ゼロの少女と食べる男   作:零牙

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今回は3週間。

今月中にもう1話投稿できるかなぁ……

※8/11誤字修正しました。




ACT-10 告白と考察

 

 

 広々とした教室に足音と物音だけが響く。

 

 ここはつい先程まで『土』の魔法の授業が行われていた教室。

 終了時間まではまだ時間が残っているのだが、何故か既に教師と生徒達の姿は無い。

 

 異常な点はそれだけでは無い。

 教室の一部分――正確には教壇付近が見るも無惨な有り様となっている。

 

 教卓は四方八方に散らばり、既に原型を留めていない。

 黒板は斜めに傾き、その板面は割れ目が生じている。

 付近の窓ガラスは割れ、少し離れた地点でも細かい罅が走っている。

 そして床や机等辺り一面煤で黒く汚れていた。

 

 

 

 そんな教室に今存在する人影は2つ。

 

 

 

 この惨状を引き起こした張本人、『ゼロのルイズ』。

 彼女の使い魔、『ボルト・クランク』。

 

 お互いに言葉を発する事無く視線を交わす事無く、黙々と片付けをしていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ACT-10 告白と考察

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――時間を少し遡る。

 

 

 

 事の起こりは『土』系統の魔法の講義中。

 ルイズがミセス・シュヴルーズに促され、石ころに『錬金』の魔法を唱えた。

 『錬金』の魔法をかけた石ころが爆発。

 

 間近に居たルイズとミセス・シュヴルーズは、爆風で背後の黒板に叩き付けられた。

 教卓は石ころと共に粉々になり、破片が飛び散る。

 屋外とは違い閉ざされた空間であった為に、教室の窓ガラスの一部が損壊もしくは損傷。

 

 そして驚いた使い魔達が暴れ出した。

 鳴く、吠える、駈ける、口から炎を吐く、窓ガラスを割り外へ飛び出す、他の使い魔を飲み込む等々……

 ――幸い、飲み込まれた使い魔は直ぐに吐き出されたが。

 

 そんな阿鼻叫喚の大混乱の中、倒れていたルイズが虚ろな表情でゆっくりと体を起こす。

 それを見た生徒達が一斉に大声を上げる。

 

「だからやめろと言ったんだ!」

「どうせ失敗するんだからな!」

「とばっちりはいつも俺達なんだぞ! 『ゼロ』のルイズ!」

「『成功の可能性ゼロ』!」

 

 

 

   ――「ちょっと失敗したみたいね」――

 

 

 

 いつもなら淡々とルイズがそう言った後に、

 

『どこがちょっとだ!』

 

 と生徒全員からの総ツッコミというのがいつもの流れなのだが、今日は違った。

 

 

 

「誰かミセス・シュヴルーズに『治癒(ヒーリング)』を!」

 

 

 

 予想だにしなかったルイズの言葉に呆気に取られる生徒達。

 しかし彼女の傍らの教師が未だ倒れたままである事に気付いた何人かの『水』系統の生徒が慌てて駆け寄る。

 

 

 

 ――『治癒(ヒーリング)』。

 『水』系統の代表的な魔法。

 傷や病を癒す力を持つ魔法である。

 この魔法単体でも効果は有るが、さらに強い効果を得るには『秘薬』が必要となる。

 

 幸いミセス・シュヴルーズは気を失っていただけだったので、生徒が唱えた『治癒(ヒーリング)』だけで目を覚ました。

 起き上がったミセス・シュヴルーズは教室の惨状を見て何が起ったのかを理解した。

 自身の体に違和感は無かったが大事を取って授業は中止する事にした。

 歓声に沸く生徒達を注意した後、事態を引き起こしたルイズには教室の片付けを命じた。

 

 ――ただし魔法の使用を禁止して。

 

 喜びの声を上げながら、もしくはルイズをからかいながら生徒達は次々と教室を出て行く。

 その間ルイズは何も言わず、ただじっと俯いたままその場に立っていた。

 

 そして教室には未だ立ったままのルイズと、未だ座ったままのボルトだけが残された。

 

 顔を上げず振り返りもせず、背を向けたままルイズが呟く。

 

 

 

「…………手伝って」

 

 

 

 

 

 ルイズは教室後方から机を1つ1つ拭いていく。

 その間ボルトは教壇近くに散乱した教卓の残骸を集めていく。

 

「……」

 

「……」

 

 教室には片付けの音だけが響く。

 だがルイズの心中は穏やかではない。

 

 ――自分が『ゼロ』だとボルトに知られてしまった。

 

