Infinite possibility world ~ ver Highschool D×D 作:花極四季
それと思ったんだけどさぁ……この作品、勘違い要素いる?(コンセプト崩壊兄貴)
覚醒は唐突だった。
クリアな思考と、それと相反する肉体の鈍重さに戸惑いを覚えつつも、何とか身体を持ち上げる。
視界を広げてみれば、そこは慣れ親しんだ自室であることが分かる。
そうして、この状況に至るまでの経緯を思い返す。
点と点をなぞるように経過を一本の線に変えていくと同時に、重い身体を懸命にストレッチする。
身体が出来上がっている頃には、大体の記憶は戻っていた。
気怠さの残る身体に鞭を打ち、おもむろに居間へと向かう。
居間に辿り着いた先で、一番に会ったのはゼノヴィアだった。
私の足音に気が付いたのか、テーブルに伏せていた体勢から、枕にしていた腕をそのままに身体を起き上がらせて、ぼやけた視線を此方へと向ける。
目の下には僅かに隈のようなものが出来ており、彼女の凛とした美貌を損なう要因となっている。
「おはよう、ゼノ――」
取り敢えず挨拶をと声掛けするも、ゼノヴィアの突如立ち上がった音によって遮られる。
驚く私を尻目に、音を立てて歩み寄ってきたかと思うと、予備動作なく抱き締められた。
「…………」
「え、えと……何なの?」
無言で抱き締められ、それ以上は何もない。
ゼノヴィアの考えている事が分からない上、無性に力強い抱擁で逃れることも出来ず、声掛けする以外はされるがままだ。
「……いや、感傷的になっていただけだ。すまない」
「あ、うん」
先程と対照的にあっさりと開放され、逆に戸惑う。
情緒不安定にも取れる行動の連鎖は、彼女らしくもあり、どうにもらしくない。
良くも悪くも実直な彼女にしては、行動の端々に覇気が感じられない。
「それよりも、もういいのか?」
「身体は怠いけど、まぁ。それよりも、私どれぐらい寝ていたの?」
「丸二日だな。目を覚まさないものだから、心配したんだぞ」
戯けた様子もない、素直な言葉がストンと胸の裡に落ちる。
本格的にらしくない。確かにそれだけ意識不明なら心配の一つはするだろうけど、彼女の性格的に少し過剰反応し過ぎではないだろうか。
「そうね。じゃあ、心配かけたことだし、他の人にも復活報告しましょうか。取り敢えず、レイはどこ?」
個人的な感情ではあるが、報告するならまずは彼からだ。
存外なお人好しである彼のことだ、顔を見せれば安心することだろう。
それに、ディオドラとの戦いで得た、私だけのペルソナを見せびらかしたい。
きっと、彼のことだ。寡黙ながらも我が事のように喜んでくれるに違いない。
その次はアーシア、イリナ、ギャスパー……って順番だろうか。
まぁ、順番を守ることに固執する理由もないのだが、そこはあくまで気分の問題。
そんな計画を脳内で展開している中、ゼノヴィアは無言で俯いている。
伏せた表情からは伺えない、しかしはっきりと伝わる陰鬱な雰囲気。
本格的におかしい。そう思わざるをえない、退っ引きならない異常事態に、息を呑む。
「――聞いてくれ、ミッテルト」
「な、何よ」
悲壮感を漂わせながら、ゼノヴィアは決定的な言葉を口にした。
「零が、失踪した」
そしてそれは、私の希望を絶望へと叩き落とすには十分な一言だった。
オカルト研究部の一帯には、陰の気が満ちていた。
リアスを始めとした、馴染みのメンバーが揃い踏みな中、普段の活気に満ちた雰囲気とは対極に位置するこの状況。
紛れもなく、その理由は零の失踪にある。
意識的にしても無意識的にしても、大なり小なり零は彼らにとって心の拠り所となっていた。
事実、彼がいなければ最悪なケースに発展していた場面とて少なくない。
零への強さに対する依存だけに留まらず、彼の生き様は人を惹き付ける。
人間という弱者のカテゴリに置かれながらも、いつだって強者である悪魔を始めとした人外を差し置いて、我先にと前に出て窮地を覆してきた。
それが神器によるものだとしても、力を悪の道に使うこと無く、他者の為にのみ奮ってきたその誠実かつ実直な生き様は、まさに規範となるべき器と言っても過言ではない。
