IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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言い忘れてました。感想をログインしていない方にも書けるよう設定しました。
この設定、最初からできましたっけ?この前唐突に気づいたんですが……。

とにかく、これからもがしがし感想ください。それをコジマに変換してチャージし、いつしか部屋を緑一色に染め上げるほどに……。


オルレアンの騎士 第6話 クール・ドゥ・リヨン

 母さんが死んで、私は泣いた。

 

 涙を流すなど、初めてのことだった。

 

 ……そしてこれが、最初で最後の涙だ。

 

 もう二度と、泣きはしない。

 

 そう、誓った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ここだ」

「わあ、結構広いね」

 

 家に一人で残すわけにもいかなかったので、シャルロットを寮の私の部屋に連れて来た。

 

 ……母さんが亡くなってから、数日。

 

 シャルロットは、泣かなくなった。

 

(悲しいだろうに……)

 

 ……私が、泣かないからか。私が泣かないのに、自分だけ泣くわけにはいかないと。

 ……そう、思っているのか。

 気遣う必要などない。悲しいのなら、泣いてほしい。

 

 悲しみを溜め込んでしまうと、いつか壊れてしまうから。

 

「……さて、荷物はそれで全部か?」

「うん。あんまり、持ち出したくなかったから」

「……そうか」

 

 あの家を、できるだけあのままにしておきたい。母さんがいた頃のままに。

 

「……ねえ、アンジェ」

「なんだ?」

「僕がデュノア社の社長の子っていうのは、本当なの?」

「……ああ、本当だ」

 

 それは、母さんが亡くなってすぐのことだった。

 デュノア社の者がシャルロットを迎えに来た。私も同行し、デュノア社長と面会した。その時は、社長も特に何もしなかった。ただ自分とシャルロットの関係を伝え、それで終わりだ。

 シャルロットはそれからしばらく呆然としていて、その状態から回復してからもどこか様子がおかしかった。私の様子を窺っていたのかもしれない。

 

「どうして教えてくれなかったの?」

 

 だが、今日ついに訊ねてきた。今までずっと気になっていたのだろうが、踏ん切りがつかなかったのか。

 その話題は避けていたようだが、しかしそれでは前に進めない。

 

「……母さんは、お前に余計なものを背負わせたくない、と言っていた」

「余計なもの?」

「母さんはデュノア社長の愛人だった。お前を生んだ時は、まだ子供と言えるような年齢だった。……正直、世間に胸を張れることではない」

「だから、黙ってたの? 僕のために」

「……ああ、そうだ」

 

 だから、前に進むために。

 

 遺された私たちが、いつまでも足踏みしているわけには、いかないから。

 

 自分の心に、一つの区切りをつけたのだろう。

 

「……お母さん、ずっと僕を、守ってくれてたんだね」

「……ああ」

「なのに僕は、もう、恩返しもできないんだね」

「……そうだな」

「……けど」

 

 辛くない筈がない。

 

 苦しくない筈がない。

 

 悲しくない、筈がない。

 

 ――でも、それでも。

 

「お母さんは……死んじゃったけど。もう、恩返しは、できないけど」

「…………」

「僕が挫けちゃ、ダメなんだよね。お母さんはいなくても、お母さんが今まで生きてたことまで、なくなったりはしないんだから」

「……ああ、その通りだ」

 

 母さんが生んでくれた、命を。

 

 たった一人で、今まで育てて来てくれた、人生を。

 

 無駄にすることだけは、絶対に、嫌だから。

 

「なんの意味もないことかも、知れないけど。僕、戦うよ、アンジェ」

「なに?」

「一回会っただけだけど、デュノア社長……父は、良い人じゃないと思う。なんだか嫌な感じがした」

「…………」

「だからお母さんも黙ってたんでしょ? あの人は、僕のことを娘だなんて思ってないから」

「……ああ。あの男にとっては、誰も彼も金儲けのための道具だ。私のことは金の生る木とでも思っているのだろうさ」

「……そんなの、許せない」

 

 そう言うシャルロットの眼には、強い怒りが宿っていた。

 

 母さんを失ったことによる、投げ遣りな怒りではなく。

 

 愛する者を侮辱されたことに対する、赤く眩い怒りだ。

 

「お母さんにしたことも許せない。アンジェをそんな風に利用しようとしてることも許せない」

 

 故に、その眼は一切濁っていない。

 

 ただ真っ直ぐに、未来を見据えている。

 

