「チッ……ここにも居ないか」
夜の帳が下りたエベル街道。その道を、焦り混じりの表情でグランが駆ける。気配を感じては岩蔭に近寄り、目の前の魔獣を斬り捨てて再度捜索のやり直し。レグラムの練武場をあとにしてからの彼は、その繰り返しばかり行っている。
ラウラとの手合わせを終え、リィンが駆け込んできた練武場内。そこでグランとラウラは夜になっても町の子供達が帰ってこないという話を彼の口から聞かされた。心配になった各々は町中を捜し回るが、そこでは子供達の姿は見つからず。最終的に、子供達が向かったと思われるエベル湖の畔、ローエングリン城へリィン達が向かい、グランは念の為街道を捜索するという話にまとまった。
そして現在、グランは南クロイツェン街道の手前まで捜索を終えていた。
「これだけ捜しても居ないところを見ると、子供達はローエングリン城の方向か」
当初から言われていたローエングリン城に子供達は居る。街道をくまなく探し、彼の口から出た結論はそれだった。と言っても既にリィン達が向かって暫く時間は経過している為、そろそろ彼らが見つけていてもおかしくは無いが。ただ、ARCUSによる連絡手段が使えない以上、その事を知るにはリィン達が帰還してくるまで分からない。
しかし、もしリィン達が子供達を発見できなかった場合。その事も含めて考えておく必要がある。仮にそうなってしまった際の対処法も決めておこう、グランがその結論に至ってレグラムへ戻ろうとしたその時だった。
「————ッ!? この気配は、まさか……」
突如ある一点から感じたとてつもなく強大な氣。懐かしささえ感じる武人のそれ。どう足掻いても今の自分では到底敵わない程の手練れであり、彼が目指すところでもある最強を体現する存在。それ程の存在感、グランにとっては遥か先を歩んでいる人物の気配。
そして感じた気配のその方向は彼の視線が示す先、リィン達や子供達が居るであろうレグラムの向こう側ーーーーローエングリン城である。
「こんな場所まで何しに来やがったと言いたいところだが……ローエングリン城か。気まぐれってわけでも無さそうだな」
当初グランの表情は驚きを見せていたものの、思考自体は冷静に物事を考えていた。その人物が訪れた理由、恐らくはローエングリン城と関連性のある、もっと分かり易く言えば槍の聖女と関係のある何か。ここ最近になって知ったその共通点や思い当たる節に、彼も引っかかる点が幾つかあった。
しかし、そこに確信も無ければ確証も無く。特に歴史関連に疎いグランには、余り得意分野でもないそれを考察するという事自体が難題である。それに、現状での優先順位はそこではない。
「やめたやめた、オレらしくもない。そういうのは他の奴らに任せとけばいい。今は子供達の捜索が第一だ」
今優先すべき事は、ローエングリン城に向かったと思われる子供達の安否である。歴史の考察はあとで幾らでも出来るし、そもそもグランにそのような学力は無い。考えるだけ無駄であろう。ただ、やはりその場所に彼女が現れたという事は、現状でも無視出来る案件というわけでもなく。
「あの人に限って無いとは思うが……間に合うか、行くだけ行ってみるか」
彼の中で心配は無用と思いながらも、感じた気配が気配だけに確認の必要があるだろう。そう判断するや否や、グランはリィン達の元へ向かうべくその場をあとにする。自身の出せる限界の速度で街道を駆け抜け、彼はローエングリン城へ向かうのだった。
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エベル湖の畔にそびえるローエングリン城。風光明媚な雰囲気を漂わせるその建物は現在、青白い光を帯びた状態で、より美しく、神秘的に城の姿を見せていた。しかしラウラによればこのような事はこれまでに一度も無く、不可思議なその光景は明らかな異常事態である。町の波止場から小舟で渡ってきたリィン達は、現状に驚きつつも、突入を試みた。これだけの異常事態、ここに来る前に子供達が乗って来たと思われる小舟を見つけた事もあり、その安否も含めて事は急がなくてはならない。彼らに躊躇う余地はなく、周囲を警戒しつつ屋内へ立ち入った。
