紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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グランの力とラウラの心

 

 

 

 リィン達は風見亭のカウンター席にいるサラから課題の書かれた紙を受け取ると 、店を出てそれを広げていた。目を通すと、用意されていたものは薬の材料調達、壊れた街道灯の交換といったお手伝いのような依頼に加え、街道の魔獣退治という危険を伴う依頼もある。《Ⅶ組》ならではの特別なカリキュラム……内容だけ見ると魔獣退治を除いてはそれほど難しくないように思え、これが特別実習なのか?と一同は拍子抜けしていた。この実習にどういった意図があるのだろう……皆が考える中、リィンは思い出したように口を開く。

 

 

「そういえば、自由行動日に俺が生徒会の手伝いとして受けた依頼も似たようなものだった……もしかしたらサラ教官は、依頼を通してその街や土地の実状を掴ませようとしているのかもしれない」

 

 

 リィンが話しているのは、先日の自由行動日に生徒会から手伝いを頼まれて依頼をこなしていく内に、トリスタの街の地理や状況がかなり把握できたというもの。アリサやラウラ、エリオットがその考えに成る程と納得する中で、グランはまた違う事を考えていた。それは、似たような事を生業にしている集団を思い出したからだ。

 

 

「しっかし、サラさんも遊撃士(ブレイサー)みたいな事させるんだな」

 

 

「っ……!? 遊撃士か、その発想はなかったな」

 

 

「ほう……グランも案外と考えを廻らせているのだな」

 

 

 グランの考えにリィンとラウラが感心し、エリオットが横で「そういえば最近見なくなったよね」と口にする。遊撃士協会(ブレイサーギルド)──民間人の保護を最優先とした軍とは異なった組織であり、その本部はレマン自治州と呼ばれる地域にある。支える籠手の紋章を掲げ、民間人の安全を守る組織でもあることから各国の市民には人気が高い。しかし、このエレボニア帝国ではある事件がきっかけで遊撃士の活動が大幅に衰退した。とは言えラウラの実家であるレグラムには遊撃士協会(ブレイサーギルド)の支部があるらしく、鍛練漬けで余り外の世界を見たことのない彼女はエリオットの言葉に首を傾げていた。そして、そんな考えが出てくれば新たな疑問も生まれてくる。

 

 

「でも、どうして遊撃士なのかしら?」

 

 

 アリサの言うように、何故遊撃士の様なやり方を選んだのか。先にリィンが言っていた考えが当たっていたとしても、その土地の実状を把握させるだけなら効率的な方法は他にもある。むしろ歩き回って時間をかけるより、その土地に詳しい者から話を聞くだけで済む話だ。一同が更に頭を悩ませる中、グランはハッと気が付く。朝の仕返しと言わんばかりに、グランはサラの事を話し出した。

 

 

「そりゃあ、サラさんが元遊撃士(ブレイサー)だからだろ」

 

 

 サラの意外な過去。本人のいないところで過去を勝手にバラすのは如何なものかと思うが、こうなったら皆気になってしまう。グランの話によれば、サラは現役時代『紫電(エクレール)』と呼ばれていた凄腕のA級遊撃士だったらしい。どのくらい凄いか……A級遊撃士の数が大陸全土でも二十人くらいしかいないと言えば、その凄さが分かるだろう。だが、それほど優秀だったサラは何故遊撃士を辞めたのか? 話を聞いたリィンはそれが気になり、グランへ問い掛ける。

 

 

「でも、どうしてサラ教官は遊撃士を辞めたんだ?」

 

 

「さ、さあ? 何でだろうな……」

 

 

 リィンのちょっとした疑問に、それを横で聞いていたグランは何故か目線をそらしていた。そんなグランの様子を見て首を傾げる四人だったが、グランが無理矢理この話題を終わらせたことでその理由も分からず終い。そして自分が教えたことは黙っていてくれとグランは付け足すと、実習の課題に取り掛かろうとリィン達に促した。その声に四人が頷いて、最初の依頼内容を聞くためにこの町の礼拝堂を目指して歩き始める中、グランはその四人の背中を見ながら自嘲気味に呟く。

 

 

「──言える訳無いだろ。サラさんが遊撃士(ブレイサー)辞めたのは、オレのせいだなんてよ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「──どうしてこうなった」

