IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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真改の入学試験。会場とかは捏造です。


第3話 試験

「……すげぇ大きさだな」

「…………」

 

 己と一夏が並んで見ているのは、本日それぞれが受験するIS学園と藍越学園、その他多くの学校の入学試験が行われる多目的ホールである。IS学園の受験には実技、つまりISによる戦闘が内容に含まれているためこんなにも巨大な場所が必要となる。しかしそれを他の受験会場と一緒くたにする必要があったのかは不明である。

 

 ……それにしても、本当に大きい。この中に複数の受験会場があるのでは迷いそうだ。まず目的の受験会場に辿り着くことが第一の試験だとでも言うのか。

 

「うし、じゃあ行くか。お互い、頑張ろうぜ」

「…………」

 

 試験前最後の一ヶ月間は朝の鍛錬をせず、お互いの勉強に集中していた。もっとも己は実技試験があるので、その訓練は続けていたが。

 そして一夏も、一ヶ月も鍛錬を削って作った時間を無駄にすることなく、猛勉強を続けていた。

 

「……一夏……」

「んぁ?」

 

 流石に緊張しているのか、どこかそわそわしている様子の一夏に声を掛ける。

 己に名前を呼ばれたことがそんなに意外だったのか、間抜けな声を出す一夏に向けて、拳を突き出した。

 

「……勝ってこい……」

「……ああ!!」

 

 ガツン、と互いの拳をぶつけ合い、それぞれの会場へ歩いて行った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(……ここか……)

 

 手元の受験案内と目の前の扉のプレートを見比べる。

 

 己が今日受けるのは実技試験。

 筆記試験は先日済ませており、手応えは十分。後の答え合わせの結果を考えれば、必要な点数には十分に達しているだろう。

 生まれた時から精神的に成熟し、コツコツと勉強を続けていた己からすれば当然の結果ではある。ネクストのパイロット、リンクスにも、ISのそれに匹敵する知識が求められるのも理由の一つだ。

 

 ――つまり、後はこの実技試験の結果だけ、ということだ。

 

(……ぬ……)

 

 扉のノブに伸ばした掌にうっすらと汗が滲んでいるのを見て、自分が柄にもなく緊張していることを知る。まるでこれから戦場に赴くかのような精神状態だ。

 

 ……強ち、間違ってはいないが。

 

(……一夏のことは言えんな……)

 

 深呼吸を一つしてから、扉を軽く叩く。

 

「……入ります……」

 

 面接試験ならば絶対に悪印象になる声で断りを入れ、ガチャリ、とノブを回して扉を開けた。

 

「あ、受験生の子?それじゃあ、向こうで準備して。すぐに試験が始まるから、急いでね」

「…………」

 

 受付と思われる女性に言われるまま、準備を始める。「向こう」とぞんざいに指差された先には、広い部屋を簡単に区切るカーテンがあった。その布を潜り、学校の制服であるセーラー服を脱いで、鞄から取り出したISスーツを身に着ける。

 

 ――そして、何の変哲もないこの部屋の中で、異様なほどの存在感を放つモノへと向き直った。

 

 それは例えるのなら、合戦に臨む鎧武者。

 

 そんな百年以上前に使われていたような代物とは比べるべくもない未来的な形状でありながら、どことなくそう感じさせる、機械の甲冑。

 

 ――起動準備状態のIS、〔打鉄(うちがね)〕。

 

 打鉄は、日本のIS開発業者、倉持技研が開発した第二世代型量産機だ。防御を重視したバランスの良い性能に、様々な距離と状況に対応出来る充実した武装。それらに過不足なく適応した各種システム。

 クセがなく扱い易いので、ISパイロットの育成を主な目的として世界中で使われている、デュノア社製のラファール・リヴァイヴと並ぶ名機である。己も何度か乗る機会に恵まれてはいるものの、本格的に動かすのは今回が初めてだ。そしてその時に乗ったのは、非武装の機体。武装の使い勝手など確かめようがない。

