IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

41 / 122
最近更新が早いのは、ここらへんの話は修正する箇所が少ないからです。
なのでそのうちまた遅くなります。


第37話 双月(克己編)

 悔いは無い。最後に、存分に戦えた。

 

 

 

 だが、もし誰か、これを聴く者がいたら。

 

 

 

 一つだけ、私の願いを叶えて欲しい。

 

 

 

 ……あいつに、伝えてくれ。

 

 

 

 私の剣を託せる者は。託したいと、思う者は。

 

 

 

 お前しかいない。

 

 

 

 強くなれ。私よりも、誰よりも。

 

 

 

 ……お前に、美しいと言われたこと。

 

 

 

 今でも、誇りに思っている。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「消え去れ、亡霊――!」

「ちいっ!!」

 

 スプリットムーン――IS程度の大きさに縮小されているが――を纏った男が「彼女」の剣を起動し、一気に斬り掛かって来た。己も朧月を起動し、月光の刃で男を迎撃する。

 

 二振りの紫色の光の刃が噛み合い、圧倒的な熱量に空気が爆発、己たちを弾き飛ばした。

 

「互角。……忌まわしい。まずはその偽物を、右腕ごと斬り落としてくれる!」

「ぬう……!」

 

 再び振るわれる、「彼女」の剣と月光。今度は踏ん張り、爆発に弾き飛ばされることはなかった。

 月光を振り抜いた勢いのままに月輪を起動、遠心力と推進力を載せて斬りつける。物理ブレードとして最高クラスの威力を持つ月輪の一撃が男に迫り――

 

 ガギィッ!!

「!?」

 

 ――「彼女」の剣に、防がれた。

 

「笑止。これが最強の兵器とは。所詮は遊戯に使われる玩具か」

 

 月輪を右腕一本で受けきり、男は膝蹴りを繰り出す。膝に取り付けられたブレードが、己の喉を目掛けて疾る。

 頭を傾けてそれをかわすと、再び「彼女」の剣が振るわれた。

 

「くっ!」

 

 身を屈めて避け、下から突き上げるように月光を繰り出すが、男は己の肩に蹴りを叩き込んでそれを止めた。

 

「温い。そんな剣では、己には届かん」

 

 上段から「彼女」の剣が振り下ろされる。体を捻りつつ全速力で後退するが、切っ先に装甲を抉られる。

 

「ぐう……!」

 

 地の筋力によるものか機体のパワーアシストによるものかは分からないが、力に差が有り過ぎる。手足の届く距離では不利だ。

 退がった勢いのままに距離を取り、何故か展開できた月影を起動するが――

 

「遅い」

「っ!!」

 

 轟音と共に発動したクイックブーストで、一瞬で間合いを詰められた。

 

「かつての愛刀、その加速すら忘れたか」

 

 ……そう、スプリットムーンは加速力に特化している。総合的な機動力はむしろ低い部類に入るが、前進、それも瞬間的な前進――踏み込みにおいては最速に近い。

 「彼女」から受け継いだ専用のブースターと、それでも不足した力量を補うための追加ブースターにより、爆発的な加速を得ているからだ。

 

「疾っ!」

 

 紫色の極光が迫る。

 退がっても逃げ切れないことは明白だ。故に水月を起動し、「彼女」の剣を潜りすれ違うように男の横を抜ける。

 そのまま再び距離を取り、今度は月輪を駆使しての三次元機動を行うが、男は曲線の機動の先にクイックブーストで一瞬で回り込んで来た。

 

「無様。剣士が逃げに回るとは。そんな様で、銃を相手に戦えるものかっ!!」

 

 またも振るわれる、「彼女」の剣。

 

 ――どう足掻いても、逃げられない。

 

 ならば。

 

「剣で戦え。それだけが、己たちの寄る辺だろう――!」

「お……お、オオオォォッ!!」

 

 この剣に、賭けるしかない――!

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「オオオォォッ!!」

「そうだ、それでいい。それでこそ、お前を倒す意味があるっ!!」

 

 二振りの光の剣が、幾度となく交わる。

 その度に膨大な熱量により剣が弾け飛び、すぐさま再起動した剣で斬り結ぶ。熱により膨張した空気が大地を抉り、戦闘の傷を刻んでいく。

 

「オオオオアアアッ!!」

「温いっ!! その程度の剣で、「彼女」に追い付けるものかっ!!」

 

 ――届かない。

 

 己の剣はいくら振るっても、男には届かない。逆に男の剣は、浅くではあるが幾度も己の装甲を削っていた。

 

(なんだ、何が足りない!?)

