ゼロの少女と食べる男 作:零牙
皆さんゴールデンウィークはいかがお過ごしだったでしょうか?
自分はカレンダー通りでした。
――『日付が何日だろうと、その日が月曜~金曜ならば仕事』。
……カレンダー通りです。
――広場に響く喚声。
その中で『歓声』と言えるのはたった1人から発せられた物だけだった。
「やったぁーーー!」
体全体で喜びを表すかのように、喜色満面で両手を高々と上げ飛び上がる。
そして隣にいたルイズの手を取り、何度も何度も跳び跳ねる。
「やった、やりました! ボルトさんが勝ちました~っ!」
「ちょ、ちょっとシエスタ! 痛いってば……」
ルイズの身長が153サント。
シエスタの身長は162サント。
あまり違いがないのだが、『杖より重い物は持たない』と言われる貴族と『貴族の世話から掃除に洗濯に厨房の手伝い』等々学園の雑事を担うメイド。
その体力・腕力の差は歴然としている。
「それから……ナントナクムカツクカラヤメテモラエナイカシラ?」
ルイズが虚ろな目をしながら呟く。
その視線の先にはシエスタの動きと重力の作用によって、『揺れる』というか『弾む』というか、そんな風に表現される彼女には無い『ナニカ』があった。
否、正確に表現すれば人体構造上は、ルイズにもその同じ『ナニカ』は存在している。
ただ、その大きさ故に物理的に『揺れる』・『弾む』事が不可能なのだ。
「――あぁっ! 申し訳ございません、ミス・ヴァリエール! ついはしゃいでしまって失礼な事を……!」
自分が
ルイズに咎められたのはそれが原因と誤解したからだ。
そんなシエスタを見てルイズは軽く溜め息。
先程のシエスタの行動は、平民が貴族に対する礼儀としては褒められる事ではない。
だがそれだけボルトの身を案じていたという事であり、それだけボルトの勝利を喜んでいるという事だ。
たまに似たような事をして『ナニカ』を見せつけるキュルケと違って、シエスタには悪意など微塵も無い。
それが分かっているのでルイズは怒るに怒れない。
そんなシエスタとはルイズを挟んだ反対側。
赤い髪の少女と青い髪の少女。
彼女達はギーシュが『
そして互いに横目で視線を交わし、そっと拳同士を打ちつける。
――まるで祝杯をあげるかのように。
ACT-16 謝罪と考察
(――負けた……)
地面にへたり込んだまま、ギーシュは呆然としていた。
負ける気など毛頭無かった。
ましてや自分から負けを認める事になるとは予想だにしなかった。
圧倒的実力差で自分を下したボルトは、先程と変わらぬ場所に立っていた。
そして右手の指で挟んでいた刃のみのナイフを口へと運ぶ。
――ガキリ。
――メキリ。
レイピアの時とは違って、右手の指で少しずつ口へと押し込みながら高く硬質な音を立てて咀嚼していく。
そんな相変わらずのボルトの奇行をぼんやりと目にしながらギーシュはふと思う。
『――自分はどうなるんだろう?』
血の気が一気に引くのが自分でもはっきり分かった。
興奮から冷めた頭で思い出してみると――八つ当たりに言い掛かり、侮辱と暴言、誹謗に中傷……
場末の酒場の安酒で悪酔いしたというならさも有りなん。
しかしここはかの高名な『トリステイン魔法学院』。
昼食に出されたワインは最高級とは言えないまでも、平民が気軽に手を出せるような代物でもない。
そして何よりギーシュを最も怯えさせた要因は、拘束したボルトへの刺突を止められたその後の行動。
『引いて駄目なら押してみよ』とばかりに押し込ませたアレだ。
あの時は混乱していたが今考えると、結果的には微動だにしなかったが動いていたならば間違い無く致死性の攻撃。
(もしかするとあの時の報復が有るのでは……?)
そう恐れる一方。
(いや、もしそうならさっきナイフの刃を返す必要は無い筈……!)
