紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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再会の約束

 

 

 

 朝日は眩しく、揺れる湖面を煌びやかに照らし続ける。霧はなく、晴れ渡ったレグラムの町からは、湖畔に浮かぶローエングリン城が容易く確認出来た。そして、そんな景色をグラス片手に眺める影が一つ。アルゼイド邸宅の二階テラスにて、朱色がかった頬を冷ますように、グランが一人佇んでいた。

 

 

「いよいよこの日が来たか……さて、これで学生として見る帝国の景色は最後になるかもしれないわけだが」

 

 

 感慨深げに、或いは物悲しそうに呟くグランの姿は、普段の彼と比べて余りにもらしくなかった。弱気、とはまた違うが、消極的なその思考は先日までの彼とはまるで別人だ。諦念、諦観的思考というのが相応しい。

 今見ている光景を目に焼き付けるかのように、景色を眺めてはグラスの中を口に含むの繰り返し。するとそんな時、彼の後ろから人影が現れる。

 

 

「いよいよだね。グランの事だから、別に心配はしてないけど」

 

 

「早いな、フィーすけ。ガレリア要塞の前だ、もう少し休んでおいた方がいいぞ」

 

 

「大丈夫。それに、起きてるのは私だけじゃないよ」

 

 

 ふと現れたフィーが横目にそう告げると、室内から次々とテラスへ立ち入ってくる人影が。ラウラ、エマ、ミリアムの三人だ。彼女達はテラスから吹き抜ける風で目を覚ました様で、グランとフィーの姿を見つけて姿を見せたのだろう。三人はフィーの隣へ横並びになり、中でもミリアムは大きな欠伸の後に、羨ましそうな表情でグランへ視線を向けた。

 

 

「いいよねー、グランだけクロスベルに遊びに行けるんだもん。フコーヘーだよ」

 

 

「もう、ミリアムちゃん。グランさんは“一応”お仕事でクロスベルに行くんですよ?」

 

 

「でも一日中ってわけじゃないでしょ? あそこ何とかっていう劇団とテーマパークがあるし」

 

 

「劇団アルカンシェルと、保養地ミシュラムにあるテーマパークの事だな」

 

 

「それそれ!……って、ラウラ詳しいね?」

 

 

「んん、まあな。それよりグラン、そなたの宿泊先はもしや、保養地ミシュラムなのか?」

 

 

「お前ら……一応仕事とか遊びに行くとか好き放題言ってくれるな。土産は期待するなよ」

 

 

 グランのクロスベル行きは公的なものであり、オズボーン宰相直々に依頼された護衛任務である。ともすればこの酷い言われようにはグランも顔を引きつらせるわけで、気分も害するはずだ。彼の最後の一言を受けて各々言い過ぎた節があるというのに気付いたのか、冗談だったと苦笑気味に謝っている。しかし、約一名心の底から残念がっているような落ち込みを見せる者が。

 

 

「そ、そうだな。グランも任務で向かうのだ、余計な気を遣わせるものではないな……」

 

 

 ラウラの落ち込み様を片目に映しながら、彼女はそんなにお土産を楽しみにする性格だったかと、普段の姿との相違にグランは首を捻る。とはいえ、その余りに沈んだ様子に少しばかり心が痛みだした彼は、仕方ないとばかりにため息を一つ。

 

 

「まあ、持てる範囲での土産なら買ってやらんこともない。ラウラとフィーすけはオレの事バカにしなかったしな、二人の欲しいものなら一つ二つ優先的に買っておくか」

 

 

「ほ、本当か!?」

 

 

「やったね」

 

 

 落ち込んだ姿から反転して喜びを見せるラウラと、したり顔のフィー。残念がるエマの隣からミリアムの猛抗議が始まるが、グランは見向きもせず。ただ、そんな彼の表情は、先程とは違いどこか晴れやかなものだった。

 

 

「(これが最後かもしれないってのに、土産の約束をしてしまったか)……どうやら、何が何でも持って帰らないといけないらしい」

 

 

「何当たり前のコト言ってるの! そうじゃなくて、ボクにもお土産、おみやげー!」

 

 

