IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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ぼくのかんがえたかっこいいせかんどしふと。



セシリア:スターライトが主任砲になる。

「いえいえ、ちょっとお手伝いいたしますわ!!」



鈴:衝撃砲がバルス砲になる。

「ほら、一個一個の球体があるじゃない? これ全部衝撃砲」



シャル:とっつきがデロリアンになる。

「ああん!? やってみなよぉ!!」



ラウラ:レールカノンが若本砲になる。

「これはな、この場でミサイルを組み立てているのだ」



箒:そこら辺に転がってた建築資材を持つ。

「愛してるんだ、一夏をォォォォォォッ!!」



ス「ちょっとIS学園攻めてきてくれない?」
オ「「ないわー」」エ



第40話 微笑

 七月も終わりに近付いた、ある日のこと。

 

 夏真っ盛りのIS学園第二アリーナに、輝くような白雪が降っていた。

 

「おおおおぉぉっ!!」

「はあああぁぁっ!!」

「疾っ……!」

 

 アリーナ内、あるいはアリーナの観客席にいる者たちはその幻想的な光景に目を奪われ、そして繰り広げられている舞踏に心を奪われる。

 

 主役となるのは三人。

 

 紫と蒼の光を纏った銀色、眩い光に身を包む白色、全身から光の刃を伸ばす紅色。

 

 井上真改、織斑一夏、篠ノ之箒である。

 

「おらあっ!!」

「ぜぇいっ!!」

「……っ !」

 

 高速で飛び回る真改に、一夏と箒が追い縋る。

 真改は二人の息の合った波状攻撃を凌ぎつつ、的確に反撃を叩き込む。

 

 数で勝り、性能においても何ら劣るところのない一夏と箒は、しかし誰の目にも明らかに押されていた。

 

「ああ、ったく、なんでだろうなあ! シンに負けるのはいつものことなのによ、負けたくねえなあ、箒ぃ!!」

「まだだ、まだやれるっ!! そうだろう、一夏っ!!」

「当ったり前だ! まだまだ行けるぜっ!!」

「……その意気や良し……!!」

 

 疲労が重くのしかかるが、それに反比例するかの如く戦意が漲っていく。

 

 ずっと昔から憧れていた、幼なじみの剣。

 それが今、目の前にあるのだ。疲労など意識から完全に消え去っていた。

 

「うおおおおおぉぉぉっ!!」

「せぇぇいりゃあああっ!!」

「……っ!!」

 

 何を求めるわけでもない、強いて言うなら、戦うことそれ自体が目的である戦闘。

 

 その始まりは、約三十分ほど前に遡る。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 夏休みも目前となった今日、俺は日課であるISの訓練を行うために、箒と一緒に第二アリーナに来たんだが――

 

「……あれ? シン?」

「…………」

 

 そこには思わぬ先客がいた。一時期見ていられないほど落ち込んでいて、先日ようやく復活した幼なじみである。

 

「どうしたんだよ、こんなところで?」

「……訓練……」

「む……腕はもういいのか?」

「……完治……」

 

 箒の問に答えたシンは、それを証明するように右腕を持ち上げる。

 その腕には痛々しい傷痕が残ってはいたが、しかし確かに怪我そのものは治っているようだった。

 

「…………」

 

 正直、女の子が傷痕を何でもないことのように見せるのはどうかと思うが、シンにそんなことを言っても今更である。こいつは傷痕なんてどう思われようと気にもとめないのだ。

 

「そっか、なら今日は軽く流すか。久しぶりだろうし、調子見て――」

「……否……」

「「?」」

 

 病み上がりのシンを気遣っての言葉は、しかし本人に否定された。

 そして俺たちを真っ直ぐに見て――

 

「……勝負……」

 

 ……あー、忘れてた。

 シンは普段あんまり静か過ぎるから分かりにくいが、実は結構戦闘狂なのだ。まだ戦ったことのない俺の白式・雪花と箒の紅椿が揃って目の前にいるのだから、この言葉はある意味当然と言えるかもしれない。

