紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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通商会議へ向けて

 

 

 

 八月も中旬を迎え、トリスタの街は今年一番の猛暑に見舞われていた。ビールが美味しく感じてくるこの季節。殆どが故郷へ帰省している貴族生徒を除いた平民生徒達は、その様な息抜きも短い夏期休暇で終了となり日々修練に励んでいる。

 Ⅶ組に在席しているリィン、ユーシス、ラウラの三人は貴族生徒のため帰省許可が出ていたが、三人共帰省する事なく他のメンバーと同様に勉学や武術訓練を受けていた。こういった要所要所にⅦ組の絆が見え隠れし、繋がりの強さを思わせる。

 そして八月十八日の水曜日、いつもの様に何の変哲もない朝の時間。何故かグランがいないⅦ組九名は教室で他愛もない会話を行いながら、恐らくは寝坊で朝のホームルームに遅刻しているサラを待っていた。

 

 

「おっ待たせ~……って、何よその目は。言っとくけど寝過ごした訳じゃないわよ?」

 

 

 教室に入った途端、リィン達から冷めた視線を向けられたサラは不満げにそう話した後、教壇に上がって各々席へ座るように促す。そして皆が席に着いた事を確認した彼女は、短い前置きを述べてから唐突に編入生を紹介すると言い出した。この時期に編入生というのもあってかリィン達は皆困惑しており、室内が僅かにざわつきを見せる。

 そんな中、サラは扉の向こう側で立っているであろうその人物へ入室してくるよう声を上げ、直後に扉が開いて中へと入ってきた人物の顔を見たリィン達は更に困惑した。

 

 

「さっさと自己紹介しなさい」

 

 

「ちぃーっす、二年のクロウ=アームブラストです。今日からⅦ組に参加する事になりました……ってなワケで、よろしく頼むわ♪」

 

 

「えっと……何かの冗談ですか?」

 

 

 思わずリィンが呟いた、そして他のメンバーも心の中の声は同じだった。にこやかに教壇の前で自己紹介をしたクロウを余所に、何故二年生の先輩でもある彼がいきなりⅦ組へ編入なのか一同がサラへ問い掛ける。

 編入してきたクロウ本人の談では非常に深刻かつデリケートな理由があるとの事だが、次にサラが話したその理由にリィン達は揃って頭を抱えた。

 

 

「こいつサボってばっかりだから、一年の時の単位を幾つか落としててね。今更泣きついて来たもんだから、今回は特例として三ヶ月間Ⅶ組で授業を受ければいいって事になったのよ」

 

 

「ただの阿呆か……」

 

 

「何ですか、そのどうしようもない理由は……」

 

 

 ユーシスとマキアスの呟き同様に一同の顔は呆れ果てており、クロウも声を詰まらせる。サラは溜め息を吐いて肩を落とし、誰一人としてクロウの事を擁護する事はなかった。

 所々から溜め息が漏れるⅦ組の教室……そして、ふとガイウスが未だに開いたままの扉に気付く。

 

 

「サラ教官、扉が開いたままのようだが……もしや他にも?」

 

 

「ええ、その通りよ……入って来なさーい」

 

 

 サラが廊下へ向かって呼び掛け、リィン達も誰が来るのだろうとその視線を扉が開いた場所に固定する。教室内は静けさを増し、メンバーの誰もが入ってくるであろう編入生に注目した。

 しかし、どれだけ待っても教室に入ってくる気配はない。しびれを切らしたサラは面倒そうに頭を掻いた後、教壇を下りて一度退室する。

 

 

「こら、呼んだら来なさいって言ったでしょうが──」

 

 

「うーん、やっぱりガーちゃんと一緒にどっかーん! って登場した方が良いかなぁ?」

 

 

「普通に行け普通に……教室ぶっ壊すつもりかお前は」

 

 

 サラの視線の先には、何とも物騒な事を話す水色の髪の少女とそれを宥めるグランの姿。恐らくはこの少女がもう一人の編入生という事になるのだろうが、その顔はまさにノルド高原でリィン達と共に襲撃事件を解決したミリアム=オライオンである。

 鉄血宰相ギリアス=オズボーンの配下『鉄血の子供達』の一人として数えられる少女がこのタイミングでⅦ組へ編入してきた。本来ならばオズボーンを敵対視しているサラが編入を反対しただろう、何故なら彼女が鉄血宰相の息がかかった人物を生徒の傍に置く筈がない。オズボーンを憎むテロリストが事件を立て続けに起こしている現状、士官学院の生徒とは言え、これ以上リィン達を危険な目に遭わせるわけにはいかないからだ。

 しかし、それはミリアムという少女を組織的観点から捉えた話である。此度の編入は色々と思惑が見え隠れするところではあるが、それを除けばミリアムという少女は本当に何処にでもいるような小さな少女だ。だからこそサラはミリアムの編入に口出しをしていない。そしてグランもまた、こうして彼女と普通に接している。

 

 

「時間も押してるから早くしなさい」

 

 

