ゼロの少女と食べる男   作:零牙

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なんとか9月中に投稿できました!
ですが、今回も『決闘』まで行きませんでした……

次回こそ!
今度こそ!




ACT-12 デザートと騒動

 

 

 

「――美味かった」

 

「……本当にこんなんで良かったのか?」

 

 結局ボルトが昼食として食べたのは、『グラス・4個』、『皿・大小7枚』、『スープ・2杯』、『ワイン・1本』。

 マルトーからしてみればワインはともかく、グラスや皿は使えなくなった物だしスープは昼食用の下準備の物。

 ボルト自身が望んだ物であり、彼の『食生活』を考えれば仕方ないのだが、料理人としてはすっきりしない。

 

「あぁ、また腹が減ったら寄らせてもらう」

 

「なんだぁ? 晩飯はどうすんだ?」

 

「……ここに来る前にちょっと『つまみ食い』していたからな。 夜は大丈夫そうだ」

 

「……そうか」

 

 そうしてボルトは椅子から立ち上がり、厨房をぐるりと見回す。

 

「何か手伝える事はあるか?」

 

「ん? どういう事だ?」

 

 ボルトの考えが分からず聞き返すマルトー。

 

「昼食の礼をと思ってな」

 

「おいおい……あんな食事で対価を要求する気なんて更々ねぇぞ?」

 

 心外だとばかりに腕を組み顔をしかめる。

 しかしボルトは口元に笑みを浮かべる。

 

「……これが俺のやり方だ。 気にするな」

 

 マルトーはその顔をしばらく眺め、頭を掻きながら大きく息を吐く。

 

「やれやれ、仕方ねぇな……おぅい、シエスタ!」

 

「――はぁい、何ですか? マルトーさん?」

 

 小走りで厨房に来たシエスタにマルトーは背後に立つボルトを指差す。

 

「今からデザートの配膳だろ? ボルトが手伝いたいらしいからこき使ってやれ!」

 

「本当ですか!? ありがとうございます! ちょっと待っててください!」

 

 喜色満面で駆け出すシエスタと対照的に渋面のマルトー。

 

「……納得行かんか?」

 

「まぁ……な。 お前さんからの申し出だが、ガラクタ押し付けといてこっちの手伝いもさせるってのはな……」

 

「ワインとスープも美味かった」

 

「そりゃあワインは少し古めのだったがあのスープは……」

 

 振り返るマルトーに、ボルトが上方からだが正面に向き直る。

 

「……俺はこんな『食生活』なんでな、野菜や肉の味が味わえる事はまず無い」

 

 言葉を切り、『サングラス』を軽く持ち上げながら続ける。

 

「久し振りに堪能させてもらった。 今まで口にしたスープの中で5本の指に入る物だった」

 

「ぉ……」

 

 ボルトからの惜しみない賛辞に思わず言葉を失うマルトー。

 そこへ準備を終えたらしいシエスタが、食堂へと続く入り口でボルトを呼ぶ。

 

「ボルトさん、お待たせしましたぁ! お願いしまぁーす!」

 

「……また今度ご馳走してくれ。 楽しみにしている」

 

 そう言ってシエスタの方へ向かう。

 その場に残されたマルトーが振り返ると、厨房の全員が満面の笑みだった。

 

「ぉ……お前らまだデザートの配膳は終わってないんだぞ!? 手の空いてる奴は片付けに回れぇ!」

 

 隠し切れない笑みのまま、指示を飛ばす。

 そしてそれに従う者も、嬉しそうな顔のまま動き出した。

 

 

 

 余談だがこの日から10日程後、味にうるさい何人かの生徒達が最近の食堂の料理――特にスープに関して意見を交換していた。

 

「――最近味が変わったよな?」

「そうそう、味付けが変わったとか目新しい材料が入ってるとかじゃなくてさ!」

「なんかさ、こう――味に深みが増した……感じ?」

「毎回ちょっと楽しみよね!」

 

 ――1人の使い魔の影響だと彼らは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ACT-12 デザートと騒動