 

 ――だが、それがどうした。戦場においては、手に馴染んだ得物が折れるなど良くあることだ。その時は、落ちている武器を拾って戦うまで。慣れた武器でなくては戦えないと言うのなら、そもそも戦場になど出るべきではない。

 

 ――故に、今は。

 

「……力を……」

 

 この打鉄こそが、己の刀だ。

 

「……借りる……」

 

 打鉄に乗り込み、機体に背中を預ける。かしゅ、という空気の抜けるような軽い音と共に、装甲が体に密着した。

 パワードスーツであるISは、パイロットの体に連動して動く。左腕が二の腕までしかない己は、打鉄の左腕を装着することはどうにか出来るが、動かすことはできない。それがどれほどの枷となるか、それすらも未知数だ。

 

 ――実技試験の内容は、IS学園の教官と戦うこと。力を得る為に、自らの資質を示すということ。

 

 それは、まるで――

 

『なるほど、適性はあるようだな。

 

 ――認めよう、君の力を。

 

 今この瞬間から、君は――』

 

 かつて、異世界における最強の兵器、ネクストを操っていた己の。

 

 生まれ変わってから最初の戦いが、始まる。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「始まる、な」

 

 IS学園の実技試験会場を一望できる採点者席から、これから始まる戦いの様子を眺める。

 対戦カードは、私の後輩にして元日本代表候補生、山田真耶。そして私の弟、織斑一夏の幼馴染みである、井上真改。

 山田君の実力は良く知っているが、真改については未知数だ。剣術の腕がそのままISの技量になるわけではないし、真改にISでの戦闘経験はないのだから。

 

(しかし……考えてみれば、あの頃の私と同じくらいの歳か。……大きくなったものだ)

 

 井上に初めて会ったのは十年前。親のいない私達姉弟は孤児院経営者の唐沢さんに招待され、私はそれを受けた。

 一人で一夏を育てる決意をした私は、一夏を親のいない子供達と触れ合わせて一種の情操教育をすると同時に、一夏を育てていくためのアドバイスをしてもらおうと考えたのだ。唐沢さんは街で評判の人物であり、その評価が何度か耳に入ったのがきっかけだった。

 唐沢さんは、世間を知らない小娘の身の程知らずな決意を笑うことなく、むしろその思いに真摯に応え、将来に向けた様々な助言をくれた。余裕を無くし、触れたもの全てを切り裂く抜き身の刀のようになっていた当時の私にとって、その数時間の会話はまさに救いだった。

 

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、また来てくれると嬉しいな。若い子の話はすごく参考になるし、楽しいからね」

 

 孤児院の玄関を開けると、夕暮れの中、元気にはしゃいでいる子供達の姿があった。両親を失い、居場所を見失って心に深い傷を負った幼い子供達が、あんなにも楽しそうに笑っている。

 

 それはもう、奇跡と言って良い偉業だろう。心の傷を癒やすことがどれだけ難しいか、私は身を持って知っている。あの子達の傷も完全に癒えたわけではないだろうが、ああして笑えるというだけで、その成果は素晴らしいものだ。

 

「……良い所ですね」

「そうかな?みんな、一生懸命頑張ってるだけだよ」

「それが、何より良いことだと思います」

 

 そんな私の言葉に、唐沢さんは嬉しそうに笑った。優しく細められた目で、玄関前の広場をゆっくりと見渡して行く。

 私がそれに倣っていると、広場の一角にある花壇で土いじりをしている、黒髪の少女を見つけた。歳は一夏と同じくらいだろうか、その身体はとても小さく、なのに不思議と、弱いという印象は受けなかった。

 

 ……その時、自分でも、その子に何を感じたのかはわからない。だが、なんとなく気になったのだ。

 

「……あの子は?」

「ん?……ああ、あの子は井上真改。先月、交通事故でご両親を亡くしてね。うちで引き取ったんだ」

 