自分の考えを否定して気持ちを落ち着かせようとしていた。
「……」
そしてふと気付けばいつの間にか食べ終えたボルトが、無言でゆっくりと歩み寄ってきていた。
「……あ……あ……」
声にもならない悲鳴を上げながら少しでもボルトから距離を置こうとする。
しかし腰が抜けたように足に力が入らず立ち上がれない。
それでも上体を支えていた腕だけで必死に移動するが、長身故の大きな歩幅のボルトがあっさり追い付く。
傍らに片膝を着き、その右手を無言でギーシュに伸ばす。
「……ひぃ……!」
悲鳴を漏らしながら自分の首元に近付くその右手を視界に収め、最後の抵抗とばかりに首を竦めながら強く瞼を閉じた。
しかし首を握り潰す為と思われた右手が触れる気配は一向に無かった。
ギーシュが自分の予想とは様子が違う事に、僅かに疑問と安堵を抱き始めた時。
――乾いた音が聴覚を。
――覚えのある香りが嗅覚を刺激した。
恐る恐る瞼を開くと、ボルトの右手はギーシュの眼前にあった。
その右手の独特な指の形から、先程の乾いた音の正体を悟る。
指を弾く――フィンガースナップとも言われる動作だ。
「『――薔薇は多くの人を楽しませる為に咲く』……お前はそう言ったな?」
「……え? あぁ……」
突然のボルトからの問いに、思わず素直に肯定する。
確かに昼食時に自分が言った言葉だ。
「……お前の言動に迷惑を被った者がいる。 心を痛めた者がいる」
「……」
――泣かせた少女と怒らせた少女。
ギーシュの脳裏に2人の顔が浮かぶ。
改めて考える必要も無い程に、自分の不義理が原因だ。
「……どうする?」
諭すようなその言葉に、さっきまでのボルトへの怯えを欠片も見せず答える。
「……誠心誠意謝罪する。 そしてモンモランシーとケティに許しを貰うよ……」
「――足りんな」
「え……?」
返ってきた予想外な言葉に驚くギーシュに、ボルトは軽く肩越しに自分の背後に視線を送る。
その視線を辿るギーシュの視界に、メイドの少女とボルトの主が映る。
「……あぁ」
――それもそうだ。
メイドの少女はただ職務を全うしただけだ。
否、それ以上の親切心からの行動だったに違いない。
それに対し自分は怒鳴り散らし、怯えさせてしまった。
そして目の前の男の主であるルイズ。
今まで数え切れない程『ゼロ』と呼び蔑んだ。
だが現状はどうだ。
彼女の使い魔に自分は決闘を申し込み敗北している。
――『使い魔』の能力は呼び出した『主』の能力にある程度左右されるという。
それならば彼女の能力は自分に何ら劣る物ではない。
むしろ上回るのではないか?
――そして何より。
そんなメイドの少女を背に庇い、主の命令に忠実に従いそして遂行する目の前の男。
彼にも随分馬鹿にした言動を取ったものだ。
しかしその事について一言も非難を口にしていない。
(……色々な意味で勝てないな)
立ち上がって服に付いた砂や草を払い、簡単に身なりを整え深々と頭を下げる。
「――彼女達『4人』に謝る前に、まずは貴方に謝りたい……今日僕が貴方に対して行った無礼の数々を許して欲しい……」
ボルトは一瞬驚いた表情を見せるが、口元に笑みを浮かべながら立ち上がる。
そして頭を下げたままのギーシュの肩に右手を軽く乗せる。
その瞬間ギーシュは肩を震わせるが、ボルトがそれ以上何もしないと気付き神妙な面持ちでゆっくりと顔を上げる。
そんなギーシュに向かって突き出されたボルトの右手。
それを見て今度こそ息を飲んで、知らず歯を食いしばる。
しかしその右手は拳を作っておらず、軽く握られているだけだった。
ボルトの意図が分からず、ボルトの顔と右手をギーシュの視線が何度も往復する。
やっと何かを差し出されていると見当をつけて、そっと右手を下に構える。
ボルトの右手が開かれ、何かがギーシュの手の平に落ちて来た。
ところが上手く収まらずこぼれ落ちそうになり、慌てて左手を添えて受け止める。
「おぉっとと……え……?」
己の手中にある物を確認して目を丸くする。
『それ』は今ここに有る筈の物ではなかった。
見覚えの有り過ぎる『それ』は、目の前に立つ男の行動で消失しそれ故にこの決闘騒ぎに至った物だ。
――紫の液体で満たされたガラスの小壜。
間違い無く自分がモンモランシーから貰った香水だ。
確認と同時に思い出す。
つい先程ボルトのフィンガースナップの時に微かに香ったのはこの香水だ。
改めて小壜を確認するギーシュ。
「……あれ?」
小壜の蓋は変わらず封蝋によって固められている。
蝋の表面には恐らくモンモランシ家の物であろう家紋が押されている。
――この2点が意味する事。
それはこの香水の小壜は自分がもらってから『1度も開封されていない』という事だ。
(……どういう事だ? さっきの香りは僕の勘違いだったのか?)
