IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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まだもうちょっと連続投稿できそうです。
まあいつまで続くかはわかりませんけれども。


第30話 福音(守護編)

『ただいま〜』

『……お帰り……』

『うん? ダメじゃないか、真改。もう寝る時間だぞ』

『…………』

『お父さんは遅くなるから先に寝てなさいって言ったんだけど、聞かなくて』

『やー、嬉しいなぁ、僕を待っててくれたんだね』

『……おやすみ……』

『えー、もっと親子のスキンシップを楽しもうよー』

『こらこら、寝る時間って言ったのはあなたでしょ』

『…………』

『んー、じゃあさ、今度の日曜日、三人で遊びに行こうよ』

『え? 仕事は大丈夫なの?』

『うん、一段落付きそうだよ。頑張ったかいがあったなあ』

『それで最近遅くまで残ってたの?』

『ふっふっふ、企業戦士は人知れず戦ってるものなのさ』

『ご飯はどうする? 先にお風呂に入る?』

『あれ、スルー?』

『…………』

『そうだなあ、先に風呂に入ってくるよ。汗臭いままでいると、真改に嫌われちゃうからね』

『……気にしない……』

『あれ〜? そんなこと言いながら何気に距離取られてる気が……』

『じゃあ、ご飯温めておくから』

『え? フォローなし?』

『…………』

『ほらほら、早く入ってこないと、真改が寝ないでしょ』

『りょーかい。じゃあ真改、次の日曜、遊びに行くよっ!』

『どこに行くの?』

『ほら、こないだテレビでやってた遊園地があるでしょ? あそこのチケットが手に入ったんだ』

『…………』

『あそこ? 結構遠くなかった? 疲れてるのに、大丈夫?』

『バスが出てるんだ、それに乗って行こう。僕は道中、寝かせてもらうから』

『……それだと、意味が半減するような……』

『…………』

『その分はしゃいじゃうもんね〜』

『ふふっ、子供ね』

『楽しみだなあ。あそこのジェットコースター、すごいって評判なんだよね。真改の怖がる顔が見れるかな〜』

『…………』

『確かに、それはちょっと見てみたいけど……身長制限に引っかかるんじゃない?』

『……あ』

『…………』

『…………』

『……チャイルドシートでどうにかならない?』

『なるわけないでしょ……』

『……く……』

『あっ! 今笑った! 真改が笑ったよっ!』

『ほんとだ。ねえ真改、もう一回笑って?』

『……おやすみ……』

『あっ、逃げるのか、真改っ!』

『こらこら、いい加減寝かせてあげないと。きっと日曜日に、いっぱい笑ってくれるわよ』

『…………』

『う〜ん、余計に楽しみになってきたなあ』

『なら早くお風呂入って、ご飯食べないと。真改も、もう寝なさい』

『……承知……』

『うん、じゃあ入ってくるよ。……それじゃあ』

 

 

 

『『おやすみ、真改』』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 なんだ。

 

 何が起きている。

 

 敵はまだ生きている。故に己は、殺さねばならんのだ。

 

 己を拘束する箒を引き剥がし、奴の喉笛を食い千切らねばならんのだ。

 

 なのに。

 

 

 

 なんだ、この光は。

 

 

 

 見覚えのある、この――光の、幕は。

 

 

 

「……い、ち……か……?」

 

 

 

 呆然と、箒が呟く。

 

 そう、そこにいるのは織斑一夏だ。

 

 己の弟分。

 

 この美しく優しい世界で出会った少年。

 

 かつて己が、■ると誓った――

 

「一夏……? 本当に、一夏なのか……?」

「それ以外の誰に見えるんだよ」

 

 そんなことを言う一夏は、いつもとまったく変わらぬ様子だ。

 

 ……そんな馬鹿な。

 

 あれほどの重傷を負って、なぜ――

 

「ど、どうして……お前は、あんなに酷い怪我を――」

「ん? ああ……なんか、起きたら治ってた」

「はあ……!?」

 

 ……そんな、馬鹿な。

 

 そんな、ことが――

 

「ば、馬鹿な……」

「まあいいじゃん、治って悪いことはないだろ」

「それはそうだが……そ、そうだ、どうやってここが分かったんだ!?」

「ああ。あいつが連れて来てくれたんだよ」

 

 一夏が指差した方を見ると、そこには――

 

「月船……?」

 

 大きく旋回しながらこちらに飛んで来る、月船の姿があった。

 

「驚いたぜ。海岸に出たら、いきなり飛んで来たんだからな。そんで、乗って来た」

「月船は朧月の装備だぞ? お前に扱える筈が――」

「いや、使ってない。月船が勝手に動いて、ここまで連れて来てくれたんだ」

「……そう、か……」

「…………」

 

 月船が、勝手に……?