「だから、僕も戦う。アンジェみたいに」

「……お前を戦わせたくない。お前には、静かに生きて欲しい」

「嫌だ。アンジェだって、お母さんに我が儘言って、デュノア社に来たんでしょ?」

「……まあ、そうなんだが」

「なら、僕も我が儘言うよ。僕は僕の好きなように生きる。……父の娘じゃない、お母さんの娘として――アンジェの、妹として」

 

 ……強い、な。

 

 母さんが死んだことも、自分の出生も、何もかもを受け入れて、前に進む。

 

 なかなか、出来ることではあるまい。

 

「……そうか。そう言われてしまうと――私には、何も言えんよ」

「……ありがとう、アンジェ」

「感謝する必要はない。シャルロットが私に勝っただけだ」

「……えへへ」

 

 照れくさそうな笑顔。

 

 はにかむようなその笑顔を見て、分かった。

 

 遥か昔、騎士と呼ばれ讃えられていた者たちが、何故あれほどまでに強かったのか。

 

 ……強いから、騎士に成れるのではない。騎士と成った者が、強くなるのだ。

 

(こんな笑顔を魅せられてはな)

 

 国か主君か、それぞれ違うのだろうが。

 

 心から、守りたいと想うもの。

 

 それがあるから、騎士は強いのだ。

 

「お前も、私を守ってくれるのだな」

「え?」

「ありがとう、シャルロット。お前がいる限り、私は無敵だ」

「???」

 

 わけが分からないといった顔をしているシャルロットの頭を撫でる。最近ようやく加減が分かってきたので、髪を乱すこともない。

 くすぐったそうにしているシャルロットの姿を堪能し、早めに床についた。

 

 

 

 ――明日から、やることがあるのだから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……話というのはなにかね?」

 

 場所は社長室。相手は当然、デュノア社長。

 

 私は単身乗り込んだ。

 

「実は一つ、お願いしたいことがありまして」

「ふむ。君の頼みならば、出来る限り応えよう」

「ありがとうございます」

 

 一度頭を下げてから、デュノア社長の眼を見る。

 

 射抜くように、真っ直ぐに。

 

「シャルロットのことなのですが」

「……ふむ。あの娘か」

 

 途端に、不快そうな顔になるデュノア社長。この男もいい加減私の思惑に感づいており、最近ではあまり仮面を被らなくなってきた。

 外面があるからか、あからさまに態度を変えることはなかったが。

 

「オルレアン君。君は知っていたね?」

「はい。初めから」

「その上で我が社に来たのは何故かね?」

「デュノア社が、フランスで最も力のある企業だったからです。私は単純に、乗りたいからISに乗っている。そのために選ぶ会社としては、デュノア社が最も都合がいい」

「ほう。君は意外に、自らの欲望に忠実なのだな」

「私は自分が戦闘狂であると自覚しています。戦うことしか出来ず、戦わなければ生きられない。だから、私に戦うための力を与えてくれるだろうデュノア社に来ました」

「ふむ……。我が社には優れた才能を持つ者が必要だった。君には自分の才能を活かせる環境が必要だった。お互いの求めるモノを与え合える関係だったわけだ」

 

 今までは、それでよかった。

 

 だがこれからは、それだけでは駄目なのだ。

 

「それで、先ほどの話に戻りますが」

「あの娘のことだったね。……大方、手を出すな、といったところかね?」

「いえ。シャルロットに、ISを与えて欲しいのです」

「……何?」

 

 私の要求がよほど意外だったのだろう、デュノア社長は目を見開いて驚いている。

 

「……君はISがどれほど貴重な物か、分かっていないのかね? あんな小娘に与えるなど、出来る筈がないだろう」

 

 冷めた眼でそう言うデュノア社長に、幾つかの資料を差し出す。

 その内容は、デュランダルと他のデュノア社製IS、そしてデュノア社が現在開発中のISのデータだ。

 

「新しいISの開発、上手くいっていないようですね」

「…………」

「一つ、噂を耳にしました。デュノア社が開発した第三世代型は、転用の利かない技術ばかりの欠陥機だ、と」

「……ほう」

 

 事実、デュランダルに使われている技術は、他のISの開発には役に立たないモノばかりだ。私の適性に合わせて作ったせいで、通常の適性で動くISとは馴染まないからだ、というのが理由らしい。

 

「ISは発展途上の兵器。すぐに第三世代型も時代遅れになる。……だというのに、あなた方が開発したデュランダルは、次に繋がらない。言わば一代限りの異端児です。これでは、また遅れを取る」

「……言ってくれるね、オルレアン君」

 

 デュノア社長の眼が鋭くなる。まるで敵を見るように、私を睨み付けて来た。

 