「軟弱っ!! 踏み込みに迷いが見えるぞ! そんな様で、一体何を為すつもりだ!!」

 

 ――迷い。

 

 ずっと、抱えてきた。

 

 この世界に生まれ変わり、あまりにも平和な様に打ちのめされ、感動し。

 

 ここならば。ここならば、もう邪剣に頼らずとも。

 

 そう思って、もう一度、「彼女」の剣を目指した。

 

「ぐうあっ……!!」

「その程度かっ!! その程度の剣で、誰を倒せる!! 何を為せる――!!」

 

 だが、守れなかった。

 

 「彼女」の剣の真似事は、敵に届かなかった。

 

 そして再び邪剣を振るい、しかしそれさえも届かなかった。

 

 ……「彼女」の剣を、捨て切れなかったから。

 

 本当に、綺麗なモノを見るように。

 

 眩しそうに、目を細めて。

 

 かつて「彼女」を見ていた、己のように。

 

 ――あいつが、己の剣を、見ていたから。

 

「才など元よりなく、鍛え抜いた身体も失った! そのお前の、精神さえも錆び付けば、一体何が残ると言うのだ!!」

 

 ……残らない。何も。

 

 迷うことなく、怯むことなく斬り掛かる。

 

 それだけが、己に唯一、出来ることなのだから。

 

 ならば、剣に迷いが生まれれば。

 

 己にはもう、何も――

 

「守れるものか、お前などに!

 ……否! お前には、その資格すらも、有りはしない――!!」

 

 ……それでも、守りたかった。

 

 この世界で出会った、優しい人たち。

 

 彼らの側は、とても心地良かったから。

 

 ずっとここに居たいと、思ったから。

 

 だから――守りたかったのだ。

 

「お前を縛るモノはなんだ! 「彼女」の剣への未練か! ならば捨てろ、元より一度諦めたモノ、届きはしないと分かっているモノ! それを捨てるのは、容易いことだろう――!」

 

 そうだ。捨てるのは容易い。またあの頃の、世界に挑んでいた己に戻るだけ。

 

 己も、そう思っていた。

 

 なのに捨て切れなくて、何故捨てられなかったのか分からなくて。

 

 そして、捨てようとする己を悲しそうに見る一夏の姿に、気付いてしまった。

 

 己が守りたかったのは、命だけではないと。

 

 己が何より守りたかったのは、彼らの笑顔だったのだと。

 

 だから、皆が綺麗だと言ってくれた「彼女」の剣を、捨てられなかった。

 

 それでは勝てないと、分かっていても。

 

 己は――「彼女」の剣を、振るいたかったのだ。

 

「まだ縋りつくかっ!! ならばその未練、地獄の底まで抱いて逝け――!!」

 

 男の猛攻を凌ぎ続けるのも限界となり、そうしてついに、「彼女」の剣が月輪を斬り飛ばす。

 

 返す刃に装甲を深々と抉られ吹き飛ばされ、荒れ果てた大地に倒れ込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 起き上がろうとしたところで、男に右腕を踏みつけられる。身動きが取れなくなったところで男は再び剣を振るい、月影と月蝕を破壊した。

 

「王手。……話にならん。結局お前は、まともに剣を振るうことも出来んか」

「が……は……」

 

 己を見下ろすカメラアイが、ひどく冷たい輝きを放つ。

 逃れようと必死にもがくが、男の脚はびくともしない。

 

「非力。この程度の危難すら跳ね除けられんとは。お前に振るうには、「彼女」の剣は勿体無かったか」

「ぐう……!」

 

 男は構えていた「彼女」の剣を下ろし、代わりに左手に持っているマシンガンを持ち上げた。

 それをゆっくりと、己の胸――心臓へと突きつける。

 

 そして――

 

「終止。……消えろ、亡霊」

 

 躊躇うことなく。引き金が、引かれた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

「……そろそろ、限界かな」

 

 あれから、五分がたった。ほんの僅かな時間だが、本音の精神を削り切るには十分すぎる時間だった。

 しかし如月社長からすれば、十六夜を五分間全力稼働させるなど、想像の域を超えた偉業であった。

 

「まったく、僕も人を見る目がないなあ。布仏君のことは、見たまんまの緩い子だと思ってたんだけどねえ」

 

