IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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時計を合わせろ。……3、2、1、セット。

現時点より、各員及びターゲットを以下のように呼称する。

織斑一夏:サイファー(なんとなく)
凰鈴音:ピクシー(妖精っぽい……か?)
篠ノ之箒:タリズマン(シャルと一緒だから)
シャルロット・デュノア:シャムロック(響きが似てる)
セシリア・オルコット:アーチャー(狙撃主だから)
ラウラ・ボーデヴィッヒ:ブレイズ(隊長ったらこれ)
井上真改:アン(ロ○マの休日より)
如月皐月:ジョー(同上)

確認出来たか?

では、配置に着け。


第43話 OPERATION OMIAI BREAK(エンゲージ編)

『各員、報告しろ』

『サイファー、配置に着いた』

『ピクシーも同じくよ』

『こちらシャムロック、準備OKだよ』

『タリズマンだ、いつでも行ける』

『アーチャー、そちらはどうだ』

『問題ありませんわ、ブレイズ』

『よし、全機オンラインを確認。───これより、状況を開始する』

 

 

 高級料亭に相応しい衣服に身を包んだ面々は〔いささぎ〕に到着すると散開し、各自の持ち場に着いた。周囲には一切怪しまれず、しかし風のように素早く。その動きは熟練の特殊部隊員でも出来るかどうかというレベルだった。

 

『ターゲットが到着するのは20分後の予定だ。だが連中は素人、数分の誤差を考慮に入れろ』

『『『『『了解』』』』』

『既に戦闘は始まっている。店内、及びその周辺の人物たちを記憶し、行動パターンを把握しておけ』

『『『『『了解』』』』』

 

 作戦行動中の会話は周囲に声が漏れるのを防ぐため、各自が所有する専用機のプライベート・チャネルで行われていた。ちなみに法律に抵触する。

 

『タリズマン、シャムロック。店内に不審な人物はいるか?』

『今のところ確認できない。全員素人の動きだ』

『こっちも、特に妙な装備とかは見当たらないよ』

『店外は?』

『仕草、視線、体格、全て確認しましたが、警戒すべき人物は居ませんわ』

『よし、ここまでは予定通りだな。だが油断するな、上手く隠れているだけかもしれんし、これから増員される可能性もある。各員、このまま偵察を続けろ』

『『『『『了解』』』』』

『相手はあの如月だ、何も仕掛けて来ないなどということがある筈がない。警戒を怠るな、どんな些細なことでも報告しろ』

『『『『『了解』』』』』

 

 そんな調子でいささぎの内外を見張ること十数分、いささぎの前に一台の車が停まった。

 その中から、若い男が一人降りてくる。

 

『アーチャーからブレイズへ、ジョーの到着を確認。繰り返します、ジョーの到着を確認』

『ブレイズ了解。アーチャー、ジョーの様子は情報通りか?』

『ここから見る限りでは。容姿もそうですし、武術を修めている動きではありませんわ』

『よし、ジョーの姿を撮影し、全員に送信しろ。終了後、再び監視に戻れ』

『アーチャー了解』

 

 セシリアはISの機能を使って如月皐月を隠し撮り、その画像データを全員に送信した。隊員たちの視覚に直接映し出されたその姿は、スラリとした長身に仕立ての良いスーツを着込み、黒髪を丁寧に撫でつけた美青年である。

 

『……ムカつくくらいカッコいいな』

『サイファー、容姿に騙されちゃダメよ。コイツも変態に決まってるわ』

『なにせあの如月だからね。いくら警戒しても、し過ぎるってことはないよ』

 

 私情と偏見と先入観に満ち満ちた会話だが、やはり突っ込む者はいなかった。

 

『! こちらアーチャー、アンの到着を確認! 繰り返します、アンの到着を確認!』

 

 そんなことをしている内に、いささぎの前にもう一台、車が停まる。事前の情報からそれが真改の乗る車であると知っているセシリアは、興奮のあまり真改本人を確認する前に報告した。

 

 実際に車の後部座席から、真改が降りて来たのだが――

 

