攻撃力:2 防御力:5 機動力:3
イメージは、重量級二脚機にパルスマシンガン(銃剣付き)と盾装備。
とにかく突っ込んでタゲを取る、ナイト的なポジション。射撃の威力は高くないが格闘攻撃の衝撃が大きく、体勢を崩されやすい。ほっとくことは出来ないが、さりとて倒そうとするとタフなので時間がかかるという厄介な敵。
奇襲型(逆関節)
攻撃力:2 防御力:1 機動力:7
イメージは、軽量級逆脚機に両手パルスガン装備。
ウザい。とにかくウザい。常に高速で飛び回りながら撃ちまくってくる。瞬間火力は低いので怖くはないが、残していると背後からチクチクされていつの間にか結構食らってる。でも追い掛けると追いつけないという、絶妙なウザさ。
支援型(武器腕)
攻撃力:5 防御力:3 機動力:2
イメージは、中量級二脚機に両武器腕パルスキャノン。
防御力も機動力ま低めなので、射程外から攻撃出来れば一方的にボコれる。しかし威力の高い攻撃を乱射しまくってくるので、射程距離が足りなかったり、他の機体に気を取られて接近を許したりすると危険。
狙撃型(狙撃手)
攻撃力:6 防御力:3 機動力:1
イメージは、重量級四脚機に右武器腕レーザーキャノン、左手に盾を装備。
移動する時は二本脚だが、狙撃する時は腰に折り畳まれてる補助脚で機体を安定させる。基本的に狙撃しかせず、敵が近付いてくると一目散に逃げ、他の機体がフォローに入る。そして離れるとまた狙撃。ウザいうえにかなり危険。
「…………」
ピットの外で、戦いの音がする。
爆音。銃声。咆哮。
それらがアリーナに響き渡り、私の居るピットの中まで届くたび、ビクリと体を竦ませる。
「……ひっ……」
一際近くに、攻撃が当たったようだ。衝撃がここまで届いた。
……怖い。こうして膝を抱えてうずくまっているだけで、怖くてたまらない。やっぱり、私には戦うなんて、無理だったんだ。
私に向けられる視線が怖い。
私に向けられる銃口が怖い。
私に向けられる殺意が、怖い。
「……う……ひっく……うぅ……!」
なんでみんな、戦えるんだろう? 痛いのに。傷付くのに。死んでしまうかも、しれないのに。
怖くないの? 恐ろしくないの? 逃げたくならないの? 隠れたくはならないの?
……それとも。
ただ私が、臆病なだけなの――?
「……お姉……ちゃん……」
私を守ってくれていたお姉ちゃん。
今は、ここには居ない。
「……織斑くん……」
私の手を引いてくれた織斑くん。
今は、ここには居ない。
「……う……うぅっ……!」
だから私は、一人膝を抱えてうずくまる。戦うことから逃げて、恐怖から隠れて、みんなの邪魔にならないように。
私は、なんて――卑怯なんだろう。
「……あ……」
ふと、ピットの扉が開いた。誰かがアリーナの制御を取り返したのだろうか。
ピットゲートとは反対側にあるそこからなら、隠れたまま安全に逃げられる。もしかしたら敵が来るかもしれないここよりも、ずっと安全な場所まで逃げて、隠れられる。
そうしよう。それがいい。織斑くんは強いから、きっとあんな無人機なんかに負けたりしない。前にも一度やっつけてるのだから、負けるはずがない。
私が行っても邪魔になるだけだから、織斑くんが気兼ねなく戦えるように、逃げるべきだ。
「…………」
きっと、それが正しい。それが正解だ。
パイロットは実戦経験がなく、機体は完成したばかりで戦闘データがない。そんな私じゃ、役に立たないどころか足を引っ張るだけだ。
だから下手に戦ったりせず、逃げるべきなんだ。
――何もかもから目を逸らして、背を向けて。
「…………」
それでいい。それでいいんだ。
けれど、本当に。
それで、いいの?
――私は。
それで、いいの――?
