ゼロの少女と食べる男   作:零牙

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……え~遅まきながら。

『ゼロの少女と食べる男』を読んでくださっている皆様、明けましておめでとうございます。
昨年末も相変わらずの『月1詐欺』で申し訳ございませんでした。
今年もよろしくお願いします。

予定から4ヶ月も遅れて、やっと『決闘編』です!


ACT-14 決闘

 

 

 

 ――『ワルキューレ』。

 ギーシュが『錬金』で造りだした青銅のゴーレム。

 女騎士の姿を模しているが、その意味は無きに等しい。

 単なる術者(ギーシュ)のこだわりと趣向だろう。

 この『ワルキューレ』、実はある程度の厚みを持った中空構造となっている。

 理由は単純に重量の問題である。

 

 ゴーレムに関して言えば、メイジのレベルが上がれば『錬金』で造れるゴーレムは多く、重く、大きくする事ができる。

 そしてゴーレムを操れる範囲、速さ、精密動作性が上がる。

 ギーシュのレベルは『ドット』。

 高くはない速さと精密動作性を上げる為の軽量化、それ故の中空構造。

 ギーシュは耐久性よりも速さを優先させた。

 それでも青銅製で人間大のゴーレムはそれなりの重量。

 

 ――そんな金属の塊をボルトは『素手で』吹っ飛ばしたのだ。

 

 

 

『ぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉーーーっ!』

 

 

 

 先程とは違い、自分に向けられた大歓声。

 しかしボルトは何の興味を示さない。

 開始前と同じように無言でただ立っている。

 

 ――と思いきや、コートのポケットには左手しか入れていない。

 右手は何かを持つ訳でもなく、拳を握り構える訳でもなく。

 ただ自然体で伸ばされている。

 その右腕が僅かに動き……

 

 

 

 手首を揺らす。

 右手を外気で冷やすかのように。

 

 

 

(……あ)

(やっぱり痛かったんだ……)

(そりゃなぁ?)

(良い音がしたもんねぇ~) 

 

 目撃した生徒達は皆似たような感想を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ACT-14 決闘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の大歓声、実は1割にも満たないが落胆の悲鳴も混じっていた。

 

「ちっくしょ~っ!」

「誰だよ、あんな奴見掛け倒しだ『ギーシュの完勝』で決まりだとか言ったのは!?」

「馬鹿ねぇ、どう見たって多少は腕に覚えがありそうな格好じゃない……」

「だよなぁ? さすがに『一発でギーシュの勝利』は有り得ないって」

「ちぃっ、ギーシュの奴舐めてかかったな!?」

「けど逆にここまで盛り上がって、一瞬一撃で終わったらそれこそ観客全員からのブーイングよ?」

「くそぉ~、ヴァリエールの時の負けを取り戻そうと思ったのによ……」

 

 あちこちから微かに聞こえる言葉に不快な表情のルイズ。

 

「……また賭け!? 昨日の『本屋』とかいう奴が懲りずに仕切ってるんじゃないでしょうね……」

 

 そう言って柳眉を逆立てながら背後に視線を向ける。

 目が合った何人かの生徒が不自然に視線を逸らす。

 

「まったく……人を賭け事のダシにするなんて信じられないわ!」

 

「そ、そうよね~」

 

「……」

 

 憤るルイズの傍らで赤い髪の少女と青い髪が少女が、同時に顔ごと視線をあらぬ方向へ向ける。

 ちなみにこの2人いつの間にやら食堂から姿を消していて、この広場へ来たのはルイズ達よりも後だった。

 ……理由は不明。

 

「そ、それにしてもボルトって思ってたより強そうねっ!」

 

 妙に慌てた口調でキュルケがやや強引に話題を変える。

 隣のタバサも頷いて同意を示す。

 

「動きが綺麗」

 

「うん……」

 