『…………………………』

『アーチャー、どうした。アンは視認出来たか?』

『あ……う……』

『アーチャー、報告は正確に行え。アンの様子はどうだ?』

『………………美しい………………』

『『『『『……は?』』』』』

『……画像を……送信しますわ……』

 

 セシリアは呆然としながらも、なんとか自分の任務を遂行する。写真を撮影、そのデータを全員に送信した。

 

 すると――

 

『『『『『………………美しい………………』』』』』

 

 全員セシリアと同じ反応だった。

 

 車から降りて来た真改は、真っ白な着物姿だった。

 純白の生地には花の絵柄が派手にならない程度にあしらわれており、それを纏める腰帯は涼やかな青色。

 普段は腰まで真っ直ぐに下ろしている黒髪は後頭部で結い上げられ、瑠璃色の簪で飾られている。

 口紅さえしたことのない顔にはうっすらと化粧が施されており、目つきの鋭さを損なわないままに冷たい美しさを纏っていた。

 

 車から降りた際に下駄がアスファルトと触れ合うことで、カラン、と音が鳴る。

 その音に振り向いた通行人たちが、揃って息を呑み、硬直した。

 

 ――日本刀は、刀剣として優れた威力を持つだけでなく、装飾に依らぬ刃の美しさだけで、美術品としても極めて高い評価を得ている。

 

 ――それを体現しているかのように。井上真改は静かに、控えめに、それでいて揺るぎなき存在感を持って、そこに佇んでいた。

 

『『『『『『………………………………』』』』』』

 

 隊員たちがしばらく茫然自失となる。それは通常であれば致命的な隙だったが、お見合いなど初めての経験である真改は緊張により自分が見張られていることにも気付かずに、送迎の車が去るのを見送ってから歩き出した。

 

 カラン、と再び下駄が鳴る。小さな筈のその音はそれなりに離れているセシリアの耳にまで届き、意識を覚醒させた。

 

『……! こ、こちらアーチャー! アンがいささぎに入りますわ!』

『! そ、総員、気を引き締めろ! ここからが本番だ……!』

『『『『『りょ、了解っ!!』』』』』

 

 ラウラの声で意識を取り戻した隊員たちは、先ほどの写真をしっかりと保存しながら任務へと意識を集中させる。

 

 ――かくして。誰にも悟られることなく、史上有数の戦力による、史上有数のくだらなさを誇る作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そう、誰にも悟られてはいない、筈だった。ラウラが率いるシュヴァルツェ・ハーゼは、一切の痕跡を残さずに、情報収集をしていたのだから。

 

 

 

 ――だが世の中には、最精鋭の特殊部隊がスキルの限りを尽くした隠密行動すらも覗き見る、人知を超えた者が確かに存在するのだ。

 

 

 

 ――理念を持たず、理想を掲げず、理屈さえ通じず。

 

 

 

 ――手段のためには目的を選ばず、手段のために目的を作り出す、そんな狂人が。

 

 

 

 ――人はそれを、〔変態〕と呼ぶ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 数時間前、日本国内某所にて。

 

 

 

「諸君。僕は井上君が好きだ」

 

 とんでもねえことさらりとカミングアウトしやがったのは、誰あろう如月社長である。

 

「諸君。僕は布仏君も好きだ」

 

 ちなみにこの男の言う好きとは、世間一般で言う親愛の感情ではない。

 

「諸君。僕は本×真が、大好きだ」

 

 もっとおぞましい、常人には理解出来ないナニカである。

 

「戦ってるのが好きだ 照れてるのが好きだ 笑ってるのが好きだ イチャイチャしてるのが好きだ 落ち込んでるのが好きだ 〔秘書規制〕が好きだ 怒ってるのが好きだ 困ってるのが好きだ 〔秘書規制〕が好きだ」

 

 そして如月社長の前にずらりと整列しているのは、如月重工でも選りすぐりの精鋭たち。

 何を基準に選りすぐったのかはご想像にお任せする。

 

