待ってるぜ、新たなるオーバード・ヘンタイ・ウェポンを……!
「ぐ、がああああああぁぁあああぁぁぁぁああああぁぁぁあああああ!!!」
広い廃工場に、少女の絶叫が響き渡る。
だがそれは、左腕を引き千切られる激痛に耐えかねての悲鳴ではない。
それは、自らに残された力を、最後の一滴まで絞り尽くすための。
――闘争の、雄叫びだ。
「グウウゥゥオオオオォォォッ!!!」
「なぁっ!?」
誰しも経験があるだろう。
例えば、スナック菓子の袋を開けた瞬間。
ビニールに掛かる力が強度の限界を越え千切れ、張力が失われる瞬間。
――力の均衡が崩れる、瞬間。
真改はその瞬間に、右手と両足に渾身の力を込め、僅かに甘くなった拘束から逃れた。その際装甲脚の鋭い先端により手足が深く傷付いたが、当然そんなものは気にも留めず。
懐から、軍用の大型ナイフを逆手に取り出し。
「■■■■■■■■■■■■!!!」
咆哮と共に。
女の首に、振り下ろした。
「ぐっ!?」
女はすかさずカタールを振るうが、真改は女の肩を蹴りつけて距離をとった。だが女は仕留め損ねたことなどまるで気にならない様子で、愕然と自らの首に触れる。
首からは、ほんの僅かに、血が流れていた。
「……そんな、馬鹿な」
次いで、真改を見る。その手にあるナイフはただの一撃で粉々に砕け、柄しか残っていない。
「……有り得ねえ」
――貫いた。どんな兵器も凌駕する、ISの防御を。なんの変哲もない、ただのナイフで。
「……てめえ、何者だ」
「フゥーッ、フゥーッ……!」
女が問うも、真改は答えない。
正確には、答えられない。傷ついた全身から、そして引き千切られた左腕から大量の血が溢れ、意識がほとんど残っていないのだ。
今真改の両足を支えているのは、人体の仕組みさえねじ伏せるほどの闘争心だけだった。
「……ハ。ハハ、ハハハハッ。アハハハハハハ!! なんだお前、なんなんだよお前っ! 有り得ねえ有り得ねえ、マジで有り得ねえぞ!! アハハハハハハ!!」
突然、女が笑い出す。その様子は、無邪気な子供のようにも、どうしようもない極悪人のようにも、気が触れた狂人のようにも見えた。
「いいねいいねえ! こいつぁいい!! 殺しがいがあるぜ、お前はよおっ!!」
女は再び武器を構え、真改に向ける。その表情は――狂喜。
「わけ分かんねえ、なんだこりゃあ!? この私に傷を付けやがってよ! ムカつくなあ、憎たらしいなあ、アハハハハハハハハッ!!」
女は笑い続ける。自分でも、なにが可笑しいのか分からずに。
「……殺してやる。ズタズタに引き裂いてやる。てめえの中身がどうなってんのか、確かめてやるよ」
顔に狂笑を張り付けたまま、女は一歩踏み出した。
もう一歩。
また一歩。
さらに一歩。
あと一歩で、間合いに――
『――そこまでよ、オータム』
『……な』
その直前で、女――オータムのISに、彼女の「上司」から通信が入った。突然のことに、そしてその内容に、オータムは一瞬、呆然とする。
『その子のことは放っておきなさい。すぐにそこを離れるのよ』
『ざっけんな! 今最高にいいところなんだよっ!』
『ブリュンヒルデが向かっているわ。もうすぐそこに着く。彼女に見つかったら、あなた、生きて帰って来られるの?』
『く……分かったよ。帰還する』
『そんなにふてくされないで、オータム。あなたは自分の役目を完璧に果たしてくれた。流石は私の恋人よ』
『……心配するな。そこまで言われなくても、ちゃんと戻る』
ただの命令ならば背いたかもしれないが、しかしブリュンヒルデが来るとなればそうもいかない。勝ち目など微塵もないことは重々承知しているのだから。
踵を返して立ち去ろうとし、しかしその前に、もう一度真改を見る。
もはや見えてもいないだろう目を、真っ直ぐに睨み付け――
「お前は私が殺す。私以外に殺されるんじゃねえぞ」
「…………」
返事はない。そもそも聞こえてさえいないだろうことは、オータムにも分かっていた。
だが、それでも。
言わずには、いられなかったのだ。
「……もっとも、その傷で助かるかはかなり怪しいけどな」
――そして、オータムは廃工場を去った。千冬が到着したのは、それから僅か一分後のことであった。
――――――――――
(一夏……真改……! お願いだ、どうか無事でいてくれ……!)