 一先ず自己紹介を先に済ませるようにと、サラはミリアムへ告げてから教室の中へと戻っていく。そしてそんな彼女の背を眺めた後、ミリアムはその顔に笑顔を咲かせながら突然グランの前で跳び跳ねた。

 

 

「そうだ! 改めてになるけど……ボクはミリアム、ミリアム=オライオンだよ。ガーちゃんと一緒に、これからヨロシクね、グラン!」

 

 

「Ж・Wпэгк」

 

 

「分かったから、取り敢えずアガートラム消して教室で自己紹介しような」

 

 

 抱えている背景とは裏腹に純粋無垢な笑顔を向けてくる少女と、彼女の傍で不意に姿を現して理解不能な言語を発する銀色の傀儡、アガートラム。グランは先行きが不安になりつつも笑みをこぼしながら一緒に教室へ入るのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 クロウとミリアムがⅦ組へ編入してから、早くも三日が過ぎる。二人は不思議なほど自然とⅦ組に馴染み、リィン達も違和感無く普段の学院生活を過ごしていた。学院の色んな場所で突然アガートラムを呼び出したりと一時士官学院が騒ぎになったりもしたが、それ以外はミリアムも大人しく、授業も真面目に受けていたりする。

 そして本日行われる授業の一つ。歴史担当のトマス=ライサンダーは教壇に立ち、授業開始の号令を終えてから早速語り始めた。

 

 

「えー、獅子戦役を終結させたのがドライケルス大帝であるという事は、皆さんに話すまでもないと思います。今日は、その大帝が獅子戦役を終わらせるに至った彼の協力者について話を進めていきましょう」

 

 

 二百五十年前に獅子戦役を終結させたドライケルス皇子。獅子心皇帝とも呼ばれ、現代でも尊敬されてやまない彼の内戦介入当初の手勢は非常に少数だった。ノルドの地で挙兵し、ノルドの民を初めとする各地で戦果を挙げつつ集めた仲間と共に、ドライケルス皇子は少しずつではあるが着実に勢力を増やしていく。

 そして彼が内戦の地を駆け抜けていく中で、後に内戦終結の立役者とも言える一人の女性と出逢う事となった。

 

 

「それではミリアム君。そのドライケルス皇子が内戦の最中に出会った、後の獅子戦役終結の立役者は誰でしょう?」

 

 

「はーい! リアンヌ=サンドロットでーす! またの名を──」

 

 

「『鋼の聖女』……だったか?」

 

 

 立ち上がっているミリアムが続けようとした中で、彼女の後方の席に座るグランが頭の後ろで両手を組みながら呟いた。早くも居眠りをしているクロウを除いた皆の視線が彼へと移ったが、各々の表情は頭を抱えていたり苦笑を浮かべていたりと様々である。実はグランの答えは間違っており、その時グランの左前の席のエマと担当教官のトマスの目が僅かに細くなって見えたのは気のせいだろうか。

 そしてグランの間違った解答を正すために、彼の右隣ではラウラが微笑みながら彼に向かって話した。

 

 

「正しくは『槍の聖女』だ。グラン、テストに出ていれば間違いになっていたぞ」

 

 

「マ、マジか……サンキューなラウラ。槍の聖女っと……何かごっちゃに覚えてたみたいだな」

 

 

「何と間違えていたのだそなたは……グランは本当に歴史が苦手だな。そ、そなたさえ良ければ……その、時間が空いた時にでも一緒に勉強をしてやろうか?」

 

 

「おっ、じゃあよろしく頼むわ」

 

 

 何気にラウラがグランと勉強会の約束を取り付ける中、トマスの仕切り直しの声によって授業が再開される。頬を僅かに紅潮させたラウラは机の下で小さくガッツポーズを決め、その様子をエマとフィーが微笑ましそうに眺めていた。

 そしてトマスによる歴史談義が行われる中で、ミリアムは後ろのグランへ意識を向けながら心の中で声を漏らす。

 

 

「(グランってば隠してるのか隠してないのか分かんないよねー)」

 

 

 声に出していれば、お前にだけは言われたくないとグランが突っ込んだ事だろう。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「えっと、こっちがクロスベルの概要で、こっちが……」

 

 

 放課後、生徒会室では机の上に置かれた資料をまとめるトワの姿があった。とある事情で抱えている生徒会の仕事を急遽片付けなければならなくなった彼女は、これから必要とする資料をまとめつつ、書類整理を平行して行っていた。終始目を動かしながら左右の手で違う作業を行う様は、事務仕事にうってつけの器用さと優秀さである。

 そしてトワが忙しなくもどこか嬉しそうに仕事を行っている最中、突然近くのソファーから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「会長、紅茶切れました」

 

 

「はーい、ちょっと待っててね」

 

 

 トワが返事を返した先、ソファーにはテーブルに置いた十数枚の資料を眺めるグランがいた。第三者がこの光景を見たら紅茶くらい自分で淹れろと突っ込むところではあるが、室内には二人しかいないためグランが注意される事はない。トワも大概人が良いため、忙しい中作業を中断して席を離れると、テーブルの上に置かれた空のカップを手に取って紅茶を注ぎに向かう。