 それにシンは落ち込んでいる間はほとんどずっと一人でいたので、心身共に快復した今、体が疼いて仕方ないのだろう。

 

「……分かったよ。けどお前は病み上がりなんだから、無理は――」

 

 ゴウッ、と。

 

 いきなり、突風に頬を撫でられた。

 

「…………」

 

 その風の発生源は、俺の目の前にいる少女。彼女はISを展開すると同時に、右腕を二度振ったのである。

 

 その動きは、誇張抜きに言って全く見えなかった。では何故二度振ったことが分かったのかと言うと、シンの足下に風圧により地面が抉られた跡が、十字 を描いていたからだ。

 

 そして、その剣閃の延長線上に居るのは。

 

 俺と、箒。

 

「……へ。遠慮は要らねえ、ってことかよ」

「いや、人の心配をしている余裕があるのか? ということかもしれんぞ」

「……両方……」

「ははっ、上等ぉっ!!」

 

 白式を展開し、それと同時に戦闘態勢に移行。隣を見れば、箒も俺と全く同じ行動をとっていた。

 

「どうせ一人ずつじゃ満足出来ないんだろ? ……いいぜ、こっちは二人掛かりだ、いつかみたいに負かしてみろよ!」

「いつまでもお前に守られているわけにもいかないからな! そろそろ私たちの力も認めてもらおうかっ!!」

「……いざ……!」

 

 無表情の中に歓喜を宿し、シンが構えをとる。

 

 ……そうだ、それでこそシンだ。見ろ、あの眼を。あれ以上に綺麗な黒色が、この世に存在するものか。

 

「行くぜ、シン! 今日こそ、お前に勝つ!!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「おおおおぉぉっ!!」

 

 一夏が零落白夜を振り上げ、真っ直ぐに真改へと突撃する。

 それに対し真改は水月を起動、月灯(つきあかり)によりさらなる加速を得て、その全運動エネルギーを月輪に載せて振り抜いた。

 

「おぉぉらぁぁぁっ!!」

「……っ!」

 ガギィンッ!!

 

 少し前であれば確実に一夏を吹き飛ばしていたであろうその一撃は、完全に受け止められた。大量の雪花により勢いを大きく殺がれ、十分な威力を保てなかったのである。

 

(……これほどか……!)

 

 まるで水銀の中で剣を振っているかのような、重い手応え。接近戦においても、雪花の防御力は脅威だった。

 

(……だが……!)

 

 真改は月輪のスラスターを全開にして一夏を押さえ込みながら、月光を起動する。物理ブレードではない月光ならば、威力こそ減じられるが剣速が鈍ることはない。そして減じられても十分なほどの威力があり、雪花にも大きなダメージを与えられるだろう。

 

「疾っ……!」

「ぐうっ!?」

 

 素早く振り抜かれた一撃により、一夏は体勢を崩した。その機を逃さず追撃を掛けようとした真 改だが、行く手を無数の光弾に阻まれる。

 

 箒の紅椿、その武装である雨月と空裂のエネルギー弾である。

 

「やらせんっ!」

「助かったぜ、箒!」

 

 強敵に成長した幼なじみたちの姿に喜びを感じながら、真改は考える。

 

 さて、どちらから倒すべきか。

 一夏は一撃必殺の攻撃力を持ち防御力も高く、パワーも優れている。箒と戦っている時に隙を突かれれば一瞬で倒される危険がある。

 箒は機体の総合的なスペックが図抜けており、全身の展開装甲によりどんな体勢からでも精密かつ強力な攻撃をしてくる。それに晒されながらの戦闘はかなり厳しい。

 

 ちなみにどちらも燃費が極めて悪く、朧月の機動力をフルに活かして逃げ続ければ勝手に自滅するだろうが、真改はその選択肢を考慮にすら入れていなかった。

 

 それでは、面白くない。

 折角、三人揃って戦意に満ち溢れているのだ。

 ならばこの戦い、存分に味わわなければ罰が当たる――!

 

(……愚考……!)

 

 どちらから、倒すべきか。

 

 そんなものは、考えるまでもなく決まっている。

 

(二人纏めて、叩きのめす――!)

