪は女の命よ、なのに姉さんったら全然頓着しないんだもん。私が面倒見てあげないと」
「…………」
誇らしげに胸を張る小夜に微妙な視線を送る真改。
実は昔、背中まで伸びた髪を一度無断でショートカットにしたことがあるのだが、その時小夜にマジ泣きされたのである。その泣き方があまりにも悲哀に満ちていたため、それからは大人しく従っているのだった。
「あ、一夏と織斑先生も写ってる」
「これは……織斑先生が高校生の頃ですか?」
「流石教官、美しい……!」
「おりむーもかわいいね~」
「……それ男が言われてもあんま嬉しくないから」
本音の発言に一夏も微妙な顔になるが、そんなことには構わずにきゃいきゃいと盛り上がる。皆の目は写真に釘付けとなり、次々とページが捲られていった。
「あ~! セーラー服だ~!」
「きゃあああ! か、可愛い……!」
「ああ、この写真欲しいなあ……」
「持って行ってもいいよ、ネガ取ってあるから。他にも欲しい写真があったら言って」
「では、これとこれとこれとこれと……」
「てめえには遠慮ってもんがねえのか」
大量の写真を要求するラウラに宗太がツッコミを入れるが、そんなものに怯むようなラウラではない。何ページも遡っては写真を選んでいく。
そうしてさらに、数ページ。
「……あ」
「これは……」
「…………」
そこにあったのは、真改の写真。
鍛錬の様子を撮ったものなのだろう、木刀を振っている姿が写っている。
――右腕、一本で。
「……これは、シンが怪我してから、最初の写真だな」
「……一夏」
その一枚から、真改の写真が心持ち増えた。鍛錬の風景や、一夏と打ち合っている姿が混ざるようになったのだ。
「これは……」
「俺が撮ったんだよ」
「宗太君……?」
「イチ兄の無様な姿をしっかり残しとこうと思ってな」
「…………」
口ではそう言っているが、宗太の表情は普段の不機嫌なそれに、何か別のものが混じっている。
それは恐らく、痛みや悲しみに近いものだろう。
宗太も分かっているのだ。一夏がどれほど、苦しんでいるのか。
だからこそ、写真に残した。
その痛みを、悲しみを、苦しみを、忘れないように。
それを、力に換えられるように。
「まだ勝ったことないんだよな。何度も挑戦してるんだけどよ」
「……一夏……」
「けど、まだまだだ。自分で言うのもなんだけど、毎日少しずつ強くなってる。……追いついてみせるさ。いつか、必ず」
「……期待……」
「ああ……任せとけよ」
一夏と真改、二人の間にある強い絆を感じ、一夏に想いを寄せる少女たちは羨ましいやら眩しいやら、複雑な気持ちである。
だが真改が自分たちのように、一夏に対し恋心を抱いているわけではないことは明白なので、嫉妬には繋がらない。
「……あ、これIS学園の制服だ」
「ああ、それな。小夜が無理矢理着せて撮影したんだよ」
「だってこんなに可愛いのよ!? 着せないなんて有り得ないじゃない!」
「おお~、さよりんわかってるね~」
「うむ、やはりマスターには白が似合うからな」
「以前は黒が似合うって言ってなかったっけ?」
「…………」
その際かなり嫌がり抵抗したのだが、小夜率いる真改を着せ替え人形にすることが趣味の妹連合により押し切られたのである。いかに強大な武力であっても、行使出来なければ意味はないのだ。
「ああ、終わっちゃった……」
「結構あったね~」
「ほう……素敵でしたわ」
「うむ……眼福だった」
「ふっふっふ……まだまだよ」
「な!? まさか小夜、アレを出すのか……!?」
「当たり前でしょ、一夏さん。アレはまさに、こうゆう時のために用意してあるのよっ!!」
言うやいなや、席を立ちダッシュする小夜。そして二十秒で帰って来た。
――腕に分厚いアルバムを抱えて。
「それは?」
「ふっふっふ。これは私が撮り溜めた秘蔵コレクション。普段とはちょっと違う姉さんの姿を収めた、お宝よっ!!」
バーンッ!!