有斗零という光を標とし、彼らはこれまでの苦難を乗り越えてきた。
標を失った彼らは、途端に前後不覚に陥ってしまう。
純粋に零の安否が気になっているというのと、それに対してどうすることも出来ないことが、この空気を発するに至る理由でもあった。
そうして、突然のノック音が彼らの意識を引っ張り上げる。
リアスが誰かしら、と告げると一呼吸置いて扉越しのゼノヴィアが名乗りを上げる。
入室するよう促すと、宣言通りゼノヴィアが何者かの手を取って部屋の中に入ってきた。
「――ミッテルト!?」
その姿を見て、誰もが目を見開く。
二日越しで寝たきりだった、不安の種のひとつが解消された瞬間だった。
我先にと傍に寄ったのは、アーシアだった。
「よかったです……!!」
空いていたミッテルトの片手をアーシアは握り締める。
しかし、ミッテルトはそれにぴくりとも反応を示さない。
不審になって表情を覗いて、絶句する。
一切の生気を宿さない虚ろな瞳、力なく開いた口元。
陳腐な表現をするのであれば、その姿はまさしくゾンビのそれ。
誰も見たことがないであろう、死に体同然の姿。
まだ腹部を貫かれて血の海に沈んでいたあの時の方が、生気を感じられた。それ程に今の彼女は弱々しい。
「……どうしたのかしら。まだ、起き抜けで体調が良くないとか」
「いや、そうではない。……話の流れとはいえ、軽率だったと思う」
「何のことだよ」
要領を得ないゼノヴィアに、訝しむ一誠。
「……話してしまったんだ。彼が失踪したことを」
それを聞いて、誰もが納得する。
誰よりも有斗零に心酔し、共に過ごし、互いに支え合ってきた。
ミッテルトにとっては一方的な重荷だと自己評価するだろうが、感情の起伏の少ない彼が最も感情的になるのが、彼女との交流であることを日常生活から見てきている者からすれば、謙遜も良いところだ。
物語のヒロインのよう――とは言えないかもしれないが、彼女は零によって運命を大きく変えられた者の一人だ。
彼の決死の介入が無ければ、彼女はその儚い命を散らしていたことだろう。
それに加えて、あろうことか彼の強さの原動力の欠片を与えられ、彼女だけでは為し得なかった奇跡を起こしてきた。
それを理解しているからこそ、必然的にミッテルトは零に依存する。
望む望まないに関わらず、彼女の魂はあの輝きに囚われてしまっている。
傍らで常に光を浴び続けてきた彼女にとって、最早その状態こそが正常であり、それを失うということは異常と言い切れるほどだ。
故に、彼女は茫然自失となっている。
半身を失った、という例えが最も分かりやすいだろう。
それ程の変化であり、それ程に至る程度に二人は繋がっていたのだ。
「彼女でも零の所在は分からなかったのね?」
「ああ。携帯に繋がらないのは当然として、それ以外の連絡手段を交わしていなかったのが痛いな」
「念の為渡していた転移符も使われる様子はないですわね。理由があって使えないのか、紛失してしまったのか……。どちらにしても、零君の方からコンタクトを得られる確率は低いと考えて良いでしょう」
改めて事実を確認するだけで、意識が沈んでいくのが分かる。
何も出来ない無力感を噛み締めることしか出来ない。
自分達が所詮は実力も権力も持たない、十把一絡げの存在でしか無い事実を突きつけられる。
同時に、零の偉大さを実感することにもなり、より一層負の感情が渦巻く。
そんな中、魔法陣が光を放ちながら展開される。
すわ何事かと咄嗟に身構えるも、現れたのはアザゼルだと知ると一同は胸を撫で下ろす。
「そんなこったろうとは思ってたが……随分な光景だな」
呆れた様子を隠しもせず、アザゼルは嘆息する。
その淡白でどこか嘲るような反応に、ミッテルトが僅かに反応する。
「零の所在に関してだが、こっちでも足取りは掴めていない。事が事だけに、大っぴらには動けないせいで二の足を踏んでるのが現状ってとこだ。状況証拠とまでは言い難いが、あのタイミングでの失踪が零の故意によるものではないとすれば、ほぼ間違いなく禍の団の仕業だと当たりを付けられるのが唯一の成果か」