「これは事実です。デュランダルさえ完成させればなんとかなると考えていたのでしょうが、実際はそうではなかった。ただの時間稼ぎにしかならず、すぐにまた追い詰められる。そしてその時――果たして、私はデュノア社にいるでしょうか?」

「…………」

 

 かなり自惚れた話ではあるが、私は既にそれなりに名が売れている。IS関連において他国に遅れを取っていたフランスに、救世主が現れた、と。

 そして私が実際にモンド・グロッソで活躍すれば、さらに注目を集めるだろう。

 

 そうなれば。

 

 もう、デュノア社に拘る必要もない。

 

 フランス軍にでも行けば、喜んで受け入れられるだろう。

 

「……私を、脅すつもりか」

「いえ、これは取引です。貴方が私の願いを聞いてくれるのなら、私も貴方の期待に応える。それだけのことです。……それにシャルロットにISを与えることは、デュノア社にとっても悪い話ではないと思いますが」

「……ほう?」

「シャルロットの適性は、私と違い汎用性に優れている。マルチロール機であるラファール・リヴァイヴと相性がいい。そしてラファール・リヴァイヴこそが、デュノア社が将来開発する新型機の土台となる機体です」

「……ふむ」

 

 デュノア社長は一つ頷いて、考えを巡らせ始めた。

 デュノア社長にデメリットがほとんどないことは分かっているだろう。問題は――

 

「……なぜ、あの娘を差し出す?」

 

 ……そう、そこだ。

 

 ISはアラスカ条約により国ごとに振り分けられ、国から軍や企業に配分される。

 つまりデュノア社が持つISも元を辿ればフランス政府のものであり、デュノア社が好きに出来るわけではない。ISを専用機として個人に与えるのなら、その個人はデュノア社の人間でなければならないのだ。

 

 そしてそれは、シャルロットも私のようにデュノア社のパイロットになるということである。

 

「シャルロットの有用性は、貴方もすぐに気付いたでしょう。だから、先手を打たれる前にこちらから動いた」

「なるほど。確かに、君から釘を刺されては、私もかなり動き辛くなるだろうからね」

「そしてシャルロット自身、ISを欲しています。その理由は、私には話してはくれませんでしたが」

 

 これは大嘘である。シャルロットが戦う理由は、私にだけ教えてくれたものだ。なのに私がこの男に知らせるなどというのはシャルロットに対する裏切りに他ならない。

 

 それだけは、絶対にしたくない。

 

「……いいだろう。あの娘を我が社のテストパイロットとし、ラファール・リヴァイヴの改修機を専用機として与える」

「ありがとうございます」

「ただし。君には今以上に活躍してもらう。次のモンド・グロッソでヴァルキリーになれなければ、その時は――」

「それについては、心配には及びません」

 

 プレッシャーでも掛けるつもりだったのだろう、鋭く私を睨みながら条件を提示してきたデュノア社長に、不敵な笑みで応える。

 

 そして強がりでも駆け引きでもない、ただ私が決意したことを口にした。

 

 

 

「私がモンド・グロッソに出るとするのなら。

 ――その結果は、ブリュンヒルデ以外は有り得ない」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……どうだった?」

「おかげさまで、思うように事が運びました」

 

 社長室を出てしばらく歩くと、クロエさんが声を掛けて来た。心配してくれていたのだろう、その顔は少々不安げだ。

 

「……良かった。上手くいかなかったら私の責任だもの」

 

 先のデュノア社長との遣り取りだが、実はほとんどがクロエさんからの入れ知恵だ。私はあそこまで頭は回らない。

 

 そして何故クロエさんがシャルロットのためにそんなことをしてくれたのかと言うと、クロエさんは先日初めてシャルロットと会ったのだが、その時に随分シャルロットを気に入ったようだった。

 その時の様子を掻い摘んで説明すると――

 

 

 

『はじめまして、クロエさん。アンジェからよく話を聞いてます。僕はシャルロット。シャルロット・デュノアです』

『……き……』

『?』

『きゃああああっ!! かわいーっ!!!』

『うわっ!?』

『やーん、やわらかーい! あったかーい! なんかいい匂いがするーっ!!』

『わぷっ!? もごもご……!!』

『ああん、もう、アンジェったらいいなー! 私もこんな妹が欲しー!!』

『むぐっ! むぐぐー!?』

『髪もキレイな金色だし! あ、このリボンしてくれてるんだ! これね、アンジェがね、妹へのプレゼントはなにがいいかって相談してきたから、私が一緒に選んであげたのよっ!!』

『む……ぐ、う……』

『えへへー、困ったことがあったらなんでも言っていいのよ? お姉さんがいつでも相談に乗るからねっ!』

『クロエさん、その辺で。シャルロットが死にそうです』

『……あら?』

『……きゅう……』

 

