紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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かつての戦友達

 

 

 

「よし、これで準備はバッチリっと」

 

 

 ギムナジウムで騒動が起きていた頃。学生会館の食堂奥にある厨房の中では現在、様々な食材の入っている器を眺めるトワの姿があった。彼女は制服の上に純白のエプロンを着用し、三角巾を頭に着けて非常に張り切った様子で腕まくりをしている。実は今から厨房の一部を借りて調理を行う予定で、出来上がった料理は学生会館の食堂へ来るようにと呼びつけてあるグランに食してもらう算段だ。

 今朝がたトワが不意に思い付いた料理によるもてなし。先月のドライケルス広場での一件、月初めの夏期休暇にグランと行った帝都でのお泊まりデート、そして昨日彼から受け取ったクロスベルの詳細が事細かに記載された資料。それらの恩返しの意味を込めて、今回彼女は手作りの料理を振る舞う事にしたわけである。普段の生活で自炊をする事もあり、学院の調理実習でも中々の成績を残しているトワの料理なら確かだろう。グランにとってもこれ以上無い至福の一時となるだろうし、想い人の手料理、実際のところ味なんてものは二の次だ。彼女が作ったという事に意味がある。

 そのような食す側の気持ちをトワが考える事は無いが、彼女も女の子、好きな男子に食べてもらう物に妥協は許されない。そのため生徒会の依頼がてらリィンにグランの好みを聞き出してもらい、食堂の厨房を管理するラムゼイに助言をもらいながらトリスタの街で食材集めに奔走した。本来今日はクロスベルへの出張前に色々と調べものをする予定だったが、グランが集めた資料があるためそれも必要ない。午前中に導力バイクの性能テストに付き添った後は、リィンから報告を聞いて準備に時間を費やした。

 さて、そうなると問題は何を作るかである。グランの好みは辛いものと苦いもの。具体的な食べ物や料理なら兎も角、リィンからは味覚に関しての話しか聞いていないため料理も一から決めなければならない。

 

 

「ゆっくりしてたら間に合わなくなっちゃうし、早くしないとだね」

 

 

 レシピの書かれた紙を片手に、食材達とメモを交互に見ながら早速調理を開始する。グランに満足してもらえるように、彼に少しでも幸せな一時を過ごしてもらえるように、今の自分が提供する事の出来る精一杯の癒しを与えたい。トワは作業一つ一つに想いを込めて、黙々と食材の下ごしらえを続ける。

 

 

──『美味しい東方料理の作り方』──

 

 

 彼女が手に持っているメモの端からは、そんな見出しが見え隠れしていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 突如雨雲に包み込まれた帝都近郊都市トリスタ。突然降り始めた夕立に学院生達は足止めされてしまい、部活動を行っていた者達は学院の本校舎や学生会館で雨宿りをしている。昼までは晴天だったため、殆どの者は傘など用意しているはずもない。学院の外で傘をさして歩いている生徒は中々に勘が鋭いのだろう。

 現在傘をさして本校舎の裏手を歩いているグランもその一人だ。と言っても彼に限っては自分で用意していた訳ではなく、外出の際にシャロンから折り畳み式の傘を手渡されたので、雨に濡れずに済んだのは彼女の功績によるものだが。

 午後にギムナジウムの屋内プールで行った女子達の水練にて、迫り来るアガートラムをグランが迎撃した結果現場は散々な事になった。サラは未だに学院長室でハインリッヒとナイトハルトから説教をされている最中、元凶のグランとミリアムは屋内プールで瓦礫の後片付けを命じられた。そして二時間ほどかけて片付けを終えた彼は、先程トワから連絡を受けて今から学生会館の食堂へ向かう途中である。

 

 

「絶対悪いのオレじゃないだろ。ったく……ん?」

 

 

 経緯を見れば誰がどう見ても彼が悪いのだが、自分が元凶のような扱いを受けた事に不満げな様子のグラン。そんな彼は道中、園芸部が世話をしている花壇の傍で人影を見つける。銀髪に背の低い後ろ姿、間違いなくフィーだ。

 傘もささずに何か作業を行っている彼女は、グランが傍に近付いても気付いた様子がない。髪や制服を濡らしながら花壇のすみに棒を打ち込む姿に、グランは少し困った様子で笑みを浮かべていた。

 

 

「雨に濡れた女の子ってのは魅力的だが、風邪引くから止めとけフィーすけ」

 