そして、六人全員が足を踏み入れた直後の事。不可思議な事に入口の扉が独りでに閉まる。
「なっ、何!?」
「くっ、閉じ込められたか」
「そのようだな。この異常事態を解決しない以上、ここからは出られぬようだ」
突然の事に身体をビクつかせるミリアムの前、リィンは扉が開かなくなっている事を確認し、ラウラは自分達の陥った状況を理解して入口の扉を見据える。理解の届かない現状、その解決にこの場の異常事態が関わっている事は明白だった。そんな二人の声にユーシスはいつも通りの冷静な様子で、事態の解決へ動く姿勢を見せる。フィーはミリアムの隣で彼女を励ましているあたりその心にも余裕が見えていた。
子供達の捜索と事態の解決、彼らが果たすべき目的はその二つ。子供達の姿を先に見つけて無事を確認出来ればそれに越した事はないが、このままでは帰れない現状では並行して進めていく道以外はない。最悪の事態になっていない事を祈りながら、調べていくしかないだろう。
そして、目的に向けて動こうとした正にその時だ。突如鐘の音と思わしき音が響き渡り、一人目を伏せて佇んでいたエマが瞳を開くと魔導杖を手に突然広間の中央へ身構えた。
「来ます! 皆さん構えて下さい!」
彼女の視線の先、何もいない筈の空間から突如として得体の知れない魔獣が複数体現れる。怪しげな霧を纏った髑髏のようなその姿は、街道で見かける普通の魔獣達とは明らかに雰囲気が違った。エマの声にリィン達も慌てて得物を構え、魔物とも言うべき異形の存在と対峙する。
エマ曰く、扉が開かないのは結界と呼ばれる力が働いている為で、魔物が現れた事も含めてローエングリン城全体の異変はその不可思議な力によるものらしい。その説明はリィン達にとってかなり有益な情報ではあるが、彼らに一つの疑問を残した。何故彼女がそのような知識を有しているのか、という事である。疑問や僅かな不信感もあるが、とは言え何かしらの事情をエマが把握しているのであれば、彼女の知識がなければ事態の解決は難しいだろう。それにここまで共に歩んできた仲間だ、何があろうと彼らの信頼関係が崩れる事は無い。
まずは目の前の魔物を倒してからの話。一同はその身を構え直す。
「Ⅶ組A班、これより戦闘を開始する!」
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エベル湖の水上を、一つの小舟が進んでいく。霧の中を一直線に進むその舟に見えるのは、エベル街道から帰還してきたグランの姿だった。彼はローエングリン城へ向かう為、執事のクラウスに小舟を手配してもらい今に至る。リィン達では対処出来る範囲を超えるであろう何者かの気配、それを確認するべく城へ向けて突き進む。
目的地に近づくたび、徐々に感じ始める異様な気配と空気。此度発生した不可思議な現象、どのような原因で起きたのかは、判断材料の少ない現時点では不明である。ただ、グランには何か気付いている事があるようで。
「ヴィータさんの気配は無い。意図的に起こしたもので無いなら、きっかけは単なる霊脈の乱れってやつか。まあ、その乱れの原因は意図的に起こしてるんだろうが」
霊脈の乱れ。恐らくはエマも気付いているであろうそれをグランが気付いたのは、似たような事例を過去に幾つも体験していたからである。勿論そのような面倒事を彼が好んで関わるはずがなく、巻き込まれたというのが主になるのだが。これまでの事を幾つか思い出したようで、グランは深いため息をついてローエングリン城のある方角へ顔を向けた。
「……ったく、結社と関わるとロクな事がねぇ。先を考えると更に面倒な事になりそうだが……あぁ、会長の笑顔が恋しい……」
先を見据え、見えてくる結果に落胆したグランは鬱な気持ちを払拭するべく目を閉じてトワの顔を思い浮かべていた。いわゆる現実逃避というやつである。