「試験会場で 教室で 自室で 〔秘書規制〕で アリーナで 海上で 空中で 砂浜で 〔秘書規制〕で 社内で この地上で行われるありとあらゆる井上君が大好きだ」

 

 日本語がおかしいとかアンタ頭大丈夫かとか言う者は一人もいない。

 何故ならば、ここに居る者たちは皆どうかしているからだ。

 

「IS学園の試験会場で初めて見た井上君が好きだ。

 元日本代表候補生の山田真耶を相手に必死に食い下がる姿には心がおどる」

 

 如月社長は自らが率いる社員たちに、堂々と語り掛ける。

 

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットと戦う井上君が好きだ。

 訓練機で専用機に打ち勝った時などは胸がすくような気持ちだった」

 

 如月社長は自らの意志に続く部下たちに、滔々と言葉を紡ぐ。

 

「所属不明ISのビーム砲撃を切り裂いた瞬間が好きだ。

 恐怖で動けない幼なじみの前に城壁の如く立ちふさがる様など感動すら覚える」

 

 如月社長は自らの信頼する仲間たちに、粛々と声を投げる。

 

「学年別トーナメントでの戦いなどはもうたまらない。

 敵を前に自らの無力を嘆き、それでも決して諦めようとはしなかった織斑君に手を差し伸べたのも最高だ」

 

 如月社長は自らと想いを同じくする同志たちに、朗々と謳い上げる。

 

「井上君と布仏君が〔秘書規制〕で〔秘書規制〕を〔秘書規制〕し〔秘書規制〕が〔秘書規制〕時など〔秘書規制〕すら覚える」

 

 社長秘書は自らに課せられた職務を、今日も黙々と遂行する。

 

「軍用IS〔銀の福音〕に単身挑む井上君が好きだ。

 ボロボロになりながらも戦い続け、それでも力及ばず倒れる様はとてもとても悲しいものだ」

 

 如月社長は自らが知る極秘事項を、ぺらぺらと喋り続ける。

 

「攻め込んで来た〔亡国機業〕を迎撃する井上君が好きだ。

 本来は我々の役目であることを井上君任せにしなくてはいけないのは屈辱の極みだ」

 

 如月社長は自らの失敗だったことを棚に上げ、面の皮の厚さを見せ付ける。

 

「諸君。僕は井上君を望んでいる。諸君。僕に付き従う如月重工社員諸君。君たちは一体何を望む?」

 

 あまりにも意味不明な言葉であるが、しかし如月重工社員たちは社長の言っていることを言葉ではなく心で理解した。

 

「更なる井上君を望むか? 情け容赦の無い剣鬼のような井上君を望むか? クールとデレの限りを尽くし、三千世界の鴉を萌殺す、可愛らしい井上君を望むか?」

 

 ガガガガッ!!

 社員たちは一斉に靴の踵を揃え、まるで地鳴りのように、社長に呼応する。

 

「「「「「いのっち!! いのっち!! いのっち!! いのっち!!」」」」」

 

 その轟音を全身で受け止め、吸収し、更なる力に変えて。

 如月社長は、部下たちの意思をただ一点に纏め上げる。

 

「――よろしい、ならばいのっちだ。我々は膨大な妄想力を炸薬に今まさに打ち出されんとするパイルバンカーだ。だが半年もの間ただ眺め続けるだけだった我々に、ただの井上君ではもはや足りないっ!!」

 

 眺めるだけどころか様々な手出しを続けて来たのだが、やはりそれに突っ込む者はいない。

 

「ビッグイベントを!! 一世一代のビッグイベントをっ!!