 

「……グラン、どしたの?」

 

 

「どしたの? じゃない。花の世話に夢中になるのはいいが、風邪引いて体調崩したら元も子もないだろ」

 

 

 グランは自身がさしていた傘をフィーへ手渡すと、彼女の手から金槌を受け取って足元に転がった棒を花壇の周囲に打ち込み始めた。フィーはありがとうと呟いた後、彼が雨に濡れないように傘をさしながらあとをついて回る。

 やがて全ての花壇の周りへ棒を打ち込み終わった二人は、上からブルーシートを被せて更に風に飛ばされない措置として大きめの石をそのすみへ置いた。簡易的な措置だが、夕立が止むまでの間ならば充分であろう。

 

 

「これで暫くはいいか」

 

 

「ん、ありがと……へくちっ」

 

 

「言わんこっちゃない、一旦校舎に戻るぞ」

 

 

 隣でくしゃみをするフィーにグランは溜め息を吐いた後、彼女を連れて二人で本校舎へ。一階の医務室を訪れ、ベアトリクスからタオルを受け取るとベッドに腰を下ろして髪を拭き始める。グランは元々そこまで雨に濡れていた訳ではないため、自身の髪を軽く拭くと、フィーからタオルを奪って代わりに彼女の頭を拭き始めた。

 フィーの髪を拭くグランの手つきは慣れた様子で、彼女もまた気持ち良さそうに目を閉じて髪を拭かれている。そして彼女の髪が乾き始めた頃、グランが突然飛んでもない事を口にした。

 

 

「服の下も濡れただろ、拭いてやるから脱げ」

 

 

「……え」

 

 

 フィーは唖然とした様子でグランの顔を見上げ、彼と視線が合った直後に顔を下へ向けてその頬を僅かに赤く染めた。当然の反応である、異性の前で服を脱ぐなど恥ずかしくて出来る訳がない。むしろその無自覚なセクハラ発言に声を荒げなかっただけでも彼女は立派だ。

 もじもじと体を動かして服を脱がないフィー。グランはその様子に首を傾げていたが、やがて自分の失言に気付く。どこか申し訳なさそうに彼は頭を掻き始めた。

 

 

「……悪い、そういやフィーすけも気にする年頃だったか。オレも中々昔の癖が抜けないな」

 

 

「別に気にしてないけど……後ろお願い」

 

 

「ああ……じゃあ前は自分で拭いてくれ」

 

 

 グランはベッドに上がるとフィーの背後へ回り、その姿を確認した彼女は徐々に制服のボタンを外し始めた。そして全てのボタンを外し終わると、濡れた制服に肌着、更には下着も外してからフィーは急いで傍に置いていたタオルで前を隠す。

 フィーの白い肌があらわになり、彼は手に持ったタオルでその背中を拭き始める。昔からグランを兄のように慕っているとは言え、彼女も女の子だ。羞恥心は完全に拭えないのか、以前その顔は赤く染まったまま。そしてそんな風に両者が黙り込んで静かな空間が広がりを見せる中、ふとフィーが笑みをこぼしながら口を開いた。

 

 

「こうしてると、グランが団にいた頃を思い出す」

 

 

「西風か……あの時は結構楽しかったな。ルトガーの親父ともバカやったもんだ」

 

 

「うん……グランが副団長になってからみんな頭抱えてた。団長が二人いるみたいだって」

 

 

「はは……そんなに似てたか?」

 

 

「そっくり。普段の性格とか、頼りになる感じとか……だからみんな、グランを副団長として認めてたんだと思う」

 

 

 嬉しそうに話すフィーの後ろで、グランは苦笑を浮かべながら応えていた。二人の脳裏を過るのは三年前までの日々。今から四年程前にグランが西風の旅団へ加入し、彼が一年後に団を脱けるまでの間の、大変ではあったが充実していた楽しい毎日。

 グランの性格を考えると、彼と同じような性格の団長を抱える西風の面々は当時大変だったに違いない。何せ一人いるだけでもいっぱいいっぱいなのだ、グランが加入して二人ともなれば手に負えなかったはずである。それでも、そんな事を全部引っくるめて、両者とも慕われていたのだろう。

 

 

「だから、三年前にグランが団からいなくなった後、みんなすごく怒ってた。グランは一人で全部抱え込んで……周りからは頼られても、あいつは結局誰にも頼らなかったって」

 

 

