紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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霧と伝説の町で

 

 

 

 帝国南東部の辺境地、レグラム。列車はトリスタからクロイツェン本線を用い、終点のバリアハートから更にエベル支線というローカル線を進んだ先。エベル湖の湖畔に位置するその町の呼び名は、『霧と伝説の町』。季節問わず霧が発生し、エベル湖のほとりにそびえるローエングリン城はかの槍の聖女が本拠地にしていた場所としても知られ、レグラムが霧と伝説の町と呼ばれている所以でもある。

 時刻は昼過ぎ。早朝七時からの列車旅を終えてレグラム駅へと到着したリィン達は、荷物片手に駅のホームを出ると、視界に広がる霧に包まれた幻想的な町並みや湖の風景に感嘆の声を上げていた。そしてそんな彼らの反応にラウラが一人満足そうに笑みをこぼす中、不意にグランが驚きの声を漏らす。

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 

「グラン、どうしたのだ?」

 

 

「悪い、先に行ってるぞ」

 

 

 ラウラが疑問の声を向けた先、グランは断りを入れると突然その場を飛び降りてレグラムの町中へと躍り出た。そんな突拍子の無い彼の行動に皆が呆れている中、グラン本人は町中を駆け抜け、とある場所で立ち止まる。彼が見上げる先、そこには三体の人物像があった。

 右側には大剣を地面へ突き立てた男の像が跪き、左側には巨大な斧を持つ男の像が同じように跪いている。そしてグランにとって問題なのはその両者が頭を垂れている先、巨大な馬上槍を掲げている女性の像だった。

 

 

「そっくりだな……あの鉄仮面と何か関係あるのか?」

 

 

 レグラムの地に伝わるかの槍の聖女の像。それと似た容姿を持つ人物を、グランはどうやら知っているらしい。女性の像を見上げる彼の表情は、終始驚いている様子だった。

 グランが驚きながら像を見上げる事数分、駅の前から町中へと降りてきたリィン達が彼の姿に気付いて傍へ歩み寄る。グラン同様リィン達が像を見上げて各々感想を漏らす横、いつの間にか彼らと共にいる口髭を生やした白髪の老人がグランの隣へ近寄って口を開いた。

 

 

「『紅の剣聖』殿はかの槍の聖女に興味がおありですかな?」

 

 

「いや、興味と言うか疑問と言うか……って、じいさん何でオレの事知ってんだ?」

 

 

「ラウラお嬢様の手紙を拝見する際、度々あなた様の事が書かれておりまして……おっと、これは挨拶もせずに失礼を致しました。わたくし、アルゼイド家の執事を務める者で名をクラウスと申します」

 

 

「グランハルト=オルランド、長いからグランとでも呼んでくれ」

 

 

「それでは、グラン様と」

 

 

 一見何でもないような老人の立ち振舞い。しかしその動きには僅かたりとも隙が無く、平然と会話をする中でグランも少しばかり驚いていた。それでも光の剣匠には及ばないかと、彼のクラウスへ対する興味もすぐに無くなってはいたのだが。

 そしてグランの次の興味は、クラウスが先程話したラウラの手紙について。

 

 

「そう言えば、ラウラの手紙ってどんな内容なんです?」

 

 

「そうですな。学院でのお嬢様自身の生活についてや、グラン様の事などが少々。と言っても八葉一刀流を含めてグラン様に関する内容が実に七割を占めておりまして……」

 

 

(じい)! 余り余計な事を話すでない!」

 

 

「ハッハッハ、これは少々口が滑りましたかな」

 

 

 クラウスのからかいに頬を染めて動揺を見せるラウラを先頭に、一行はサンドロット像をあとにして町中を進んでいく。道中高台へ続く階段を上がる中で、アルゼイド流の門弟が修練に励んでいるという練武場から聞こえる剣戟や声に立ち止まりながら、やがて目的の場所へと到着する。

