なので、この作品もすっきりしてもらえるハッピーエンドを目指しています。
でも私、鬱エンドも好きなんです。DODとかもう最高。
『ほら、見て? この目、あなたにそっくり』
『鼻は君にそっくりだ。将来はきっと美人になるよ』
『ふふ、まだ産まれたばっかりなのよ? 気が早いんじゃない?』
『そんなことないさ。あっという間に大きくなる。これから毎日、大変なんだから』
『そうね。ふふ、今から楽しみだわ』
『うん。元気に、真っ直ぐに育ってほしいな』
『大丈夫よ。あなたと、私の子だもの』
『……やったね。よく頑張ってくれた』
『うん。すごく頑張った。すごく痛かったわ』
『代われるなら、代わってあげたかったよ』
『嫌よ。出産の痛みは、喜びと等価だもの。母親の特権よ』
『だから代わってあげたかったのさ』
『あら、ひどい人。ふふっ』
『あははは』
『ふふ、ふふふっ。……ねえ、名前は決まったの?』
『うん。実はね、ずっと前から決めてたんだ』
『そうなの?』
『君と僕の子だからね。僕たちの名前を、付けたいんだ』
『私たちの名前?』
『そう、僕たちの名前だ』
『……?』
『江戸時代に、井上和泉守国貞っていう名前の刀工がいたんだ。大阪正宗って呼ばれるくらいの腕前で、彼の鍛えた業物は重要文化財に指定されてるんだ』
『和泉守国貞……。私と、あなたの名前ね』
『すごい偶然だろう? 知った時には驚いたよ』
『じゃあ、この子の名前は、
『いや、和泉守は彼が受領したもので、国貞っていうのは父親から継いだ名前なんだ。だけど彼は、後に自分だけの名前をもらって、その名前を刀に彫っている。つまりは銘だね』
『じゃあ、その名前をこの子に?』
『うん。せっかくだから、あやかろうと思って』
『ふふ、単純な人。……それで、なんていう名前なの?』
『……シンカイ。真を改めると書いて、真改』
『真改……。男の子みたいな名前ね』
『けど、綺麗な響きだろう?』
『うん。素敵な名前だと思う』
『よし、なら決まりだね。今日から君は、井上真改だ――』
――――――――――
ざぁぁぁん……。
ざぁぁぁん……。
どれほど、呆っとしていただろう。
波の音と、少女の歌を聴きながら。
水平線と、少女の踊りを眺めながら。
歌も踊りも、決してうまいわけじゃない。
だけどそれらは、とても綺麗で。
なんだか、懐かしい感じがする。
「……ん?」
けれどいつの間にか、歌も踊りも終ってしまっていた。
白い少女は波打ち際で、じぃ、空を見つめている。
「……?」
不思議に思って、少女の隣まで歩いていく。
足を濡らす波の冷たさが、心地良かった。
「どうかしたのか?」
声をかけるが、少女は空を見つめたまま動かない。
そんな少女に倣い、俺も空を見上げた。
照りつける太陽以外に、何もない空。こんなにも青い空は、見るのは多分初めてだ。
しばらくそうしていると、不意に少女の声が耳に届いた。
「呼んでる……行かなきゃ」
「え?」
隣に視線を戻すと、いつの間にか少女はいなくなっていた。
きょろきょろと辺りを見回すが、あるのは白い砂浜と、青い海だけ。
少女の姿はない。歌も、聞こえない。
ただ波の音だけが、静かに響いていた。
「うーん……」
もう一度見回してみても、やっぱりどこにもいない。
一体どうなっているのか、うんうん唸りながら考えていると――背中に、声を投げかけられた。
「力を欲しますか……?」
「え……」
慌てて振り向くと、波の中、膝下までを海に沈めて、一人の女性が立っていた。
白く輝く甲冑を身に纏った、純白の騎士。
大きな剣を自らの前に立て、その上に両手を預けている。
その顔は目を覆うガードに隠されて、下半分しか見えない。
「力を欲しますか……? 何のために……?」
「ん? んー……。何のために、ね……」
その質問の答えは、もう知っている。
俺がずっと追いかけてきた、たった一つの答え。
「守るために。友達や家族、そういう、俺の大切な人たちを」
「大切な人たち……」
「ほら、世の中ってさ、結構色々戦わないといけないだろ? 人によって違うだろうけど、みんながみんな、戦ってる」
夢を追いかけて走り続ける人。