「う、うぅ……ううううぅっ……!」
ずっと、ずっと逃げ続けていた。ただの一度だって、戦ったことはなかった。それが、私の今までの人生だと思ってた。
けれど、そうじゃないって教えてくれた。
ちっぽけだけれど。
情けないけれど。
誰も知らないけれど。
誰かが知ったとしても、鼻で笑われてしまうようなものだけれど。
それでも。
『……どうしても、諦められないものを……』
ああ、そうだ。
それでも。
『……夢と、言うのだろう……?』
「――そうだ……」
私は、ずっと追いかけてきた。私を対等に見てもらいたくて、ずっと。
たった、一人を。
「そうだよ……」
それが、私の夢だから。どうしても、諦められなかったから。
何度現実を突きつけられても。無駄だと思い知らされても。自分でも、無理だと思っても。
それでも――夢は、諦められなかったから。
「そうだよっ……!」
それは、戦っていたということじゃないの?
たとえちっぽけでも、情けなくても、誰にも知られなくても、誰かが知っても、鼻で笑われてしまうだけだとしても。
私はずっと、私だけの戦いを、続けてきたんじゃないの――?
「そうだよ……そうだよっ!」
なら。
ならもう、「戦ったことがないから」だなんて言い訳は、できない。
なら、戦わないといけない。
立ち上がらないと、いけない。
だって、ここで折れて、諦めてしまったら。
私の夢は、夢でなくなってしまうから。
『――FCS、PIC制御、スラスター制御、駆動系、
「……打鉄……弐式……?」
『――システム、オールグリーン。繰り返します。システム、オールグリーン――』
「……ありがとう……」
ああ。私って、本当に馬鹿だ。
誰も知らない? 知ったとしても、鼻で笑われるだけ?
そんなこと、あるもんか。私の戦いを傍で見て、応援して、付き合ってくれた人は……ちゃんといる。自分の戦いを否定するということは、その人たちのことも否定するということ。
そんなことをすれば、怒られてしまう。それはきっと、絶対に許されないこと。
「今まで、ごめんね……打鉄弐式……心配、かけちゃったよね……?」
『――発言の意味が不明です――』
「……ふふっ……そうだよね……」
そう。そんなこと、今更言うまでもない。
こんな私に、文句のひとつも言わずに付き合ってくれたこの子に、今更言うことじゃない。
「……行こう、打鉄弐式。……始めよう……いえ」
「……再開しよう。私の……私たちの、戦いを――!」
『――了解。システム、戦闘モードに移行します――』
――――――――――
「箒、無事かっ!?」
「ああっ……問題ない!」
「楯無さん!?」
「だいじょーぶよー」
(くそ……想像以上にキツいな……!)
八機の無人機を相手に大立ち回りを演じていた俺たちだが、身体も機体も、消耗が激しかった。
当然と言えば当然だ。ISは元々、同等の敵を多数相手取ることを想定していない。精々がタッグ戦までだ。それ以上は装備も戦術も確立されていない。
楯無さんですら、軽い口調や表情とは裏腹に、額には玉の汗が浮かびランスを持つ手は微かに震えている。強かって見せてはいるが、限界は近いだろう。
そして俺も、呼吸を乱さないようにするだけで精一杯だ。
「うーん……思ったよりやるわねえ、このお人形さんたち」
「…………」
あくまでも軽く、おどけたように言われた楯無さんのその言葉は、しかし紛れもなく弱音だった。それほどまでに、追い詰められているのだ。
「せめて一機でも墜とせれば、流れを掴めるのだがな……」
「ああ……だがこいつらも、それはわかってるみたいだぜ」
悔しげな箒の言葉は、状況を端的に表していた。
つまり、敵はいまだ八機とも稼動中ということだ。
「……本当に、厄介なっ……」
一言で言うのなら――粘り強い。それに尽きる。
八機全てが稼動中と言っても、八機全てが無傷というわけではない。むしろほとんどの機体に少なくないダメージを与えている。
だがそれは、俺たちが狙ってのことではなく、敵がそうさせているから。一機にダメージが集中しないよう、陣形をひっきりなしに変えることで分散させているからだ。
強敵を複数相手にする時は、まず数を減らす。その基本戦術を半ば封じられた俺たちは、少しずつ不利になっていった。
