紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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胸騒ぎ

 

 

 

──ずっと、一緒にいようって約束したのに……──

 

 

 闇夜の中。周囲は灼熱の業火に包まれ、地獄絵図と化した村の中心部。白き少女は赤い髪の少年の腕に抱かれ、力ない声でそう呟いた。真っ白だった髪は自身の血によって赤く染まり、澄んだ青の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちる。少女には既に痛覚などない、その涙の理由は痛みによるものではなかった。

 目の前で同じく涙を流す赤い髪の少年に、これから永遠の別れを告げなければならない。少女が流す涙の理由は、愛する人間と離れ離れになる事への悲しみからきているものだった。

 

 

──約束、守れないかも──

 

 

──今は喋るな! それにこんな怪我で弱気になってんじゃねぇ!──

 

 

──馬鹿なグランハルト。私が弱い事、知ってるくせに──

 

 

 困ったように笑う少女の見上げている先、少年はこの状況でも諦めてなどいない。少女の衣類を裂き、銃弾によって貫かれた腕や足、腹部の止血を始める。応急措置でこの場を凌げる事が出来れば、これから異変に駆け付けるであろう七耀教会の人間に助けを求められると。

 しかし、そんな少年の考えを嘲笑うかのように少女の胸の鼓動は段々と弱まっていた。この時自身の命の灯火がもうすぐ尽きると悟った少女は、最後の力を振り絞って右腕を上げる。白く小さな手を、ゆっくりと少年の頬へ添えた。

 

 

──お別れ、言わなくちゃ──

 

 

 少女の声を耳にして、止血を行っていた少年の動きが止まる。蒼白とした顔を浮かべ、手を添えてきた少女の顔へ視線を移す。

 その先を聞きたくない、それ以上話すなと。少年は何度も何度もそう呟いた。そんな中、苦笑を漏らすその少女は少年へ向けて最後の別れを告げる。

 

 

──ごめんね……ごめんね、グランハルト──

 

 

 少年と生涯を共に出来なかった事への悲しみと、少年を悲しませてしまった事への謝罪を最後に。少女は両頬へ一滴の涙を流した後、早すぎる空への旅立ちを向かえた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!?」

 

 

 七月二十六日月曜日。激しい既視感と共に、グランはこの日の早朝に目を覚ました。息切れを起こした呼吸を調え、乱れた精神を落ち着かせると先程までの夢を思い出す。闇夜に燃え盛る炎の中で、幼い自分が白き少女と交わしていた別れの一幕を。

 白き少女の名はクオン、その出身地は塩と化した北のノーザンブリア。そこまでは何となくだが彼も覚えている、だがその少女が自身にとってどのような存在だったかまでは思い出せないでいた。

 

 

「くっ!? オレとクオンの間に何があった……!」

 

 

 グランは焦燥と動揺に瞳を揺らしながらも、頭をフル回転させて考える。しかし、やはりと言うか少女に関する記憶は明確に思い出せなかった。少女と自分がどのような関係だったのか、夢の中の悲劇は何故起こってしまったのかすらも記憶に無い。

 考えれば考えるほど、覚えてしまう焦りと動揺。そしてこの時、何故か突然グランを妙な胸騒ぎが襲った。

 

 

「(今日はテロリストの襲撃が予想されているが……まさか、何かあるのか?)」

 

 

 昨晩クレアから説明を受けた、テロリストの襲撃が予想される皇族の式典。グラン自身も実習前から予想はしており、この時感じた胸騒ぎはテロリストに関係していると判断する。今日この帝都で事が起こるとすれば、テロリストの襲撃以外に他無いからと。。

 ベッドを抜け出したグランは就寝用の服から制服へと着替え、書き置きを記して未だ寝息を立てているリィンの枕元にそれを置いた。部屋の扉を静かに開け、階段を降りて旧ギルド支部をあとにする。

 

 

「警戒するに越したことはない。先ずは場所の特定に入るか……」

 

 

 旧ギルド支部の前で立ち止まったグランは、ARCUSを取り出してある人物の元へ通信を繋げるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 時刻は現在正午過ぎ。グランを除くリィン達A班の姿は今、オスト地区の一画にあった。彼らは夏至祭の行われている最中、怪しい人影や問題が起こっていないか等各所の見回りを行っている。

 午前中、皇族を乗せたリムジンは時間通りにバルフレイム宮から現れ、各イベントが行われる場所へと出発した。リィン達が担当する帝都の東側では、アルフィン皇女を乗せたリムジンが各地区を回りながら無事に目的地のマーテル公園へと到着する。今頃は帝都庁主催の園遊会が催されている事だろう。

 アルフィン皇女を乗せたリムジンの到着も確認したリィン達は、朝から行っていた見回りを再開して東地区の警戒に入っていた。そして、現在オスト地区の見回りを再び終えたところである。

 

 

「問題なさそうだな」

 

 

「ああ、オスト地区はこれで大丈夫だろう」

 