 広い花壇を、時折肥料を混ぜながら、小さな手に持った熊手で一心に耕しているその少女。惹き付けられるように、その背中に近付いて行った。

 

「……む……」

 

 手を伸ばせば届くくらいに近付いてから、思い出した。

 

 ……私は、小さな子供の相手なんて、ほとんど経験がないということに。

 

(……むぅ……)

 

 率直に言えば、どうすれば良いのか分からず、身動きが取れなくなってしまったのだ。しかしこのまま何もせずに戻るというのも間抜け過ぎる。なので覚悟を決めて、声を掛けた。

 

「こ……こんばんは」

「…………」

 

 ……返事がない。無視されているわけではなく、少女は一旦手を止めてこちらを見た。それに対して私が何も反応出来ずにいると、視線を戻してまた土いじりを始めたのだ。

 

「……ええっと……私は、織斑千冬という。君の名前は?」

「……井上真改……」

「そ、そうか。よろしく、真改」

「…………」

「…………」

 

 ……会話が終わってしまった。次の言葉を待っても、真改は土いじりを続けるばかりで、何も言おうとはしない。

 

 その様子に、私は不安になった。この子は、交通事故で両親を失ったという。それもつい先月に。その事故のショックで、心を閉ざしてしまっているのではないか――?

 

「……唐沢さん。この子は、もしかして……」

「いやあ、君が考えてることは、多分違うと思うよ。真改は色々手伝いをしてくれるし、たまにだけど、ちゃんと話すから」

 

 唐沢さんの言う「たまに」というのは、本当に稀なことなんだろう。下手をすれば、一日に一度も言葉を発さないことすらあるかもしれない。

 

「良い子だよ、とても。その花壇だって、真改が一から作ったんだ」

「この、花壇を……?」

 

 花壇は結構な大きさだ。四畳ほどはあるだろう。土は素人目に見ても柔らかそうで、良く耕されていることが窺える。これを子供が作るだなんて、大変な作業の筈だ。

 だが、花には人の心を癒やす効果がある。その為に花壇を作っているのだとしたら、確かにそれは、優しい子だ。

 

「……どんな花を植えるんですか?」

「う~ん。何度か訊いたんだけど、教えてくれなくてね」

「お楽しみ、ということでしょうか」

「どうだろう。私は、真改自身、花の名前とかを知らないんじゃないかって思ってるよ。うちには花に詳しい子は居ないし、昨日、花の本と睨めっこしてたからね」

 

 そう言って、唐沢さんは楽しそうに笑った。釣られて私も、小さく笑う。

 

 そんなことをしていると、子供達と遊んでいた一夏がとことこ走って来た。

 

「千冬姉、もう帰るのか?」

「え、ああ、そうだな、そろそろ暗くなるし、もう帰るか……」

「そっか。……あれ、コイツは?」

「ああ、この子は……」

 

 私が答えるより早く、一夏は真改の横にしゃがみこんでいた。そして無遠慮に、その顔を覗き込む。

 

「おい、いち――」

「まあまあ、子供同士の会話は大事だよ。ちょっと見ていよう」

 

 見る者を安心させる、ほんわかとした笑顔を浮かべながらそんなことを言う唐沢さん。その言葉に従い、しばらく見守ることにする。

 一夏は真改がなんの反応も示さないことに業を煮やしたのか――

 

「なあ、お前、なにしてるんだ?」

 

 ――まずは自己紹介から始めんか!!