私がドイツ軍から一夏誘拐の報を聞いたのは、数分前。きっかけは、モンド・グロッソの観戦に来たとある観光客からだという。
その観光客は地下駐車場に車を停めたあと、忘れ物に気付いて車まで戻った。すると停めた筈の場所に車がなく、それどころか車の鍵すらなかった。それで警備の者に言って監視カメラを見せてもらったところ、黒髪の少女が鍵と車を盗む瞬間が映っており、それが私の弟である一夏と共にアリーナに来ていた真改だと気付いた者がいた。
加えて真改は大型のスーツケースを引く男を追っており、そこから遡って各所の監視カメラを確認したところ、一夏の誘拐が判明したのだ。
その後の行方については、盗まれた車のGPS装置により追跡、とある廃工場を示している。
(お願いだ、頼む……! どうか、どうか無事で……!)
既に決勝戦は目前まで迫っていたが、私は躊躇せずに一夏たちの救出に向かった。世界最強の称号と、二人の命。どちらが重いかなど、秤に掛けるまでもない。
全速力で廃工場へ向かい――今、到着した。
「一夏ぁ! 真改ぁぁぁい!! どこだ!? どこにいる!?」
展開しているIS、〔暮桜〕のハイパーセンサーを使って工場内を調べる。
「……だめだ、多すぎる……!」
生命反応をサーチしたが、誘拐犯たちのモノが多すぎて判別できない。全員気絶しているので、おそらく真改が倒したのだろう。
こんなことなら二人に渡した端末を、私も持っていれば良かった。そう悔やみながら仕方なく脚で探し――
――そして、見つけた。
「いち……!?」
一体何があったのか、破壊され尽くした通路に。
二人は、居た。
「……しん……かい……?」
気を失い、倒れ伏した一夏と。
全身から血を流し。
左腕を失って。
誰がどう見ても、瀕死の状態でありながら。
それでもなお、一夏の前に立つ。
私の大事な、妹分が――
「し……しんか――!?」
「……っ!」
生きているのが奇跡としか思えない真改を支えるために、駆け寄ろうとした。
だが、出来なかった。
通路にぶちまけられた大量の血に怯んだ、わけではない。
そんなものよりも、遥かに原始的な恐怖を感じたからだ。
――即ち、「死」の恐怖。
「――――か――――は――――」
息が出来ない。
体が動かない。
何故だ、私は、行かなければならないのに――
「――――ぐ――――」
固定された視界に、真改の姿が映っている。
血を失い過ぎたからか、その目は焦点が合っておらず、恐らくほとんど見えていまい。
――だと、いうのに。
「――――お――――」
なんと鋭い眼光か。
そこから放たれる殺気の、なんと凄まじいことか。
これに比べれば、私が戦ってきた相手の闘志などそよ風のようなものだ。
体が動かないことにも納得がいく。本能が警告しているのだ。
「アレに近付くな。死ぬぞ」と。
――だが。
「――――ぐ――ああああぁぁぁっ!!」
私は知っている。それほどまでの殺気が、何のために放たれているのかを。
――守るため。背に庇った少年を、一夏を守るために。
ならば、何を臆することがある?
