IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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私はハッピーエンドが好きです。すっきりしますから。
なので、この作品もすっきりしてもらえるハッピーエンドを目指しています。



でも私、鬱エンドも好きなんです。DODとかもう最高。


第29話 福音(覚醒編)

『ほら、見て? この目、あなたにそっくり』

『鼻は君にそっくりだ。将来はきっと美人になるよ』

『ふふ、まだ産まれたばっかりなのよ? 気が早いんじゃない?』

『そんなことないさ。あっという間に大きくなる。これから毎日、大変なんだから』

『そうね。ふふ、今から楽しみだわ』

『うん。元気に、真っ直ぐに育ってほしいな』

『大丈夫よ。あなたと、私の子だもの』

『……やったね。よく頑張ってくれた』

『うん。すごく頑張った。すごく痛かったわ』

『代われるなら、代わってあげたかったよ』

『嫌よ。出産の痛みは、喜びと等価だもの。母親の特権よ』

『だから代わってあげたかったのさ』

『あら、ひどい人。ふふっ』

『あははは』

『ふふ、ふふふっ。……ねえ、名前は決まったの?』

『うん。実はね、ずっと前から決めてたんだ』

『そうなの?』

『君と僕の子だからね。僕たちの名前を、付けたいんだ』

『私たちの名前?』

『そう、僕たちの名前だ』

『……?』

『江戸時代に、井上和泉守国貞っていう名前の刀工がいたんだ。大阪正宗って呼ばれるくらいの腕前で、彼の鍛えた業物は重要文化財に指定されてるんだ』

『和泉守国貞……。私と、あなたの名前ね』

『すごい偶然だろう? 知った時には驚いたよ』

『じゃあ、この子の名前は、(まもる)?』

『いや、和泉守は彼が受領したもので、国貞っていうのは父親から継いだ名前なんだ。だけど彼は、後に自分だけの名前をもらって、その名前を刀に彫っている。つまりは銘だね』

『じゃあ、その名前をこの子に?』

『うん。せっかくだから、あやかろうと思って』

『ふふ、単純な人。……それで、なんていう名前なの?』

『……シンカイ。真を改めると書いて、真改』

『真改……。男の子みたいな名前ね』

『けど、綺麗な響きだろう?』

『うん。素敵な名前だと思う』

『よし、なら決まりだね。今日から君は、井上真改だ――』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ざぁぁぁん……。

 ざぁぁぁん……。

 

 どれほど、呆っとしていただろう。

 

 波の音と、少女の歌を聴きながら。

 水平線と、少女の踊りを眺めながら。

 

 歌も踊りも、決してうまいわけじゃない。

 

 だけどそれらは、とても綺麗で。

 

 なんだか、懐かしい感じがする。

 

「……ん?」

 

 けれどいつの間にか、歌も踊りも終ってしまっていた。

 白い少女は波打ち際で、じぃ、空を見つめている。

 

「……?」

 

 不思議に思って、少女の隣まで歩いていく。

 足を濡らす波の冷たさが、心地良かった。

 

「どうかしたのか?」

 

 声をかけるが、少女は空を見つめたまま動かない。

 そんな少女に倣い、俺も空を見上げた。

 

 照りつける太陽以外に、何もない空。こんなにも青い空は、見るのは多分初めてだ。

 

 しばらくそうしていると、不意に少女の声が耳に届いた。

 

「呼んでる……行かなきゃ」

「え?」

 

 隣に視線を戻すと、いつの間にか少女はいなくなっていた。

 きょろきょろと辺りを見回すが、あるのは白い砂浜と、青い海だけ。

 

 少女の姿はない。歌も、聞こえない。

 

 ただ波の音だけが、静かに響いていた。

 

「うーん……」

 

 もう一度見回してみても、やっぱりどこにもいない。

 一体どうなっているのか、うんうん唸りながら考えていると――背中に、声を投げかけられた。

 

「力を欲しますか……?」

「え……」

 

 慌てて振り向くと、波の中、膝下までを海に沈めて、一人の女性が立っていた。

 白く輝く甲冑を身に纏った、純白の騎士。

 大きな剣を自らの前に立て、その上に両手を預けている。

 その顔は目を覆うガードに隠されて、下半分しか見えない。

 

「力を欲しますか……? 何のために……?」

「ん? んー……。何のために、ね……」

 

