IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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ある如月重工研究員の日記



 ○月○日

 今日、網田主任から声をかけられた。なんでも今やってる研究を手伝ってほしいそうだ。
 冗談じゃねえ、網田といえばうちでもダントツの変態野郎だ。そんなヤツの研究になんざ、関わりたくもねえ。もちろん、即答で断ってやった。
 だってえのに、あの野郎は気味の悪い笑みを浮かべてやがった。なんだってんだ、一体。



 ○月○日

 今日、唐突に人事異動が行われた。そして忌々しいことに、俺は網田の開発チームに加わることになった。
 まさに悪夢だ。ふざけやがって、なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだ。俺は善良な研究員だってえのによ。



 ○月○日

 網田の研究室では、なんとも気持ち悪いバケモノが飼われていた。やたらとデカい、青いダニみたいなヤツだ。見ているだけで気分が悪くなる。
 ていうか網田はIS開発部の人間だろうが。なんでこんなもんを作ってやがるんだよ。やっぱり網田は変態だ。それもただの変態じゃねえ、超ド級の変態野郎だ。
 くそ、ふざけやがって。俺がやりてえ研究は、こんなんじゃあねえってのに。



 ○月○日

 今日も今日とてあのバケモノどもの世話だ。いい加減気が滅入るぜ。
 しかも余計気持ち悪いことに、網田の野郎、バケモノどもと同じ部屋で寝泊まりしていやがる。
 なんで襲われねえんだ? いっそ喰われてくれりゃあ、こんな気味の悪い部署、さっさと異動できるってのによ。
 やっぱバケモノどもにも分かるのかね、あいつが自分たちと同種の生物だってことが。ああ、気持ち悪い。



 ○月○日

 最近体調が悪い。絶対にあのバケモノどものせいだ。
 あいつらの世話をし始めてから、俺のストレスはヤバいことになっている。それがついに、体にも影響が出てきたってわけだ。
 ああ、ったく、酒が不味い。早く異動してえなあ。一体いつになったら、このクソ溜めみてえなとこから出られるんだよ。



 ○月○日

 体がだるい。夜なかなか寝付けないし、夜中に何度も目が覚める。何を食っても、ろくに味がわからねえ。
 本格的に、心の病気のようだ。
 なんてこった、今度休みもらって、病院行かねえと。



 ○月○日

 おいおい、冗談だろ。
 休みもらって病院行って、少しはスッキリしたと思ってたのに。
 なんてこった、あろうことか、あのバケモノどもが、ほんの少しだけ、可愛いだなんて思っちまった。
 やっぱりあれだけのストレス、数日休んだくらいじゃ回復するわけがねえんだ。有給全部使って、足りなきゃ仮病使ってでも、ちゃんと治療しねえと。



 ○月○日

 最近、あの子たちのことが可愛く思えて仕方ない。まだ研究中のものだから名前がないのが、ひどく不憫に思えてきた。
 そうだ、名前がないのなら、俺が付けてやろう。
 あんなにも美しいモノを生み出した、あの偉大なお方と、同じ名前を。



 ○月○日

 ああ、美しい。愛おしい。もう片時も離れたくない。
 寝る時間も、食べる時間も惜しい。
 あの子たちと共に過ごす時間だけが俺の至福であり、それ以外が苦痛ですらある。
 そう、こうして日記を書く時間でさえ、あまりにももったいない。



 ○月○日

    ちゅっちゅ
            したいお






 ……日記の最後に、何か挟まっている……。

 〔ムラクモ総合病院の診察券〕を手に入れました。



第35話 銘無き刀

 種を植えた。名も知らぬ、花の種を。

 

 

 

 芽を育てた。物言わぬ、小さな命を。

 

 

 

 葉が茂り、蕾が生り、そして咲いた。

 

 

 

 ――それは、真白(ましろ)の花だった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「いのっち!」

「……退がれ……!」

 

 私に背中を向けたまま、いのっちは侵入者たちを睨みつける。このままここにいたら邪魔になることはわかってるけれど、打鉄はもう動かない。ISを解除して逃げるっていう手もあるけれど、それだと流れ弾一発で確実に即死だ。

 いくらいのっちでも、二対一では全ての弾丸は防ぎきれない。

 

(ど、どうしよう……!?)