と効果音が付きそうな勢いでアルバムが開かれる。
その一ページ目に載っていたのは――
「「「「お……おおっ!!」」」」
年の頃は七歳ほどか。
幼いながらも凛とした眼差しの少女、井上真改の――着物姿だった。
「こ、これは……!?」
「し、七五三だあ~!!」
「ぶはっ!? は、はにゃぢが……」
「わあああ!? セシリア、しっかり!!」
「ふははははっ!! どう!? これが姉さんの実力よっ!!」
「………………」
テンション鰻登りの小夜。後に少女たちは、「彼女から後光が差していた」と語ったと言う。
「まだまだ、終わらないわよ、私のコレクションはっ!!」
ペラリ。
「おおっ!?」
「お、これは運動会のか。懐かしいなー」
それは小学校の運動会の写真だった。一年生の頃からのものが順番に並べられており、真改の勇姿(?)を激写していた。
「ていうか良く考えたら、小夜って小学校上がる前からシンの写真撮ってたんだよな」
「すごい執念よね……」
「……執念なのか?」
幼なじみ三人がヒソヒソと話し合うが、勿論他の者には聞こえない。
「あ、これは短距離走の写真かな?」
「他の走者が随分後ろにいるな」
「ぶっちぎりですわね。さすが真改さんですわ」
「そりゃあね。昔から、スポーツで姉さんに勝てる人なんかいなかったわよ」
ちなみに現在でも、陸上選手でもかなわないほどの脚力を持っている。肉体制御の熟練度が段違いなのだ。
「……あれ? これは……」
「ああ、これね。これは昔、みんなで集まってやったコスプレ大会の写真よ」
「へあ!? ちょ、待て小夜、それは――!?」
ペラリ。
「「「「「――あ」」」」」
その写真を初めて見た箒、本音、セシリア、シャルロット、ラウラが声を上げる。
鈴は皆を止めようとした一夏を瞬時に制圧していた。
その写真とは――
「……女装……だと……!?」
薄く化粧を施し、ゴスロリのメイド服っぽいのを着せられた一夏だった。
「な、なんか似合ってる……!?」
「わあ~、おりむー可愛い~!」
「や、やめろお! やめてくれええええ!!」
「ああ、一夏さん……まさかこんなに可愛らしく……!」
「ふ……流石は私の嫁だ」
「どう? 最近男らしくなってきたけど、昔は一夏さん、結構可愛い系の顔してたのよね~」
「ぐああああ……まさかその写真まで残してあったとは……!」
「くっくっく、あの日のアンタの姿、実は人気あったのよお? 一夏あ」
「ち、違う……あれは一時の気の迷いだったんだ! 場の雰囲気に呑まれたというか……!」
必死に弁解するが、しかし何を言っても無駄である。しかも既にその写真は皆の脳に永久保存されていた。
「いやあ、この時の一夏さんは可愛かったわよお? 後で恥ずかしさのあまり真っ赤になるところまでね!」
「ああ……もうだめだ。俺、生きていけない……」
「……まあ、あれだ。……悪い、やっぱ掛ける言葉が見つからねえよ、イチ兄……」
がっくりとうなだれる一夏をよそに、一夏の女装姿を堪能する少女たちであった。
――――――――――
「……ん? もうこんな時間か」
時計は長針、短針ともに頂点を指している。アルバムに夢中になって、皆時間が経つのを忘れていた。
「そんじゃあ昼飯作りますか。ちょい待ってな、すぐ出来っからよ」
そう言ってキッチンへ向かう宗太。ふと何か思いついたのか、シャルロットが立ち上がりその背を追い掛けた。
「ねえ、宗太君。ここのご飯は君が作ってるんだよね?」
「ああん? ……まあ、全部じゃねえけどな。基本は俺が作って、あとは日替わりでみんなが手伝うんだよ」
「へえ、ずっとそうなの?」
「ここ5、6年はな」
「ふうん、道理で。昨日の晩ご飯も、今朝の朝ご飯もおいしかったもんね」
「……ありがとよ」
料理を誉められて嬉しかったのだろう、宗太はムスッとした顔かつぶっきらぼうな口調ながら、しっかりと礼を言った。
「……んで、なんだよ? んなこと言いにわざわざ来たのかよ?」
「ううん、実はちょっとお願いがあって。僕も料理に興味あるから、教えてくれないかなって」
「はあ? やだよメンドくせえ。料理なんて本でも読んで勉強すりゃいいだろ」
とりつく島もない宗太の態度にもめげることなく、シャルロットは頼み続けた。
「う〜ん、それだとレシピとか基本的なことしかわからないでしょ? もっと細かいっていうか、実践的なことを教えて欲しいんだけど」
「はっ、んな温い考えじゃ上達しねえよ。教えられたら教えられたようにしか作れねえ。料理ってのはてめえの舌で感じながら、何度も失敗しながら色んな味付けや調理法を試す。そうやってようやく、どうすれば美味くなんのかってのがわかるのさ」
「へえ~、すごいね、宗太君。本物の料理人みたいだ」
「目指してっからな」
「うん、宗太君なら、きっとすごい料理人になれるよ」
「あーそうかい」
宗太をベタ誉めするシャルロットだが、いくらやっても宗太の態度は一貫していた。その様子を見ていた面々は呆れたような感心したような顔をしている。
「……すごいですわね。シャルロットさんにあんなに言われて、全然動じないだなんて」
「ああ、シャルロットはかなりの美少女だというのに」
「そりゃそうでしょ。なにせ宗太は姉さん一筋なんだから」
ザクウッ!!
