紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

59 / 108
歌姫の誘惑

 

 

 

 百貨店での昼食を終えた後、リィン達A班とアリサ達B班は互いに午後の実習の健闘を誓い合い、それぞれが担当する地区へと移動を開始した。A班はガルニエ地区のホテルから出されている依頼のみという事で、ヴァンクール大通りのトラム乗り場から帝都の歓楽街であるガルニエ地区へと向かう。

 ガルニエ地区は主に三つの大きな建物がある。高級ホテルの『デア=ヒンメル』、貴族御用達のカジノ、音楽界では有名なオペラハウスがあるなど一般的な家庭には無縁の場所であり、道行く人々もスーツやドレスといった正装を着こなし、その指や首元には七耀石をあしらった装飾品をちらつかせている。

 こっそりとカジノへ向かおうとするグランとフィーに気付いたリィン達が二人を引き止め、A班は依頼主の待つホテル『デア=ヒンメル』へと向かった。そしてホテル入口の扉を開けて建物内へ足を踏み出そうとしたその時、不意に顔を引きつらせたグランが突然その足取りを止める。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「……すまん、オレこの依頼から外れてもいいか?」

 

 

 フィーが小首を傾げてグランの顔を見上げる中、彼はリィンが開いたホテルの扉を一旦閉じて気まずそうに話した。他のメンバーはグランが依頼から外れたがっている理由が分からずその事を訊ねるが、彼も言葉を濁して詳しいことは話さない。特別実習の評価点にも繋がる事から結局マキアスが許すはずもなく、グランは渋々といった表情を浮かべながらリィンが再度開いた扉を抜けてホテルの中へ入った。

 ホテルの内部へ入って正面、ロビーから上階へ続く階段が上り、綺麗に清掃が行き届いたその内装やホテルで働く従業員の動き等を見てもレベルの高いものだと感じ取れる。さぞかしゆったりとした寛ぎの時間を過ごせるのだろうと一同は考えながらも、今回の目的はホテル側から出された依頼を受けるためなので思考を切り替えた。何故かリィン達五人の後ろに隠れるように歩くグランに他の皆は首を傾げながらも、受付に立っているホテルの支配人らしき人物の元へと歩み寄る。

 

 

「すみません、トールズ士官学院の者です。今回こちらからご用意して頂いた依頼を受けて来たのですが……」

 

 

「レーグニッツ知事からお話はお聞きしています。皆様がⅦ組の方々ですか」

 

 

 支配人の男はリィンに対して笑顔で答えながら、今回用意した依頼の内容を説明し始めた。

 この帝都では街の地下に広大な地下道が張り巡らされているようで、そこでは魔獣も度々目撃されているらしい。そしてここ最近様子を見に降りた従業員が大型の魔獣を目撃したらしく、今回の依頼はその大型魔獣を退治してほしいというもの。常に客へ質の高い提供を心掛けているホテル側としては、宿泊する客も自分が寝ている場所の地下に魔獣がいるとなると不安になるだろうという考えで今回の依頼を出したようだ。

 リィン達は説明を聞き終えると支配人から地下水道へ続く扉の鍵を受け取り、一度ロビーの階段前へと移動した。

 

 

「このメンバーなら戦力的には問題ないと思うけど……」

 

 

 五人の顔を見渡しながらリィンが話した後、ラウラとフィーの二人へ他のメンバーの視線が集まった。今回の魔獣退治において一つだけ懸念される事と言えば、やはり彼女達の戦術リンクだろう。勿論それを抜きにしても十分な戦果は得られるとは思うが。

 しかし、ラウラとフィーは四人の視線をその身に受けると互いに顔を見合わせた後、笑顔でリィンの声に答えた。

 

 

「私達の事ならば問題はない。そうだろう、フィー?」

 

 

「モチ。楽勝だね」

 

 

 会話を交わす二人の間には今までの気まずい雰囲気は漂っておらず、彼女達の様子にグランを除く他の三人は理解が追い付かずに首を傾げている。百貨店で昼食を取った時から、今までに二人の間で何があったのか分からないと疑問に思っているところであろう。そんなリィン達の反応を受け、ラウラとフィーもまた首を傾げて三人の顔を見渡していた。

 そして、二人の様子を見て一人だけ疑問に思っていないグランを不思議に感じたリィンは彼の元へと近付く。

 

 

「そう言えば昼食の途中、百貨店を出た時に二人に何かあったのか?」

 

 

「ああ、それなんだが──げっ」

 

 

 リィンの疑問にグランが答えようとしたその時、彼は突然顔をひきつらせて上階へ続く階段を見上げた。グランの反応にリィン達五人も視線を移し、一同が見上げる階段には一人の女性が立っていた。

