ゼロの少女と食べる男   作:零牙

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厳密にはもう日付変わってしまってますが、今の所なんとか週一で更新できてます。
これがこの先も続けられるかは不明ですが……


ACT-4 条件と契約

「……人1人の『半生』――いや、『命』の値段はいくらだ?」

 

 

 

 静寂が部屋に満ちる。

 

 誰も口を開かない。

 

 

 

 ――答えない――

 

 高額な値段を言えば、報酬がその金額になるだろう。

 

 

 

 ――答えられない――

 

 低額な値段を言えば、自分達の『命』もその金額になるだろう。

 

 

 

 ――答えてはいけない――

 

 そもそも『命』は金に換えられない。

 

 

 

 ならば法外とはいえ己に値段を付ける事は感謝こそすれ、怒る事はないのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ACT-4 条件と契約

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コルベールもルイズも口を閉ざしたままだ。

 

 ボルトの言う事は理解できる。

 これからの一生を使い魔として生きろと突然言われ、普通は簡単に承諾できるはずがない。

 だからそれ相応の対価を要求されるのは仕方ないだろう。

 

 しかし納得できない。

 いかにルイズが公爵家の娘とはいえ、600万エキューという大金はそう簡単に用意できる物ではない。

 

 しかしコルベールはこれをある意味僥倖と感じた。

 

 先程彼が考えていた妙案通りではないか。

 あの時点では『平民と交渉しようとしても、平民にとっては命令や恐喝と同義となる』為に躊躇われた。

 しかしボルト本人から契約前提での提案だ。

 何とか報酬額で折り合いがつけば解決できるのではないだろうか。

 

 

 

 そして次にボルトに興味が移る。

 

 ――この男は何者だ?

 

 見た事も無い服を着て、ハルケギニアの通貨を知らない。

 やはり『ロバ・アル・カリイエ』から召喚されたのだろうか。

 

 立ち居振舞いからして戦いの経験がありそして恐らくかなり腕が立つ。

 着ているコートは、所々穴や傷が有り確かに綺麗とは言い難い。

 しかしそれらは日常生活でできるような傷ではない。

 傷と一緒に血や焼け焦げた痕跡も見て取れる。

 それに、『依頼』に対して『報酬』を要求する。

 

 ――彼は傭兵ではないか?

 

 彼からは微かに火の秘薬――火薬の臭いを感じる。

 火薬の臭いのする場所は?

 採取する所・作成する所……そして使用する所だ。

 戦う者と火薬の組み合わせ。

 間違い無く戦場を知る者の証だ。

 

 そして自分達貴族を前にしても物怖じせず堂々とした態度。

 恐らく戦場で指揮する貴族にも同じように接していたのではないか。

 それが許されるという事は、その力を認められていたという事。

 

 戦場の残り香を漂わせる程。

 貴族に認められる程。

 

 彼は数々の戦場で戦い、そして生き抜いてきたのだろう。

 

 共に戦い倒れた仲間があってこそ、そして相対し殺してきた相手あってこその今の自分。

 それらの『命』の合計が『600万エキュー』という金額なのか。

 

 それとも戦場で散る筈だった自分の死に場所を奪った代償なのか。

 

 それともこれから先戦場に赴き戦い、稼いでいただろう報酬の要求なのか。

 

 

 

 コルベールの自他共に認める悪癖がまた出てしまう。

 

 ついボルトの事であれこれ考え込んでしまっていた。

 

 隣で立ったままだった少女の手が固く握られ、尚も力を込められ震えだしている事に気付かず……

 

 

 

 

 

「……無理よ」

 

 

 

 ルイズの口から漏れ出た言葉が、沈黙を破る。

 

「そんなお金用意できないわよ……こっちの都合で召喚してしまった事は申し訳ないと思うけど」

 

 俯いたままで呟くような小声で続ける。

 

「どうしてあなたなのかはわからないし、やり直しもできないし……」

 

 ボルトもコルベールも口を挟まずただ耳を傾ける。

 

「だからあなたにはどうしても『使い魔』になってもらいたい……」

 

 淡々と言葉を紡いできたルイズ。

 ここで顔を上げ、ボルトを見据える。

 

「――なのに600万エキュー!? 冗談でしょ!? 子供のわたしがそんな大金もってるわけないじゃない!!」

 

 急に声を荒げテーブル越しにボルトに詰め寄る。

 

「ここで土下座して頭を下げて頼めば安くしてくれるの!? だったら今ここでやってあげるわ!!」

 

「ミス・ヴァリエール、少し落ち着きなさい」

 

 さすがに興奮しすぎと判断してコルベールが押し留める。

 

「それとも最初から引き受けるつもりは無くて、断る為の口実!? だったらやらなくてもいいわよ!!」

 

 両手をテーブルに叩きつける。

 上に乗ったままのカップが大きな音をたてるが気にせず扉を指差す。

 

「あんたなんかこっちから願い下げよ! さっさと出て行きなさいっ!!!」

 

 そのまま俯く。

 手を置いたままのテーブルに雫が落ちてくる。

 

「……最初に引き受けるなんて言わないでよ……期待させないでよ……」

 

「ミス・ヴァリエール……」

 