 

 

 ケルディックの西に通った街道、その道中でグランは何故かそんなことを呟いていた。現在グランの周囲には狼のような姿をした魔獣が彼を囲む形で集まっており、その数、実に十二体。魔獣達はグランに向かって威嚇をしながらその距離をじわじわと縮め、今にも飛び掛かりそうな勢いだ。グランはその光景を見てため息をつきながら、こうなった経緯を思い出していた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 グラン達は初めにケルディック礼拝堂の教区長から薬の材料調達の依頼を受け、大市の薬局でベアズクロー、西ケルディック街道に住む農家から皇帝人参を受け取ってきてほしいと頼まれる。そして壊れた街道灯の交換も確か西ケルディック街道だったとリィンが思い出し、ケルディックにある工房『オドウィン』で同様に依頼を受けた。新しい街道灯を受け取り、取り替え時に入力が必要な解除コードの番号を教えてもらうと五人は町を出て西ケルディック街道へと足を踏み入れる。

 

 

「列車からも見えたけど、近くで見ると圧巻だな」

 

 

 町を出た先、街道には黄金色に染まった広大なライ麦畑の土地が広がり、リィンや他のメンバー達を驚かせた。そして街道ということは当然魔獣も徘徊しているわけで、道中何種類かの魔獣と遭遇する。とは言えリィン、ラウラ、グランの前衛、アリサの弓、エリオットの魔法(アーツ)による後方支援は十分すぎる戦力で、さほど苦労することもなく街道を進んでいく。そんな風に一同が歩いていくと、途中で壊れた街道灯のあるエリアへと差し掛かった。そこでグランが提案する。自分が街道灯を取り替えている間に、農家から皇帝人参を受け取ってきてくれと。

 

 

「グラン、本当に一人で大丈夫か?」

 

 

「任せとけってリィン。さっさと替えてくっから、皇帝人参貰っといてくれ」

 

 

「ふむ、作業自体はそれほど難しいものでは無いようだが……」

 

 

 グランの提案に、リィンとラウラの二人は少し心配しながらも納得。だがアリサはグランが一人で作業するということ自体に不安を抱いており、余り乗り気ではない。

 

 

「何だか果てしなく不安なんですけど」

 

 

「まあまあアリサ、ここはグランに任せてみようよ」

 

 

 結局エリオットの言葉もありアリサは渋々納得。グランはリィンから街道灯の替えを受け取ると、最後に解除コードを教えてもらってリィン達と別れて件の街道灯がある方へと向かう。そして程なくしてその街道灯は見つかり、グランは早速取り替えようと古い街道灯を取り外しに掛かった。だが、そこで問題が起きる。

 

 

「さて、解除コードは──466……の何だっけ?」

 

 

 早くもグランは解除コードを忘れていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「──女子の感ってよく当たるんだな」

 

 

 回想を終えたグランはそう呟くと、側にある壊れた街道灯へ視線を向けていた。リィン達が向かった農家はここからそれほど距離は離れておらず、余り足踏みしていると直ぐに戻ってきてアリサ辺りから小言を言われるに違いない。そう考えたグランは大きくため息をつくと、手っ取り早く片付けるために闘気を高めようと腰を落とす。その直後、グランは闘気を最大まで解放した。

 

 

「ハアアアアア──ッ!」

 

 

 その瞬間、辺り一帯の空間が震える。グランの放つ闘気はウォークライと呼ばれ、傭兵の中でも一流の腕を持つ猟兵(イェーガー)にしか扱うことはできない。そして彼の使うそれは、父親の異名にあてられてオーガクライと呼ばれる。凄まじいまでのオーラがグランを纏う中、闘気を肌で感じた魔獣達はそれに充てられて次々とその場で倒れ始めた。魔獣が気絶し、無力化したのを認識したグランは徐々に闘気を鎮めると元の状態へと戻る。

 

 

「さて、と……」

 

 

 周囲に倒れている魔獣達に視線を向けていたグランは、その視線を上げて一人の少女へと移す。グランの瞳に映るのは、驚きの表情を浮かべながら大剣を構えるラウラの姿。

 

 

「そなた、今のは……」

 

 