 それは、心からの賞賛の言葉だった。

 本音は今日初めて十六夜を扱った。それは本音が十六夜に慣れていないというだけでなく、十六夜もまた、本音には慣れていないということだ。

 

 十六夜には学習機能がある。使用者のクセや思考パターンを学習し、細かな補正を行うのだ。

 十六夜が使用者のことを熟知し、最適なサポートを行えるようになって初めて十全の機能を発揮出来るようになるのである。

 

 つまり、まだ十六夜は本音の「専用機」になっていない。にも拘わらず、本音は既に十六夜の機能を想像以上に引き出している。

 本音が十六夜を、十六夜が本音を真に理解した時、一体どれほどのスペックを魅せてくれるのか――

 

 それが今から楽しみで仕方なかった。

 

「ぐ、う……あ、ああああっ!!」

「おっと」

 

 ついに限界に達したのか、悲鳴を上げて本音が倒れる。

 硬い床に頭を打ち付ける直前で、社長が本音の体を支えた。

 

「……これ以上は無理そうだねえ。朧月もどうにか戦闘に耐えられるくらいには直ったし、もう――」

「あ、う……ううぅぅ……」

 

 もうほとんど意識も無いのだろう、社長の声に対する返答は、意味を成さない呻き声だった。

 どうやら社長が思っていた以上に無理をしていたらしく、本音の容態は危険域寸前だった。

 

「これはまずい。誰か、医療ユニットを――」

「い……のっ、ち……」

「……まさか」

 

 社長は目を見開き、驚愕を露わにした。

 

 ――十六夜が、まだ動いている。

 

 ゆらゆらと頼りなく、しかしこの上なく正確に。

 

 朧月の修復を、続けていた。

 

「……布仏君。これ以上は危険だ。最悪――死ぬよ?」

「が……ん、ばっ……て……い、の…………が、ん……」

「…………」

 

 うわごとのように呟きながら、朦朧とする意識で、本音は必死に十六夜を操り続ける。

 

 自らに課した戦いを、最後まで戦い抜く。

 

 その覚悟を、細く小さな体で背負う少女の姿に、如月社長は呆れたように溜め息を漏らした。

 

「……まったく。君に何かあれば、責任を取るのは僕なんだけどねえ。そこんとこわかってるのかねえ、この子は」

 

 そうボヤいて見せたものの、当然本音には届いていない。体の制御すら手放して、全ての意識を十六夜に集中させているのだから。

 

 その姿に、如月社長は昔のことを思い出した。彼がまだ、一介の技術者だった頃のことを。

 より大規模な研究、開発を、自分の好きなように行うために如月重工を立ち上げたものの、社長という立場は存外窮屈なものだった。

 他の会社経営者たちに比べれば相当好き勝手にやってはいるが、それでも昔の如月社長を知る者からすれば、皆が皆、口を揃えて「随分大人しくなった」と言うだろう。

 勿論、現状に不満は微塵もない。会社という「力」のおかげで、個人では不可能なレベルの活動が出来るし、なにより自分と同じような志を持つ仲間たちとの仕事は想像以上に楽しいと感じている。

 

 だがそれでも、時にふと、思ってしまうのだ。

 

 ――あの頃のように。何もかも忘れて、己の全てを懸けて、開発に打ち込みたい、と。

 

「い……の…………が、ん……」

「…………」

 

 その如月社長の目には、今まさに己の全てを懸けて戦っている本音の姿は、ひどく眩しく映った。

 

 「社長」という責任ある立場からすれば、今すぐに本音を止めるべきだ。

 

 だが「如月」という個人は、本音を応援したいと思っている。

 

 故に、「如月社長」は――

 

「……ま、今更体裁なんてどうでもいいか。これ以上悪くなるほど、評判が良いわけでもないしねえ」

 

 ――もう一度、好き勝手にやろうと決めた。

 

「ここで止めるのも、野暮ってものだしねえ。……死ぬ気でやりたまえ、布仏君。君の覚悟、この場にいる全員で、見届けさせてもらうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、それにしても、女の子を抱きしめるだなんて何年振りかなあ。柔らかいし温かいし、抱き枕にしたいなあ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ごふっ……!」

「賞賛。頑強さだけは認めよう。……だがそれも、もう限界か」

 

 弾切れになったマシンガンを捨て、男はもう一度、「彼女」の剣を構えた。

 己はシールドエネルギーの大半を消耗し、己自身も肋骨が数本砕けたのか、呼吸の度に凄まじい激痛が走る。

 

