紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

73 / 108
想いの果てに

 

 

 

 幸せだったグランとクオンの日々は、一夜にして全てが崩れ去った。静まり返る闇夜の中、突然村が焼き討ちにあった事によって。

 村が焼き討ちにあう少し前。村に植えているハーブ達が気になるからと、皆が寝静まっている中でクオンは一人村へと向かっていた。村に火の手が上がり、教会の一室で目を覚ましたグランがその事に気付いた時にはもう遅い。

 

 

「同じベッドで寝ていたのに、アイツが脱け出していた事に気付かなかった当時の自分を呪いましたよ。村から火の手が上がっている事に気付いて、刀を手に急いで向かった時には全てが終わった後だった」

 

 

 当時、グランが現場に駆け付けた時に見た光景は信じられないものだった。村は灼熱の業火に包まれ、無事な家屋は何一つとして無い。破壊され、焼き付くされた目の前の惨状は、グランにとっては懐かしい硝煙の匂いを振り撒きながら非常な現実を突き付けていた。

 そしてグランが不意に視線を向けたハーブ畑があった場所。そこは既に炎が燃え広がり、緑の欠片も見えなかった。更にその近くには、白い髪を血によって所々赤く染めたクオンが倒れている。グランの思考回路が停止したのは直ぐだった。

 

 

──うそ、だろ……? クオン、おいクオン目を覚ませ!?──

 

 

──ごめん、ね……グランハルトが折角、手伝ってくれた、のに……畑……守れな、かった──

 

 

──そんな事は今考えなくていい! 直ぐに止血を──

 

 

「死にかけてるってのに、ハーブの心配なんかしてバカですよ。七耀教会の人間が気付いてくれるのを願いながら、急いでクオンの止血をしようとして……その時です、あの二人が姿を現したのは」

 

 

──グラン兄だ! パパ、グラン兄がいる!──

 

 

──捜したぞ。ケリが着いたのならさっさと帰ってこい、任せたい依頼がある──

 

 

 ライフルを抱えたグランの妹、後に『血染めの(ブラッディ)シャーリィ』と呼ばれる少女と父親であるシグムントの姿。それは惨状を生んだのが二人である事を意味し、グランの理性を吹き飛ばすには十分な理由だった。

 しかし、歴戦の猛者であるシグムントとの間にある決定的な実力差は埋められる筈もなく、一矢報いる事も出来ずにグランはあっさり返り討ちにあってしまう。

 

 

「クオンを撃ったのはオレの妹でした。そして、指示を出したのはクソ親父みたいで……赤い星座が村を焼き払った理由はとある人物からの依頼(リクエスト)。クオンはハーブ畑を守ろうとして、偶然それに巻き込まれた。まあ、罪の無い人間が巻き込まれるのは戦場じゃあよくある話ですよ」

 

 

 自身の家族の手によって、愛する人が殺された。その事実をグランから聞かされたトワは、衝撃のあまり言葉が出なかった。クオンという少女の死の真相は、彼女が想像していた以上に辛く、非情な現実であったからだ。

 これ程までに辛い出来事を、悲しい思いをグランは幼い頃に経験していた。抱え込んでいる悲しみを、苦笑いで紛らわしているグランの顔を見たトワはこの時、その全てを話してくれた事への嬉しさと感謝を胸に改めて思う。幸福から絶望へと突き落とされたこの子を、何としても救ってあげたいと。

 

 

「クオンを殺された後、オレはその仇を取る為に力を求めました。巻き込まれたアイツへの、せめてもの手向けとして。旅をする中で、色んな出逢いや偶然が重なって、今では漸くその足掛かりも出来て……でも、一つだけ選択を間違ってしまいまして」

 

 

「え? それって……どういうこと?」

 

 

「とある誘いに乗って、クオンと過ごした日々を……アイツに関する全ての記憶を封じた事です。そのお陰で当時抱いていた迷いは無くなりましたが……本当に、二度とクオンの墓の前に立てないような過ちを犯しました」

 

 

 自嘲気味に笑みを浮かべながら、グラン自身が話し始めた犯してはならない過ち。不意に疑問を抱いたトワが聞き返した先で彼が話したそれは、先までのクオンの話を聞いていた彼女からすれば想像出来ないものだった。

 クオンを好きだった筈のグランが、どの様な理由であれ彼女との思い出を故意に封じた。その行いがどれだけグランにとって辛い事なのか、後悔を生んでいるのかが嫌でも分かってしまったから。

 

 

「あんまり自分を追い詰めたりしちゃ駄目だよ、グラン君」

 

 

「……っ……!」

 

 

 気付けばトワは、グランの頭を自身の胸に抱き寄せていた。椅子に座っているグランの前へ、膝立ちで移動していた彼女は包み込むようにベッドの上で彼の頭をそっと抱き寄せる。ぎゅっと、しかし強過ぎる事の無いように絶妙な力加減で。自責の念に囚われ、今でも自身を攻め続けている彼を優しく包み込む。