 

 今は侵入者たちはいのっちと睨み合っているけど、すぐにでも攻撃してくるだろう。そしてこの二人は、私を庇いながら戦えるような相手じゃない。

 

(どうすれば……!)

 

 必死に考えていると、侵入者たちの後ろから何かが飛んで来た。

 それは小型の月船みたいな見た目で、機銃やらミサイルやらが沢山取り付けられている。

 

『行っけえええええっ!!』

「ああっ!? 無人機か!?」

「こんなモノまであるとはな……!」

 

 女の子が無人機に向き直って反撃し、女の人はいのっちに銃口を向けて牽制している。だけどその意識は、ほんの僅かだけれど無人機にも割かれていた。

 

 これなら、なんとか……!

 

『今だ、布仏君! ISを解除して逃げるんだ!』

「はい!」

 

 通信機から聴こえる如月社長の声に従って打鉄を解除し、社長が開けてくれた第五シェルターに一目散に逃げる。その間に何発か撃たれたけど、全ていのっちが切り払ってくれた。

 

 背後でシャッターが閉まり、どうにか一息つく。

 

「はあっ、はあっ、……ふう〜……」

「まったく。とんでもない無茶をするねえ」

「……ごめんなさい」

「……まあいいや。君に貸しが出来たしねえ、うふふ」

「……てひひ」

 

 そんなことを言いながらも、きっとあまり変なことはしないだろう。なんだかんだでいい人たちだということは、今回のことで良くわかった。だからきっと、私にひどいことをしたりはしない。

 

 ………………しないよね?

 

「っ! いのっちは〜!?」

「井上君も階段で降りて来たみたいだねえ。まあ罠は粗方壊されたあとだから、それほど苦労しなかっただろうけど。地下には月光で床でも斬って来たのかな?」

「じゃあいのっちは、そんなに疲れてないんですね〜?」

「それでも二対一だ、かなり厳しいだろうねえ。それに、井上君自身も――」

 

 話しながら、監視モニターの前に移動する。研究員さんが椅子を引いてくれたので座り、一番大きな、メインモニターを見る。

 

 そこに映るいのっちは――

 

「……いのっち……」

 

 ――無表情。

 

 優しいところや照れ屋なところを隠している、いつもの無表情とは全然違う。

 

 痛いのを、苦しいのを、誰にも知られないように、ただ静かに、黙って耐えているかのような無表情だ。

 

「朧月からのデータ、来たよ。……精神が安定していない。本調子にはほど遠いねえ」

「……そうだよね〜。あんなに苦しそうにしてたんだもん。すぐに元通りになんか、ならないよね〜……」

 

 それなのに、いのっちは来てくれた。

 私や社長たちを、助けるために。

 

「私……守られて、ばっかりだね〜……」

 

 また、無理をさせてしまう。

 

 また、怪我をさせてしまう。

 

 そうして、きっと――また、抱え込んでしまうんだろう。

 

 私が――無力だから。

 

「そうでもないさ」

「……え?」

 

 すっかりマイナス思考に陥っていた私に、社長がいつも通りの声を掛ける。

 

 そして気障っぽくウィンクなんかしながら、人差し指を立てて、私に訊ねた。

 

「君はなんのためにここに来たのか。……もう、忘れてしまったかい?」

「………………あ!」

「そうだ。きっと井上君は、布仏君以上の無茶をするよ。そうやって傷ついた井上君を癒やし、支える力――それを手に入れるために、君は今、ここに居るのだろう?」

 

 椅子から立ち上がり、振り返る。

 

 その視線の先には、ジュラルミンケースが置いてあって。

 

 その中にあるのは、とても綺麗な、銀色の――

 

「ウチの子はどういうわけか、じゃじゃ馬ばかりでねえ。あの子だって例外じゃない。……君に、扱いきれるかな?」

「……当たり前じゃないですか〜。だって、私は――」

 

 如月社長に。

 

 網田主任に。

 

 如月重工の社員さんと、研究員さんに。

 

「――みんなに認められて、ここに居るんですから」

「……そうだったねえ。いやまったく、若いっていいなあ、羨ましいなあ。そんなに熱い気持ちは、僕はとうの昔に失くしてしまったよ」

「またまた〜、嘘ばっかり〜」

「うふふ、君にそう言われるということは、僕もまだまだ捨てたもんじゃないかな」

「そうですよ〜、てひひ」

「うふふ。……では布仏君、改めて、御披露目といこう」

 

