ゼロの少女と食べる男   作:零牙

19 / 25
……お久し振りです。
前回の投稿から2ヵ月も過ぎてしまいました。
そろそろタグに『月1詐欺』と加えようかと半分本気で考えています……
忙しかった事もありますが、戦闘描写が難しい……
大体の流れは想像してたんですが、途中の展開を何度も修正・変更しました。
そうしてなんとかやっと完成した『決着編』です!


ACT-15 決着

 

 

 ――大道芸に『剣を飲み込む』という芸が存在する。

 

 一説には、その起源は数千年前のインドにあるという。

 読んで字の如く、剣の刃部分を口から挿し込み体内に収めるという物である。

 中には刃部分が引っ込んだり短くなったり等の仕掛けがある剣を使用して『飲み込んでいるように見せている』者もいる。

 

 ――だが、そうでない場合。

 その剣先は実際に口と食道を通過し、胃にすら到達する事もある。

 これには訓練が必要で、素人が軽い気持ちでやれる事ではないしやってはいけない。

 失敗すれば体内を傷付けるだけでなく、食道や胃に穴が開く事すらあるのだ。

 

 そもそもまず『咽頭反射』が壁となる。

 これが一体何なのかと疑問に思った人は口を大きく開け、指先を自分ののど奥に突っ込んでみよう!

 人差し指と中指の2本一緒にがオススメ。

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 ――思わず「オェッ」となったそれが『咽頭反射』である。

 これは気管に異物が入らないようにする人体としては必要な、そして正常な反応だ。

 

 これを日常的に何度も何度も繰り返し、数ヶ月時には数年掛けてこの『咽頭反射』を鈍化させる。

 その後編み針等のような細く短い物を飲み込み、プラスチック・チューブ等のような太く長い物に徐々に変えていき、少しずつ食道の拡張を行う。

 同時に通常は自分でコントロールできない上部食道括約筋の弛緩を自らの意思で行えるようにする。

 これは剣を通す為に必要な訓練なのだ。

 

 他にも食道と胃との境界部分の角度、胃の形状の理解とコントロールも必要となっている。

 とても一朝一夕で出来る『(わざ)』ではないのである。

 

 ちなみに『Sword Swallowers Association International(国際剣呑み師協会?)』という団体が存在し、ここに所属する為には『長さ38cm・幅2cm』の剣を飲み込める事が必須条件となっている。

 さらに余談だが、ギネス記録によると2010年2月8日にオーストラリアの大道芸人が『長さ50.8cm・幅1.3cmの剣』を『同時に18本』飲み込む事に成功している。

 

 

 

 

 

 『――Francis Battalia フランシス・バタリア――

  

  17世紀のイタリアに生まれる。

  生まれた時、その右手と左手にひとつずつ石を持っていた。

  母親からの母乳を飲まず、石を食べて育つ。

  成長してからも彼は毎日4リットルの石を、ビールを飲みながら食べた。』

 

 “THE BOOK OF WONDERFUL CHARACTERS ―ワンダフル・キャラクターズ―”

  Henry Wilson & James Caulfield 1821 London

  (一部抜粋・要約)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ACT-15 決着

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今広場は静寂に包まれていた。

 しかしまったくの無音だった訳ではない。

 

 ……閉じ忘れた口から微かに漏れる声。

 ……干からびていく喉を唾液で濡らす音。

 ……絶句する余り、言葉の代わりに途切れ途切れに零れる呼吸。

 

 それにその静寂故に響くのは――

 

 

 

 

 

 ――『噛み折る音』。

 ――『噛み砕く音』。

 ――『飲み下す音』。

 

 

 

 

 

 その男はただ1人で、その場に居る全員の注目を集めていた。

 しかし男――ボルトはその事に緊張するでもなく、喜ぶでもなく。

 ……いや、もしかしたらその事に気付いてすらいないかもしれない。

 今彼の視界に映るのは、時折囀りながら鳥が横切る青い空と、暖かい春の日差しを遮る事無くゆっくりと流れ行く白い雲と。

 

 

 

 そして徐々に己の口へと消えていく、ブロンズ製のレイピアだけだろうから――

 

 

 

「……何言ってるか分かんないわよ……」 

 

 呆然としているルイズにそう言われたボルトは、おもむろに空を仰ぐ。

 ……レイピアを口に咥えたまま。

 

 真上を向いたボルトの口から垂直にそびえるレイピア。

 

(何だ?)