 

「こっちも問題無かったよ。後はラウラとフィーだね」

 

 

 リィン、マキアス、エリオットの三人はオスト地区の中心でそれぞれの経過報告を行っていた。今のところ特に怪しい人影や問題らしき事は無く、このまま無事に夏至祭初日を終える事が出来ればと少し安堵の表情を見せている。

 そしてそんな三人の近く、見回りを行っていたラウラとフィーの二人が姿を現した。彼女達は何処か不機嫌そうな表情を浮かべながら、談笑をしているリィン達の元へと近付く。

 

 

「こちらは問題無かったぞ」

 

 

「こっちも」

 

 

「あ、ああ……了解だ」

 

 

 見回りの報告を告げるラウラとフィーに、リィンは少し困惑した様子で頷いて返した。彼の両隣にいるマキアスとエリオットも苦笑いを浮かべているが、三人とも彼女達が何故不機嫌なのかは知っている。彼女達が不機嫌な理由、それはこの場にいないグランの事であった。

 今朝方リィン達が起床した時、旧ギルド支部には既にグランの姿が何処にも無かったのだ。代わりにリィンが寝ていたベッドの枕元に書き置きらしき物が残されており、そこにはこう記してあった。

 

 

──オレは別ルートから警戒に回る。リィン達は各所の見回りを頼む──

 

 

「全く、グランは何を考えているのだ。独断専行ばかり……!」

 

 

「教育が足りなかった、今まで甘くし過ぎたかも」

 

 

 何度目になるか分からないラウラとフィーの不満声を耳にして、三人は苦笑するしかなかった。リィンは試しにグランへ五度目の通信を繋げてみるが、やはり繋がる事は無く彼女達の機嫌を直すには至らない。

 グランが独断専行に走るのは今に始まった事ではないが、だから仕方無いで終わる事も出来ないだろう。特別実習はあくまでも班行動である、六人の連携無くして評価点は貰えない。

 事実、これまでグランが属してきたA班の評価は余りよろしくなかった。メンバー的に問題無かったケルディックでの実習は、グランが二日目の実習内容を風見亭の女将から受け取ったまま忘れていた為C評価。ユーシスとマキアスの問題があったバリアハートの実習が一番高くA評価。実習に取り掛かってから一番蟠りの無かった筈のノルド高原の実習においては、戦争危機を回避する働きを見せるも、彼が負傷してしまった為B評価である。評価点はSからEまであるが、恐らくグランがいなかったらA班は全てにおいて最大のS評価を取れた可能性があった。今回もグランの独断専行をマイナス点に数えられれば、良くてB評価辺りが妥当だろう。本人には考えあっての行動だとしても、それは確かにリィン達へ迷惑をかけている。

 

 

「次回の特別実習までに、グランには集団行動の何たるかを叩き込まねば」

 

 

「協力する。取り敢えず逃げないように首輪と鎖は必須」

 

 

 そしてグランの独断専行を何とかしようと考える彼女達。特にフィーの口から漏れたハードな内容には、流石にリィン達もグランへ同情を覚えるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー 

 

 

 

 時刻は午後一時を回った頃。帝都の中心地でもあるドライケルス広場、夏至祭に訪れた人々で賑わうその一角。見慣れない機械の傍で佇む二人の女性の姿があった。一人はトールズ士官学院の平民生徒が着用する緑色の制服を着た小柄な少女、そしてもう一人はライダースーツを着用した紫色の髪の麗人。トールズ士官学院の二年生、生徒会長を務めるトワ=ハーシェルとその友人アンゼリカ=ログナーである。

 トワが抱えていた生徒会の仕事は昨日に全て終えたのだが、今朝方に突発の仕事が発生したため午後に帝都を訪れる事になった。そして今、アンゼリカと共に帝都へ到着したトワはARCUSで誰かへ通信を繋ごうとしているところなのだが──

 

 

「……グラン君、出ないなぁ」

 

 

 トワが通信を繋ごうとしている相手、グランは何故か通信に出る気配を見せない。何処か寂しそうに落ち込んだ表情を見せながら、彼女は暫くしてARCUSを懐へ納めた。その隣では、アンゼリカが苦笑を漏らしながらトワの頭を撫でている。

 このまま気落ちした状態かと思われたトワだったが、直後に彼女の表情が晴れやかなものへと変わった。そんな彼女の様子に疑問を抱いたアンゼリカは、トワが顔を向ける先へと視線を移す。

 

 

「リィン君達だ!」

 

 

「トワ会長……それにアンゼリカ先輩も? どうしてここに……」

 

 

「やあ、奇遇だね。特別実習は順調かい?」

 

 

 昼食の後、見回りを再開していたリィン達の姿が二人の前に現れる。リィンはどうしてトワとアンゼリカがここにいるのか疑問に思っているようだが、今日は士官学院も休みだという事をトワが話して彼は納得の表情を浮かべた。