 

 あまりにもあんまりな第一声に怒りと呆れが湧いてくるが、ここは我慢だ。ちなみに唐沢さんは、隣ではっはっはっ、と笑っている。

 

「なんだこれ、花壇か? なにか植えるのか?」

「…………」

「向こうでみんなと遊ばないのか? 一人じゃつまんないだろ?」

「…………」

「なんか言えよな。返事はちゃんとしなさいって、千冬姉が言ってたぞ」

「…………」

 

 話し続ける一夏に対し、無言を貫く真改。無口にもほどがあるだろう。

「……あ。そういえば、初めて会う人にはまず自己紹介しなさいって、千冬姉に言われてたっけ」

「…………」

 

 不意に思い出したように、一夏が言った。

 

「俺は、織斑一夏」

 

 真っ直ぐに少女を見て、一夏が名乗りを上げる。

 

「お前は、なんて名前なんだ?」

 

 続く問いに、少女は作業を止め、一夏を真っ直ぐに見返して、自らの名を口にした。

 

 

 

「井上、真改」

 

 

 

 ――それが、私達織斑姉弟と、井上真改との出会いである。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(ここまで付き合いが続くとはな)

 

 あの頃から、容姿以外はまるで変わらない。極めて無口な性格からは想像もつかないほどに熱い魂を秘める真改が、「力」を求めていたことは知っている。その為に、ずっと走り続けていることも。

 その理由を語ろうとはしないが、想像することは容易い。生身での戦闘技術においてはすでに私と並ぶほどであり、私が真改に勝てているのは、以前は体格差、今では真改が片腕だからでしかない。

 

(だが、ISと生身はまったく違うぞ)

 

 眼下には、動作を確かめるように、機体各部を動かしている真改の姿。右手にはやはり、接近戦用のブレードを持っている。

 

(……見せてもらうぞ、お前の力を)

 

 そして、試験開始のアナウンスが響き渡った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 今日、何度目かの試験。そして私が、心のどこかで楽しみにしていた試験。

 

 使い慣れた機体、ラファール・リヴァイヴの調子を確認。……うん、大丈夫。短い時間でも、しっかり補給と整備をしてくれている。

 

『それでは、試験を開始してください』

 

 試験開始のアナウンスが響くが、すぐには攻撃しない。今回の受験生は千冬先輩の弟さんの幼なじみで、千冬先輩とも付き合いが長い。剣の腕前はあの千冬先輩が褒めるほどらしいが、ISでの戦闘は今回が初めてと聞く。

 けれどISでの戦闘経験がある受験生なんてどこかの国家代表候補生くらいのもので、ISに触ったこともないという受験生の方が多いくらいだ。

 なので、まずは様子見。受験生が多少は操作に慣れてきたころを見計らって、小突くような攻撃から始めるのが私の試験である。

 

 目の前の少女は、最初に私を一瞥しただけで、今はこちらを見もせずに機体の調子を確かめている。展開したブレードを振ったり、軽くスラスターを噴かせてみたり。どうやら私がまだ動かないことを悟ったらしい。すごい落ち着きようだ。

 

 そしてそんな様子を見ていると、一つ気付いたことがある。

 

(本当に、左腕がないんだ……)

 

 打鉄の左腕部分は付いているが、それは肩から二の腕までの僅かな部分に引っかかっているだけだ。装甲の隙間から覗く中身は空っぽで、決して動くことはないだろう。

 

 ……どんな気持ちなんだろう。そんなに強いのに、片腕を失ってしまうというのは。

 

 ふと、彼女がこちらを見て、ブレードを構えて突撃して来た。いきなりの急加速、思い切りの良い飛び出し。

 しかしブレードを展開している以上接近戦を挑んでくることは予想済みなので、後退しながらアサルトライフルを撃つ。数は少ないが、狙いは正確に。

 これは受験生の対応を見るための攻撃だ。さて、この子はいったいどうするのか。

 銃弾を避けるか、装甲まかせな突撃か、それとも判断が間に合わずに、棒立ちになるか。

 大抵は、そのいずれかだった。だが目の前の、刃のような鋭い瞳で私を見る少女は、全く予想外の行動をとった。

 

 ――あろうことか、ブレードで銃弾を切り落としたのである。

 

「え、えぇ!?」

 