 ならば、一夏をここに連れて来たのは――

 

「お前は、本当に主思いだな――朧月」

「…………」

 

 ……何故だ。

 

 何故、こんなことをする。

 

 戦うのは己の役目だ、これ以上、一夏たちを――

 

「……なあ、シン」

「……?」

 

 一夏が、哀しげな顔で己を見る。

 

 何故、お前がそんな顔をする。

 

 やめろ。やめてくれ。

 

 それではまるで、己が――

 

「どうしたんだよ、一体。俺が暴れそうになった時、いつも止めてくれてたのは、お前じゃないかよ」

「…………」

 

 それは。

 

 お前が、己の腕のことを、引き摺っているから。

 

 お前に、余計なモノを、背負って欲しくないから。

 

 それが、今回、一夏を傷付けることになったから。

 

 だから、二度とこんなことにならないよう。

 

 こんなことに、なる前に。

 

 己が、すべて――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 一夏の回復を目の当たりにし、真改は困惑していた。

 怪我が治ったこと自体は当然喜ばしい。通常の状態であれば、思わず笑みを浮かべていたであろうほどに。

 

 だが今の真改は、とても普段通りとは言えなかった。

 

 自分には一夏の無事を喜ぶ資格がないと、根拠のない思い込みに捕らわれ、どうすればいいか分からなくなっていた。

 

「……遠くからだけど、見てたぜ。なんだよ、あれ」

 

 責めるように言ってから、一夏は真改から視線を切り、福音を睨み付ける。

 手にした雪片弐型を右肩に担ぎ、どっしりと腰を落として構えた。

 

 二次移行(セカンド・シフト)により増設され、背部と両肩、合計四基となったスラスターに光が集まる。

 全身の装甲から真白の結晶が溢れ、白式の周囲を漂う。

 

 その結晶のひとつに、箒が手を伸ばした。

 

「雪……? いや、これは……」

「……ナノマシン……」

 

 朧月からの解析結果を、呆然と真改が呟く。

 白式を守るように周囲を漂う、無数の結晶。雪に酷似したその結晶の正体は、白式内で生成された大量のナノマシン。

 

 その名は、〔雪花(せっか)

 

「箒、シンを頼む。ほっとくと、また無茶をやらかしそうだ」

「……お前がそれを言うか」

 

 箒の言葉に小さく笑みを浮かべ、それから表情を引き締める。

 そして福音から目を逸らさずに、言った。

 

「お前が教えてくれたんだ。お前が守ってくれたんだ。

 お前がいたから、俺は今まで立っていられた。ここまで歩いてこれたんだ」

 

 真改に背を向けたまま、静かに語る。

 

 永い時を共に過ごした、幼なじみに。

 

 目指す先に在り続ける、憧れに。

 

 道を外れそうになった時、叱りつけて止めてくれた、姉貴分に。

 

 もうずっと、一緒にいることが当たり前のようになっていた、親友に。

 

 井上真改という、少女に。

 

 自分の決意を、伝えたくて。

 

「お前、言ってたよな。剣を振る時は、ただ無心に、ただ一心にって。今のお前は無心にも一心にも見えねえよ。余計なことごちゃごちゃ考えてよ、そんなんだから、剣が鈍っちまったんじゃないのか?」

「…………」

 

 一夏の言葉に、真改はなんの反応も示さない。

 

 それでも構わずに、一夏は言葉を続けた。

 

「そんなんじゃねえだろ、お前の剣は。全然似合わねーよ。お前は剣を振る時、いつも楽しそうにしてたじゃないかよ」

「…………」

 

 だから、我慢ならない。

 

 今の真改は、とても辛そうに剣を振るっている。

 

 それが、一夏には耐えられなかった。

 

「お前の剣はこんなもんじゃねえ。あんなヤツに負けたりしねえ。

 ……それを、証明してやる。

 お前を追い掛けてきた、俺の剣で」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「おおおおっ!」

 