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふぅ」

 

「……よく食べたわねぇ……」

 

 昼食を食べ終わったルイズの隣の席で、キュルケが呆れた声で呟く。

 普段なら男子生徒の隣で食事をする彼女が何故かルイズの隣に居た。

 

 ルイズは午前の授業が終わっても空腹は感じなかった。

 食べるつもりは無かったのだが、ただついいつもの習慣で足が食堂へと向かっていたのだ。

 あの時キュルケに促されテーブルに着き、目の前の料理から立ち昇る湯気と香りを感じた瞬間に空腹を自覚した。

 

 思えば朝食は『あの騒動』の所為で、何をどのくらい食べたのかすら記憶に無い。

 その所為で夢中でいつも以上の量を食べてしまっていた。

 

(……ぅ。 ちょっと食べ過ぎたかしら……この後のデザートは遠慮しとこうかな)

 

 そう思いながらキュルケの隣の席にちらりと目を向ける。

 自分より小柄で青い髪のメガネを掛けた少女が、自分以上の量を食している。

 今は誰も手を付けていなかったハシバミ草のサラダを手元に寄せて平らげていた。

 

(……タバサはあんなに食べて大丈夫なのかしら……)

 

 食後のお茶を手にしながら感心する。

 

「食べた量だけちゃんと育てば良いわね~『どこ』とは言わないけどさ。 背とか『他の所』とか~♪」

 

 やや上半身を逸らしながら、言葉と体の一部分を強調して楽しそうに喋るキュルケに苛立ちながらも黙殺する。

 反対側のタバサの手も口も動きは変わらずだが、心なしか眉間に皺が寄っている。

 

 

 

「……所でルイズ、ちょっと確認したい事があるんだけど……」

 

「……何よ藪から棒に」

 

 先程とは打って変わっていつになく真剣な表情で尋ねるキュルケに、ルイズも若干身構える。

 

「あの時自分の部屋に戻ってきたでしょ?」

 

「……えぇ、それがどうかした?」

 

 

 

 ――『マイナス』――

 

 ――『涙』――

 

 ――『ハンカチ』――

 

 

 

 色々と思い出されてその複雑な心境から、キュルケから目を逸らしながらカップに口を付けお茶を含む。

 

 

 

 

 

「あなた――ボルトに襲われたりしてないわよね?」

 

 

 

 

 

「――っぶふぅ!?」

 

 

 

 

 

 思ってもみなかった質問に、含んだお茶を盛大に噴き出す。

 幸い含んでいたのは少量だった為、周囲への被害は最小だった。

 

「ゲホゴホ……な、何を……!?」

 

「だって……ねぇ? ――若い男女……少女が主で男が従者で……人気の無い教室……泣きながら部屋へと走り去る少女……」

 

「な……ちょっ、ちょっとぉ……!?」

 

 キュルケが事実を端的に並べていく。

 何故か彼女が言うとそこには『何か』があったんじゃないかと妄想してしまう。

 ルイズは顔を真っ赤に染めながら慌ててキュルケを止めようとする。

 タバサも若干頬を赤くしながらも食事を続けるが、その速度は目に見えてゆっくりだ。

 

「……ねぇルイズ、壁際に追い詰められて無理矢理唇を奪われたりとかされてない?」

 

「ぁああぁあ、あんたっ!? 昼間っから何サカってんのよ! されてないわよ!」

 

 椅子から立ち上がり、怒りと羞恥の赤面状態で怒鳴るルイズ。

 そう言われ、珍しく前言撤回するキュルケ。

 

「……そっか、そうよね……ごめんなさい」

 

 しかし次の瞬間にはキュルケはいつもの――からかう時の笑みを浮べる。

 

 

 

 

 

「――貴女は『奪った』方よねぇ?」

 

 

 

 

 

「――んなぁ!?」

 

 

 

 

 

 突拍子もない言葉に紅潮したまま固まるルイズ。

 タバサも完全に食事の手を止め、キュルケの次の言葉を待つ。

 周囲の生徒達からは驚きの声とざわめきが漏れる。

 