……初めから、零落白夜を使うべきだった。敵の数を考慮して温存していたが、失敗だった。余力のある内に、速攻で一機倒すべきだった。
だが、そんな反省は後にしろ。今やるべきは、そんなことじゃない。
「おおおお!!」
「せぇいっ!!」
箒と同時に突撃をかけ、刃を振るう。もう何度目だろうか、その攻撃は二機の盾持ちに割り込まれ防がれる。一方は盾を失い、もう一方は片足を失っている。どちらも十全とは言えない状態だが、それでも防御に徹されればあと一手攻め切れない。
そして俺たちが、たったの二機に手こずっている間。
楯無さんが、残りの六機を相手にしている。
「舐めた真似しやがって……!」
無人機にも、誰を警戒すべきかはわかるのだろう。俺と箒は最小限の戦力で抑え、その間に楯無さんを、物量で押し潰す。六機分もの火力と弾幕なら、前衛が居ないことなんて問題にならない。
楯無さんは津波のように押し寄せる光弾と熱戦を避けながら、俺たちに攻撃が向かないように牽制していた。
「いい加減、くたばりやがれっ!!」
「邪魔だぁっ!!」
渾身の力を込めた連撃も、銃剣と折れたナイフと全身の装甲を使い凌がれる。見れば箒も似たような状態だった。白式のパワーも紅椿の手数も、「盾」を貫くまでは至らない。
このまま続ければ、いずれ削り切れるだろう。だがそれまでに消耗するであろうエネルギーは膨大で、残りの無人機を倒せるかわからない。それに楯無さんは、俺たち以上の消耗を強いられている。いくらあの人でも疲れがたまれば集中が乱れるし、その乱れが致命的になる攻撃に晒され続けている。
どちらにせよ、一刻も早く、こいつらを倒さなきゃならない。
倒さなきゃ、ならないのに。
(あと一手、足りない……!)
盾持ちの装甲は、全身余すところなく傷だらけだ。それはダメージが一点に集中し内部まで通らないよう、ダメージの蓄積が少しでも小さい場所で受けるようにしているからだ。
だからボロボロに見えて、実際には機能はほとんど失われていない。
あと、一手。あと一手あれば、致命の一撃を入れられるのに。
その一手が、どうしても――
(っ!? レーダーに反応……!?)
突如ハイパーセンサーに表示された情報は、大量の熱源反応が高速で接近してくる、というものだった。
ISにしては小さいし速すぎる。逆に無人機たちが使うビームやレーザーだとしたら、レーダーに反応が出る間もなく着弾してる。
なら、この反応は。
(……ミサイルかっ!)
そう、ミサイルだ。大量の――四十八発のミサイルが、様々な軌道を描きながら接近している。狙いは俺――ではなく、俺の攻撃を防ぎ続けている、盾持ちだ。
俺は咄嗟に、盾持ちから距離を取った。同時に、スラスターのチャージを開始する。
直後、盾持ちもミサイルに気付いたのか回避行動を取ったが、しかしミサイルは獲物を追う狼の群れのように追跡する。
逃げ切ることはできない。ビームライフルで撃ち落とそうとするが、ミサイルの軌道は複雑で上手く当たらず、大した数は減らせない。そして受けようにも、盾を失っていては――いや、例え盾があったとしても、全方位から襲い掛かる爆風を、一体どう防げばいいというのか。
『――――!』
「うおおおおっ!!」
近接信管が反応し、ミサイルが次々起爆する。眩い爆炎に視界を塞がれ、轟く爆音に耳が痛くなる。
だが、この数日間に何度も繰り返した訓練で、敵がどこにいるかわかる。わかるのなら、見えなくても、聞こえなくても問題ない。
俺は雪片弐型を腰だめに構え、スラスターを全開にして真っ直ぐに飛んだ。そんな突撃は、普通ならまず当たりはしない。ひょいと横に避けられるだけだ。
だが今は、ミサイルによって体勢を崩され、視界も塞がれている。避けられることは考えず、この一撃だけに力を込めればいい。
「おおおお!!」
『――……――、――――!』
白式のパワーとスピードを載せた刺突は、盾持ちの腹部を完全に貫いた。そのまま柄を捻り刃を上に向けさせ、内部から切り上げる。
「らあああああっ!!」
『――――、――…………――……、…………』
機体を斜めに、ほぼ両断され、さすがの無人機も機能を停止した。切断面から火花を散らし、ラインアイから光が消え、ゆっくりと落ちていく。
俺は残心も忘れ、その様を見届けることなく振り向き、叫んだ。