 その質問の答えは、もう知っている。

 

 俺がずっと追いかけてきた、たった一つの答え。

 

「守るために。友達や家族、そういう、俺の大切な人たちを」

「大切な人たち……」

「ほら、世の中ってさ、結構色々戦わないといけないだろ? 人によって違うだろうけど、みんながみんな、戦ってる」

 

 夢を追いかけて走り続ける人。

 

 平和な毎日を謳歌する人。

 

 それだって、立派な戦いだと思う。

 みんな、戦っているんだと思う。

 

「けどさ、不条理っていうか、道理のない暴力って、あるだろ? それに巻き込まれると、自分の戦いが出来なくなっちまう。……そういうのから、守りたいんだ」

「そう……」

 

 女性は、静かに答えて頷いた。

 

 優しげな微笑みを浮かべるその姿を見ていると、またしても後ろから声をかけられた。

 

「たとえ我が身を犠牲にしても、か?」

「うん?」

 

 振り返ると、波打ち際のギリギリ濡れないところに、女性が立っていた。

 

 肩の高さに切り揃えられた金髪。

 深い青色の服。

 どことなく見覚えがある鋭い目で、射抜くように俺を見ている。

 

「守るためならば、自らが傷付くことをも厭わないか」

「んー……」

 

 凛とした、鋭い声。

 ひどく真摯なその声は、不思議と心地よく響いた。

 

「そうだな。ちょっと前まで、そう思ってた」

「ならば、今は違うと?」

「ああ……ようやく分かったよ。誰かを守るなら、大前提として、自分のことを守れなきゃいけないんだ」

「…………」

 

 自然と、気負うことなく言葉を紡ぐ。

 これが俺の本心なんだと、この人に伝えたくて。

 

「自分を犠牲にして、他人を守る。言葉にすれば立派でかっこいいことかもしれないけど、それじゃあダメなんだ」

「駄目、とは?」

「それじゃあ守れないんだよ。命は助けられても、心は守れない。自分が負った傷が、そのまま守った人の心の傷になる。……それじゃあ、ダメなんだよ」

「…………」

 

 女性は俺の言葉を一言も聞き逃さないように、真っ直ぐに俺を見つめている。

 

 だから俺も、俺の言葉がすべて届くように、真っ直ぐに女性を見返した。

 

「……そんなこと、とっくに知ってたのにな。知ってるだけで、分かっちゃいなかった」

「…………」

「けど、ようやく分かった。俺はみんなを守りたい。命や体だけじゃない、その心も。そのためには、まずは自分を守れるくらいには強くならなきゃな」

「…………」

「だって、俺には――俺のために泣いてくれる人が、いるんだから」

「…………」

 

 女性は俺の言葉を噛み締めるように一度目を閉じる。

 そして目を開け、また真っ直ぐに俺を見て、問うた。

 

「そのために、力を欲するのか」

「ああ。大切な人たちの涙なんて、見たくない。俺のせいで涙を流させるなんて耐えられない」

「…………」

「みんな、俺を守ってくれてる。だから俺も、みんなを守りたい。そうやってみんなで力を合わせて、助け合って守り合って……そういうのは、きっと素晴らしいことだと、思うから」

「……そうか」

 

 女性は満足そうに頷いた。

 鋭い目にどことなく優しげな雰囲気を滲ませて、小さく微笑みを浮かべて。

 

「……お前になら、任せられる」

 

 静かに、そう呟いた。

 

「え……?」

 

 気付けば、もう女性はいなくなっていた。

 そしてまた、白い騎士からの声。

 

「……守りたい。そのための力が、欲しいのですね……?」

「ああ。……いや、ちょっと違うな」

「……?」

「守りたい、じゃない。守るんだ。絶対に、守る。守り抜いてみせる」

「……なら、行かなきゃね」

 

 今度は白い少女の声。

 俺の隣に立ち、小さな手を俺に伸ばしている。

 

 「……ああ」

 

 俺は迷わずに、その手を取った。

 

 途端に、世界が眩い白い閃光に包まれる。

 視界が光に飲み込まれる直前に、白い少女と騎士の女性が並んで立っているのが見えた。

 

 そうして、ふと気付いた。

 

 俺はあの、白い騎士に、なんとなく見覚えがあるような気がする――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「か、ふ――」

『――――』

 