「何か言い遺すことはあるか。内容によっては、叶えよう」

「は……が、はあ……」

 

 何かを言おうとしたが、痛みで言葉にならなかった。

 ……否。何を言おうとしたのか、自分でも分かっていないだけだ。

 

「慰めにもならぬだろうが……安心しろ。お前の生は、己が引き継ぐ。お前の仲間たちは、己の剣で守って見せよう」

「……ま……も……」

 

 ……それで、良いのかも知れない。

 

 この男ならば、迷うことはないだろう。

 

 きっと、皆を。

 

 一夏たちを、守り抜く筈だ――

 

 

 

『俺は、織斑一夏。お前は、なんて名前なんだ?』

 

「………………」

 

 己では守れない。

 

 剣に迷い、生き方に迷う、己では。

 

 ならば、この男に任せた方が確実だ。

 

 

 

『お前の剣は、私の、憧れだから』

 

「…………っ、…………」

 

 己は既に一度死んだ身だ。

 

 大人しく退場すべきだ。

 

 己がいなくとも。

 

 この男が、きっと――

 

 

 

『よし! それじゃあ、これからもよろしくね、シン!』

 

「…………お…………」

 

 守る。

 

 きっと、守るだろう。

 

 なら、それでいい。

 

 それが、己の――

 

 

 

 ――願い、だったか?

 

 

 

『わたくしも……貴女と戦えたこと、誇りに思います』

 

「……う……お……」

 

 守れさえすれば、それでいいのか。

 

 己はそんな聖人だったか。

 

 ……否。己が求めたモノは、己が、望んだモノは――

 

 

 

『シャルロット・デュノア。それが、お母さんがくれた、僕の本当の名前』

 

「……お……お、おおおお……!」

 

 思い出せ。あの温もりを。

 

 思い出せ。あの笑顔を。

 

 思い出せ。彼らと過ごした時間、それが、いかに幸福だったかを。

 

 

 

『まさか。……相棒と戦う理由など、私にはない』

 

「……ぐ、う、おおおお……!」

 

 守ることが出来れば、それで満足なのか。

 

 その果てに消えても、納得出来るのか。

 

 ……何を、馬鹿なことを。

 

 

 

『私はね〜、布仏本音って言うんだ〜』

 

「……ぐうう、ああああ……!」

 

 出来るものか。

 

 出来る筈がない。

 

 そんなに容易く、納得出来るのなら。

 

 初めから、生まれ変わりはしない――!

 

「オオオォオオォォアアアアアァァァッ!!!!」

「なにっ……!?」

 

 渾身の力で体を起こす。踏みつけられている右腕がミシミシと不穏な音を立てるが、そんなことはどうでもいい。

 

 今はただ、この男を、この男の言葉を、真っ正面から跳ね除ける――!!

 

「まだ足掻くか。お前では何も為せんと、まだ分からんか」

「分からんな……! 何度言われようと、何度突き付けられようと!! 死んでも分からん阿呆だから、己は今、ここにいるっ!!」

 

 己が死んだ時。

 

 未練があった。

 

 死に切れなかった。

 

 何も為せず、何も得られず、何も遺せず、何も守れず。

 

 そんな死に様が、許せなかった。

 

 ――だが。

 

「お前では守れん。なのに何故、縋り付く」

「知れたこと。……そもそも、初めから間違えていたからだ」

「……なに?」

 

 そう、ずっと、間違えていた。

 

 死ぬ前から。

 

 死んだ後も、ずっと。

 

「守るなどと、何を偉そうに。自分の身も守れぬ未熟者だから、死んだのだろうが。そんな様で守るだと? ……何様のつもりだ、戯けが――!!」

 

 ああ、まったく。そんな簡単な、当たり前なことさえ気付かなかったとは。

 

 自分の間抜け振りに、心底から腹が立つ。殴り飛ばしてやりたい。

 

 ……丁度良い。己と同じ姿の男なら、今、目の前に居る――!