 トワの胸の中、グランは僅かに驚きの声を漏らしていたが、当の本人は更に驚いていた。無意識の内に自身が取っていた行いに、周囲に憲兵達がいるにもかかわらず移してしまったその行動に。先程から傷の治療で小さく苦悶の声を上げていた者達の声も、彼女の取った行動に気が付いてピタリと止んだ。

 自身が抱える辛さや悲しみを、苦笑を浮かべる事で必死に隠そうとするグランの顔がトワには見るに耐えなかった。その結果思い掛けず抱き締めてしまった彼女だが、逆にこの状況下で彼女の決意は固まったらしい。トワはその頬に熱が帯びていくのを感じながら、ゆっくりと瞳を閉じる。

 

 

「あのね、グラン君。前へ進む事は勿論大切な事だけど、時々立ち止まって休む事も大切なんだよ? 疲れちゃったり、苦しくなったら、無理をせずに休んだっていいの。だってグラン君はこれまで、ずっと歩き続けてきたんだから」

 

 

 母が我が子をあやすように、姉が弟を思いやるように。グランの頭をその小さな体で包みながら、トワは歩き続ける事だけではなく、立ち止まって休む事の大切さを伝える。クオンを失って以来、恐らくは一度も歩みを止める事の無かった彼へと向けて。

 人の体力は無限ではない。それは肉体的にも、精神的にも言える事である。彼のように幼い頃から猟兵の道を歩き続け、大切な人を失ってからその罪悪感に苛まれながら過ごしてきたとなると、体力の消費は相当なものだろう。そして休む事なく今まで歩き続けてきたグランは、それこそ消費出来る体力の限界はとうに超えている筈だ。

 

 

「だからね。今はきっと、グラン君は休む時なんだと私は思う。辛かった事、苦しかった事、悲しかった事……今はもう、一人で全部抱え込む必要は無いんだよ?」

 

 

 トワは包み込んでいたグランの頭を解放し、目の前で僅かに瞳を揺らす彼の頬へ手を添えながら優しく微笑んだ。大好きだったクオンの死、そしてその後に行ってきた過ちも今は抱え込まなくていいと。今この瞬間くらいはせめて、抱え込まずに全てを吐き出したっていいんだと。グランから感じ取った深い悲しみの根源を知ったトワが彼を救うために選んだ方法は、彼が抱える悲しみを、苦しみを共に背負うというものだった。

 そんなトワの言葉に、彼女の優しさに、自身の全てを包み込むかのように微笑む姿に、グランは動揺してその瞳を揺らす。いつの日か触れた事のあるその温かさは、彼の凍結した心を溶かすには十分過ぎた。

 そして、この時グランは更に驚く事となる。ほんの一瞬、刹那の出来事。目の前で微笑むトワの姿が、自身が愛して止まなかったクオンの姿へと移り変わった。直後に両目からこぼれ落ちた何か、自身の頬を伝う冷たさに思わず驚きの声を漏らす。

 

 

「はは……おかしいな。クオンが死んだ時以来、こんな事なんて無かったのに……」

 

 

「……それはきっと、クオンちゃんや学院のみんなのお陰だと思う。大切な人の死を、いつまでも悲しむ事が出来る優しい心。グラン君がクオンちゃんと出会うまで気付かなかった、クオンちゃんが亡くなってからグラン君が学院に来るまで忘れてた大切なもの……やっと、グラン君はそれを思い出したんだよ」

 

 

 グランの瞳から流れる涙を指で拭いながら、トワは彼が流した涙の理由を語る。猟兵として過ごしてきた彼が、クオンを失ってからこの瞬間まで忘れていたもの。今グランの目からこぼれ落ちた涙が、それこそがグランハルトという少年の心の奥底にある優しさの正体だと。

 クオンを家族の手によって殺されたあの日から、グランは人の情を捨てたつもりだった。力を求める上で不必要と、目的の障害になると判断したからだ。クオンとの思い出を封じたその時には、強力な暗示をかけられたとは言えその存在を完全に忘れる程に。この身に大切な存在は要らない、居てはならないと。同じ悲劇を繰り返さないように、人を好きになる事を彼は止めた筈だった。

 しかし、そんな彼を目の前で微笑むこの少女は変えた。人を思う事の大切さを、愛する事の尊さを肌で感じさせてくれている。今この時、グランは自身がトワに対して抱いている感情をはっきりと理解した。自分は既に、この少女に心から思いを寄せているんだと。だからこそ、これから先、クオンを失って立てた筈の誓いが崩れそうで彼は恐れを抱く。

 

 

「止めてください会長。今、そんな事されたら……甘えたく、なるじゃないですか……っ!」

 

 

「いいんだよ、甘えても。女の人に甘えるのはね、男の子の特権なんだから」

 

 