 福音は箒の首を締め上げながら、翼にエネルギーを送り込む。

 零距離、全方位から銀の鐘(シルバー・ベル)を浴びせ、一息に止めを刺すつもりだった。

 

(まだだっ、まだ、なにか――――)

 

 酸欠により薄れて行く意識で、箒は必死に考える。

 この状況を脱する一手を。

 福音を倒す手段を。

 

 だが。

 

(――ま、――だ――)

 

 視界が暗くなり、思考が閉ざされる。

 限界が近づいていた。そして福音の翼は、今にも光弾を放とうとしている。

 

『La――――♪』

 

 勝利を謳うように、福音がマシンボイスを発する。

 為す術のない箒に、一斉に光弾の雨を浴びせようとして。

 

 

 

 ズガンッ!!

『――――――!?』

 

 背中から、強烈な鉄杭の一撃を受けた。

 

「箒を……」

 

 ガーデン・カーテンの四枚のシールドを犠牲にして致命傷を避けていたシャルロット、その左腕のパイルバンカー〔灰色の鱗殻(グレー・スケール)〕による攻撃である。

 

「放せぇぇぇっ!!」

 ズガンズガンズガンッ!!

 

 灰色の鱗殻のシリンダーが回転し、立て続けに鉄杭を撃ち込む。その猛攻に福音は箒を放し、エネルギー翼をシャルロットに向けた。

 

「セシリア、箒を!」

「わかっていますわ!」

 

 意識を失った箒を、シャルロットから分けられたシールドエネルギーでISを再起動したセシリアが抱き止めた。

 箒の頬を数回張り、呼び掛ける。

 

「箒さん! 起きてくださいっ!」

「…………セ、シ……リア? 無事、だったのか……?」

「ええ。……ブルー・ティアーズが守ってくれましたわ」

 

 自らを包む装甲を誇らしげに撫でる。

 それに応えるように、陽光を浴びた青い装甲が、一瞬だけきらりと光った。

 

「……戦えますか?」

「……当然だ。いくらでも戦ってやる。何度でも立ち上がってやる」

「その意気ですわ。悔しいですが、わたくしにはほとんどエネルギーがありません。機動と攻撃を両立できません」

「……だから?」

 

 まるで悔しくなさそうな顔で言うセシリアに、箒も唇の端を釣り上げて聞いた。

 

 そしてセシリアはニヤリと笑い、

 

「ですから、ここから援護射撃をさせていただきます。まあ、わたくしが狙われた時は、わたくしが墜とされるだけの話ですし」

「安心しろ。お前がやられている隙に、福音の背中を切り刻んでやる」

 

 お互いに不敵な笑みを浮かべて、二人はそれぞれの役目に着いた。

 箒は二刀を構え、福音の猛攻を必死に凌ぎ続けるシャルロットの援護に向かう。

 

「シャルロット、策はあるかっ!?」

「翼だ! どうにかあれを切り落とさないとっ!!」

「分かった、私は右を狙う! 左は――」

「あたしがもらったあああっ!!」

 

 猛々しく吼えながら、鈴が双天牙月を投擲する。

 巨大な刃が高速で回転しながら飛翔し、福音の翼を片方切り落とした。

 

「「鈴っ!!」」

「甲龍の燃費を舐めんじゃないわよ!! これだけあれば、アンタをぶちのめすには十分なんだからっ!!」

 

 投げられた双天牙月がブーメランのように戻ってくる。

 鈴はそれを前進しながらキャッチし、そのまま福音に躍り掛かった。

 だが福音は切られた翼を瞬く間に再生し、再び光弾を放つ。

 消耗している箒たちには苛烈に過ぎる攻撃。全力で防御し、どうにか凌いだものの、いよいよ後がない。

 

「ぐうっ、翼を再生するとは……!」

「ホントにとんでもないね……!」

「次食らったらさすがにヤバいわよ!」

「一か八かだ、一気に……!?」

 

 まだ食らいついてくる箒たちを振り払うべく、福音は翼を大きく広げ、その場で回転を始めた。翼に打ち据えられ、弾かれる。

 

 そして体勢の崩れた箒たちに翼を向け――

 

「悪いが、それはもう見た」

『――――!?』

 

 ステルスモードで至近距離まで近づいていたラウラによる、レールカノンの連射で吹き飛ばされた。

 