 如月社長はケースを持って来て、私の前に置いた。

 

 ケースを開けて、その中から銀色の、一対のブレスレットを取り出す。

 

 私はいつも余らせている制服の袖をまくって、両腕を社長に差し出した。

 

「仲良くしてやってくれ。如月家の可愛い末っ子、大事な大事な、僕たちの愛娘だ」

 

 社長は愛おしそうに持っていたブレスレットを私の腕に嵌めると、名残惜しそうに手を離した。

 

 作った物に対する愛情が伝わってきて、それを託してくれることがとても嬉しくて。

 

「はい。これからよろしくね――〔十六夜(いざよい)〕」

 

 だから私も、この子に相応しい人間になろうと、心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで十六夜って、女の子なんですか〜?」

「さあ? ただの気分で言っただけだよ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「随分派手に登場しやがって。何者だ、てめえ」

「…………」

 

 如月社長の連絡を受け本音の救出のために駆けつけた真改は、八本の装甲脚が伸びる異形のIS、〔アラクネ〕を装備した女――〔亡国機業(ファントム・タスク)〕のエージェント、オータムと対峙していた。

 恩のある如月重工を襲撃し、さらには本音を傷付けたオータムに対し怒りを滾らせる真改であったが、しかしオータムには斬り込む隙がなかった。

 

 彼女がかなりの手練れであることを一目で見抜く。さらにはオータムの後ろで無人機を撃墜している手際から、もう一人の侵入者である少女――エムもまた、凄まじい使い手であると悟った。

 

「ハン、お姫様を守る騎士ってとこか? いいねえ――グチャグチャにしてやりたくなるぜ」

「…………」

 

 嗜虐に歪んだ笑みを浮かべるオータムに、真改は警戒レベルを一段階上げる。

 

 能力ではなく、性質の問題だ。

 

 ――この女は、決して躊躇わない。

 

 

 

 だがふと、真改とオータムは、ほぼ同時に気付いた。

 

「……あ? てめえ――」

「……? ……………っ!」

 

 そして真改は驚愕に目を見開き、対してオータムは――

 

「――は、ははっ。ハハハハハハハハッ!!」

 

 ――狂喜した。

 

「まさかっ! まさか、まさかまさか、まさかなあっ!! もう一度、てめえに逢えるとは思ってなかったぜえっ!!! ハハハハハハハハッ!!」

「…………っ」

 

 笑い続けるオータムを、真改は険しい目で睨み付ける。その視線の鋭さに、オータムは更に笑みを深めた。

 

「今回はあの時とはちげえ、お互いIS同士だっ!! さあ、あの時の続きだ、思う存分楽しもうぜっ!! 今度こそ――」

 

 八本の装甲脚を大きく広げ、狂笑をあげながらオータムは真改に突撃する。

 

 真改もまた月光を構え、犬歯を剥き出して迎え撃つ。

 

「今度こそ、八つ裂きにしてやるからよおおおおぉぉっ!!!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「オオオオオラアアアアアアアァァァァッ!!」

「……ッ!!」

 

 八本の装甲脚から繰り出される斬撃と銃撃を、月光で捌く。

 

 高速機動と月光の攻撃力による一撃離脱を主戦術とする朧月にとって、地下エリアの通路は狭すぎる。真改は月輪の変則機動を使えず、片腕分しかないパワーアシストによる打ち合いを強いられていた。

 

「ハハッ! すげえすげえ、やっぱすげえなあ、お前っ!! 全っ然当たらねえぞっ!!」

「……ッ!」

 

 ISの性能を十分に発揮出来ない状況で、自らの剣技と体捌きだけで八本脚の猛攻を凌ぎ続ける真改。オータムの言う通りいまだ一撃たりともダメージを受けてはいないが、反撃も全く出来ていない。そこまで手が回らないのだ。月船で本社ビルまで来たために、月影と月蝕も装備していない。

 

 それでも防御に徹していればこのまま攻撃を凌ぎきる自信はあったが、しかし敵はオータム一人ではない。雲霞の如く押し寄せる無人機の掃討を終えれば、エムもまた、攻撃に加わるだろう。

 

 ――その前に、片を付けねば。

 

 その焦りが真改の眼を曇らせ、ほんの僅かな隙を何度か見落とさせていた。

 

「オラオラオラアアアアァァァッ!!!」

「……ちいっ……!」

 

 時間が足りない。

 せめて弾薬が底を尽きるまで粘れれば、反撃の芽もあるというのに。

 

 空間が足りない。

 せめて月輪が使えるだけの広さがあれば、非力を埋めることが出来るのに。

 

 そして何より、集中が足りていない。

 自身をただ一振りの刀と成せれば、諸々の不利ごと、眼前の敵を斬り捨てることが出来るのに――

 

 

 

『――そんなんじゃねえだろ、お前の剣は。全然似合わねーよ――』

 

 

 

(……黙れ……!)

