IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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 筋肉質な細身だけどスタイルはいい女スナイパーがうつ伏せになってスコープを覗き込み標的を狙っている時にできる立てた肘とキリッとした顎とライフルのシャープながら無骨なストックから成る空間の奥に垣間見える潰れたおっ○いが、私は大好きです。


第99話 殺陣

 右足を真っ直ぐに突き出し、正面に立つ兵士の胸に踵を叩き込む。衝突の瞬間、全身を使って回転を加え、兵士が着ているアーマー越しに、肺に衝撃を捻り込んだ。

 

「ゲホォ……!?」

 

 胸を押さえ後ずさる兵士。がら空きになった首にブレードを一撃、手応えで倒したことを確認し、次の兵に向き直る。

 

「こ、のォ……化け物がァ!!」

「疾っ!!」

 

 己の眉間を捉える銃口。即座に撃鉄が振り下ろされ、炸薬が起爆する。この状況でなんという精密射撃か。だが銃弾は、放たれた後に軌道を変更することは出来ない。身を捻りかわしながらブレードを一閃。反動で下がる遊底(スライド)を斬り飛ばす。

 

「うおっ……!?」

 

 兵は驚くべき反応速度で自身の顔目掛け飛んでくる部品を避ける。同時に繰り出されるナイフ。速く正確だが、体勢に難がある。それでは届かない。避けつつ、脇腹に柄の一撃。

 

「っっっ……!」

 

 目出し帽(バラクラバ)の奥で苦悶の表情を浮かべ倒れ伏す。これで二人。

 

「…………」

 

 残る四人は、一足一刀の僅か外まで退がっていた。先の二人は囮か。彼ら自身も、そうと知りながら距離を取らなかったように感じる。部隊が生き残るためにあえて蜥蜴の尻尾となったか。これが群特有の恐ろしさだ、己たち(リンクス)には真似出来まい。

 

(……さて……)

 

 どうするか。ブレードを右肩に担いで腕の疲労を抑えつつ、出方を窺う。敵は斜線を下げつつ、意識を上に向けている。囲みながらも同士討ちを避け、かつ一人一人が迎撃体勢を維持している。いざともなれば、自分ごと己を撃ち抜かせるつもりだ。この少人数でIS学園を攻めるだけはある、覚悟は決まっているか。

 

「……っ!」

 

 筋肉の緊張を感じ取り、担いだブレードを大きく一回転させるように振り上げた。狙いは後ろ。膝を狙って放たれた銃弾を斬り払うと同時、振るったブレードの重さを利用して振り返る。

 バラクラバの奥からくぐもった舌打ち。照準は変わらず低く足狙い。ナイフを持った左手は、急所を庇いつつ切っ先をこちらへ向けている。銃口にブレはない。二射目までの間は一瞬、狙いはまたも正確無比。故に、読みやすい。

 

「疾っ!」

 

 人体を的とした時、最も大きく且つ動きの少ない胴体目掛け、弾丸が走る。己はブレードを振り抜いた勢いそのままに身を捻り、左足で回し蹴りを繰り出した。銃を持つ右手に命中、しかし感触はいやに固い。手甲の類か。

 右腕をへし折るつもりだったが、即座に目的を切り替える。足首を右手に引っ掛けて跳躍すると、兵は急に体重を掛けられて体勢を崩す。

 反射的に身を退こうとするが、遅い。己は左足を軸に空中で一回転し、床を蹴って伸びていた右足を曲げ、膝裏で鎌のように兵の首を刈る。左右の頸動脈に衝撃を受けた兵は一瞬で意識を失い勢い良く床に叩きつけられた。

 半分。

 

 プシュン。気の抜ける銃声が耳に届くより早く、身を沈める。髪を一房持って行かれた。後で本音が激怒するだろうが、そんな先のことを気にする余裕無し。ブレードを咥えることで空けた手を床につき、折り曲げた両膝を一気に跳ね上げる。一瞬遅らせて床を押し出しながら、全身を捻る。普段は邪魔なばかりの長いスカートが、激しく翻り兵の目を眩ます。

 

「ちぃっ!」

 

 苦し紛れの連射。貫くのは制服の生地ばかり。身体には掠りもしない。

 全力で突き出した右手を、引き戻す暇はない。ブレードを咥えたまま、顎に全力を込めて噛み締める。手に持ち振るう時と比べ関節の数が足りず速さは出ないが、その分、重い。

 

「グゥゥウウウッ!!」

 

