とりあえず外伝終わるまで毎日更新を目指して頑張ります。
……達成できるかは分かりませんが。
「はっ、はっ、はっ、……っ、はあっ……!」
フランスのとある街。
田舎と言うほど静かではなく、都会と言うほど騒がしくない。そんな街。
「はあっ、はあっ、……んくっ、はあっ、はあっ……!」
その街の裏路地を、一人の少女が走っている。
十歳前後の、鮮やかな金髪の少女。
名を、シャルロット・デュノアという。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!」
時折後ろを振り返りながら、必死に走る。
とうの昔に息はあがり、心臓が張り裂けそうなほどに激しく収縮を繰り返す。
何度も足をもつれさせ、誰が見ても限界と分かる状態になりながら、それでもシャルロットは走り続ける。
「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ! はあっ……!!」
何故そこまで走るのか。
――追われているからだ。
「はあっ! はあっ! ぜえっ! はあっ! ……ま、まだ……!?」
シャルロットは知らないことだが、彼女を追っているのは、人身売買を生業の一つとする犯罪組織の構成員たちである。彼らは街中で高く売れそうな者を物色していたのだが、まだ幼いにもかかわらず既に人目を惹きつける容姿を持ったシャルロットを見掛け、目を付けていたのだった。
シャルロットが一緒にいた母親とはぐれたのを見計らって動き出し、追跡を開始。聡いシャルロットはすぐに身の危険を感じて逃げ出したが、子どもと大人では体力に差が有り過ぎる。
加えてシャルロットは今日初めてこの街に来たので、地形など当然分からない。ただ闇雲に走っているだけだ。対する男たちはこの街を狩場とするならず者だ。地図にも載っていないような細い路地も全て把握している。
故に、シャルロットがいくら必死に逃げようと――
「いらっしゃい、お嬢ちゃん」
「っ!!?」
回り込み待ち伏せるなど、造作もない。
「よくもまあ、手間掛けさせてくれやがったな、ガキ」
「あ、あっ……!」
「けどまあ、それもここまでだ」
「そう怯えんなよ、別に取って食いはしねえよ」
「そうそう、それに将来ベッピンになんのが約束されてるような顔じゃねえか」
「結構可愛がってもらえるかも知れねえぜ? ……まあ、お前を買うのが変態親父じゃねえことを祈んな」
「い、いや……!」
男たちはシャルロットを取り囲み、ポケットからスタンガンを取り出した。獲物を極力傷付けず、尚且つ確実にその意識を奪うための、実に効率的な道具。
シャルロットは必死に逃げ道を探すが、そんなものはどこにもない。そして逃げ回るうちにかなり奥まで誘導されたため、叫び声をあげても誰にま届きはしない。
全てが計算ずく。男たちが動き出した時点で、シャルロットが逃げられないことは決定していた。
「やだ……いやだ……」
恐怖に涙を流すシャルロットに、バチバチと音を立てながら、スタンガンが近づいて行く。
シャルロットがいくら懇願しても意味はない。そんなものに動かされる心を失くす程度には、男たちは人攫いに慣れていた。
「だれか……!」
逃げることも出来ず、男たちには良心など欠片もない。
故に、シャルロットが助かるとしたら。
「――下種が。畜生にも劣るぞ、貴様ら」
その場にいない筈の、第三者の介入しか、有り得ない。
――――――――――
今日はずっと前から楽しみにしていた、お母さんと一緒に出掛ける日。久しぶりだからちょっと遠くに行こうということで、家のある田舎町を離れて、大きな街まで出てきた。
見たこともないくらい大きな建物やお店がいっぱいあって驚いていると、お母さんは世界にはもっと大きな街がいっぱいあると言って、それを聞いてもっと驚いた。
楽しくって、はしゃぎ回って……気が付いたら、お母さんとはぐれてしまっていた。
その、すぐ後だった。
知らない男の人たちが、僕を追い掛けて来たのは。
「やだ……いやだ……」
すごく嫌な感じがして、すぐに逃げた。けれど知らない街の中だからすぐに迷ってしまって、あっという間に捕まってしまった。