「――ってあんた達! 聞き耳立ててんじゃないわよ!」

 

 硬直から回復し、興味津々の聴衆を威嚇するルイズ。

 そしてキュルケを睨みながら食って掛かる。

 

「キュルケ! あんたも事実無根で適当な出任せを――」

 

「ひとぉつ」

 

 キュルケがルイズの鼻先に人差し指を突きつける。

 言葉を遮られ、ほんの少し落ち着きを取り戻す。

 

「貴女が主で、彼――ボルトがその使い魔。 これは間違い無いわよね?」

 

「……そうよ」

 

「ふたぁつ」

 

 ルイズの返答に満足そうに頷くキュルケ。

 さらに中指を立てて言葉を続ける。

 

「『コントラクト・サーヴァント』も成功して、彼には使い魔のルーンが刻まれた」

 

「当然よ!」

 

 胸を張り、自信を持って答える。

 「『コントラクト・サーヴァント』も?」「本当に成功したんだ……」といった呟きが聞こえる。

 どうやら『サモン・サーヴァント』のみならず、『コントラクト・サーヴァント』にも成功したという事は半信半疑の者達が存在したようた。

 一々その呟きにも睨みを返すルイズ。

 

「みぃっつ」

 

 そんなルイズに気にも留めず薬指も立てるキュルケ。

 そして一層笑みを深くする。

 

 

 

「『コントラクト・サーヴァント』の儀式には――契約にはキスが必要だって事……貴女は彼に事前に伝えた?」

 

 

 

「――ぅ」

 

 

 

 言葉に詰まる。

 そんなルイズを見て聴衆は『否』と判断する。

 

(じゃあヴァリエールの方が……)

(あの男に無理矢理……)

(……ぅわぁ、大胆……)

 

 彼らの脳裏には『ボルトに壁際に追い詰められるルイズ』という妄想が破棄され、『ボルトに馬乗りになり迫るルイズ』という妄想が新たに浮かぶ。

 どちらにせよやや過激な想像だが、2人の身長差を考慮するとそういう場景になってしまうだろう。

 

「で、でもミスタ・コルベールもその場に居たし、抵抗している所をむ、む無理矢理って訳じゃないわよ!」

 

「じゃあ不意打ち? どちらにしても『奪った』事に変わりは無いわよね~」

 

「ぁぅ……」

 

 文字通り閉口するルイズ。

 崩れるように着席し、赤い顔を隠すかのようにテーブルに突っ伏す。

 

「……契約の方法がキスなんて、誰が決めたのよ……」

 

「『始祖ブリミル』でしょ? 文句なら彼女に言いなさいよ」

 

 呻き声を上げるルイズにキュルケはお茶を飲みながら素っ気無く答える。

 

 

 

「――そうそう、ボルトの事だけど」

 

「――っ」

 

 何気無く切り出したキュルケの言葉にルイズが体を震わせる。

 

「何があったかは知らないけど、彼は『独り言を貴女が勘違いした』って言ってたわよ?」

 

「……何でそんな事知ってるのよ……」

 

 僅かに顔を上げ、小声で尋ねる。

 

「彼から直接聞いたのよ。 貴女が食堂に来る前に」

 

 涼しげな表情でそう言ってお茶を飲み干す。

 その横顔を見ていたルイズは再び顔を伏せる。

 

「貴女が何をしたか何を言ったか知らないけど、彼は別に気にしてるようには見えなかったわよ?」

 

「……」

 

「そんなに気に病むんなら、まずは彼に謝って誤解をした独り言をちゃんと説明してもらいなさいな」

 

 伏せていた顔をゆっくりと持ち上げるルイズ。

 

「謝るなんて……なんで使い魔相手にそんな事を……」

 

「何言ってるのよ、逆よ逆。 『使い魔相手』だからこそでしょ?」

 

 納得行かないといった表情の顔を向けるルイズに、キュルケは真剣な表情で言葉を紡ぐ。

 