「何故動けないのかしら?零の価値を思えば、敢行するのもある程度は仕方ないと思うけど」
「確かに価値はあるだろうよ。アイツの背負っている厄も含めて、率先して回収したい気持ちも理解できる。元はと言えば俺の過失のようなものだしよ」
「なら――」
「だがよ。俺達がするべきことは、アイツを探し出すことだけじゃない。禍の団への対策を練ること、そして付け入る隙を与えないこと。それに価値だけなら、今回の件で下がった。ミッテルト、そしてアーシア。二人がペルソナに覚醒した時点で、今までの仮定が吹っ飛んだんだからよ」
「仮定って……それって、零しかペルソナが使えないという可能性?」
「そうだ。優位性、そして希少性が薄まったことで、零を失ったのは単純な戦力の減退ぐらいしかなくなった。だからこそ、俺はアイツを探す為に割く時間を減らし、地盤固めを優先している。これは、堕天使側だけでじゃなく、他の勢力もそうだ」
「そんな……!!」
アザゼルから突き付けられた事実に、愕然とする。
この決断は、暗に零を見捨てるという選択肢を取ったということに等しいのだから。
「そんなの、あんまりです!」
「……私達は先輩にいつも助けられて来ました。そうだと言うのに、その判断はあまりにも薄情だと思います」
「そうだぜ、アザゼル!」
当然のように反感の声があちらこちらから上がる。
しかし、アザゼルはどこ吹く風。動じる様子は微塵もない。
「お前らも、少しは立場を考えろ。お前達だって最早禍の団に関しては当事者なんだ。何かしらの形で接触されたところで何ら不思議ではない。特に赤龍帝なんてもんをぶら下げたチームともなれば、尚更な」
「うっ」
「影に隠れちゃあいるが、グレモリーも十分な起爆剤になるんだぜ?何せ現魔王の寵愛を受けている妹ともなれば、人質としての価値は高い。発展途上だが、眷属も粒ぞろいが多い。お前らの誰か一人でも攫われようものなら、危険も顧みず我先にと助けに行くだろう?アーシアの時のようにな」
「で、でも――」
「でも、もスト、もねぇよ。気持ちは分かるが、お前らは行動から最良の結果が導き出せるほど優れている訳じゃねぇ。多少はマシにはなってきたが、上を見れば格上はごまんといる。禍の団のメンバーにだって、お前ら以上の存在は間違いなくいる。加えて、明確な規模も不明とくれば、下手に動けないことぐらいは想像出来るだろうが」
アザゼルの諭すような言葉に、リアス達は言葉を紡げない。
分かっているのだ。自分達が如何に無力な存在か、そして能力不相応な事柄に関わっていることも。
リアスとライザーの結婚破棄も、コカビエルを倒したことも、その功績の全ては有斗零という青年が居てこそ得た成果に過ぎない。
もしかしたら、彼が居なくとも全てが上手くいった世界線もあったのかもしれないが、そんな「もしも」のことを考えた所で詮無きこと。
どんなに可能性を夢想したとして、所詮今のリアス達は、零の背中で護られていただけの不甲斐ない存在であることに変わり無いのだから。
二の句を継げないまま、沈黙が場を支配する。
そんな中、おもむろにミッテルトが部屋から出ようと廊下へと足を向ける。
「……どこに行くつもりだ?」
「彼を――レイを探します」
その口からは、誰もが予想していたとおりの言葉が出た。
「許可出来ないな」
「誰もレイを探そうとしないなら、私が探します。邪魔しないでください」
「探してない訳じゃないっての。単に間が悪いってだけで――」
「――それで!彼にもしものことがあったらどうするんですか!?」
あらん限りの感情と共に、声を荒げる。
打って変わって激昂したミッテルトに対して、驚きを隠せない者もいる。
ペルソナを発現したこともあってか、彼女の纏うオーラが見えない圧力となって部屋一帯を圧迫する。
それでも、アザゼルは一切動じない。そよ風が少し強く吹き荒んだ所で、顔を顰める程の障害にもならない。