「うお痛ってえ!?」
「うわあっ!? 大丈夫宗太君!?」
わざと聞こえるように言った小夜の言葉に動揺し、野菜を切っていた宗太は深々と指を切った。しかしダクダクと血の流れる指もそのままに、小夜に詰め寄る。
その顔は真っ赤だった。
「なななななな何を言ってやがんだよてめえわっ!?」
「あっれえ~? 宗太あ、なんだか顔が赤いよお?」
「あ、あ、赤くねえよっ!!」
「いや、赤いぞ」
「ええ、赤いですわね」
「うん、真っ赤~」
「か、返り血だっ!!」
「流石にそれは無理があるぞ……」
そのまま続けても宗太が(無駄な)意地を張り続けるだけなのはみんな分かったので、取りあえず切り上げて指を治療することにした。消毒して絆創膏を巻いたが、なかなか出血は収まらない。
「その指じゃ、料理は無理ね」
「ちっ、このくれえなんともねえよ」
「なに、アンタお客様に出す料理に血を混ぜる気?」
「……ちっ」
小夜にやりこめられて、宗太はエプロンを脱ぐ。それをシャルロットに差し出すと、今日一番の不機嫌な顔で言った。
「アンタが作れよ。……教えて欲しいんだろ? 特別に、ちょっとだけ教えてやるよ」
「……! ありがとう、宗太君!」
「あ、それじゃあわたくしも」
「わたしも~」
「では私も頼む」
「ついでにあたしも」
「一夏とマスターの好みの味付けでも教えてもらおうか」
「……わあったよ、教えりゃいいんだろ、教えりゃ」
好機とばかりに名乗りを上げだした面々に心底呆れた溜め息を吐き、しかしそれを了承する。
そんな宗太に、真改、一夏、小夜、唐沢が顔を見合わせ、声を出さないように笑い合うのだった。
「あ~あ、ったく、メンドくせえ――」
――――――――――
というわけで始まった、宗太の料理教室。元々大人数を養う孤児院の厨房、六人同時でもどうにか入れる位には広い。
だがそれとは別の理由で、料理教室は混迷を極めていた。
「ばっ、おいそこの金髪縦ロール! なにそんなに塩ぶち込んでやがんだよ!?」
「え? だってこんなに具があるんですもの、こんな少しじゃ味がしませんわ」
「塩以外にも入れんだよっ!」
「ここで卵を投下で~す。ど~ん」
「わあ!? やめろ馬鹿、入れる前に溶けよっ!」
「ええ〜? だって時間かかるよ~?」
「てめえがトロいんだ!!」
「んっしょ……ふう、こんなものかな」
「はあ!? ちょい待て、なんでジャガイモがこんな小さくなってんだよ!?」
「え? だってジャガイモって芽に毒があるんでしょ?」
「芽だけくり抜けよボケがっ!!」
「いいじゃない別に、いっぱいあるんだから」
「食べ物に敬意を払えって言ってんだよ!」
「よし、こんなところだな」
「うおっ、デケエ!? 全然切ってねえじゃねえか!」
「む? おでんはこうするのではないのか?」
「違えよいつの漫画の話だよそりゃ!? ていうか昼飯におでんなんか作るなっ!!」
全員がバラバラに作り始めた上に、箒とシャルロット以外は色々と問題があった。特にセシリアと本音がひどかった。
しかもさらにひどいことに、問題が多く大きい者ほど人の話を聞こうとしない。料理を教えて欲しいと言ったくせに、好き勝手やっている。
だが――
「あのな、慣れないうちから目分量で適当に味付けすんじゃねえ。まずは少しずつ入れて、入れたら必ず味見しろ」
「ええ? でもそれでは、出来上がった時に量が少なくなってしまいますわ」
「いいんだよそれで。減ったら足しゃあいいんだからよ。そのうち加減がわかるようになる」
「なるほど……」
「あとお前、さっきから見てりゃあ色んな過程をすっ飛ばしてんじゃねえか」