「そりゃあクソ親父に関しては個人的な問題だしな。つっても、西風のみんながいるだけでオレは結構頼もしかったんだぞ?」

 

 

「そんなの理由にならない。一人の問題はみんなの問題……それが家族だから」

 

 

 いつしかフィーはその身を翻し、グランの顔を見詰めていた。今まで一度として周りを頼った事のない彼へと向けたその顔は、どこか怒っているようにも見える。

 士官学院に入学し、Ⅶ組で特別実習を行っていく中で確かにグランは変わってきていた。ルナリア公園で魔獣に囲まれた時、バリアハートの地下で軍用魔獣に道を阻まれた時、ノルドの石切り場で傭兵達を追い詰めた時、帝都の地下でテロリスト達を追い詰めた時。いずれも、グラン一人ではなくⅦ組のみんなで切り抜けてきた。

 しかし、その全ては本来グラン一人で対処の出来る内容だ。当時の彼も任せこそしたが、それは頼っての選択ではない。みんなが成長していくための、強くなっていくための判断である。故に、グランはこれまでみんなを信頼していても頼った事は一度もなかった。

 自身のこれまでの行動を振り返り、グランはばつが悪そうに頭を掻く。

 

 

「そうだな……西風にしても、今いるⅦ組にしてもオレ達にとっては家族みたいなもんか」

 

 

「そゆこと」

 

 

「だったら……オレが頼りにするくらい大きくなってもらわないとな」

 

 

「ん……頑張る」

 

 

 頭に手を置かれ、くしゃくしゃと撫でられて目を閉じるフィー。どこか嬉しそうにしている彼女にグランも自然と笑みがこぼれ、ベッドの上にいる二人の姿はどこからどう見ても本当の兄妹だ。

 そして、二人に紅茶を出そうとカーテンのすみからその様子を覗いたベアトリクスも、彼らの姿を微笑ましそうに見詰めた後、そっとその場を下がるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 フィーをベアトリクスに預けた後、グランはトワに呼ばれていた事を思い出して学生会館へと向かう。学生会館に入って食堂に訪れた彼は、トワを探すもその姿を見つける事が出来なかった。実際は厨房の中で調理の最中なのだが、そのような事を彼が知るはずもない。

 トワが来るまで待っていようと、グランが食堂のテーブルへ着こうとしたその時。導力カメラを手に学生会館へ入ってきた平民の男子生徒が彼の視界に入った。

 

 

「へっへー、雨に濡れた女の子達を激写しまくったぜ!」

 

 

「レックス、詳しく話を聞かせてもらおう」

 

 

「あ?……ってお前Ⅶ組のグランじゃねえか!?」

 

 

 いかがわしいその発言にグランが反応しないはずもなく。いきなり視界に彼が現れたため、レックスもかなり驚いた様子である。

 先月の自由行動日、隠し撮りした写真を使って他の生徒達と取引をしていたレックスは取引現場でリィンとグランに捕まってしまう。その時は写真を全て処分され、現像する前の威光クオーツを光に照らして中身を消す事で話はついた。金輪際隠し撮りはしないと、写真部の部長でもある二年の貴族生徒フィデリオにも誓っている。

 しかし、人間そう簡単に改心するものではない。レックスも隠し撮りを控えて相手の同意の元写真を撮る事が多くなってはいるが、癖付いているのかたまに先の発言のような行動を取る。そして、彼がそのような行動を中々止められない原因は他にもあった。

 

 

「結構いい写真が撮れたんだ、今から現像するんだけどよかったら一緒に見ようぜ……ってもしかして用事でもあるのか?」

 

 

「眠りそうになるくらい暇だ、付き合おう」

 

 

 レックスの写真に需要があるのだ。彼の写真は写っている人が自然体で、皆生き生きとしているため総じて評価が高い。勿論この間のようにその写真で取引をする事はないが、彼が撮影した写真を楽しみに見る者もいる。グランもその一人だ。

 何かと趣味の合う彼らは互いの考えを認めあっている仲で、たまにレックスがグランを誘って女の子を撮影した写真を見せる事が何度かあった。そして今からトワとの約束があるというのに、そのレックスの誘いに乗って学生会館の二階へ上がっていくグランは本当に最低である。生徒会の女子達に知れたら袋叩き必須であろう。

 

 

「……あれ? グラン君の声が聞こえたと思ったんだけど……気のせいかな?」

 

 