(これからどうする?)

(何をする気だ?)

 

 そんな思いで皆2メイル近い長身のボルトと、さらに上のレイピアに興味津々の視線を向ける。

 

 

     

  

 

   ――バキン。

 

 

 

 

 

 何かが折れるような音が広場に響いたのはそんな時だった。

 

「……?」

 

 誰も何の音か分からなかった。

 周囲の人間と顔を見合わせ首を傾げる。

 そして音の発生源であろう方へ――ボルトの方へ向き直る。

 

 

 

 

 

   ボリ

     ゴリ

 

        ――ゴクリ

 

 

 

 

 

 咥えられたレイピアが僅かだがボルトの口へ沈む。

 そして再び折れるような音が、砕くような音が繰り返される。

 

 

 

「……食っ……てる……?」

 

 

 

 ポツリと誰かが、そうとしか思えない目の前の光景の説明を口にする。

 

 そもそも『朝食時の騒動』が起こったのはテーブルの端付近だった為に、知る者は然程多くはなかった。

 そして『昼食時』は厨房での事だったので、マルトーを始めコック達やメイド達しか知らない。

 故に広場のそのほとんどの生徒達が、今初めて目にするボルトの奇行であった。

 

 ルイズにシエスタ、キュルケやタバサにとっては既知の事実だ。

 驚きは無い……と言えば嘘になるだろう。

 だが既に事実として認識していた分だけ精神的な余裕が存在している。

 

 徐々にボルトの口の中に消えていく剣を見ていると、ルイズには子供の頃の記憶が蘇る。

 

 

 

 ――それはまだ彼女が幼かったある時。

 ヴァリエール領内で催された祭り。

 領内視察と称して珍しく家族で出掛けたとある日。

 春の訪れを喜ぶ祭りだったかそれとも秋の収穫を祝う祭りだったか、記憶に無い。

 

 憶えているのは広場で様々な大道芸を披露する芸人達。

 馬の曲乗り、ハシゴや積み上げた椅子の上で行うバランス芸、ボールや棍棒(クラブ)のジャグリング、ナイフ投げに剣呑み……

 『魔法』なんて物を一切使用しない、修練の果てに身に付けた人としての純粋な『(わざ)』。

 周囲の観客を始め、いつも厳しい公爵夫妻も普段の相好を崩し楽しんでいた。

 時におどけて時に笑いながらの彼らのその芸に、日々の弛まぬ研鑚の跡が見えたからだ。

 

 しかし幼いルイズは、単純に自分も同じ事が出来れば両親は喜んでくれるのではと思った。 

 その日の食事時、手にしたナイフを見詰め思案する。

 目にした大道芸の中で、最近始めたがなかなかうまくいかない魔法の訓練よりも、特に簡単そうに思えたのが――『剣呑み』。

 彼らがしていたように、ルイズも上を向き持っていたナイフを口へと運ぶ。

 

 ――が、そんな事を彼女の家族が許す筈が無く。

 

 父親から怒鳴られながらナイフを取り上げられ。

 母親から叱られながら頭を叩かれ。

 長姉から頬をつねられながら馬鹿にされ。

 次姉から抱きしめられながら慰められ。

 

 ……幼かったとは言え、苦い記憶である。

 

 

 

「うぅ……」

「……ぉぇ」

「げほっ!」

 

 そんな考え事をしている内に何人かの生徒達が口や胸に手を当てて、うずくまったり校舎へ走っていったりと騒がしくなる。

 

(……やっぱり初めて目にする人間にはちょっと厳しいわよね、アレは……)

 

 既に半分以上食べ終わっているボルトに目を向ける。

 余りの光景に、対峙しているギーシュも唖然として攻撃する事すら忘れている。

 