平和な毎日を謳歌する人。
それだって、立派な戦いだと思う。
みんな、戦っているんだと思う。
「けどさ、不条理っていうか、道理のない暴力って、あるだろ? それに巻き込まれると、自分の戦いが出来なくなっちまう。……そういうのから、守りたいんだ」
「そう……」
女性は、静かに答えて頷いた。
優しげな微笑みを浮かべるその姿を見ていると、またしても後ろから声をかけられた。
「たとえ我が身を犠牲にしても、か?」
「うん?」
振り返ると、波打ち際のギリギリ濡れないところに、女性が立っていた。
肩の高さに切り揃えられた金髪。
深い青色の服。
どことなく見覚えがある鋭い目で、射抜くように俺を見ている。
「守るためならば、自らが傷付くことをも厭わないか」
「んー……」
凛とした、鋭い声。
ひどく真摯なその声は、不思議と心地よく響いた。
「そうだな。ちょっと前まで、そう思ってた」
「ならば、今は違うと?」
「ああ……ようやく分かったよ。誰かを守るなら、大前提として、自分のことを守れなきゃいけないんだ」
「…………」
自然と、気負うことなく言葉を紡ぐ。
これが俺の本心なんだと、この人に伝えたくて。
「自分を犠牲にして、他人を守る。言葉にすれば立派でかっこいいことかもしれないけど、それじゃあダメなんだ」
「駄目、とは?」
「それじゃあ守れないんだよ。命は助けられても、心は守れない。自分が負った傷が、そのまま守った人の心の傷になる。……それじゃあ、ダメなんだよ」
「…………」
女性は俺の言葉を一言も聞き逃さないように、真っ直ぐに俺を見つめている。
だから俺も、俺の言葉がすべて届くように、真っ直ぐに女性を見返した。
「……そんなこと、とっくに知ってたのにな。知ってるだけで、分かっちゃいなかった」
「…………」
「けど、ようやく分かった。俺はみんなを守りたい。命や体だけじゃない、その心も。そのためには、まずは自分を守れるくらいには強くならなきゃな」
「…………」
「だって、俺には――俺のために泣いてくれる人が、いるんだから」
「…………」
女性は俺の言葉を噛み締めるように一度目を閉じる。
そして目を開け、また真っ直ぐに俺を見て、問うた。
「そのために、力を欲するのか」
「ああ。大切な人たちの涙なんて、見たくない。俺のせいで涙を流させるなんて耐えられない」
「…………」
「みんな、俺を守ってくれてる。だから俺も、みんなを守りたい。そうやってみんなで力を合わせて、助け合って守り合って……そういうのは、きっと素晴らしいことだと、思うから」
「……そうか」
女性は満足そうに頷いた。
鋭い目にどことなく優しげな雰囲気を滲ませて、小さく微笑みを浮かべて。
「……お前になら、任せられる」
静かに、そう呟いた。
「え……?」
気付けば、もう女性はいなくなっていた。
そしてまた、白い騎士からの声。
「……守りたい。そのための力が、欲しいのですね……?」
「ああ。……いや、ちょっと違うな」
「……?」
「守りたい、じゃない。守るんだ。絶対に、守る。守り抜いてみせる」
「……なら、行かなきゃね」
今度は白い少女の声。
俺の隣に立ち、小さな手を俺に伸ばしている。
「……ああ」
俺は迷わずに、その手を取った。
途端に、世界が眩い白い閃光に包まれる。
視界が光に飲み込まれる直前に、白い少女と騎士の女性が並んで立っているのが見えた。
そうして、ふと気付いた。
俺はあの、白い騎士に、なんとなく見覚えがあるような気がする――
――――――――――
「か、ふ――」
『――――』
福音は箒の首を締め上げながら、翼にエネルギーを送り込む。
零距離、全方位から
(まだだっ、まだ、なにか――――)
酸欠により薄れて行く意識で、箒は必死に考える。
この状況を脱する一手を。
福音を倒す手段を。
だが。
(――ま、――だ――)
視界が暗くなり、思考が閉ざされる。
限界が近づいていた。そして福音の翼は、今にも光弾を放とうとしている。
『La――――♪』
勝利を謳うように、福音がマシンボイスを発する。
為す術のない箒に、一斉に光弾の雨を浴びせようとして。
ズガンッ!!
