ゼロの少女と食べる男   作:零牙

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一休みしてから仕上げ・投稿のつもりがいつの間にか寝入ってしまいました……
やっぱり炬燵で横になったのはまずかったか……


ACT-3 交渉

 

 

 『貴族は土地を治め、平民は税を納める』。

 

 貴族は平民と違い、土地の所有が許されている。

 

 そしてその土地の名前が『姓』となる。

 例えば『ラ・ヴァリエール』。

 例えば『フォン・ツェルプストー』。

 

 

 

 ――では今ルイズの目の前にいる男、『ボルト・クランク』。

 

 

 

 『姓』を名乗った、つまりは『貴族』という事。

 『人間』を召喚した事は問題だが『貴族』を召喚したとなれば大問題だ。

 そうなるとこれはルイズとボルトの問題ではなく、下手をすれば『ラ・ヴァリエール家』と『クランク家』の問題となってくる。

 

(……ど、どうすればいいの……)

 

 

 

 彼女の『コントラクト・サーヴァント』はもう少し先のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ACT-3 交渉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボルトの格好は一見しても『貴族』とはとても思えない。

 しかし貴族がお忍びで出歩く為に、平民に身をやつす事は希にあるのだ。

 領内の見回り、窮屈な生活の息抜き等々。

 

 昔当時のトリステインの王が、城下で給仕の娘に恋をするという逸話も残っている。

 その王からの贈り物は、娘の子孫が代々家宝として今も受け継いでいるらしい。

 

 自称『貧乏領主の三男坊』が市井に混じり世の不正・悪事を解決する『暴れん坊王子』は、昔から平民に人気のある物語だ。

 実在した王族をモデルに作家や吟遊詩人が話を作り、今でも語り草となっている事をルイズは知っている。

 

 目の前のとてもそうは見えない男も、変装した『貴族』ではないとは言い切れない。

 

 

 

 そして新たな疑問。

 

(……『ボウケンヤ』って何……?)

 

 それは名前と共に告げられた言葉だった。

 

 

 

 そんな困惑するルイズを意に介さず、ボルトはゆっくりと立ち上がる。

 

(……ぅわぁ、高い……)

 

 150サントを少し上回るだけのルイズと長身のボルトとは頭2つ分以上も差がある。

 隣に立たれると、正しく見上げる高さとなる。

 

「……お前が依頼人か?」

「そ、そうよっ!」

 

 言葉通り『上から』の問い掛けに若干苛立ちながらも、口には出さなかった。

 後々それが問題になると困るからと思っての事だが、わずかに滲み出る不機嫌な表情は隠せなかった。

 

 

 

 ――口角が上がり、口元が笑みを形作る。

 

 ――背筋に寒気を感じた。

 

 

 

 ボルトはただ単純に笑っただけかもしれない。

 しかし彼女からは眉は前髪に隠れ、目は『黒いメガネ』に遮られている。

 口しか見る事ができないその笑みが、仮面の様に作り物めいて『怖い』とさえ思えた。

 

 

 

 

 

「あぁ、良かった。 気がつかれましたか」

 

 背後からの声に内心安堵しながらルイズは振り向く。

 コルベールが下に降りてきていた。

 ルイズの隣に立ち、ボルトに会釈する。

 

「私はここトリステイン魔法学院で教師を務めているコルベールと申します」

 

 成人男性として決して背が低いわけではないコルベールも、ボルトには及ばない。

 

「……ボルト・クランクだ」

 

 それを聞いたコルベールは一瞬顔を強張らせるがすぐに穏やかな表情に戻る。

 彼もその可能性に気付いたのだ。

 

「色々とお聞きしたい事、お話ししたい事はあると思いますが、報告がてらここの学院長を交えてと考えてますので、ご同行をお願いしたいのですが……」

 

 今回の前代未聞の召喚を学院長はまだ知らない。

 単純に時間の節約になるし、問題が発生した時も学院長の知識、助言は解決に繋がるだろう。

 