(本当に何者なのかしら、お皿とか剣を食べるなんて……しかも舌とかも怪我してなかったし)

 

 朝食の後教室へ向かう途中、舌を見せるボルトの姿を思い出す。

 その時不意にボルトの言葉も思い出してしまう。

 

「――っ!」

 

 その瞬間ルイズの顔から一気に血の気が引き、足から力が抜ける。

 左手は口を覆うように押さえていた為、無意識に横にあった物を右手で掴み体を支える。

 

「ちょっとルイズ、服を引っ張らな――どうしたのよルイズ! 顔が真っ青よっ!?」

 

「ミス・ヴァリエール、大丈夫ですか!?」

 

 ルイズの異変に気付いた両側のキュルケとシエスタが声を掛ける。

 

(――気にするな、思うな、考えるな!)

 

 俯いたままで瞼を力一杯閉じ、必死に『ある事』を頭から追い出そうとする。

 しかしそれが逆効果となってしまい、余計に頭から離れない。

 

 

 

   ――他のはどうなんだ? 『嗅覚』とか『触覚』とか……――

 

 

 

 額から一筋の汗が流れる。

 それを口を押さえていた左手の指で受け止め、恐る恐る口へと運ぶ。

 

 

 

   ――『味覚』とかだ――

 

 

 

 微かにだが、塩分が感じられる……だけだった。

 いつも通りだ、未知の味なんて感じられない。

 

 そう未知の味、例えば――『青銅』の味……とか。

 

 以前ボルトに話したように、使い魔との『味覚の共有』などルイズは聞いた事が無い。

 ――しかし『それなら安心』という訳にはいかない。

 何しろ彼女の使い魔は『人間』、色々な意味で他の使い魔とは一線を画するのだ。

 少なくとも控えめに考えても『学院史上初』なのは間違いない。

 他の使い魔では大丈夫だったから、同じように大丈夫などと考えるのは楽観的過ぎるだろう。

 

 だが今回に限ってだが、それは杞憂だったようだ。

 あれだけ否定しようとして逆に意識してしまったのに、結局ボルトの味覚と『繋がる』事はなかったからだ。 

 

 体中の力と緊張を吐き出すかのような、大きな大きな安堵の溜め息。

 そして口元の左手と、キュルケの服を掴んでいた右手を胸元で組む。

 

(――あぁ……偉大なる始祖ブリミルよ、『使い魔との味覚の共有』なんてモノを我らにお与えにならなかった、貴女のその素晴らしい英知に心より感謝致します!)

 

 感謝の祈りを心の中で10回程繰り返す。 

 

「……ちょっとルイズ、貴女本当に大丈夫なの?」

 

 つい先程まで真っ青な顔で膝から崩れ落ちそうだったルイズが、今度は一心不乱に祈りだしたのだ。

 事あるごとにルイズをからかうキュルケであっても、思わず心配してしまった。

 

「もう大丈夫よ。 そうね、強いて言うなら……これから先の生涯で味わうだろう食事やティータイムが、これまで同様に楽しめる事に感謝してたのよ」 

 

 ルイズのその言葉に安心しつつも、要領を得ない返答に小首を傾げるキュルケとシエスタだった。

 

 

 

 さて、通常レイピアには『ハンドガード』もしくは『ナックルガード』と呼ばれる部位が存在する。

 これは柄尻から鍔元にかけて複雑な曲線を描きながらも、格子状に組まれている物だ。

 その名の通り持ち手を守る為の物だが、使い方次第ではこの部分で敵の剣を絡め取る事も可能だ。

 だが熟練の腕を要する上に、相手が同じレイピアだった時のみ。

 普通の剣による衝撃にはとても耐えられない。

 

 ギーシュが『ワルキューレ』と共に『錬金』で造り出したレイピアにも『ハンドガード』は備わっている。

 7体目のモンモランシーに似せた『ワルキューレ』のそれは、細やかなで細工で薔薇の花を模した物だった。

 他の2体にも華美な装飾ではないものの、やはり青銅製の物が付いていた。

 例え青銅であっても金属である事に間違いはない。

 剣による衝撃は防げないが、人の力だけでどうこう出来る物ではない。

 