 確かに、ISのハイパーセンサーは動体視力や反射神経も補助する機能がある。けれどそれでも、音速の数倍の速さがある銃弾を見切り、しかもそれを切り落とすほど速く正確に動くなんて、高等技術なんてものじゃない。

 そしてどうやら、まぐれなんかじゃないみたいだ。当たらない弾は完全に無視、当たる弾だけを切り捨てながら、一層速度を上げて突っ込んでくる。いまだかつて見たことのないトンデモない対応にびっくりして動きを止めてしまった私は、あっという間に間合いを詰められ――

 

 ――ブレードの一撃が、ラファール・リヴァイブの装甲に叩き込まれた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(……浅い……)

 

 銃弾を切り落とすという、動作の精密さの確認を兼ねた行動で試験官の驚愕を誘い、その隙に接近、一撃を見舞う。そこまでは良かったが――

 

(……やはり、貫けぬか……)

 

 ISのパワーアシストを片腕分しか受けられない己では、どうしても攻撃が軽くなる。既存の兵器の中でも飛び抜けた防御力を誇るISの皮膜装甲(スキンバリアー)を破るには、片腕の斬撃では足りないようだ。試験官の機体には、大した損傷はないようだ。

 ……そして先ほどの奇策は、二度は通用しない。

 

(……元より、策を練るほどの頭もない……)

 

 ――ならば、実力で近付いてみせよう。

 

 驚愕から立ち直り、油断のない眼で己を見る試験官。己には様子見など無用と判断したのだろう、向けられる銃口は二つに増え、そこに込められているのは、紛れもない戦意である。

 

 試験、か。そう、これは――これは、己を試す戦い。

 

(……ここからだ……)

 

 己が何を為せるのか。

 

 己が何を得られるのか。

 

 己が何を遺せるのか。

 

 己が何を守れるのか。

 

 己の剣は――果たして、「彼女」に届くのか。

 

 全ての答えは、この道の先にあるかもしれない。この一戦は、始まりに立つ為のものでしかない。

 

(……必ず、勝つ……)

 

 放たれる弾丸は、苛烈にして精密。スラスターを噴かせて回り込みながら、己は二度目の突撃を開始した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(さっきのは驚いたけど……)

 

 ブレードの直撃を受けたにもかかわらず、シールドエネルギーはそれほど減ってはいない。やっぱり片腕では、攻撃力に限界がある。

 

(銃が得意だったなら、また違ったんだろうけど……)

 

 手に持てる銃器は一つだけだけど、その一つを大型のものにしたり、他にも肩に装着するタイプのものもある。いずれにせよ、剣一本よりはやりようがあったはずだ。

 

 ――あるいは。

 

(片腕のハンデを補うくらい強力な武器があれば、もしかしたら……)

 

 思い出すのは、私が尊敬し憧れる、先輩の姿。彼女の振るう剣は、触れただけで相手に致命的なダメージを与える、絶対的な威力があった。あれに類する武器をこの少女が手に入れたら、きっと凄まじい使い手になるだろう。

 

 とにかく、この少女を相手に油断は禁物だ。試験だからと気を抜いていると、負けるのは私のほうだ。

 受験生は試験官に負けても合格できるが(と言うより、勝つ子はほとんどいない)、この試験は先輩も見ているのだ。無様なところは見せられない。

 

 左右の手に持ったアサルトライフルを連射する。井上さんは蛇が地を這うような機動で銃弾を回避し、時にブレードで弾丸を切り捨て、あるいは弾きながら接近してくる。私は退がりながら撃ち続けるが、足止めにもならない。そして前進と後退ではどちらが速いかなんて、言うまでもない。

 

 ――接近、剣の間合い。

 

「くぅ……!」

「…………」

 

 一撃でダメなら連撃、そう言わんばかりの猛攻。私も咄嗟に展開した接近戦用ブレードで応戦するが、剣の技量では相手にならない。どうにか凌げているのは、彼女が片腕だからに過ぎない。

 

(なんとか、距離を取らないと……!)