 グランとレックスが二階へ上がった丁度その時、料理を作り終えたのかトワが厨房から姿を現した。グランの姿が見えない事に首を傾げた後、彼女はテーブル席に着いて彼が到着するのを待つ。トワが不憫に思えてやまない瞬間だった。

 そしてトワが食堂で待ち続ける事四十分。グランは未だ写真部にいるようで、中々食堂に姿を現さない。待ち続けていたトワは日頃の疲れがたまっていたのか、睡魔に襲われたようでうたた寝をしていた。

 

 

「お父さん……お母さん……えへへ……」

 

 

 幸せな夢を見ているのか、トワが嬉しそうな顔で寝言を呟いていた。彼女はこの容姿で十八才という意外性の持ち主だが、呟かれているその内容は見た目通りの可愛らしいものである。

 そしてトワが眠りについて暫く、学生会館の二階から漸く彼が降りてきた。

 

 

「完全に会長との約束忘れてたわ……怒ってるかもな」

 

 

 しまったといった表情で、グランが食堂へ姿を現す。彼は直後にテーブルでうたた寝しているトワを見つけ、苦笑いを浮かべながら彼女の隣の席へと腰を下ろした。未だ夢見心地のトワを眺め、その幼げな顔に笑みをこぼす。

 そして、そんな風にトワを眺めている中でふとグランは思い返していた。先月の帝都での特別実習初日、鉄道憲兵隊の詰所内でクレアと交わした会話の内容を。

 

 

──来月末、クロスベル市に新設されるオルキスタワーと呼ばれる建物において、西ゼムリア各国の代表が集います──

 

 

──それをオレに話してどうするんですか?──

 

 

──今、帝国で閣下の命を狙うテロリスト達が動いている事はご存じですよね? そこで、閣下の……ギリアス=オズボーン帝国政府代表の護衛として、グランさんに通商会議へ同行していただきたいのです──

 

 

「(マジで受けといてよかった……会長一人を、クソ親父の待つクロスベルへ行かせるわけにはいかないからな)」

 

 

 特別実習開始前、クレアが極秘裏にグランへ要請していた護衛任務。当時は三千万ミラという契約金を提示された事で受け持つ事にした彼だったが、後にトワが通商会議へ同行する事を知って断らずによかったと溜め息を吐く。しかし、同時に彼の脳裏には幾つかの疑問が残っていた。

 実は、事前にクロスベルの状況を把握しておこうとグランが情報を集めた中で気になる内容があったのだ。従兄のランドルフが所属するクロスベル警察の特務支援課繋がりで、遊撃士協会のクロスベル支部から受け取った情報の一つ。それは、帝国政府と赤い星座の間で何らかの契約が交わされているというもの。因みにその契約金は、一億ミラという膨大な額である。

 

 

「(オレと赤い星座を引き合わせて何を企んでんだか……クロスベルでオレがくたばるのを期待してんのか、或いは……)」

 

 

「う~ん……あれ? 私寝ちゃってたんだ……」

 

 

 グランが一人思考の海に潜っている横、うたた寝をしていたトワが目を覚ました。彼女は寝惚けた顔で周囲を見渡した後、隣で瞳を伏せているグランをその視界に捉える。寝起きで焦点が定まっていないのか、暫く彼の顔をぼんやりと見上げ、目を擦ってからまばたきを何度か繰り返す。そして鮮明になった視界に再びグランの顔を捉え、漸く彼女の脳が覚醒した。

 

 

「ご、ごめんね!? 私が呼んでおいて寝ちゃうなんて……!?」

 

 

「ん?……おはようございます会長。疲れが溜まってたんでしょう、よく眠れましたか?」

 

 

「すぐに準備するから!」

 

 

 慌てた様子で立ち上がったトワは、駆け足で厨房の中へ入っていった。そんな彼女の姿を見ていたグランは笑みをこぼし、トワが厨房の扉を閉めたところで彼は再び思考の海へと潜る。クロスベルに滞在する赤い星座の対応、現地で必ず奇襲を仕掛けてくるであろうテロリスト達の対処について。

 そして、徐々に厨房から聞こえ始めたトワの慌てた声と食器の割れる音に心配しつつ、今度こそはとグランは誓う。

 

 

「(必ずだ……必ず会長を護りきるッ──!)」

 

 

 瞳を伏せた彼の脳裏には、かつて目の前で失ったクオンの姿が過っていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「すみません。買い物を任されているので、これで失礼します」