 歯を食いしばり唸り声をあげながら、身体ごと叩き付けるように。狙いは胴体、肺を斜め下から打ち上げる。

 手応え有り。兵はゴーグルの奥で目を見開き、一瞬ビクンと身体を痙攣させる。崩れ落ちる前に、その胸に装着されたホルスターからナイフを抜き取り、振り返ると同時に投擲。刃は弾丸を斬り裂きながら、それを放った銃口に突き刺さる。

 己の背中を狙っていた兵は攻撃手段を一つ失い、しかし冷静にナイフを構え直す。既に駆けていた己は懐に潜り込み、振るわれたナイフを潜る。

 そして、落ちるように身を沈める。重力は武器だ、それは肉体を加速させ鉄塊に変える。その重みと速さを、肩から背中までを使って叩き付ける。

 衝撃の瞬間、床を踏みしめる。兵は弾き飛ばされ、壁で一度跳ね返り倒れた。頭を強か打ち付けたようにも見えたが、ヘルメット装備だ、死にはすまい。

 

 最後の一人……隊長であろう男を睨む。

 決して小柄ではないが、大きくもない体躯。余分の一切を削ぎ落とし、しかし必要分はしっかりと残した、細くも強靭でしなやかな肉体。

 纏う衣服が有していたであろうステルス機構はとうに解除し、フードと口許を隠す布も脱ぎ捨て、くすんだ金髪と皺や傷が刻まれた壮年を過ぎた顔が露わになっている。

 青い瞳が、己を睨み返す。そこには殺意も敵意も、恐怖や絶望すらもない。だが、ただ命令に従う人形のような色かと言えば、それも違う。生き残るために、どこまでも冷静に己を見極めようとしている。

 

(……面白い……)

 

 この手の緊張感は久々だ。張り詰めた空気に乾いた唇を舌で湿らせながら、ブレードを担ぎ腰を落とす。

 容易い相手ではない。だが、そうでなくては――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(古流武術と近代格闘技のハイブリッド……一体どれだけの修羅場を潜れば、そんなもんをこんなレベルで身に付けられるんだ)

 

 ポーンは瞬く間に部下を倒した真改の動きを、自身の経験と照らし合わせてそう分析した。勝ち目が薄い以上、増援到着まで耐えるしかない。そのためには、敵の手札(カード)は可能な限り明かしておかなければならない。

 

(本当なら、この手の戦闘狂は撤退するふりして罠まで誘い込むのが常套なんだが……敵地のド真ん中じゃあ無理がある。とんだ貧乏くじを引いちまったぜ)

 

 刀身のように緩やかに口を歪め舌なめずりをする少女の姿に、ポーンは冷や汗を流す。敵に猛然と飛びかかり仕留めていく様はまるで獣。それが人の知性と技術と武器を持っている。悪夢のような話だ、とポーンは思った。これなら戦車が待ち構えていた方が遥かにマシだった。

 

(さて、あんたのカードは後どれだけ残っている? あれで全部ってのが最高なんだが、まあ、そんな都合良くはねえだろう)

 

 部隊共通装備の9mm軍用拳銃をホルスターに納め、私物である45口径を構える。装弾数は半減するが、こちらの方が軽く、手に馴染むのだ。それに、当てた際に与える衝撃も大きい。何より、彼と半生を共にしてきたこの銃は、一度もジャムったことがない。今はそれが重要だ。

 

「…………」

「…………」

 

 睨み合う。神経が研ぎ澄まされていくのを感じる。ポーンの顎から汗の雫が一滴流れ落ち、床に着き弾けた僅かな音さえ、はっきりと聞こえる。

 それが、合図となった。

 

「疾っ!」

 

 真改が踏み込む。加速だけ見れば四足獣よりも遥かに速い。だがポーンは反応した。手首の動きだけで、銃口が真改を追う。当然照星も照門も見えはしないが、この距離とポーンの射撃技術ならば間違っても外さない。かわされない限りは。

 

 BANG! マズルフラッシュの向こうで、真改は上半身で円を描いた。ボクシングのウィービングに近いが、真改は上半身の動きで銃撃を避け、さらにはその勢いを横移動の反転に利用する。下がった姿勢を戻すことなく、更に疾走。ポーンもまた、銃撃の反動を利用して照準を補正する。

 

 BANG! 腰を狙って撃つ。真改は跳んでかわし、壁に着地。BANG! そこから更に跳ぶ。標的を失った弾丸が壁に弾痕を刻む。真改が振りかぶる。頭上から首を狙う薙払い。ポーンは前転でかわす。仰向けになりながら、着地前の真改に照準。BBBANG! 三連射。直線の斬撃では全ては斬り落とせない。真改はゆらりとブレードを動かし、全てを弾く。

 

(FUCK! 銃弾が見えてやがるのか!?)