 そう言われルイズは先程のボルトを思い浮かべる。

 予想以上のゴーレムの素早さに、声を上げボルトに注意を促す間も無かった。

 当の本人も動こうとはしてなかったので、殴られると感じたルイズは思わず顔を背けそうになった。

 しかしボルトは最小限の体捌きで避け、そのまま流れるような動きで逆にゴーレムを殴り飛ばした。

 明らかに一朝一夕で身に付く動きではない。

 

「ねぇルイズ。 彼ってやっぱり傭兵みたいな事をやってたのかしら?」

 

 キュルケに問われルイズは返答に詰まる。

 

「――そう言えば『王族から雇われた事が有る』とは言ってたけど、『傭兵だった』とは言わなかったような……」

 

「嘘ぉ! 王族から!?」

 

「……!」

 

 流石に予想外だったのか2人は目を見開く。

 

「こちらに召喚される前は砂漠に居たらしいから、東方の出身なんじゃないかしら?」

 

 ボルトの言った事をを思い出しながら言葉を続ける。

 

「へぇ、東方ねぇ。 珍しいわね」

 

「……東方……『ロバ・アル・カリイエ』……」

 

 興味深げなキュルケと、静かに呟くタバサ。

 さらに思い出していたルイズの脳裏に1つの言葉が引っ掛かった。

 

「あ……思い出した。 自分の事を――」

 

 

 

     ――『……ボルト……ボルト・クランク……ボウケンヤだ』――

 

 

 

「――『ボウケンヤ』って言ってた……」

 

「……ボウケンヤ……?」

 

「……なにそれ……?」

 

 聞き慣れぬ言葉に3人は揃って首を傾げる。

 

「あっ……!」

 

『……!』

 

 そこへ変わらずボルトを見守っていたシエスタの声。

 3人が我に返り再び広場に目を向けると、そこには2体のゴーレムがボルトの前に立っていた。

 

 

 

 

 

「……ほぅ、多少は腕が立つようだな」

 

 自慢の『ワルキューレ』を殴り飛ばされた割には、ギーシュはあまり取り乱してはいなかった。

 そして再び手にした薔薇を振る。

 ゆっくりと立ち上がるゴーレムの横に、花びらが落ちる。

 そして1体目と全く同じゴーレムが姿を現す。

 

「1体で方が付けられるとは始めから思ってないさ。 ……ここまであっさりだったのは正直予想外だったけどね」

 

 やや苦笑するギーシュの前では2体のゴーレムが手にしていた長槍を構える。

 

「……」

 

 その切先を向けられてもボルトの態度は変わらず。

 焦りや気負いも感じられない。

 そんな余裕が面白くないギーシュは唇を歪める。

 

「ちぃっ、今度はさっきのようには行かないぞ! 『ワルキューレ』!」

 

 叫びながら薔薇をボルトへ向けると、2体のゴーレムは同時に走りだす。

 そして1体がボルト目掛けて構えた槍を突き出す。

 ボルトはこれを先と同じく危なげ無く避ける。

 またもや先程の攻防の焼き直しかと思われた。

 しかし今度の『ワルキューレ』の攻撃は拳ではなく槍。

 二者の間合いはやや広く、ボルトの拳では届かない。

 その差を埋めるべく、ボルトは引いた右足を前に踏み込み――

 

 ――その右足で大地を蹴り後方へ跳ぶ。

 

 それとほぼ同時に、しかし刹那の差で遅れて空を切る音が響く。

 体の動きに着いていけなかったボルトの長い髪が数本、新たに造られたゴーレムの振るう槍に断ち切られた。

 

「ひぃ!?」

 

 シエスタの口から悲鳴が漏れる。

 しかしボルトは風に乗るその髪を一瞥しただけで、視線を2体のゴーレムに移す。

 2体共体勢を直し先と同じように槍を構え直す。

 

「よく躱したな。 ……だがいつまで続くかな?」

 

 そして再び2体のゴーレムがボルトに襲い掛かる。

 基本的な戦い方は変わらない。

 1体目が仕掛ける。

 そこで生じる隙をつかれぬように2体目が時間差で攻撃。

 故にボルトは回避に徹する。

 