 

 一夏が瞬時加速を発動し、箒は展開装甲を機動特化形態へと変化させ、真改へと突撃する。

 対する真改は月光と月華を起動、真っ直ぐに二人へと斬り掛かる。

 

「そう来るだろうと――」

「――思っていたぞっ!」

 

 零落白夜と雨月、空裂が真改に迫る。真改から見て右手に一夏、左手に箒。

 

「……往くぞ……!」

 

 真改が月輪を横薙に振る。スラスターと月華を最大出力で噴かし、左から右へ、一文字に。

 

「ぬ……!?」

 

 蒼色の光が、まずは箒に襲い掛かる。その光の刃は、間合いの僅か外。箒の鼻先を掠めただけで当たることはなかったが、しかしその極光は箒の視界から真改の姿を完全に隠した。

 その直後、ほんの少し遅れて、一夏に月輪が迫る。肩を入れ大きく踏み込んだ一撃は、箒の時とは違い一夏をしっかりと間合いに捉えていた。

 

「ぐうっ!」

 

 月華の光は雪花に遮られ、月輪の刃は零落白夜に防がれた。

 今度は前回のように鍔迫り合いはさけ、そのまま月輪を振り抜く。勢いを保ったまま一回転、月光で箒に斬り掛かる。

 

 零落白夜にも劣らない、一撃必殺の刃。

 

 退がっても、回避は間に合わない。

 

 光の剣である月光は、雨月と空裂では防御できない。

 

 だから、箒は――

 

「う、おおおおお!!」

「!?」

 

 前に出て、月光の刃ではなく、月光本体が取り付けられた右腕を。

 

 右肘と右膝で、挟み込んで止めた。

 

「一夏ぁっ!!」

「おおおおおっ!!」

 

 動きを止められた真改に、一夏の零落白夜が迫る。箒も空裂のエネルギー刃を放ちながら斬撃を放つ。

 

 絶望的な威力の攻撃に晒され、真改は――

 

「……っ!!」

「な――」

「――に!?」

 

 右足を伸ばし、箒の左手に添え。

 

 真っ直ぐに振り下ろされていた、空裂の軌道を逸らし。

 

 その刃を零落白夜の腹に当て、攻撃を外させた。

 

「疾っ……!」

 

 絶技と言うも生温い芸等を見せ付けられ、一夏と箒が一瞬だけ硬直する。

 その隙を突いて右腕を引き抜いた真改は、月輪の推力を載せた左膝を箒の側頭に叩き付けた。

 

「ぐあっ……!」

 

 そのまま一回転して有りっ丈の遠心力を加え、さらに水月を起動して加速させた月輪を箒に振り下ろす。

 

「うあああっ!!」

「箒!?」

 

 凄まじい重さの一撃は、膝蹴りにより体勢を崩していた箒を地面まで叩き落とした。その様を見た一夏は箒を案じつつも怯むことなく、零落白夜を翻して真改に斬り掛かった。

 真改は箒がしたように、しかしそれよりもさらに大きく前に出ることで零落白夜の間合いの内側に踏み込むと、一夏の腕を絡め取る。

 そのまま背負い投げの要領で、一夏を下へと投げ飛ばした。

 

「この程度で……!」

 

 しかしISにとって、その程度のことは攻撃にすらならない。すぐさま体勢を立て直し、真改に向き直り――

 

「な!?」

 

 投げた直後に急降下し、一夏の後ろに回り込んだ真改に気付いた。

 

「く……!」

 

 真改は一夏の腰に右腕を回し、ガッチリと抱え込んだ。密着した状態で月影を起動、零距離から散弾の連射を浴びせる。

 

「ぐああああっ!!」

 

 白式のシールドエネルギーが瞬く間に削られていく。その衝撃に意識を大きく揺さぶられ、一夏は一瞬、気付くのが遅れた。

 

 ――真改が、一夏を抱えながら、さらに急降下を始めたことに。

 

「一夏、逃げろ!」

「!?」

 

 ようやく衝撃から復帰した箒がそれに気付き、一夏に警告を発する。それからすぐに真改が自分を目指して落ちて来ていることにも気付いて、その場から逃げようとするが――

 