 恐くて目を合わせる所か視線を向ける事すら出来ない。

 しかしこのまま何も伝えない事は『主』として、貴族としての矜持が許さない。

 

 最前列の机を拭き終わった時、ボルトは使い物にならなくなった黒板の処理に取り掛かっていた。

 そのまま机に両手を置き、しかし前方に顔は向けず伏せたままで意を決して口を開く。

 

 

 

「………………ねぇ」

 

「……」

 

 

 

 返事は無い。

 だが彼の事だ、返事は無くともこちらに耳を傾けているだろう。

 そう思い、言葉を続ける。

 

「――メイジには皆『二つ名』が有るの。 キュルケは『微熱』、さっきのミセス・シュヴルーズは『赤土』……それぞれの系統に関する言葉になるのが一般的よ」

 

 一呼吸の間を置く。

 

「……わたしは『ゼロ』……もう知ってると思うけど、『魔法成功の可能性がゼロ』だからよ……」

 

「……」

 

 ボルトは何も言わない。

 だが作業の音は止まっている。

 

「……生まれてからわたしの魔法は成功した事が無い。 必ずさっきみたいな『爆発』が起きるの」

 

 何回も、何十回も、何百回も、何千回も。

 そして恐らく万を超える回数も。

 

「でも、昨日初めて成功した。 ――『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』。 あんたを『召喚』して、『契約』した時の魔法よ」

 

 この『成功』は分岐点。

 これからはきっと何かが変わる筈。

 

 ――そう思った。

 

「だからきっと他の魔法も成功する。 『ゼロ』なんて呼ばれる事は無くなる。 ――そう思っていた」

 

 『錬金』の魔法を唱えた時。

 

 ――違う。

 

 何かを感じた。

 それが何かは分からない。

 それは『召喚』の時と何かが違った。

 それはいつも通りの――失敗する時の感覚だった。

 だからこそ僅かながら身構え、多少ながら衝撃に備えられた。

 

 右手に持ったままだった布を力の限り握り締める。

 

「――けどやっぱり駄目だった! 結局わたしは『ゼロ』のままだったっ!」

 

 悲鳴のような声が教室に響く。

 深呼吸の後、微かに震える言葉が最後に告げる。

 

「――『魔法が使えない魔法使い(メイジ)』。 それがあんたの『主』で『依頼人』よ……」

 

「……そうか」

 

 息を殺して、彼の次の言葉を待つ。

 

 ――もし『使い魔』を続ける事を断られたら。

 

 懇願すれば……

 それとも報酬を上乗せすれば……

 そんな考えが頭を過ぎる。

 

 ――緊張で早鐘のような鼓動が10回を越える。

 

 ――耐えられず息を吐き、再び息を殺す。

 

 

 

 ……返事が無い。

 

 それどころか作業を再開する音まで聞こえだした。

 

「待ちなさいよ!」

 

 覚悟を決めて彼の決断を待っていたルイズが抗議の声を上げる。

 

「あんた聞いてたの!?」

 

 中途半端に壁に掛かっていた黒板を外そうとしていたボルトの背中に向かって叫ぶ。

 

「……あぁ」

 

 作業の手を止め、口を開くボルト。

 

「だったら――!」

 

 

 

 

 

「――俺には関係無い」

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 思わず言葉が漏れる。

 背を向けていたボルトがゆっくりと振り返る。

 

「俺が請けた依頼は『使い魔になる』。 ただそれだけだ。 依頼人が誰であれ報酬を払えるならば関係無い。 平民だろうと王族だろうと……『魔法が使えない魔法使い(メイジ)』だろうとな」

 

 その言葉は嬉しい反面、彼女の心境は複雑だった。

 彼の言葉は、つまり報酬があれば誰であっても良いという事だ。

 

 ――それが彼女でなくとも。

 

 力無く項垂れる。

 とりあえず『契約』を破棄される最悪の事態は避けられたようだ。

 これからも彼は『使い魔』として居てくれる。

 何も問題は無い筈だ。

 

 

 

 しかしその心は晴れなかった。

 

 

 

 突然ルイズの視界にあった机の盤面に大きな手が置かれる。

 驚いて顔を上げると、いつの間にかボルトが目の前に立っていた。

 

「自分の才能を信じることだ」

 

 ――才能?

 ――この『ゼロ』と呼ぶしかない才能を?