 回避に自信があるならば、相手の疲労や隙を待つのも戦い方の1つだろう。

 槍を振り回すのにも相応の体力が必要になる。

 そしてそんな物を至近距離で2人が使うとなれば、相当な連携の訓練を経た者達でないと同士討ちの危険が伴う。

 

 ――だが今回は相手が悪かった。

 疲れを知らず、同士討ちを恐れず、例えしても怯まない()達だった。

 

 操っているのは実際は槍なんて物は使ったことのない素人だ。

 何度も攻撃を見ていれば、単調で数種類しかない限られた攻撃を見極める事も可能である。

 現に1度、ボルトは1体目の攻撃を避けそれに反応した2体目の横薙ぎを掻い潜り、先に2体目を攻撃しようとした。

 空振りした所為で態勢が崩れ、槍を引き戻そうとしても間に合わない。

 ――しかし故意か偶然か。

 槍の行く手に1体目のゴーレム。

 広場に金属同士の衝突音が響く。

 1体目にぶつけた反動を利用し、槍が再びボルトを狙い振るわれる。

 そのタイミングはボルトの攻撃とほぼ同時。

 

「……」

 

 それを悟ったボルトは攻撃を諦め、これを回避する。

 そうしている間に1体目が変わらず槍を構える。

 そこに同士討ちに対する不満や恐怖は当然存在しない。

 

「いやぁ惜しかったね、残念!」

 

 口元に薔薇を寄せ、楽しそうに笑うギーシュ。

 ボルトは応えず、ゴーレムの攻撃を避けながら隙を窺い続ける。

 

 

 

「きゃっ!」

「うぉ!?」

 

 何度目かの攻防の時、ボルトの背後で声が上がる。

 肩越しに視線を向けると、人垣の近くまで移動していたらしく生徒達との距離は2、3メイル程しか無かった。

 顔を強張らせる生徒達の前でボルトは後ろではなく、人垣に沿うようにゆっくりと歩を進める。

 

 ――ここで今まで片時もボルトから目を離さなかったギーシュが、一瞬視線を移す。

 その隙を見逃さずボルトは瞬時に行動する。

 

 素早く横に移動、そして一気にゴーレムに接近する。

 術者の意識が離れている所為か、その反応は鈍くボルトの動きに対応できていない。

 ボルトが移動した地点からは、2体のゴーレムが一直線上に並んでいる。

 つまり2体目は1体目が邪魔で攻撃できない。

 走る勢いのままボルトはゴーレムを蹴り飛ばす。

 

「やったぁ!」

 

「ボルトさん!」

 

 ルイズとシエスタが歓声をあげる。

 未だ移動も構えてもいなかった2体目を巻き込みながら地面を転がる。 

 その結果を見届ける事なく、ボルトはギーシュとの距離を詰める。

 

「甘いっ!」

 

 しかし警戒を怠っていなかったのか、そもそも隙自体が誘いだったのか。

 ボルトが接近し始めた時には、ギーシュはそれを認識していた。

 振り向きながら薔薇を振るう。

 散った花びらは2枚。

 その場に新たに2体のゴーレムが現れる。

 姿形は今までと同一、だが手にした装備に差異があった。

 長槍ではなく、ロングソードと言われるような両刃の剣にやや大きめの盾。

 ギーシュの前に並びその盾を前面に構え、ボルトの行く手を阻む。

 

「……」

 

 ボルトが足を止めると同時に、2体のゴーレムは盾を構えたままゆっくりと歩き出す。

 視界の端では先程のゴーレムも立ち上がり、長槍を構えボルトに近付いて来ていた。

 そして2体同時に走り出し、やや遅れて盾を構えた片方のゴーレムも駆け出す。

 前方と左からゴーレム、右には生徒達の人垣。

 迷わずボルトは後方へ跳び、近付くゴーレムから距離を取る。

 緩く弧を描くようにして、速度を上げて迫る2体のゴーレム。

 それに合わせ、ボルトも方向を修正しながら更に後方へ移動。

 