 他愛もない会話を行う最中、トワは何かを探すように突然辺りを見渡し始め、ふとその様子にリィンが気付く。リィンは首を傾げながら、視線を泳がせる彼女へ問い掛けた。

 

 

「えっと、トワ会長どうかしましたか?」

 

 

「え? う、うん。グラン君もA班だったと思うんだけど……」

 

 

「ああ……グランなら別行動を取ってます」

 

 

「あっ、そうなんだ……」

 

 

 グランがいないと分かるや否や、落ち込んだ様子で俯き始めるトワ。先程から喜んだり落ち込んだりと忙しい彼女だが、この時トワの姿を見た一同が抱き締めたい衝動に駆られたのは仕方がないだろう。流石はトールズの癒し担当である。

 そしてそんな風に落ち込んだトワに皆が癒されている中、話題を変えようとリィンが午前中に見掛けた人物について話し始めた。

 

 

「そう言えば、朝にヴァンクール通りの百貨店でクロウ先輩を見ました」

 

 

「そうなんだ。そう言えば『夏至賞は俺のもんだ!』って朝早くに学生寮を出てたっけ……」

 

 

「確か当選祈願にヘイムダル大聖堂でお祈りしてくるとか言ってましたね」

 

 

「えっ!? はぁ、何て罰当たりな事を……後で厳しく言っておかなくちゃ」

 

 

 マキアスの話を聞いたトワがため息をこぼし、後でクロウを見付けたら叱らなければと呟いた事には誰もクロウに対して同情を覚えなかった。確かに競馬の当選の願掛けで空の女神に祈りを捧げるなど、七耀教会から袋叩きにされてもおかしくない所業であろう。

 そしてそんな風に一同が会話を交わしていると、何故か突然周囲の人々が妙に騒めき始める。疑問に思ったリィン達が辺りを見渡すと、その原因は直ぐ目の前で見付かった。

 

 

「噴水が……!」

 

 

 エリオットが驚きの声を上げる先、噴水の水量と水圧が共に上昇したのか水が激しく舞い上がり、枠内に収まりきらずに外部へ漏洩している。夏至祭の余興かとマキアスが首を傾げるが、その考えは直後に否定された。

 地表を突き破り、地下水が上空目掛けて次々と噴き上げ始める。流石にこの現象は異常だと感じたリィン達、そしてトワが上げた声に一同が反応を示した。

 

 

「もしかして、テロリストの仕業……!」

 

 

「トワ会長もテロリストの事を……!?」

 

 

「うん、サラ教官のお手伝いもしてるから……ってそれよりも!」

 

 

 トワはリィンに答えて直ぐ、この異常事態に帝都民や憲兵達が混乱している状況を見て避難誘導を行うべくアンゼリカへ指示を飛ばす。彼女達が混乱の収拾に向けて直ぐ様行動に移す中、リィン達はトワへ自分達にも手伝わせてほしいと願い出る。

 しかし、彼らの協力をトワは受けなかった。

 

 

「ここは私達に任せてリィン君達は動いて! 君達にしか出来ない事がきっとあるはずだよ!」

 

 

「俺達にしか出来ない事……」

 

 

 トワの言葉に、リィンは今行える最速のスピードで思考を巡らした。自分達にしか出来ない事、それが何なのかを。

 そもそもリィン達がここにいる理由は何か。特別実習の最中、鉄道憲兵隊のクレアから要請を受けて夏至祭の見回りを行っているためだ。

 では何故見回りを行っているのか。そんな事は考えるまでもなく、夏至祭初日に皇族が出席する各行事にテロリストの襲撃が予想されている事から、遊軍として彼らは警戒態勢を敷いている。

 そしてそこまで考えが至れば、彼らにしか出来ない事は自ずと見えてくるだろう。

 

 

「まさか……狙いはマーテル公園!?」

 

 

「くっ、陽動か……!?」

 

 

 ラウラとマキアスが敵の狙いに気付いた。リィン達はトワに一言断りを入れると、彼女の激励を背にその場を駆け出す。目指す場所は他でもない、アルフィン皇女が出席しているマーテル公園のクリスタルガーデンである。

 リィン達がマーテル公園へと向かう最中、その後ろ姿を眺めていたトワは彼らが無事に帰ってくるようにと祈る。そして自身も避難誘導を行うべく広場の中心へと駆け出すのだが、この時彼女を突然の胸騒ぎが襲った。

 

 

「(……ううん。大丈夫、リィン君達ならきっと大丈夫……!)」

 

 

 自身の胸中で巻き起こる胸騒ぎを振り払い、トワはリィン達の事を信じて避難誘導を開始する。その胸騒ぎが、自分の身を脅かす事態を予知しているとも知らずに。




始まりました夏至祭。トワ会長出したくてかなり駆け足になっています、本当ごめんなさい……

いよいよ動き始めた帝都のテロリスト達、次回の冒頭はマーテル公園から入ります。きっとギデオンさんが『ぐぬぬ』ってなっているかと。

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