 

 訝しがるルイズは、机に置かれたボルトの手に再び目を落とす。

 

 それは左手。

 グローブが外されたその甲には『使い魔のルーン』がある。

 

「――少なくとも、お前は『ゼロ』じゃない」

 

 それは他ならぬ自分自身の言葉。

 理由はともかく、彼は少なくとも自分を『主』として認めてくれたのだろう。

 

「……ぁ……ありがとう……」

 

 嬉しさと気恥かしさで赤く染まった顔を見られたくなくて、俯いたままでそう呟く。

 

 

 

 

 

「代わりの教卓や黒板はどこだ?」

 

 黒板がなかなか外れず一時諦めたボルトを伴って、ルイズは階段を下りる。

 教材機材を纏めてある部屋が1階に有る為だ。

 この後また荷物を持ってこの階段を上らなければならないと思うと、気分が滅入る。

 

「……聞きたい事がある」

 

 突然後ろから声が掛かる。

 

「……どうしたのよ、藪から棒に」

 

 ボルトから話し掛けるなんて珍しい。

 そう思いながら答える。

 

 

 

「お前の魔法は『失敗』してるから『爆発』するのか?」

 

 

 

 ルイズの足が止まる。

 振り向くその表情にはこれ以上無い程の苛立ちが浮かぶ。

 

「……何言ってるのよ、『爆発』なんていう唱えた魔法と違う結果だから『失敗』なんでしょ!?」

 

 通常の身長差に加え、位置的に下に居る彼女はほぼ真上を見上げながらも睨みつける。

 

「……成程」

 

 『サングラス』を軽く右手で持ち上げながら呟く。

 

「何なのよ、一体……」

 

「いや……」

 

 右手を顔の前に添えたまま話す。

 

「あの『爆発』……あれはあれで何かに利用できそうだと思ってな」

 

「……そうね、今ならあんたが訓練に付き合って(的になって)くれたらきっと狙い通りのモノを『爆発』させられると思うわ!」

 

 顔を引き攣らせながら答え、先程よりも大きな足音を立てて階段を下りていく。

 ボルトもやや足早に続く。

 

 そうして程無く目的の部屋に到着する。

 

「……確かここよ」

 

 そう言って扉を開くと、様々な物が整然としていた。

 中に入ると思ったよりも広めの部屋には手前に教材、奥には機材等が確認できる。

 

「えぇっと、教卓と黒板と……もしかして窓ガラスもなのかしら」

 

 教卓は恐らく2人掛かりで何とか、黒板に至っては単純に人手が足りない。

 窓ガラスはそもそも何枚必要なのか把握すらしていなかった。

 

「はぁ……これって何往復しなくちゃいけないのよ……」

 

 予想以上の重労働の予感に肩を落とすルイズ。

 そんな彼女に再び声が掛かる。

 

「……もう1つ聞きたいんだが」

 

「……今度は何よ……」

 

 あからさまに嫌そうな顔で振り向くルイズ。

 ボルトは入口に立ったままだった。

 

 その表情は『サングラス』に加え、逆光で判別できない。

 

「お前と同じ系統で、同じように『爆発』を起こす奴はいるのか?」

 

 問われたルイズの表情に先程と同じ――若しくはそれ以上の苛立ちが浮かぶ。

 

「……さっきも言ったと思うけど……今まで成功した事が無かったから系統なんて分からないのよ! 本来なら得意な魔法や『召喚』された使い魔で自分の系統ははっきりするんだけど……」

 

 そう言って顔を伏せ、大きく息を吸い肺を空気で満たす。

 

「――あんたみたいな平民が『召喚』されて分からないままなのよ! あんた『何系統』の使い魔なの!? 『火の秘薬』とか『水の匂い』とか訳分かんない!」

 

 そう声の限りに叫ぶ。

 肝心のボルトは「そうか」と言って何事も無かったかのように部屋へ足を踏み入れる。

 

 そしてルイズと擦れ違う時、彼女の耳にボルトの呟きが聞こえた。

 

 

 

 

 

   ――『マイナス』だな――

 

 

 

 

 

 ――今

 

 ――こいつは

 

 ――何て言った?

