東方百鬼夜行録   作:Iresa

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第七話

「よっと……こんなもんか」

 

 抱えた分厚い本を地面に置いて周囲を見渡しながら、霧雨魔理沙は満足そうに頷く。

 魔理沙は自宅の中を整理している最中であった。

 数日前に香霖堂で大量に処分したのだが、まだ物にあふれているあまりの惨状に珍しく掃除でもするかと思い立った次第である。

 既に大工には家の修繕を依頼しており、数日後には作業が開始する予定であった。

 目の前には、うず叩く積まれた本の山。

 小さな図書館くらいなら開ける量は軽くある。これは全て魔理沙の所蔵している本だ。

 魔理沙は、手始めに本の虫干しから始めることにしたのだった。

 空は、雲ひとつ無い快晴。干すには最適の天候だ。

 魔理沙は、家の前に大きな布を広げるとその上に開いた本を一冊ずつ丁寧に並べ始める。

 それらは全て読み終わった物とは言え、魔法使いの魔理沙にとっては重要な財産。

 虫食いなんてされては、たまったものではない。

 と言うのは魔理沙自身、分かっていながらも面倒くさくてやっていなかったのだが丁度良い機会だったと言うわけだ。

 

「でも、これだけあると流石に骨が折れるな……」

 

 並べながら独り言を呟く。

 魔法使いとしてはまだ新米なほうであろう魔理沙だが、本はそれなりに所有していた。

 ジャンルは多種多様。魔導書がメインだが薬学書、料理本、画集、そこら辺に落ちていた外の世界の雑誌等など。

 もちろん、そんな無節操に集めていれば家の本棚になんて収まりきるはずもなく、家中のあちこちに積んである状態だった。

 やる気になっておいて何だがこれは一人だと辛いものがある。

 だが、手伝いを頼める相手が居るわけでもない。

 自慢じゃないが魔理沙の交友関係は狭いほうだ。

 今のところ頼めそうなのは霊夢に霖之助。ついでにその居候くらいだろうか。

 だが、今更頼みに行くのも面倒だし特に前者の二人からは見返りを求められるのは目に見えているので選択肢からは外していた。

 

「それにしても思いの外、金がかかったな。まあ、家の修繕だし仕方ないか……」

 

 大量に売り払ったので結構な金額を所持していたのつもりだったのだが、家の修繕費を2軒分も出したため既に財布はスッカラカン。

 少しくらい余るかなと淡い期待もあったのだが、大工に交渉と言う名の脅しを使い霊夢と2人で値切りに値切ってようやくギリギリ収まったので余りはない。

 

「……そうだ永久的に虫が来なくなる防虫の薬を作れば手間が省けるかもしれないな」

 

 色んな意味で少し悲しくなりながら、ついでに次の研究テーマも決まったところで丁度広げた布が本で埋め尽くされた。

 後ろを見れば、そこには順番待ちの本がまだ山のようにある。

 魔理沙は見通しが甘かったことを後悔しながら、ため息を吐く。

 それから同じ作業の繰り返しで凝り固まった体を解そうと柔軟体操をしながら、魔理沙はふと気がついたことがあった。

 

「そう言えば、なんだか妙に森が静かだなぁ」

 

 魔法の森の住人だからこそ、気がつくような違和感。

 森の様子が、いつもと違うのだ。

 魔法の森は滅多に誰も近づかないので、幻想郷でも割りと静かな方だ。

 だが、よくよく思い返してみれば今日に限っては動物の鳴き声すら聞こえてこない。

 何かあったのだろうか。

 森に住んでいる魔理沙としては、妙なことに巻き込まれるのは面倒なので勘弁して欲しいところだった。

 そんなことを魔理沙が考えていると、不意に雑木林から何かが出てきたことに気がつく。

 小さなそれはふよふよと飛びながら周囲を見渡して魔理沙を見とめると近づいてきた。

 

「って、何だ小妖精か。どうしたんだ?」

 

 それは紛れもなく、最近仲良くなった小妖精だった。

 小妖精は見た目はどの個体も大体同じなのだが、人を全く警戒していないのはこの小妖精くらいなので直ぐに分かる。

 と、近づいてきた小妖精を見て魔理沙は驚いた。

 

「おい、どうしたんだ。何だか、ボロボロじゃないか」

 