 足を止めないまま、ゆっくりと無手のままの右手を上げる。

 次の瞬間――

 

 

 

 

 

 ――地面を踏む筈だったボルトの左足が、地表を踏み抜き土中に埋まった。

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 何とか体勢を整え、転倒は免れる。

 しかし、その間に槍を手放した2体のゴーレムに追い付かれてしまう。

 2体のゴーレムはそれぞれがボルトの手首と肩を掴み両側から拘束。

 両肩を押さえつけられ、ボルトの右膝が地面に着く。

 左足は膝下まで土中に在るが、その様子はあたかも捕えられた罪人のようだった。

 

 ふとボルトは気付く。

 弧を描きながら追いかけたゴーレムの動き。

 そしてあの時一瞬外れたギーシュの視線の先はこの辺りだった事を。

 

「罠……してやられたという事か」

 

 

 

「ボルト!?」

 

「ボルトさんっ!」

 

 ルイズとシエスタの悲鳴染みた呼び掛けは、決着を確信した歓声に掻き消される。

 

「――平民にしてはよくやった方だと思うよ?」

 

 決闘開始前のように周囲からの声に応えながら、ギーシュが悠々と歩いて来る。

 そのキザな笑顔からは隠そうともしない優越感が溢れている。

 

「……だがここまでだ。 所詮平民は平民、僕ら貴族(メイジ)にはどう足掻いても敵わない。 理解できたかね?」

 

 そして未だ土中にあるボルトのチラリと目を遣る。

 

「それにしても『ゼロのルイズ』の使い魔は運すら『ゼロ』のようだね。 決闘の最中に『モグラ』の掘った穴に足を取られるとは……」

 

 薔薇を口元に当ててほくそ笑む。

 

「……『モグラ』?」

 

「そういえばギーシュの使い魔って確か……『ジャイアントモール』」

 

「……おっと」

 

 タバサとキュルケの呟きを耳にして、ギーシュは表情を変えないままわざとらしく口に手を当てる。

 

 

 

 ――ジャイアントモール。

 

 巨大なモグラで、その大きさは小さな熊程もある。

 鉱石や宝石を匂いによって探し出す事ができる。

 モグラというだけあって地面を掘る事はお手の物で、その掘り進むスピードは地上の馬に勝るとも劣らない。

 

 

 

「ギーシュ! 貴方まさか使い魔にその落とし穴を――」

 

「何処にその証拠があるんだい? 仮にこの穴を掘ったのが僕の可愛い使い魔ヴェルダンデとしよう――しかし、ジャイアントモールであるヴェルダンデが穴を掘る事の何が悪い?」

 

 ルイズの怒りの抗議をギーシュは平然と受け流す。

 薄い笑みを浮かべながら、大仰な動きで両手を広げながらルイズに答える。 

 

「く……」

 

 確かにそれが悪いならば、魚は泳げないし鳥は空を飛べない。

 悔しいがギーシュの言葉を認めるしかないルイズは口を閉ざす。

 それを満足そうに見届け、ボルトに歩み寄る。

 

「さて……君には『貴族に対する礼儀』を教授する約束だったな?」

 

 嬉しそうにボルトを見下ろすギーシュ。

 「ふむ」と腕を組みながらやや考え込む。

 

「そうだな、まずは食堂での態度と発言を詫びてもらおう」

 

 そして目を細めながら口角を吊り上げる。

 

 

 

「それから僕の靴を舐めた後に額を地面に付けながら、『もう二度と貴族様には逆らいません』と宣言してもらおうか」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 余りにも屈辱的な要求にルイズは制止の声を上げる。

 

「それは少しやり過ぎなんじゃないの!?」

 

「やり過ぎ? 彼は貴族に逆らい、2人のレディの名誉を傷つけ、僕を侮辱した。 だが血を流すどころか、怪我すらない状態で放免してやろうとしているんだよ? こんな寛大な処置なら感謝されても非難される謂れは無い筈だが」