「!? ちいっ……!」

 

 箒の周囲に降り注ぐ散弾に、逃げ場を塞がれた。一夏に十分なダメージを与えた真改は月影を箒へ向け、残りの弾丸を一気に吐き出したのである。

 

 月影からの攻撃がなくなったことで一夏は多少の自由を取り戻し、真改を振り解こうとする。それに対し真改は月輪を最大出力で噴かすことで高速で回転し、その遠心力で動きを封じた。

 

 逃げ場を失った箒は雨月と空裂、全身の展開装甲から射出されるエネルギー刃で真改を撃ち落とそうとするが、真改は月華を起動、刀身から溢れる光でそれらを弾き飛ばす。

 

「「う、お、おおおおおっ!!」」

 

 真改の拘束から逃れようと、一夏が必死にもがく。

 

 真改を撃ち落とそうと、箒が全てのエネルギーを使い切る勢いで一斉射撃を行う。

 

 しかしそれでも、真改を止めることは出来ず――

 

 

 

 ドオオオォォン!!!

 

 

 

 ――箒の腹に、一夏の頭が突き刺さった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……決まり手が伊綱落としとか……」

「……どこの忍者だ、お前は……」

「…………」

 

 なにやら二人がぶつくさ言っている。剣で決めなかったことがよほど不満らしい。

 

「……けどまあ、本当にもう大丈夫みたいだな」

「ああ。……体も、心もな」

「…………」

 

 ……どうやら、まだ心配していたらしい。しかしこの二人に認めてもらえたということは、剣にも迷いは出ていなかったようだ。

 

(……ならば、大丈夫か……)

 

 剣は己を映す鏡だと言う。それに迷いが無いというのなら、己自身でも気付かぬ迷いも無い、ということか。

 

「しっかし、悔しいなあ。また負けちまった。いつになったら勝てるんだか」

「確かに負けたが、昔のようにまるで歯が立たなかったわけではない。……勝てるさ。いつか、必ず」

「…………」

 

 戦闘の手応えを思い出しているのか、箒が自信と喜びを込めて拳を握り締める。

 

 ……そう、今回己は、一時とはいえ確かに追い詰められた。二人が詰めを誤らなければ、さらに危ない状況へと陥っていただろう。

 

 ……本当に、強くなった。昔は容易く退けていたというのに、いつの間にやら、本気で応じなければ負けてしまいそうなほどになった。

 

 それは果たして、二人の持つ才能なのか。それとも――

 

 

 

『――聴かせてくれ。お前を強くした、お前の――』

 

 

 

「…………」

 

 ……そうだな。

 

 今なら、「彼女」の言っていたことが分かる。

 

 この二人の強さは、機体でも、才能でもなく――

 

「……強くなった……」

 

 思わずしみじみと呟いた。

 

 

 

 ……呟いて、しまった。

 

「「……………………」」

 

 まずい、と思った時にはもう遅かった。己の呟きを聞きつけた二人は目を丸くし、次いで物凄く嬉しそうな顔になって。

 

「シン、今なんて言った!?」

「つ、強くなった!? 私たちが!? そう言ったのか、真改!?」

「……そ、空耳……」

「「嘘だっ!!」」

「……!?」

「眼が泳ぎまくってるぞ、シン」

「お前は本当に嘘を吐くのが下手だな……」

 

 ば、馬鹿な……己の無表情がこうも容易く見破られるとは……!

 

「ふ、ふふふ……そうかそうか、強くなってきてるか、私たちは……!」

「ようし、俄然やる気が出てきたぜ……!」

「…………」

 

 ……まあ、調子に乗ることはないようだし、やる気も出しているようだし、問題はない……か……?

