このたび、内容に修正を加えて、ハーメルンで再開することにしました。ストーリーは変えないつもりですが、修正すべき箇所はそれなりにあるので、更新は少しずつになると思います。
温かい応援も、厳しい批判も、自分の力に出来るよう受け止めるつもりですので、思ったこと、感じたことがありましたら、どんどん感想をいただけたら嬉しいです。
「お前たち、やはり、腐っては生きられぬか」
通信機越しに聞こえる声。
傍らに立つ、巨大な機械仕掛けの鎧を身に纏った男の声。
人類の未来を守るため、現在の人間に犠牲を強いる道を選んだ男の声。
――
静かな、しかし様々な想いの込められたその声を聞き、真改は一歩、踏み出した。
――ここは、アルテリア・クラニアム。
汚染された世界から逃れるため人類が移り住んだ、
その実態は、世界を緩やかに破滅させる猛毒を垂れ流す、人類の罪の具現。
クラニアムに着いたのは、自分達が先だった。人類の黄金の時代のため、ここを制圧しようとした矢先に、来客が二人、訪れたのだ。
――邪魔が入った、とは思わない。何故ならばその二人は、彼らにとって――組織ではなく、彼ら個人にとって、クラニアム以上に重要な標的だからだ。
もっとも、真改と相棒は、目的としている相手が違う。彼の相手は、
ならば彼の邪魔をさせぬことが、彼の剣たる己の役目であり。
――かくして。四機の
――――――――――
アサルトライフルから撃ち出された弾丸を、クイックブーストで避ける。
避けた先に回り込むように放たれたミサイルを、マシンガンで撃ち落とす。
――強い。
黒いネクスト、ストレイドとの戦いを始めてから数分。真改は、追い込まれていた。
ストレイドは、中量級二脚機にアサルトライフルとミサイルを装備した、バランスの良い機体だ。
機動力に優れ、装甲もある程度の攻撃には耐えられる。武装は命中率を重視し、火力不足はアサルトアーマーで補う。
あらゆる戦況、あらゆる相手に対応できる、良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏なその機体を、カラードのリンクスは完璧に使いこなしていた。
対する真改の操るネクスト、スプリットムーンは、完全な接近戦特化型の機体だ。
ストレイドと同じ中量級二脚機だが、継続的な機動力よりも短距離、短時間の瞬発力に優れている。装甲はプライマルアーマーに特化し、散発的なダメージはほぼ無効化出来るが連続攻撃や大威力の一撃には弱い。武装は牽制用のマシンガン、撹乱用の閃光弾、そして一撃必殺の威力を持つレーザーブレード。
この機体を見て接近戦を挑んで来る者はまずいない。いるとすればそれはただの阿呆か、スプリットムーンと同じ接近戦特化型の機体を操る者である。
そのどちらでもないカラードのリンクスは、距離をとっての射撃戦に徹していた。真改にとっては圧倒的に相性の悪い相手。それでも彼は、勝てると考えていた。
己の実力を過信していた訳ではない。彼は自分の非才を十分に理解している。だからこそ、近付いて斬る、ただそれだけを磨き上げ、他の一切を切り捨てて来たのだ。
その真改にとって、アルテリア・クラニアムという戦場は己に地の利があった。
空のない、限定された空間。さらに、施設内の様々な大型装置が、自由な機動を邪魔する障害物となる。
それらに気を取られ、僅かでも動きに迷いが生じれば、その隙に一息に間合いを詰め、一刀の下に斬り伏せる――
それを為すだけの能力が、己とスプリットムーンにはあると、歴戦の猛者である真改は知っている。
――だが。
「……っ!」
ミサイルの爆炎を目眩ましに飛来したアサルトライフルの弾丸が、スプリットムーンの装甲を抉る。その衝撃と激痛に耐えながら即座にクイックブーストを発動、反撃を仕掛けるが、ストレイドは既に剣の届かぬ距離まで後退していた。
膨大なエネルギーを刃に変えての一撃を空振り、スプリットムーンの動きが一瞬止まる。そこに叩き込まれる、アサルトライフルの連射。
――先程から、この繰り返しだ。
初めこそこちらの間合いを見切るためか、ストレイドは必要以上に距離をとり、命中弾も多くはなかった。しかしほんの数度の攻防で、間合いどころか機動や攻撃のタイミング、クセまで見切られ、以降は防戦一方だ。
絶え間ない被弾により、スプリットムーンの強みであるプライマルアーマーも一向に回復しない。無様に逃げ回るだけの真改とは対照的に、ストレイドは狭い戦場を障害物などまるで無いかのように縦横無尽に飛び回っている。
(……よもや、これほどとは……!)
