アマラントDuo   作:伊葉 翔

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プロローグ

 その世界は地獄だった。

 目の前は地面と瓦礫の山。

 今が夕方に思えるほど燃え盛る炎が描く赤い空に、大きな音と共に焼け落ちる様々な家屋達に、むせ返るほど充満した漆黒の煙。

「う、う……」

 あたしはまさにその地獄にいた。

 助けを求め必死に声を出そうとするも、体全体が瓦礫に押しつぶされてまるで声にならない。

 いや、助けを求めても無駄だとほぼ諦めていた。瓦礫の山から辛うじて顔だけ出して外の様子を伺った結果が、この人一人いない破壊されつくした暁色の世界だったのだから。

「お母……さん……カナ、デ……」

 母親と妹の名前を呻き声混じりに呼び続けるが、応答がない。

 母親と思われた感触はもはや何もなく、唯一妹と思わしき手には力がなく、急速に温もりが失われていく。

「あ……れ?」

 何とか動いた首を動かして横を見ると、そこに生きている人が一人だけいた。

 全身ボロボロの女の人だった。

 所々解れたり切れたツインテールの髪型。右手には折れた洋剣(サーベル)を力なくぶら下げ、全身傷だらけで学校の制服らしき服にも血の痕がたくさんついていた。

 その人はその場で放心したように空を見あげ、何かを呟きながら頬から涙をこぼしていた。

 

 解らない。

 何でこの人はこれだけの状況で生きているのか。

 何で泣いているのか。

 何でそんなに傷だらけなのか。

 

 満身創痍の姿で折れた洋剣(サーベル)を持っているという事はここで戦っていた、つまりこの災害の関係者だということぐらいは分かる。

 でも何の為に戦っていたの?

 この災害を起こすために戦っていた? それともそれとも止めるために戦っていた? 

 泣いているのならおそらく止めに来たのだろうと予想はできるが、この災害を知っていたのならどうしてあたし達に逃げるように伝えてくれなかったのか。

 この災害を見て助けに来たのならなぜ今のあたし達を助けてくれないのか。

 

 だからあたしはこの人が何者であろうが許せなかった。

 家族と平和な日々を奪ったこの人を今すぐ殺してやりたかった。

 でも体すら動かせず、言葉すら出せない。

 せめて道連れにでもできればと、埋もれた体に鞭を打って体をねじり、必死に脱出しようとするも無駄だった。

 悔しかった。

 視界が滲む。喉がカラカラになり、元より落ち着かない呼吸が更に悪化する。

 私はなんでこんな所で何もできずに埋まっているのだろうと。

 そんな絶望の底で、もし生き残れたらこの人へ絶対に復讐をしてやろうと、薄れゆく意識の中あたしはそう心に誓った。

 

 

 

「しっかしまぁ、こんだけ堂々と配線変えてくれちゃって……すぐに直さないと怪我だけじゃ済まないわよ?」

 あの日から二年近い月日が流れ、あたしは今変電所で一悶着している。

「あー? てめえら誰に許可とってあたいらの変電所に入ってきた?」

 なぜかと言えば、あたし達の区域(セクト)ファルコンの電気供給量が近頃急に減ったので、その調査と解決の仕事を受けて今ここにいるという訳だ。

 仕事と言うよりは任務みたいなもので、近隣住民からの苦情を統括が聞いて、必要とあれば学校などで日々訓練をしているあたし達戦闘員がこうして駆り出される、といった流れだ。

「『あたいら』の変電所?」

「そうだ。あたいらの変電所だ。文句あんのかコラァ!」

 おおっと、ここはファルコンの区域(セクト)なのに随分と我が物顔で占領してくれちゃってますね。この人たちは。

「大ありね」

「ええ、大問題どころか区域(セクト)問題に発展するんじゃないかしら。今すぐ配線を元に戻すか逃げるかしないと、すぐに指名手配されて四六時中区域の戦闘員に追われる事になるわよ?」

 と、学校の制服の上からでもあんまり出てない胸を張ってこれからお説教をかまそうと思ったら、あたしの隣で淡々と述べる、長い銀髪に青目で白を基調としたワンピースとブラウス姿な相棒のサフィ。

