ゼロの少女と食べる男   作:零牙

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最終話、最後の会話のシーンをイメージしながら少しアレンジしました。


PROLOG-THE LATER PART 終わりから『始まり』へ

 

 

 晴れ渡る蒼穹、遠く彼方に漂う雲の峰。

 

 照りつける灼熱の太陽、熱砂を含む焼けつくような風。

 

 際限無く広がる大地には生命の姿も無く、遥か遠い地平線まで乾いた砂の荒野がただ続くのみ。

 

 

 

 

 

 ――そんな場所にその人影はあった。

 

 

 

 

 

 ここはどこにでもある名も無い砂漠。

 

 

 

 

 

 ――物語はここで終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   PROLOG-THE LATER PART 終わりから『始まり』へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人影は若い男女の二人組のようだが、その格好は実に奇妙だった。

 

 男の方はつば無しの帽子をかぶり、コートを着用。

 直射日光から体を守るという点では間違ってないだろう。

 丸いサングラスも目の負担軽減には良い。

 

 

 

 ……しかし、荷物が何も無い。

 

 

 

 その手にもその背にも、荷物らしき物が見当たらない。

 例え短期間でも、砂漠を行くのなら水や食糧は必須であり、休息には日差しと風を防ぐテントも必要だろう。

 

 何かの乗り物に積み込んでの移動とも考えられるが、乗り物はおろか運搬用の動物の影も形も無い。

 

 ……そもそも、『今』は簡単に砂漠を越えられる乗り物が有るにも関わらず、徒歩で砂漠に居る事自体が奇妙なのだ。

 

 

 

 そして女の方――顔立ちや背恰好からまだ少女のようだ――は奇妙より異常と表現するべきだろう。

 

 例えどんなに暑くとも、砂漠では肌の露出を避ける服装が常識だ。

 砂漠の強烈な太陽光による日焼けは、もはや火傷と同等である。

 

 ……にも関わらず、少女はその白い肌のほとんどを陽光にさらしていた。

 

 身に付けているのは金属のような鈍い光沢を放ち、下着とも水着とも取れる必要かつ僅かな部分のみを隠している物だけだった。

 そして装飾品であろう同じ材質の首飾り・腕輪・脚輪のみ。

 靴すら履かずに、素足で焼けた砂の上を歩いている。

 

 砂漠よりも酒場に居た方がよっぽど自然に感じる格好だ。

 

 

 

 そして最も奇妙な点は。

 

 延々と砂漠に刻まれたその場所までの彼らの行動の軌跡。

 

 

 

 ――それは男の靴跡のみで、少女の足跡は存在しなかった。

 

 

 

 

 

 少女が前方を歩く男の背に話し掛ける。

 

 

 

「次の世界にもこんな砂漠があるのでしょうね」

 

 そう言って右手でそっと自分の右側を指し示す。

 

 

 

   ≪ブン≫

 

 

 

 微かな音がして、そこには手の平程の大きさの黒い長方形の『何か』が現れる。

 

「あなたは砂漠がよくお似合いです」

 

 少女が男に話している間、黒い『何か』は音も無く徐々に大きさを増していく。

 そしてちょうど一般的な扉と同じくらいの大きさになった。

 

「お友達にお別れを言わなくてよろしいのですか?」

 

 そう問われた男は、少女に背を向けたまま初めて口を開く。

 

「いいさ。 また戻ってくる」

 

「でも……戻って来られた時彼らは――」

 

 

 

 ――ザァ……と熱く乾いた風が二人の間を吹き抜ける。

 

 

 

 少女の言葉はその風にかき消されてしまった。

 しかし男は聞かずともわかっているのか振り返りもせず、答える事もしなかった。

 

 

 

 そして少女の体に異変が起こる。

 

 

 

 右手首の辺りから、少しずつ体が大小様々な大きさの光の粒子となり、宙に漂い始めた。

 それらはシャボン玉のように風に乗り、上空へと浮遊する。

 