数多のリンクスを打ち倒して来た敵を、侮っていたわけではない。ただこの男の強さが、ヒトの想像出来る領域を遥かに超えていただけのことである。
(……神話において、神とは力である、か……)
この穢れきった大地においては、力こそが全て。
人々が「神」と崇めるモノは、「力」そのものであり。
絶大な「力」こそが、「神」と呼ばれるのだ。
ならば人間の限界、その遥か彼方に在る、この男は――
(……だが……!)
相手が誰であろうと、それこそ神であろうと、真改に退く気は微塵もなかった。
何故ならば。
何故ならばこの男は、彼の仲間を、彼の仇敵を、葬ってきた男なのだから。
――――――――――
――ただひたすらに、戦場を求め続けた、古い兵士がいた。
彼は最後に意味のある戦いに赴けることを感謝しながら、勇ましく先陣を切った。
――ほんの一瞬、ただ一度の好機を、黙して待ち続けた猟師がいた。
遂にその好機が訪れずに敗れた彼は、それでも最期まで、自らの非力を嘆くことはなかった。
――ありふれた夢の為に全てを裏切った、時間限定の天才がいた。
短い時間の中で自らの才を燃やし尽くす、操る機体の色に相応しい、炎のような生き様の少年だった。
――たった一つの小さな命のために、その身を捧げた変人がいた。
卑怯とも言える、正々堂々とは程遠い戦術を使うが、その根底にある祈りを知る者は、決して彼を嗤うことはなかった。
――死に瀕して、ようやく願いを見付けることが出来た傭兵がいた。
彼ほどの男が、その死に場所として自分たちの元を選んでくれたことを誇りに思ったのは、真改だけではなかった。
――暴力ではなく、知力でもって戦った、若き謀略家がいた。
自分の命すら駒の一つと見ていた彼は、勝てぬと分かっていながら、自ら死地に赴いた。
――理想でも信念でもなく、友に殉じた大男がいた。
どんな時でも騒がしかった彼は、自らが捨て駒であると分かっていながら、最期まで楽しそうに笑っていた。
――誰からの理解も求めず、狂気の思想を掲げた異端者がいた。
無意味な虐殺を行おうとした裏切り者だが、何ら言い訳をせず、自分の思想の為だけに生きた彼のことが、真改は嫌いではなかった。
――かつて宝石と呼ばれ、天才的な実力と気高い魂を持った女傑がいた。
戦いの中に産まれ、戦いに生き、戦って死んだ彼女が、その先に何を求めていたのか、結局訊くことは出来なかった。
――若者に未来を託し、ただ一人で戦場に散った老人がいた。
彼は腐り果てて行く世界を決して見捨てることなく、年老いて猛毒に蝕まれた体で、自分達を導いてくれた。
――そして。
目的もなく、ただ与えられた仕事をこなすだけの毎日を過ごしていたころ。
真改はまだ、非才を補う経験もない未熟者だった。
弱かった。
あまりにも弱かった。
――強大な敵との戦いに挑む「彼女」を、ただ見送るしか出来ないほどに。
数日後、「彼女」の武装の一部と、「彼女」の最後の戦いの記録が戻って来た。
遺体はない。優れたリンクスだった「彼女」の体は、死してなお冒涜としか言いようのない研究に使われた。「彼女」と戦い方が似ていた真改に武装が引き継がれ、参考資料として戦闘記録の閲覧を許可されたに過ぎない。
――ディスプレイ以外に明かりの無い暗い部屋の中、「彼女」の最期を見る。
かつては伝説的なレイヴンだったというアナトリアの傭兵と、「鴉殺し」と呼ばれた「彼女」の戦いは熾烈を極めた。
お互いの機体は動くことが奇跡と言えるほどに大破しており、AMSから逆流してくる痛みは常人ならば発狂するほどのものだろう。
それでも彼らは、眼前の敵を滅ぼすべく戦い続ける。
――そして、決着。
振るわれた刃は、届くことなく。
放たれた弾丸は、無慈悲にコアを貫いた。
「彼女」の機体が、動きを止める。ネクストの機能停止だけでなく、搭乗者も致命傷を受けたのだろう。
一瞬の静寂。
そして、痛みを堪えるような、漏れ出しそうになった悲鳴を噛み殺すような、小さな息遣いのあと。
――「彼女」の、最期の言葉が紡がれた。
――――――――――
――ガシュン、と、マシンガンと閃光弾をパージする。残弾も少なく、なにより目の前の相手にこんなものは役に立たない。
ならば少しでも機体を軽くするために、邪魔な荷物は捨てるべきだ。
――同時に、オーバードブーストを起動。
瀕死の真改とは対照的に、ストレイドはほとんど無傷と言っていい。
――独特のチャージ音が、クラニアムの一角に響く。
たとえ奇跡が起こりレーザーブレードを直撃させたとしても、逆転は不可能だろう。
――背部のブーストユニットに、光が収束する。
もはや、彼の敗北は決定していた。もとより、彼に勝てる相手ではなかったのだ。
――オーバードブーストが発動する瞬間に合わせ、クイックブーストを発動させる。
だが、それでも。
――総身を砕くほどの凶悪なGの中、歯を食いしばり、「彼女」の剣を起動する。
最期まで、足掻くのだ。
――我が身を顧みないその加速に、相手は一瞬、反応が遅れ。
(……せめて、一太刀……!)