「何でこのタイミングで来るかね……」

 

 

 大剣を鞘に納めて近寄ってくるラウラを、頭を抱えながら見ているグランだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 街道灯の側に生えた木の下で、グランとラウラは顔を俯かせながら互いに幹へもたれかかり、背中合わせに座っていた。暫くの間沈黙している二人だったが、程なくしてグランが口を開く。

 

 

「何で来たんだ? リィン一人で前衛はキツいぞ」

 

 

「心配だから、とアリサに言われてな。依頼の品を受け取る予定の農家は、ここから目と鼻の先。見たところ魔獣もいなかった故、問題ないはずだ」

 

 

 言葉を交わした後、またしても沈黙の時間が流れる。どうやらグランからは何も話す気はないらしく、それを感じたラウラは俯かせていた顔を上げると、グランへと問い掛ける。

 

 

「あれが、そなたの本気なのか?」

 

 

 分かりきった質問だな、と思いながらラウラは口にする。かなりの距離があったにもかかわらず、グランの放った闘気にラウラは体を震わせ、無意識の内にその両手には大剣を構えていた。ラウラ自身、あれほど肌が焼かれるような思いをした経験はない。もしかしたら、闘気だけなら自分の父以上ではと思ったくらいだ。

 

 

「一応な。魔獣以外の相手には使えないが……」

 

 

「どうしてだ? 先程のそなたの力なら、かなりの強者とも渡り合えるのではないか?」

 

 

「──力だけならな。その代わり、今まで培った八葉の剣は、ただの暴力にしかならないが」

 

 

 ラウラはグランの言っていることの意味がいまいち分からなかった。あれほどの闘気にグランの持つ八葉一刀流、二つが合わさればこれ以上の事はない。なのにただの暴力とは一体どういうことだろうか。ラウラが考えを廻らせていると、今度は逆にグランが問い掛ける。

 

 

「一つ、参考までに聞いておきたい……ラウラの考える、力を持つ者の条件って何だ?」

 

 

「それは……力なき者を、私の住む故郷のレグラムで言えば、領民を守るために振るう事を言うのだと思う」

 

 

「そうか……ラウラは持ってるんだな。ラウラなら、いつか『光の剣匠』を越えることが出来るとオレは思うぞ」

 

 

「……そなたに感謝を。因みに、グランの考える条件とはどのようなものだ?」

 

 

 グランの言葉にラウラは頬を微かに紅潮させ、聞き返す。興味があるのだ。グランのような、自分よりも力を持つ者にどのような考えがあるのか。だからこそ、ラウラはグランから返ってきた答えに戸惑うこととなる。

 

 

「──分からないんだ。何を持って条件なのか、オレに欠落しているものが何なのか」

 

 

「えっ……?」

 

 

「知り合いに言われてな。オレには、力を持つ者に必要な何かが欠落してるらしい」

 

 

 らしい、と言うことは本当に何なのかグラン自身分かっていないということだろう。ラウラは後ろに振り返ると、立ち上がったグランを見上げてその背中を視界に捉える。そしてその姿を見て、彼女は旧校舎での一件を思い出した。

 

 

「(まただ。グラン、そなたはどうしてそんな背中を……昔のそなたに一体何があったのだ?)」

 

 

 本当ならもう少し聞きたいところだが、これだけ話してもグランが一向に過去を話さないのは、やはり相当な理由があるはずだ。人の過去を無理矢理聞こうとするほどラウラはデリカシーのない人間ではない。いつかは分からないが、グランが自分から話してくれるその時を待とう。ラウラはそう決めると、同じく立ち上がってグランと視線を合わせ、口を開いた。

 

 

「そろそろアリサ達が戻ってくる頃のようだ。早く街道灯を交換しておこう……因みに解除コードは、466の515だ」

 

 

「……サンキューな、ラウラ」

 

 

 グランはラウラの心遣いに感謝しながら、途中のまま置いていた街道灯の交換を再開するのだった。

 

 

 




チートクライと時間制限はかなりのトラウマでした。因みにグランとサラの実力はほぼ互角ですが、オーガクライを使用した場合は上回ります。単純な戦闘能力はグランが上、経験の差でサラが何とか食らいつける感じでしょうか。

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