「レイはどんなに強くても、人間なんです。ちょっとしたことで取り返しのつかない状況になってもおかしくはないんです。なのに、どうしてそんな悠長な事を言っていられるのですか?彼に助けて貰った恩義を棚に上げて、いざ都合が悪くなれば切り捨てるつもりだったんですか!?」
「だからそんなんじゃな――」
「私はそんなのお断りです。政治的な都合で捜索が出せないと言うのであれば、私個人で行動するまでです。失礼します」
これ以上話すことはない、と言わんばかりに強制的に話を切り、再び歩き出す。
それを、今度はアザゼルに腕を掴まれることで阻止される。
その表情はまるで、食うのに困った浮浪者が犯罪を犯す覚悟を決めようとしているような、そんな細い一本線によって繋がれた限界ギリギリに思い詰めた顔だった。
それこそ、零にその万が一が起こった時、躊躇いなくその後を追いかねない程度には心は摩耗している。
普段の彼女らしからぬ、正常かつ冷静とは言えない言動や行動から見ても、それは伺える。
乾いた心に水を与えたくても、それは叶わない。
それを為せるのは、唯一絶対。零が帰ってくることに他ならない。
「……離してください」
「お断りだ」
それでも、止めなくてはならない。
思考を放棄したミッテルトなど、絞りカス同然。
その行動が、彼女だけに留まらず、リアス達や三陣営への被害を与える可能性があるとすれば、尚更。
そして、その為に割を食うのは、いつだって大人である。
「ミッテルト」
「何ですか?」
「歯ァ食いしばれ」
一呼吸の間。
ミッテルトがその言葉の意味を咀嚼するよりも早く、本能が肉体を動かす。
瞬間。頬を殴り抜ける感覚が走った。
勢いをのままに背中越しのドアを破壊し、壁に身体を打ち付けられる。
混濁していた意識諸共吹き飛ばされ、そうしてようやく自分の状況を理解する。
「ミッテルトさん!!」
周囲が騒然としている中、アーシアは我先にと寄り添い、神器で回復を直ぐ様行う。
痛烈な痛みが肉体には走っている筈だが、そんなものとても気にならない。
それ以上に、頬を殴られた現実を、意味を理解するので精一杯だった。
「……少しは冷えたかよ」
「アザゼル、様――」
ミッテルトに合わせるようにアザゼルがしゃがみ込む。
アーシアの批判する視線を尻目に、言葉を続ける。
「あんまり調子乗るなよ?粋がるのは結構だが、それで自分以外を巻き込むんだったら、こうなるのも当然だって分かるよな?」
「……は、い」
「コイツらは優しいからよ。お前が危険だと理解すれば駆け付けるだろうさ。それがどんなに危険な状況だったとしても、己を省みることなくな。その美徳を利用され、芋蔓式に被害が拡散すればどうなる?」
そんなの、考えるまでもない。
こんな簡単なことにさえ気付けなかった自分の愚かさを改めて痛感させられる。
「彼が――レイが大事にしていた繋がりを、滅茶苦茶にしてしまうところだったんだ」
「そういうこった。アイツは寡黙だがよ、誰よりもヒトを愛することが出来る、本当の強さを持っている。絆って奴だな、アイツも良く言っている。自分以外の誰かをあそこまで尊べる奴はそうそう居ない。誰だって、行き着くところは自分自身の力だからな」
「レイは、そうじゃない。自分を犠牲にして、誰かの為に在ろうとする」
「あんまり言いたくはないが、異常だぜあの執着は。ただの人間の筈なのに、高位の悪魔やドラゴン相手にも一歩も引かない。神器が強いってだけで、ああはならねえよ」
羨ましそうに語るアザゼル。
ヒトならざる者として、生まれながらに強さを保証された彼らが持ち得ない強さを、ただの人間から見出している。
真の意味では辿り着けない境地。弱さを知るが故に理解できる真理。
アザゼルだけではない。零とそれなりの付き合いをすれば、誰もが彼を羨むようになる。
それ程までに、彼の持つ本当の強さは稀有で、代え難いものなのだ。
「そんなアイツが、自分のせいでお前らが傷ついたと知ればどうなるやら」
「――それは、私が勝手に」
「そう思えるほど器用な奴じゃないってことぐらい、お前が一番理解しているだろ」
「……」
「とにかく、だ。お前の暴走は何の利益も生まない最悪の行為だったってことだ。文字通り、骨身に染みただろ?」