 スラスターを噴かし、福音に斬り掛かる。

 真っ直ぐに突っ込んでくる俺に向け、福音が光弾を放ってきた。俺は回避をせず、それどころか防御もせず、雪片弐型を右肩に担いだまま直進する。

 

 端から見れば捨て身の突撃に映るだろうが、違う。俺には――白式・雪花には、その必要がないだけだ。

 

『――――!?』

 

 光弾が当たる寸前、白式を包み込むように、球状の光の幕が現れる。それにより威力を減殺された光弾は、白式にダメージを与えることなく消えていった。

 

「驚いたろ? その程度の攻撃、雪花には効かねえんだよっ!」

 

 第二形態に成った白式の新機能、〔雪花(せっか)〕。

 これは白式の周囲に同名のナノマシンを撒き、漂わせる。無数の雪花は攻撃に反応し、力場を発生させてダメージを軽減する。一つ一つの効果は微々たるものだが、 何万何億と集まれば強固な守りになる。

 攻撃を完全に無効化できるわけではないが、全方位を自動で防御するというのは極めて大きい。

 「盾」ではなく、「鎧」としての能力だ。

 

「ぜえあああっ!」

 

 福音に向け、渾身の袈裟切りを繰り出す。それを左にかわしながら、再び光弾を撃ち出す福音。

 たった一回の攻撃で雪花の防御力を見極めた福音は、俺が直進してきても逃げ切れるよう全開でスラスターを噴かしている。

 福音の機動力は白式より上だ。スラスターが増設されたとはいえ、僅かに及ばない。本気で逃げに徹せられれば追い切れない。

 

 筈、だった。

 

「甘いっ!」

『――――!?』

 

 福音に食らいつき、再び間合いに踏み込む。

 白式と福音の間にある機動力の差、それを埋めたのは、雪花のもう一つの能力。

 

 ――空気抵抗の軽減。

 進行方向の空気を逆方向に移動させることで気圧差を生み出し、機動を補助するのだ。空気抵抗が小さくなることで機体と俺にかかる負荷も減り、四基の大型スラスターによる二段階瞬時加速を使っても体が軋むことはない。

 

 俺がみんなを守るために、白式が、雪花たちが俺を守ってくれる。

 

 だから俺は、全身全霊をかけ。

 

 ただ、寄って斬るのみ――!

 

「おおぉぉらああぁぁぁっ!!」

 

 大上段からの一撃。

 発動した零落白夜が福音の翼を切り落とす。返す刃でもう片方の翼を狙うが、福音は両手足から発動した瞬時加速で逃げる。

 さすがにこれには追い付けず、間合いが離れた。

 

「ちぃ……!」

 

 福音に向き直ると、既に切り落とされた翼を再生していた。そして再びの一斉射撃。

 

「ぐうっ!」

 

 雪花によりほとんどの光弾は相殺したが、それでも多少はダメージを受ける。

 なにより雪花自体にもエネルギーと耐久力があるのだ。力場を無限に発生させていられるわけではないし、壊れもする。

 壊れた雪花は他の雪花によって修理されるが、それには少し時間がかかる。立て続けに攻撃を受ければ、力場は弱まっていくのだ。

 

「だが……退かねえっ!」

 

 雪花の回復時間を稼ぐため、回避を挟みながら福音に接近。

 白式が損傷、消耗した雪花を回収し、エネルギーを補充してから再び吐き出す。

 

「早いとこケリつけないとマズいな……!」

 

 光弾の爆発は雪花に大きなダメージを与える。連射も凄まじく、雪花の修復は間に合っていない。

 二次移行しても、白式の短期決戦仕様は相変わらずだ。

 

「はあああっ!」

 

 福音は俺の斬撃を完全にはかわそうとしていない。俺に零落白夜を発動させ、再生可能な翼を片方犠牲にし、その分俺を引き付けて的確に反撃を加えてくる。

 

 ――白式の弱点を、見抜かれている。

 

 リミッター無しの軍用ISがどれほどのエネルギーを持っているのか想像も付かない。だが白式よりは保つのだろう、俺の自滅を狙っているのは明確だった。

 

「うおおおおっ!」

 

 何度目かの突撃。

 やはり福音は右の翼を切られている内に左の翼で光弾を浴びせ、そのまま俺から距離を取る。

 両方の翼を一気に斬らなければ、何度でもこの繰り返しになるだろう。今の状況は、まさしく福音の思う壺ということだ。

 

「くそ、どうする……!?」

 

 俺一人では仕留めきれない。

 みんなの援護が欲しいところだが、福音の全方位攻撃により近付けないでいる。

 

 ――一手、足りない。

 

(情けねえ……大口叩いておいて、この様かよ……!)