 リィン達の目の前に佇むそれは、町中でも一際大きな建物だった。家紋と思われるそれは中央に鳥が描かれ、青色に染まった垂れ幕同様入り口に掲げられている。それは間違いなく、帝国において武の世界では知らぬ者はいないであろうアルゼイド家の紋章。

 

 

「ようこそ、レグラムへ。不在の父に代わり、娘の私が当家を案内させてもらおう」

 

 

 執事のクラウスを引き連れ、皆の前に躍り出たラウラは微笑みながら告げるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 アルゼイド家の現当主、ラウラの父アルゼイド子爵が不在のため、彼女によって家を案内されるリィン達。二階建てで構築された家の中は必要以上の装飾は無く、目立つものと言えば床一面に広がるアルゼイド家の家紋くらいか。

 二階へ続く階段を上がり、男性陣はクラウスに連れられて、女性陣はラウラによって此度の実習で使用する寝室へと案内を受ける。執事のクラウスがリィン達を連れて部屋へ入った事を確認したラウラは、エマとフィー、ミリアムを連れて隣の部屋の扉を開けた。四つのベッドが据えられた部屋には、彼女自身も含めて計五人……そう、何故か四人ではなく五人の姿が。

 

 

「結構いい部屋だな、流石は子爵家と言ったところか」

 

 

「どうしてそなたがここにいるのだ……」

 

 

「グランさん、本当に懲りないですよね……」

 

 

「あれ? グランはリィン達と一緒の部屋じゃないの?」

 

 

「……」

 

 

 さも当然のように付いてきているグラン。彼の姿にラウラとエマは頭を抱えて溜め息をこぼし、ミリアムは首をかしげてグランを見ている。しかしそんな中、グランの傍に立っているフィーだけは相変わらず落ち込んだ様子で彼の顔を見上げていた。直後にラウラとエマが頭を抱える原因でもあるグランまでもが溜め息を吐いたのは、少し疑問に思う光景ではあったが。

 そして、リィン達が案内されているであろう部屋へ行けとラウラとエマが言いかけたその時、飛んでもない事をグランが言い出した。

 

 

「なあ、今日この部屋で寝ていいか?」

 

 

「ラウラさん、寝袋ってありますか? グランさんは街道で寝るくらいが丁度良いと思うんですけど」

 

 

「確か修行用に父上が使っている物の予備があったはずだ、取ってこよう」

 

 

「あはは、二人とも目が本気だね」

 

 

 エマとラウラの会話は容赦がないが、その反応も当然であろう。寝袋を用意してもらえるだけでもありがたいものである。ただラウラの実家でも普段通りの言動をするあたり、グランも流石と言ったところだが。

 ミリアムが一人楽しげに笑顔を浮かべる中、割りと本気でラウラが寝袋を用意しようとしたその時。部屋を出ようとした彼女を呼び止めるフィーの声が室内に広がる。

 

 

「私からもお願い。グランもこの部屋で寝かせてあげて」

 

 

「フィー……まあ、そなたの頼み事ならば仕方あるまい。エマとミリアムもそれで良いだろうか?」

 

 

「そうですね、フィーちゃんのお願いなら仕方がないですね」

 

 

「ボクは別にいいよー」

 

 

「……三人とも、ありがと」

 

 

 懇願するようなフィーの表情に何か思うところがあったのか、ラウラとエマもにこやかな笑みで了承を示す。ミリアムは元々男女間の微妙な問題に疎いのか、二人のようにフィーに対して何かを感じたわけではないがグランの同室を認めた。三人の返事を受けたフィーの表情も、レグラムへ到着する以前よりは少しばかり明るさが戻っているようだ。

 そして彼女達の友情が垣間見える微笑ましい光景が広がるそのすぐ傍。場の空気を完全に読んでいないであろうグランが拳を握り締め、直後にその手を天井へ向けて思いっきり掲げていた。

 

 

「Ⅶ組で過ごす事早五ヶ月、漸く委員長の生着替えを堂々と見れる日が……!」

 

 

「勿論グランさんがこの部屋に来ていいのは私達が着替えた後ですから」

 

 

「当然だな」

 

 

「なんだ、がっくし……」

 

