IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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いやあ、真改喋ったなあ。もう一生分くらい喋ったんじゃないかねw


第38話 双月(命銘編)

 戦うことしか出来ないのなら。

 

 

 

 それしか能が無いのなら。

 

 

 

 何の為に戦うのか。

 

 

 

 それだけは、自らの意志で決める。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「おや、お目覚めかね? おそよう、井上君」

「…………」

 

 目が覚めて早々に、如月社長の薄ら笑いに出迎えられる。

 ……正直、あまり気分のいいモノではない。そして「おそよう」というのはなんだ。嫌味のつもりか。

 

「……ふむ。一体なにがあったのやら。ほんの十分前までと、随分目つきが違うねえ。……君らしい目になっているよ」

「…………」

 

 今は社長の問いに付き合っている時間はない。先程まで戦っていた二人がシェルターの外に居る筈。隔壁の向こうから、絶え間ない破壊の音が聞こえる。

 

 ――迎え撃つ。

 

 そのために体を起こそうとして、社長の隣に横たわる、親友の姿を認めた。

 

「……本音……!」

 

 自分でも驚くほどに慌てた声を出しながら、本音に駆け寄る。本音は息が荒く、全身にひどく冷たい汗をかいていた。

 

「……何が……!?」

「朧月をずっと修理してたのさ。大分無理したみたいだけど、まあ命に別状はないよ。後遺症とかも、多分残らないだろう」

「……馬鹿な……!」

「おっと、怒らないでやってくれ。布仏君は自分の意志を貫いただけだ。そのおかげで、朧月も相当いい感じだと思うけど」

「…………」

 

 ……確かに、朧月はかなり回復している。エネルギーはほぼ全快、装甲も八割方修復されていた。

 

「…………」

 

 時間を確認すると、あれから十分弱しか経っていない。そんな短時間で大破したISをここまで直してみせるなど、常識外れにもほどがある。

 ……本当に、どれほど無茶をしたのやら。

 

「……馬鹿者……」

 

 意識のない本音を抱き起こす。届くことはないだろうが、それでも一言、感謝の言葉を言いたかった。

 

 しかし、そこで。

 

 本音が、うっすらと目を開けた。

 

「…………あ…………」

「…………」

 

 焦点のほとんど合っていない瞳で、しかし己の顔をしっかりと見る。

 

 そのまま暫く、呆然とし。

 

 

 

「……おかえり〜……いのっち〜……」

 

 

 

 そんなことを、言った。

 

「…………」

 

 頭痛でもするのか、苦しそうに眉根を寄せて、しかしそれでも、にへら、と笑ってみせる。

 そんな本音の姿に、己は一瞬、なんと応えればいいのか分からなくなった。

 

 ……それでも、何か、言わなければ。

 

「……世話をかけた……」

「んん〜……? ……なんのことかな〜……?」

「…………」

 

 辛そうなのに、嬉しそう。

 

 そんな様子で、本音は己の顔を見上げ続ける。

 

 ……まったく、こいつは。

 

 人のことは言えんが、相当な阿呆だ。

 

 だが――だからこそ、共に歩みたいと思う。

 

「……行ってくる……」

「……だいじょぶ〜……?」

 

 己の言葉に、途端に不安そうな顔になる。

 無理もない。あれほどの無様を晒した直後だ、そんな己を戦場に送り出すなど、不安があって当然だ。

 

 だから、本音が安心出来るように、微笑んで見せた。

 

 上手く出来たという、自信はないが。

 

 それでも本音は、満面の笑みを返してくれた。

 

「……今度こそ……」

「んん〜……?」

「……すぐに、戻る……」

「……うん。待ってるよ〜……行ってら……しゃい、いの……っち……」

 

 ……そうして、また本音は意識を失った。

 

 その寝顔が先程のものに比べて随分安らかに見えるのは、己の気のせいではないと思いたい。

 

「行けるかね、井上君?」

「……無論……」

 

 朧月の傷は本音が癒やしてくれた。

 そのための時間は社長たちが稼いでくれた。

 

 ここから先は、己の役目だ。

 

「うんうん、ようやく調子が戻って来たみたいだねえ。これなら安心だ。……けどまあ、一応僕らからも、少し援護をさせてもらうよ」

「……?」

「網田君、準備はどうだい?」

「完璧です。いつでもやれますよ」

「よし、それじゃあ出撃と行こうか。……頼んだよ、井上君」

「……承知……」

 