「……はい、嫌というほど」
おもむろにミッテルトが立ち上がり、それに続くようにアザゼルもまた腰を上げる。
「少し、一人にしてください」
「今度は暴走すんなよ」
軽く会釈し、ミッテルトはその場を重い足取りで立ち去る。
その悲壮感漂う背中を前に、アーシアさえも後追いを躊躇う。
彼女の意思を尊重したかったというのもあるが、それ以上に今彼女に寄り添った所で何も出来ないことが分かっていたから、見送らざるを得なかった。
影が消えるまで見守り、役目を負えるとアザゼルが深い溜め息を吐く。
「……情けねぇな」
「え?」
「こんな短絡的な方法でしかミッテルトを止められなかった己の無力を噛み締めてたのよ。俺にとっての最善はああだったが、零の奴だったらもっと上手くやってたんだろうよ」
後悔とも懺悔とも取れる、沈んだ感情から漏れる自嘲は、この場に居る全員の胸の裡にも去来する。
何も出来なかったのは皆同じ。
仲間であると言う自負とは裏腹に、力になるべきタイミングでは一切の無力。
滑稽としか言いようのない、上辺だけの繋がり。想いだけでは何も変えられないのだと、容赦なく現実を突き付けられる。
「しかし、意外と言えば意外でした。ミッテルトは感情的になることはあれど、根幹は冷静であると評価していたのですが」
「その冷静さも、零ありきだったってことだろ。本人にそのつもりは無かったにしろ、零に全幅の信頼を寄せていたからこそ、素直に背中を預けられて、ポテンシャルを十全に発揮出来たんだろうよ。だが、その支えに依存し過ぎた結果が、今のアイツだ」
木場の言う通り、ミッテルトは基本的に冷えた思考の持ち主である。
表面上は荒ぶっていたとしても、決して思考を放棄せず、目ざとく最善を模索する。
弱者であった彼女にとっての武器は、何よりもその回転する知能にあった。
本人は並であると自己評価しているが、彼女の知識や発想に下地など存在しない、全てがあり合わせの代物。
そんな都合の良い環境なんてある筈もなく、彼女は常にギリギリの状況で最良を掴み取ってきた。
運が良い、というのも確かにあるが、それを掴み取る為に己で道を作り続けて来たことを思えば、単純にそれだけで片付けられなくなる。
然るべき環境で知識を磨けば、彼女は化ける。
言葉にはしていないが、サーゼクス、ミカエル、アザゼルと三陣営のトップが同じ評価を下していた。
しかし、今回の件で気付かされた。
確かに彼女は優れた知能を有しているが、同時に酷く不安定であると。
アザゼルは気付いていないが、ミッテルトは本質的に他者に依存している。
レイナーレに過剰に暴力を振るわれたり、都合よく扱われたりしていたにも関わらず、ミッテルトはレイナーレに対して明確な憎悪を抱くことはなかった。
話題に出ない故に誰も気付くことはないが、死して尚レイナーレへの敬称は消えては居ない。
どんな目に遭っても、二度と会う事がなくても、ミッテルトにとってレイナーレは『お姉様』なのだ。
アザゼルは零を異常と評価したが、ミッテルトもまた同じ穴の狢。寄り添い合うのは、ある意味で必然だったのかもしれない。
「それ程までに、彼のことを……」
姫島は仄かな嫉妬心を言葉に乗せる。
副部長としての立場を抜きにしても、彼女は零が失踪したと知りつつも、ミッテルト程に動揺はしなかった。
それは、『零だから』大丈夫という、思考停止に等しい信頼から来る感情の飽和。
取り乱すことが正しいかとか、そういう次元の問題ではない。
ただ、彼女にとって有斗零は『その程度』でしかないと突き付けられている気がして、悔しかった。
「ミッテルトさん……」
ギャスパーもまた、方向性こそ別だが似た感情を抱いていた。
ミッテルトにあそこまで想われる零への嫉妬。そして、そんな彼女を悲しませている彼への理不尽な種火のような怒り。
だが、そんな感情もすぐに自分の不甲斐なさを省みて霧散する。
この状況で好意を抱いている女性に対して何も出来ない分際で、そのような感情を抱くのはお門違いもいいところだ。
「…………」
小猫は瞼を閉じ、全く別のことに思考を巡らせていた。
