ゼロの少女と食べる男   作:零牙

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1週間以内と思って努力はしたんですが、完成が日曜日に。
しかも投稿してたら日付が変わってしまいました……


ACT-2 喚ばれた男

 

 

 

 

 

 ……それは少女が幼い頃から欲していた物だった。

 

 本来一般的な『貴族』の家系に生まれれば当たり前の様に得られる物。

 

 『魔法』を習得する過程で自然と親や家庭教師といった大人から与えられる物。

 

 

 

 ――だが、少女は違った。

 

 

 

 只の一度も『魔法』は成功しなかった。

 

 どんなに勉強しても、どんなに練習しても、その努力は報われなかった。

 

 

 

 ――まだ『貴族』の誇り・義務・信念も理解できぬ子供の時から。

 ――ただただそれが欲しくて。

 

 

 

 成長した今でもその想いはずっと胸の奥底にあった。

 

 小さいけれど、それでも失敗する度にはっきりと自覚できるぽっかりと開いた『穴』。

 

 いつかは埋まると思いつつ同時に絶望視していた心の『空白』。

 

 

 

 

 

 

 

『そして使い魔の召喚成功おめでとうございます、ミス・ヴァリエール。 貴女達のこれからの活躍に期待しますよ』

 

 

 

 

 

 

 

 ――そこに先のコルベールの言葉が、静かに収まる。

 

 

 

 

 満たされた胸の内から熱いものが込み上がり、少女の目から雫となって零れ落ちる。

 

 

 

 ――それはささやかな幼い願い。

 

 ――それは子供の時に誰もが持つ大人への要求。

 

 ――それはつまり『祝福』と『賞賛』。

 

 

 

 

 

 

 

 

     ――『ワタシマホウガツカエタヨ』――

     ――『スゴイデショ』――

     ――『ワタシヲホメテ』――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ACT-2 ()ばれた男

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の目から流れる涙。

 

 それは今までの涙とは違った。

 

 

 

 少女にとって、涙とは常に冷たく、暗い負の感情と共に有った。

 

 幼い頃に故郷の屋敷の中庭にある『秘密の場所』で……

 魔法学院の寮の自室のベッドの上で……

 先程の2度目の爆発の後目の前に広がる大空の下で……

 

 

 

 悲しくて、悔しくて、何もかもがどうでもよくなって……

 

 

 

 しかし今は違う。

 

 両の目から止めどなく溢れる熱い雫。

 

 締め付けられるような苦しみは無く、温かい何かで満たされた胸の内。

 

 

 

 ――そして少女は思い出す。

 

 人は嬉しくても泣けるんだ……と。

 

 

 

「ミス・ヴァリエール! 大丈夫ですか!?」

 

 目の前で呆然と立ち尽くしていたルイズが、その呆然とした表情のまま涙を流し始めたのだ。

 泣き喚くでもなく、泣き伏すでもなく。

 ただただその頬を涙で濡らす。

 

 あまりに唐突な出来事に、訳が分からず慌てふためくコルベール。

 彼の言葉に救われた故の涙なのだが、彼には知る由も無い。

 

 

 

 声を掛けられた事に気付いたルイズは、制服の袖で乱暴に涙を拭う。

 

「大丈夫です、ミスタ・コルベール! ありがとうございます!」

 

 そう答えた彼女は涙目ながらも、コルベールが今まで見た事が無い晴れやかな笑顔を見せた。

 

 安堵の溜息と共に、コルベールも微笑みを返す。

 

 

 

 

 

 1度咳払いをした後、真剣な教師としての表情でコルベールはルイズに語りかける。

 

「……さてミス・ヴァリエール、本来なら続いて『コントラクト・サーヴァント』を行ってもらうのですが……」

 

 ちらりと彼女の背後に目を向ける。

 そこには未だ倒れたままの『人』の姿があった。

 

「先も言った様に今回の召喚は前例の無い結果です。 事は慎重に運ばなければなりません」

 

 ルイズも気を引き締めたのか、講義を受ける時の様に真面目な表情でコルベールの話を聴く。

 コルベールも視線をルイズに戻し、言葉を続ける。

 

「事情を説明し、『彼』に納得してもらい、同意を得てから契約する事とします」

 