 シェルターの隔壁に向き直り、その先に居る侵入者たちを迎撃すべく、己は相棒へ語り掛ける。

 

「……往くぞ……」

 

 

 

 返答は、眩い光の奔流だった。

 

 己を、朧月を包み込むように、溢れた光が球状の形を成す。

 

「これは……!」

「おお……!」

 

 社長たちが感嘆の声を漏らす。

 

 それが、言いようのないほどに誇らしい。

 

 彼らもまた、己を認めてくれた人たちだ。

 

 その期待に――今から、応えて見せよう。

 

「まさか……まさか、目の前で見られるとはねえ……!」

「…………」

 

 光の中で、朧月が徐々に形を変えて行く。

 

 朧月曰わく、己に相応しい業物へと。

 

(……お前の主と成れたこと……)

 

 ならば、己も。

 

 お前に相応しい、使い手となる。

 

 どれほどかかるか分からないが、いつか必ず、「彼女」の剣を完成させ――

 

 ――そして、超える。

 

(……心から、誇りに思う……)

 

 目指すは、世界最強。

 

 その道のりは果てしなく遠く、そして険しい。

 

 故に。

 

 この程度の小石に、躓いている暇などない。

 

(……共に、往こう……)

 

 そうして、光が収まると。

 

 そこには、新たなる力を得た朧月の姿があった。

 

 それは、ISに備わる自己進化機能、操縦者とのシンクロ機能の、最も代表的な発現。

 

 己の決意を、認めてくれた証。

 

 己が、朧月の主と成れた、その証。

 

二次移行(セカンド・シフト)……!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ああ、ったく、なんだよこの隔壁! 頑丈過ぎんだろっ!」

「だが手応えからして、そろそろ破れる筈だ」

 

 侵入者たちが隔壁に攻撃を加え始めて、十分が経とうとしていた。

 IS二機の猛攻に十分間も耐えるなど規格外もいいところだが、しかしそんなことに感心している暇はない。もういい加減、救援部隊が到着してもおかしくないのだ。

 このシェルターが「アタリ」だという保証はないが、少なくとも如月社長と真改、本音がいる。人質にでもして脅せば目的の物が手に入るかもしれないという望みに、二人は賭けているのだった。

 

「せめてあの変態だけはぶっ殺す……!!」

「そうだな。奴だけは、絶対に生かしておけん……!!」

 

 ……訂正。二人は既に当初の目的など忘れていた。今の二人を突き動かしているのは如月社長に対する憎悪だけだった。

 

「絶対に許さねえ……! 追い詰めて追い詰めて、肥溜めにブチ込んでやるっ……!!」

「抉らせてもらうぞ、変態ども……!!」

「「ククククククククク……!!」」

 

 不気味な笑みを浮かべながら物言わぬ隔壁に八つ当たり気味の攻撃を仕掛ける様はエージェントというよりサイコパスだったが、二人にとってそんなことはどうでもいい。

 任務より私怨を優先するくらいには、二人が精神に受けたダメージは大きかった。

 女の子(?)の心に深い傷を付けた罪は極めて重く、死をもって贖われなくてはならない――普段は仲の悪い二人の思いが一つになった瞬間である。

 

 

 

 ――そんな時のことだった。

 

 

 

 ――――カサカサカサカサ――――

「「ひいいいいいぃぃぃっ!!?」」

 

 耳にこびり付いて離れない、あの音が聞こえた。

 コマ送りのような速さで振り向き、全ての武器を音がした方へ向ける二人。長い通路の先にある曲がり角を睨み付け、気を抜くとカチカチと鳴りそうな歯を食いしばる。

 

「なんでまだ来るんだよおおお……!?」

「嫌だ……もう嫌だあああ……!!」

 

 折れる寸前の心を奮い立たせ、迎撃体勢へ移行。姿を見せた瞬間に粉々に吹き飛ばす準備を整える。

 

 ……しかし、いくら待っても生体兵器は来なかった。音は相変わらず聞こえて来ているが、移動している様子はない。ただ壁の向こう側で、凄まじい数が集まりつつある。

 気味の悪い状況に、しかし侵入者たちはさらに眼差しを鋭くさせ、いかなる出来事にも対応出来るよう意識を集中させる。

 