それは、レーティングゲームの会場で感じた、姉である黒歌の気配らしき何かについてだった。
しかしその気配はあまりにも希薄で、それこそ家族である彼女でしか察知出来ないレベルの微かなノイズ。
気のせいだと考えるのは容易いが、零の失踪の件と姉が『禍の団』に関わっていた事を鑑みれば、偶然と考えるにはあまりにも噛み合っていた。
だが、それを口にすることはない。
悪戯に不確定な情報を与えるのは混乱の素だと言うのも有るが、黒歌に対して抱いていた憎しみが、冥界での邂逅を期に揺らいでいたことも大きな要因となっていた。
黒歌の主殺しによるSS級犯罪者という経歴は、否が応でも悪印象を植え付ける。
自分を捨てて消えた黒歌は、昔の知った記憶のそれとはかけ離れたものだろうと、そう決め付けていた。
だが、黒歌はどこも変わっていなかった。
一部妬みを抱くレベルのボリュームを一部に宿していた事を除けば、黒歌は自分の知る黒歌のままだった。
前提条件に罅が入ったことで、他の可能性が介在する余裕が生まれた。
その結果、小猫は黒歌を一方的に悪人にする選択肢を口に出せずに居た。
そしてその選択は、正しくもあり間違いでもあったのだが、それを知るのは先の話。
「……正式ではないにしても、彼女もまたオカルト研究部の部員。それ以上に、苦楽を共にしてきた仲間だと思っていた。――思っていた、だけだった」
ギリ、とリアスの拳が白む程に固く握られる。
「仮にもリーダーとしての役割を果たしていた分際で、いざという時には何の役にも立てない。今回の件だけに留まらず、思い返せば幾らでも同じ展開が沸いて出て来る。……馬鹿でももう少し学習するわよね」
「そんな、部長は――」
「いいの。言い訳も、同情も必要ないわ。……零がいなくなってしまった今、彼に頼り切りだった時のような、甘えは最早許されない。今このタイミングで――いえ、だからこそ。私は変わらないといけない。部長として、王として」
一誠の言葉を振り払い、リアスは決意を言葉にする。
凛とした瞳の奥底は、今まで見たことがない程に燦然と輝いており、覚悟を宿していた。
「言うは易し、なんてその通り。変わりたいと思ったことは幾度とあったけれど、今の今まで変えられなかった私の言葉なんか、それこそ私自身が信じられないもの。皆に信じてくれ、なんてそれこそ虫の良い話だってことぐらい百も承知」
それでも、と続ける。
「貴方達が私を信じてくれるなら……今度こそ、頑張れる。そんな気がするの」
儚くも美しい、白百合の如き笑顔が花開く。
凛とした雰囲気こそがリアス・グレモリーであると認識していた者にとって、今の姿は最早別人に映ることだろう。
しかして叫ぼう。今の彼女こそ、真にリアス・グレモリー足り得る姿なのだと。
上に立つ者としての矜持を捨てた彼女は、何処にでもいる少女に過ぎない。
彼女が望む変化は、決してプライドの上塗りで構成されたハリボテの王ではない。
情けなくても、無様でも、頼りなくても。それでも、逃げること無く立ち向かおうとする意思。
零の生き様に感化されたのは、何もミッテルトだけではない。
彼の持つ影響力は、遠く離れようとも衰えるどころか、より一層の輝きとなる。
失って初めて気付く、青い鳥の価値。
されど、現状を嘆くだけでは何も変わらないし、変えられない。
故に、一歩踏み出す。
霧の中に潜む不安を祓うのではなく、受け入れてそれでいて歩みは止めない。
未来を保証する要素など何もないのだから、二の足を踏んでいた所でどうにかなるものではない。
理解していても、先の見えない道を踏み出すのには多大な勇気がいる。
だからこそ、その一歩が大事なのだ。
リアス・グレモリーは弱い。
戦う為の力ではない。心そのものが硝子細工の如く脆いのだ。
そんな彼女の心を支えていたのは、他ならぬ彼女を取り巻く環境――家族や眷属との絆。
あまりにも身近であるが故に、その幸福の価値に気付けなかった。
皮肉にも、絆の欠片が失われたことで、喪失感を代償にその価値に気付くことが出来た。