先の援護の主、四十八の魔弾を操る射手の名を。
「簪さんっ!!」
彼女は、破られたピットゲートのすぐ上に居た。観客席の最前列で、背中に観客たちを庇うように立っていた。
足は震え、カチカチと歯を鳴らし、目に涙をためながら。
胸を張って、堂々と。
「う、う……打鉄弐式、更識簪っ、参戦しますっ!!」
精一杯の、大きな声で。
「やってみせるよ、お姉ちゃん……今度こそっ!!」
逃げも隠れもせず。
戦場に、殴り込んで来た。
――――――――――
「簪ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
私の姿を見て、お姉ちゃんが半分笑って半分泣いているような、そんな顔をした。けれどそれもほんの一瞬で、すぐに表情を引き締め、追い掛けて来ていた無人機たちを銃撃する。
「行くわよ、簪ちゃん……ついてきなさい!」
「あ……う、うん!」
戦場へ誘う言葉に応じて、私も飛び上がった。何度も試作と調整を繰り返した飛行プログラムが起動し、体を前へと進めて行く。
その先には、恐ろしい敵がいる。
けれど私には、頼もしい仲間がいる。
「ようやく来たか……待っていたぞ、簪!」
「さあ、反撃開始だぜ!」
織斑くんと篠ノ之さんが、さっき撃墜したのと同型の無人機を挟み撃ちにした。かなり防御力の高い機体みたいだけど、白式と紅椿の同時攻撃を受ければ長くは耐えられないだろう。
それまでお姉ちゃんと一緒に、六機の無人機を引き付ける。
「やぁ!」
飛びながら、追い掛けてくる無人機に向けて一つだけになってしまった春雷を連射する。けれど相手はただの的なんかじゃなく、当然回避もするし防御もする。訓練では当たっていた攻撃が、思うように当たらない。
(ダメ……もっと、ちゃんと狙って……!)
「簪ちゃん、気をつけて!」
「!?」
姿勢を整えて撃とうとした瞬間、視界の端で、右腕が巨大な砲になっている無人機が着地するのが見えた。腰に折り畳まれていた脚が展開され、四つ脚になって機体を固定している。
砲撃体勢だ。
「くぅっ……!」
慌てて加速し、砲撃を回避する。春雷とは比べものにならない強力なビームが私のすぐ傍の空気を焼き払い、通り過ぎていく。
「動きを止めちゃダメよ、狙われるわ!」
「う、うん!」
そうだ、これはシミュレーションでも訓練でもない。敵は回避もするし防御もするし、攻撃だってする。
そう。これは、実戦なんだ。これが、実戦なんだ。
(こわい……怖い、恐い、コワいっ……でも!)
目を逸らしてしまいたい。背を向けてしまいたい。逃げ出してしまいたい。隠れてしまいたい。
けれどそうすると、きっと私は、ずっと前に進めない。変わることができない。膝を抱えてうずくまり、誰かが助けてくれるのを待つだけの、今の私のままだ。
それは、嫌だ。
それは、今ここで戦うよりも、ずっと怖い――!
「やあああぁぁっ!!」
『――――!』
私たちの前に回り込もうと速度を上げた逆関節の機体に向けて、その進路を塞ぐように、大薙刀〔
思った通り、逆関節は持ち前の機動力で急上昇し、私の薙払いをかわした。その先に待ち構える、お姉ちゃんの蛇腹剣〔ラスティーネイル〕の刃に、自ら飛び込むように。
「はあ!」
お姉ちゃんがクン、と手首を捻ると、ラスティーネイルの連結刃が鞭のように動き、逆関節の装甲を切り裂く。そのまま連結刃を操り逆関節の上下左右を塞ぐようにすると、逆関節はたまらず減速した。
「簪ちゃん!」
「うん!」
お姉ちゃんの意図を察して、山嵐を起動する。ミサイルは銃と違って、一瞬でロックオンというわけにはいかないけれど、お姉ちゃんが十分な時間を稼いでくれた。
織斑くんと本音と一緒に造ったプログラムが、四十八発のミサイルに辿るべき軌道を書き込んでいく。
(当てる必要は、ない……)
上下左右から、回り込んで後ろから、あるいは正面から。
不規則な軌道のどれもが、敵には辿り着かない。
ただ、近くを通り過ぎるだけ。
(外れる攻撃と、無駄な攻撃は違う……!)
けれど、通り過ぎる「近く」は。
ミサイルの爆風の、効果範囲だ。
(この四十八発、全部を布石にしてっ)
気付いた時にはもう遅い。包囲はもう完成している。
前後上下左右、逃げ道はない。
(致命的な隙を、作らせる!)