本能なんぞねじ伏せろ。
恐怖している暇などない。
私の「死」よりも、この少女を失うことの方が、何万倍も恐ろしい――!
「真改ああああぁぁぁいっ!!」
「……っ!?」
私の声が届いたのか、真改の殺気が霧散する。動くようになった体で慌てて駆け寄り、傷だらけの体を壊してしまわないように、そっと抱き締めた。
「真改、もういい、もう大丈夫だから……!」
「……ち……ふ……?」
「そうだ、私だ。もういいんだ、一夏は無事だ、もう、お前が戦う必要はないんだっ……!」
「……そ、う……か……」
真改の声はとても小さく、耳を澄ませなければ聞こえない。
……声だけではない。呼吸も、心臓の鼓動も、あまりにも弱々しい。早くなんとかしなければ、次の瞬間にも、止まってしまいそうなほどに――
「……つ……かれ…………ね…………る……」
「ああ、ゆっくり休め。後は私に任せろ」
「………………」
真改は意識を失い、その細い体を私に預けて来る。
改めて傷を見ると、正直に言って何故生きているのか不思議なほど酷い状態だった。全身の傷も相当なものだが、何より凄惨なのは左腕だ。二の腕から下が無く、肩や鎖骨、脇にいたるまで惨たらしく引き裂かれている。
爆弾で吹き飛ばされてもこうはなるまい。鋭利な刃物で、執拗に切り刻まれたのだ。
「……許さん。必ず見つけ出し、報いを受けさせてやる……!」
ここに倒れている男たちの仕業ではあるまい。この通路の惨状から見て、相手は恐らく、ISだ。
世界最強の兵器で生身の者を、それも私の妹分をなぶったことに対し、いまだかつてなかったほどの怒りを感じた。
……そうでなければ、この場で泣き崩れていたかもしれない。
「ブリュンヒルデ! どちらに!?」
「ここだっ! 早く……! 早く来てくれっ!!」
少し遅れて、ドイツ軍の者たちが到着した。元々は私に先行していたのだが、ISの速度で追い抜いて来たのだ。
「な、これは……!?」
「一夏を、弟を頼むっ!」
「な!? それよりもその子を! 今救急車を――」
「それでは間に合わん! 私が連れて行く!」
真改を抱き上げ、飛び上がる。負担を掛けないよう少しずつ加速し、風圧から守るように抱えて飛ぶ。
「死ぬな、真改……! 頼む、死なないでくれっ。お前に死なれたら、私は、一夏は……!」
祈るように。縋るように。
次第に冷たくなっていく真改に必死に呼び掛けながら、私は病院へと急いだ。
――――――――――
……俺が目を覚ました時には、何もかもが終わっていた。
「……ここは?」
「……起きたか、一夏」
場所はどこかの病院のようだ。俺はその一室で寝かされていた。
「……千冬姉? 俺、なんで……」
「お前は頭を打って気を失っていた。検査したが、軽い脳震盪だそうだ。じきに意識もはっきりするだろう」
「…………」
すらすらと答える千冬姉。その声はいつも通りのようだったが、ほんの少し、震えているような気が――
「……!? そうだ、シン! 千冬姉、シンは!?」
「……っ、……真改、は……」
シンのことを訊いた途端、千冬姉の顔が険しくなった。それはひどく、不安を掻き立てる反応で。
「織斑さん」
「先生! 真改の容態は……!?」
「……え?」
……シンの、容態?
え? なんだ? 何があったんだ……?