「そんなこたぁどうだって良いんだよ!」

 サフィの言葉が正論だったのか、怒りにまかせて得物を構えてくれちゃいましたか。この浮浪者なんだかストリートウォーカーさんなんだか分からない人達は。

 相手が得物を出してきたのならしかないと、あたしは右手を握りしめて手首を強く振って腕輪に武器化の命令を送る。

 すぐに腕輪はあたしの命令に応答して光を放ち、みるみる形を変えてあたしの右手には斧槍(ハルバード)の柄が握られていた。

「これでもやる気?」

「その武器……てめえ、もしかして区域(セクト)の正規戦闘員か!」

 今あたしが出した武器は、分かり易く言うと魔法道具に近い存在らしい。

 少し腕輪に意識を集中させて自分の決めた武器をイメージするだけで、本物の武器へ切り替わる便利な代物で、あたし達はこれを装具と呼んでいる。

 かれこれ三年ぐらい前から魔法の存在が解明され、その時と同時に開発された代物らしい。

 今ではあたし達の住む区域(セクト)ファルコンでは、適正のある正規戦闘員に配られている程に普及している程度の代物である。

「ご名答♪ で、どうすんの? 『あたし達』の変電所にあれこれしてくれた配線は元に戻して貰えるんでしょうね?」

「だっ、だれがするか! お前たち!」

 あ、今一瞬後ずさったの見えちゃった。でも、ビビってもやるのね。

「それじゃあ、ケガだけじゃ済みたくない人はかかってきなさい!」

 相手のリーダーらしき奴のビビりっぷりをサフィも理解したらしく、装具を武器化しない代わりにため息をつく。

「この様子じゃ、私が手を貸すまでも無さそうね」

「そうね、あたしが怪我したら治療でもよろしくね。サフィ」

「はいはい、自分の振り回した武器で怪我しないようにね」

「うん、努力はする!」

「ふざけやがって!」

 サフィとノリツッコミをしてる間に、お客様が二名ほどやってきたようだ。

 あたしはそのお二人さんへあいさつ代わりに得物を振り回して薙ぎ払う。

「ぐあっ!」

「がっ!」

 少しだけ対応が遅れたけど、相手さんが予想以上に遅かった上に力も技量もほとんど無く、簡単に壁へ叩きつけてしまうほど吹き飛ばしてしまったようだ。

 壁に叩きつけられて地面でしばらくもがいた下っ端二名は、立ち上がってからもふらふらしながらビビっているリーダーらしき人へ泣きついて行ってしまう。

「おかしら! こいつ強いです!」

「おかしら! 助けて!」

 そして近くにいた下っ端数名も得物だけ構えたまま、あたしとおかしらに泣きつく二人のやり取りを交互に見ているだけ。こりゃ完全に戦意喪失しちゃったかなぁ。

 そんな何とも言えない間抜けな空気だったが、不意に誰かが勢いよく扉を開ける音で空気に緊張を走らせる。

「おかしら! 刺し貫く者(スティンガー)叩き伏せる者(バスター)が!」

 扉を開けてやってきた下っ端その三らしき人があわてて駆け寄り、あの日から忘れた事のない二つ名を口に出す。

「げぇ! あの特別指名手配者のあいつらかい!」

 えっ? まさかこんな所でその二つ名が聞けるなんて……。

「へい! こいつは逃げないとやばいですぜ!」

 相手が嘘をついてあたしの隙を狙っているのかと一瞬疑って、相手さん達の視線やしぐさを確認してみる。

「ちぃ! だったら仕方ない。命は惜しいし、ずらかるよあんたたち!」

「へい!」

 しかしどうにもそれらしい合図や視線の移動が見られず、ここまで緊迫感のある声をいきなりだせる奴らは早々いない。つまりあいつらの言ってる事は嘘でも罠でない確率が高い。

 やっと来たのね。もうあの日誓った時から二年以上待っていたのよ、あたしは。

 これで二つあるあたしの目的の内の一つが叶うと思うだけでも心が躍り、はやし立てる気持ちが抑えきれない。最初に会ったらあいつになんて言ってやろうかしら、などと気分はもはや恋する乙女である。