「……あぁ、構わない」

 

 『黒いメガネ』の位置を片手で上げながらボルトは答える。

 

 

 

「では、こちらへ……」

 

 平静を装いながらもコルベールは未だ警戒を解いていない。

 杖を握り魔法を使えるように、体をすぐに動かせるように。

 

 その原因はボルトだ。

 

 無造作に立っているように見えて、その実隙が無い。

 その身から漂う雰囲気は明らかに戦う者が持つそれだ。

 『平民』にしろ『貴族』にしろ、只者ではないだろう。

 

 用心するに越した事はない。

 

 

 

 揃って穴から出るとまだ外には生徒が残っていた。

 

 赤い髪と青い髪の少女。

 

 赤い髪の少女はルイズに笑いかけ手を振る。

 当の本人は嫌そうな顔をして目を逸らす。

 青い髪の少女はただ黙って見ているだけ。

 

 学院の方へ歩いて行く一行――正確にはボルトに4対の視線が注がれる。

 少女達だけでなくその使い魔達までもが、彼が城の様な建物の中に消えていくのを見送っていた。

 

 

 

 

 

 ここ『トリステイン魔法学院』の学院長を務めるのはオスマンという老メイジ。

 白く長い髪とひげを持ち、百歳とも三百歳ともいわれる人物でオールド・オスマンとも呼ばれている。

 

 そんなオスマン氏は学院本塔の最上階にある学院長室で、現在進行形で折檻中だった。

 ちなみに『される方』である。

 

 『している方』は彼の女性秘書のミス・ロングビル。

 直接的と間接的のセクハラの報復に、うずくまる上司を無言で蹴り回している。

 

 このセクハラと報復は、ここまでは割とよくある日常茶飯事だった。

 ――それはそれで問題ではあるが。

 

 この日違ったのはミス・ロングビルが放った蹴りのかかと部分が、オールド・オスマンの臀部のあるポイントに突き刺さった事。

 ――背中のかゆい部分にやっと手が届いた、少し痛くて少し気持ち良い感じ。

 そんな微妙な感じに思わず「ぁふん」なんて言葉がオールド・オスマンの口から漏れたのだ。

 

 それを聞いた女性秘書は日頃のストレスもあったのか薄い笑いを浮べ、さらに力を込めて蹴り回す。

 うずくまる老メイジも次第に痛覚が麻痺し始めた。

 

 

 

 お互いに開いてはいけない扉が開きかけていた為か、いつもなら気付く足音と気配に気付かなかった。

 

 

 

 軽いノックの後、学院長室の扉が開き――

 

「失礼します、学院長。 お話が……」

 

 ――1秒後に閉じられた。

 

 

 

 

 

 コルベールが学院長室の扉を開いた瞬間、彼は自分の目を疑った。

 

 ――あの普段は理知的な顔のミス・ロングビルが見た事もない笑みで、複雑な表情のオールド・オスマンを蹴っていた。

 こんな場面を、前途有望な少女と遠方からの客人に見せても良いものだろうか……否、良い筈が無い!

 

 扉を開けて1秒後に閉め、そのまま無言で3秒間。

 

「学院長は今お忙しいようです。 ここまでご足労頂いて申し訳ありませんが、下の応接室へ行きましょう」

 

 ルイズとボルトに振り向いたコルベールは、広い額に汗を滲ませながら嘘くさい程の笑顔で告げる。

 ルイズはコルベールの体で中の様子は見えなかったようで、彼の変な態度に疑問を持ちながらも頷く。

 ボルトは相変わらず表情は見えないがそれでも異を唱えなかった。

 

 

 

「あっ!」

 

 階下へ降りる途中で突然ルイズが声を上げる。

 

「ミスタ・コルベール! 私ちょっと野暮用が……」

 

 つい口に出たが我ながらなんて馬鹿な事をと気付く。

 これから教師と使い魔の男と自分で、行うのは自分のこれからを定める極めて重要な話し合い。

 ――その本人が不在でどうするのか。

 コルベールは眉間に皺を寄せる。

 