「あーもう分かった、分かったから袖を引っ張るな! ワインが溢れる」

 

 

「そう言えば何故そなたは平然とワインを飲んでいるのだ!」

 

 

 大きな試練の前の和やかなひと時。この場所へ帰らなければならない理由が出来てしまった今、彼の瞳に先の迷いは微塵も無い。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 執事のクラウスを始め、アルゼイド家に仕える者達。遊撃士協会レグラム支部へ派遣された人物に、個性的な少女達や昨夜助けた子供、そのほか町の人々。それぞれと別れの挨拶を終えた後、リィン達一行はレグラム駅にて列車へと乗車した。リィンとユーシス、向かい側にはエマとミリアムが席に座り、通路を挟んだ席にはグラン、その正面にラウラとフィーが腰を下ろす。

 レグラムの景色と別れを告げた彼らは、これからエベル支線、クロイツェン本線を用いてケルディック駅へと向かい、ジュライ特区での特別実習を終えたB班と合流した後、二班合同で大陸横断鉄道を経てガレリア要塞へ訪れる予定となっている。そして、グランは宰相護衛任務の為、ケルディック駅にて帝都から走る列車へ乗り、トワと合流してクロスベルへと向かう。

 寝息を立てるミリアムを除き、各々が談笑の中。リィン達が乗車した列車はエベル支線を抜け、公都バリアハートを過ぎた。徐々に近づく一時の別れに、リィンはグランへと視線を向ける。

 

 

「いよいよだな。グランの事だから、余り心配はしていないけど」

 

 

「心配事なら山程あるだろう。向こうで問題を起こして、俺達に恥をかかせない様にな」

 

 

「何だ、ユーシス。オレのどこに心配する要素がある?」

 

 

「バリアハートでの一件を忘れたとは言わせんぞ。まったく、あんな馬鹿馬鹿しい事で他人に頭を下げたのは初めてだ。思い出しただけで頭が痛い……」

 

 

 隣で頭を抱えるユーシスに、リィンは苦笑いをしながら同情の目を向ける。二人ともあの一件に巻き込まれた身であり、何度ホテルの関係者に頭を下げたか分からない程床を見つめたと愚痴をこぼす。知らない筈のエマとフィーの部屋をグランが勘で当てたというのもあり、彼がやらかした事が下手をすれば大問題になっていた可能性があった。当の本人は何の悪気もないのが尚更タチが悪い。

 そして、その件で最も被害を被ったのが……

 

 

「いやぁ、今思い出してもあの薄着の委員長は実に良かった。何と言っても胸が……」

 

 

「何思い出してるんですか!?」

 

 

 グランの言葉に皆が呆れる中。エマは顔を真っ赤に染めて、一人恍惚とした表情のグランへ叫んだ。しかしそんな恥ずかしがる彼女の姿すら楽しんでいる為、この男はどうしようもない。

 エマの顔の熱も徐々に冷め、思い切り脱線した会話を漸くラウラが元に戻す。

 

 

「まったく。ところで、会長もクロスベルへ行くのだったな」

 

 

「ああ。学生の身で大したもんだよ、あの人は。卒業後の進路は聞いていないが、色んな所から誘われてるらしいな」

 

 

 この時、グランの表情が僅かに険しさを増す。

 トールズ士官学院の生徒会長、トワのクロスベル行き。士官学院での成績、人望、先月の帝都襲撃事件で見せた高い能力をかった帝国政府は、随行団の一員として西ゼムリア通商会議へ彼女を呼んだ。それ自体は何ら不思議ではない。普段の彼女を知っている学院の皆は誇らしげにトワを讃え、今朝に見送った事だろう。グランの表情の変化は、それが理由ではない。

 問題なのは、このタイミングで請け負う事になった宰相の護衛任務である。様々な思惑が入り交じった、この西ゼムリア通商会議。恐らく一筋縄ではいかないだろうと、彼は頭を悩ませていた。

 

 

「(帝国解放戦線、及び共和国反移民政策派の暗躍。赤い星座のクロスベル入り。西ゼムリア通商会議の開催。そしてその根底にあるのは幻焔計画、か……)さて、どう手を打つべきか」

 