「なんだよ、なんなんだよ、なにかんがえてんだよおおおお……!」

「く、くそう……! くるならこい、みなごろしにしてやる……!」

 

 だが涙目だった。

 

『お耳を拝借ううううううぅぅぅぅっ!!!』

「「ひゃああああああああっ!!?」」

『あー、あー、マイクテ「ざっけんなてめえぶっ殺すぞっ!!」おっと、これは失礼』

 

 そんな時にいきなり大声を掛けられてびっくりしたオータムがキレる。エムは胸を押さえて呼吸を整えていた。

 

『侵入者諸君。よくぞここまで辿り着いた。誉めて遣わす』

「なんだよそのキャラ……」

「というか着くだけならとっくに着いていたんだが」

『と、に、か、くっ!! その健闘に敬意を表して、我々は諸君にチャンスを与えることにした』

「チャンスだと……?」

「てめえ……自分らの立場が分かって『これから僕が出す課題をクリア出来たら、諸君の要求に応えよう』聞けよっ! ……って、今なんつった!?」

『僕の出す課題をクリア出来たら、要求に応えるって言ったのさ』

 

 それは、侵入者たちにとっても渡りに船な申し出だった。

 課題とやらがどんなモノかは分からないが、それをクリアすれば目当ての物が手に入る。社長が約束を守るという保証はないが、このまま隔壁を破ってもやはり手に入る保証はない。

 ならば隔壁への攻撃を続けつつ、社長の話だけでも聞いてみるのもいいかも知れない。

 

「……で、なんだよ、課題ってのは」

『……決闘さ』

「何ぃ?」

『これから君たちには決闘をしてもらう。相手はさっき君たちが倒した女の子。勝てば課題はクリアだ。……ああモチロン、そちらは二人掛かりで構わないよ』

「……私たちを舐めているのか?」

『まさか。僕はいつだって大真面目さ』

「……へっ。何を考えてんのか知らねえが、いいだろう。受けて立つぜ。……アレの相手するよりゃ遥かにマシだし」

『よし。それじゃあ――決闘場を用意しよう』

「「!?」」

 

 突然、通路に轟音が響き渡る。壁の向こうに犇めいていた生体兵器の群が、一斉に自爆したのだった。

 

「なんだ!? なんのつもりだっ!?」

「まさか、壁を……!?」

 

 ……壁を、崩している。

 

 無数の生体兵器の命が炸裂し、地下通路の壁を盛大に破壊して、一つの空間を作っている。

 

 決して広過ぎず、しかし狭くはない。

 

 それは――

 

「……僕らに出来るのはここまでだ。後は頼んだよ、井上君」

「……いざ……」

 

 ――真改と朧月が、最も得意とする間合いである。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 隔壁が開く。

 

 その先には、壁が崩れ落ち、もはや広間と呼ぶべき空間に成った通路があった。

 

 網田主任が、自らの子どもたちを使い切って作り出した、己のための決闘場。

 

(……無駄にはせん……)

 

 ――必ず、勝つ。

 

 その意志を全身に漲らせ、踏み出す。

 

 前へ。敵の居る、前へ。

 

「てめえ……」

「その機体は……!」

 

 背後で隔壁が閉まる。IS二機による猛攻を一身に受けた隔壁は崩壊寸前だったが、それでも最後まで持ちこたえ、そしてまだ動く。

 その様に気高ささえ感じた己は、少々気が高ぶり過ぎているのかもしれない。

 

「……直ってやがる。あんな短時間で直したってのか?」

「しかも、二次移行だと? 一体なにが……」

「…………」

 

 侵入者たちの驚きの表情。実に気分が良い。

 その顔は、己の親友が成し得た偉業の証明に他ならないのだから。

 

「…………」

 

 ……さあ、決闘を始めよう。

 

 己の意志を貫くために。

 

 相手の意志を斬り伏せる。

 

 そのために、まずは。

 

「……井上真改……そして……」

 

 名乗りを上げよう。

 

 己の名と、真に己の相棒となった者の名を。

 

「……朧月・双重(ふたえ)……」

 

 さあ、初陣だ。

 

 刻み付けてやろう、己たちの名を。

 

 目の前の敵に。

 

 そして、世界に。

 

「――いざ」

 

 刻み付けてやろう、己たちの道を。

 

 己の技で、お前の刃で。

 

 ……そして、認めさせてやる。

 

「推して参る――!!」

 

 剣を振るうしか能のない己にも。

 

 そんな己に付き合う酔狂な刀にも。

 

 為せることが、あるのだと――!