「だって間に合わないんだもん~。焦げちゃうよ~」
「あらかじめ準備しとくんだよ。そうすりゃあとは順番に入れてくだけでいいだろうが」
「ほうほう~」
「それと鈴、お前は皮の剥き方が大ざっぱすぎだ。もったいねえから皮むき器使え」
「ふ、ふん! あたしは中華料理屋の娘よ! そんな物使わなくたって――」
「あのな、出来ねえことを道具で補うのは恥ずかしいことじゃねえ。そのための道具なんだからよ。それよか変に意地張って不味いもん作る方がよっぽど恥ずかしいぜ」
「わ……わかったわよ」
「それと小っこいの。お前料理のチョイスがおかしいぞ」
「なに? 日本では大勢で食事する時、おでんを作るものなのではないのか?」
「他にも色々作ってんだから、鍋物用意する必要はねえよ。それに具がデカすぎる。食うヤツのこと考えろ。それは一口サイズに切って別の料理にしろよ、教えてやっから」
「む……それでは、頼む」
なんだかんだで上手く教えて回り、次第にまともになっていく。それでも取り返しきれない失点はあったが、だが食べられなくはないものにはなった、というのが宗太の評価であった。
そんな感じで、どうにか料理が完成する頃には、既に二時近くになってしまっていたのだった。
「あはは……結局、僕らは教えてもらえなかったね」
「仕方あるまい、あれではな。……まあ、前向きに考えよう。私たちには教える必要はなかった、と」
「……あはは」
乾いた笑いしか出なかった。
――――――――――
「どうにか出来たが……奴らはもう二度と、ここの厨房には立たせねえ……」
「……お疲れ、宗太」
精根尽き果てた様子の宗太に思わず同情する一夏。我の強いあの面子に料理を教えるのは、想像を絶する難儀であった。
「……とにかく、飯だ。みんな呼んで来てくれ」
「了解」
数分して皆が集まると、リビングの大きなテーブルの上に、大量の料理が並んでいる。
セシリアのハッシュドビーフ、本音のチャーハン、鈴の肉じゃが、ラウラのはんぺんのチーズ焼き、箒のカレイの煮付け、そしてシャルロットの唐揚げである。
「……見た目はまともだな」
「ああ……見た目はな」
「……食えるのか?」
「不味くはねえだろうよ。美味くもねえだろうが」
「……お疲れ様」
「俺の食材が……」
全員が集まり、いただきますの合掌。そして料理に箸が伸ばされ――
「あ、この唐揚げおいし~!」
「お、このカレイも美味しいな」
「なんかこの肉じゃが、ジャガイモの大きさがバラバラのような……?」
「チャーハンは場所によって色が違う……」
「か、辛っ!? このハッシュドビーフなんか辛い!?」
「あれ、このはんぺん意外に美味しい……」
宗太の尽力のおかげか、取りあえず食べられないということはないようだった。しかしセシリア作のハッシュドビーフは最初に調味料を入れすぎたために修正しきれなかった。まだ幼い子供たちには少々辛味が強過ぎ、ほとんどを年長組が食べることに。
「まったく、ふざけやがって……俺が商店街で厳選してきた食材になんてことしやがる」
「けどまあ、食えないことはないよ。……前セシリアが作ったサンドイッチはヒドイもんだったからな……」
「そりゃそーだろーよ。あんな調子で最後まで作ってたら、毒物が出来上がるぜ」
「ああ……セシリアの料理を食べると、体調が悪くなるんだ……」
「……食うなよ、んなモン」
「そういうわけにもいかないだろ。女の子の手料理を」
「あーそうかい。まあイチ兄だしな、仕方ねえか」