 慌てて今の言葉を撤回しようとするルイズ。

 

「ミス・ヴァリエール、『野暮用』という事は短時間で終わると判断してよろしいですか?」

 

「……え? あ、はい大丈夫です! ありがとうございます!」

 

 予想外の許可の言葉に一瞬呆気に取られる。

 しかし直ぐに立ち直り、礼をした後階段を駆け下りる。

 

「私達は先に応接室へ向かいます。 あまり遅れないように」

 

 その背中に声を掛け、小さく溜息をつく。

 

 

 

「……色々大変そうだな」

 

 

 

 まさかの労いの言葉に驚いて振り向く。

 背後のボルトの口元には小さく笑みが浮かんでいた。

 そういえば学院長の扉を開けた時、彼は確かに背後にいたがその身長差から中の様子は丸見えだった筈。

 苦笑しつつも礼を言い、再び応接室へ案内する。

 

 

 

 

 

 途中出会ったメイドの少女にお茶の用意を頼み、2人は応接室に辿り着く。

 そこは国内外の貴族、時には王族を迎えるに足る部屋だった。

 内装や調度品の装飾など、豪勢でしかし派手になり過ぎないような造りなっている。

 

 コルベールがボルトに席を勧めると、2人に少し遅れて先程の黒髪の少女がお茶を運んできた。

 少女の淹れるお茶の香りが部屋を満たす頃、ルイズが多少慌てた様子だが無事に応接室へ入ってくる。

 少女が退出し、全員がお茶に口を付ける頃にはルイズの呼吸も整った。

 

 コルベールの視線を受け、ルイズは緊張した顔で頷く。

 

「――では始めましょう」

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介を」

 

 ソファーに座ったまま軽く礼をするコルベール。

 

「私はコルベール、ここトリステイン魔法学院で教師をしております。 そして……」

 

 隣のルイズもコルベールに倣って礼をする。

 

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」

 

 やや緊張した声で名乗るルイズの紹介後にコルベールが補足する。

 

「今回、使い魔召喚の儀式であなたを召喚する事になったのが彼女です」

 

 2人の視線が対面に座るボルトへ向かう。

 かなり大きめに作られたソファーだが、長身の彼が座ると丁度良い大きさのようだ。

 

「……ボルト・クランクだ」

 

 それを聞きコルベールは深呼吸の後、まず確認しなければならない事を問う。

 

 

 

「ミスタ・ボルト、貴方は……『貴族』……なのですか?」

 

 

 

 コルベールは真剣な表情で、ルイズは息を殺して、ボルトの返答を待つ。

 しばしの沈黙が部屋を支配する。

 

 ――くっ。

 

 やや俯き加減で座っていたボルトが微かに笑う。

 

「……何を以ってそう判断したのかは知らんが……そんなご大層な肩書きを持った事は無い」

 

 ほぅと2人が揃って息を吐く。

 

「いや、失礼しました。 貴方が『姓』を名乗っていたので……」

 

 コルベールが額の汗をハンカチで拭き取りながら答える。

 ルイズもあからさまにほっとした表情で肩の力を抜く。

 とりあえず『ラ・ヴァリエール家』と『クランク家』という貴族間の問題の可能性は否定された。

 

「俺が『居た所』ではこれが普通だ」

 

「あなたが『居た所』って?」

 

 少し気が楽になったルイズが思わず聞き返す。

 

「『ここ』に来る直前は砂漠に居た」

 

「砂漠ってあの『サハラ』!? じゃあやっぱり貴方は『ロバ・アル・カリイエ』の人!?」

 

「……驢馬? 何の事だ?」

 

 若干興奮気味に問うルイズだが当然のようにボルトには心当たりが無い。

 

「ミス・ヴァリエール、『ロバ・アル・カリイエ』はこちらが便宜上そう呼称しているだけで、実際に東方に住む人達に聞いても通じませんよ」

 