「……千冬姉? ……シンに、何があったんだ……?」
「……それ、は……」
「私から説明しても?」
「……はい、お願いします」
千冬姉は俺の質問に答えられず、医者が引き継いだ。その医者の顔も沈痛で、余計に不安になって。
「それでは、ご案内します」
「はい。……一夏、立てるか?」
「ああ……」
促されて、若干ふらつきながら立ち上がる。二人の後を付いて行くと、行き先は別の病室たった。
「織斑……一夏君だったね」
「え……はい」
「この中に井上さんがいる。君にはショックな姿だろうけど……取り乱さないで。峠は越えたけど、それでもまだ危険な状態だ」
「え? それって、どういう……」
「……入るよ」
ガチャリ。
扉を開ける音が、妙に耳に残った。
そして、部屋の中には。
「――あ」
生命維持装置に繋がれた、一人の少女。
「あ、あああ」
シーツに覆われていても、分かった。
「あああ、あ――あぁっ」
本来、左腕がある筈の場所が。
「ああああぁぁぁっ!!」
――空っぽなことに。
――――――――――
「落ち着け、一夏っ!!」
「あああぁぁっ!! なんで、なんでこんな!? なんで――」
「落ち着け!!」
「シンっ!? なんで!? なんでだよ! なんで、こんな――」
「落ち着けっ!!」
バシンッ!!
頬に走る衝撃。それで頭に登っていた血が引いて、見れば千冬姉が平手を振り抜いていた。
「落ち着け、一夏。落ち着くんだ……!」
震える声でそう言って、千冬姉は俺を抱き締めた。
声だけでなく、体も震えていた。
「だって、シンが……! シンの腕が……!」
「……っ」
「お、俺のせいだっ……! 俺が、シンの言うことを聞いてれば、こんな……!」
「違うっ、一夏、お前のせいじゃない!」
「だって、シンは強い! 強いんだっ! 俺がいなけりゃ、負けるはずが……!」
「違う、お前のせいじゃない、お前のせいじゃないんだっ……!」
「う、ぐううぅぅ……! ぅあああぁぁぁああっ……!!」
泣いて、泣き喚いて、千冬姉に縋り付いた。
千冬姉も泣いていて、二人で泣き合って。
しばらく泣き続けて、少し落ち着いた。
「……井上さんの状態を説明します」
「……はい、お願いします」
それを見計らって、医者が言った。
……辛いけど、それは、聞かなきゃならない。
これは、俺の罪だから。
「処置は終えました。出血は致死量でしたが、なんとか一命は取り留めました。ショック死しても不思議ではない傷でしたが、すごい生命力です」
「……左腕は?」
「……復元は不可能です。神経も損傷が激しく、筋電義手も使えないでしょう」
「「……っ!」」
その事実は、どんな剣よりも鋭く俺の心に突き刺さった。
……シンの左腕は、治らない。
シンの左腕が。
あんなに、強いのに。あんなに、剣が好きなのに。
左腕は、もう――
「今眠っているのは、血を流し過ぎたことと、体力を消耗したことによる衰弱からです」
「……どのくらいで起きるんですか?」
「二、三週間は掛かるかと」
「そんなに?」
「本来なら、ここまで体力を消耗することはありません。というよりも、出来ません。遭難等で長期間休むことが出来ない状況に置かれでもしない限りはね。
人間には自分の身体を壊してしまわないように、リミッターが設けられています。人間は本当の限界の三割しか力を発揮出来ない、という話を聞いたことはありませんか? 体力もそれと同じです。
ですが井上さんは、本来なら使えない、使ってはいけない体力まで使い果たしています。体力どころか、文字通り命そのものと言えるものまで、ね」
「……それは、つまり」
「はい、人体のリミッター、人間が自分を守るためにあるそれを、無意識下で機能するその枷を、意志の力で外した。井上さんはその代償として、今も眠り続けているんです」
「…………」
……あの後。俺が、無様に気を失った後。
シンは、戦っていたんだ。自分の命を燃料にして。
俺を、守るために。
「……ごめん」