 

 振るった零落白夜を、紙一重でかわされる。

 

 踏み込みが足りない。

 

 もっと強く。

 

 もっと鋭く。

 

 もっと深く。

 

 思い出せ、俺が憧れた剣を。

 

 我が身を省みない、捨て身のモノではない。

 

 敵を斬るのではなく、己の道を切り開くかのような。

 

 どこまでも真っ直ぐな、あの剣を――!

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「化け物め……!」

 

 傍らに立つ箒の、苦々しい声。

 その言葉通り、福音の性能は常軌を逸している。何度翼を切り落とされようと瞬く間に再生し、強力なエネルギー弾を無尽蔵に撃ち出す。

 

 ――まさに、化け物だ。

 

「…………」

 

 ……何故だ。

 

 何故一夏が、そんな相手と戦っている。

 

 これは実戦だ、負ければ死ぬ。

 

 一夏が、死ぬ。

 

 そしてその後は、箒たちが。

 

 あの頃のように、己に深く関わった者は、皆――

 

「…………」

 

 ……嫌だ。

 

 友人が死ぬのは、嫌だ。

 

 そんなことは、許せない。

 

 そんなことをさせないために、力を求めたのに――

 

「…………」

 

 月光を起動する。

 だがエネルギーが枯渇しているため、刃を形成することが出来ない。

 

 力が、足りない。

 

「おおおおっ!」

 

 一夏が振るった刃は福音の翼を切り落としたが、福音本体には届かない。反撃に浴びせられた光弾は白式の力場に阻まれているが、あれほどの防御力、いつまでも維持出来る筈がない。

 そうでなくとも白式は燃費が悪いのだ、いずれエネルギーが尽き――

 

「……!」

 

 嫌だ。

 

 それは、嫌だ。

 

 もう二度と、あの痛みを味わいたくない。

 

「…………」

 

 ……力が、欲しい。

 

 強大な力、ではない。

 

 圧倒的な力、ではない。

 

 絶対的な力、ではない。

 

 ただ、皆を■れるだけの、力が――

 

 

 

「………………っ!」

 

 

 

 ……ある。

 

 力なら、ある。

 

 今、ここに。

 

「……月船……」

 

 呼べば、先ほどまで指示を受け付けなかったことが嘘のように飛んで来た。

 己の隣に並び、ホバリングする。

 

 如月社長は言っていた。月船の動力には、神無月と神在月を応用した装置が使われている、と。

 

 神無月と、神在月。

 先月の学年別トーナメントの折、白式にエネルギーを供給した、二基一組の装置。

 

 ならば。

 

 朧月から白式への供給が、出来たのなら。

 

 月船から朧月への供給も、出来る筈だ――

 

「…………」

 

 月船に手を伸ばすと、月船は己の手の届かぬ距離まで退がってしまった。

 

 朧月が、己に月船を使わせまいとしている。

 

「…………」

 

 ……朧月は、恐れている。

 

 己が、人を殺すことを。

 

 もう、後戻り出来なくなることを。

 

「…………」

 

 相棒の信用を失ってしまった。それも当然か、己自身、己を信用出来ずにいるのだから。

 

「…………」

 

 ならば、まずは。

 

 己が、信じなくてはなるまい。

 

 この、機械のクセに、お節介な相棒を。

 

「……加減は……」

 

 己は、己を信用出来ない。全力で振るった己の剣は、福音に届かなかったのだから。

 剣以外に寄る辺はないというのにこの様では、自分を信じるなど出来る筈がない。

 

「……お前に、任す……」

 

 だから。

 

 己に、殺させたくないと言うのなら。

 

「……往くぞ……」

 

 お前が、止めてみせろ――己の剣よ。

 

 

 

「――朧月」

 

 

 

 そうして。

 

 

 

 月船が、ゆっくりと近付き。

 

 

 

 己の指に、触れた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ――エネルギー残量二十%。予測稼働時間、三分――

 

「いよいよ後がねえな……!」

 

 突撃の回数はとっくに十を超え、しかし一撃たりとも福音には届かない。

 

「はあっ!」

 

 斬撃をかわされ、反撃を受ける。

 雪花に供給するエネルギーもバカにならない。それでも使うエネルギーがシールドエネルギーでない分、直接攻撃を受けるよりは遥かにマシだが。

 

『La――――♪』

「くっ!」

 

 エネルギーの消耗を抑えるための回避が増えてきた。それが余計に、福音への距離を遠のかせる。

 

 剣が、届かない。

 

 近接戦闘特化型の最大の弱点が、じりじりと俺を焦らせる。

 

(集中しろ! 間合いの差なんて関係ない、剣が届かないのなら、届く場所まで進むだけだ!)