そもそもの話、結社という組織と関係を持つようになったのは彼の意思によって決まったのだが。結社の者達が今の言葉を聞いていたら総ツッコミ必須であろう。しかし、自分の事は棚に上げて、都合のいいように解釈するというのは如何なものか。そして、活力を養おうと必死にトワの笑顔を思い浮かべるグランであったが、彼の脳内補正をもってしてもトワはしっかりしていた。
『グラン君、自業自得だよ』
「ですよねー……っと、バカな事をしている場合じゃなかった」
気付けば既に波止場が見え、目的地に到着した事を確認したグランは舟を止めて固定した後、陸へと移る。上へ続く階段を駆け上がり、より一層異様な気配を感じながらやがてその足を止めた。青白い光を発する古城、その入口を前にして。
彼には一目でその異常が分かった。扉に何かしらの力が働き、普通の方法では開ける事すらままならないと。事実、グランがここへ来る前に、ミリアムが内側からアガートラムにて破壊を試みて失敗しているためその判断は正しい。
そして、ならばとグランは腰に下げた二本の刀の内、いつも使用している白銀の太刀の柄へと触れる。その鞘が、僅かに紅い光を帯びた。
「単純な話、結界を破壊するにはその強度を超える力が必要なわけだが……氣ってのは自由にコントロール出来ると便利でな、こういった方法もある訳だ!」
刹那の抜刀。生じた紅い弧の斬撃は風を切って扉を襲う。そして扉を触れたその時、結界と思しき魔法陣が浮かび上がると共に、ガラス細工が砕け散るかの如く音を発して搔き消える。氣を刃に変換しての結界破壊の技は、どうやら上手くいったようで、刀を納めたグランが扉へ手を掛けると開き始めた。
扉の先、グランが目にしたそれは、月の光と松明に頼った薄暗い城の屋内にて、異形の魔獣が蔓延る光景。リィン達と思しき複数の気配は未だ感じる為、彼らの身の無事は確認できているわけだが、予想外の出来事が起きる可能性も視野に入れると、早い内の合流が望ましい。気配を感じる方向へ足を向け、合流する為に走り始めた。
魔獣の姿を振り切り、瞬く間に異様な気配を強く感じる奥地へと進んでいくグラン。そして、同時に彼らの気配を強く感じ始めた外回廊を駆け抜ける中。突如として異様な気配が膨れ上がると共に、得体の知れぬ力の奔流を感じ取る。驚きと同時に、その足を止めた。
「この力は……リィン達の気配が弱まった!? くっ、間に合うか!」
危惧していた予想外の出来事。その表情に焦りを見せながら再び駆け始めたグランの視線の先、事態が進行しているであろう部屋の中から突然眩いばかりの閃光が放たれる。その光はすぐに収まりを見せるが、再びグランの足が驚きで止まった。
この時彼は感じていた、すぐ近くで顕現するとてつもない大きさの気配を。驚きのあまり一瞬体の動きが硬直するが、我を取り戻して部屋の中へと進入する。そこには、所々制服が汚れて戦闘の跡が見えるリィン達が倒れた姿。
「おい、何があった! しっかりしろ!」
「グラン……さん?」
「そ、そなた。街道の方に向かったはずでは……」
エマやラウラ、皆の意識は幸いな事にしっかりしており、特別大きな怪我も負っていないようでホッと胸をなで下ろす。迷子になった男の子二人の姿も見え、安全も確認出来た事でグランの緊張も漸く解けた。一人一人に声を掛け、改めてその無事を確認する。
少しの間を置いて全員の意識がはっきりと戻り、各々状況の整理が追いついていく。そんな中、ふとリィンが部屋の奥に設置された台座へ顔を向けた。
「見間違いじゃない。槍が……巨大な
「……まさか!?」
リィンが口にした言葉に、ラウラが驚きの表情を見せると同時に彼が見上げる先のテラスへ向けて走り出す。他のメンバーもまさかと思いながら彼女に続いてテラスへと向かう中、ミリアムは一人状況についていく事が出来ていないが、困惑しながらも後に続いた。
ラウラを先頭にテラスへたどり着いた一同は、その場に誰もいない事を確認して再び困惑する。見間違いではないかとグランがリィンに問いかけるが、リィンの言っていた事は確かに見間違いではなく、この場に遅れてきたグランを除いてほぼ全員が目撃している。