「これから先彼との主従関係は一生続くのよ? 今からそんなわだかまり残してどうするのよ」

 

 空のカップをそっと受け皿に置く。

 

「それに彼は『人間』なんだから、それこそ人生の伴侶並に気を使わなくちゃ」

 

「は……伴侶は言い過ぎなんじゃないの?」

 

 微かに顔を赤らめながらキュルケに抗議するルイズ。

 それに対してキュルケは笑みを浮べながら答える。  

 

 

 

「あら、使い魔との契約は『どちらかが死ぬまで』――つまり『死が2人を分かつまで』よ? ある意味伴侶みたいな物でしょ、貴女の場合は特にね?」 

 

 

 

 

「失礼しますミス・ヴァリエール、デザートです!」

 

 昨日と今日で聞き慣れた感のあるシエスタの声と共に、目の前に空の皿が置かれる。

 

「あ……わたしはデザート……は……」

 

 『要らない』という言葉は喉で止まってしまう。

 皿に置かれたのは切り分けられた『クックベリーパイ』。

 ルイズの好物である。

 

「お茶の御代わりはいかがですか?」

 

「あ……お願い」

 

 空のカップにお茶が注がれる間、ルイズの目は皿のパイに釘付けだった。

 

「……どうしよう……」

 

 彼女が悩む理由は単純明快、好物という事もあるが純粋に美味しいのだ。

 城下町にある菓子の専門店等で売られている物のような上品な味ではない。

 だがここで作られる家庭的で素朴な味も気に入っている。

 どちらが上というのではなく、個人の嗜好とその時の気分に左右される程度の差異だ。

 

「あらルイズ、食べないの? 代わりに食べてあげましょうか?」

 

 横から笑顔でキュルケが口を挟む。

 その横のタバサも無言で、しかし期待に満ちた目でルイズを見詰める。

 

 

 

 ――さて、『別腹』という言葉がある。

 

 使い方としては『甘いものは別腹』、『例え満腹でも、食べたい物・美味しい物だと食べる事ができる』という意味だ。

 もちろん『別腹』という内臓器官は存在しない。

 

 満腹状態の時に『食べたい物・美味しい物』を見ると脳から分泌されるホルモンの働きで、胃が内容物を小腸へと送り出す。

 これにより胃が余剰空間――『別腹』を作りだし、満腹状態からでも更に食べる事を可能にするのだ。

 

 ルイズがクックベリーパイを目の前にして悩んでいたその間に、ルイズの体は『別腹』の準備を完了していた。

 ほんの少し前まで胸焼けを感じる程だった身体が、好物を前に垂涎寸前までになっていた。

 

 

 

「こっ、これはわたしの分よ! 自分の分を食べなさいよ!」

 

 思わずパイの乗った皿を抱え込むように2人の視線から庇う。

 

「ケチ。 太ったって知らないわよ?」

 

 シエスタからお茶の御代わりをもらいながら、キュルケが呟く。

 タバサも不満そうな顔で順番を待つ。

 

「もう……食い意地が張ってるんだから……」

 

 自分の事は棚に上げ、1口サイズに切り分けたパイを口へ運ぶ。

 

「ん! 美味しい!」

 

 パイの食感とベリーの味を存分に味わい、ご満悦なルイズ。

 そんな彼女の視界の端を、ティーポットとパイが並んだ銀のトレイをいくつも乗せたやや大きなワゴンを押す自分の使い魔の背が映った。

 

「――っんん!? ゴホッ! ガハッ!?」

 

 喉に詰まりかけたパイを慌ててお茶で流し込み、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がる。

 

「ちょっとあんた! ここで何やってんのよっ!?」

 

「……給仕の手伝いだが……?」

 

 呼び止められ振り向いたボルトが、『見て分からないのか』的な口調で説明する。

 

「そんなの見れば分かるわよ! 何であんたがそんな事してるのか聞いてるのよっ!」

 

「あの、ミス・ヴァリエール、これは――」

 