「待ちなさい!」

 あたしの大声で、逃げようとした連中が何事かと一瞬静まり返り視線が全員こちらへ移す。

「そいつらは今どこにいるの?」

「まさか……あんた、あいつらとやり合おうって言うのかい?」

「当然よ、区域(セクト)ファルコンの特別指名手配者をあたし達戦闘員が捕まえないで誰が捕まえるのよ?」

「そうかい、じゃあこっちの扉を抜けてすぐ次の部屋だ。あたいは逃げるよ、じゃあな!」

「よし、行くわよサフィ!」

「待ちなさい」

 待てと言われて待つもんですか。今すぐ無視してダッシュ! しようとしたらガクンと後頭部が引っ張られた。

「痛ぁ! 何すんのよ!」

「罠の可能性があるわ」

 振り向くとサフィがあたしのポニーテールのしっぽを思いっきり握りしめていた。

「なんでそんなこと考える必要があるのよ!?」

 サフィの腕を掴んで振りほどこうとするも、まるで石像のように固く動かない。

「必要よ。いつもそれで必要以上にケガしてるじゃない、ハルカは」

 どうやら魔力で筋力強化して掴んでいるようで、説得するしか道はなさそうだ。情けないことにあたしはいままで本気を出したサフィに勝てたことが無い。

「良いから離してよ!」

「良くないから離さないわ。そもそも私達の目的は何?」

「変電所の異常を調査して、可能なら元に戻すって事ぐらい知ってるってば!」

 ぐぎぎと、歯ぎしりをしながらあたしも魔力を筋力につぎ込んで抵抗するもやはり解けるどころかまるで動かない。

「正解。だから私達がやる仕事は罠が無いことを確認しながら配線を戻して終了よ」

「あいつらが本当に着てたらどうすんのよ!?」

「来てから考えるわ。ほら、行くわよ」

 って掴んだまま動くんですか!? あたしは犬かっ!

「痛っ! 痛いってば! 言う事聞くから離してって……」

 サフィに髪を引っ張られながら動こうとした瞬間、先ほど突然開けられた扉がもう一度開いた。

 

「これで最後か?」

 一人は後ろで乱雑のまま黒い髪を後ろで結んだ長身で、ジャケットにズボン姿の女性。

「そうみたい。まさかあんたが変電所のシステムをいじれるなんて初耳だったわ」

 もう一人はその女性よりも頭半分程度低い身長のジャケットを羽織ったスカート姿で、肩まであるツインテールの髪が印象的な茶髪の女性。

「これも旅をしていた時の知恵さ。こういう時に役に立つから案外捨てたものではないだろう?」

 ああ、間違いない。あの時見た姿……そして手配書通りの顔と姿、すべてが一致していた。サフィも流石にあたしの髪を離してくれたので、落ち着いて大きく深呼吸して大声で呼んでやろう。