――紫色の極光の刃が、黒い装甲を斬り裂いた。
――――――――――
動かなくなった機体の中、霞む視界に、カメラアイから直接映像が送られて来る。
「彼女」の剣はストレイドに大きな損傷を与えたが、やはり倒すまでには至らなかった。無茶な加速の反動で動きが止まったところに反撃を受け、既にボロボロだった機体は大破。もはやピクリとも動かない。
だが最後の一撃により、相棒も少しは楽になるだろう。
(……ここまで、か……)
意識が薄れて行く。AMSによりネクストと繋がっているリンクスは、ネクストの機能停止と共に死ぬ。
今、カメラアイから送られて来る映像も消えた。真改の命の灯火も、間もなく消えるだろう。
『誇ってくれ。それが手向けだ』
(……アンジェ……)
死の間際に思い浮かんだのは、「彼女」が最期に遺した言葉。
(……そうか。己は……)
人類の黄金の時代のため。
志半ばで倒れていった仲間達のため。
それらも、決して間違いではない。
だがそれらは、ORCAの戦士として戦ってきた理由だ。カラードのリンクスに執着していた理由は、一つだけ。
――己は、証明したかったのか。
「彼女」を倒したアナトリアの傭兵。そしてそれを討ち倒した、カラードのリンクス。
彼に勝てば、証明出来ると思ったのだ。
剣に固執した「彼女」を、不可能に挑み無様に死んだ愚か者だと嗤う者達に。
銃に頼らず、只管に剣を振るい続けた「彼女」の想いが、間違いなどではなかったのだと。
傭兵ではなく、騎士として在りたいと語った「彼女」の願いが、美しいものであったと。
力こそが全てのこの世界で、自らの信念を貫き通したその生き様が、尊いものであったと。
その「彼女」に憧れて戦い続けた己が、「彼女」から受け継いだ剣で人類の未来を切り開くことが出来れば――
――犬死にではなかったと。
証明出来ると、思ったのだ。
だが、それは叶わなかった。
この大事な局面で自らの我が儘のために戦い、しかし満足のいく結果は得られなかった。
挙げ句その尻拭いを、守ると誓った筈の相棒に押し付けることとなり、その結末すら見届けることが出来ない。
――なんという、無様。
(……何も為せず、何も得られず、何も遺せず、何も守れず……)
このままでは、死にきれない。「彼女」のように、潔く逝けそうもない。
あんなにも憧れていたのに、あの背中を追い掛けて、ここまで来たのに。
「彼女」のそれにはまるで及ばない、惨めな終わり。
その未練が、寡黙な彼に最期の言葉を紡がせた。
「……無念……」
――――――――――
――こうして。
とある世界の、とある戦場で。
一振りの刀が、折れて砕けた。
その刃金は朽ち果てて大地に還り、いずれ世界に忘れ去られて行くだろう。
――しかし。
その刀の芯金の、一欠片は。
それを守る鞘を失い、覆う鋼を失い、振るう主を失い。
それでもなお。決して、錆びることはなく。
新たなる刃の、礎となる。
――そして、とある世界の、とある刀に。
とある銘が、切られた。
――これは、一振りの刀の物語――