 

 

 

 ――コード認証。〔月渡〕、起動――

 

「ガアアアアァァァッ!!」

「っ!?」

 

 水月のカートリッジが全弾起爆。轟音が響き渡り、巨大なクレーターが生まれる。

 その対価に手に入れた膨大な運動エネルギーが男を跳ね飛ばし、大きく体勢を崩させた。

 

 がら空き、隙だらけ。

 

 己は右拳を、有りっ丈の力で握り締め――

 

「喰……らあ、えええぇぇっ!!」

「ぐあっ!!」

 

 男の顔面に、叩き付けた。

 

「無様っ!! 己如きの拳もかわせんかっ!!」

「ちいっ、ただの拳打だとっ!? 侮るか……!!」

「否。今の一撃は開戦の銅鑼、ただの合図だ。……己を殺し、己に成り代わるのだろう。ならばこれは――「決闘」だ」

「貴様……!」

 

 ……そう、「決闘」だ。

 

 互いの全てを懸けて、どちらかの意を通す。

 

 古より続く、最も単純で、最も愚かな決定法。

 

 ――「彼女」が最もこだわった、「戦の流儀」。

 

「貴様……亡霊風情が、戦士を気取るか……!」

「……亡霊ではない。己は……己の名は」

 

 

 

「井上、真改」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……「彼女」の剣を選ぶか。汗を流し血を流し、無数の死闘の果てに身に付けた、お前の剣ではなく」

「応」

「何故だ。何故、今更になって、自らの剣を捨てる」

「それが、己の夢だからだ」

 

 「彼女」の剣に憧れた。

 

 「彼女」の剣を目指した。

 

 そして、一度は諦めた。

 

「何故だ。何故目指す。届かぬと分かっている筈だ。叶わぬと分かっている筈だ。なのに、何故」

「それがどうした。届かぬと分かっていても。叶わぬと分かっていても。諦め切れないから、目指さずにはいられないから、「夢」と言うのだろうが――!!」

 

 月光を起動。

 

 一直線に、男を目掛けて斬り掛かる。

 

「愚劣。お前の振るう「彼女」の剣が、お前の剣を振るう己に届くものかっ!」

 

 男も「彼女」の剣を起動し、応じる。

 交わった刃が炸裂し、熱風が己の頬を撫でた。

 

「届かぬのなら」

「な――」

 

 刃を振り抜いた体勢のまま。

 

 すぐさま翻り振り下ろされる二撃目の、内側へ。

 

 さらに、一歩。

 

「届くまで、踏み込むのみ」

「――に!?」

 

 腕を引き力を溜め、真っ直ぐに突き出す。男は咄嗟に上体を捻ってかわしたが、胸の装甲を浅く抉った。

 

「……馬鹿な」

「この世界に生まれ十五年。流石に赤子の時分には無理だったが、小枝を持てるようになってからは、鍛錬を欠かしたことはない。

 ……お前よりは、「彼女」の剣に近付いていると自負している」

 

 ずっと憧れ目指し続けた、「彼女」の剣。

 

 今も、この目に焼き付いている。手本とすべきものは、一つも余さず記憶している。

 

 故に、どれほど遅い歩みであろうと。

 

 ――己はもう、迷わない。

 

「……ただ開き直ったわけではないようだな」

「生憎。言っただろう、守るなどというのは間違いだったと」

 

 もう一度、月光を起動する。

 月影も月蝕も、月輪も水月も既になく、後はこの剣だけだ。

 加えて己自身も満身創痍、声を発するだけで全身がひどく痛む。

 

 

 

 ……だと、いうのに。

 

(不思議なものだ。負ける気がせん)

 

 何十、何百と刃が振るわれ、その度に巻き起こる爆風が、己の体を痛めつける。

 その痛みさえも、今の己には気にならない。

 

「守らぬというのか、お前の仲間を!」

「応、守らん。あいつらには、己の守護など必要ない」

「守りたかったというのは偽りか!」

「否。勘違いをしていただけだ」

「勘違いだと……!?」

「守りたかったのではない。己はただ、あいつらの隣で、あいつらと共に、歩みたかっただけだ!」

 

 一夏たちだけではない。己もまた、未熟者なのだ。

 

 ならば彼らと共に歩むことに、なんの矛盾がある。

 

 己はただ、「井上真改」という少女として。

 

 もう一度、「彼女」の剣を目指すだけだ。

 

「守るのではなく、支え合いたい。己はあいつらの守護者ではなく、友人でありたいだけだ」

「友人だと? 殺戮者であるお前が、なにをほざく!!」

「……そう、己は殺戮者だ。多くの命を奪って来た。言い訳はせん、裁くのならば好きにしろ。

 ……だが、その果てに目指したモノは、誰にも否定させん――!」

 

 人類に、黄金の時代を。復讐のために始めた戦いが、いつしか皆と同じ思いを持っていた。

 