 『彼』がどこから召喚されたのかはわからない。

 使い魔召喚の『ゲート』と知らずにか、それとも不可抗力か。

 いずれにせよ、その結果を理解せぬまま召喚されたに違いない。

 

「これからの貴女達の関係性を良き物とする為です。 まずは『彼』の回復を待ちましょう」

 

 

 

 

 

 『サモン・サーヴァント』で召喚される使い魔は、召喚者と同じ属性である生物が選ばれる。

 それ故か、基本的に使い魔と召喚者の仲は良好である。

 

 だが一説に因ると、その原因は契約時の『コントラクト・サーヴァント』。

 使い魔となる生物に親愛や信頼の感情、忠誠や服従の意思を植え付けているからだとも言われている。

 

 この説の真偽はともかく、使い魔が主を害する事はほとんど無い。

 

 

 

 では、使い魔が『人』であった時はどうなるのか。

 ――まったく同じだという保証は無い。

 

 

 

 仮に現在の何も知らない・理解していないまま『コントラクト・サーヴァント』で契約し、無理矢理使い魔とした場合。

 

 後程事情を説明し、『彼』に納得してもらい、同意を得られればそれこそ最善の結果だろう。

 

 ――だがそんな物はこちらに都合の良すぎる幻想だ。

 

 現状は人攫いの賊共と何が違うのか?

 そんな事をしても『彼』の怒りと恨みを買うだけだ。

 そしてその矛先は、真っ先に主であるルイズに向けられるだろう。

 

 使い魔の契約を破棄しようとするかもしれない。

 

 使い魔と召喚者の契約が切れる条件は『使い魔の死』。

 ――そして『召喚者の死』だ。

 

 珍しい話だが、身近に全く存在しないわけではない。

 召喚者が病や事故、戦争で早世する事もある。

 

 そして使い魔が幻獣の類だった時は、召喚者よりも寿命が長い場合もある。

 今回の儀式であればタバサという少女が良い例だ。

 彼女の使い魔はウィンドドラゴン、しかもまだ幼生。

 どちらの寿命が長いかなど誰の目にも明白だ。

 

 早世だろうが老衰だろうが『死』に違いは無い。

 

 ――例えそれが『殺害』に因るものであろうとも。

 

 それがコルベールの今考えられる最悪の結果である。

 

 

 

 

 

 ルイズの為に色々と気を揉んでいたコルベール。

 そんな彼にルイズは胸を張って答える。

 

「問題ありません、その事なら『彼』から承諾を得ています!」

「……え?」

 

 彼女と彼女にしか聞こえなかった『彼』との話の結果など、彼にとっては寝耳に水だ。

 

「ですので、今ここで『コントラクト・サーヴァント』を行います!」

 

 そう言うとルイズは背後に横たわる『彼』と向き合う。

 

 

 

 実の所彼女は焦っていた。

 

 ――『サモン・サーヴァント』が成功した今なら、『コントラクト・サーヴァント』も問題無く成功するに違いない。

 ――時を置けば、またいつもの『ゼロ』に戻ってしまうかもしれない!

 

 そんな言い様の無い不安に襲われる。

 

(急げ! 早く! 今なら!!)

 

 

 

 

 

「待ちなさい、ミス・ヴァリエール」

 

 静止の声と共に再びルイズの肩にコルベールの手が置かれる。

 

 振り返るルイズの焦燥は傍からでも見て取れる。

 そして彼女の想いも。

 

 それがわかるからこそコルベールもゆっくりと諭す。

 

「承諾を得ているといっても、意識の無い状態での契約は『彼』に失礼ですよ」

「……はい……」

 

 そう言われ、ルイズも渋々頷く。

 

「それに『コントラクト・サーヴァント』は大なり小なり相手に負担を強います。 『彼』本人の体調も確認してからにしましょう」

 

 続けてふと気になった事を尋ねる。

 

「ところで先程『承諾を得ている』と言ってましたがいつの間に?」

「……あの、えぇっと~……」

 

 言葉を濁し目を逸らすルイズ。

 コルベールの呼び掛けを無視していた時だ、なんとなくばつが悪い。

 

「1度目を失敗した後に声が聞こえてきて……」

「ふむ……」

 