男の人たちはすごく冷たい目で僕を見下ろしながらなにか喋っているけど、僕は怖くてなにもわからなくなっている。
ただ、もうお母さんに会えないということだけは、なんとなくわかってしまった。
「だれか……!」
……そんなのは、嫌だ。絶対に嫌だ。
だから、誰も来ないって分かっているのに、助けを求めた。
……そう、誰も助けに来ない。
そんな白馬の王子様みたいなのは、物語の中だけのことだって、僕はもう知っている。
――だから、本当にびっくりした。
「下種が。畜生にも劣るぞ、貴様ら」
だって、こんなのは。
本当に、物語の中みたいだったから。
――――――――――
「誰だっ!?」
突然聞こえてきた声に、男の人たちが慌てて振り返る。
僕もそっちを見ると、そこに居たのは――
「……ガキ……?」
僕と同じくらいの歳の、女の子だった。
肩口で切り揃えた金髪に、青い瞳。
男の子が着るようなデザインの、深い青色の服を着た、目つきの鋭い女の子。
……そう、女の子だ。
「に、逃げてっ!!」
このままじゃ、この女の子も捕まってしまう。そう思ったら、ついそう叫んでいた。
すると女の子はキョトンとして、ちょっとしてから呆れたような、それでいて嬉しそうな顔をした。
「優しいな、君は。それに勇敢だ。こんな状況なら、普通は助けを求めると思うが」
「え……?」
「心配してくれてありがとう。だが、私は大丈夫だ」
頼りがいのありそうな笑顔で、そんなことを言う。
なんだかすごく大人びた雰囲気だけど、相手は本当の大人だ。しかも四人。すぐに逃げないと、逃げられなくなる。
なのに。
この子なら大丈夫だと、根拠もないのに、思ってしまった。
「なんだ? このガキ」
「知るかよ。……ちっ。見られちまったんじゃ仕方ねえ、こいつも攫ってくか」
「あいよ。……お? なんだよ、こいつもかなり素質ありそうじゃん。へへっ、ラッキー! 今日は大漁だな!」
「さあて、そんじゃ、仕事だ」
僕が逃げないようにか、一人を残して男の人たちが女の子に近づいていく。手にはスタンガンを持って、嫌な笑い声をあげながら。
「大人しくしろよ、お嬢ちゃん。あまり手間掛けさせんな」
「そうか。なら――手早く終わらせるとしよう」
「逃げ……!?」
手を伸ばせば届くくらいの距離になっても、女の子はまったく動こうとしない。
だからもう一度、荒い息を押さえつけて、叫んだんだけど――
「……この程度か。人攫いなどするくらいだから、多少は腕に覚えがあるかと思ったのだが」
……一瞬、だった。
正直に言って、何が起きたのかまったく見えなかった。気が付いたら男の人たちが全員倒れていて、女の子はつまらなそうな顔をして立っていたのだ。
「つまらん。こんな連中、何百人倒したところでなんの誇りにもならん」
「な……な、な、何をしやがった!?」
僕を見張っていた男の人が、慌てて女の子に向き直る。スタンガンを構えて女の子を睨みつけるけど、腰が引けていて、女の子を恐れていることが僕にもわかった。
「何をしたって訊いてんだ!!」
問いかけに答えず、鋭い目で睨みながら、男の人に近づいて行く女の子。
すぐに手の届く距離になって、男の人がスタンガンを突き出す。
「こ……このや――!?」
……今度は、見えた。それは多分、女の子が手加減したからだと思うけど。
女の子は突き出されたスタンガンを避けると、男の人の手を取って軽く引っ張った。
すると男の人はバランスを崩して前につんのめり、その顎にパンチを繰り出す。
それだけだ。それだけで、男の人は気を失って倒れてしまった。
「ふん。最近はこんな輩ばかりだな」
見下ろしながらそんなことを言う女の子。
その目はすごく冷たかったけど、僕の方を振り返って、それとは全然違う優しい目で話しかけて来た。
「大丈夫か?」
「え? あ、うん、大丈夫……」
「……まだ呆然としているな。あんな目に遭っては、仕方ないか」
いや、僕が呆然としてるのは君のせいなんだけど。
「さて、どうやら君はこの街の人間ではないようだが、まさか一人で来たわけではないだろう?」
「え? あ、うん。お母さんと一緒に来たんだけど……はぐれちゃって……」