「ふん、ようやく隙を晒したか」

「ラウラ、よく無事だったな」

「パンツァー・カノーニアは砲戦用パッケージだぞ? 遠距離攻撃に対する防御くらい、あって当然だろう」

 

 その言葉通り、パンツァー・カノーニアには狙撃対策として、左右と正面を守る分厚いシールドが取り付けられている。それにより、すんでのところで撃墜を免れたのだ。

 

「もっとも、二度目は保たんだろうからな。機を待たせてもらった」

「ラウラ、僕たちを囮にしたの?」

「ああ。なんだ、文句でもあるか?」

「いや、むしろ礼を言いたいくらいだ」

「僕たちなら耐えられるって、信じてくれたんだね」

「……ふん」

「なに照れてんのよ。素直になりなさい、後でナデナデしてあげるから」

「お前は私をなんだと思ってるんだ」

 

 そんな遣り取りをしながら、全員が油断なく福音を睨み付ける。

 

「さっさと止めを刺さなかったこと、後悔させてやる」

 

 余裕のある者は誰一人としていない。光弾に当たれば即撃墜となりかねない。

 

「出し惜しみは一切なし。全弾撃ちきるつもりで行くからね」

 

 そしてこれは訓練ではない。撃墜とは、すなわち死を意味している。

 

「援護はお任せになって。わたくしの底力、見せて差し上げますわ」

 

 だが、誰一人として怯まない。

 死を恐れていないのではない。

 死ぬのは怖い。とても怖い。

 

「もう許さない。その自慢のキレイな羽を、全部むしり取ってやるわ」

 

 それでも。

 

 みんなで戦うと、決めたのだ。

 

 全員で帰ると、誓ったのだ。

 

「遠距離から撃ってもどうせ当たらん。今度は私も前に出る」

 

 それには、全員の力が必要だ。誰が欠けても勝てない。それを全員が理解していた。

 

 だから、決して怯まない。

 この戦いには、必ず勝たなければならないのだから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「…………」

 

 見えてきた。

 福音と、箒たちの戦いが。

 

「…………」

 

 やはり月船がなければ長距離飛行には時間がかかる。朧月の損傷も深刻なので、消耗は抑えたかったのだが。

 

「…………」

 

 まあ、無い物ねだりをしても仕方あるまい。いざともなれば、己の命を薪代わりにくべればいい。

 

「…………」

 

 右腕の調子を確認。

 ……問題ない。まだ動く。

 

 続いて月光。

 こちらも問題ない。流石は如月製、頑丈だ。

 

「…………」

 

 ここから見た限りでは、福音が優勢。箒たちも必死の反撃を繰り返しているが、決定打がない。

 

「…………」

 

 先ほど剣を交えて分かったが、福音はただ暴走しているわけではないようだった。何か明確な意志がアレの戦闘力を支えている。そう感じた。

 

「…………」

 

 関係ない。

 己はただ、寄って斬るのみ。

 意志も、想いも、願いも、祈りも、信念も、諸共に斬り捨てるのみ。

 

「…………」

 

 忘れるな。

 己が何者なのか。

 

 間違えるな。

 己の為すべきことを。

 

 自惚れるな。

 己に、誰かを守る資格などない。

 

「…………」

 

 だから、殺せ。

 火の粉が降りかかる前に、殺し尽くせ。

 

 彼らと同じ道を歩めると想うな。

 

 安らかに笑うことなど願うな。

 

 人らしく生きたいと祈るな。

 

「…………」

 

 やるべきことはただ一つ。

 

 敵という敵を道連れに、地獄へと墜ちて逝け――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「おおおおっ!!」

 

 雄叫びと共に斬り掛かる。

 紅椿のエネルギーは残り少ないが、みんなはそれ以上に余裕がない。私一人残っても仕方がないのだ、ならばここで使い切る覚悟で挑まなければならない。

 

「せいっ!」

 

 私の斬撃を、福音は後ろに退がってかわした。レーザーによる追撃も光弾に撃ち落とされる。

 

「はあっ!」

 

 鈴が福音に背後から斬り掛かる。衝撃砲を撃つ余裕がないのか、双天牙月による攻撃だ。

 

「ちぃっ、やっぱ速いっ!」

「無理はするなっ!」

 