 

「よし、補給に行くぞ一夏! 終わり次第、また訓練だ!」

「よっしゃ、やるか! ああシン、今日はありがとうな。疲れたろ? 怪我治ったばかりなんだから、もう休めよ」

「…………」

 

 なにやら二人で盛り上がっており、己は追い出されつつある。

 ……まあ、いいか。確かに最近あまり動いてなかったところにこれだけの戦闘だ、今は特に何もないが、興奮が冷めれば何かしらの異常が出るやもしれん。今日のところはもう休んだ方がいいだろう。

 

「……では、あがr「さあ、もたもたするな一夏!」「ああ! じゃ、そういうことで。お疲れ、シン!」………………」

 

 ……部屋に戻るか。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「いのっち、大丈夫そう~?」

「……上々……」

 

 アリーナを出ると、更衣室では本音が待っていた。観戦席で己たちの戦いを見ていたらしい。

 

「腕、痛くない~?」

「……平気……」

 

 本音が己の右手を取り、その様子を確かめている。特に変色したり腫れたりしている箇所は無いので、まあ大丈夫だと思うが――

 

「――おいで」

 

 本音が十六夜を起動した。一機だけだが、それが己の右腕を検査し始める。

 

「…………」

「…………」

「「………………」」

 

 銀色の球体がスキャナーのようなものを伸ばし、右腕の周りをぐるぐると回る。

 

 ………………。

 

 ……随分念入りに調べているな。そんなに信用がないか……。

 

「……うん、大丈夫だね~」

「……重畳……」

 

 本当に良かった。もし大したモノでなくとも異常があれば、また右腕を動かせないように固定されたかもしれない。

 そうなれば、また食堂で見世物にされる。包帯が外れるまでの間に己の精神力がどれほど削られたことか。

 

 ……思い出したくもない。

 

 特に食堂と風呂でのことは思い出したくない。

 

 あと黛先輩がバラまいた食堂での写真についても思い出したくない。

 

 それにセシリアとラウラがやたらと幸せそうな顔をしていたことも思い出したくない。

 

 そしてサラシが巻けず、生まれて初めてブラジャーを着けさせられたことも思い出したくない。

 

 

 

 ……いっそ全部忘れたい。

 

「それじゃ、シャワー浴びに行こっか~。洗ってあげる~」

「…………」

 

 己が右腕を使えない間、本音は風呂にまで付いてきた。その時己が感じた恥ずかしさは筆舌に尽くしがたい。

 だがそれももう終わりだ、今はもう一人で大丈夫なのだから。

 

「……無用……」

 

 故に、右手をあげてそれを示す。すると本音は見る間に泣きそうな顔になった。

 

「……あ……」

「…………」

「……そっか。そうだよね~。もう、一人で平気だよね~……」

「……っ」

 

 全身から寂しげなオーラを放つ本音。それを見せ付けられた己の心に、表現の出来ない痛みが走った。

 

「……いのっち、腕、治ったんだし~。私のお手伝いなんか、いらないよね~……」

「…………………………」

 

 ……耐えろ、耐えるんだ、井上真改。これは本音の策略だ。その証拠に見ろ、口元が我慢しきれずにほんの少しだけ震えている。

 

「……うん。それじゃあ、シャワー浴びといで~。私、一人で待ってるから~」

「………………………………」

 

 一人で、の部分を強調するあたり、完全にわざとやっている。

 そうだ、本音は本気で寂しがっているわけではない、ただ己「で」もっと遊びたかっただけだ。

 

「…………」

「行ってらっしゃ~い」

 

 だから、本音に背を向けシャワー室に入る。勿論己一人でだ。

 

 すると――

 

「……ちぇ~」

「…………」

 

 ……聞こえているぞ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「――それでは、一学期最後のホームルームを始める」

 

 教壇に立つのは、サマースーツを着こなした千冬さん。

 真夏の暑さを吹き飛ばすかのような覇気を身に纏い、夏休みに向けて早くも浮かれ始めている生徒たちに喝を入れる。

 

「お前たちも知っての通り、今年の一年生には専用機持ちが多い。これは大部分の者にとっては極めて不利な状況だ。各大会で活躍するのが難しくなるからな」

 

 IS学園では、年間を通して様々な大会が行われる。一部の大会は専用機持ちとそれ以外を分けて行われるが、そうでないものも多い。千冬さんの言う通り、専用機持ちが多ければ、訓練機で戦わなくてはならない一般の生徒たちは不利になるのだ。