刺し貫く者(スティンガー)! いいえ、ミオ! この時を待ってたわ。あの日からずっと……ずっとね!」

 あたしが呼びかけるまでチラリとこちらを見て素通りしようとしたが、そうはいかないとばかりの大声で呼んでやった。

「あんたは誰?」

 不思議そうにこちらを見るミオ。そりゃあこっちの事なんて知る由もない、か。

「そりゃあ分かる訳ないわよね。あんたにとってはあたしなんて道端の石ころ同然だろうし」

「どう言う事? 確かにボッコボコにしてやった連中は数えきれないけど、いつどこで私にボコられた奴なの?」

 また面倒な雑魚に絡まれた。いかにもそう言いたそうにため息を着くミオ。

「だったらはっきり言ってやるわ。二年前にあんたが起こした終末……そこで大事なものを全部奪われた人間よ!」

 明らかに馬鹿にしたしたような表情をしていたミオの表情が、あたしの一言で一変する。

「……そう、あんたがそのハルカなのね?」

 目を細めて表情を暗くし、悔いるようにあたしの方を見つめてくる。

「なんであたしの名前を知ってるのよ」

 話したこともないのにあたしの名前を知っているということは、おおよそこちらの事情を知っているのかもしれない。表情を暗くしたのもそう言う事なのだろう。

「理由を話してもあんたは納得しないだろうし、やることも変わらないと思うけど。それでも知りたい?」

 確かに納得してしまった。むしろそこまであたしの考えを読まれるなんて、一体どこまであたしの情報を知っているのかが気になるところではある。

「そうね、気になるけど確かにあたしのやることは変わらないわ」

 それでもあたしのやることは変わらないので、頷きながらも斧槍(ハルバード)を上段へ構えてミオを睨み付ける。

「それならいつでも来なさい」

 と、両手を広げて誘ってくるもミオは納刀したままで完全に無防備な状態だ。

「武器を構えなくても良いの?」

 念のため確認をさせるも、ミオは首を縦にしか振らなかった。

「大丈夫よ、むしろあんたにとってはチャンスでしょ?」

 どうやら良いらしい。あまり卑怯な手を使って殺したくはないが相手が良いと言っている以上はこれ以上のチャンスはない。

「それじゃあお言葉に甘えて……死ね!」

 一気に踏み込んで全体重を乗せた突きを食らわせる。そう考えて突っ込んだあたしが愚かだったことをこの直後に知る。

 あたし攻撃がミオの心臓を貫こうとした瞬間、相手は右手から新たな洋剣(サーベル)を出現させて斧槍(ハルバード)を受け、そのまま地面へ叩き落とされる。

「なっ……装具!?」

 完全に油断していた。装具持ちなんて情報一切なかったってば!

 納刀してるからこそあたしは油断した。しかも油断しきって完全に相手の間合いまで踏み込んだ突きをしたのが、さらに状況を悪化させることになった。

 斧槍は弾かれた瞬間に踏みつけられて固定され、瞬時に間合いを詰められる。

 あたしは踏みつけられた斧槍からすぐに手を離すも、風を切る音と共に右肩に鋭い痛みがやってくる。

「くっ!」

 今のダメージで右腕がどこまで使えるのか分からなかったので、とっさに回し蹴りを繰り出すが、あたしの蹴りは空を切ったかと思うと次に視界に入ってきたのはミオではなく天井だった。

 自分が倒れていると理解してすぐに起き上がると、そこには悠々と武器化した装具を構えるミオの姿があった。

 あの一瞬の間にミオの奴はあたしの右肩へ洋剣(サーベル)を突き刺し、すぐにあたしが蹴りを出してきたことを確認して足払いをしてきたと、ここでようやく整理する。

 これは予想以上の強さだ。正直今のあたしじゃ正攻法で勝てる気がしない。

「しばらく腕は挙がらないわよ。それでも続けるの?」

 右肩の様子は致命傷には思えないほど小さな刺し傷だった。

 そこからえぐられたわけでも切り裂かれたわけでもなく、ただ右肩の端の方を刺されただけ。

 それなのに右腕を挙げようとするだけで激痛が走る上に、その辺の石ころすら持ち上げられないほど力が入らない。

「諦める……もんですか!」

 まだ生きている左手で石と砂を掴み、ミオの顔に投げつける。

 ミオがとっさに腕で顔を隠した隙に、その場を一気に駆け抜けて左手で斧槍を拾いなおし、走った勢いそのままに交差した瞬間に斧槍を全力で振り回す。

「でぇい!」

 勝てない相手だと理解していた。

 師匠や学校でもそんな相手からは迷わず逃げろとも言われていた。

 だけどこいつだけは絶対に殺したい。

 死んでも良いからせめて一太刀でも浴びせたい。

 そんな願いを込めて振り回した攻撃も簡単に柄を掴まれ、逆にあたしが振り回されて地面へ叩きつけられる。

「ぐあっ!」

 再び天井を仰ぐあたしにミオはなぜか止めを刺してこない。

 理由は分からないが、あたしにとってはまだ残されたチャンスであることには間違いない。

「このっ!」

 すぐに起き上がり、考える間もなしに左手でミオを殴りつけるも掌で簡単に受け止められてしまう。

「このっ! このっ! 当たんなさいよ!」

 痛む右腕のおかげでバランスを崩し、フラフラの状態で殴っても通用なんてしないことは分かりきっていた。

 すべて掌で拳を受け止められ、ダメ押しの体当たりを試みるも綺麗にかわされれて、ミオに軽く背中を押された程度でも体勢を戻せず、あたしの視界にやってくる光景はまたしても天井だった。