 ――筈だった。

 

 刃部分を食べ尽くしたボルトが、『ハンドガード』部分でその動きを止める。

 その格子部分の幅はボルトの口よりも大きかった。

 

「……」

 

 上を向いたままの状態で右手の人差し指を柄尻に当て、ゆっくりと押し込んでいく。

 当然『ハンドガード』部分が口に引っ掛かり、それ以上入らない。

 しかしボルトが口に入っている部分を噛むと、ぐにゃりとまるで飴細工のように変形してしまった。

 そしてゆっくりと少しずつ『ハンドガード』部分を、口に入る大きさにして柄ごと食べていく。

 そこだけで刃部分以上の時間を掛けて、遂にはレイピアが完全に腹の中に収まってしまった。

 右手を下ろし、上に反らしていた顔をゆっくりと元に戻す。

 

「――さて」

 

 首を2度3度左右に傾け強張りを直す。

 

 

 

「……反撃開始だ」

 

 

 

 そう口にすると、ギーシュに向かって走り出す。

 途中に立っていたレイピアを持ったゴーレムを、擦れ違いざまに右拳を内から外へと横薙ぎに振るい殴り飛ばした。

 拳の外側、小指部分から手首までの部分で打つ『拳槌(けんつい)』と呼ばれる打ち方。

 これなら多少硬い物を叩いてもそれ程痛みは無い。

 ……決闘開幕時に打ち込んだ拳は地味に痛かったようだ。

 

「――はっ!? ちぃっ……!」

 

 その打撃音で我に返ったのか、ギーシュが慌てて盾を構えた2体の『ワルキューレ』を自身の前に並べる。

 

「……」

 

 それを見てもボルトは足を止める所か一気に間合いを詰める。

 そして横蹴りを『ワルキューレ』ごとギーシュを蹴り飛ばすかのような勢いのままで放つ。

 しかし成人男性でも耐えられないような蹴りを、『ワルキューレ』は構えた盾で受け止める。

 ゴーレムの金属故の重量と受け止める事を前提とした構え、そして何より2体はお互いを支えるように立っていた。

 数歩分後退はしたが、それでもボルトの蹴りの衝撃を完全に止める事に成功する。

 その一瞬を見逃さず2体の陰から最後の『ワルキューレ』が飛び出し、手にしたレイピアをボルトへ向けて突く。

 ボルトは蹴りを止めた盾を足場にして後方へ跳び、『ワルキューレ』の刺突を避けつつ距離を取る。

 続けて2度3度後方へ跳びながら、ゆっくりと無手のまま右手を上げる。

 

 

 

 ――そして先程の『剣槌』と同じように横薙ぎに振るう。

 

 

 

 刺突を躱されたギーシュが、並べた2体の『ワルキューレ』の間からボルトの様子を窺った時だった。

 

 ――『白い物体』がこちらに飛来するのが見えた。

 

 咄嗟に盾を再び掲げた『ワルキューレ』の後ろに身を隠す。

 盾にその『白い物体』が当たり、砕ける軽い音がする。

 『ワルキューレ』の隙間から見える『白い物体の欠片』を確認すると、どうやらボルトが投げたのは『皿』のようだった。

 

「やれやれ、食堂から皿をくすねてくるとは……『ゼロのルイズ』は使い魔の躾がなってないねぇ」

 

 これ見よがしに皮肉交じりの溜め息をつくギーシュ。

 しかし当の主従はそれぞれに気になる事があり、ギーシュの言葉を欠片ほども聞いてはいなかった。

 

(……あれ……お皿……よねぇ?)