 

 

「そう、付き合わせてごめんなさいね。それじゃあ……『アーベントタイム』今夜もよろしくね」

 

 

 夕立も降り止み、空が暗やみに染まり始めたトリスタの公園にて。買い物袋を手にしたリィンと楽しげに会話を行う女性がいた。マリンキャップを頭に被り、眼鏡をかけたどこか色気の漂うその女性は、第三学生寮へと入っていくリィンの後ろ姿をじっと眺めている。

 どこかで聞いた事のある声を発する彼女。そしてリィンが学生寮の扉を閉めた後、その女性は眼鏡を外して怪しげな笑みをこぼした。

 

 

「ふふ……なるほど、彼だったわけか。あの様子で間に合うのかしらね」

 

 

 女性は腕を組むと、学生寮をその紫の瞳に映しながら意味深げな言葉を呟く。ラベンダーの香りを周囲に漂わせ、その顔はどこか愉しんでいるような表情だ。

 彼女は一体何者なのか……その疑問は、直後に聞こえてきた声によって明かされる。

 

 

「ヴィータさん。お願いですから、オレの仲間に接触するのだけは避けてもらえませんかね」

 

 

「大丈夫よ、彼を導くのはあの子の役目だもの。それにしても……上手く変装したつもりなのだけど、やっぱり貴方には気付かれちゃうのね」

 

 

 そのカジュアルな服装からは想像がつかない女性の正体。ヴィータはその場を振り返り、トワの手作り料理を食べた帰りの彼──自身の正体をすぐに見破ったグランの顔を瞳に映す。悪戯な笑みを浮かべて彼を見詰める姿は、蒼のドレスを身に纏った時の妖艶な彼女を思い出させた。

 直後にヴィータは眼鏡をかけ、傍に近寄ってきたグランの顔を覗き込むように前屈みの姿勢になる。

 

 

「全く、連絡してくれれば時間を作りますから」

 

 

「あら、もしかして黙ってリィン君に会った事にヤキモチを妬いてるのかしら? ふふ、心配しないで。私が見ているのは……グランハルト、貴方だけ」

 

 

「同じ事を以前レオンハルトに言ってた気がするんですが」

 

 

「昔の事は忘れたわ……そう言えば、レオンは結局一度も振り向いてくれなかったのよね。分かってはいた事だけど」

 

 

「『分かっていたのなら止めてくれ』……きっと今そう言ってますよ」

 

 

 アッシュブロンドの髪の青年を思い出し、グランとヴィータは夜空を見上げて少しの間物思いに耽る。グランにとってはかつてある組織へ誘ってもらい、何度も手合わせをした良き理解者。そしてヴィータにとっては、何度も気を惹こうとして結局叶わなかった人物。本当に惜しい人を亡くしたと、二人は口を揃えて二年前に命を落としたその青年の死を悼む。

 夜の公園は静けさが漂い、夏の夜にしては空気も僅かに冷たさを増しているようだった。二人が感傷的になった影響か、顔を合わせたグランとヴィータは思わず苦笑を漏らす。

 

 

「逢瀬はまたの機会にしようかしら。この前貴方の師匠(せんせい)にも釘をさされちゃったし、今度は誰にも気付かれない場所で会いましょう」

 

 

「はぁ……オレとしては、出来れば会わずに済むのが一番なんですが」

 

 

「そんな寂しい事を言わないで……それじゃあまたね、グランハルト」

 

 

 グランの頬に手を添えた後、ヴィータは公園を出てトリスタの西にある建物──ラジオ局の中へとその姿を消した。あの場所に何の用事があるのかと疑問に思うグランだったが、彼女がミスティという名でラジオのパーソナリティーをしている事を彼は知らないため、その疑問も仕方ない。

 一人になった公園には、冷たい風が吹き抜ける。グランは瞳を伏せた直後、穏やかな表情で再び闇夜の空を見上げた。

 

 

「カリンさん、だったか……幸せにな、レオンハルト」

 

 

──余計なお世話だ……お前もな──

 

 

 トリスタの夜空からは、確かにそんな声が返ってきた気がしたグランだった。




猟兵王ってどんな人だったんだろう……まあ、取り敢えずめちゃくちゃ強かったのは確かだよね。

グランが結社に入ったのは三年前、剣帝が亡くなったのは二年前……という事は、福音計画進めながら何度もグランに付き合ってくれたのか……レーヴェなんて良い人!

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