 

 零落白夜が使えるのは、あと一回。

 なんとしても、次で決めなきゃならない。

 

(好都合だ。ニノ太刀を考えなくて済むからな――!)

 

 踏み込め。

 

 攻撃を踏み分けろ。

 

 弱気を踏みしだけ。

 

 距離を踏み潰せ。

 

 恐れるな。

 

 前を向かぬ者に、勝利などない――!

 

「行くぜ……白式――!」

 

 最後の突撃をかける俺に、福音の一斉射撃が降り注ぐ。

 

 爆風の衝撃が襲いかかってくるが、雪花が俺の前進を助けてくれる。

 

 スラスターを全開にし、全力で一歩を踏み出す。

 

 ――まだだ。まだ足りない。

 

 もっと強く。

 

 もっと鋭く。

 

 もっと深く。

 

 もっと――!

 

「おおおおおおおおおっ!!」

 

 右肩に担いだ雪片弐型に、渾身の力を込める。

 

 零落白夜を発動、白式内にある雪花を全て放出し、防御に回す。

 

 二段階瞬時加速を発動し、光弾の豪雨を貫きながら、福音との距離を一気に詰める――!

 

「ぜらあああっ!!」

 

 袈裟切りで右の翼を切り落とす。

 全身の筋と関節が悲鳴を上げるのも構わずに刃を返し、左の翼を狙う。

 

 だが、それも。

 

 ほんの僅か、届かない――

 

 

 

 ――エネルギー残量二%。零落白夜、発動不能――

 

(畜生、ここまで来て……!)

『La――――♪』

 

 雪片弐型が零落白夜の輝きを失ったのを見て、福音が集中砲火を放つべく、左の翼を輝かせる。

 そしてすぐに、その輝きが臨界に達し――

 

 

 

 ――根元から、巨大な金属の塊に吹き飛ばされた。

 

「月船……!?」

 

 それは、独立飛行モードの月船による体当たりだった。

 なんの武装もないとはいえ、あの大きさの物が超音速でぶつかれば、当然その衝撃は凄まじい。

 大きさ、重さ、速さ。最も単純で、それ故に揺るぎない攻撃力の公式が、そこにはある。

 

 そして。

 月船が、来たということは。

 

 

 

 ――ヴオンッ!

 

 

 

 福音の真後ろ。

 

 紫色の極光が、一直線に向かってくる。

 

「………………っ!」

 

 ただ無心に、ただ一心に。

 

 俺など及びもつかないほどに、強く、鋭く、深い踏み込み。

 

 そして、満月の如き真円の剣閃が。

 

 俺が憧れた、あの剣が。

 

 

 

 福音の装甲を、断ち切った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ISが解除され、意識を失った福音の操縦者が海へと落ちていく。その体を、予め待機していたらしい箒が抱き止めた。

 

「ったく……。シンを頼むって言ったろ」

「ふん、お前も真改に真っ直ぐ見詰められて頼まれてみろ。断りきれんぞ」

「あー、なんとなく分かるかも……」

 

 件のシンは今度こそエネルギーを完全に使い切ったのか、ISが解除されていた。その傷だらけの細い体を、月船が広げた翼で包み込むように受け止めている。

 

「……まだまだ、あいつには届かないってことか……」

 

 せっかく駆けつけたってのに仕留めきれず、一番いいところを持って行かれた。

 そんな風にボヤいていると、月船がゆっくりと近づいて来る。

 

「……シン」

「…………」

 

 月船に乗るシンの表情は、いつも以上に険しい。

 疲れや痛みによるものではないだろう、まだ完全に、いつも通りに戻れていない。

 

「……すまなかった、シン、箒」

「一夏……?」

 

 突然謝った俺に、箒が訝しげな顔をする。

 