 回避行動をとる福音を、ラウラの砲撃が追い立てる。正確かつ強力な連射を受け、福音の機動が一層激しくなった。

 

「これならどうっ!?」

「こちらも差し上げますわっ!」

 

 シャルロットがマシンガンにより弾丸の雨を降らす。単発の威力の低下を、セシリアの狙撃が補う。

 少なくない弾丸が命中するが、それでも福音は止まらない。

 

「いくらなんでもタフ過ぎるよ!」

「軍用とはいえ、異常ですわ……!」

 

 装甲の強固さだけでなく、再生する翼、圧倒的な機動力と火力、それらを支えるほどの膨大なエネルギー。確かに異常と言う他ない性能だ。

  こちらはまだ学生とは言え全員が専用機、私を除く四人が代表候補生であり、ラウラに至っては現役の軍人だ。更に言えば福音は連戦だというのに、まだ余力がある。

 

 だが、それでも。

 

「負ける……ものかあっ!!」

 

 雨月と空裂のレーザーを連射しながら突撃する。

 逃げ場を塞ぐように攻撃を放ち、機動を制限された福音をラウラが狙い撃つ。

 

 反撃に放たれる光弾を撃ち落とし、落とし切れなかったものを歯を食いしばって耐える。

 

「ぐ、う、おおおあぁぁっ!!」

 

 狙うのは、福音の頭部から伸びる翼。

 全身から生えている小型の翼も恐るべき攻撃力を持っているが、機動力を支えているのは主翼だ。それさえ奪えば、動きを封じられる。

 

「チェェェストオオオォォッ!!!」

『――――!!』

 

 両の刀を振り上げて、渾身の力を込めて振り下ろす。だがその一撃は、翼を重ね合わせることで防がれた。

 

「あああぁぁっ!!」

 

 しかし私は刀を退かず、スラスターを全開に噴かして力ずくで押し込める。

 福音の翼と二刀のエネルギーがぶつかり合い、派手な火花を散らした。

 

『La――――♪』

 

 二刀を受け止めながら、福音が光弾発射の準備をする。

 この距離だ、食らえばひとたまりもないだろう。だがここで退いてもジリ貧になるだけだ、このまま押し切るしかない。

 

 私一人では不可能だろう。

 

 だが私は、一人ではない。

 

「これで――!」

「――どうよっ!」

 

 頭上から、人影が二つ。

 シャルロットと、鈴。

 

 二人は一気に降下しつつ、シャルロットは左の、鈴は右の拳を握り締めている。

 

 そして、すれ違い様に。

 

 シャルロットは灰色の鱗殻の鉄杭を、雨月の峰に。

 

 鈴は全衝撃砲の最大威力を拳に乗せて、空裂の峰に。

 

 それぞれ、叩き込んで行った。

 

「「「行っっっけええぇぇぇっ!!!」」」

 

 二人の力を受け取った刃が、福音の翼を断ち切った。光の奔流と共に翼が消滅し、福音が声なき悲鳴をあげる。

 

『――――!!』

「はあああっ!!」

 

 私は二刀を振り抜いた勢いのままに一回転し、紅椿の爪先から伸ばしたエネルギー刃を踵落としのように叩き込む。

 その一撃は、福音の装甲を切り裂いたが――

 

「ちぃっ、浅い……!」

『La――――♪』

 

 即座に反撃に出る福音。

 全身から生える小型エネルギー翼の数をさらに増やし、その全てが眩い輝きを放つ。

 

 だが、主翼はいまだに再生されていない。今が最後の好機、ここを逃せばもう後はない。

 

 ――だから、今しかないのに。

 

「な、エネルギー切れ……!? くそっ、ここまで来て……!!」

 

 紅椿の装甲が輝きを失う。

 雨月と空裂もただの刀に成り下がり、悪足掻きに振るった一撃は容易く弾かれた。

 

 目の前には、一層輝きを強める福音の姿。

 次の瞬間に放たれる光弾の嵐は、私を跡形もなく消し飛ばすだろう。

 

 ここまで、来て。

 

 あと一手、届かない――

 

 

 

 そう、私の心が折れかけた、その時。

 

 

 

 福音が、急に視線を上げた。

 

 あまりに急だったので、私もついその視線を追ってしまう。

 

 すると、そこには――

 

「真……改……!?」

 