 先を行っていたシエスタがボルトに駆け寄りながら口を開くが、ボルトが片手を軽く上げそれを止める。

 

「これは昼飯を用意してくれた厨房の連中への礼だ」

 

「何それ? 厨房が料理を用意するのは当然でしょ?」

 

 ルイズは腰に手を当て、ボルトを見上げながらも睨みつける。

 そんな彼女に変わらぬ調子でボルトは続ける。

 

「俺は他人とは食生活(メシ)が合わないんでな。 わざわざ別に用意してもらった代価だ」

 

「忘れないでよ!? あんたはわたしの――『ヴァリエール家』の使い魔なのよ!? そんな『メイドの手伝い』なんてみっともない事はやめなさい!」

 

「――お前こそ忘れるな」

 

 怒鳴るルイズに対して、ボルトの方も『サングラス』を指先で持ち上げながら有無を言わせない口調と態度で言い放つ。

 

 

 

「これは俺が受けた『仕事』だ。 そういう『条件』だった筈だが?」

 

 

 

「……ぐ……」

 

 そう言われればルイズは黙らざるを得ない。

 悔しそうに顔をしかめるルイズを後に、ボルトはシエスタを促し配膳の手伝いを再開した。

 無言で椅子に座り直し、ルイズは再びパイを口に運ぶ。

 

「……ん」

 

 大好きなクックベリーパイだが、何故かさっきまでの風味は感じられなかった。

 

 

 

 

 

「なあ、ギーシュ! お前、今は誰と付き合っているんだよ!」

「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

 

 テーブルの中央部近く、男子生徒が何人か集まっていた。

 その中心には金色の巻き髪の男子生徒が居た。

 フリルの付いた明らかに制服とは意匠の違うシャツを着ていた。

 

「付き合う? 僕にそのような特定の相手は居ないのだ」

 

 そういって椅子から立ち上がりながら、シャツの胸のポケットに挿していた薔薇の造花を手に取る。

 

「――薔薇は多くの人を楽しませる為に咲くのだからね」

 

『おぉ~』

 

 周りの生徒達の口から漏れたのは喚声とも感心の声とも取れる物。

 彼らはその答えや一挙一動に注目していた。

 故に、その『ギーシュ』と呼ばれた生徒が立ち上がった拍子に、そのズボンのポケットから何かが零れ落ちた事に気付かなかった。

 

 

 

「――あら?」

 

 その小さな小壜を見つけたのはシエスタだった。

 片手で握ればすっぽりと隠れてしまう大きさで、中で紫色の液体が揺れている。

 壜の蓋は蝋によって閉ざされ、何処かの貴族の家紋が押されている。

 

 前方の金髪の生徒が立ち上がった時に彼女の足元に転がってきた。

 その瞬間を目撃した訳では無いが、落とし主は彼だろう。

 

「失礼します、デザートをお持ちしました」

 

 彼の席にパイを置いた後、拾った小壜を差し出す。

 

「あの……先程こちらを落とされませんでしたか?」

 

 その生徒は一瞥すると苦々しく顔をしかめる。

 

「これは僕のじゃない。 君は何を言っているんだね?」

 

 そう否定しながらも彼はチラチラとシエスタに目配せをする。

 だがそれにシエスタは気付かず、小壜を手にしたまま困惑していた。

 

「そうですか、申し訳ございません。 こちらの方から転がって来たものですから」

 

「そんな『香水』は知らないよ、もっと向こうから転がってきたんじゃないかい?」

 

 目配せを続けながらやや口早にシエスタに告げる。

 それを聞いた1人の生徒が首を傾げる。

 

「……『香水』……それ『香水』なのか? ギーシュ、お前何で中身を知ってるんだ?」

 

 あからさまに顔を強張らせる『ギーシュ』と呼ばれた生徒。

 そして周囲の生徒達がざわつき始める

 

「てっきりワインかと」

「俺は魔法薬かと思ったんだが」

「『香水』か……」

「おい、『香水』と言えば……」

 