 彼女の今までの人生で今日ほど感情の起伏が大きく、そして多かった日はなかっただろう。

 半日も経たない内に、喜怒哀楽の感情と気持ちが目まぐるしく変わっている。

 本人も気付かないうちに精神的な疲労とストレスが溜まってようだ。

 

 

 

 

 

「――誰が引き受けないと言った?」

 

 

 

「――え……?」

 

 今まで無言で聞いていたボルトが口を開く。

 

「俺が約束を守らないと思ったのか? 心外だな」

 

 ルイズは目に涙を浮かべたまま顔を上げる。

 先程は見えた鋭いボルトの目は隠れていた。

 

「そういう事なら条件がある」

 

「条件?」

 

 コルベールも緊張の面持ちで次の言葉を待つ。

 

「まず報酬は600万エキューだ。 これは変わらない」

 

「――っ!!」

 

 思わず言い返そうとしたルイズをコルベールが無言で抑える。

 

「今この場でなくても構わない。 後々用意できてから払ってくれ」

 

「……」

 

 そうは言うが、例え彼女の実家である公爵家を頼ったとしても10日やそこらで用意できるかも怪しいものだ。

 困惑顔の2人に構わずボルトは先を続ける。

 

「何なら有る時に少しずつでも良い。 お前が死ぬその時までに600万を払ってくれ。 ――『どちらかの命が尽きるまで』なんだろう?」

 

 ボルトの口元が笑みを形作る。

 

 ――長期に渡っての小額ずつならば何とかなるかもしれない。

 そうルイズは考える。

 

 ただ1つ気になった。

 

「でも何でわたしが先に死ぬ事になってるのよ。 どう考えてもあなたが先じゃない!」

 

 ――ふっ。

 

「………………あぁ、そうだな……そうだった……」

 

 微かに笑いながらボルトが続ける。

 

 

 

「それから『使い魔』になるとはいえ報酬が不完全なら『仮』だ、犬猫みたいな扱いや理不尽な要求は御免被る」

 

「……そんな事しないわよ」

 

 むっとした表情で答える。

 

「それから最後に1つ。 場合によっては他の『依頼』を受ける――つまり仕事をさせてもらう」

 

「ふーん……はぁ!?」

 

 これにはルイズも驚く。

 

「ちょっと待って! それって主人の側を離れて別の人の手伝いをするって事!?」

 

「あぁ」

 

「『あぁ』じゃないわよ! 『使い魔』が主人を放っといてどうするのよ!!」

 

 ルイズの言い分は至極尤もだ。

 『使い魔は主人を守る』。

 それが『使い魔』の重大で一番の役目だ。

 

 ――まさか面と向って役目放棄を宣言されるとは思わなかった。

 

「それが嫌なら今すぐ報酬を支払って正式な『使い魔』にしてくれ。 ……『ゴシュジンサマ』」

 

 ボルトの口元が再び笑みを形作る。

 

「……くぅ~っ!」

 

「無闇やたらに受けたりはしない。 お前の安全を確認してからで、必要なら報告をするさ」

 

 『許可を得る』――ではなく『報告をする』。

 主人の威厳もあった物ではない。

 

 

 

「……条件は以上だ。 これでも良ければ今日からでも『依頼』を実行しよう」

 

 そう言ってボルトはルイズの返答を待つ。

 

「ミスタ・コルベール……」

 

 ルイズは念の為に教師であるコルベールに確認してみる。

 

「私は……問題無いと思います」

 

 ルイズに向って頷く。

 最善……とは言えないが充分次善の展開だろう。

 条件付とはいえ、相手が『使い魔』になってくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 深呼吸して、やや顔を赤くしながらボルトの前に立つ。

 ソファーに座るボルトと目線はほぼ同じ高さだ。

 

「わかったわ。 今から『契約の儀式』をするから」

 

 さらに深呼吸。

 

 そして漸く覚悟を決めたのか、目を閉じて手にした小さな杖を振る。

 

 

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 

 五つの力を司るペンタゴン。 

 

 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 

 

 『コントラクト・サーヴァント』の呪文を唱え、杖をボルトの額に当てる。

 

 そしてゆっくりと顔を近づけ――

 

 

 

 ――互いの唇が重なる。

 

 

 

 自分の口からボルトへ魔力が流れていくのを感じる。

 薄く目を開けると、黒いメガネ越しにボルトが驚きの表情をしているのが分かった。

 

 恐らく5秒にも満たない僅かな時間だった。

 

 紅潮しながらもゆっくりと唇を離す。

 

 

 

 

 

 ――ファーストキスは甘いお茶の味と。

 

 

 

 

 

 ――鉄の様な血の……

 

 

 

 

 

 突然ルイズは眉をひそめて口に手を当てる。

 そして自分のカップに残っていたお茶を一気にあおる。

 

 

 

「あ、あんたぁっ! そういえばさっきネジを口にっ!!」

 

 

 

 ――もとい。

 

 

 

 

 

 ――ファーストキスは甘いお茶の味と血の様な鉄の……ネジの味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと『コントラクト・サーヴァント』終了。
原作1巻に換算すると10ページ分も進んでません。
……何とかがんばります。

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

最後を少し変更しました。
こっちの方が文章やストーリーの流れ的に良いかなと。

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