 そういえばあの時のルイズはしばらく様子がおかしかった。

 あれはそういう事だったのかと納得する。

 やはり『人』の召喚は通常の召喚とは勝手が違う物なのだろう。

 そう独りごちる。

 

 

 

「さて、他の皆を解散させてきます。 貴女はここに居てください」

 

 そう言ってコルベールは穴の底から地上へ移動する。

 

「皆さん! 今日はこれで解散とします! これからの時間はそれぞれ使い魔との交流に充ててください!」

 

 本来なら授業が無くなった事で生徒達から歓声が上がりそうなものだがまったく無い。

 それどころか「あぁ……」とか「……ぅう」とか呻き声を漏らしながらもぞもぞと動き出す。

 魔法で空を飛ばず、ほぼ全員がよろよろのたのたとよろけながら学院へ歩いていく。

 

 その様子を見ていたルイズは最近トリステインで流行っているという本を思い出す。

 死者が蘇り墓から抜け出し、腐りかけた体を引き摺って人を襲う――そんな内容だったはずだ。

 

 

 

 

 

 改めてルイズは『彼』と向かい合い、その側にしゃがみ込む。

 そして気を落ち着かせた状態で初めて『彼』の姿を確認する。

 

 

 

 まず目を引くのがその長身だ。

 横になった状態なのではっきりしないが、190サント以上もしくは2メイル近くはあるだろう。

 服の上からでは分かりにくいが体格は普通もしくは細身で、太っているようには見えない。

 

 黒いズボンに黒い靴。

 デザインはシンプルで装飾などはない。

 靴は体に合ったかなりの大きさで、ズボンを見る限り脚は長い。

 

 その長身のほとんどを包む足首近くまである大きなコート。

 くすんだような色合の暗い緑色に染められ、やや厚めで丈夫そうだ。

 しかしこの暖かい春の陽気では、暑いと感じてしまうのではないだろうか。

 両胸と両サイドに大きめのポケット。

 サイドのポケットには中に何か入っているらしい膨らみがある。

 

 上半身にはベルトの付いた見た事のない形のベスト。

 黒に近い暗い青色で、コートよりもさらに分厚く感じる。

 その下には白いシャツ、そしてマフラーなのかストールなのか、細い帯の様な布が見える。

 

 首元にはベストと同じ色の筒型の何か。

 ……小物入れだろうか。

 

 両手には指部分がない黒いグローブ。

 手首や指の周りに白い縁取り。

 甲部分には補強の為か金属のプレートがあり、装飾の様な飾り気のない紐が巻かれている。

 

 頭にはコートと同じ色とデザインの帽子。

 鍔は無く、頭部を覆うのみ。

 貴族が被る、鍔が大きく広く羽飾りがある帽子とは対照的だ。

 

 『彼』の着ている服全てに言える事だが、今まで見た事の無いデザインと材質だ。

 例の『報酬』の事もある、やはり東方の人間なのだろうか

 

 その帽子から溢れ広がる女性の様に長い髪。

 後髪は広い背の中程まで届く真っ直ぐだが、前髪はやや癖があり目元付近まで伸びている。

 殆ど白と言っても過言ではない薄い薄い金色。

 ――ルイズにはまだ幼い時に家族で行った海辺の砂浜が思い浮かんだ。

 ――そしてハルケギニアの東方に広がる砂漠地帯の砂もこんな色なのだろうか。

 

 やや面長に見えるその顔にはその長身と共に目を引く物がある。

 ――それはメガネ。

 メガネ自体は珍しい物ではない。

 ここ魔法学院の教師や生徒の何人かはメガネを掛けている

 

 『彼』の掛けているメガネは黒いのだ。

 だが『つる』や『縁』が黒いのではなく、『レンズ部分全体』が黒い。

 

(これじゃ何も見えないんじゃないの?)

 

 そう思ったルイズは、『彼』が口に何か咥えている事に気付く。

 まるでパイプを吸うかの様に咥えられているのは……

 

 ――金属製の小さなネジだった。

 

(どうして? どうしてネジが口に? 東方ではパイプじゃなくてネジを吸うの!?)