いやそんな筈は無いと即座に考えを否定する。
――モンモランシーから彼女の手作りの香水を手渡されたあの日。
蓋をし封蝋を施す前に嗅がせて貰ったあの香り。
忘れる事も間違えるなんて事もありえない。
香水の小壜が今自分の手中にあるのは、食堂で飲み込んだのはすり替えられた偽物だったとすれば説明がつく。
しかし封蝋に関してはさっぱり分からない。
――『封蝋』とは手紙や壜等を封印・密封する為の蝋である。
この蝋がまだ固まらぬ内に家紋を刻印すればそれは差出人の証明となる。
また封蝋が施された物を開封しようとすると、封蝋を砕く事は避けられない。。
つまり封蝋がそのままの手紙は未開封であり、同じく壜であれば中身は手付かずである事の証明に他ならない。
故に例え1滴だろうと封蝋されたまま小壜から香水を抜き取る事は不可能で、砕けた――しかも他家の家紋を押された封蝋を元通りにする事も不可能だ。
足音に気付いて顔を上げると、ボルトは立ち上がり踵を返して歩いていく。
(……さっきの『武器(?)』にしても、結局何も分からないままだな……)
その遠ざかる背中に思わず言葉を口にする。
「貴方は……――『奇術師』――だったのか?」
――何かに蹴躓いたかのように、ボルトの体がよろめいた。
――本塔の最上階に位置する学院長室。
2人の男が大きく息を吐く。
『物見の鏡』を使いボルトとギーシュの決闘を見届けたオスマンとコルベールだ。
「オールド・オスマン……」
「うむ」
「『使い魔』の彼が勝ちました……」
「うむ」
「……あの動き、やはり戦い慣れた者の動きでした」
「うむ……時にミスタ・コルベール。 お主には見えたかの?」
髭を撫でながら、オスマンが傍らのコルベールに尋ねる。
「彼の攻撃に使用した武器――どこからか取り出したようには見えませんでしたし在り得ません。 ……私には突然空中に現れたように見えました」
問われたコルベールが眉を寄せながら答える。
「あれこそが『ガンダールヴ』の力なのでは!?」
身を乗り出しやや興奮気味にオスマンに力説する。
しかし対照的にオスマンは、椅子に背を預けながら冷静に話を続ける。
「……ふむ、確かにその可能性もある。 しかし仮にあれが伝説の使い魔『ガンダールヴ』の力だったとしよう」
体を起こし、組んだ両手を机に置きそこに顎を乗せる。
「例え戦い慣れた者だとしても『ガンダールヴ』となってまだ1日足らず。 あそこまで使いこなす事が果たして可能なのかのぅ?」
「……そういえば」
決闘中に1度考え込んでいるように見えたが、その後はそれまで以上に軽快な動きだった。
突然の力に驚いてはいたが戸惑ってはいない……そんな感じだった。
「……ではあの武器は一体……」
「……『ガンダールヴ』の力か、それとも彼の力か……わしにも分からん」
――しばし学院長室を沈黙が満たす。
「ところでこの事は王宮に報告は……」
「……ま、必要ないじゃろ」
気の抜けた声で小指で耳の穴を掻きながらと、さっきまでの威厳はどこへやら。。
「そんな! 伝説の再来ですよ!?」
「――本当に彼が『ガンダールヴ』ならじゃがのぅ……」
詰め寄るコルベールを落ち着いたまま片手で制する。
「今の所確たる証拠は彼の左手のルーンだけ。 そんな事王宮に報告したとしても、一笑に付されるのがオチじゃ」
そう言いながら小指の爪に付着した物を、弾いて飛ばす。
そんな光景を不満気に見ていたコルベール。
だが次にコルベールを見るオスマンの目は真剣みを帯びていた。
「――時にミスタ・コルベール。 彼の主であるミス・ヴァリエールという生徒は貪欲に地位や権力を欲する娘かの?」
何の脈絡も無いように思える問い掛けに、しかしコルベールは即答する。
「そんな事はありません。 『ヴァリエール家』の者として、その名に恥じぬよう魔法に勉学にと常に努力しているように見受けられます」
その答えに相好を崩しながらオスマンは何度も満足げに頷く。
「――もし報告を聞いた王宮の連中が興味を持ってしまったら……良くて適当な地位と口実を与えられ主従揃って戦の最前線で駒扱い、最悪主従共々
「……確かに。 否定できません……」
己の浅慮を反省するコルベール。
目を閉じ静かにオスマンは続ける。
「わしの考え過ぎなのかもしれん……だが彼女が平穏を望むのであるならば、火薬庫に火種を放り込むような真似は慎もうと思う」
ゆっくりと開かれた目はそのまま正面のコルベールに向けられる。
「――故にこの件は他言無用とする」
「はい、異論はございません!」
「うむ」
コルベールの返答に満足げに頷くオスマン。
そしてふと思いたったように机に広げられた『始祖ブリミルの使い魔たち』に目を遣る。
「……もしあれが『ガンダールヴ』の力だとすると、この本の記述を多少変更せんといかんのぅ」
「変更……ですか。 ではどのように?」
「――ふむ」
オスマンは机の上のペンを手に取り手近な紙にサラサラと書き綴る。
その紙を手渡されたコルベールは書かれた内容を見て苦笑する。
「……成る程、確かにこう表現する方が妥当ですね」
コルベールが手にした紙にはこう記されていた。
――『あらゆる物を武器として』使いこなし敵と対峙した。
皿・黒板・窓。
今回ボルトが使用した物はどれも武器とは言えない代物だ。
唯一ナイフがそう言えなくも無いが、それさえも何故か柄は無く刃部分だけ。
だがそれだけで彼はギーシュに勝った。
――ならばもし、彼が『武器と言える代物』を手にしたら。
「……」
「……」
同時に似たような仮定に至ったのか。
先程まで決闘の様子を映し出していた大きな鏡には、無言で考え込む2人が映りこんでいた。
やや短めで申し訳ありません。
同じように2話か3話続いて、『街へお買い物』となる予定です。
……今年中に原作1巻の内容が終わらないような気がします。
気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。