 

 

 ――うむ。仲良きことは良いことだ。なんでもクロエさんは一人っ子で妹が欲しいとずっと思っていたそうだ。だが私には可愛げがないとかなんとか。

 

「これでデュノア社長も、下手なことは出来ないでしょう」

「後はあなたがモンド・グロッソで優勝するだけね」

「ええ。……そのために、もっと訓練をしなければ。またお願い出来ますか?」

「当然よ。シャルロットのためにも、あなたには頑張ってもらわないと」

「シャルロットは私の妹です。……あげませんよ」

「ええ〜!!? くれないのっ!!?」

「…………」

 

 想像を遥かに超える反応が返ってきた。物凄く不安になる反応だった。

 

 ……クロエさんも社員寮で生活しているので、その内部屋に潜入してシャルロットのベッドに潜り込んで来るかもしれない。注意しておこう。

 

「……けど、本当に大丈夫なの? シャルロットをテストパイロットにして」

「あの子が望んだことですから。出来るだけ、叶えてやりたいんです」

「ふうん。なんでそこまで、ISに乗りたいのかしらね」

「それはシャルロットに直接訊いてください。私は教えるつもりはありませんので」

「む、ズルイ! そうやってシャルロットを独占するつもりね……!!」

「そこから離れて下さい……」

 

 なんだかクロエさんのキャラがおかしい気がする。まあ仕方がない、それだけシャルロットが魅力的なのだから。

 

「それにしても、リヴァイヴの改修機か。私と同じね」

「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡといったところでしょうか」

「おそろい……シャルロットとおそろい……うふふ」

「…………」

 

 ダメだこの人。早くなんとかしないと……!

 

「それじゃあ、訓練場に行きましょうか」

「はい、お願いします」

「今度は前みたいにはいかないわよ。さらに分厚くなった弾幕をおみまいしてやるわ」

「また装備を増やしたんですか……」

 

 最近のクロエさんの専用機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムは、それはもう凄いことになっている。ハリネズミのように武装しており、重くなった機体を動かすためにスラスターを増設、そのせいで燃費が悪くなり、短期決戦で弾薬を使い切るためにとにかく撃ちまくる。

 その弾幕は強力とか分厚いとかそういうレベルではなく、もはや巨大な壁が迫ってくるかのような重圧がある。

 

 それを突破していくうちに、私の機動も磨きが掛かってきたことは感謝している。そして同時に、かつての戦闘スタイルが見る影もなくなってしまったことが申し訳なくて仕方ない。

 

(……負けられんな。クロエさんのためにも)

 

 そうまでして、私の訓練相手に徹してくれている。

 

 その想いを、無駄にするわけにはいかない。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 それからしばらくして、シャルロットに専用機が与えられた。名前はやはりラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。通常のリヴァイヴの豊富な武装という長所を伸ばしつつ機動力も確保された、素晴らしい仕上がりの機体である。

 

「ほら、撃つときも動きを止めない! 狙われるわよ!」

「くうっ……!」

 

 そして今は、シャルロットとクロエさんで訓練をしている。クロエさんは教え上手でシャルロットも飲み込みが早く、見ているだけでも有意義な訓練だ。

 

 ……念の為に言っておくと、今のクロエさんのラファール・リヴァイヴ・カスタムは対私仕様の装備ではなく、第二回モンド・グロッソ出場時の、クロエさん本来の装備に戻してある。

 

「やあっ!」

「避ける時も体の軸はブレないように! そんなんじゃいくら撃っても当たらないわよ!」

「はああっ!」

「マシンガンでそんなに狙ってどうするの! それはこの距離じゃ牽制用、適当に散らすくらいの気持ちでいなさい!」

「はい!」

(ふむ……)

 

 本当に飲み込みが早い。同じミスは二度せず、一つの指摘から四も五も学ぶ。クロエさんも教え甲斐があるだろう。

 

(なにより……)

 

 シャルロットのアサルトライフルが弾切れになった隙を突いて、クロエさんが突撃。接近戦用の小回りが利くハンドガンを展開し、撃ち込もうとして――

 

「ここだっ!」

「!」

 

 ――ショットガンの銃口に、出迎えられた。

 

 才能溢れるシャルロットだが、その中でも特に目を引くのがこれだ。

 

高速切替(ラピッド・スイッチ)〕。

 

 文字通り、武装の格納・展開を素早く行う技能であり、豊富な重火器を装備しているラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡとは極めて相性の良い技能だ。