 

 今は大小様々な破片と化して、地に散らばる白い物体を見てルイズは考える。

 否、口にはしないが広場にいる全員が今同じ思いを抱いている。

 それは単純で根本的な疑問。

 

 

 

   ――『……どこから出てきた?』――

 

 

 

 確かにギーシュの言葉通り、あの皿の出所は食堂に違いないだろう。

 だが破片から推測するに、原形は明らかに人の頭部くらいなら簡単に隠せる程の大皿だ。

 どう考えてもコートのポケットに入る代物ではない。

 ボルトが右手を上げた時は間違いなくその手は空だった。

 その右手を振る過程でいつの間にかその手に握られていたのだ。

 

 そしてルイズにはもう1つ気になっている事がある。

 

(……お皿……おさら……オサラ……何か引っ掛かるのよねぇ、何だったかしら?)

 

 思い出したいのに出て来ない……

 そんなもどかしい思いでルイズは首を捻る。

 

 ――正解は2番の『消えた大皿』。

 

 

 

 ボルトもまた考え込んでいた。

 先程の一投その瞬間。

 自分の体に妙な違和感があった。

 不調……ではない。

 寧ろ体が軽く感じられた気がした。

 単なる気のせいかもしれない。

 ――が、突然投げる皿の材質が頭に浮かんだのはどういう訳だろうか。

 

 

 

 自分を無視して考え込む主従に、ギーシュの顔に青筋が浮かぶ。

 

「僕を無視とは良い度胸だ……それならこっちも勝手にさせてもらおう!」

 

 そう小声で呟くと、右手の薔薇を握り締める。

 右手を握っては開くを繰り返していたボルト。

 その背後で僅かに物音がし始める。

 それには気付かず、ボルトは三度空のまま右手を掲げる。

 

「……気のせいかどうか……分からないなら試してみよう」

 

 そして先程と同じように横薙ぎに振るわれる右手。

 放たれる白い『皿』。

 しかし今度は続けざまに右手が動く。

 

 ――体の外側から内側への逆の動き。

 ――左足から右肩への斜め。

 ――右肩から真下へ垂直に。

 

 1枚目に比べるとやや小さく、大きさが異なる複数の『皿』が飛ぶ。

 

 ――水平に或いは垂直に回転しながら。

 ――直線的に或いは曲線を描きながら。

 ――下降或いは上昇しながら。

 

 様々な軌跡でギーシュに襲い掛かる。

 しかしその眼前で『ワルキューレ』が、文字通りその身を盾にして防ぐ。

 今度の皿は始めの皿に比べて確かに小さめではあった。

 だがやはり右手はコートのポケットに入れられてはいないし、いくら小さめであってもコートの袖口よりも皿は大きい。

 今回の一連の攻防を周囲の生徒達は食い入るように見ていたが、やはり皿はいつの間にかボルトの右手から投じられている。

 そしてその為か、その異変に気付くのが遅れた。

 

 ボルトの背後でゆっくりと動く物があった。

 ボルトを拘束していた物達と食われたレイピアの持ち主。

 3体のゴーレムが動きを悟られぬように起き上がり始めていた。

 当然『遅れた』のであって、完全に立ち上がる頃にはほぼ全員が分かっていた。

 

 ――しかし誰も何も口に出さなかった。

 

 それもそうだろう、今この場にいるそのほぼ全員が『ギーシュの勝ち』に賭けていたのだから。

 『賭けに負ける』確率を自ら引き上げる事をする者などいないだろう。

 故に声を上げたのは『ほぼ全員』に含まれない者達。

 

「あぁっ!」

 

「ボルトさん!」

 

「――危ないっ」

 

「後ろよ!」

 

 ゴーレム達がボルトの背後数メイルまで迫った時、遅れて気付いたルイズ達が警告を発する。

 ばれたなら仕方ないと3体のゴーレムが、背を向けたままのボルトへ向かって一斉に駆け出した。

 ボルトは4投目の直後。

 だが慌てる事なく後ろに引いた左足を軸にして、上半身を回転させる。

 そして同時に何かを投げるように右手を振りかぶる。

 当然ながらその右手には何も握られてはいない。

 

 ――しかしその右手が振り抜かれた瞬間、広場に大きな衝突音が響く。

 

 例えるなら、『分厚い木の板に金属製のハンマーを叩きつけた音』。

 音だけ聞いた者はほとんどがそう表現するだろう。

 ところがこの例えは秀逸であると同時に、根本的に間違っている。

 