 

 幼なじみの少年の言葉が、真改を縛る。

 

 言われなくとも、分かっていた。あんな剣は、自分が目指し憧れた「彼女」の剣と、あまりにもかけ離れていることは。

 

 

 

 ――だが、それでも。

 

 

 

『――お前は剣を振る時、いつも楽しそうにしてたじゃないかよ――』

 

 

 

(……邪魔を、するな……!)

 

 それでは、守れないのだ。

 

 真改には、「彼女」のような力はない。「彼女」のように誇り高い剣では、真改は戦えない。

 

 

 

 だから、誇りも矜持も捨て去って、邪剣をこの身に刻んだというのに――

 

 

 

『――お前の剣はこんなもんじゃねえ。それを、証明してやる。お前を追い掛けてきた、俺の剣で――』

 

 

 

(……お前に、なにが……!)

 

 何故、自分などを目標にするのか。

 

 ――己はこんなにも、血に濡れているというのに。

 

 何故、自分などに憧れるのか。

 

 ――己はこんなにも、業にまみれているというのに。

 

 何故自分如きの剣を、あんなにも眩しそうに見るのか。

 

 ――己の剣は、殺すことしか出来ない、誇り無き殺人剣だというのに――

 

 

 

『――シンの剣は、すごくキレイだ――』

 

 

 

(なにが、分かると言うんだ――!!)

 

「オオオオオォォッ!!」

「ハハッ! いいねえ、ノって来たじゃねえかっ!!」

 

 さらに激しさを増していく剣戟に、真改の右腕が軋みをあげる。

 昨日ようやく包帯がとれたばかりだ。まだ完治しているとは到底言えず、そんな状態でのいきなりの全力戦闘など本来なら厳禁なのだ。

 

 月光を起動しても、長い装甲脚に阻まれて届かない。

 

 最後の一歩が、踏み込めない。

 

 

 

 そして――

 

 

 

「……終わったぞ」

「……ッ!」

 

 

 

 ――タイムリミット。

 

 

 

「てめえ……! 邪魔すんなっ!!」

「時間がないんだ。遊んでいる場合じゃない、さっさと片付けるぞ」

「ちいっ……! ……仕方ねえ、まだまだ食い足りねえが、切り上げるか」

「……ッ!」

 

 八本の装甲脚、六機のビット、巨大なレーザーライフル。計十五の銃口が真改に向けられる。

 

 そしてそれらが、一斉に――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……これだけの銃撃に、よくもまあ粘るものだ」

「さすがだよ、お前。……出来れば最後まで、タイマンで楽しみたかったけどな」

「……ぐっ……!」

 

 ――シールドエネルギー残量五%。機体各部、損傷甚大。……警告。これ以上の戦闘行動は危険――

 

(……脆弱……!)

 

 激しい銃撃により荒れ果てた通路に膝をつき、真改はギシリと奥歯を噛む。

 遮蔽物がなく回避行動もろくにとれないような狭い空間で、絶え間なく続く猛火に身を晒してなお数十分もの時間を凌いで見せたが、それももう限界だった。

 正確な射撃は容易くかわされ、あるいは月光に焼き尽くされるだけだと僅か数秒で悟った侵入者たちは、通路全体に散らすように弾丸をばら撒き、朧月の装甲をじわじわと削り取った。

 シェルターに立てこもっているとはいえ事実上人質を取られている真改は一時撤退も出来ず、真っ向からそれを受けるしかなかったのである。

 

「壁を斬って来たのは失敗だったな。その剣の威力を知って、近付く馬鹿はいない」

「お姫様を助けるために大急ぎだったもんな。シェルターに引きこもってる変態どもといい、足手まといばっかで大変だなあ?」

「……っ!」

 