 大切な存在はもう作らない、作ってはいけないと決めた筈なのに。トワを突き放す事も出来ないグランの弱さが、その心に僅かな迷いを生む。そして彼の弱さを彼女は肯定し、抱擁する事でそれを受け入れた。

 啜り泣くグランを胸に抱き寄せ、トワは現在の状況を考える。例えば今、自分の想いを彼に伝えたらどうなるだろうかと。この場で想いを伝えれば、恐らく彼は自分の気持ちに応えてくれるだろう。心に抱えていた悲しみを吐き出し、弱りきった今の彼ならばきっと。

 しかしそれは公平ではない。零からグランの心を振り向かせたクオンとは違い、弱った彼の心へ漬け込むそれは余りにも卑怯な選択と言えるだろう。だからこそ本当の意味でグランと繋がる為には、想いを伝えるのは今ではないとトワは思い至った。今の自分の役目は、グランがまた心から笑って過ごせる日々を作り出してあげる事だと。

 

 

「(今の私に出来る事はきっと、暗闇に染まっちゃったグラン君の道を再び照らしてあげる事。クオンちゃんがそうしてあげたように、グラン君がまた道を踏み外さないように……きっとそうだよね? クオンちゃん)」

 

 

 かつて暗闇を歩いていたグランの道を、光照らした白き少女へ向けてトワは問う。彼女が向けた視線の先、グランの手に握られているペンダントにはクオンの写真が嵌め込まれている。優しく微笑むその表情は、幼いながらも慈愛に満ち溢れていた。

 この少女の代わりは自分には出来ない。でも、彼女がグランにしてあげた事なら私にも出来るはずだと。グランの頭を愛おしそうに撫でながら、トワは心に誓いを立てる。

 

 

「(大丈夫だよ、グラン君。私はずっと傍にいる。どんな事があっても、ずっと……だから大丈夫。私が必ず、あなたを幸せにしてみせるから)」

 

 

 いつの間にかトワまで瞳に涙を浮かべ、その悲しみを共有するかのように彼女はグランを抱き締める。幸せだった日々を奪われた彼の悲しみを共に抱え、新たに光照らす日々を作り出してみせると。

 そしてこの時、とある不思議な光景が救護室の一画に広がる。それは夢か幻か。抱き合うグランとトワの傍、そこには白い長髪の少女が一人寄り添うように佇み、優しく微笑んでいた。

 

 

「──」

 

 

 その少女の姿は、室内の誰にも気付かれる事なく静かに掻き消える。それが誰なのか、動かしていた口はどんな言葉を紡いでいたのか。少女の姿を認識できなかった以上、その疑問に答える事の出来る者はいない。

 クオンを失い、その悲しみと自身が犯した罪を一身に抱えて旅を続けてきたグラン。今の自分が抱える想いに気付き迷いが生じた彼が、この先本当の意味でトワと向き合った場合。自身の気持ちに正直になったその時、双方が思いを通わせれば彼らには大きな試練が待っているだろう。守るべき存在(もの)を見つけた少年(グラン)には、最強の猟兵である戦鬼が。そして彼と寄り添う事を選んだ少女(トワ)には、人喰い虎と称される血染めの少女が。

 どちらも恐らく相当な困難が待っている、それこそ乗り越えられるのかすら怪しい程の高き壁だ。それも一度の失敗も許されない、乗り越える事の出来る機会(チャンス)は一度しかないという絶望下。仮にその壁を乗り越える事が敵わなかった場合、皮肉な事に彼女の名前と同じ永遠(トワ)の別れが訪れる。

 だが、そんな絶望下でも乗り越える事が出来たなら。その先はきっと、双方にとって本当の幸せが訪れる事だろう。




二週間前に閃Ⅱを始めて、漸く先日クリアしました。終章終わってこれで終わりかいっ! と思ったらまだあった、取り敢えずロイドは爆発しろ。

一先ず会長が天使で安心しました、そして終章のイベントは会長ではなくアリサを選んだという……いや、最初会長選んだんですよ? ただその後に本気で心を折られました、直ぐにアリサに変更。そこヘタレとか言うな。
ファルコムさん、いやもう本当勘弁してください。

話は今話に移りますが……漸くメインヒロイン発揮! でもまだ結ばれる訳ではないという……当初はこの時に想いを伝えあって付き合う展開でした。でもこのタイミングで告白する程会長あざとくないよ! グランも流石に切り出さないだろうという理由で断念。取り敢えずどうなるかはまだまだ先になりそうです。

今年もあと一日を切りましたね! 年内にここまでこれて良かった、というか一年掛かってこれだと閃Ⅱ終わる時間軸までどれだけ掛かるんだろう……ま、まあきっと完結させるよ!

この一年紅の剣聖の軌跡を呼んで下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。そしてこれから先、グランや会長、その他のⅦ組のみんなもどうなっていくかを見守っていただけると幸いです。

それでは皆様、来年も良いお年を!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。