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「正面からだと? 愚かな。二次移行して調子に乗ったか?」

 

 スラスターを起動した己に、侵入者たちが銃を向ける。見下したような言葉とは裏腹に、そこに油断や慢心はない。

 

 ――ならば、真っ正面から突き崩す。

 

 水月を起動。双発式に成ったユニットに、カートリッジが装填される。

 そしてさらに、第二形態に成って追加された機能が、その力を発揮する。

 

 ――エネルギー充填。〔月灯(つきあかり)〕、発動――

 

 ゴヒュウンッ!!

「なん――!?」

 

 ――月灯(つきあかり)。カートリッジを起爆させる際に月光に匹敵するエネルギーを用いることで炸薬をプラズマ化させ、爆発力を飛躍的に向上させる機能。

 想像を絶する加速に侵入者たちは反応が遅れ、己の接近を許した。

 

 慌てて後退する侵入者たちに向け、大型化して出力を増した月輪を振るう。そしてこちらも、追加された新機能を発動した。

 

 ――〔月華(げっか)〕、発動――

 

 月輪の刀身から、眩い蒼色の光が溢れ出る。その光が刀身を覆い、物理とエネルギーのハイブリッドブレードとも呼ぶべき刃と成る。

 それを横薙に振り抜き、二人まとめて吹き飛ばした。

 

「ぐうう……!」

「図に……乗るなあっ!」

 

 即座に繰り出された苛烈な反撃を距離を取って避ける。通路が広くなったおかげで存分な機動が出来、朧月本来の変則的な動きで翻弄する。

 月輪による高速旋回。

 水月による直線加速。

 そして床を蹴り天井を蹴り、一瞬たりとも同じ場所に留まることはない。

 

「なんて動きだ……!」

「忍者かこいつは……!」

「……っ!」

 

 一瞬の隙を突き、水月で接近。アラクネを装着した女に突撃する。

 月光と月輪・月華を振り上げ、十字を描くように斬りつけたが――

 

「そう何度も喰らうかよっ!」

「……っ」

 

 素早く後退して攻撃を避けた女は、八本の装甲脚で己を囲い込むように重火器を構えた。

 その銃口が火を噴くよりも一瞬早く、己は二刀を振り抜いた勢いで身を沈めて脚に力を溜め、一気に跳び上がる。

 そして膝に追加された物理ブレードを、女の顔目掛けて叩き込んだ。

 

「があっ!?」

 

 両膝の二連撃。そのまま顔を膝で挟み込み、月輪で回転、首をねじ切る勢いで投げようとしたが――

 

「させんっ!」

「……っ!」

 

 サイレント・ゼフィルスによる銃撃に妨害された。

 

 強力なレーザーに装甲を焼かれ、吹き飛ばされる。それなりのダメージを受けたものの、戦闘には支障ない。

 体勢を立て直し、再び侵入者たちを睨み付ける。

 

「無事か?」

「あー、いってえ……こりゃしばらくムチウチだな……」

「…………」

「この機動、二次移行によるものだけではないな。成る程、この程度の広さでこそ、その機体の性能を十分に発揮できるというわけか」

「……はっ。それだけじゃねえよ」

「なに?」

「さっきコイツとヤった時、何かが足りねえ感じがした。どうにも物足りねえ感じがした。……思い出したぜ」

 

 女は唇の端を吊り上げ、ニタリと嗤う。

 

 そして、己を――己の眼を指差して、言った。

 

「……その眼だ。さっきの死んだ魚みてえな眼じゃねえ、その何もかも呑み込んじまいそうな深い眼が、足りなかった」

「…………」

「ハハッ。いいねえ、その眼。すげえ綺麗だよ。

 ……抉り取って、部屋に飾ってやる」

 

 酷薄な笑みを浮かべて言う女に対し、警戒をさらに強める。

 

 こいつは、こいつだけは、絶対にこの先へ行かせてはいけない。

 

 ――故に。

 

「ハハッ、ハハハハハッ!! さあ、楽しくなってきやがったぜ!!」

 