 倒れた所へミオがあたしの顔を覗き込んでくる。

 今度こそ止めを刺しに来たのだろうが、それでもまだ足は動かせる。

 このまま足払いを仕掛けて転んだら首を絞めてやる!

 寝返りを打つ勢いで足を振り回すと、何かを蹴った感触が伝わってきた。

 何を蹴ったのかは分からなかったが、これが最後のチャンスだと思い立ち上がろうとした瞬間視界が強烈にブレた。

 ブレた視界の焦点が合う前にやってきた感覚が左肩への鋭い痛み。

 ようやく視界がまともになると天井の背景にミオの姿が映る。

 どうやらあたしは顔を蹴られた後、倒れた所へ納刀していた洋剣を左肩に突き刺されて磔にされた所へ、ミオが覆いかぶさってきたようだ。

 ここから反撃を試みるには磔の状態から何とかして脱出する必要がある。

 まずは左肩に刺さった洋剣(サーベル)を何とか引き抜こうと、ほとんど動かない右腕を指の力だけでも何とか手繰り寄せようとするも、ミオがあたしの手首を掴んでそれを阻止する。

「何が……したいのよ、あんたは! 殺すならさっさと殺しなさいよ!」

 あたしが本気で殺す気で行っているのに、なぜここまで手心を加えてくるのか。

「一つだけ聞くわ」

 そんなあたしの疑問に答えるかのように、ここで初めてミオが戦闘中に口を開く。

「ここまで追い込んでおいていまさら何よ?」

「あんたは、私を殺した後どうするつもり?」

「そんな事考えてもいなかったわ。あんたさえ殺せたら他に何もいらない訳だしね」

 ここでまたミオがどこか悲しそうな顔をしてあたしを見つめてくる。

「……つまり何もないのね?」

 なぜあたしをそんな顔で見つめてくるのだろうか。あんたにとってはボッコボコにしてきた雑魚の一人と大して変わらないでしょうに。

「そうね、そのまま満足してあんたの後を追って死んでやっても良いぐらいだわ」

 本当はもう一つの目的を果たすまで死にたいとは思わないけど、そう言ってやっても良いぐらい満足していた。何せ二年以上待ち望んでいたあたしの標的に会えたのだから。

「そう……」

 あたしの返答にミオは今にも泣きだしそうなほど顔を歪め、あたしの左肩に突き刺していた洋剣を引き抜き、血を振り払ってから納刀する。

「それなら、そのまま私を恨み続けながら生きなさい」

 もうこれ以上相手をするつもりはないと、さっき蹴り飛ばしたらしき装具の洋剣を拾って腕輪に戻してあたしへ背を向ける。

「何のつもりよ? なんであたしを殺さないのよ!」

 あたしの問いにミオは背を向けたまま天井を仰ぐ。

「いずれ分かる時が来るわ。すべてが終わってから……それでも私が許せなかったら、今度は本気で戦ってあげるわ」

 そして叩き伏せる者(バスター)ことリアへ頷くと彼女がこちらへやってくる。

「配線の方は私達が直しておいた。信じられないと思うなら、もう一度二人で確認してみると良い」

 そう言い残してリアの方もあたし達へ背を向けて去っていく。

「待ちなさいよ! 配線を直したりあたしを殺さなかったり、なんで特別指名手配者がそんな事やってんのよ!?」

 指名手配者は基本的に凶悪犯だ。特に区域(セクト)内で強盗や殺人を繰り返した者が対象となり、それがそれが更に集団化、あるいは狂暴化した場合は特別指名手配となる。

 そもそも指名手配というシステムが自体が、治安が安定してきている区域(セクト)ファルコンだからこそできるシステムなのだが、なぜ特別指名手配者になってるというのに二年以上も捕まらずに、ここで人助けのようなことをやっているのかが分からない。