 親友たちを貶すオータムの言葉に真改は怒りを現すが、怒りに任せて飛びかかることはどうにかこらえた。

もはや勝ち目がなくなった以上、時間を稼ぐしかない。こちらから攻めるなど論外だった。

 しかし防御に徹しても、果たしてあとどれだけ耐えられるか。朧月は大破寸前、体力もかなり消耗しており、右腕に至っては随分前から感覚がない。これではオータム一人を相手にすることさえ困難だ。

 

「…………」

 

 この状況を打開する策を、懸命に考える。だが策士でもない真改に妙案など浮かぶ筈もなく、止めを刺すべく向けられた銃口を睨み付けることしか出来ない。

 

 正に絶対絶命。しかしそこに、プライベートチャネルとはまた別の秘匿回線から通信が入る。

 

『井上君、聴こえるかね?』

『……社長……?』

『一旦仕切り直そう。僕が隙を作るから、君はシェルターに駆け込みたまえ』

『……無茶……』

『そうでもないんだなあ、これが。いや、布仏君がすごくてねえ。想像以上だよ』

『……本音が……?』

『詳しい話は後にしよう。さあ、行くよ――』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「!? 隔壁が開いた……!?」

「なんか来るぞっ!!」

 

 固く閉ざされていたシェルターが突如として開き、通路に巨獣の咆哮の如きエグゾーストが轟く。

 その爆音の発信源は、分厚い複合装甲で形作られた巨大な鉄塊だった。

 

「やれやれまったく、こういうのは僕のキャラじゃあないんだけどねえ!!」

 

 圧倒的な排気量を誇るエンジンが大量のガソリンを一気に飲み干し燃焼させ、十六のタイヤを猛烈に回転させる。見るからに重そうな鉄塊が弾丸のように飛び出し、一直線に侵入者たちへと向かって行く。

 

「な、な、なんだありゃあっ!!?」

「知るかっ!! とにかく撃てっ!!」

 

 弾丸と熱線の豪雨を浴びせられ、バリアーのない鉄塊の装甲が見る見るうちに削り取られていく。だが装甲があまりにも分厚過ぎて、いくら削っても操縦席まで届く様子がない。

 むしろ装甲が剥がれ落ちるたび軽くなり、さらに速度を増して突っ込んで来る鉄塊の様子に、侵入者たちが僅かに焦る。

 

「ちいっ、こんなモノまで作っていたとはな……!」

「いやいや、ついさっき作ったのさ!!」

 

 一体誰に想像出来るだろう。

 現在社長が乗り込み操縦している、戦車を遥かに凌駕する頑強さを持つ鉄塊が、ほんの数分前まではただの物資運搬用のフォークリフトだったなどと。

 

(ホントに、久々に驚かせてもらったよ、布仏君!)

 

 十六夜を起動した本音は、操作の練習も兼ねて手始めに六台の大型フォークリフトを解体した。そしてそのエンジンを全て組み直し一基の巨大なエンジンに改造、さらには他の機械も解体しては様々な部品を転用、もしくは装甲板として取り付け、瞬く間にこの鉄塊を組み上げたのである。

 

 そしてこの鉄塊には、フォークリフトのアームを改造したとは思えないほどに精密なクレーンアームが取り付けられていた。そのクレーンアームが素早く動き、鉄塊に装備された唯一の兵器を取り出す。

 

 それは、あの。

 

 厚さ三メートルの強化ガラス越しに、本音を気絶させた。

 

 ――巨大な、デュアルパイルバンカー。

 

「どおおおぉぉすこおおおおおぉぉぉぉいっ!!!」

 

 間合いに入った如月社長は、渾身の気合いを込めてパイルバンカーを突き出す。

 馬鹿げた量の炸薬に点火し、凶悪な二本の鉄杭が轟音とともに撃ち出され――

 

 

 

 ――外した。

 

「やっっっぱりかああああああ!!」

 

 しかし爆発の余波だけでも、侵入者たちの体勢を崩すには十分だった。

 そして何より、あまりにも凄まじい威力は二人を怯ませるには十二分だった。

 

 ドゴオオオォォンッ!!