「俺さ、シンが左腕を失くした時、すげえ痛かった。腕どころか、全身を引き裂かれたように痛かったんだ」

「…………」

「だから、同じ痛みを二度と味わいたくなくて、みんなを守れるように強くなるって決めた。

 ……なのに、俺はあの痛みを知ってるのに、シンと箒に、それを味わわせちまった」

「…………」

「この身に代えてでも守るって、思ってた。けれどそれは、俺の独り善がりでしかなかったんだな」

「一夏……」

「…………」

 

 あの時、気を失う直前、シンと箒の顔が見えた。

 一瞬だったし、視界も大分暗くなっていたが、それでも二人がひどく傷付いていたのは分かった。

 

「だから、俺、強くなるよ。今度こそ、守れるように」

「…………」

 

 もう二度と、あんな思いをさせない。

 それが、俺の新しい決意。

 

 けれど、それを聞いても、シンは。

 

 変わらずに、険しい顔のままだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 旅館に戻ると千冬の説教が待っていたが、真改だけは早急な治療が必要なため別室に連れて行かれた。

 無理矢理な機動を繰り返したために全身の至る所にダメージがあり、特に福音のスラスターに突っ込んだ右腕の状態は酷いものであった。

 幸いにも後遺症が残る可能性は低いようだが、肘の上の辺りまで、醜い傷痕が残ることは確実だった。

 

「…………」

 

 旅館の一室で布団に横たわりながら、真改はずっと考えていた。

 今回の事件における、自身の行動について。

 

(……道化……)

 

 「彼女」の夢を見て、それだけで不安定になった。

 

 一夏が傷付く様を見て容易く動揺し、自身の弱さを見せ付けられた。

 

 そして、その「弱さ」を、捨てようとした。

 

(……惰弱……)

 

 誰かのために。

 自分一人では成り立たないそれは、敵の付け入る隙となるモノだ。

 他者を守りながら戦うことは極めて難しい。己に、そんなものを背負い込む余裕はない。

 

 だから、捨てようとした。

 失うモノが無ければ、存分に自らの命を燃やし尽くせる。それを、真改は知っていたから。

 

(……否……)

 

 違う。

 真改はただ、失うことが怖かっただけだ。

 恐ろしくてたまらなかっただけだ。

 

 もう一度、あの痛みを味わうことが。

 

(……不信……)

 

 結局、誰よりも弱かったのは真改だった。

 仲間だ友人だと言っておきながら、まるで信じていなかった。

 信じていなかったから、一人で戦おうとした。

 

 それでいて――たった一人で戦うことも、怖かったのだ。

 

(……無様……)

 

 捨てようとしても、捨てきれなかった。

 

 ただ「彼女」を追い続けていた時には気付かなかった、自らの想い。

 優しい世界で生き、様々な人と触れ合うことで、ようやく気付いた想い。

 

 その、昔の自分にはなかった想いを、捨てきれなかったのだ。

 

(……半端……)

 

 その結果が、これだ。

 

 人を捨てきれず、鬼にも成りきれず、殺すことしか考えていなかったクセに、最後の最後で踏み切れなかった。

 

 どこまでも中途半端で、あまりにも無様で。

 

「……己は……何を、している……?」

 

 自分が、分からない。

 

 何をしているのか。

 

 何がしたいのか。

 

 自分は、井上真改なのか。

 

 それとも、ただの真改なのか。

 

 自分は、何も出来ないままなのか。

 

 それとも、何かが出来るのか。

 

 仮に、何かが出来るとして。

 

 一体、何が出来る……?

 

「……己は……」

 

 だって、殺すことしかして来なかった。

 

 かつての仲間と共に戦っていた頃は、誰に剣を向けるべきかが明白だった。

 

 自分はただ、剣を振り抜くだけでよかった。

 

 ただ、仲間を守るだけで――

 

「……く……」

 

 ――何が、守るだ。

 

 守れなかったクセに。

 

 誰一人として、守れなかったクセに――

 

「……く、くくく……」

 

 

 

 逸る気持ちを抑え切れなかった、古兵も。

 

 

 

 自分より寡黙だった、猟師も。

 

 

 

 宇宙を夢見て身中の虫となった、天才も。

 

 

 

「……く、は、はは……」

 

 

 

 しぶとさを信条としていた、変人も。

 

 

 

 死に場所を求めていた、傭兵も。

 

 

 

 自らの戦場を戦い抜いた、謀略家も。

 

 

 

「……はは、ははは……!」

 

 

 

 馬鹿で単純で真っ直ぐだった、大男も。

 