 己の眼を、寄越せと言うのなら。

 

「なあ、お前も楽しめよ! 井上、真改――!!」

 

 己は、お前の首を貰う――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 そして再び、通路に破壊の嵐が吹き荒れる。

 

 オータムとエムは一層激しい銃撃を繰り出し、真改は凄まじい機動でそれをかわしながら、一瞬の隙を見極めて斬り掛かる。

 

 銃弾とレーザーが朧月の装甲を抉り、月光と月華がアラクネとサイレント・ゼフィルスの装甲を灼く。

 

「ちぃ、大分「視えて」来たが……!」

「ハハハハッ!! 楽しいなあっ、真改ぃぃいい!!」

「……っ!」

 

 既に三者共に満身創痍、いつ誰が戦闘不能になってもおかしくない状態だった。

 真改は手練れ二人を相手に始めは互角以上に戦っていたものの、二人が朧月の機動に慣れて来るに連れ被弾するようになり、今では苦戦を強いられている。

 

 対する侵入者のエムは直撃こそどうにか防いでいるものの、反撃はほとんど当たっていなかった。

 サイレント・ゼフィルスは中距離以上での射撃戦に強い機体だ。精度を重視したFCSでは小回りが効かず、至近距離での真改の機動について行けないのだ。

 かと言って下手に距離を取ろうとすれば、壁際に追い詰められて膾切りにされるのは目に見えている。結局、広間の中央で四方八方から襲い来る斬撃を捌き続けるしかなかった。

 

 ……問題は、もう一人の侵入者――オータムだった。

 

「ハッ、ハハハッ、アハハハハハッ、ハハッ、アハハハハハハハッ!!!」

(……これはっ……!)

 

 真改の猛攻を、致命傷にならないギリギリのところで避けている。

 異常としか言いようのない反射神経による見切りに加え、光の刃が鼻先を掠め装甲を切り裂いてもまるで意に介さない。

 

 ――アドレナリンの過剰分泌。

 

 それがオータムの潜在能力を引き出し、驚異的な戦闘力を発揮させているのだ。

 

 ……そしてその在り様に、真改は覚えがあった。

 

(……まるで、あいつの……!)

 

 かつての仲間の一人。

 

 誰からの理解も求めず、ただただ孤高を貫き、自らの思想を掲げ続けた異端者。

 

 決して戦闘者としての才能に恵まれていたわけではなかった彼が、それでも仲間の中で随一の強者であったのは、彼が常に今のオータムと同じ状態にあったからだ。

 故に狂人でもあったのだが、こと戦闘においてはそれはプラスにもなる要素であり、自らの命にすら一切の価値を見いだしていなかったからこそ凄まじい戦いが可能だったのだ。

 

(……お前もまた、亡霊ということか……!)

 

 心が、魂が死に絶えて、それでも尚戦い続ける亡霊。

 それと再び相見えたのは、因縁か運命か。

 

(……否。こいつは、あの男とは違う……)

 

 オータムはまだ、あの狂人の域にまでは達していない。いや、このまま行っても、あそこまで狂うことは恐らくないだろう。オータムの狂気と彼の狂気は質が違うと、真改は感じていた。

 

 オータムが楽しんでいるのは、飽くまでも戦いだ。

 その先にある「死」を楽しんでいたあの男とは、似てはいるがまるで違う。

 

 ――ならば。

 

(……恐れるに、足らず……!)

 

 この刃は、十分に届く。

 

「疾っ……!!」

 

 真改は水月を起動、勢いを増した加速で、オータムの懐に一気に踏み込む。

 途端に降り注ぐ、迎撃の銃弾。それに装甲を削り取られながら、月輪を起動する。

 

「さあ、来やがれ――!!」

 

 全方位から浴びせられる銃火の嵐を弾き飛ばすように、朧月が回転する。

 同時に溢れ出すのは、紫と蒼の極光。

 

 月光と月華による、連続斬撃。

 

「オオオオオォォォッ!!」

「ハアアアアァァァッ!!」

 

 八本の装甲脚から繰り出される猛撃を、二振りの刀で斬り抜ける。

 

 その様は神話の怪物に挑む戦士そのものであり、そのただ中に居る真改は、言い知れぬ高揚を感じていた。

 

(……そうだ、これが……!)