 

 混乱する彼女の頭の中で、東方の『エルフの居る恐ろしい所』というイメージに『変な風習のある所』というイメージが加わる。

 

(こんなの咥えてたら契約できないじゃないの………………ぁ……)

 

 

 

 

 

 ――ここで彼女は重大な事を思い出す。

 

 

 

 

 

 ――『コントラクト・サーヴァント』。

 召喚した生物を術者の正式な使い魔として契約する儀式である。 

 呪文を唱え、自分の魔力を生物へ伝える。

 その魔力によって生物には『使い魔のルーン』が刻まれ、正式に使い魔となる。

 

 その魔力の伝達方法が口移し――要はキスなのだ。

 

(えぇ!? じゃっ、じゃあわたしこの人とキスしなくちゃいけないのっ!?)

 

 頬が一気に紅潮する。

 その頬を両手で押さえながら慌てふためく。

 先程の涙とは違う熱さが顔全体に広がっていた。

 

 知らなかった訳ではない。

 通常なら特に気にする事ではなく、全く問題は無いのだ。

 動物にキスなら幼い頃にやった事はあるし、生涯のパートナーである使い魔となる生物なら尚更気にしない。

 

 ……だが相手が『人間』となると話が違ってくる。

 

 ――ルイズは家族以外の男性とのキスの経験が無い。

 ――つまり今回の『彼』との契約がファーストキスとなるのである。

 

 少女にとっては一大事。

 先とは違う理由で、コルベールに再度召喚のやり直しを頼もうかと本気で思ったくらいだ。

 だが言った所で一蹴されるのは目に見えている。

 非常に残念だが、最早諦めるしかない。

 

(うぅ……)

 

 顔を朱に染めつつ涙目で、非が無いとは理解してはいるが目覚めぬ『彼』を睨む。

 と、ここでファーストキスの相手になるだろう『彼』の素顔が気になった。

 どうせするなら美形相手に越した事はない。

 

 

 

 黒いメガネを取ろうと『彼』の顔に手を伸ばす。

 

(あれ? このメガネ……)

 

 触れる程近づいて初めて分かったのだが、黒い部分は完全に光を遮断しているのではなく、透けて見えるようになっているようだ。

 閉じられたままの目がぼんやりと見えた。

 

 

 

 

 

     カリッ

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 微かな音が耳に入り思わず視線を移す。

 少し前まで口元にあったネジが無い。

 

「あれ?」

 

 視線を戻すとぼんやりと暗く透けるメガネの向こうから、こちらを見詰める目。

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 

 しばしお互い無言で目を合わせたまま動かぬ2人。

 

「……」

「きゃっ」

 

 『彼』が体を起こそうとしたので、ルイズは慌てて近づけていた体を離す。

 

「……」

 

 やはり無言で、地面に座り込んだ格好で動かない。

 その傍らに立ち、動揺を悟られぬように深呼吸をするルイズ。

 

 

 

「……あ、あなたは誰?」

 

 緊張しつつも『彼』に尋ねる。

 

「……」

「あなたは誰っ!?」

 

 尚も無言の『彼』にむっとして語気を荒くする。

 

「……」

「……っ!?」

 

 それでも無言で身動き一つしない『彼』を怒鳴ろうとしたその時。

 

 

 

 

 

     「……ボルト……」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 返答があった。

 『彼』は座り込んだまま顔だけをルイズに向ける。

 黒いメガネで表情は分からないが、その口は微笑んでいる……ように彼女には思えた。

 

 

 

 

 

 

     「……ボルト・クランク……冒険屋だ」 

 

 

 

 

 

 




 ご覧頂きまして、ありがとうございます。
なんとか2話目が完成しました。
苦労したのがボルトの描写。
これは完全に自分の主観かつ予想に基づく物なんですが……

コミックのカバーやイラストで髪の色が微妙に違う!

初期では灰色だったんですが、今回は後期のイラストを参考にしました。
あと、首元のアレは本当に何なんだ? 1度も言及されてないし使用されてないし……

それから、「サングラス」についてはルイズ達には未知の物としました。
「ゼロの使い魔」は実はまだ全巻よんだ訳ではないのですが、少なくとも誰かが「サングラス」を掛けている描写は無かったと記憶しているので……

 次回は幕間的な話を挟もうと思います。 ……出来るだけ早めに。

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

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