 あたしの問いかけにミオは背を向けたまま少しだけ立ち止まる。

「あんたが私を追い続けるならいずれ分かるわ。アヤカさんによろしく伝えておいてね」

 そして挙げた左手を軽く振り、あたし達へ別れの挨拶をしていった。

「えっ? アヤカさんって……」

 あたしが知っているアヤカという人物は一人しかない。

 区域(セクト)ファルコンの統括者。つまり一番偉い人であり、今あたしとサフィが戦闘員として所属している組織アテイスタの指揮者でもある。

 なぜミオはあたし名前とアヤカさんの事を知っていたのだろう?

 両肩が激しく痛み、起き上がることも難しい状態でそんなことを考えていると、ようやく駆けつけてくれたサフィに介抱される。

「大丈夫?」

 しかしなんで一切援護してくれなかったんだろう。リアと戦ってる様子でもなかっのに……。

「なんでフォローしないのよ、この石頭。とか言いたそうな顔ね?」

 声を出すのもしんどくなってきたので、あたしは頷いて答える。

「動かなかったんじゃなくて動けないのよ」

 その疑問にあたしは眉間にしわを寄せる。

「私がハルカを助けに行けば叩き伏せる者(バスター)がそれを阻止しにくる。ただし、私が動かなければ相手も動かない。そんな暗黙の了解で見届けてた訳よ」

 ああ、だから戦ってなかった訳か。

「納得したようね。じゃあ治療してから配線の調査をして帰るわよ」

 はいはいと、少しだけ首を振って応えながら少しだけ目をつぶって休むとあたしの意識はすぐに薄れていった。

 

 

 

 ミオとリアは変電所を後にして、荒廃した町を歩いていた。

「さっきからずっと考え込んでるようだけど、どうしたのよ? リアらしくない」

 二人が肩を並べて歩いている所で、ミオがリアへ疑問を投げかける。

「ああ……売られた喧嘩は必ず買取、高額返金。倍以上で返すことに定評のあるミオ様が随分と丸くなったものだなと、理由を考えていた所だ」

 歩きながらも首をかしげながらうんうんと唸っているリアは、ミオにとっては物珍しい行動だった。

「からかわないでよ。今回だけは状況が全然違う上に、あれだけいろんなことがあったら少しは丸くなるわよ」

「そうか? 見ず知らずの相手から恨まれる事など、今までいくらでもあっただろうに」

 鼻で笑いながらも割と的を射ている突っ込みはいつものリアだと、安心しながらもミオは掌を振って反論に出る。

「そこじゃないわ。あの終末を引き起こした原因は少なくとも私が原因なんだから、生き残った人から恨まれても否定できるはずないでしょ」

「なるほどな。だが『私が原因』などと言ってくれるな」

「どう言う事よ?」

「正確には『私達が原因』だ。それだけは忘れるな」

 そうだった。

 三年前に起きた事件を通して、人を信用することがいかに大切かを知ったミオにとっては今の発言は軽率だったと、苦笑しながら頷いた。

「そうだったわ。ありがとね、こんな私に付き合ってもらって」

 昔の自分であれば反発してリアに突っかかって、一人でも突っ走っていただろう。

 そう考えると、今では随分と丸くなった。リアとの長旅で影響を受けたのかもしれないと思いつつ、ミオは少し顔を綻ばせる。

「私は構わんさ。目的の無い旅を続けるよりもずっと有意義だ。だから可能な限り早くあいつを助け出ないとな」

 そう言ってリアは左で握り拳を作ってミオのそばに向ける。

「ええ、そうね……」

 ミオもそれに応じて右手で握り拳を作り、軽く当てて答えた。

「待っててね、シズ。私達が必ず……助けるから」




 色々と推敲を重ねて、情報量をかなり調整しています。
 原作を知っている方からは時代が随分と進んでるなーとは感じるかもしれません。
 初めて見る人だとかなり分かりにくいかもしれませんが、次の話で分かるようにしたいと思います。

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