二度と失わせない。価値を知ってしまった以上、それは彼女の中の絶対となった。
しかし、彼女一人では成し遂げることは不可能であることは百も承知。
だから、『お願い』するのだ。
自分がちっぽけな存在だと理解しているからこそ、『命令』はしない。
上に立つ者として、その在り方は不適切あるとしても、中身の伴わない言葉を吐き捨てるぐらいよりはよっぽど良い。
そもそも、『王』に決められた形は存在しない。
凝り固まったイメージがそう錯覚させるだけで、決められた形などありはしない。
ならば、立場を横並びにした『王』がいたって良いのではないだろうか。
少なくとも、それに異を唱える者はこの場には存在しないのは確かである。
「……今更ですよ、部長」
「イッセー……」
一誠は静かな足取りでリアスに近付き、その手を取った。
「俺達みんな、部長がどんなに頑張ってきたかを知っています。結果が伴わないこともあったかもしれないけど、妥協はしなかった。常に前向きに努力を怠らなかった。例えそれが小さな歩みだったとしても、部長がそう望む限り、間違いなく変われると俺は信じています。そして、俺はその手伝いがしたい」
見渡すと、誰もが一誠の言葉に頷いていた。
その意味を咀嚼し、呑み込んで――暖かな雫が頬を伝った。
「あはは……何ででしょうね。悲しくなんてないのに」
静かに流れる涙は、愚かだった過去の自分との決別を象徴する、その先駆け。
本当に変わるのはこれから。
決意が折れない限り、これから彼女は見違える成長をしていくことだろう。
そんな彼女の内側に、ほんの小さな種が芽生える。
違和感さえも与えない、今は小粒程度のそれ。
だが、この種が花開く時、リアスはきっと理想の自分へと生まれ変わっている筈。
或いは、リアスという花を開花させる一助となるべくして、それが芽生えたのか。その時にならなければ、その意味を知る事は無いだろう。
皆の想いが一丸となり、新たな門出を迎えようとしている中、アーシアは弱々しくこの場を離れたミッテルトに思いを馳せていた。
完璧とは言い難くも、一度は収束したであろう彼女の暴走。
あんなことがあった手前、すぐに同じ轍を踏むようなことはしないとは思う、が――胸騒ぎが一向に止む気配はない。
一人にして、と言われた手前あの時は従ったが、流石に心配になってきた。
こっそりと抜け出す形でアーシアはこの場を離れる。
その様子をアザゼルだけが気付いていたが、敢えて何も言わずに見送った。
時を同じくして、ミッテルトは女子トイレの洗面台前に腕で身体を支えるようにもたれかかっていた。
顔を上げれば、鏡に映る幽鬼と例えられるほどに凄惨な表情。
一人になったことで取り繕わなくても良くなったからか、悲惨さが加速している。
そんな彼女を心配する者は、この場には誰一人としていない。
当たり前だ。他ならぬ彼女がそれを望んだのだから。
正直、立っているのもやっとな状態。地に足がついていないと言うべきか、自分の視界にあるものさえ正常であるかどうかの判断もつかないレベルで疲弊していた。
混濁した思考に溺れる中、それでも彼女の中で光を放つ零という存在。
前後不覚で何をどうすればよいのかも定かではない状況で、それを頼りにするのは必然の行為。
昆虫が光に向かって進むのを本能としているように、暗闇に一筋の光が差し込めば、それに惹かれるのは自然なこと。
――だが、身の丈に合わない光量はその身を焼く。
飛んで火に入る夏の虫、という言葉があるように。
太陽に焦がれたイカロスが蝋の翼を溶かして墜落してしまったように。
生きていく上で欠かせない現象であると同時に、その本質は生物を容易く焼き尽くす原初の火。
彼女にとって最大の不幸は、この精神が限界にまで摩耗していた状態で求めてしまったことにある。
聡明な彼女ならば、冷静な状態であれば最悪の結果を引き当てることはなかった。
しかし、パンドラの箱は開かれてしまった。最早、止まることはない。
崩壊は、すぐそこに迫っている。
ミッテルトはペルソナ全書を顕現させる。
これは、残された零との唯一の繋がり。
二人の関係を集約したそれは、他の人には無い唯一無二のもの。