 

 

 

 無表情でゆっくり振り向くと、ルイズに背を向けたまま部屋を見回していた。

 

「……『マイナス』……? それはわたしは『ゼロ』以下だって事……?」

 

 

 

 ――認めてくれたと思った。

 

 ――他の生徒達なんかとは違うと思った。

 

 ――それなのに……

 

 

 

 突然立っていたボルトのバランスが崩れる。

 

 原因は背後からの膝裏への惚れ惚れするような見事な蹴り。

 さらに素早く2、3歩後退し、稼いだ距離を助走に費やした上での渾身の飛び蹴りを放つ。

 

 朝とは違い、バランスの崩れた状態ではボルトも耐えきれず床にうつ伏せに倒れてしまった。

 

 加害者であるルイズはしばらく肩を上下させる程息を切らしていた。

 そして倒れたままのボルトを涙の滲んだ目で睨みながら、朝の大声を上回る声量で怒鳴る。

 

 

 

「――何が『マイナス』よ、この馬鹿使い魔ぁあああ~~~っ!」

 

 

 

 踵を返した後あっと言う間に走り去ってしまい、部屋にはボルトだけが残された。

 

 

 

「やれやれ……」

 

 そう零した後ゆっくりと立ち上がり、服に付いた埃を払う。

 開いたままの扉を振り返る。

 

「何を勘違いしているのやら……」

 

 『サングラス』の位置を直しながら苦笑する。

 どうやら何気なく呟いた言葉を誤解したようだ。

 

 

 

「――『(5つの系統)(マイナス)(四大系統)』だと思ったんだがな」

 

 

 

 『爆発』というのはどうやらルイズのみの現象のようだ。

 それは他の生徒達――『火』『水』『土』『風』の系統魔法には生じないらしい。

 そして『爆発』は『成功』では無い故に『失敗』とされている。

 

 ――『爆発』という未知の現象。

 例えば既知の現象でもそれを知る者が存在しなくなれば、それは未知となる。

 

 先程聞いていた授業の内容を思い出す。

 今では知る者が存在しない――失われた系統魔法。

 『5-4』の単純な計算問題で導かれる『(答え)

 

 

 

 

 

   ――『虚無』――

 

 

 

 

 

 もちろんこれは只の推測に過ぎない。

 『この世界』、『こちらの魔法』についてはド素人が出した答えだ。

 しかし、ド素人だからこそ『(マイナス)』によって『虚無(残る1)』に思い至ったのだ。

 

 そしてボルトには心当たりが有った。

 

 それは召喚される直前。

 『ゲート』が出現した場所は完全な“無”の世界。

 そんな事が出来る人物が『ゼロ』な筈が無い。

 

「大した才能だ」

 

 そう言って再び部屋を見回す。

 教卓・黒板・窓ガラス多数。

 目的の物は全て見つかった。

 

「さて……」

 

 そう言った口が笑みを形作る。

 

「仕事を始めるとするか」

 

 それは菓子を与えられた子供のようにも。

 獲物を仕留めた獣のようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下に響く足音。

 本来そういった行為を注意すべき教師が廊下を息を切らして走っている。

 

 その人物はミセス・シュヴルーズ。

 

 授業を中止した後に、コルベールと話す機会が有った。

 ルイズの事を話すと彼はとても残念がっていた。

 詳しく話を聞いて彼女は驚愕した。

 

 ――ルイズは魔法が使えない。

 

 正確には昨日行った『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』以外は成功例が存在しないという。

 シュヴルーズは慌てて先程の教室へ向かう。

 

 彼女は確かにルイズに魔法の使用を禁止した。

 だが流石に魔法無しで全ての片付けが完了できるとは思っていない。

 魔法を使っても別に咎めるつもりはなかった。

 ただ、魔法のみでの片付けをさせない為に言った言葉だった。

 

 魔法が使えないのなら、例え彼女の使い魔と共に片付けても手に余るだろう。

 

 急いで教室に辿り着き、慌ただしく扉を開く。

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ…………あら?」

 

 

 

 その教室は誰も居らず、教卓も有り、黒板も綺麗で、窓も全てガラスが入っている。

 

「……間違えたかしら……」

 

 そんな筈は無い。

 数時間前の出来事だ。

 

 改めて教室の中に入ってみる。

 

 よく見ると、教卓・黒板は新品だ。

 となると、目に付く窓ガラスも新しい物なのだろう。

 

 ――しかしどうやって?

 

 魔法が使えない少女と使い魔である大柄な男性。

 教卓を持ってきて、黒板を取り換え、窓ガラスを付け替える。

 例え人数が倍でも自分が来る前に終わらせるのは不可能だろう。

 

 不思議に思いながら教壇に立つ。

 

 授業での爆発の名残は、壁や床に僅かに残った煤だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




夏休みも中盤。
そろそろ折り返しですね!
今年は晴れの日が少なくて海や旅行は大変そうですね。

……まぁ自分には殆ど関係ないんですが。

とりあえず、台風が逸れて良かったです。

今回の『考察』部分は、やや強引かつ穴だらけだったかも知れません。
その辺はご都合主義って事でご勘弁を……

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

※8/11誤字修正しました。

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