 

 直後に釘をさすエマの一言に、グランは残念そうに肩を落としていた。同室する事への承認を得ることのできた彼だったが、そこまでエマやラウラも甘くなかったようだ。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 特別実習一日目。恒例の実習課題を進めるべくアルゼイド家二階のテラスへ集まったリィン達は、今回の課題を用意していると思われる執事のクラウスへ話を聞いた。しかし、此度の実習課題はクラウスではなく、その筋のスペシャリストに用意を依頼したとの事。ある場所に依頼した人物がいると説明を受け、その内容を聞いたリィン達は僅かに驚きを見せていた。クラウスが指示した場所、それはレグラムの町中にある遊撃士協会だった。

 霧がたち込む本日、町中にあったはずの遊撃士協会に気付かなかったリィン達だが、彼らが驚きを見せたのはそれだけが理由ではない。帝国内では大幅に活動が衰退している遊撃士が、この地では今も活動を続けているという点である。

 そしてクラウスの説明に驚きつつ、アルゼイド家をあとにしたリィン達はラウラの案内で町中にある遊撃士協会、レグラム支部の前へと訪れた。

 

 

「支える籠手の紋章、確かに遊撃士協会みたいだな」

 

 

「よくこんな辺鄙な場所で細々とやってるもんだよ」

 

 

「辺鄙な場所というのは否定せぬが……そなた、もう少し言葉を選んで言えぬのか?」

 

 

 リィンが扉の傍にある遊撃士協会の紋章を見上げる横、後頭部で両手を組みながらグランが失礼な事を呟いていた。間違っても人前で言わないでくれと、その隣ではラウラが彼の失礼な発言に溜め息をこぼしている。ユーシスやミリアムは彼の呟きに我関せず、リィンとエマの苦笑いが広がるのみだ。

 

 

「そういえば、確か以前にバリアハートで遊撃士の方に会いましたよね。街中にギルドは見当たりませんでしたけど……」

 

 

「バリアハートにあった支部は一年前に閉鎖されたと聞いている。どうやら公爵家からの圧力があったようだが……」

 

 

「まあ、遊撃士って基本的に偉いヒトには目障りだよねー。ミラや権力になびかず、民間人の安全を最優先に動く組織だから」

 

 

「確かに、潰されて当然かも」

 

 

 何とか話題を変えようと言葉を紡いだエマだったが、ユーシスの応答に反応したミリアムとフィーが身も蓋もない事を口にする。またしても場がなんとも言えない雰囲気になるが、その空気を破ったのはこの場にいるメンバーではなかった。

 突如開いたギルドの扉。そして現れたのは、白を基調とした上着を羽織る金髪の男。

 

 

「さっきから聞いてりゃ痛い所ついてくるぜ、ったく」

 

 

「あ、あなたは……!」

 

 

「バリアハートでお会いした……」

 

 

「遊撃士だね」

 

 

 頭を掻きながら現れたその人物は、かつてバリアハートでの実習にてマキアスとグランが領邦軍に囚われた際、リィン達へ地下水道の情報を提供した遊撃士だった。リィンとエマ、フィーが声を上げる中、当の本人でもある男は気さくに三人へ声をかけている。ラウラとは顔見知りなのか彼女とも気さくに会話を交わしており、この町では遊撃士も不自由なく活動できている様子が見受けられた。

 支部は異なるものの、当時サラが帝都のギルドで活動していた頃の同僚という事になり、リィン達と会話をする中で判明したのだがどうやら彼女とも顔見知りらしい。因みにバリアハートでの一件は事前にサラから何かあった時のフォローを頼まれていたらしく、その話でリィン達が礼をしたのは余談だ。

 

 

「おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。遊撃士のトヴァル=ランドナーだ……よろしく頼むぜ、Ⅶ組の諸君」

 

 