 

「グラン、どうしたの?」

 

 

「いや、何でもない……どうにかしてみるか」

 

 

 グランはくしゃくしゃとフィーの頭を撫で、窓の景色へと視線を向ける。数分後、列車は到着アナウンスと同時にケルディック駅にて停車した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「皆さん、お久し振りです」

 

 

 時刻は午前九時半を迎える。リィン達が降りたケルディック駅のホームにて、涼しげな声と共に一人の女性が姿を見せた。彼女に気付いた一同は顔を驚かせ、その女性の前へ次々と立ち並ぶ。帝国では言わずと知れた鉄道憲兵隊の軍服、戦闘帽の下の水色の長髪。鉄道憲兵隊大尉を務める、クレア=リーヴェルトの姿だ。そして、ミリアムは一人顔に花を咲かせて彼女へと飛びついた。

 

 

「クレアだー!」

 

 

「ふふっ。ミリアムちゃん、元気でしたか?」

 

 

 仲睦まじく抱き合うその姿は、年の離れた姉妹と見間違うほどで、とても鉄血の子供たち(アイアンブリード)と恐れられている人物には見えない。クレアに頭を撫でられながら笑顔のミリアムを見て、一同の表情にも笑みがこぼれていた。

 二人の二ヶ月振りとなる再会も程々に。クレアはふと視界の端にグランの姿を捉えると、その眉をひそめた。

 

 

「ところで、グランさん。一つ確認しておきたい事があるのですが」

 

 

「出迎え感謝します、クレア大尉。何ですか?」

 

 

「どうして貴方がこんな所にいるんですか」

 

 

 彼女の問いに、一同は揃って首をひねる。それもそのはず、グランがここにいる理由を、鉄道憲兵隊の大尉である彼女が把握していないはずが無い。依頼を出した側の人間であるクレアが、この後の予定を知らないというのは可笑しな話だった。グランは自身がここにいる旨を説明する。

 彼が先日帝国政府側から伝え聞いた内容は、本日午前九時半頃に、ギリアス=オズボーン、オリヴァルトらを乗せた特別急行列車、アイゼングラーフ号がケルディック駅にて停車し、グランの乗車をもってクロスベルへ向かうというもの。その手筈になっているとグランはクレアへ改めて確認するが、それを聞いた彼女は顔を驚かせ、更に帰って来た答えは全く違うものだった。

 

 

「予定では、アイゼングラーフ号はケルディックを通り過ぎます。クロスベルへ到着するまでは停車しません。グランさんは、今日の午前八時までにトワ=ハーシェルさんとバルフレイム宮へ来るようにと、レクターさんが文書でお伝えしているはずなのですが……」

 

 

「こちらが聞いた話では、トワ=ハーシェルのみが登城予定だったはずですが……あのカカシ野郎、無条件で共和国にテロリスト引き渡したのを根に持ってやがったな」

 

 

 情報の行き違いは伝達ミスというより、故意に起こされたものらしい。ただ、その理由は単なる嫌がらせという呆れた内容なのだが。しかし、過ぎた事はどうしようもない。警備上の問題でアイゼングラーフ号を停車する訳にはいかないらしく、グランは別のルートでクロスベルへ向かう必要がある。クレアはレクターの仕業だと知って困惑しながらも、クロスベルまでの列車の切符を手配するべくARCUSを手に取った。

 

 

「クレア大尉、別ルートの手配は必要ありません。こういった非常時も含めての護衛だしな」

 

 

「えっと、それはどういう……?」

 

 

「いや。態々他の手を回さなくても、合流する方法はあるって事ですよ」

 

 

 グランはクレアに背を向けると、突然身に付けていた士官学院の赤い制服を脱ぎ、無造作に放り投げた。ラウラが慌ててそれを受け取る中、彼は近くに置いていたスーツケースから紅いコートを取り出し、その身に纏う。そして、腰に下げていた二刀の内、普段使用している白銀の太刀を鞘ごと腰から抜くと、それもラウラへと手渡した。突然の事に、一同は困惑した様子で彼へ視線を向ける。

 

 