 我々は僅かに一社、千人に満たぬサラリーマンに過ぎない。だが僕は諸君が万夫不当のド変態であると信仰している。ならば我らは諸君と僕で総兵力二千万の犯罪者予備軍となる」

 

 ちなみにカウントは如月社長と網田主任が五百万ずつである。

 

「我々を変態と蔑み嘲笑っている連中に目に物を見せてやろう。自分はまともだと思い込んで安心している奴らに思い知らせてやろう。

 連中に変態の意味を思い知らせてやる。連中に我々がただの変態ではないと思い知らせてやる。

 如月重工には世の常識が通用しないことを思い知らせてやる。一千人の社員の作品で、世界を如月色に染め上げてやる」

 

 如月社長は、一体どこを目指しているのか。

 彼はその目で、一体何を見据えているのか。

 

 理解出来る者が居るとしたら、それはきっと――

 

『如月重工代表取締役社長より、全社員へ』

「OPERATION COUNTER OMIAI BREAK――状況を開始せよ」

 

 

 

「――往くぞ、諸君」

 

 

 

 以上が、如月重工の朝礼の様子である。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「はじめまして、井上さん。僕が如月皐月です」

「……はじめまして……」

 

 ついに始まった井上真改と如月皐月のお見合い。通常お見合いには世話人という仲介役が立ち会うものだが、お互いの世話人が若い二人に任せようという合意の元、同席を控えている。

 

 そんなわけで一対一のガチンコ勝負となり、先ずは皐月が見掛けの印象を裏切らない丁寧な物腰で、真改に話し掛ける。

 

「今回はこんなことに付き合わせて申し訳ない。兄さんがどうしてもとしつこくて。十代半ばの女の子が十歳以上年上の男と話してもつまらないだろう、と言ったんだけれど」

「……そんなことは……」

「けど、驚いたよ。聞いていたよりもずっと綺麗だ。僕にとっては、嬉しい誤算かな」

「……どうも……」

「あはは、緊張してる? 実は僕もなんだ。女の子と話す経験なんて、あまり無くて。お見合いだって初めてだし」

「…………」

 

 とりあえずは無難な立ち上がり。言葉の通り皐月の表情も若干固く、緊張していることが見て取れる。それが逆に女慣れしていない印象を与え、プラスに働いていた。

 

「……まいったな、どんなことを話せばいいのか分からない。いくつか考えて来た筈なのに……」

「…………」

「う~ん……ああ、そうだ。井上さん、ご趣味は?」

「……剣を……」

「剣? 剣道かな、それとも居合いとか?」

「……剣術……」

「剣術か。あまり詳しくはないのだけれど、実戦向けなのが剣術なんだっけ」

「……概ね……」

「そうか、なるほど。道理で」

「……?」

「いや、井上さんは随分と綺麗な歩き方をするから。なにかスポーツをしてるにしても、あんな風には歩けないだろうしと思ってたんだ。けど剣術なら納得だ。武は舞に通ず、ていう言葉は本当だったんだね」

「…………」

 

 誉めまくりだった。しかし皐月に気取った様子はなく、思ったことをそのまま口に出しているようだった。

 普段友人たちから良く誉められる真改だが、初対面の者にここまで自然に誉められた経験はない。しかも皐月は真改の左腕について意識的に無視しているわけではなく、ただ真改自身に対する感想を述べているのだと真改は感じた。

 

 予想と大きく違う状況に、無表情のまま戸惑う真改。それをどう受け取ったのか、皐月は少し恥ずかしそうに笑いながら、真改に訊ねた。

 

「ごめん、僕ばかり質問してしまって。井上さんも、僕に何か訊きたいことはあるかい?」

「…………」

 

 早めのタイミングでインターバルを与えられ、真改はどうにか心を落ち着けた。そして考える。何か無難な質問はないものか――

 

「……何故、クレストに……?」

 

 とりあえず、気になっていたことを訊いてみることにした。

 従兄弟が会社を、それも世界的に有名な大会社(その性質はともかくとして)を経営しているのに、何故わざわざ別の会社に就職したのか。

 話を聞いている限りでは仲も良さそうなのに、一体何故。

 

「確かに兄さんには誘われたんだけど。そうすると、僕は社長の親族になる。それは多少なりとも、社内での僕の立場に影響する。……なんて言うか、そういうのが嫌でね。兄さんはあんな人だけど、間違い無く天才だ。兄さんに守られていれば楽なんだろうけど……僕だって男だ。ちっぽけながら、意地がある。自分の力で、社会に挑戦したかったんだ」