 そしてついでに自分も一息入れようと考えたのか、トワはグランのカップともう一つ取り出したカップに紅茶を淹れる。近くに置いていたクッキーの入った器と一緒にトレイへ乗せると、グランの傍へ移動してから彼の隣へと腰を下ろした。

 

 

「はい、どうぞ……さっきから忙しそうだけど、この書類どうしたの?」

 

 

「仕事ですよ。会長には敵いませんけど、面倒な用件を頼まれまして」

 

 

「面倒な用件?」

 

 

「ええ……っと、早速会長が淹れてくれた紅茶を頂きますか」

 

 

「ふふ……この間趣味で焼いたクッキーもあるから、良かったら一緒に食べてみて」

 

 

 グランは資料をテーブルに置き、紅茶を一口含んだ後にクッキーを一枚頬張る。甘さ控えめのグランの味覚に合わせられたそれは、彼も満足そうに口にしていた。その表情を見たトワは微笑み、自身もまた紅茶を一口すする。

 二人はカップをテーブルに置くと、ソファーの背もたれへと体を預けた。

 

 

「……ところで、会長本当にクロスベルへ行くつもりですか?」

 

 

「あれ? 私まだ話してないのに、グラン君どうしてそれ知ってるの?」

 

 

「この前小耳に挟みまして」

 

 

 トワが不思議そうに首を傾げる中、彼女の視線を受けながらグランは苦笑を浮かべた。唐突に出たトワのクロスベル行きの話題、実はこの話には今月末にクロスベルで開催されるという通商会議に関係する。

 先月の帝都で起きた襲撃事件において、的確な避難誘導を行い民間人の負傷者を出さなかったトワはその能力を買われ、帝国政府からとある誘いを受けていた。

 八月末に行われる、IBC(クロスベル国際銀行)総裁兼、クロスベル市長を担うディーター=クロイス氏の発案した『西ゼムリア通商会議』。帝国からユーゲント皇帝陛下の名代として出席するオリヴァルト皇子、帝国政府代表として出席するギリアス=オズボーン。そして彼らと同行する帝国政府の随行団、そのサポートとして同行をしないかとトワは勧められていた。この様なまたとない貴重な機会を彼女が断ることは無く、トワも今回の通商会議へ同行する事になっている。

 

 

「うん。滅多にない機会だから、色々と勉強させてもらおうかなって思ってるよ……それがどうかしたの?」

 

 

「いや、どうって事は無いんですけど……一言相談して欲しかったなぁ、とか思ったり思わなかったり」

 

 

「あっ……ご、ごめんね!? グラン君にもちゃんと話そうって思ってたんだけど、話す機会が無くて……!?」

 

 

「はは……冗談ですよ。クロスベルと言えば、最近物騒な話も聞くんで心配しただけです」

 

 

 慌てた様子で話すトワに苦笑をこぼしながら、グランはテーブルに置いていた書類を一枚手に取った。彼はそれをトワへ差し出し、受け取った彼女はその書類に記されている内容に目を通す。

 そしてトワは書類の内容に目を通す中で驚いた。何故なら書類に記されているのは、クロスベルにおける内情や出来事等を詳細にまとめているものだったからだ。

 

 

「会長がクロスベルに行くって聞いて調べたんですよ……役に立つかは分からないですけど、良かったら後でその内容に目を通してみてください」

 

 

「グラン君……えへへ、ありがとう。大切に読ませてもらうね」

 

 

 思いもしていなかったグランの気遣いに感動しつつ、それほどまでに彼が自分を心配してくれていた事にトワは自然と笑みがこぼれる。書類をテーブルに置くと、グランの左手を取って愛おしそうに両手で包み込んだ。

 突然の彼女の行動にグランは若干の照れを見せつつも、視線をトワからテーブルに置かれた一枚の書類へ移してその笑みを消した。彼女がグランの様子に気付かない中、彼は徐々に表情を険しくさせながら心の中で呟く。

 

 

「(それだけじゃ無いんだが……まあ、話して変に心配させる事もないか)」

 

 

 書類を数回折り畳み、掌サイズに収めるとポケットの中へと仕舞った。まるで、この一枚だけは見せられないと言うような行動である。

 何故グランはその書類だけを除けたのか。実はグランが隠したその書類には、題目としてこう記されていた。

 

 

──『帝国政府と赤い星座の繋がりについて』

 

 

遊撃士協会クロスベル支部代表 ミシェル──




5章に入ってクロウとミリアムの参加、最近真面目に過ごしている風に見えるグランも徐々に行動を起こしてⅦ組のみんなは胃が痛い思いをするかも。自由行動日の水練なんかはその最たるイベントになるんじゃないかと。

そして会長のクロスベル行き、グランも会長に打ち明けていないけど色々と抱えてます。光の剣匠や第七柱と軌跡のチート枠総出の今章、いったいどうなるの……(困惑)

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