 

 普通に退がったんじゃ追い付かれる。苦肉の策としてグレネードを展開し、ピンを抜いて足元に落とした。

 爆風と破片でダメージを受けるが、それは井上さんも同じだ。爆風に押される形で間合いが離れ、その勢いを利用して距離を取った。この隙に、武装をマシンガンとショットガンに変更。正確さよりも弾幕で接近を阻む戦術だ。

 

(今度はそう簡単には――っ!?)

 

 その武器を見た、井上さんの判断は一瞬だった。避け切れないとみるや、多少の被弾を気にせず、最低限の回避と防御で一気に突っ込んで来たのである。

 

(そんな、なんて強引な……!)

 

 だが、理には適っている。近付かなければならない以上、どこかでダメージを受ける覚悟が必要だ。ならばそれは、少しでも消耗が少ない、早い方がいい。

 

 だから井上さんの選択は、決して間違ってない。間違ってはいないが――

 

(それにしたって、弾幕に飛び込むことを少しも躊躇わないなんて……)

 

 人は傷付くことに対し、本能的な恐怖を持っている。いくら装甲に守られているからといって、銃火器という十分過ぎる殺傷力を持つ兵器に対し身を晒す恐怖は、私でも拭いきれない。

 

 ――それを、この少女はやってのけた。

 

 死や痛みを恐れない狂人でも、根拠もなく自分は大丈夫と考えている愚か者でもない。死ぬことの恐ろしさも、傷付く痛みも良く理解した上で、それでも勝つために、必要な危険を犯す――

 

 ――彼女は、「戦士」だ。

 

(だけど、私だって!)

 

 確かにその剣技や判断力は凄まじいが、ISの扱い自体はまだ未熟だ。近付くにつれて、被弾率が上がっている。着弾の衝撃に機動を阻害され、前進も回避も鈍くなっている。

 マシンガンとショットガンの集中砲火を受け、井上さんの機体にダメージが蓄積していく。グレネードの爆発によるものと合わせれば、そろそろ限界が近いはずだ。

 

 それでも、井上さんはかなり距離を詰めてきている。もう一度だけ彼女の猛攻を凌がなければ、私の負けだ。

 グレネードをいつでも展開出来るように準備する。さっきと同じ方法が通用するとは思えないが、正攻法で凌げるものでもない。

 防御を固めつつ、僅かな隙にグレネードをねじ込む。危険ではあるけれど――賭けもなしに、勝てる相手じゃない。

 

(さあ、最後の……!?)

 

 井上さんは、連撃を仕掛けて来る。片腕しか使えず、十分なパワーアシストを受けられない以上、一撃ではISの防御力を突破できないからだ。

 

 ――その認識は、余りにも甘かった。

 

 銃弾を受けながらも突撃して来た井上さんは、間合いに入る直前、背中と両足のスラスターを使い、前進しながら高速で回転し始める。

 

 機体の重量、突進の勢い、回転の遠心力、スラスターの推進力。

 

 それらが、左腕を補って余りある威力をブレードに与え。

 

「疾っ……!」

 

 ブレードよりもなお鋭い、呼気と共に。

 

 私の首目掛けて、刃が振り抜かれた――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 己の最後の一撃は、試験官が刃の軌道上に咄嗟に滑り込ませた銃身に威力を減殺され、仕留めるには至らなかった。無茶な機動の反動で硬直している隙に、真っ二つになり使い物にならなくなった銃を捨てて展開した二丁のアサルトライフルの連射を浴び、シールドエネルギーが底をついた。

 

(……昔、似たような負け方をした気が……)

 

 あと一歩まで追い詰めたが、結局は負けた。己は、始まりに立つことすら出来なかったのだ。

 

 ――無様なものだ。いつまで経っても、どこまで行っても。

 