 

 全てを手に入れるか、全てを失うか。

 

 己の全てを賭けて臨む、極めて愚かでありながら、人の心を惹きつけて止まないモノ。

 

 

 

 ――決闘。

 

(……これこそが、己の……!)

 

 血湧き肉踊る。

 

 魂が歓喜の雄叫びをあげる。

 

 体が傷付く痛みさえも心地良い。

 

 

 

 ――これが、真改の。

 

(己の望んだ、闘い――!!)

 

 

 

「オオオオオォォォアアアアアァァッ!!!」

 

 蒼色の光が、八本の装甲脚をまとめて弾き飛ばす。

 

 その勢いのままに、一回転。

 

 そして、紫色の光が――

 

 

 

「――やっぱすげえな。お前」

 

 

 

 ――オータムを、捉えた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ちいっ、これ以上は無理か……!」

「…………」

 

 絶対防御が発動し、アラクネを装着した女は気を失った。

 残るはサイレント・ゼフィルスの少女だけだが、その少女はアラクネの女を抱きかかえ、ビットを己に向け牽制している。

 

「……任務失敗、か。存外、悔しいものだな」

「…………」

「だが、命有っての物種だ。ここは退かせてもらう」

「……不可……」

 

 逃げようとする少女に一歩踏み出す。すると少女は、唇の端を吊り上げて言い放った。

 

「アラクネには自爆機能がある」

「……!」

「分かるか? 私はいざともなればこいつを置いて逃げる。その際にお前が自爆に巻き込まれてくれれば、まあ、その機体の損傷から考えて、お前も戦闘不能になるだろう。そうなれば、私はすぐさま引き返してあのシェルターに籠もっている連中を皆殺しにする」

「…………」

「無論、こんな一か八かの賭けはしたくない。だからこのまま見逃してくれるのなら、大人しく引き下がろう」

「…………」

 

 ……さて、どうするか。ハッタリの可能性も否定出来んし、そうでなかったとしても己が自爆に巻き込まれなければいいだけの話だ。

 だが朧月も己も既に限界であり、なにより賭け金が大き過ぎる。しかしここまで来て逃がすというのも――

 

『行かせてやりたまえ』

「…………」

 

 ……いいのか、社長。この二人は、貴方の子供を狙って来たのだが。

 

『君は病み上がりだ、無理はさせられないよ。それに収穫もあったんだ、ここはそれで良しとしようじゃないか』

「…………」

 

 ……社長がそういうのなら、構わない。また襲いに来るようなことがあれば、また退けるだけだ。

 

 己が構えを解くと、サイレント・ゼフィルスの少女は何も言わずに振り返り、一目散に逃げて行った。帰りの道のりを考えればのんびりしている時間は皆無であろうから、仕方のないことか。

 

『ふう……どうにか、凌いだねえ』

「…………」

 

 今回は本当に危なかった。

 

 如月社長たち、本音、そして朧月。

 誰か一人でも欠けていれば、持ちこたえられなかっただろう。

 

「…………」

 

 ……本当に、己は未熟者だ。多くの人に支えられ、ようやく立っている。

 

 そして、そんなことに気付くのにも――随分、時間が掛かってしまった。

 

『さて。それじゃあ、一旦さっきのシェルターに戻って来てくれたまえ。

 ……お姫様が目覚めた時には、やっぱり騎士が側に居ないと、格好がつかないからねえ』

「……承知……」

 

 ……騎士、か。

 己にそんな呼び名が似合うとは、思えないが。

 

 ――存外、悪くない。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 酷使し過ぎて、熱くなった頭。

 

 その額を、冷たい何かに撫でられて、私は目を覚ました。

 

「…………」

 

 重い瞼を持ち上げると、黒真珠みたいに綺麗な眼が見えた。

 

 その眼が、ほんの少しだけ、安心したように緩む。

 

「……戻った……」

「……うん。おかえり〜、いのっち」

 

 頭はまだ痛い。すごく痛い。泣きたいくらい痛い。

 

 その頭を撫でてくれている手は硬くて、ゴツゴツしてて、大きくて、傷だらけで。

 けれど冷たくて、気持ちいい。

 

 ……何かで聞いたことがある。

 

 手が冷たい人は、心が温かいって。

 

「……また、怪我してる〜」

「……済まない……」

「反省してる〜?」

「……否……」

「まったく〜。悪い子だな〜、いのっちは〜」

 