「少しの間だが、制服と刀を預けた。オレが戻って来なかったら、そうだな……リィンにでもくれてやってくれ」

 

 

「お、おいグラン」

 

 

「ばか者、縁起でもない事を言うものではない」

 

 

 グランの言葉にそばで聞いていたリィンは困惑気味に、受け取ったラウラは少し怒った様子で返す。二人の後ろにいる皆の表情も、言っていい冗談ではないとでも言いたそうな顔をしている。当の本人も、流石に調子に乗り過ぎたかと、申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

 

「そういや、リィンとユーシスは何か土産のリクエストとかあるか?」

 

 

「はは、余り気を遣わないでくれ。グランが無事に戻ってくればそれでいいさ」

 

 

「何も問題を起こさずに帰って来るのが一番の土産だ」

 

 

「欲がないな、お前ら」

 

 

 模範的な返答のリィンに、バリアハートでの一件を根に持っている事が容易に分かるユーシスのリクエスト。欲がないとグランは言うが、彼らが言った事が、皆にとって一番の土産になる事は言うまでもない。

 

 

「委員長とミリアムは何かあるか? あ、委員長は土産のお礼に一晩付き合ってもらう予定だから、覚えておいてくれよ?」

 

 

「もう、だったら入りません……ですが、リィンさんが言われたように、無事に戻って来てくださればそれだけで」

 

 

「あ、ボクはお菓子とかがいいなぁ。美味しいやつ!」

 

 

「ああ、了解だ」

 

 

 相も変わらずからかって来るグランを受け流しつつ、エマはリィン同様に彼の無事が一番だと願う。ミリアムは年相応のリクエストだが、グランが無事に帰って来る事を一番に思っているのは間違いない。

 そして、グランは最後に目の前で立っているラウラへと視線を移す。

 

 

「……それじゃまあ、少しばかり親子喧嘩に行って来る」

 

 

「はあ、本来の目的はオズボーン宰相の護衛任務であろう、全く。……程々にしておくのだぞ。そなたが父君と分かり合えるよう、この地で祈っている」

 

 

「無理無理。グランと赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)じゃ何回生まれ変わっても分かり合えないと思う」

 

 

「お。流石フィーすけ、分かってるじゃないか」

 

 

「全く、そなた達ときたら……」

 

 

 いつの間にかそばへ来ていたフィーがグランと視線を交わす横、ラウラはそんな二人の様子を見て若干呆れ気味に笑みをこぼす。それぞれ胸の中に不安はあれど、必ず無事な姿で再会出来ると信じて。普段と変わらないやり取りで、少しばかりの別れの時を待つ。そして、程なく駅のホームに場内アナウンスが流れ始める。

 

 

『まもなく一番ホームを、特別急行列車が通過いたします。かなりのスピードですので、くれぐれもご注意下さい』

 

 

「よし、そろそろか……そうだ、みんな」

 

 

 スーツケース片手に滑走路へと近づく中、グランはふと思い出したように後ろへと振り返った。そして、彼の声に首を傾げた一同へ向けたその言葉は、更なる疑問を与える事となる。

 

 

「————背中は任せたぞ」

 

 

 直後。グランは滑走路を跳び越えて一番ホームへ辿り着くと、高速で走り抜ける列車の上部へと跳び乗った。

 

 

 




 皆さん、明けましておめでとうございます(笑
……笑えませんね、今四月だよ、新年明けてから3ヶ月以上経ってたよ。執筆速度を上げると言っていたあの発言は何処に……

 気を取り直して。五章は終わり、これから断章と題して西ゼムリア通商会議編へと場面は移り変わります。パッパと妹との再会、はっきり言ってこの章が一部のメインになるので、ここで盛り上がりに欠けたら後々蛇足感がハンパなくなってしまいます。頑張らねば……

 そう言えば閃の軌跡3の情報出てたんですね。リィンがトールズの分校の教官になるとか何処ぞの将軍が分校長になってるっぽいとか色々気になる事はありますが……
 一番の問題はノーザンブリア併合ですよ! 北方戦役とかオズボンさん何やってんですか! いつかはやるんだろうとは思ってたけども! この案件グラン巻き込まれ不可避じゃないですかやだー

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