『――、――、――――!』
逆関節の姿が爆風に呑み込まれる直前、私は見た。ミサイルの包囲の内側に、薄く霧が出ているのを。
「全方位からの爆風……それってつまり」
爆発による閃光と炎で、逆関節の姿は完全に見えなくなっている。けれどその中で一体何が起きているのかは、簡単に想像できた。
山嵐が自分の攻撃だからじゃない。お姉ちゃんがこのチャンスを逃がすわけがないことを知っているからだ。
「その中心には、すっごい圧力がかかってるわよね」
ラスティーネイルで逆関節を囲んだ際、その刃の表面を流動していた水。
それはお姉ちゃんの専用機、
そのままだと大した量ではないし、広い空間ではその内散ってしまう。けれど今は、山嵐の爆風がナノマシンを圧縮し、密度を高めている。
〔
「そーゆーわけで。……さよなら♪」
パチン。お姉ちゃんが指を鳴らすと、山嵐の爆炎を吹き飛ばして大爆発が起きた。一瞬で晴れた視界に映るのは、原形を留めないほどに破壊され、既に機能を停止している無人機。
落ちていく様を見届けるまでもなく、私とお姉ちゃんは、同時に言った。
「「敵機、撃墜っ!」」
残るは、六機。
――――――――――
布仏本音は走っていた。
常人から見ても決して速くはないが、それでも本人にとっては必死に、走っていた。
「……また~」
外に出るための扉。電子ロックが掛けられているそれは、平時であればIS学園のIDカードを読み取らせれば開く筈だった。だが今は、リーダーにカードを通してもブザーが鳴るだけで、ロックは解除されない。
アリーナの頑丈な扉は、爆薬でも使わなければ破ることはできない。人間が体当たりした程度ではビクともしないだろう。
だが本音には、扉の頑丈さなど関係ない。実際にいくつもの扉やシャッターを開け、観客たちを避難させていた。逃げる人波に流されないように別の道を探していただけであり、その先にあるであろう扉も、全て同じように開けることが出来る。
「――おいで」
袖をまくった両の手首に、銀色の腕輪が光る。それが淡い光の粒子を放ち、十に分かれて集まっていく。粒子は数秒で十個の銀色の球体となり、本音の周囲を周り始めた。
如月重工製IS整備ユニット、〔
「ちょちょちょ~い」
十六夜はIS整備ユニットではあるが、その機能は多岐に渡る。その内の一つが、物質の分解だ。本来は損傷した装甲の修復に使われる機能だが、当然他のことにも応用出来る。
具体的には、本音には現存するほぼ全ての機械を解体することが出来るのだ。
「ほい~、いっちょうあがり~」
電子ロックを解除する技術は、本音にはない。だが
ぽん、と軽く押しただけで、扉だった物は外へと倒れた。外に出た本音は周囲の安全を確認し、走り出した。
いくつかのアリーナは既に制御を取り戻しているのか、外にも避難する人々は多くいた。本音はその流れに呑み込まれないように、必死に進んだ。
流れに逆らって。
「かんちゃん……!」
本音の幼なじみで大切な親友の、更識簪。彼女の居る第一アリーナからは、次々と人が逃げ出してくる。その中に簪がいないことは、確認するまでもなく分かっている。
今回の大会に、どれほどの想いをかけていたか。簪以上に、本音は良く分かっていた。他人の心の機微に敏い本音は、簪本人すら気付いていなかった想いをとっくに見抜いていたのだ。
だから、本音には分かる。簪は逃げない。少し時間はかかるかもしれないが、必ず立ち上がり、立ち向かう。
その時、支えてあげたいのだ。前から引っ張る役目は楯無や一夏に任せればいい。けれど簪は、とても臆病だから。どんどん前に進んでしまうのは、怖いかもしれない。
だから、背中を支えてあげたい。一緒にいるよと教えてあげたい。隣に誰かがいてくれるだけで、少しは安心出来るから。
「かんちゃんっ!」
本音は走る。息を切らせながら、一生懸命に。
臆病で、引っ込み思案だけれど。頑張り屋で、本当は負けず嫌いな、友達の為に。
打ち込んだ文章を忍殺語に翻訳してくれるソフトとかあったら一度試してみたいです。ACシリーズのセリフで。