「分かった。ではとりあえず、表通りまで行こう。お母さんも君を探している筈だ、警察に行けばすぐに見つけてくれるだろう」
そう言って、女の子は歩き出した。僕もその後に付いて行く。
しばらくすると、段々人の話し声とかが聞こえて来て、表通りに近づいて来ているのがわかった。
――すると。
「……ット! シャルロット! どこにいるの!? シャルロット!!」
「お母さん!!」
たまらず、走り出す。さっきあんなに走ったのに、全然疲れを感じない。
僕の声に気づいたお母さんが振り返り、僕を見付けて駆け寄って来る。
「シャルロット!!」
「お母さん!!」
「もう、どこに行ってたの!? 心配したのよ、攫われてしまったんじゃないかって……!」
「うん、実は……」
そしてお母さんに、男の人たちに追いかけられたこと、逃げたけど逃げられなくて、捕まりそうになったことを話した。
「そんな、大丈夫なの!? 怪我してない!?」
「うん、僕は平気だよ、お母さん。あの子が助けてくれたんだ」
後ろを振り向いて、優しい顔で微笑んでいる女の子を指差す。お母さんはすごく驚いた顔をしてから、女の子に近づいて深々と頭を下げた。
「娘を助けてくれてありがとうございました。……あなたも大丈夫? 怪我はしてない?」
「大丈夫です。娘さんが無事で良かった。……この街はあまり治安が良くない。気をつけて」
「ええ、ごめんなさい。……本当に、ありがとう。娘が危ないところを、助けてくれて」
「いえ、気に食わない連中をのしただけですので。……それでは、私はこれで」
「あ……ま、待って!」
言うことだけ言って立ち去ろうとする女の子を引き止める。このまま行かせるなんてとんでもない。何かお礼をしないと。
「助けてくれてありがとう。何かお礼できないかな」
「そんな目的で助けたわけではないんだが」
「それじゃあ私たちの気が収まらないわ」
「そうだよ。……そうだ! ねえお母さん、うちに招待しようよ。一緒に晩御飯食べよう!」
「それはいいわね。……ねえ、どうかしら?」
「……それでは、お邪魔させていただきます」
「やったあ!!」
「じゃあ、家は遠いから、ご両親に許可をもらわないと」
「その必要はありません。私に親はいませんので」
「「あ……」」
なんでもないことのように言われた、その言葉。
思わず固まってしまった僕たちを見て、女の子が「しまった」という顔をする。
「……ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください。顔も覚えていない親です。私にとっては、いなくて当たり前ですから」
「「…………」」
そんなことを言われてしまうと、ますますどうすればいいかわからなくなってしまう。
それに気づいたのか、女の子はさらに困った顔になった。
「……ええと……」
「……ごめんなさい。悪いことを言ってしまって」
「いえ、気にしないで……むう、続けても悪循環になるだけか……」
「…………」
「……では、詫びを兼ねてということで、私を招待してください」
「……そうね。変に気を使うのも、かえって悪いわよね」
「それじゃあ――」
「ああ。邪魔させてもらうよ」
「やったあ!」
「ふふ、良かったわね、シャルロット。新しいお友達ができて」
「うんっ! ……あ、そうだ」
大事なことを忘れていた。
僕はまだ、自己紹介をしていない。
お母さんが何回も呼んでるからこの子は僕の名前を知っているだろうけど、僕はまだこの子の名前を知らない。
それに僕の名前も、ちゃんと自分で伝えたい。
「僕はシャルロット。シャルロット・デュノア」
そう名乗ると、女の子は背筋を伸ばして、威風堂々と名乗り返した。
「アンジェ。アンジェ・オルレアンだ」
……僕は最初、この女の子を見たとき、白馬の王子様みたいだと思ったけど。
少し違った。この子は――アンジェは、王子様じゃない。
「シャルロット。優しく勇敢な君の友人となれたこと、誇りに思う」
例えるなら。
鎧を身に纏い、剣を帯びた。
――誇り高き、騎士。
とりあえず、なんでこの時点でシャルがデュノアなのとか僕っ娘なのとか色々ツッコミどころがあるとは思いますが。
細けぇこたあいいんだよっ!(ごめんなさい)