「お疲れ様でした! 井上真改さん、でよかったですよね? すごく強いですね!」

「…………」

 

 試験官が晴れやかな笑顔で話し掛けて来るが、己にはもう関係ない。さてこれからどうするか、と考えていたら、

 

「左腕のことがあるので心配でしたけど、これならきっと合格ですよ!」

 

 ――試験官のその言葉で思考が停止した。

 

「あ、あれ、どうしたんですか? そんなに驚いた顔して……」

「……負けた……」

 

 己の返答に、試験官はキョトンとして、

 

「試合の勝敗で合格不合格が決まるわけじゃないですよ? まあ当然、勝ったほうがいいですけど」

 

 なん……だと……?

 

「ISを学ぶためのIS学園の入学条件が、IS学園の教官に勝つことじゃ本末転倒じゃないですか」

「…………」

 

 ……言われてみれば、確かに。ということはなんだ、己は勝つ必要のない勝負に、あんなに必死になっていたのか? 初撃に小賢しい奇襲まで使って?

 

「け、けど、井上さんは腕のこともありますし、評価は他の受験生より厳しくなりますから、あれくらいの試合内容のほうが……」

「…………」

 

 己の様子から心境を正確に読み取ったのだろう、試験官が慌てたように慰めの言葉を掛ける。なるほど確かに、片腕というハンデがある以上、足しになるモノは多いに越したことはない。

 

 ……そうだ、決して無駄ではなかった。少々必死に過ぎたが、この試験はそれだけ己にとって大事だったということ。

 そうやって、落ち込みかけた心を励ましどうにか気を取り直した己に、試験官が笑顔で告げる。

 

「試験はこれで全て終了です。お疲れ様でした、合格発表は後日になります。今日は帰って、ゆっくり休んでください。途中、事故などに気を付けてくださいね、家に帰るまでが試験ですから」

「…………」

 

 お決まりの台詞を口にする試験官に頭を下げ、試験場を後にする。やれることは全てやった、後は結果を待つだけだ。

 妙な達成感のある疲労を感じながら、己は帰り支度を始めた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「すごいですね、彼女。さすが、織斑先生が誉めるだけはある」

「私も、まさかこれほどとは思っていませんでした」

 

 隣で先ほどの真改の戦いぶりに驚いている同僚に、頷きを返す。私も驚いているが――その内容は、同僚のそれとはまるで違うだろう。

 真改の剣の腕は知っていたが、あの動きや戦術は鍛錬や才能だけでは到底説明が付かない。ISか生身かは別にして、銃火器で武装した敵との戦闘経験が、豊富にあることは確実だ。

 

 ――平和な孤児院暮らしの少女が、いったいいつ、どこで、そんな業を身に付けたのか。

 

(……お前は、何者なんだ)

 

 弟と仲のいい少女。元世界最強という私のことを考えれば、一夏の利用価値は計り知れない。自然、一夏の交友関係には気を配っている。そんな一夏の幼なじみであり、普通の人生を送ってきた筈の少女が、初の戦闘で歴戦の戦士を追い詰めるほどの戦いを見せた。

 何かしらの目的があって一夏の側に居るのだとしたら、こんな不用意に自分が怪しまれるような真似はしないだろうと、もっともらしい理屈でこの悪寒を押さえ込むことは出来るかもしれない。

 

 だが、それでも――疑うなというほうが、無理がある。

 

 心情では、私は真改を信じたいと思っている。

 思い出すのは、数年前。第二回モンド・グロッソ決勝戦直前で、一夏が誘拐されたという報せを受け、一夏が捕らわれているという廃工場に向かったとき。

 辿り着いたその場所には、一夏と一緒にモンド・グロッソの観戦に来ていた、井上真改の姿があった。

 周囲には銃で武装した男達が倒れていた。一夏誘拐の犯人達だろう。そして、気絶している一夏を背に庇い、彼女が立っていたのだ。

 