「いや、リィンの言った通りで間違いない。俺も見たからな」
「えっ、ユーシスも見たの? も……もしかして、オバケ!? オバケ!?」
「えぇい、くっつくな!」
「……? ラウラ、どうしたの?」
怖がった様子のミリアムがユーシスに抱きついて鬱陶しがられる中、フィーはラウラが呆然と立っている事に気付いて声を掛ける。そして、彼女がふと発した言葉に、一同の顔が驚きに染まった。
「……槍の、聖女」
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リィン達は部屋の中で事態の元凶と思しき
何はともあれ、リィン達の健闘の結果、この異常事態の解決と子供達の捜索を達成出来た事は言うまでもない。彼らの成果をグランは笑顔で称えた。あとは町へ戻り、事態の解決と子供達の無事を報告するだけである。これ以上遅くならない内に町へ帰ろうと、皆で来た道を戻り始める。
しかし、グランは一人やり残した事があると一同の輪から外れた。レグラムの遊撃士協会へ応援に来る人物への報告用に、もう少し詳しくこの辺りを調べてから帰るとの事。何人かは手伝おうかと提案するも、リィン達が疲労している今の状態を心配した彼が断った為に、結局グラン一人で残る事に。
「最初はただの気まぐれだと思っていた。冗談で話した士官学院の入学に賛同したのも、帝国の内情を把握させてから呼び戻すんだろうってな。まあ、思いの外充実した生活で、その事も最近までは忘れていたんだが……」
「……」
グランが一呼吸置いたその瞬間、確かに同じ空間の中でもう一人誰かが呼吸しているのが確認出来た。リィン達は皆この場にいない事から、独りでに語っていたと思われたグランが話しかけているその人物は、全く別の第三者である。しかし、その姿は何処にも確認出来ず、彼の前には依然現れる様子がない。
だが、それでも関係無いと。一方的にグランの語らいは続く。
「一つ、引っかかっていたんですよ。『深淵』や『劫炎』、『神速』に『西風』、貴族派との内通。他にも戦力はいそうだが……そこに、オレまで加えるってのは明らかに過剰戦力でしょう。貴女達にしては用心し過ぎだ……何か、別の目的があったんじゃないですか?」
「……なるほど、気付いていましたか。ならば、おおよその見当はついているのでしょう?」
「ええ……『白面』の施した
「……安心しました。一時の休息の中でも、その洞察力は健在ですか。彼女の言っていた事も、あながち間違いではないのかもしれません」
カツン、カツン、と。テラスに続いている階段を降りる音が屋内に響いていく。エベル街道で感じた懐かしい気配、それも今のグランにははっきりと感じ取れた。徐々に目の前に現す薄暗い部屋の中に潜ませていたその姿は、彼にとっては見慣れた黄金の髪色と騎士鎧。そう、リィン達が助けてもらったという人物のものとも一致する。
グランの目の前で歩みを止めたその人物は、スポットライトの様に姿を辿った月光によってその身を現した。月の光に照らされた神秘的なその姿は、絶世の美女と謳われても不思議ではない、美しき女性の姿。帝国の歴史に例えるならば、恐らくはこう言うべきであろう————槍の聖女と。
「この日を楽しみにしていました。貴方に欠けていたもの、その答えを聞かせてもらいます。グランハルト」
結社、身喰らう蛇が第七柱、アリアンロード。月夜に佇むローエングリン城にて、鋼の聖女の降臨である。
最近執筆が進みません。何ででしょう、気分転換とかしてるのになぁ(ガチャガチャ
リィン達の活躍端折り過ぎだって? 委員長のSクラフトどうやって表現しろって言うんだよ!(ガチャガチャ
アリアンロードの登場が中途半端? 次回に戦闘を回すためです。その方がモチベーション上がりそうだから、少しは早く書けると思う……多分。
結論、FGOって面白いね(十万爆死から目を逸らしつつ