 逆である。

 

 『木の板に金属がぶつかった音』――ではない。

 『金属に木の板がぶつかった音』なのだ。

 

『………………』

 

 見ていた者は皆絶句している。

 ボルトが振り向きざまゴーレム達に投げつけた物。

 それは確かに木の板だった。

 ただ馬鹿げているのはその大きさ。

 ゴーレム3体の突進をまとめて阻んだその板は――

 

 ――大きさ『縦・約1.5メイル 横・約4メイル』。

 

 もはや『どこにどう隠していた』という話ではない。

 しかしボルトは動きを止めなかった。

 投げた動作で浮いた右足を前に踏み込む。

 その勢いのままその右足を軸に体を回転、左足での後ろ回し蹴り。

 先程と変わらないくらいの音を響かせ、板はゴーレムごと後方へ飛ぶ。

 

 それを見届ける事なくボルトはさらに動く。

 蹴った左足を地面に下ろすと同時に、その左足に重心を移しながら上半身を捻る。

 

「――フッ!」

 

 一際激しい呼気と共に、捻りを開放しながら横薙ぎに右手を振るう。

 やはり一瞬前には影も形も存在しなかった『何か』が、ギーシュに向かって回転しながら飛んで行く。

 今までと違いその『何か』は大きく重量もあるようで、飛んで来る速度が皿よりも遅かった。

 故にギーシュはその軌跡を自身の目で確認し、迎撃の態勢を整える事が出来た。

 

「――そんな馬鹿のひとつ覚えがいつまでも通用すると思うなぁっ!」

 

 皿と同じように水平方向に回転しながら飛来する『何か』。

 2体の『ワルキューレ』が背にギーシュを庇いながら、手にしたロングソードを大上段から『何か』に同時に叩き付ける。

 

 

 

 ――無数のガラスが一斉に砕ける音が、広場にいる全員の鼓膜に突き刺さる。

 

 

 

「な、何だとぉ!?」

 

 『ワルキューレ』の間から飛散する破片に、背けた顔を腕で庇う。

 腕の陰から『ワルキューレ』が破壊した『何か』を確認する。

 

「――窓……?」

 

 ガラス部分が割れて飛び散り、殆ど枠組み部分しか残っていないがそれは確かに窓だった。

 何の変哲も無い見慣れた窓。

 ギーシュの記憶が確かなら、それは教室の窓ではなかったか?

 そういえば『ワルキューレ』にぶつけられ、今も『ワルキューレ』の上に乗ったままのボルトの靴跡がくっきりと残るあの『板』。

 ……あれもどこの教室にもある『黒板』ではないか?

 

 

 

 ガラスを踏み砕く音。

 

 

 

 気付けば『ワルキューレ』の前には既にボルトが立っていた。

 

「馬鹿な!? 速過ぎる!」

 

 細身とはいえボルトは2メイル近い長身、それなりの体重がある。

 今までの動きを見ていたギーシュにとって、それを感じさせないこの瞬時の接近は異常だった。

 

 周囲の生徒達はおろか、近距離のギーシュですら気付かないであろう事だが。

 ボルトの右手、その人差し指と中指の間。

 

 ――そこには『刃部分のみ』のナイフが太陽光を反射して輝いていた。

 

「ちぃ……!」

 

 慌てて間合いを開こうと、舌打ちと共に後方へ跳ぶ。

 その間にボルトの右手がナイフの反射光を纏いながら2度閃く。

 制御が間に合わなかった2体のゴーレムの頭部が、首部分を断たれ地に転がる。

 

 人型であってもゴーレムはゴーレム。

 例え足が折れようが腕が千切れようが、痛みを感じぬゴーレムは戦い続ける事が可能だ。

 ――術者が万全ならば。

 人の形をした物が首を落とされる。

 それがゴーレムと理解していても、その衝撃的な光景はギーシュを少なからず動揺させた。

 そんな自分の失策に気付いた時には、既にボルトは動かなかった2体の間を駆け抜けていた。

 歯噛みしながら再び距離を離そうとするギーシュと、追いすがるボルトとの間に影が割り込む。

 ギーシュが級友を模して造った最後の『ワルキューレ』。

 飛び込んだ勢いのまま、ボルトに向かって手にしたレイピアを突き出す。

 対するボルトはその切先を、指に挟んだ刃で円を描くようにして逸らし跳ね上げる。

 小さく澄んだ音を立て、レイピアの刃がその中ほどから斬られ宙を舞う。

 