 左腕を失い、激痛と大量の出血で一時的に視力をほとんど失っていたのだろう、その瞳は焦点が定まっておらず、突然現れ、IS〔暮桜〕を展開していた私を敵だと思ったようだった。

 

 そしてそんな、今にも死んでしまいそうな体で。

 

 いまだ幼く、なんの武器も持っていない身で。

 

 世界最強の兵器の前に、立ち塞がったのだ。

 

 真改が、その生涯のほとんどを剣に捧げてきたことを、私は知っている。そんな彼女が左腕を失うことで受けた痛みは想像を絶する。

 それでも彼女は、今も一夏の良き友人でいてくれている。

 

 ――そんな彼女を、私は疑ってしまっている。

 

(こんなことなら、見なければよかった)

 

 そうすれば、まだ彼女を信じ続けていられたのに。

 

 今の今まで考えてもみなかったことで、悩んだりしなかったのに。

 

「次の受験生が来ましたよ。時間からすると、これが最後ですね」

「ええ、そうで、す……ね…………」

 

 同僚の声で意識を現実に戻し、試験場を見た私は絶句した。

 

 なぜなら、そこには。

 

 女性にしか動かせないはずのISを動かしている、私の弟の姿が――

 

 

 

「………………ハァァァアアアアァァアァァァア!!!?!??!??」

 

採点官全員の絶叫が、観戦席にこだました。

 

 

 

 




王「まずは礼を言う。皆、突然の呼び出しによく応じてくれた」
ウ「心にもない感謝などいらん。早く本題に入れ、王大人(ワンターレン)
乙「その前に訊いておきたいんだがな。何やらこの場では見慣れん顔があるようだが」
ジ「そう睨まないでくれ、オッツダルヴァ。私も突然のことで、何が何やら」
兄「貴族のお兄さんはともかく、俺なんかがここに居ていいのか?どうも集まってるのは、企業のトップリンクスばかりみたいだが」
ロ「だからこそだよ、ロイ・ザーランド君。君は無所属でありながらそれほどのランクに着いている。それを我々は高く評価しているのだよ」
王「その通りだ、普段通りで構わんよ。……さて、挨拶も済んだな。それでは、呼び出した理由を説明する。リリウム」
リ「はい、王大人。ここ数年で、民衆の企業連に対する不満が急激に大きくなっています。このまま放置すれば暴動、あるいは反乱に繋がる可能性があります」
乙「だからどうした。連中はノーマルどころか、MTすら碌に持っていない。どこぞの解体屋にでも任せれば良い、奴にもそれくらいなら出来るだろう」
ロ「いや、力ずくで押さえつけても反発が強くなるだけだ。根本的な解決にはならんよ」
王「そもそも、民衆は貴重な労働力だ。あまり多くを失うわけにはいかん」
ジ「そうでなくとも、上に立つ者が民衆を虐げるなどあってはならないだろう」
兄「まあ、あまり気分の良い話じゃないな」
ウ「それで、どうするつもりだ?他の案があるのだろう?」
リ「はい。皆様には企業連のイメージアップのため、各企業、及びカラードを代表して演劇をしていただきます」
乙「……正気か?貴様」
兄「へえ、そりゃなかなか面白そうだな」
乙「正気か貴様!?」
ロ「まあ、虐殺よりは遥かにマシか。気は乗らないがね」
ウ「……ふん。我々は所詮、傭兵だからな。雇い主の命令には従うさ」
ジ「私も異論はない。……だが、演目は何だ?私はオペラくらいしか見たことがないのだが……」
リ「はい。演目は、不肖リリウムが主役を務めさせていただきます――」
王「――〔リリ雪姫〕、だ」



なろうでは書けずに削除されてしまったので。〔猿カニス合戦〕、〔モロ太郎〕、後は〔不思議の国のアリサワ〕が没案となっております。

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