 

「そうだそうだ!」

「引っ込め、ヴァリエール!」

「ギーシュ、もうやっちまえ!」

 

「あんたの自業自得でしょうが!」というルイズの至極尤もな正論は、周囲からの野次に飲み込まれる。

 

「……さて聞くまでもないだろうけど、君の答えを聞こうか」

 

 そう問われたボルトは間髪容れずに答える。

 

「断る。 ――お前の靴は不味そうだ」

 

 まさか味を理由に断るとは思ってなかった観衆は、この返答に大爆笑拍手喝采。

 

「いいぞぉ、平民!」

「おいギーシュ、お前の足は臭いとさ!」

「もしかして水虫かぁ!?」

「え~……」

 

「ちょっと待て! 誰もそんな事言ってないだろう!?」

 

 謂れなき中傷に抗議するギーシュの背中にボルトは続ける。

 

「それに……『お前に勝て』と言われたんでな」

 

 野次を飛ばした連中に怒鳴っていたギーシュは口を閉ざし、振り返る。

 

「言われた? ルイズにかい?」

 

「ああ」

 

「やれやれ、彼女も随分酷な事を言うねぇ」

 

 これ見よがしに溜め息をつき、首を左右に振る。

 

「ならば僕が、今以上にはっきりと『平民()』と『貴族()』の力の差という物を示してあげよう」

 

 大仰な咳払いの後、ギーシュは両手を広げ教師のように語り始める。

 

「さて、今この広場には僕の『ワルキューレ』は4体存在する」

 

 ――盾を持つ2体。

 ――先程まで長槍を持ち、現在ボルトを捕えている2体。

 

「とは言え、実質戦っていたのは2体だけ。 しかし――」

 

 言葉を切り、薔薇を振る。

 2枚の花びらからさらに2体のゴーレムが『錬金』によって新たに造られる。

 手にした武装はレイピアと呼ばれる細身の剣。

 それから薔薇を手に構え、やや時間を費やした後に薔薇を振る。

 落ちた花びらからはやはりゴーレムが現れる。

 

 しかしそのゴーレムは他の物とは若干違った。

 身に纏った騎士甲冑は細かい装飾が散りばめられ、手には同じくレイピア。

 そしてその顔は仮面めいた物ではなく、はっきりと目鼻だちが存在した。

 

「――僕は最大7体の『ワルキューレ』を操る事が出来る。 2体相手に苦戦していた君が勝てる道理が無い」

 

 周囲から『おぉ』と驚きと感嘆の声が漏れる。

 

「嘘……」

 

「これは……」

 

「……予想以上」

 

「ボルトさん……」

 

 余りの戦力の差にルイズ達は呆然とする。

 そんな彼女達を横目で見た後、また別の所に視線を移す。

 

「……それに今の僕には『ワルキューレ(女神)』が付いているからね。 負けるなんて事は有り得ない」

 

 その視線の先に1人の女生徒が居た。

 昼食の騒動の時にギーシュに詰め寄った2人目の少女、『モンモランシー』だった。

 よく見れば最後のゴーレムは彼女を模して造られた事が分かる。

 『ワルキューレ』のモデルとされた所為かギーシュの台詞の所為か。

 ギーシュから顔を背けてはいるが、その頬は赤く染まっている。

 

 

 

「――さて、これだけの力の差を見せ付けられて君はどうする?」

 

 そんな彼女を見て微笑み、改めてボルトに向き直りギーシュは問い質す。

 

「俺の答えは変わらない。 ――『お前に勝つ』つもりだ」

 

「……忠実な事は使い魔の鑑だが、これ以上は『言葉』ではなく『痛み』で理解してもらう事になるよ?」

 

 レイピアを手にした1体のゴーレムがゆっくりと構える。

 

「ちょっと待って!」

 

 ギーシュの言葉に、ルイズは堪らず声を張り上げる。

 観衆の輪から抜け出し、2人に近付く。

 