 

 やっぱり兄さんにはかなわないけどね、と最後に付け加え、皐月は照れくさそうに笑った。その笑顔には、年齢にそぐわぬ少年のような輝きがあった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『……すっげえまともだな……』

『ていうか普通に好青年じゃん。なにあれ、あれでまだ彼女いないの? どんだけ奥手なのよ……』

『あれがあの如月社長の従兄弟だと……?』

『……まあ、考えてみれば当然だな。あんな変態が一族単位で存在したら、世界なぞとうの昔に滅んでいる。あの社長だけが突然変異体なのだろう』

『優秀さは遺伝みたいだけどね』

『しかしこのままでは、恐れていたことが……』

 

 そう、如月皐月の話を聞いていた隊員たちは、皆揃ってティンと来た。

 

 礼節と思い遣りのある態度。

 

 相手と真っ直ぐに向き合う姿勢。

 

 安易に楽な道へと進むことを拒み。

 

 なんの役にも立たないと分かっていながら、男の意地を持ち続け。

 

 たとえ勝てないとしても、ただ黙って負けることだけは拒絶し。

 

 そしてその在り方を、誰に言われるでもなく自らの意志で貫く。

 

 

 

 ――あれ? これって真改の好みじゃね?

 

 

 

『『『『『『……これは……マズイ……』』』』』』

 

 ちなみに人物としては確かに真改の好みではあるが、異性としては全くの別問題であるということには誰も気付かない。真改が一夏と性別を越えた友情を結んでいることを考えれば分かりそうなものだが、しかしそんな冷静さはとっくのとうに失われていた。

 

『クソ、予想外の展開だぜ……ブレイズ、どうする?』

『こちらアーチャー。ポイントを移動、狙撃可能地点に到着しました。ブレイズ、射殺の許可を』

『待て、アーチャー。それは最後の手段だと言ったただろう』

『確かに最善ではありませんが、それでも最悪よりはずっとマシですわ』

『その通りだ。アンがジョーに惹かれる前に殺れば、最小限の傷で済む。――決断しろ、ブレイズ』

『タリズマン、落ち着いて。アンならきっと大丈夫だよ。ジョーも悪い人ってわけじゃないみたいだし、ここは様子を見て――』

『なに温いこと言ってんのよ、シャムロック。戦いは常に先手必勝、攻められる時に攻めなきゃ後手に回ってジリ貧よ』

『ぬう……』

 

 ラウラは迷った。本来ならば司令官が部下に迷いを見せるなどあってはならないのだが、しかしいくら優秀でもラウラはまだ若過ぎる。自らの感情を完璧に制御するには、圧倒的に経験が足りていなかった。

 そして経験不足のラウラにとって、今回の事態は少々荷が重い。敵の戦力は予想を遥かに上回り、部下たちは士気ばかりが高まって冷静な判断力を失いつつある。

 それを上手く発散させつつ戦況を好転させる一手を、ラウラは思い付けなかった。

 

(どうすればいい……どうすれば……!?)

 

 ――そして。その迷いが、致命的な隙となった。

 

「――準備完了。攻撃開始まで十秒」

『なに……!?』

 

 突然、ラウラは自分が囲まれていることに気付いた。

 

 全方位から突き刺さる、明確な敵意。

 

 完全な隠行による、完璧な不意打ち。

 

『!? どうしたブレイズ、何があった!?』

『分からん、何者かが接近して……!?』

「9……8……7……ヒャア がまんできねぇ 0だ!」

『ぐああああ!?』

『ブレイズ!? どうした、何があったんだ!?』

『ブレイズ、応答して! ブレイズ! ブレイズ!? ブレエエェェェイズ!!』

『ブレイズの信号途絶……!? くそ、一体何が……!?』

 

 突然の事態に、隊員たちが色めき立つ。

 司令官にして隊で最強の戦闘力を持つラウラが一瞬にして倒れたのだ。しかもその原因が不明と来れば、無理もない。

 