 傷だらけの体で、それでもなお衰えぬ殺意を纏った真改が、一直線にこちらへ向かって来ていた。

 

『キアアアアアア――――!!』

 

 福音が獣のような声を上げる。

 翼の輝きが一気に増し、迷わず真改に狙いを付ける。

 

 そして、一斉射撃。

 

「………………!!」

『――――――!!』

 

 真改と福音の視線が交錯する。そこには、お互いを殺すという意志だけが込められていた。

 

「真改っ!」

 

 朧月はもう限界だ。光弾の連射に耐えられる筈がない。

 だというのに、真改はただ真っ直ぐに、弾幕の中に飛び込んで行く。

 

「なんという無茶を……!!」

 

 水月を連射し、弾丸よりもなお速く。

 月光の光が尾を引きながら飛翔するその様は、さながら彗星のようだった。

 

 そして、ついに間合いに踏み込む。

 

 真改は振り上げた月光を、福音を両断するべく振り下ろす。

 

 福音は光弾では真改を止められないと考えたのか、全身から生えた翼を殻のようにして身を守る。

 

 光の剣と、光の盾。

 

 その激突は――盾が勝利した。

 

 紙一重のタイミングで主翼を再生した福音は、小型の翼と主翼で二重の盾を作り、その間で炸裂させた光弾のエネルギーで月光を相殺したのである。

 

「そんな、月光が……!」

 

 それは言うなれば、捨て身の防御。自ら大きなダメージを受け入れることで致命傷を回避する、苦肉の策であった。

 

 だがそれは、現状における最高の一手だと言える。

 なぜなら真改は、今の一撃で全ての力を出し切ったからだ。

 

「……っ!」

「真改っ!」

 

 月光が輝きを失う。

 スラスターも水月のカートリッジも使い果たしたのか、朧月はもう浮いているだけで精一杯の様子だ。

 

『La――――♪』

 

 そこに、福音が翼を向ける。

 三度立ち向かって来た敵を、今度こそ仕留めるために。

 

「真改あああいっ!!」

「……!」

 

 なけなしのエネルギーを使い切り、真改の下へ向かう。

 抱きかかえるようにして、福音の射線から隠した。

 

(お前は、こんな……! こんな細い体で、ずっと……!)

 

 真改は私を振り解こうともがくが、碌に体力も残っていないのだろう、抑えるのは容易かった。

 

「すまない、真改……だが、お前だけでも……!」

「……放せ……!」

 

 放さない。

 

 これ以上、傷ついて欲しくない。

 

 だから、絶対に、放さない。

 

 

 

『La――――♪』

 

 

 

 そして、光の洪水が――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 閃光、轟音。

 

 海上に紅蓮の花が咲き、海面が打ち震える。

 

 その中心にいる真改と箒、二人の命が絶望的であると全員が確信したが、誰一人として認められない。

 

 戦闘の最中でありながら、ただ呆然と、爆煙を眺めている。

 

 事実を受け入れられず、なんの反応もすることが出来ず、ただ、呆然と。

 

 

 

 

 

 

 ――その時。

 

 

 

 

 

 

「………………雪……?」

 

 

 

 

 

 

 それは、その場にいる全員の呟きだった。

 

 

 

 雪が、降っていた。

 

 七月の上旬に。

 

 しんしんと、優しく。

 

 輝くような、白雪が。

 

 

 

 

 

 

 爆煙が晴れる。

 

 その中心に、それは在った。

 

 

 

「……間一髪。どうにか間に合ったな」

 

 

 

 傷一つない、純白の装甲。

 

 

 

「もう大丈夫だ。これ以上は、やらせねえ」

 

 

 

 その装甲の周りを漂う、真白の結晶。

 

 

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ」

 

 

 

 手にしているのは、最強の名を継ぐ、一振りの刀。

 

 

 

「だから、さ」

 

 

 

 幼なじみの少女たちを、その背に庇い。

 

 

 

「安心して、よく見とけよ」

 

 

 

 新たな決意の象徴、白式第二形態〔雪花(せっか)〕を身に纏った。

 

 

 

「俺の、剣を」

 

 

 

 織斑一夏が、そこにいた。

 

 

 

 




第一魔改造、白式。

ちなみに雪花とは、雪を花にたとえた言葉で、雪の結晶のことだそうです。

……え?プライ○・アーマー?
馬鹿言っちゃいけねえよ。

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