「もういいでしょ、ギーシュ! これ以上やる必要は無いじゃない!」

 

「僕もそう思ったからこその先の提案だったんだが、君の使い魔が頑固でね」

 

「あんたもよ! ……さっきはついあんな事言っちゃったけど、平民は貴族には勝てないんだから負けても恥にはならないわ!」

 

「……」

 

「わたしが何とかして謝罪だけにさせるから! これ以上は軽い怪我程度じゃすまないわよ!?」

 

「……」

 

 ギーシュに抗議した後、ルイズはボルトを必死に説得するが当の本人は無言のまま。

 遂には怒りを露わにして怒鳴ってしまう。

 

「いい加減にしなさいよっ! 一体何が気に入らないのよ!?」

 

 この言葉にボルトはやや俯いていた顔を上げる。

 

「……お前達が勝手に『俺の負け』と決め付けている事……だ」

 

「……へ?」

 

「何ぃ!?」

 

 呆気に取られるルイズと表情を歪ませるギーシュ。

 未だ拘束されている状態でありながらボルトは口元に薄く笑みを浮かべながら続ける。

 

「確かに今この状況は俺には不利。 ――だがそれだけだ。 有利不利なんて物はどんな時でも、些細な事で容易に覆える。 勝敗は決まるその寸前まで不可測だと思え。 そして――」

 

 

 

「――『受けた依頼は遂行する』。 それが『冒険屋』だ」

 

 

 

 先程までの笑みは無く、普段の淡々とした口調ではなかった。

 その言葉に込められた自信・意志・決意。

 そんな目に見えぬ何かに気圧されたようにギーシュは思わず後ずさる。

 ルイズも圧倒され言葉が出ない。

 

「……な、何が『ボウケンヤ』だ、訳の分からない事を! そんな格好で反撃できるならやってみろ! 『ワルキューレ』っ!」

 

「待っ……!」

 

 知らず後退していた足を無理矢理前に出し、ギーシュはゴーレムに攻撃の命令を出す。

 ルイズが止めようとした時には既にゴーレムは走り出していた。

 ボルトの言動に熱くなっていたギーシュだったが冷静な判断は出来ていたようで、その突き出された切先はボルトの左肩を狙っていた。

 

 ここで今まで土中に没していたボルトの左足が一気に跳ね上がる。

 土を蹴り上げながらその足が狙うのは迫り来るレイピア。

 しかし、土中に埋まっていて勢いが殺されたのか両肩を押さえられての無理な体勢だった所為か。

 その蹴りはレイピアを蹴り飛ばすには至らず、その軌道を僅かにずらしただけだった。

 

 そしてそのずれた軌道上にはボルト自身の首があった。

 

「ボルトォーっ!」

 

 ルイズの悲鳴染みた呼び掛けが広場に響く。

 そして次に響いたのは――

 

 

 

 

 

 『レイピアが首を貫く音』。

 『その傷口から血が吹き出る音』。

 『苦痛を訴える声に成らない叫び声』。

 

 

 

 

 

 ――ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ――ガギリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 硬質な物体同士が擦れ合う――そんな音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……はぁ……?』

 

 広場に集まった者全員が目の前の現状を理解できず、例外無く目を見開き呆然としていた。

 呆れる余りに、開いたままの口に気付いてない者も多数居る。

 

 ルイズも今自分に見えている光景が信じられず、両手で両瞼を無理矢理閉じ何度も擦った後、再び目を開く。

 

「……嘘……」

 

 しかし、やはり何ら変わりない光景にそんな呟きが漏れ出る。

 ボルトの両肩を押さえ付ける2体のゴーレム。

 ボルトにレイピアを突き付けるゴーレム。

 

 

 

 ――そして突き込まれたレイピアの切先を『噛んで咥える事で受け止めている』ボルトの姿だった。

 

 

 