 その変化が遅れて頭部に現れても、少女は驚く事も慌てる事もしなかった。

 ただ、その端整な顔立ちに始終浮かんでいた優しげな笑みが、ほんの一瞬憂いを帯びる。

 

 

 

「いつも1人で……寂しくはないのですか?」

 

 

 

 そんな少女の問い掛けにも男は沈黙したまま。

 

「その中は“無”です。 お気をつけて………」

 

 変化は変わらず止まらず。

 ついに少女の体は跡形も無く消え去り、僅かに光の粒子をその場に残すのみとなった。

 

 

 

         ――また――

 

 

 

        ――時の彼方で――

 

 

 

     ――お会いしましょう………――

 

 

 

 最後の粒子が耳元を通り過ぎ、空へと浮かぶ時。

 男の耳にそんな言葉が聞こえた。

 

 

 

 結局男は一度も少女の方を見ようとはしなかった。

 少女との別れは既に何度も経験しているからか。

 そして少女の言う『時の彼方』での再会が約束されているからか。

 その顔からは何も読み取れない。

 

 しばしの間その場に立ち尽くした後、無言で振り返り無表情のまま歩を進める。

 

 

 

 ――そんな男がありありと驚きの表情を浮かべたのは、黒い扉の様な物に向かい合った時だった。

 

 

 

 大地に垂直に立つ黒い入り口。

 その中は暗黒。

 砂漠の太陽の光すら中を照らす事は叶わない……

 

 

 

 そんな暗黒の奥に、光輝く鏡の様な物があったからだ。

 

 

 

 

 少女の言葉通り、その中は“無”なのだ。

 そんな物が『有る』はずがない。

 

 『時間』も。

 

 『空間』も。

 

 『生命』も。

 

 『光』や『闇』でさえも存在しない。

 

 

 

 

 

     ――なぜならそれらは、

 

 

 

     ――これから『創る』のだから。

 

 

 

 

 

 

 楕円形の鏡らしき物。

 それを見つめる男の頭に声が響く。

 

 

 

   ≪…………………………! ………………! ………………!≫

 

 

 

 何かを必死に訴えているようだ。

 

 ――今まで何度も経験した『助けを求める声』。

 こんな時、男の言うべき言葉はいつも決まっている。

 

 

 

「……依頼か?」

 

 

 

 しかし返事は無く、男はもう一度呼び掛ける。

 

 

 

「……依頼か?」

 

 

 

 …

 

 ……

 

 ……… 

 

 やはり返答は無い。

 

 男は左手をコートのポケットに突っ込み、何かを取り出した。

 

 

 

     カリッ

 

 

 

 指先に摘み、咥える。

 

 

 

     コリッ

 

 

 

 噛み砕き、飲み込む。

 

 

 

     ゴクリ

 

 

 

 繰り返すこと3回。

 そうして4個目を口へ運ぼうとしたその時。

 

 

   

   ≪……コエニ……コタエシ……! ……ケイヤクシ……ワガ……ツカイ……!≫

 

 

 

 再び響く声。

 先程よりは聞き取り易いが、それでもまだ不鮮明だ。

 

 

 

 ――以前も似たような事があった。

 

 耳から入る声ではなく、頭に響く声。

 それは途切れがちで、しかし必死に助けを求める声。

 

 依頼人は天使の少女。

 その背には一対の翼、その額には一本の角。

 

 何故か生まれた世界から別の世界に迷い込み、男に助けを依頼した。

 

 

 

 ……ふと男は、あの時力を借りたとある人物を思い出す。

 

 あの数奇な生い立ちと、逃れられない宿命と、そして……

 

 

 

 ――全てを見通す奇跡の目を持つ一人の少女を――

 

 

 

 

 

 

 男にしては珍しく、ほんの僅かな時間感慨を抱いていたが、改めて声に応える。

 

「……依頼か?」

 

 今度はさほど経たずに返答が聞こえた。

 

 

 

   ≪……ソウヨ! ……ワタシノ……ツカイマ二……ナリナサイ!≫

 

 

 

「……使い魔?」

 

 聞きなれない言葉に思わず繰り返す。

 