 一生懸命怒った顔を作ろうとしてるのに、自然に頬が緩んでしまう。

 ……おかしいな、お姉ちゃんは怒るとあんなに怖いのに。

 

「悪い子には、罰が必要だよね〜」

「…………」

「だから~、怪我が治るまで、無茶するの禁止〜」

「……約束……」

「……うん。破っちゃダメだよ〜? ……てひひ」

 

 本当は、指切りしたかったんだけど。

 

 そうすると、いのっちの手が離れてしまうので、やっぱりやめた。

 

「……帰るぞ……」

「うん。帰ろっか〜」

 

 IS学園に。

 

 私たちの部屋に。

 

 明日から、また、授業があるんだから。

 

 今日は早く寝て、明日また、いっぱいお話しよう。

 

 

 

 ……うん。今日は久しぶりに、良い夢が見れそうだ――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「布仏君にはああ言ったけど、本当は彼女たちの狙い、わかってるんだよねえ」

「まあ、アレしかないでしょうねぇ」

「どう? 調子は」

「あまり良くないですねぇ。エネルギーの消費が激し過ぎます。実戦では、とても使える状態ではないですねぇ」

「う〜ん、どうするかなあ……。神無月と神在月でもダメだしなあ」

「神在月でも供給が追い付きません。仮に追い付いたとしても、それでは神無月の容量がまるで足りません」

「燃費を改善しつつ、神無月と神在月も改良しないと。……あ〜、やることがいっぱいあって大変だなあ、楽しくて仕方ないなあ」

「うふふ、ああ、早く見たいですねぇ。アレを使って戦う、井上さんの姿を」

「けどこの調子じゃあ、それはまだ大分先のことになりそうだねえ。……まったく、こんな未完成な物を奪ってどうするつもりだったのかねえ」

「完成させる技術がある……というわけでは、ないでしょうねぇ。新型のISばかり狙う連中ですから、技術力はそれほどではないかと」

「なら、アレの情報は手に入れたけど、未完成であることまではわからなかった、とか? ……いや、それだと間抜け過ぎるよねえ」

「ふうむ。あと考えられるとすれば、神無月と神在月を超えるエネルギー供給ユニットを持っているか……」

「……完成させないことが、目的だったか」

「まあアレが完成して朧月に搭載されれば、井上さんは正に無敵になりますからねぇ。以前亡国機業と相対したことがあるみたいですし、危険視したのかもしれないですねぇ」

「……まあ、考えていても仕方ないか。今は情報が少な過ぎる。亡国機業のことは置いておいて、僕らは開発に専念しようか――〔月詠(つくよみ)〕の」

「そうですねぇ。まあ、また襲ってきても、井上さんがなんとかしてくれるでしょう。防衛システムも強化しましょう」

「そうだねえ。……さて、では僕らは、目先のことから片付けなくちゃねえ」

「ええ。……急ぎましょう。もうあまり、時間がありません。今日は色々なことがありましたからねぇ、やらなくてはならないことが山積みです」

「早く……早くしないと……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く今日の映像を編集して投稿しないと、来週の放送に間に合わなくなる……!!」

 

 

 

 




朧月の第二形態について。

双重という名前については、朧月が真改の記憶からスプリットムーンのデータを引っ張って来たから。
朧「月」とスプリット「ムーン」、二つ重なってるから。
うん、厨二。

新機能1、月灯は、クイックブーストがコジマ粒子をプラズマ化して発動してるらしいので。
え? 火薬をプラズマ化して意味あるのかって?
知るかそんなもん。

新機能2、月華。エフェクトはVの月光参照。もう一つの月光。威力は月光に劣るが、物理も入ってるので応用が効く。え? 二刀流は真改じゃないって?
細けえこたあいいんだよっ!!

膝のブレード。スプリットムーンにも付いてるアレ。いやだってどう見てもブレードじゃんアレ。膝蹴りの威力がエグくなる。

ハプニング映像100連発。社長と主任が毎週見てる番組。二人とも投稿の常連者なのだが投稿する内容が機密情報満載だったりR18Gだったりするので社長秘書により検閲され、採用されたことはない。
ちなみに秘書は本音を本社ビルに連れて来た人。



次回は外伝。それもスペシャルです。

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