ペルソナ全書が無ければ、零と繋がっていなければ、今の自分は存在し得なかった。
ミッテルトにとっての力の源泉である以上に、零との絆の象徴としての価値こそが本質である。
虚ろな目で、慈しむようにページを捲り、めくり、メクリ――――声を、失う。
「――――え」
辛うじて出た、呼吸の副産物のようなそれは、彼女の心境を溢れんばかりに代弁していた。
虚ろだった目は、不安と焦燥に駆られた力強いものへと変質し、一枚一枚ページを飛ばすことなく捲り続ける。
そうして、最後のページを見終える。
「……嘘」
バサリ、と音を立ててペルソナ全書が地に落ちる。
それと同時に、身の毛もよだつ不快感がこみ上げてくる。
咄嗟に洗面台に顔を近付け、そのまま口腔からは吐瀉物がぶち撒けられた。
「ヴッ……オ"エ"エ"エ"ッ……グッ、ゴ、ォッ……カッ……ハッ――!!」
認めたくなくて、否定したくて。
それこそ、このこみ上げたものと一緒に全て吐き出して、無かったことに出来ればどんなに幸福だったか。
それでも、現実は反転しない。都合の良い未来なんて、起こり得ない。
ペルソナ全書の中身は、
零が積み上げてきた絆を集約した本の中身が、まっさらになっていた。
それが意味すること。それは、零が何かしらの形でペルソナを操る力を失っている可能性。
可能性として挙げたはいいが、あまり現実的ではない。
何せ、力の規模が規模だ。未熟な彼女ではちゃちな妖精ぐらいが関の山だが、所有者である零ならば魔王クラスのペルソナを扱うことも出来る。
そんなとんでもない力を封印出来るなんて、想像ができない。
仮に出来たとして、誰もが血眼になって探している中、そんな彼らの探知を潜り抜けて大規模な封印を行使するなんて芸当が可能かと言う点。
そして、もうひとつ。
考えたくなかった、最低最悪の可能性。
これならば限りなくスマートで、まだ現実味のある方法だからこそ、信憑性が増す。
そう、本当に単純。
封印なんて遠回しな事をするよりも、単純明快な方法がある。
それは――有斗零という人間を、殺すこと。
タンクが潰れれば、パイプから供給されたエネルギーは決して届くことはない。
単純かつ明快、そして――どこまでも救いの無い、残酷な可能性。
「あ、あ、あ」
思えば先程の吐瀉物の流れは、この結論から意識を逸らす為の最後の防波堤だったのかもしれない。
しかし、そんなことは最早どうでも良いこと。
辿り着いてしまえば、過程などさして重要ではない。
何せ、振り返る余裕など彼女にはないのだから。
当然、この解釈とて完璧とは程遠い理論に基づく、消去法の域を出ない帰結でしか無い。
それでも、認識とは恐ろしいもので。一度思い込めばそれが自身にとっての絶対のルールとなる。
プラシーボ効果、なんてものがあるように、想像力とは時には現実さえも侵食する。
妄想は脳を犯し、思考を画一化させ――遂には、限界を迎える。
立て続けに起こった不幸の連鎖は、彼女の脳を焼いた。
ぐりん、と白目を剥いて力なくその場に倒れ伏す。
数分後、ミッテルトを探しに訪れたアーシアに惨状を発見され、悲鳴を聞きつけたリアス達によって彼女は救出されることになる。
しかし、次に目を覚ました時。ミッテルトは皆の知っているミッテルトではなくなっていた。
リアスの下り、何か以前にも書いた気がする(でも確認しない)
もしダブってたら修正するから教えてくれよな~頼むよ~。
まぁ、リアスを学習しないチンパンにしてもええんやけど、多少はね?(本当のチンパンは作者)
Q:定番のミッテルトイジメ
A:楽しいなぁ!!
Q:ゲ ロ イ ン
A:作者の書くメインヒロインはゲロを吐くことを定められている。逃れられぬカルマ。
某インモラルハードコアADVエロゲで一番興奮したシーンは、げっぷするところです(本気)
割りと真面目に、美少女かつ可愛い声の子がよ?ゲロとかげっぷみたいな下品極まりない音出すとか、最高じゃん。ギャップ萌えだよギャップ萌え。
Q:おや、リアスの様子が……?
A:いつフラグ回収できるかなぁ……(遠い目)