 ジワジワと核心に近付きつつある雑談。

 ギーシュは、表情を見られぬようやや俯く。

 その顔からは血の気が引いていた。

 

 『香水』の元所有者と現所有者が判明すると、彼にとっては非常に、最悪と言って良い程都合が悪いのだ。

 今この場をどう乗り切るか必死で思案している所へ一筋の光明が差し込む。

 

 

 

「――落とし主はわからないか。 ならこれは俺がいただこう」

 

 

 

 声の主は、ギーシュが視界の端に捕えていた小壜をメイドの手から取り上げる。

 聞き慣れぬ声。

 恐らくはメイドの後ろでワゴンを押していた男の物だろう。

 その男の突然の乱入に雑談は一時停止、追求は有耶無耶になった。

 

 しかし『香水』が他人の手中というのは、最悪の次にまずい。

 なんとか自分で確保せねば――!

 

「――待ちたまえ! ここで拾ったという事は落としたのは貴族。 平民の君達が持っておくのは如何なものか……」

 

 先程の声の主の方へ向きながら、やや強引な説得を続ける。

 

「いや、信用してない訳ではないんだがここは同じ貴族であるこの僕が……あ……ずか……」

 

 振り向いたギーシュはまずその男の長身に驚く。

 そして男の頭部が存在しない事に驚く。

 

 ――否、よく見ると男は真上を向いていた。

 正面しかもやや下方から見ると、首と顎部分しか見えなかったのだ。

 

 更に視線を上に移すと、右手が小壜を摘み、上方に掲げていた。

 そして右手が開かれる。

 

 当然重力に引かれ小壜は自由落下を開始。

 その落下点である男の口は大きく開かれていた。

 

 

 

 ――ゴクリ。

 

 

 

 そしてそのまま一呑み。

 男は何事も無かったかのように元の体勢に戻る。

 

(――あぁ成る程、さっきの『いただく』は『もらう』ではなく『食べる』という意味だったのか……)

 

 半ば放心状態でギーシュは現実逃避をしていた。

 がそれも僅かな時間、我に返ってワゴンを押しながら離れて行く男に怒鳴る。

 

「ま……ままま待ちたまえ! 何て事をしてくれたんだ君は! あれはモンモランシーから僕が――」

 

 そう口にした瞬間、周囲の生徒達が『わぁっ』と声を上げる。

 

「そうか、『香水のモンモランシー』だ!」

「そうだ! あの鮮やかな紫色はモンモランシーが自分の為だけに調合している『香水』だぞ!」

「そしてやっぱり落としたのはお前かギーシュ!」

「――って事は、ギーシュ! お前は今、モンモランシー付き合っている。 そうだな!?」

 

 しまったと自分の手で口を塞いだが時既に遅し。

 完全に元所有者と現所有者を自白してしまった。

 それにより周囲は一斉に騒ぎ出した。

 そしてその騒ぎは徐々に広がっていく。

 

 

 

 シエスタとボルトが配膳を再開すると、1人の女生徒と擦れ違う。

 髪は栗色、ルイズと同じくらい小柄の少女だがマントの色が違う。

 どうやら学年でマントの色が違うらしい。

 その体格からルイズ達より下の学年のようだ。

 

「ギーシュさま……」

「彼らは誤解しているんだ。 ケティ。 いいかい――」

 

 背後から少女とギーシュの声が微かに聞こえる。

 その直後、嗚咽混じりの怒鳴り声と、高く乾いた音が響く。

 それに続き、周囲から歓声が沸く。

 

「失礼します。 こちら――」

 

 シエスタがテーブルにパイを置いている途中で、金髪を縦に巻き後頭部に大きな赤いリボンをつけた女生徒は突然席を立つ。

 そしていかめしい顔で騒ぎの中心へと足音高く歩みを進める。

 

「モンモランシー。 誤解だ。 彼女とはただ――」

「やっぱり、あの1年生に――」

「お願いだよ。 『香水』のモンモランシー。 咲き誇る薔薇のような――」

 