 そして遂にギーシュに追い付いたボルトが、その右手を振るう。

 

「――ぅ……うわぁーーーっ!」

 

 ――速さが違う。

 ――リーチが違う。

 ――武器が違う。

 

 悪足掻きだ手遅れだと理解していても、無我夢中でギーシュは手にした造花をただ愚直に突き出す。

 

 

 

 

 

 回転しながら宙を舞っていた刃が落下し、軽い音を立てながら地面に突き刺さった時。

 広場にはギーシュの首筋に刃を当てたボルトと、ボルトの鼻先に薔薇を突き付けるギーシュの姿があった。

 

 

 

 

 

「――こ、これは……」

「……相打ち?」

「じゃあ……『引き分け』……?」

 

 静まり返った広場のあちこちで囁く声が上がる。

 

(相打ち? 引き分け? まったく……どこを見て言ってるんだ?)

 

 その言葉を耳にしたギーシュは自嘲する。

 例えばギーシュが手にしている物が剣だったならばそう言えない事もないだろう。

 だが現実は薔薇の造花。

 しかも魔法を使おうとするなら詠唱が必要となる。

 そんな悠長な事をしている間に、ボルトは刃を押し込むか滑らせるだろう。

 

 

 

   ――勝敗は決まるその寸前まで不可測だと思え――

 

 

 

 目の前の男は、敗北必至の追い詰められた状態でそう公言した。

 そして現実に今度は自分が追い詰められている。

 ……ならば自分には同じ事が可能なのか?

 

(……いや、無理だな)

 

 この状況を打開できる策も無ければ術も無い。

 正に『詰み(Checkmate)』だ。

 

(そうだ……例えばこれがチェスならば、僕にはやらなければならない事がある!)

 

 相手に『詰み(Checkmate)』を掛けられた時。

 自身の負けを悟り、これ以上の戦いは相手に迷惑を掛けてしまうという考え方。

 そんな時はこう宣言する事が一般的だ。

 

 ギーシュは薔薇から手を離し、両の手を広げたままゆっくりと上げる。

 

「……『投了(Resign)』。 僕の負けだ」

 

 その言葉を聞いて、ボルトは口元に僅かに笑みを浮かべながらゆっくりとギーシュの首筋からナイフを離す。

 離されていくナイフを目で追って気付いたが、当てられていたのは切れる筈のない背の方だったようだ。

 それを確認した途端、ギーシュは安堵の溜め息と共に腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 

 これ以上ないというくらいはっきりと示された勝者と敗者の構図。

 そしてそれは勝者が『平民(ボルト)』であり敗者が『貴族(ギーシュ)』という、誰も想像だにしなかった結果だった。

 

 

 

 

 

 ――少し離れた校舎の窓を震わす程の、この日最大の喚声が決闘の決着を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




――以下蛇足という名の補足。

 ・冒頭の『Sword Swallowers Association International』という団体は実在します。
  ただ自分はHPを確認しただけですが、加入条件も上記の通りみたいです。
 ・ギネス記録も存在します。
 ・『THE BOOK OF WONDERFUL CHARACTERS』という本も実在します。
  これもネットで確認しただけですが、他にも大勢の変わった人を紹介しています。
  フランシス・バタリアを含め、その人達が本当に実在したかは不明ですが。
  しかし少なくともフランシス・バタリアは芸人のような仕事をしていたらしく、彼を紹介する当時のチラシが現存しているそうです。



以上『決着編』でした!
読んでいただいて少しでも満足できる作品に出来ていれば良いのですが……

次回以降は少し短めの投稿が続くかもしれません。
まずは来月中に出来ればと。
……いつもの如く『月1詐欺』にならないようにします。

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。