「あ! そうですね……」

 

 ハルケギニア大陸の東方には広大な砂漠地帯『サハラ』が広がっている。 

 その砂漠のさらに東方は一括りに『ロバ・アル・カリイエ』と呼ばれている。

 ほとんど情報も無く、未だ謎のままの土地だ。

 

 

 

「失礼、話が逸れましたがそろそろ本題に入りたいと思います」

 

 そうコルベールに言われ、ルイズも居住まいを正す。

 

「ミス・ヴァリエールは、『あなたが使い魔となる事に同意している』と話していたのですが」

 

「あぁ、そんな『依頼』を受けた」

 

 再び緊張して答えを待つ2人に、ボルトはあっさりと認める。

 召喚の時は声だけだったので、ボルトがこうして面と向かってはっきりと了承の意を示した事にルイズは胸を撫で下ろす。

 

「こちらからも確認しておきたい」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

 

「……『報酬』の件だ」

 

 

 

「――あ」

 

 しまったと言わんばかりに声を漏らすルイズ。

 そんな彼女にコルベールは詳細を求める。

 

「どういう事ですか? ミス・ヴァリエール」

 

「あ、あの……さっき言った『声』が聞こえてきた時に言われてたんですが……」

 

 立て続けに予想外の出来事が起こってしまい、話すのを忘れてしまっていたのだ。

 

「ミスタ・コルベールは『ロッパ・コーク・リード』ってご存知ですか?」

 

「『ロッパ・コーク・リード』? はて、聞き覚えがありませんが……」

 

「『ロッパ・コーク・リード』じゃない」

 

 その言葉に2人がボルトに向き直る。

 

 

 

「……『600億リド』。 ――(かね)だ」

 

 

 

「ろっぴゃく!?」

「おく!?」

 

 2人が驚きの声を上げる。

 ――が、しばしの沈黙の後お互いに顔を見合わせ呟く。

 

 

 

「「……『リド』?」」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ――通貨が違ったようだ。

 

 

 

 

 

 その後、双方の話の擦り合わせる事で『600億リド』は『600万エキュー』に相当すると分かった。

 しかしその要求が膨大かつ法外な事に変わりはない。

 

「何よそれ!? 足下見るのも大概にしなさいよっ!」

 

「ミスタ・ボルト、さすがにその額は非常識では……」

 

 ソファーから立ち上がり声を荒げるルイズと渋面のコルベール。

 それをあまり気にした様子もなくさらに言葉を続けるボルト。

 

「もう1つ確認だ。 その『使い魔』とやら、期間はいつまでだ? 何かの目的達成までか?」

 

 そう問われ言葉に詰まる2人。

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 

 誰も言葉を発する事なく、しばらく沈黙のまま時間が過ぎる。

 

 

 

「……『一生』よ……」

 

「……正確には『どちらかの命が尽きるまで』です」

 

 ぽつりと呟いたルイズの言葉を補足するコルベールだが、言った本人がその無意味さに気付いている。

 

 それを聞いても何も反応しない。

 少なくとも表面上は無表情のまま抑揚の無い声のボルト。

 

 

 

「最後だ。 『ここ』での相場は知らないから聞きたいんだが……」

 

 

 

 前髪と『黒いメガネ』の上部の隙間から、今まで隠れて見えなかった鋭い目が2人を見据える。

 

 

 

 

 

「……人1人の『半生』――いや、『命』の値段はいくらだ?」

 

 

 

 

 




通貨に関しては『1万リド=1エキュー』で計算しています。
判断材料としては『RAY』と『EAT-MAN』のコラボ作品でボルトが飲み屋で酒を飲んで3000リド支払ってたので『1円=1リド』。
『ゼロの使い魔』で『500エキューで平民一家4人が不自由なく暮らせる』とあったので『1エキュー=1万円』。
……あまりつっこまないでもらえると助かります。

次回は幕間的な話を予定しています。
前と違って、もっと軽めの話ですが。

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

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