 またもや少女とギーシュの声が聞こえてくる。

 今度は何かが零れるような水音と怒鳴り声が響く。

 再び周囲からどっと歓声と笑いが沸く。 

 

 

 

「――待ちたまえ」

 

 配膳を続けていたボルトの背に声が掛かる。

 ワゴンに手を掛けたまま肩越しに背後に目をやる。

 そこには先程修羅場を演じていたギーシュという少年が、薔薇の造花を手にキザなポーズを取りながら立っていた。

 その後方には多数の物好きな野次馬が事の成り行きを見物している。

 

「――俺に何か用か」

 

「君の奇行の所為で2人のレディの名誉が傷ついた。 どうしてくれるんだね?」

 

 薔薇をボルトに突きつけながら非難する。

 一見様になっているようだが、先程とは違う。

 

 左頬には真っ赤な手形。

 髪からはワインが滴り、フリルの付いたシャツを紅く染めている。

 辺りには猛烈なワインの香りが漂う。

 いつも以上にそのキザなポーズが実に滑稽に感じられる。

 

「そこのメイド! 君もだ!」

 

 次にボルトの後方に居たシエスタに矛を転じる。

 

「君が軽率にも小壜を拾い上げなければこんな事にはならなかったんだ!」

 

 言い掛かりも甚だしいが、シエスタ達平民にとっては貴族の言う事は絶対。

 相手がその子息であってもそれは例外ではない。

 貴族の大人だろうが子供だろうが、呪文を口にして杖を振れば平民は為す術なく負傷し最悪死ぬ事すらあるからだ。

 シエスタも貴族(ギーシュ)の怒りが収まる事を期待して謝る事しかできない。

 

「も、申し訳――」

 

 慌てて謝罪の言葉を口にしながら頭を下げようとしたシエスタの前に、ボルトが立つ。

 さながらその背に彼女を庇うかのように。

 

「……貴族というのはよっぽど暇なようだな」

 

「何ぃ!?」

 

「ボルトさん!」

 

 『サングラス』を持ち上げた指を添えたまま呟いたボルトに、ギーシュは辛うじて保っていた澄まし顔を歪ませる。

 コートの背中を掴みながら、ボルトを止めようとシエスタが声を上げる。

 

「非の無い使用人を咎めるより先にやるべき事があるんじゃないのか? 例えば……」

 

 そう言って皮肉気な笑いを口の端に浮べる。

 

「二股をかけていたあの2人に許しを請う――とか……な」

 

 「そうだそうだ!」「謝れギーシュ!」等高みの見物を決め込んだ外野から野次が飛ぶ。

 

「……くっ……ん? あぁそうか、君は……」

 

 苦々しく周りを見回し、再びボルトを見たギーシュは突然馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「確か、あの『ゼロのルイズ』が呼び出した平民、だったな。 平民に、平穏に事を収めようという貴族の機転を期待した僕が間違っていたようだ」

 

「唯一の証拠品が無くなれば、有耶無耶にして平穏に事を収めるだろうと貴族の機転に期待した俺が間違っていたようだな」

 

 ギーシュの皮肉に空かさず返すボルト。

 外野は手を叩きながら大笑いしている。

 

「……『ゼロのルイズ』の使い魔は貴族に対する礼儀も『ゼロ』のようだな……」

 

 怒りでこめかみをひくつかせながら、言葉を絞り出すギーシュ。

 

「多少なら心得ているさ。 もっとも――」

 

 自分に向けられた怒気を全く意に介さず背を向ける。

 

「――相手は選んでいるがな」

 

 そしてワゴンを押していく。

 その背に向かってギーシュが声を荒げる。

 

「よかろう! ならば君が知らぬ礼儀を僕が直々に教授してやろう!」

 

 俗に言えば『表へ出ろ』『顔を貸せ』。

 この言葉に外野の興奮は最高潮に達する。

 生徒達は基本寮住まいの為、皆娯楽に飢えているからだ。

 こんな面白そうな事はそうそうある物じゃない。

 