『――――――!?』
背中から、強烈な鉄杭の一撃を受けた。
「箒を……」
ガーデン・カーテンの四枚のシールドを犠牲にして致命傷を避けていたシャルロット、その左腕のパイルバンカー〔
「放せぇぇぇっ!!」
ズガンズガンズガンッ!!
灰色の鱗殻のシリンダーが回転し、立て続けに鉄杭を撃ち込む。その猛攻に福音は箒を放し、エネルギー翼をシャルロットに向けた。
「セシリア、箒を!」
「わかっていますわ!」
意識を失った箒を、シャルロットから分けられたシールドエネルギーでISを再起動したセシリアが抱き止めた。
箒の頬を数回張り、呼び掛ける。
「箒さん! 起きてくださいっ!」
「…………セ、シ……リア? 無事、だったのか……?」
「ええ。……ブルー・ティアーズが守ってくれましたわ」
自らを包む装甲を誇らしげに撫でる。
それに応えるように、陽光を浴びた青い装甲が、一瞬だけきらりと光った。
「……戦えますか?」
「……当然だ。いくらでも戦ってやる。何度でも立ち上がってやる」
「その意気ですわ。悔しいですが、わたくしにはほとんどエネルギーがありません。機動と攻撃を両立できません」
「……だから?」
まるで悔しくなさそうな顔で言うセシリアに、箒も唇の端を釣り上げて聞いた。
そしてセシリアはニヤリと笑い、
「ですから、ここから援護射撃をさせていただきます。まあ、わたくしが狙われた時は、わたくしが墜とされるだけの話ですし」
「安心しろ。お前がやられている隙に、福音の背中を切り刻んでやる」
お互いに不敵な笑みを浮かべて、二人はそれぞれの役目に着いた。
箒は二刀を構え、福音の猛攻を必死に凌ぎ続けるシャルロットの援護に向かう。
「シャルロット、策はあるかっ!?」
「翼だ! どうにかあれを切り落とさないとっ!!」
「分かった、私は右を狙う! 左は――」
「あたしがもらったあああっ!!」
猛々しく吼えながら、鈴が双天牙月を投擲する。
巨大な刃が高速で回転しながら飛翔し、福音の翼を片方切り落とした。
「「鈴っ!!」」
「甲龍の燃費を舐めんじゃないわよ!! これだけあれば、アンタをぶちのめすには十分なんだからっ!!」
投げられた双天牙月がブーメランのように戻ってくる。
鈴はそれを前進しながらキャッチし、そのまま福音に躍り掛かった。
だが福音は切られた翼を瞬く間に再生し、再び光弾を放つ。
消耗している箒たちには苛烈に過ぎる攻撃。全力で防御し、どうにか凌いだものの、いよいよ後がない。
「ぐうっ、翼を再生するとは……!」
「ホントにとんでもないね……!」
「次食らったらさすがにヤバいわよ!」
「一か八かだ、一気に……!?」
まだ食らいついてくる箒たちを振り払うべく、福音は翼を大きく広げ、その場で回転を始めた。翼に打ち据えられ、弾かれる。
そして体勢の崩れた箒たちに翼を向け――
「悪いが、それはもう見た」
『――――!?』
ステルスモードで至近距離まで近づいていたラウラによる、レールカノンの連射で吹き飛ばされた。
「ふん、ようやく隙を晒したか」
「ラウラ、よく無事だったな」
「パンツァー・カノーニアは砲戦用パッケージだぞ? 遠距離攻撃に対する防御くらい、あって当然だろう」
その言葉通り、パンツァー・カノーニアには狙撃対策として、左右と正面を守る分厚いシールドが取り付けられている。それにより、すんでのところで撃墜を免れたのだ。
「もっとも、二度目は保たんだろうからな。機を待たせてもらった」