 男の記憶では、使い魔とは『魔法使いや魔女の護衛や雑用をこなす存在』だった。

 とある依頼で出会った魔女はそんな物は連れていなかったが。

 

 

 

 しばし思案する。

 

 

 

 次にやるべき『仕事』は既に決まっている。

 重大かつ重要で、壮大な『仕事』だ。

 

 ――だが、急務という物でもない。

 

 多少開始・完了が遅れても特に問題は無い。

 

 加えて、様々な依頼を受ける『冒険屋』にとって護衛や雑用は手慣れたものだ。

 

 

 

「……いいだろう」

 

 

 

 男は依頼を受諾した。

 そして依頼の確認の次に必要な事は――

 

 

 

 

 

「……報酬は600億リドだ」

 

 

 

 

 

 報酬の取り決めだ。

 

 

 

   ≪……ホーシュー……? ……ッテホーシュー!?≫

 

 

 

 驚き、慌てふためく声が聞こえる。

 額が額だ、当然の反応である。

 600億リドもの法外な要求をされて顔色が変わらない者など、この世界中で居たとしても五指に余るだろう。

 

 

 

   ≪……ワカッタワ! ……ソレデイイワヨ!≫

 

 

 

 その言葉を聞いた男の表情は、やや癖のある長めの前髪とサングラスで分かり辛いが、その口には笑みが浮かぶ。

 

 

 

 

 

「悪いが………『異世界』からの依頼は高くつく」

 

 

 

 

 

 

 

 

   ≪……ワガナハルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール――≫

 

 

 

 またもや響いてきた声と共に微かに『鏡』の光が強まる。

 

 

 

 

 

 

 男は黒い入り口の前に立ち、右の掌を鏡の様な物に向ける。

 右腕が一瞬震えたかと思うと、突如掌から光が放たれる。

 束ねられ、凝縮されたその光は物理的な破壊力を有し、ただの鏡であれば打ち砕くだろう。 

 

 だが光は反射される事も破壊する事もなく、そのまま『鏡』に吸い込まれていく。

 

 

「……これが『ゲート』か」 

 

 

 そう判断した男は『鏡』の方へ――黒い入り口へ足を踏み出そうとして――

 

 

 

 

 

   「……」

 

 

 

 

 

 ――しばし立ち尽くす。

 

 

 

 

 

   「さて…」

 

 

 

 

 

 左手がコートのポケットから小さな何か――ネジを取り出し口に咥える。

 

 

 

 

 

   「仕事を始めるとするか」

 

 

 

 

 

 男は“無”へ踏み入り、そのまま『ゲート』をくぐる。

 

 男の姿が『ゲート』の中に完全に消えて間も無く、それは霧散する。

 

 “無”への入り口も音も無く消滅し、その場に残ったのは男の靴跡のみ。

 

 それさえも砂漠に吹く風と、それと共に舞い上がる砂によって風紋と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、一人の男が姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ――男の名は『ボルト・クランク』。

 

 

 

 

 

 

   時に怨嗟と畏怖の声と共に……

 

   時に感謝と賞賛の言葉と共に……

 

   時に羨望と憧憬の眼差しと共に……

 

   時に信頼と友好の呼び掛けと共に……

 

 

 

   世界中の人間から、或いはそれ以外の種族から。

 

 

 

   その男はこう呼ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ――『世界一の冒険屋』――

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 




プロローグ『EAT-MAN』版でした。

『EAT-MAN』は好きな作品の1つです。
これが連載されていた時はまだ学生でしたが、掲載雑誌を立ち読みしてコミックを買おうと決めた初めての作品でした。

途中の回想エピソードは『RAY』とのコラボから。
「『ゼロ』と『(れい)』」ってのも考えたんですが、話を思いつかず敢え無く断念。

予想以上の人にご覧頂いているみたいで嬉しいかぎりです。
お気に入りの登録もありがとうございます。
早速タグについてご指摘を頂いたので、修正・追加をしました。

次話は今週中に投稿しようと思います。
気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

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