 

 銃撃の反動を余さず利用し起き上がる。BANG! 腹を狙って発砲。ほぼ同時にマガジンを引き抜く。真改は一瞬全身を見失うほどの速さで移動、銃弾をかわしながら一気に肉迫する。

 ポーンは、マガジンに残る最後の弾丸がチャンバー内に装填されスライドが閉じた次の瞬間には、リロードを終えていた。尋常ならざる早業に舌を巻きながら、発射準備の整った銃口目掛け真っ直ぐに突っ込む。

 その時、ポーンは真改の眼を見た。そして恐怖した。笑っている。眼だけが笑っている。口元も、目元も微塵も動かさず。それでもなお、はっきりと分かるほど。

 

 眼だけが、狂喜の笑みを浮かべている――

 

(――狂人めッ!!)

 

 BBBBBANG!! 怒涛の五連射。頭、心臓、肝臓、両の腎臓。いずれも急所、命中すれば殺せる。真改は手首の動きでブレードを旋回させる。切っ先、峰、鎬、鍔、柄で銃弾を弾く。旋回を終えたブレードを、銃弾を弾いた衝撃すら利用して振りかぶる。右肩、その更に後ろへ。柔軟且つ強靭な全身のバネが、音が聞こえるほどに引き絞られる。

 

 そして踏み込み、溜めた力の全てを乗せた斬撃が、放たれた。

 

「オオオォッ!!」

 

 ポーンは雄叫びと共に繰り出された凄まじい衝撃を、受けたナイフを手放し吹き飛ばされるようにバックステップすることで受け流す。これにより僅かだが、時間と距離を稼げた。銃は既に構えている。照準はそれと同時。翻る刃。ブレードは体までは届くまい。狙いは手か。だがこちらが一瞬早い。指に力を込める。

 

 手応えが、ない。

 

「っ!!?」

 

 ポーンは驚愕した。目の前で起きているのに、その瞬間を確かに見たのに、現実感が薄い。

 

(この女っ)

 

 真改は手首を返し、斬撃から刺突へと変えていた。刺突の方が早いからだ。それにより、ポーンの時間的優位は埋められた。ブレードの切っ先が拳銃を持つポーンの左手に伸びる。だが狙いは手ではなかった。鋭い刃は、ポーンの手には傷一つ付けることなく。

 

引き金(トリガー)を、切りやがった!)

 

 刃がトリガーガードから引き抜かれる。指に触れた刃から、ぞっとするような冷たさがポーンへ移る。だがその瞬間、不思議と、ポーンは恐怖を感じなかった。

 

(……ああクソ、クソが、クソッタレ。……負けたかよ)

 

 どういうわけか、ポーンは清々しさを感じていた。兵士である自分が、命令にのみ従っていた自分が。「作戦」の「成功」と「失敗」だけが存在価値だった自分が。

 

 生まれて初めて、「勝負」をして。「勝利」を求め、「敗北」を味わったのだ。

 

 まるで、戦士のように。

 

(畜生め。次は負けねえぞ、小娘)

 

 ポーンは笑みすら浮かべながら、ブレードを受け入れた。鍛え抜かれた首に、その峰を。

 

 ゴトリ、と倒れた最後の一人を背に、真改はブレードを血糊を払うように振るう。次いで手の内で一回転させて逆手に持ち直したブレードの鍔を鞘に付け、峰でなぞるように切っ先を鯉口へと持って行く。

 その様を、ポーンは朦朧とする意識で見上げていた。そして真改の呟く声が、微かに耳に届く。

 

「……安心しろ……」

 

 ブレードを静かに鞘へと納め残心を終えた真改は、摺り足のような足運びで振り返り、倒した男たちに背を向けた。やはり呟きに過ぎぬ声量の言葉を、子守唄のように紡ぎながら。

 

「……峰打ちだ……」

 

 そして真改は歩き出す。まだ敵は残っている。仲間が必死に抑えている。それに合流し、更なる戦に臨むために。

 

 

 

(……一度、言ってみたかった……!)

 

 時代劇が割と好きなのは、秘密であった。

 

 

 




アトロシティ・イン・ネオサイタマシティとノーホーマー・ノーサヴァイヴとマグロ・サンダーボルトを一気読みしたらしばらく何も書けなくなった。そしてなんとか書いても短かった。

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