 自己紹介も終え、一通り説明するからとリィン達はトヴァルに連れられてギルドの中へと入る。そして受付を行うカウンター前で立ち止まったリィン達の向かい側、回り込んで移動していたトヴァルにさっそく聞きたい事があると告げたのはラウラだった。故郷でこうして遊撃士が普通に活動している事を知っていたラウラは、二年前から遊撃士の活動が衰退していた事を知らずにいたようだ。

 二年前、帝国政府ならびに各州を治める公爵家達からの圧力を受け、各地のギルド支部はたてなみ閉鎖を余儀なくされていった。それでもこのレグラムで活動を続けられているのは、この地を治めているアルゼイド子爵のお墨付きがあるからとの事。何でも、アルゼイド子爵は遊撃士の活動に対して協力的な姿勢を見せているらしい。

 

 

「どうも父上の気風に通じるところがあるらしい。独立独歩、人を助ける理念、そして誇り高さ……叶うならギルドに所属して働きたいと前々から仰っていたな」

 

 

「流石に領地を持つ身では無理があるだろう」

 

 

「そ、そうですね。でも流石はラウラさんのお父さんと言ったところでしょうか」

 

 

 独立独歩の気風で知られるというアルゼイド子爵。その理念と共通している遊撃士になりたいという話は、まんざら嘘でもないのだろう。と言ってもユーシスが話す通り、領地運営を任された身で遊撃士の活動はとても出来そうにはないが。

 そしてラウラ達の会話を聞いている中で、不意に呟いたミリアムの言葉に皆が反応を示す。

 

 

「光の剣匠が遊撃士かぁ……格にしても実力にしてもカシウス=ブライト並みだろうし、いきなりS級とかあり得そうだよねー」

 

 

「カシウス=ブライトか……」

 

 

「ふむ、確かリベール王国の准将にして『剣聖』だったか」

 

 

 『剣聖』カシウス=ブライト。リベール王国の准将にして、百日戦役と呼ばれる十二年前に帝国とリベール王国の間で勃発した戦争にて活躍した、リベールでは救国の英雄とまで謡われている人物である。当時圧倒的な兵力で帝国側が戦況を握っていたにもかかわらず、彼の考案した飛行挺を使っての電撃作戦でリベール側を対等にまで建て直したのだから、その知名度も当然なのだろう。リィンやラウラが知っているのは、カシウス=ブライトが八葉一刀流を修めた『剣聖』として武の世界で有名だからというのも理由の一つではあるが。

 

 

「まあ、光の剣匠の実力が伝え聞く通りなら、少なくとも実力はカシウスのおっさんの方が下だとは思うが。正面からの勝負ならオレでもおっさんに競り勝つ自信はあるぞ」

 

 

「ふーん、でもグランって確か二年前にカシウス=ブライトに負けてるよね」

 

 

「あれは勝負に負けたんじゃない、おっさんの作戦にしてやられたんだ。戦略的撤退ってやつだよ」

 

 

「それって結局負けたんじゃ……いたっ! いいんちょー、グランがいじめる~」

 

 

「もう、グランさん。ミリアムちゃんを叩いたりしたら駄目じゃないですか」

 

 

 会話の中でグランの癇に障る何かがあったのか、彼は拳骨による一撃を繰り出し、直後に頭に痛みを覚えたミリアムは泣き真似をしながらエマの胸へと飛び込む。その光景を目にして拳を握り締めるグランは別の意味で悔しがっていたりするのだが、思考が不埒じゃない他のメンバーには分かるはずもなく。

 リィンやユーシス、ラウラにフィーがその光景に呆れ顔や溜め息をこぼす中。カウンターではトヴァルが一人、会話を聞いて頭を抱えていた。

 

 

「ったく、このガキども俺の前で飛んでもない会話しやがるぜ……」

 

 

 彼が頭を抱える理由は、この場にいないサラにしか分からない。




やっぱり進まなかった! 一話で半日も進まない、それが私のクオリティ……はい、もっと精進します(涙)

グランなら少なくともカシウスには勝てます、あくまで正面からの勝負になりますが。知略とかその他諸々は全く敵いません。

そしてここで皆様のご意見を頂きたいのですが、詳細は活動報告にて参照お願いします。



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