「そりゃどういう意味だよ。……とにかく、たまに料理教えてやってくれよ。俺の体が保たない」
「やなこった。ていうか料理以前の問題だぜ、アレは」
宗太の言葉に、やっぱりそうかと肩を落とす一夏。
宗太はその様子にザマァミロと思いながら、しかしこの少年にしては珍しく、穏やかな表情で言った。
「……けどまあ、ウチに連れて来るくれえは構わねえよ。ガキどもも楽しそうだしな」
その言葉に、一夏は嬉しくなる。自分の友人たちは、この少年に気に入られたらしい。
「……お前だってまだガキだろ」
「うるせえよ。自覚してっから、わざわざ言うんじゃねえ」
「はは、そりゃすまなかったな」
「……ふん」
鼻を鳴らしてそっぽを向く。そしてそのまま不機嫌そうな顔で、初めての教え子たちの料理を食べ始めた。
塩の入れすぎだとか焼きすぎだとか、一口ごとに文句を付けながら。
そんな弟の様子を、真改は鋭さの中に優しさの滲んだ眼で眺めていた。
――――――――――
「社長、消去されていた報告書の復元が終わりました」
「お疲れ様、網田君。……ふむ、なるほど。これはこれは。この先のことはわからないのかい?」
『織斑一夏が発見された廃工場にて、ISによるものと思われる戦闘の痕跡を発見。検証の結果、展開されたISは一機のみであると断定』
「ええ、完全なオフラインに切り替えたようです。この報告書もすぐに消去されていましたからねぇ。おかげで見つけるだけで時間が掛かってしまいました」
「うふふ、よっぽど隠しておきたいみたいだねえ。これは、この先を調べようと思ったら直接乗り込む必要があるだろうねえ」
『現場において、織斑一夏の他に一人の少女を保護。織斑一夏に同伴して来た、井上真改と判明。ISと戦闘を行っていたのは井上真改と思われる』
「まったく、上手く騙したものです。ブリュンヒルデの決勝辞退の理由を隠したのは、世界の非難から逃れるため。……隠したくなるのも分かる理由ですし、ドイツが打撃を受けても、誰も得しませんからねぇ」
「だから他の国々も黙っていることに納得した。裏の理由のさらに裏に、真の理由が隠されていることにも気付かずに」
『さらに現場において、井上真改の指紋が付いた鉄パイプと戦闘用ナイフを発見。ナイフはブレード部分が砕けており、その破片から微量の血液を検出。鑑定の結果、井上真改、織斑一夏、現場に倒れていた犯人たち、いずれの血液とも合致せず。現場から逃走した、IS操縦者のものと思われる』
「……さて、どうしますか? 社長。織斑さんたちに知らせますか?」
「やめておくよ。織斑君が立ち直るまでには随分苦労したみたいだからねえ。こんなことを知れば、それがまた元に戻ってしまうかもしれない」
『以上のことから、井上真改が生身でISと交戦、ナイフで絶対防御を貫通し、IS操縦者に傷を負わせたものと判断する。
井上真改のポテンシャルは、ブリュンヒルデをも上回る可能性あり』
「……ですが、気に入りませんねぇ。井上さんに目を付けたのは、私たちが最初だとばかり思っていましたからねぇ」
「そうだねえ。……うふふ。しかし彼らは、井上君のことをなにもわかっていない。井上君の強さ、それが一体、何に支えられているのかを、ね。
……彼らの好きにはさせないよ。井上君は仮とはいえ、我が如月重工の社員だ。社長である僕には、社員を守る義務があるからね」
『――なお。現場にて、切断された井上真改の左腕を回収。研究所へ極秘裏に搬送する――』
次回は外伝だぜフゥハハーッ!!
シャルの宗太に対する感想は「こんな弟が欲しいなあ」みたいな。別に恋とかしないので安心してください。