 そんな中、いち早く冷静さを取り戻したのはシャルロットだった。

 

『みんな、落ち着いて! 今混乱するのはマズイ!』

『シャムロック!? だがどうするんだ? 何が起きているのか全く分からないんだぞ!?』

『ブレイズに代わって、僕が指揮を執る! タリズマン、ブレイズの信号があった場所に行って偵察を! アーチャーはタリズマンを援護してっ!』

『俺たちはどうするんだ!?』

『このまま任務を続行する。……ブレイズも、きっとそれを望んでるよ』

『シャムロック……』

 

 ラウラのルームメイトでありその分他の隊員よりも仲が良く、何より優しいシャルロットがラウラを心配していない筈がない。

 だがラウラは言っていた。作戦に私情を持ち込むな、と。倒れた者は置いて行け、と。

 

 ――そこに、ラウラ本人が含まれていない、筈がないのだ。

 

『……任務を続行する。そして、必ず成功させる。僕たちに出来るのは、それだけだよ』

『……タリズマン了解。後ろは任せておけ、お前たちは任務にだけ集中しろ』

『頼んだわよ、タリズマン。こうなったらこっちも余裕ないからね』

『ご安心を。わたくしがしっかりと援護いたしますわ』

『無理はするな――とは言わねえよ。……タリズマン、アーチャー。俺たちのために、死んでくれ』

『ええ、見事な死に花を咲かせてご覧に入れましょう』

『骨は拾えよ、サイファー』

 

 仲間を軽んじているのではなく、互いに信頼し合っているからこそ言える言葉。

 たとえ自分が倒れても、仲間が必ず無念を晴らしてくれる。

 そして仲間が倒れた時は、必ず自分が無念を晴らす。

 そう信じ、そう決意しているからこその言葉。

 

『行くぞ、アーチャー。何か見つけたら私に言え。お前が撃つよりも早く斬り捨ててやる』

 

 懐から二振りの大型ナイフを取り出しながら、箒が言う。

 

『やって見せなさいな。銃弾よりも速く動けると言うのなら』

 

 スナイパーライフルを構え移動しつつ、セシリアが言う。

 

『『――上等』』

 

 互いにニヤリと笑い、ラウラが最後に居たポイントへと急ぐ。

 

 どちらが先に、仲間の仇を討つのか。

 

 それを競うように、戦意を漲らせながら。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 いささぎから百メートルほど離れた場所にある、小さな公園。

 

 ラウラの信号は、この公園の茂みから発せられていた。

 

『タリズマンからシャムロック。ポイントに到着した』

『シャムロック了解。様子はどう? タリズマン』

『何もない。ブレイズも居ない。アーチャー、そこから何か見えるか?』

『いえ、特に怪しいものは確認出来ませんわ』

『それじゃあ、タリズマンはブレイズを探して。アーチャーはそのまま、周囲の警戒を』

『『了解』』

 

 シャルロットの指示を受け、箒が公園内を探索する。人目に付かないよう慎重に、それでいて素早く───

 

『……こちらタリズマン。アーチャー、聞こえるか』

『アーチャー、聞こえています』

『……何かおかしい』

『あなたもそう思いますか?』

『どういうこと?』

『違和感がある。上手く言えないんだが、何か……』

 

 箒はもう一度、公園内を見渡す。ベンチに座るカップル、犬の散歩をする女性、のんびり読書を楽しんでいる青年、ジョギングをしている男性――

 

 どこから見ても、のどかな公園の風景だった。

 

 一体どこに、おかしなことが――

 

『………………待て』

 

 何かに気付いて、箒は再び公園内を見渡した。

 

 公園内に居るのは、ベンチに座るカップル、犬の散歩をする女性、のんびり読書を楽しんでいる青年、ジョギングをしている男性、他にも数人。

 

 そして――

 

『………………今日は、平日だ』

『何故、こんなに人が?』

 

 居るのが若い者たち、学生であるならば、おかしなことではない。IS学園が夏休みなのだから、他の学校も夏休みなのは当然だ。

 