 

 

 決して己を曲げなかった、思想家も。

 

 

 

 宝石の如き輝きを放っていた、女傑も。

 

 

 

「はは、は、はははは……!」

 

 

 

 未来のために命を捧げた、老人も。

 

 

 

 人類のために人間を殺した、革命家も。

 

 

 

 初めて守りたいと想った、「彼女」も。

 

 

 

「は……は、は……はは……」

 

 

 

 誰一人。

 

 

 

 守れなかった、クセに――

 

 

 

「……はは……くくく……」

 

 

 

 守れるものか。

 

 

 

 お前などに。

 

 

 

「……く、くく……」

 

 

 

 そうして真改は、しばらくの間、嗤い続けた。

 

 

 

 部屋の外に、一人の少女がいることにも気付かずに。

 

 

 

 その少女が、こらえ続けていた涙がついに溢れてしまったことにも、気付けずに。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 夜。

 満月に照らされた海岸に、水着姿の一夏と箒がいた。

 

「…………」

「あ……あまりじろじろ見るな……」

「あ、いや、悪い……」

 

 恥ずかしそうに身をよじらせる箒から、一夏は慌てて目を逸らす。

 箒は普通なら絶対に着なさそうな白いビキニを着ており、その姿に一夏はどぎまぎしてしまった。普段の凛とした彼女のイメージからかけ離れた姿に、鮮烈な衝撃を受けたのだった。

 

「その水着、似合ってるよ。……うん、いいんじゃないか?」

「っ……」

 

 一夏の言葉に、箒はかーっと赤くなる。顔どころか、首や耳まで赤かった。

 

「こ、こ、これは、その……い、勢いで買ってしまって……い、いざ着ようとすると、恥ずかしくて……だな……」

「そ、そうか。それで昨日の自由時間にいなかったのか……」

「……ああ……」

 

 話しているうちにどんどん恥ずかしくなっていって、いつしか二人とも背中を向け合う形になっていた。

 一夏は気を落ち着かせるように一つ息をついて、砂浜に座り込む。釣られて、箒もその場に座った。

 

「……それで、用とはなんだ? 突然呼び出したりして……」

「ん、ああ、それなんだけど……」

 

 背を向けたまま、一夏は手に持っていた小さな箱を背中越しに箒に手渡した。

 不思議に思いながら、やはり背中越しに箱を受け取る箒。

 

「……ハッピーバースデー、箒」

「……覚えてて、くれたのか……?」

「当たり前だろ。忘れるもんかよ」

 

 箒は嬉しさに心を満たされて、壊れ物を扱うように、その箱を受け取った。

 

「あ……開けてもいいか……?」

「当たり前だろ」

 

 洒落たデザインの小箱をそっと開けて、その中身を取り出す。

 それは、真っ白な――

 

「……リボン?」

「ありきたりで悪いんだけど……他に、思いつかなくってさ」

 

 箒がいつも使っているリボンは、もう大分古くなっている。大切に使っていたためまだまだ綺麗なままではあるが、リボンの他にアクセサリーを身に付けない箒へのプレゼントを思いつかなかったのだった。

 

「……いや、ありがとう。……その……すごく、嬉しい……」

「……そっか。喜んでもらえて良かったよ」

「その……してみても、いいか……?」

「なんでいちいち断るんだよ。お前へのプレゼントなんだから、お前の好きにすればいい」

「う、うむ。では、さっそく……」

 

 しゅるり、とリボンを解いて、一夏からもらったリボンをする。

 飾り気のない純白のリボンは手触りが良く、高価なものだと分かった。

 

「……うん、いい品だな。……高かったろうに」

「六年ぶりだからな。ちょっと頑張ってみた」

「……ありがとう」

 

 もう一度言って、喜びを噛み締める。

 六年ぶりの、一夏からの誕生日プレゼント。一生大事にしようと、心に決めた。

 

「…………」

「…………」

 

 ざぁぁぁん……。

 ざぁぁぁん……。

 

 打ち寄せる波の音を聞きながら、黙って月を見上げる。

 

 二人とも、同じことを考えていた。

 

「……守れなかったなあ……」

「……ああ……」

 

 考えていたのは、井上真改のこと。

 

 二人の大事な、幼なじみのことを。

 