 事実、突撃を仕掛けた筈のクロエさんが、逆に不意を突かれた形になっている。

 

(それに、武装の選択も正しい)

 

 高速切替を活かすには、状況に合わせて最適な武装を瞬時に選ぶ能力が必要だ。シャルロットはそれについても十分なものがあり、今も実に理にかなった武装を選択した。

 

 あとは――

 

「甘いっ!」

「うわあっ!?」

 

 ――理屈以外のことを学べば、完璧だ。

 

 シャルロットの攻撃は、クロエさんに読まれていた。クロエさんは散弾が撃ち出される直前に瞬時加速を発動して回り込み、ハンドガンの連射を叩き込んだ。

 

 そう、シャルロットは少々セオリーに忠実過ぎる。それ故に読みやすく、クロエさんのような経験豊富な者にとっては付け入る隙となるのだ。

 戦いにおいては、正しい選択が最善の選択とは限らない。同じ問題ならば、相手も正解を知っているかもしれないのだから。時には敢えて間違った選択をし、心理的な死角を突く必要もある。

 

 ……まあそれは、経験を積めば自然と覚えていくだろう。

 

「一回失敗したくらいでなに呆けてるの! そういう時こそすぐに対応する!」

「は、はい!」

「手が止まってるわよ! ちょっと攻められたくらいで簡単に防戦にまわらない!」

「はいっ!」

「だからって闇雲に突撃しないの! 相手の動きを良く見なさい、攻撃してるってことはそれだけ防御が疎かになってるんだから、そこを見極めて反撃しなさい!」

「はいっ!!」

 

 一回の模擬戦の間にも、シャルロットのレベルは見る間に上がって行く。砂地に撒かれた水のように、クロエさんの技術を吸収している。

 それにクロエさんがどれだけ激しい銃撃をしても、決して眼を逸らさない。しっかりと見て、少しでも多くのことを学ぼうとしている。

 

 ……勇敢だな。まるで獅子だ。

 

(これは、ひょっとすると……)

 

 いずれ、私を超えるかもしれない。

 無論、まだまだ負けてやるつもりはないが、しかしその可能性は十分にあるだろう。

 

(……素晴らしい。いつかお前と、肩を並べて戦えるかもしれないとは。……なにより――)

 

 

 

 ああ、まったく。本当に困ったものだ。

 

 これはもはや性質というより、先天性の病気かもしれない。

 

 相手は私の、最愛の妹だというのに。

 

「私は、お前と戦いたい――シャルロット」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……小娘が。調子に乗りおって」

 

 先日、オルレアンから持ち掛けられた取引に応じ、あの女の娘に専用機を与えた。それにより得られたデータは確かに有用なモノだったが、それでも少々物足りない。しかしこちらがあの娘を実験体として使おうとすると、必ずオルレアンの邪魔が入る。

 

「少々、甘やかし過ぎたか……」

 

 我が社がどれほどオルレアンを必要としているか、それをオルレアンは良く分かっている。故にオルレアンに求められれば無碍には出来ないのだ。

 

 そこに付け込んで、あの娘を本当にただのテストパイロットのように扱わせている。

 

「時間が無いというのに、手間取らせおって」

 

 取引の際にオルレアンが言った噂だが、厄介なことに、フランス政府の耳にも入っている。それからというもの、二機目の第三世代型を開発しろと催促されているのだ。オルレアンにしか使えない機体など、オルレアンを失えばなんの役にも立たないのだから。

 代替の利かぬ個人に頼ったツケと言われればそれまでだが、今はそんなことはどうでもいい。我が社は早く次の機体を作り、もう一度、フランス政府に我が社の開発力を示さなければならない。

 

「そのためには、なんとしても、あの娘に……」

 

 あの娘の適性は流石にオルレアンには劣るが、それでも十分に優秀であり、なにより安定している。開発に大きく貢献することだろう。

 

 ――だがそのためには、あの娘でいくつか実験をしなければならないのだ。オルレアンに邪魔されろくに出来ていない、実験を。

 

「……ふん。だがそれも、もう終わりだ」

 

 オルレアンは少々私を侮り過ぎた。私が大人しくオルレアンに従い続ける筈がない。

 

 私も、準備を進めているのだ。

 

 オルレアンを、永遠に我が社につなぎ止めておくための、準備を。

 

「クク……調度良い。あの娘だけでなく、お前にも、我が社に尽くしてもらおうか――アンジェ・オルレアン」

 

 

 




そろそろアンジェ編終盤。あくまで外伝なので展開がずっと駆け足でしたが、楽しんでいただけているでしょうか?
いつも好き勝手書いてるので、それだけが不安です。

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