気付けば、俺はまた泣いていた。
溢れる涙を拭いもせずに、眠り続ける少女に謝る。
「ごめんな、シン……!」
届かないことは分かってる。
謝って許されるようなことでは、ないことも。
「ごめん……!」
それでも、謝罪の言葉を口にした。
シンがどれほど剣を好きだったか、俺は良く知っている。
そのシンの左腕を、俺は、奪ったのだ。
「ごめん、シン……ごめん……!」
目を覚まさない少女の横に跪き、俺はただただ謝り続けていた。
――――――――――
「真改の家族は日本に居ます。連れて帰れますか?」
「大丈夫ですよ。今は疲れて眠っているだけですから。カルテを纏めておきますので、日本の医者に渡して下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
真改を診てくれた医者に頭を下げる。ドイツ一の外科医と呼ばれるこの人の技術がなければ、真改は助からなかっただろう。
それにこの人のおかげで、左腕以外はほとんど傷痕が残らないそうだ。
「……彼女の左腕は残念でした。私にもっと力があれば」
「いえ、あなたに出来なかったのなら、誰にも出来なかったでしょう」
そもそも真改の怪我は私の責任だ。自分の立場も弁えず、軽々に身内を連れて来た。
少し考えれば分かった筈だ。一夏が狙われる可能性があることは。
「……お世話になりました」
「大変なのはこれからです。井上さんの怪我は左腕だけではありませんから、リハビリもかなり過酷なものになるでしょう」
「……大丈夫です、アイツなら」
「……そうですか。ブリュンヒルデがそう言うのなら、きっとそうなのでしょう」
「その呼び方は止めて下さい。……妹分も守れずに、何が世界最強だ」
「…………」
真改を連れて来たのは私だ。ISに興味があるようだったので、唐沢さんに頼んだのだ。いつも一夏が世話になっているので、恩返しのためにも、と。
それがどうだ。恩返しどころか、真改の未来に大きな障害を作ることになった。この罪は、一生を掛けても償えない。
「あまり自分を責めすぎないように。弟さんもかなり思い詰めているようですから、あなたが支えてあげないと」
「……本当に、何から何まで、ありがとうございます」
もう一度頭を下げ、部屋を出る。
……日本に帰らなければ。やらねばならないことが、あるからな。
――――――――――
――夢を見ていた。
『やれやれ、またアームズフォートか。企業の連中も懲りんな。こんなデカいだけのガラクタでは我々を止められんと、まだ分からんのか』
『……油断……』
『一人でも十分な相手だ。それにお前も居るとなれば、油断もしたくなる』
『…………』
戦場を求めた古兵がいた。
実力、人格ともに信頼の置ける男で、彼と赴いた戦場では、安心して切り込めた。
『…………』
『…………』
己よりも寡黙な猟師がいた。
剣と銃、寄る辺は違うが、在り方自体には大いに共感していた。彼とは会話にならなかったが、共に酌み交わした酒は実に美味かった。
『どうにか時間内に終わりました。あなたのおかげです、真改さん』
『……上出来……』
『付き合わせてすみません。もっと長く戦えれば、戦術の幅も広がるのですが』
『…………』
時間限定の天才がいた。
短時間しか戦えぬことを逆に活かす強かさを持ちながら、それを恥じる誠実さも持つあの少年は、どうにも放っておけなかった。
『どうです? 真改。可愛らしいでしょう?』
『……不気味……』
『まあまあそう言わずに、ほら、もっと近くで見てあげてください』
『……寄るな……』
どうにも苦手な変人がいた。
全く理解できない嗜好の持ち主ではあったが、その愛情の深さだけは良く分かった。ペットを残して戦場に出ているためか実に粘り強い戦いをし、それが頼りになる男だった。
『ごほっ……ちぃ……いい加減ガタが来てるな、俺も』
『…………』
『そんな心配そうに見るなよ。俺の死に場所は戦場さ。棺も墓も要らん、この機体と共に朽ちることが出来れば、それでいい』