「……守りてえなあ……」

「……ああ。……あいつに、あんな剣は、似合わない。あいつにあんな剣を振るわせた、自分の弱さが、許せない」

「……今度こそ守るって、誓ったのになあ……」

「……守られてばかりだな、私たちは」

「……ああ」

 

 幼いころから、ずっと守られてきた。

 

 真改はずっと、一夏を守り続けてきた。

 

 だから、いつか自分たちが。

 

 そう、思っていたのに。

 

「……強くなりてえなあ……」

「……いや。強くなる。必ず、強くなる。そして、今度こそ、真改を守る」

「……ああ。守ろうぜ、みんなで。あいつ、あれで結構、馬鹿なとこあるからさ。きっと、馬鹿みたいなことで落ち込んでる」

「だろうな。……だから、思い知らせてやる。あの大馬鹿者に、自分の価値を」

 

 美しい、真円の満月の下。

 

 少年と少女は、またひとつ、誓いを立てた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 臨海学校最終日。

 持ち込んだ装備の片付けを終え、帰りのクラス別のバスに乗り込むIS学園一同。

 その中の一組のバス、出発数分前に、一人の女性が乗り込んで来た。

 

「ねえ、織斑一夏君っているかしら?」

 

 年齢は二十歳くらい。鮮やかな金髪にカジュアルなブルーのサマースーツを着たその女性は、妙に様になる仕草でバスの中を見渡しながら質問した。

 

「あ、はい。俺ですけど」

 

 一夏の返事を聞き、その姿を認めると、女性は手に持っていたサングラスを開いた胸元の谷間に預けて歩み寄る。

 一夏のそばまで行き、腰を折ってその顔を覗き込んだ。

 

「君がそうなんだ。へぇ」

「あ、あの。あなたは……?」

「私はナターシャ・ファイルス。……〔銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)〕の操縦者よ」

「え――」

 

 他の生徒たちに聞こえないよう小声で呟かれた言葉に、一夏が硬直する。そんな一夏の顔を面白そうに眺めて、ナターシャは小さく笑った。

 

「ふふ……戦ってる時はあんなに凛々しかったのに。やっぱり、まだ男の子なのね」

「は……? え、あの……」

「一言、お礼を言いに来たの。……ありがとう、白いナイトさん」

 

 友人たちや千冬、真耶とも違う「大人の女性」。その雰囲気にあてられ、一夏はしばし呆然とする。

 

「じゃあ、またね」

 

 その隙に離脱を図るナターシャ。

 ひらひらと手を振りながら立ち去ろうとして――

 

 ――一人の少女と、目が合った。

 

「……あなたは……」

「…………」

 

 生気のない、死んだ魚のような眼。

 昨日見た眼と、似ているようでまるで違う眼。

 その数時間前に見た眼と、あまりにも違いすぎる眼。

 

「……ごめんなさい」

「…………」

「私に、こんなことを言う資格はないけれど。……無理をしてはダメよ」

「…………」

 

 心からの謝罪と、心からの言葉。

 それに対し、少女――真改は、なんの反応も示さなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ……お、来た来た。

 

 ふむ、学年別トーナメントの時に白式と繋いだ回線は、役に立ってるみたいだね。

 

 ……ほうほう、これはこれは。やっぱり、そうだったか。

 

 まあ、名前からしてそうだろうとは思ってたけどねえ、〔白騎士(しろきし)〕と〔白式(しろしき)〕だし。

 

 なるほどなるほど、さすがは篠ノ之博士、悪巧みまで超一流みたいだねえ。まあ、どうでもいいけど。

 

 ……ふむん、白式第二形態、〔雪花〕か。朧月が井上君の記憶からダウンロードして、白式に教えたみたいだけど……。

 

 こんなの、いつ、どこで見たんだろうねえ、井上君は。朧月も井上君の記憶は見せてくれないし。井上君のプライベートも見せてくれないし。

 

 本当に主思いというか、堅物なんだから。

 

 まあ、それもどうでもいいか。

 

 ……さてさて、井上君はまだ、本調子じゃないみたいだねえ。困ったな、このままじゃいいデータが取れなさそうだ。どうしたものか。

 

 

 

 ん? ……うふふ、なるほど、これは面白い。目の付けどころが良いねえ、朧月。

 

 ようし、それじゃあ、彼女にちょっと手伝ってもらおうかな――

 

 

 

 




これにて3巻終了。次回は外伝、あの方をお呼びしております。

外伝が終わればオリジナルエピソード、「風雲! 如月城」に入ります。

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