「ラウラ、僕たちを囮にしたの?」
「ああ。なんだ、文句でもあるか?」
「いや、むしろ礼を言いたいくらいだ」
「僕たちなら耐えられるって、信じてくれたんだね」
「……ふん」
「なに照れてんのよ。素直になりなさい、後でナデナデしてあげるから」
「お前は私をなんだと思ってるんだ」
そんな遣り取りをしながら、全員が油断なく福音を睨み付ける。
「さっさと止めを刺さなかったこと、後悔させてやる」
余裕のある者は誰一人としていない。光弾に当たれば即撃墜となりかねない。
「出し惜しみは一切なし。全弾撃ちきるつもりで行くからね」
そしてこれは訓練ではない。撃墜とは、すなわち死を意味している。
「援護はお任せになって。わたくしの底力、見せて差し上げますわ」
だが、誰一人として怯まない。
死を恐れていないのではない。
死ぬのは怖い。とても怖い。
「もう許さない。その自慢のキレイな羽を、全部むしり取ってやるわ」
それでも。
みんなで戦うと、決めたのだ。
全員で帰ると、誓ったのだ。
「遠距離から撃ってもどうせ当たらん。今度は私も前に出る」
それには、全員の力が必要だ。誰が欠けても勝てない。それを全員が理解していた。
だから、決して怯まない。
この戦いには、必ず勝たなければならないのだから。
――――――――――
「…………」
見えてきた。
福音と、箒たちの戦いが。
「…………」
やはり月船がなければ長距離飛行には時間がかかる。朧月の損傷も深刻なので、消耗は抑えたかったのだが。
「…………」
まあ、無い物ねだりをしても仕方あるまい。いざともなれば、己の命を薪代わりにくべればいい。
「…………」
右腕の調子を確認。
……問題ない。まだ動く。
続いて月光。
こちらも問題ない。流石は如月製、頑丈だ。
「…………」
ここから見た限りでは、福音が優勢。箒たちも必死の反撃を繰り返しているが、決定打がない。
「…………」
先ほど剣を交えて分かったが、福音はただ暴走しているわけではないようだった。何か明確な意志がアレの戦闘力を支えている。そう感じた。
「…………」
関係ない。
己はただ、寄って斬るのみ。
意志も、想いも、願いも、祈りも、信念も、諸共に斬り捨てるのみ。
「…………」
忘れるな。
己が何者なのか。
間違えるな。
己の為すべきことを。
自惚れるな。
己に、誰かを守る資格などない。
「…………」
だから、殺せ。
火の粉が降りかかる前に、殺し尽くせ。
彼らと同じ道を歩めると想うな。
安らかに笑うことなど願うな。
人らしく生きたいと祈るな。
「…………」
やるべきことはただ一つ。
敵という敵を道連れに、地獄へと墜ちて逝け――
――――――――――
「おおおおっ!!」
雄叫びと共に斬り掛かる。
紅椿のエネルギーは残り少ないが、みんなはそれ以上に余裕がない。私一人残っても仕方がないのだ、ならばここで使い切る覚悟で挑まなければならない。
「せいっ!」
私の斬撃を、福音は後ろに退がってかわした。レーザーによる追撃も光弾に撃ち落とされる。
「はあっ!」
鈴が福音に背後から斬り掛かる。衝撃砲を撃つ余裕がないのか、双天牙月による攻撃だ。
「ちぃっ、やっぱ速いっ!」
「無理はするなっ!」
回避行動をとる福音を、ラウラの砲撃が追い立てる。正確かつ強力な連射を受け、福音の機動が一層激しくなった。
「これならどうっ!?」
「こちらも差し上げますわっ!」
シャルロットがマシンガンにより弾丸の雨を降らす。単発の威力の低下を、セシリアの狙撃が補う。