 小妖精は、服は破け体中が傷だらけというひどい有様だった。

 魔理沙が慌てて抱きかかえると安堵したのか大きく息を吐く。

 その体は小刻みに震えていた。

 ここまで怯えている妖精を見たのは、魔理沙は初めてだった。

 まるで何かから必死に逃げてきたかのように見て取れる。

 妖精はイタズラ好きなので、よく悪さをして追いかけられていたりすることも多々あるのだが、そんな様子ではない。

 どちらかと言えば小妖精から感じ取れる感情は、恐怖。

 魔理沙自身、異変などで妖精を倒したことは数えきれないほどある。

 だがそう言う時の妖精は、どちらかと言えば気が立っているかお祭り騒ぎを楽しんでいるかで魔理沙を恐れている風ではなかった。むしろ自分たちから向かってくるくらいだ。

 死んでもすぐ復活するため、死に無頓着。それが妖精というものだ。幻想郷の常識である。

 そんな存在が、こんなに怯えるような状況は普通じゃない。

 妖精が、これ程まで恐怖を感じ取ってしまうような存在がいるということか。

 

「もしかして、森が静かなのはそれが原因なのか……?」

 

 魔理沙がついさっき感じた不自然。

 もしそれが、小妖精の状態と繋がっているとしたら。

 その時、ふと何処からか視線を感じた気がして顔を上げる。

 

「何だあれ……壺か?」

 

 小妖精が出てきた辺りに、いつの間にか大きな壺が置いてあった。

 ほんの少し前までそんなものはなかったはずだ。

 怪しい。

 魔理沙がそう思って注意深く観察していると、腕の中の小妖精の様子がおかしいことに気がつく。

 見れば、小妖精は壺を見ながらひどく怯えているではないか。

 

「これは、あれだな。どう考えてもあれが元凶ってことだな」

 

 流石の魔理沙も小妖精の様子を見ればわかる。

 姿は、ただの壺にしか見えない。

 別段、何か悪い気配を感じるわけでもない。

 だが、危険と思われる存在は早々に排除するに限るのだ。

 特に、この幻想郷においては。

 

「よーし、小妖精は離れて見てな。怖いのは私がどうにかしてやるから」

 

 魔理沙は小妖精の頭を撫でると、玄関脇にそっと下ろす。

 それからスカートのポケットを弄り取り出したのは八角形の箱だった。

 箱の名は、ミニ八卦炉。

 魔理沙が持つ、最強無敵のマジックアイテム。

 不敵な笑みを浮かべたまま魔理沙は、ミニ八卦炉を右手に持つと壺に向けて構えた。

 

「行くぜ! 恋符! マスタースパーク!」

 

 その叫びと共に空気が揺れ、まばゆい閃光が奔った。

 それを言葉で表すならば、光の濁流。

 ミニ八卦炉を起点として絶えることなく放たれる極大の光の束は、全てを蹂躙し破壊する。

 これこそ、現在作成中の魔理沙とっておきの必殺のスペルカード「マスタースパーク」。

 完成まではあと少しなのだが、調整に少し手間取っているのが現状だった。

 

「うぐぐ……これは腕がきつい。今度は火力に重点を置きすぎたなこりゃ。パワーを少し落として制御系に調整を入れるか」

 

 たかが壺相手にスペルカードを使うのはどうかと思われるかもしれないが、これだけの力で破壊してやれば小妖精の恐怖も消えるはず。

 一応、魔理沙もそこまで考えての行動だった。

 そして、ようやく光が収まり魔理沙は構えていた手を下ろす。

 跡形もないはずだ。あの破壊の力をを見れば十中八九誰もがそう思うだろう。

 

「おいおい……どういうことだよ」

 

 ――そのはずだった。

 砂埃が晴れた先にあったものを目にして魔理沙は息を呑む。

 そこには壺が先ほどまでの状態で鎮座していたのだ。

 それどころか、壺の周囲も何も様子が変わっていない。

 防がれていたようには思えない。

 あまりに光が大きすぎて視界はかなり悪いので目視での確認が出来ないのだが、押し返されているような感覚はなかったはずだ。

 では、光の濁流は何処に消えたのか。

 気持ち良いほど、これでもかというくらいぶっ放したはずなのに。

 

「まさか」

 

 魔理沙の頭を過った一つの可能性。

 それが出来るのだとしたら、簡単に説明がつくのだ。

 もし、あの壺にそこまでの力があるとしたら脅威にも程がある。

 特に魔理沙にとってみればこれほど相性が悪い相手はいないだろう。

 恐る恐る壺を見れば、何故か光っている。

 壺の口のところに、何処かで見たことがあるような光が収束しているような気がする。

 魔理沙は汗が止まらなくなっている自分に気がついた。

 もう止められない。

 そう理解すると同時に魔理沙は壺に背を向けると、とっさに小妖精を抱き上げて走りだす。

 そして恨みがましく後ろに向かって叫んだ。

 

「吸収とか反則だぁあああああああ!」

 

 それを合図と言わんばかりに、壺から無慈悲な光が放たれた。

 

 

 


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