 ――このボルト・クランクという男。

 『近距離から己に向けて撃たれた銃の弾丸』を同じように止めた事が有る。

 それどころか、『遠距離から他人を狙って撃たれた銃の()()()()()()()()()()弾丸を咥え取る』という曲芸のような神業すらやってのけている。

 万全な体勢でなかったとはいえ、切先を止めるくらい造作も無かった事だろう。

 

 

 

「ワ、『ワルキューレ』!」

 

 周囲の生徒達に先んじて我に返ったのは、他ならぬギーシュだった。

 慌てて咥えられたレイピアをゴーレムに引かせる。

 

 ゴーレムを運用する利点の1つに『力仕事』が有る。

 魔法によって造られたゴーレムは当然の事だが人間とは違う。

 例え人間と同じ大きさ・体格に造られても、その膂力は比較にならない。

 重い荷物を軽々と運べるし、巨大な武器を振り回す事だって可能だ。

 

 ……そんなゴーレムが全力で引くレイピアがびくともしない。

 混乱する頭で『引いて駄目なら押してみよ』という名文句に思い至り、今度は全力で押し込ませる。

 『口に咥えた状態』から突き入れてレイピアが動いた場合、先程は『冷静な判断』が回避させた惨劇が起ってしまうのだが、この時ギーシュにはそんな余裕は無かった。

 しかしあたかも物語にある『王を選定する岩に刺さった剣』のように、それでもレイピアが動く事はなかった。

 

「……ど、どうして……」

 

 額に脂汗を滲ませながら、荒い呼吸を繰り返す。

 

 そんなギーシュの目の前で、突如レイピアを持ったままのゴーレムが右に傾いていく。

 慌てて体勢を戻そうと制御するが、今度は左に大きく傾く。

 どんなに制御してもゴーレムの動きは止まらず、徐々に動きが大きくなっていった。

 そしてゴーレムが倒れぬようにたたらを踏み始めた頃にギーシュは理解した。

 

 ゴーレムは勝手に動いていたのではない。

 『動かされていた』のだと。

 原因は当然ボルトである。

 レイピアを咥えたまま顔を左右に振る事でゴーレムのバランスを狂わせていたのだ。

 

 そしてボルトが左に顔を振り、遂に体勢が大きく崩れたそこへボルトの左腕を掴んでいたゴーレムがぶつけられた。

 どうやら焦る余りに、ボルトを拘束していたゴーレムへのギーシュの制御が疎かになっていたようだ。

 その手からレイピアが抜け落ち、2体は重なったまま地面を転がる。

 左半身が開放されたボルトは残るゴーレムを掴まれたままの右腕で体勢を崩し、透かさずその右側頭部に左の回し蹴りを叩き込む。

 同じく制御が十分でなかったゴーレムはあっさりと倒れてしまう。

 

 そうして体の自由を取り戻したボルトは、ゆらりと完全に立ち上がる。

 肩を片方ずつゆっくりと2、3度回し、ギーシュと対峙する。

 

 

 

 

 

「――はへ……はんへひはいひは」

 

 ――口にレイピアを咥えたまま。

 

 

 

 

 

「……何言ってるか分かんないわよ……」

 

 呆然としつつも、ルイズはなんとかそれだけは言う事が出来た。

 

 

 

 

 

   ――『――さて……反撃開始だ』――

 

 

 

 

 

 

 

 

 




昨年1月から投稿を始め、はや1年。
『投稿が遅い』かつ『展開が遅い』というこんな作品を読んでいただき、ありがとうございます。

今回は人生初の戦闘描写でした。
これで良かったのか、大変不安です……
次回で『決着』予定。
頭の中の大体の構想・流れを言葉として、文章として、すんなり表現する事が出来れば良いんですが。

昨年末何気無く寄ったアニ●イトで『EAT-MAN THE MAIN DISH』の1巻を発見して即購入!
いや~やっぱり面白い!かっこいい!
さり気無くマーカス達が登場してたのが嬉しかったです。

次回投稿は今月中……は無理そうなので、来月中……に出来たら良いなぁ……

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

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