少なくない弾丸が命中するが、それでも福音は止まらない。
「いくらなんでもタフ過ぎるよ!」
「軍用とはいえ、異常ですわ……!」
装甲の強固さだけでなく、再生する翼、圧倒的な機動力と火力、それらを支えるほどの膨大なエネルギー。確かに異常と言う他ない性能だ。
こちらはまだ学生とは言え全員が専用機、私を除く四人が代表候補生であり、ラウラに至っては現役の軍人だ。更に言えば福音は連戦だというのに、まだ余力がある。
だが、それでも。
「負ける……ものかあっ!!」
雨月と空裂のレーザーを連射しながら突撃する。
逃げ場を塞ぐように攻撃を放ち、機動を制限された福音をラウラが狙い撃つ。
反撃に放たれる光弾を撃ち落とし、落とし切れなかったものを歯を食いしばって耐える。
「ぐ、う、おおおあぁぁっ!!」
狙うのは、福音の頭部から伸びる翼。
全身から生えている小型の翼も恐るべき攻撃力を持っているが、機動力を支えているのは主翼だ。それさえ奪えば、動きを封じられる。
「チェェェストオオオォォッ!!!」
『――――!!』
両の刀を振り上げて、渾身の力を込めて振り下ろす。だがその一撃は、翼を重ね合わせることで防がれた。
「あああぁぁっ!!」
しかし私は刀を退かず、スラスターを全開に噴かして力ずくで押し込める。
福音の翼と二刀のエネルギーがぶつかり合い、派手な火花を散らした。
『La――――♪』
二刀を受け止めながら、福音が光弾発射の準備をする。
この距離だ、食らえばひとたまりもないだろう。だがここで退いてもジリ貧になるだけだ、このまま押し切るしかない。
私一人では不可能だろう。
だが私は、一人ではない。
「これで――!」
「――どうよっ!」
頭上から、人影が二つ。
シャルロットと、鈴。
二人は一気に降下しつつ、シャルロットは左の、鈴は右の拳を握り締めている。
そして、すれ違い様に。
シャルロットは灰色の鱗殻の鉄杭を、雨月の峰に。
鈴は全衝撃砲の最大威力を拳に乗せて、空裂の峰に。
それぞれ、叩き込んで行った。
「「「行っっっけええぇぇぇっ!!!」」」
二人の力を受け取った刃が、福音の翼を断ち切った。光の奔流と共に翼が消滅し、福音が声なき悲鳴をあげる。
『――――!!』
「はあああっ!!」
私は二刀を振り抜いた勢いのままに一回転し、紅椿の爪先から伸ばしたエネルギー刃を踵落としのように叩き込む。
その一撃は、福音の装甲を切り裂いたが――
「ちぃっ、浅い……!」
『La――――♪』
即座に反撃に出る福音。
全身から生える小型エネルギー翼の数をさらに増やし、その全てが眩い輝きを放つ。
だが、主翼はいまだに再生されていない。今が最後の好機、ここを逃せばもう後はない。
――だから、今しかないのに。
「な、エネルギー切れ……!? くそっ、ここまで来て……!!」
紅椿の装甲が輝きを失う。
雨月と空裂もただの刀に成り下がり、悪足掻きに振るった一撃は容易く弾かれた。
目の前には、一層輝きを強める福音の姿。
次の瞬間に放たれる光弾の嵐は、私を跡形もなく消し飛ばすだろう。
ここまで、来て。
あと一手、届かない――
そう、私の心が折れかけた、その時。
福音が、急に視線を上げた。
あまりに急だったので、私もついその視線を追ってしまう。
すると、そこには――
「真……改……!?」
傷だらけの体で、それでもなお衰えぬ殺意を纏った真改が、一直線にこちらへ向かって来ていた。
『キアアアアアア――――!!』