 ――がしかし。

 

「断る。 仕事中だ」

 

 周囲からの落胆の野次やブーイングを物ともせず、こちらを睨むギーシュに未だ怯えるシエスタを促し、ボルトはデザートの配膳を続けようとする。 

 

「おい待て、平民!」

 

 1人の男子生徒がボルトの背中に声を掛ける。

 

「……」

 

「今お前は『仕事中だから断る』と言った。 だったら『仕事が終われば受ける』という事だな!?」

 

 無言で振り向くボルトにその生徒は言葉を続ける。

 

「……」

 

「沈黙は同意と見なすぞ! おいメイド! 配るデザートはそれで全部か!?」

 

 突然話を振られ跳び上がる程驚いたシエスタ。

 しかし急いで両隣のテーブルを確認すると、配り終わってないのはここ中央の、2年生のテーブルのみのようだ。

 

「は、はい! このワゴンにある分だけですが……」

 

 色々あった所為か、まだ半分近くも残っている。

 だがそれを聞いて何人かの生徒がにやりと笑う。

 彼らはワゴンに歩み寄り、パイの乗ったトレイをそれぞれ手にする。

 

「デザートまだ無い奴は手を上げろぉーっ!」

「食いっぱぐれても文句言うなよー!」

「さっさと食って見物だぁーっ!」

 

 テーブルの周りを走る彼らを見て、大歓声が沸き起こる。

 

「……『貴族は魔法をもってしてその精神となす』……じゃなかったのか?」

 

 苦笑しながら呟くボルト。

 

「まぁ……こんな雰囲気は嫌いじゃないがな」

 

 どこの町にもあり、何度となく足を運んだ騒々しいが、賑やかで活気のある酒場を思い出しながらゆっくりと歩き、ギーシュの前に立つ。

 

 

 

 

 

「――いいだろう。 その『依頼』、受けよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までにない馬鹿騒ぎが起こっている食堂がある本塔には図書館も存在する。

 そこには生徒達の騒ぐ声も届かず、静まり返っていた。

 30メイルもの大きな本棚に囲まれた図書館の一区画、教師のみが閲覧が許される『フェニアのライブラリー』。

 コルベールの姿がそこにあった。

 

 昨夜から図書館に篭もって書物をしらべていたが、一般の閲覧可能な本では彼の求める答えは無かった。

 故に移動した『フェニアのライブラリー』で1冊の古書を手に、彼の目は驚愕で見開かれていた。

 

 手にしていた本は『始祖ブリミルの使い魔たち』。

 かつて始祖ブリミルが使用した使い魔達について記述された古書である。

 その中の一説と、彼の手にあるメモ――昨日ミス・ヴァリエールの使い魔であるボルトの左手に現れたルーンのスケッチ。

 

 

 

 ――その内容が完全に一致していた。

 

 

 

「……『ガンダールヴ』……」 

 

 

 

 思わず呟いた彼の言葉を耳にする者は居らず、そのまま埃を被った多くの古書の隙間へと吸い込まれていった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みになって頂いて分かると思いますが、次回が『決闘』となります。

今回も作成中に、ネタが降ってきたり、湧いてきたり……
気付けば『決闘』まで届かず、文章量が過去最長……

次回こそ!
今度こそ!

大体の流れは頭にあるんですが、それを文章にするのに時間がかかります。
また気長にお待ちください。



ここでお礼とお詫びを。

CITRINE様。
情報ありがとうございました。
新作『EAT-MAN THE MAIN DISH』、自分はまだ読んでません。
コミックで出るのを楽しみにしています。

そして。

ニヒル少年様。
以前ご感想にて『復活する』とお知らせいただいていた事に気付きませんでした!
正確には『EAT-MAN』の事だと分かりませんでした!
大変失礼しました……

もちろん、この小説を読んで頂いている皆様にもお礼と、月1更新になってしまっている事のお詫びを。

「ありがとうございます」そして「申し訳ございません」。
これからもよろしくお願いします。

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

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