『…………』
最期まで戦い抜いた傭兵がいた。
死ぬために戦いながら、しかし決して手を抜かず、勝利のためにあらゆる手段を尽くし、しかし最後に選ぶのは、正面切っての一騎打ち。矛盾だらけの在り方だが、どういうわけか尊敬出来た。
『チェックメイト。また私の勝ちだ』
『……完敗……』
『貴方は決して強くはないが、その真っ直ぐな打筋は、相手をしていて面白い。時間が合えば、また頼む』
『……応……』
影に徹した若き謀略家がいた。
仲間を危険な戦場に送り出すことを、自分の役目と割り切っていたが、それでもその痛みは隠し切れていなかった。だからこそ皆、彼を信頼し、彼に従った。
『ハッハー! よおシンカイ! 元気そうでなによりだぜぇ!!』
『……五月蝿い……』
『お前が静かすぎるんだよ! オレとお前なら、丁度二人分くれぇだろ!?』
『……十人分……』
ひたすらに喧しい大男がいた。
騒がしいのは苦手だと何度も言ったが、何度言っても無駄だった。しかし何故か、あの男の騒がしさは、不快ではなかった。
『は、相変わらず剣の稽古かよ。毎日毎日、よくもまあ飽きないもんだ』
『……継続……』
『なんでそんなに拘るのかねぇ。銃も剣も、同じ人殺しの道具だろうに』
『…………』
孤高にして異端の思想家がいた。
誰の理解も求めず、誰のことも理解しようとしなかったが、彼の言葉は常に現実の冷たさを纏っており、己たちが大義に酔うことを防いでいた。
『ふふん、今回は私の勝ちだな。これで勝敗は五分だ』
『……次は勝つ……』
『悪いがそうはいかん。お前の剣もようやく読めて来たんだ、そろそろ勝ち越させてもらう』
『……やってみろ……』
かつて宝石と呼ばれた女傑がいた。
その魂の輝きはまさに宝石と呼ぶに相応しく、その強さは誰もが認めていた。彼女が先陣を切れば、誰もがその後に続いた。
『お前さんも変わっとるのぅ。まあうちは皆、変人揃いだがな』
『……貴方は……?』
『私か? 私は一番の変わり者よ。なにせこんな老い先短い爺の身で、未来のことばかり考えとるんだからなあ!』
『…………』
生涯を戦い続けた老人がいた。
武闘派の彼は戦略にはあまり口出ししなかったが、長年の経験からくる言葉には皆が耳を傾け、頼りがいある彼の背中に導かれて来た。
『残るは私たちだけ、か。……しかし、よくここまで付いて来てくれたものだ』
『……当然……』
『……フ。お前に守られるのなら、何も恐れることはない。往くぞ、真改。最後の戦いだ。……私の背中を、お前に託す』
『……任された……』
殺戮者の汚名を被った革命家がいた。
人類のために、人間を殺した。未来のために、現在を犠牲にした。それ以外に道はなく、もしあるのなら間違いなくそちらを選んでいた。
世界中から憎まれていたが、誰よりも彼を憎んでいたのは彼自身だった。
仕方なく人を殺し、しかし仕方ないと割り切れない、優しい男だった。
『ほら真改、笑って?』
『…………』
『ほ~ら、笑って笑って~』
『…………』
『……むう、笑わないわね』
『頑固なやつめ……』
『…………』
『よし、それじゃあ最後の手段だっ』
『こちょこちょこちょ~』
『……、……っ…………っっ!!』
優しい両親だった。
短い間だったが、本当に幸福な毎日だった。
だから、また失った時。
もう二度と、失わないと誓った。
そして――
『さて。魅せてもらおう、お前の剣を。お前がどれだけ、強くなったのかをな』
『……応……!』
――結局。
「彼女」には、届かなかったな――
筋電義手とは、私もよく分からないのですが、脳から神経に送られる微弱な電気信号をキャッチして動く義手のようです。手術のいらないオート○イルみたいなもんでしょうか?
とにかく、真改は肩まで念入りに抉られているので切断面まで神経が生きておらず、それすらも使えない、という設定です。
……詳しい人からすれば矛盾があるかもしれませんが、どうかご容赦を。