福音が獣のような声を上げる。
翼の輝きが一気に増し、迷わず真改に狙いを付ける。
そして、一斉射撃。
「………………!!」
『――――――!!』
真改と福音の視線が交錯する。そこには、お互いを殺すという意志だけが込められていた。
「真改っ!」
朧月はもう限界だ。光弾の連射に耐えられる筈がない。
だというのに、真改はただ真っ直ぐに、弾幕の中に飛び込んで行く。
「なんという無茶を……!!」
水月を連射し、弾丸よりもなお速く。
月光の光が尾を引きながら飛翔するその様は、さながら彗星のようだった。
そして、ついに間合いに踏み込む。
真改は振り上げた月光を、福音を両断するべく振り下ろす。
福音は光弾では真改を止められないと考えたのか、全身から生えた翼を殻のようにして身を守る。
光の剣と、光の盾。
その激突は――盾が勝利した。
紙一重のタイミングで主翼を再生した福音は、小型の翼と主翼で二重の盾を作り、その間で炸裂させた光弾のエネルギーで月光を相殺したのである。
「そんな、月光が……!」
それは言うなれば、捨て身の防御。自ら大きなダメージを受け入れることで致命傷を回避する、苦肉の策であった。
だがそれは、現状における最高の一手だと言える。
なぜなら真改は、今の一撃で全ての力を出し切ったからだ。
「……っ!」
「真改っ!」
月光が輝きを失う。
スラスターも水月のカートリッジも使い果たしたのか、朧月はもう浮いているだけで精一杯の様子だ。
『La――――♪』
そこに、福音が翼を向ける。
三度立ち向かって来た敵を、今度こそ仕留めるために。
「真改あああいっ!!」
「……!」
なけなしのエネルギーを使い切り、真改の下へ向かう。
抱きかかえるようにして、福音の射線から隠した。
(お前は、こんな……! こんな細い体で、ずっと……!)
真改は私を振り解こうともがくが、碌に体力も残っていないのだろう、抑えるのは容易かった。
「すまない、真改……だが、お前だけでも……!」
「……放せ……!」
放さない。
これ以上、傷ついて欲しくない。
だから、絶対に、放さない。
『La――――♪』
そして、光の洪水が――
――――――――――
閃光、轟音。
海上に紅蓮の花が咲き、海面が打ち震える。
その中心にいる真改と箒、二人の命が絶望的であると全員が確信したが、誰一人として認められない。
戦闘の最中でありながら、ただ呆然と、爆煙を眺めている。
事実を受け入れられず、なんの反応もすることが出来ず、ただ、呆然と。
――その時。
「………………雪……?」
それは、その場にいる全員の呟きだった。
雪が、降っていた。
七月の上旬に。
しんしんと、優しく。
輝くような、白雪が。
爆煙が晴れる。
その中心に、それは在った。
「……間一髪。どうにか間に合ったな」
傷一つない、純白の装甲。
「もう大丈夫だ。これ以上は、やらせねえ」
その装甲の周りを漂う、真白の結晶。
「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ」
手にしているのは、最強の名を継ぐ、一振りの刀。
「だから、さ」
幼なじみの少女たちを、その背に庇い。
「安心して、よく見とけよ」
新たな決意の象徴、白式第二形態〔
「俺の、剣を」
織斑一夏が、そこにいた。
第一魔改造、白式。
ちなみに雪花とは、雪を花にたとえた言葉で、雪の結晶のことだそうです。
……え?プライ○・アーマー?
馬鹿言っちゃいけねえよ。