「うおおおおおおっ!?」

「アホかああああっ!?」

 

 床には巨大なクレーターが出来上がり、当たってもいない天井が崩れそうなほどに通路が揺れ、壁に至っては実際に崩れた。

 その様を目の当たりにして二人がビビっている内にクレーンアームで真改を回収した社長は、一目散にシェルターへと引き返す。

 

「に、逃がすかあっ!!」

「調子に乗んなよっ!!」

「うわあったったったっ!!」

 

 逃げる社長の背中に弾丸の雨が浴びせられる。

 社長が乗っている鉄塊は正面に装甲を集中させているため、背面の装甲は薄い。そこまで固めるほど素材に余裕がなかったのだ。

 そしていくら高い防御力を持っていようと、鉄塊はISではない。絶対防御など備わっている筈もなく、一発でも操縦席まで弾丸が通ればそれで終わりだ。

 

 ――さらに言えば、背面の装甲は既に限界だった。

 

(保つかな、シェルターまで……!)

「焼き尽くしてやる……!」

「今までの恨みだ、砕け散れっ!!」

「あ、やば」

 

 一斉射撃が来る。

 それは分かったが、社長にはそれを凌ぐ手段がない。

 

(仕方ないなあ、井上君だけでもシェルターに放り込むか)

 

 そう考えて、クレーンアームを操作しようとしたら――

 

「……あれ?」

 

 真改がいない。

 

 慌てて振り向くと、クレーンアームから抜け出した真改が社長の背後を守るべく立ちはだかり、全身の装甲と月光の光で猛攻を受け止めていた。

 

「……ぐうっ……!!」

「井上君っ!!」

 

 衝撃にシェルターの中まで吹き飛ばされ、絶対防御が発動する。だが真改が稼いだ僅かな時間に、なんとかシェルターまで辿り着いた。

 

「網田君っ!」

「はいっ!」

 

 シェルターの隔壁がその重厚さからは想像もつかない速度で閉まる。

 侵入者たちの追撃から際どいタイミングで逃れ、社長は真改の様子を確認しようとして———

 

「いのっち!いのっちいいいっ!!」

 

 取り乱した本音に先を越された。

 

「いのっち、大丈夫!? いのっち!」

「布仏君、落ち着いて」

「だ、だっていのっちが……!」

「気絶してるだけだよ。心配しなくていい」

「でも……!」

「そぉいっ!!」

 ズビシィッ!!

「あいたあっ!?」

 

 社長が本音の頭にチョップを叩き込む。意外に鋭い一撃に目を白黒させる本音。

 

 社長は一つ溜め息をついて、本音に語りかけた。

 

「落ち着いて。そんな調子じゃ、十六夜は使えないよ」

「十六夜……?」

「十六夜なら、エネルギーの供給も装甲の修復もできる。君が、朧月を治すんだ」

「そんな……まだいのっちに戦わせるんですか〜!?」

「他に手がない。隔壁を破られれば、どちらにせよ僕らは皆殺しだ。井上君に、戦ってもらうしかない」

「そんな……」

「それに、井上君が目を覚ませば、また戦うよ。ボロボロの機体で」

「……!」

「だから、君が井上君を支えるんだ。井上君が、全力で戦えるように」

「……いのっち……」

 

 真改が戦うということは、本音にも分かる。真改には、社長を見捨てることなど出来ないだろう。

 

 ――ここに、残るに決まっている。

 

(……なら……)

 

 ならば。

 

(……それなら、私は……)

 

 それならば、本音は。

 

(……私は、いのっちに……)

 

 本音は、真改のために。

 

(……何を、してあげられるんだろう……)

 

 一体何が、出来るだろう。

 

(……そんなこと……)

 

 そんなことは。

 

(……決まってるよね〜)

 

 そんなことは、決まってる。

 

(私……戦うよ〜)

 

 真改が戦うのなら、自分も戦う。

 

(いのっちみたいには、無理だけど)

 

 たとえ、真改のようには戦えなくとも。

 

(いのっちとは、違うやり方で)

 

 前に出て守ることは、出来なくても。

 

(私も……戦うからっ!!)

 

 後ろから、支えることは出来る。

 

「だから……お願い」

 

 そのために。

 

「私に……力を貸して――」

 

 力を。

 

 大切なルームメイトを。

 

 大好きな友達を。

 

「――〔十六夜〕!!」

 

 真改を。

 

 支えることの出来る、力を。

 

 

 

 ――本音は、手に入れた。

 

 

 

 




十六夜(いざよい)

一言で言うと、錬金術で機械をトランスフォームするユニット。
詳細(?)は次回で。

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