 だが、ここに居るのは皆社会人の年齢だ。会社にも夏休みはあるが、学校のそれとは違う。少なくとも、こんなにも大勢が同時に休むことはあるまい。

 

『こいつらは、何者だ?』

『アーチャーからタリズマンへ。確かに怪しくはありますが、今のところ不審な動きはありません。今はブレイズの探索に集中を。警戒はわたくしに任せて下さい』

『タリズマン了解。ブレイズの探索に戻る』

 

 箒はひとまず公園内の人たちを無視し、ラウラを探すことにした。茂みを探索し、居なければ他の茂みへ。そうやって何ヶ所か探すと――

 

「タリズマン……こっちだ……」

「!? ブレイズ……!」

 

 肉声による呼び掛け。それを聞きつけ、箒は近くの茂みに飛び込んだ。

 

「良かった、無事だったか……!」

「なんとかな。だがISの機能が使えない。なにやらジャミングのようなものを受けているようだ」

「なに? 可能なのか、そんなことが……!?」

「だが現実として起きている。そしてこんなことが出来る者が居るとすれば――」

「……如月重工か……!!」

 

 箒は戦慄した。情報が漏れていたのだ。それも、最悪の相手に。

 

『こちらタリズマン! ブレイズを発見した、無事だ!』

『本当か!?』

『ああ、だがジャミングを受けていて、通信が使えない。指揮はこのままシャムロックに任すと』

『シャムロック了解。タリズマン、ブレイズを連れて戻って来て』

『タリズマン了解。それと気をつけろ。如月重工に作戦が漏れている可能性が高い』

『な、如月重工に……!?』

『ちいっ、やっぱり嗅ぎ付けて来やがったか、変態どもめ……!!』

『シャムロックから各員へ。最大限警戒を。もしかしたら、店内にも入り込んでるかもしれない』

『『『了解』』』

 

 通信を終え、箒はラウラに向き直る。

 

「行くぞブレイズ。いささぎに戻る。指揮は出来ないだろうが、シャムロックの補佐を頼む」

「いや、それは出来ない。……ここには、敵が居る」

「なに?」

「私を襲撃した奴らだ。まだここに居る」

「どんな奴らだ?」

「分からない。一瞬のことで、凌ぐだけで精一杯だった。……分かっていることは三つ。複数であること。対象のISを無効化する装備を持っていること。

 そして――恐ろしい手練れであること」

「…………」

 

 真剣な表情で語るラウラ。プライドの高い彼女が自らの不覚を隠すことなく話したことに、箒は深刻なものを感じた。

 

『タリズマンからアーチャー』

『こちらアーチャー。……付き合いますわ、タリズマン』

『……ありがとう。タリズマンからシャムロック。タリズマン、アーチャー、ブレイズはここに残り、敵を食い止める』

『……シャムロック了解。アンとジョーは僕たちに任せて。……気をつけてね、タリズマン』

『タリズマン了解。アーチャー、公園内の人間を警戒しろ。私たちはここで迎撃する』

『アーチャー了解。……ここから見る限りでは、怪しい動きはありません』

『私たちの現在位置は認識しているか?』

『当然ですわ。その茂みに近付く者がいれば警告しますわ』

『頼むぞ、アーチャー』

 

 ラウラはハンドガンを取り出し、箒はナイフを構えて警戒レベルを最大まで引き上げる。

 セシリアも極限の集中力により、スコープの先に映るもの全てを完全に見極めている。

 

 ――そして、数分。

 

「! 来るぞっ!!」

 

 ガサリ、と茂みが鳴り、そこから何者かが飛び出して来る。

 事前に何も見つけられていなかったにも関わらずセシリアは機敏に反応、次の瞬間にはスナイパーライフルを照準していた。

 箒とラウラは互いに背中を預け合い、包囲しようとする敵を迎え撃つ。

 

『タリズマン!』

『アーチャー!』

「ブレイズ!」

『『「交戦(エンゲージ)!!」』』

 

 

 

 




ACネタてんこ盛り。他のもですが。


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