 

「だが逆に、これ以上のチャンスは無いとも言える。並み居る専用機持ちたちを打ち倒して優勝すれば、その者は大きな注目を集めるだろう」

 

 だが、訓練機では専用機に勝てない、などということはない。現に己は、打鉄でセシリアに勝っている。

 そしてそれにより、如月重工にも認められたのだ。

 

「この状況に絶望し諦めるか、奮起して努力するかはお前たち次第だ。……だが、一つだけ言っておく」

 

 千冬さんの覇気が、更に増す。

 

 威風堂々としたその立ち姿は、まさしく世界最強と呼ぶに相応しい。

 

「自分には才能がない、今回は運が悪かった――そんな小賢しい言い訳で自分を納得させる者が何かを成し遂げたという話を、私は聞いたことがない。何度打ちのめされても立ち上がり、何度挫折しても挑み続け、傷付き倒れてもなお足掻き抜く……そんな愚直(バカ)な者にこそ、栄光を掴む資格がある」

 

 千冬さんは、確かに天才だ。天賦の才があったからこそ、世界最強の座に着いた。

 だが決して、才能だけでそこに辿り着いたわけではない。血の滲むような修練の果てにその境地に至ったのであり、引退した今も尚自らを鍛え続けている。

 

「明日からは夏休みだ。授業も訓練もないのだから、遊び呆けるのも構わん。

 ……だが、心しておけ。その惰弱な発想は、自らの未来(みち)を閉ざすことになる、と」

 

 浮ついていた教室内の雰囲気が、一気に引き締まる。まるでこれから戦地に赴くかのような空気の重さだ。

 流石に脅し過ぎたと思ったのか、千冬さんはごほん、と咳払いを一つして、僅かに表情を緩めた。

 

「……だがまあ、根を詰め過ぎても逆効果だ。各自適度に息抜きをするように。二学期までに、英気を養っておけよ」

「「「「「はいっ」」」」」

「それでは、ホームルームを終了する。解散っ!!」

 

 千冬さんの号令で、皆歓声をあげながら散っていく。各々夏休みの計画を立てていたのだろう、その行動は迅速だった。

 

 さて、己はどうするか。夏休みの予定はいくつかあるが、どれも急ぎのものではないし――

 

「やっほー。シンいる?」

「…………」

 

 教室に入って来たのは鈴だった。己の姿を見つけると笑顔を浮かべ、小さな体に溢れんばかりの活力を漲らせ、歩いてくる。

 

「今日で外出禁止は終わりでしょ? 遊びに行くわよ!」

「ちよっと、鈴さん? 真改さんはわたくしとの先約がありますのよ?」

 

 そんなモノは一切無いのだが、平然と嘘を吐くセシリア。その顔は満面の笑みに彩られている。

 

「そっか、一学期の間だったもんね。じゃあ僕と出掛けようよ」

「私もお供させてもらおうか」

 

 続いて名乗りをあげたのはシャルとラウラ。シャルは向日葵のように輝く笑顔を、ラウラは百合のように静かな微笑みを浮かべながら。

 

「真改、少し刀を見に行こうと思っているんだが、付き合わないか?」

「他に趣味ねえのかよ……」

 

 十代女子としてどうかと思う提案をしてくる箒と、それに呆れた声を出す一夏。やはり二人とも、笑っていて。

 

「じゃあさ~、みんなで行こうよ!」

 

 袖を余らせている両腕を大きく広げて、本音が纏める。

 

 どんな表情をしているかは、もはや言うまでもなく。

 

「……そうだな……」

 

 これだけ誘われているのに、いつまでも座っているわけには行かない。

 立ち上がり、皆に向き直った時。

 その瞳に映る己も、僅かに笑みを浮かべていることに気付いた。

 

「……行くか……」

 

 ああ、まったく。

 

 ここは本当に、温かいな。

 

 微睡みにも似た幸福感に包まれながら、己は皆に連れられて、外出の準備をしに行くのだった。

 

 

 




夏休み……夏休みかあ……

懐かしいなあ……

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