 だからこそ。平和なこの世界を、愛していると。

 

 今ならば、胸を張って、言い切れる。

 

「独善……! お前は自分のために生きようと言うのか! あれほどのことをして来たお前がっ!!」

「そうだ、それの何が悪い! 自らの夢を追い掛ける、ただそれだけのことだ! 頼まれもしない慈善より、よほど純粋だろうっ!!」

「罪を償いもせず、のうのうと生きるつもりかっ!!」

「否っ!! 未熟な己の剣を、綺麗だと言ってくれた人がいた! これしか能のない己にも、為せることがあると教えてくれた!! ならば己は、それを信じて進むのみ! 立ちふさがる障害があれば――」

 

 忘れはしない。

 

 ただ無心に、ただ一心に、戦って。

 

 そんな己に、賞賛の声を掛けてくれたことを。

 

 こんな己でも、認めてくれる人がいるということを。

 

 だから。

 

「ただ、寄って、斬るのみ――!!」

 

 己も、己を認めよう。

 

「「オオオオォォォッ!!」」

 

 

 

 そうして。

 

 月光の刃と、「彼女」の剣が。

 

 同時に、互いの胸を貫いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……成る程。絶対防御、か」

 

 最後の一撃を受けきり、朧月は機能を停止した。絶対防御が発動したにも拘わらず己の意識が残っているのは、ここが己の精神の中だからか。

 

「遊戯のための玩具も、存外捨てたものではあるまい?」

「……そうだな。殺さずに終えられる戦い。それをこそ、お前は求めていたのか」

「……それは、己にも分からん。だが、少なくとも……「彼女」は、そうだったろうな」

 

 男もスプリットムーンが解除されたのか、今は己の姿をしている。

 胸を貫かれたというのに平然としているのも、元々仮想の存在だからか。そう考えると、先程の己たちの戦いこそ、遊びと呼べるモノだったろう。

 

「……目指すのだな。もう一度」

「応」

「生涯を掛けても、届くかどうか分からんぞ」

「ならば生涯を掛けて、試して見るしかあるまい」

「……大馬鹿者め」

「先刻承知」

 

 言葉を交わすたび、呆れの色を濃くしていく男。

 

 ……こいつにも、随分心配させてしまったようだ。

 

「己はもう、行かなくては。親友が待っている」

「もう、守らないのではなかったか?」

「守るのではない。共に、危難を切り抜けるだけだ」

「屁理屈だな」

「……そうだな」

 

 屁理屈でもいい。己は、己のやりたいようにやる。

 

 最期まで剣にこだわった、「彼女」のように。

 

「……お前にも、世話を掛けたな」

「……気付いていたか」

「当然。己の過去を知る者は、お前しかいない」

「出過ぎた真似だったか?」

「まさか。感謝している」

「……そうか」

 

 男――朧月が己の記憶から作り出した過去の己は、空に浮かぶ満月を見上げ、己に訊ねた。

 

「……不足はないか。これほどの業物と比べられると、流石に自信がない」

「十全。お前には、不足も不満もない。真改の愛刀はスプリットムーンだが、己の愛刀はお前だ」

「……そうか。ならば己も、お前が振るうに相応しい業物となろう」

 

 そうして、朧月は右手を差し出して来た。

 

 己は迷うことなく、その手を取る。

 

「共に歩もう。共に強くなろう。己の自己満足に過ぎぬ、果ての見えない道だが――どうか、付き合って欲しい」

「無論。この芯鉄が砕けるその時まで、己はお前の刀だ。……存分に振るえ、我が主」

「……ありがとう」

 

 ようやく、相棒の信頼を取り戻すことが出来た。

 

 ようやく、己は朧月の主に成れた。

 

 お互い未熟者同士、苦労も多いだろうが。

 

 こいつとならば、切り抜けられる。

 

「さあ、往くぞ。己の目指す者は、かつて国家を斬り伏せ、世界をも圧倒した剣聖だ。覚悟は出来ているか?」

 

 己の問に、朧月は不敵に笑って、問を返した。

 

「お前こそ。この己を振るうからには、世界最強になってもらう。その覚悟は良いか?」

 

 その言葉に、己も不敵な笑みを返す。

 

 そして、二人同時に――

 

 

 

「「不足なしっ!!」」

 

 

 

 ――猛々しく、吼えた。

 

 

 




偽改の正体は……まあ、大体の人は気づいてたんじゃないでしょうかw

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。