 薄いブラウンの長髪は水色と黄色に染まったリボンによって後ろでまとめられ、桃色の花飾りを頭に着けている。そして身に纏う青のドレスはスパンコールが光を反射してキラキラと輝き、端正な顔立ちもあってその容姿を更に美しく際立たせていた。

 

 

「クロチルダ様、そろそろお時間でしたかな?」

 

 

「ええ、行ってくるわ。それにしても……」

 

 

 受付から支配人が声を掛ける中、クロチルダと呼ばれたその女性は彼に返事を返した後、階段前で立ち尽くしているリィン達の姿を視界に捉えた。一段一段優雅な足取りで階段を降り、彼らの前で立ち止まる。

 リィンとラウラ、フィーは突然目の前で立ち止まった彼女の顔を見て首を傾げるが、マキアスとエリオットは女性の姿を見るやいなや驚愕の表情で体を仰け反らせた。

 

 

「ヴィ……ヴィ……ヴィータ=クロチルダ!」

 

 

「す……凄い、本物だ!」

 

 

 驚いた様子を見せる二人に、リィン達三人は未だ首を傾げたままマキアス達へ女性の事を訊ねる。マキアスとエリオットはそんなリィン達に呆れ顔を浮かべながら、目の前で苦笑いを浮かべている女性について熱弁し始めた。

 彼ら曰く、目の前に立っているこの女性はここガルニエ地区にある帝都歌劇場(ヘイムダルオペラハウス)のトップスターであり、オペラ界でも超が付くほど有名な『蒼の歌姫(ディーバ)』と呼ばれるオペラ歌手、ヴィータ=クロチルダだそうだ。マキアスとエリオットがその事を必死に話す様をリィン達は顔を引きつらせながら見ていた。

 

 

「有名と言っても、オペラの世界でだけだもの。知らないのは仕方ないわ……そうでしょ、グランハルト?」

 

 

 リィン達の姿を微笑みながら見ていたクロチルダはふと、その後ろで隠れるように立っているグランへ向けて声を上げた。彼女がグランの名前を知っている事に五人は驚きつつ、頭を抱えながらクロチルダの前へ歩み寄ったグランの後ろ姿を視界に納める。

 そしてグランが目の前に現れると彼女は彼の頬に手を添えて、その紅い瞳を見詰めながら顎の先までゆっくりと輪郭をなぞり始めた。

 

 

「この広い帝国の中で偶然にも出会えるだなんて……これも運命だと思わない?」

 

 

「ここは貴女のホームでしょう。必然ですよ」

 

 

「もう、相変わらず素っ気ないのね。もしかしてこの間の事を怒っているのかしら?」

 

 

「どうしてトリスタにいたのかは気になりますが……どちらにせよ話してもらえないでしょう?」

 

 

「そうね……今晩私に付き合ってもらえるのなら考えてあげるわ」

 

 

「そうですか……考えてみます」

 

 

「あら、てっきり断られると思ったんだけど」

 

 

 グランの後方にいるリィン達は、二人の会話に理解が追い付かず呆然と立ち尽くす。そして誘いを断られると思っていたようで、クロチルダは瞳を伏せたグランに対して意外そうに呟きながら彼の顔に添えていた手を離した。自身の胸元にその手を動かし、艶やかな声を漏らしながら鍵を取り出すと両手でグランの右手を包み込み、彼の手に鍵を握らせる。直後に少しグランの頬に赤みがかかった事に気付いた彼女は嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

 

「早くても二十時以降になるわ。話は通しておくから、特別実習が先に終わったらその鍵を使って部屋の中で待っててくれる?」

 

 

「行くと決めた訳じゃないんですが」

 

 

「そんな事言わないの。待ってるわ、グランハルト」

 

 

 グランの耳元に顔を近付けて呟いた後、最後に彼の後方で未だ呆然と立っているリィン達へ魔獣退治の激励を述べてクロチルダはホテルをあとにする。

 彼女の姿がホテルから去り、グランが大きくため息を吐いたその時に漸く思考を取り戻したリィン達は彼の元へと詰め寄った。オペラ歌手とグランでは全く接点が無い、彼らに疑問は山ほどあることだろう。直ぐ様マキアスとエリオットによる質問攻めが始まった。

 

 

「ヴィータ=クロチルダとあんなに親しく……君は一体彼女とどういった関係なんだ!?」

 

 

「グランとクロチルダじゃ全然繋がらないよ! 一体どこで知り合ったの!?」

 

 

「待て、二人とも落ち着けって──」

 

 

「いいや落ち着いてなどいられない! 第一宿泊しているホテルの鍵を渡されるなんてどんな関係なんだ!?」

 

 

「まさか、グランの事だからあり得ない話じゃないけど……嘘だよね!?」

 

 

「グランの言う通りだ、マキアスもエリオットも少し落ち着いてくれ」

 

 

 必死の形相でマキアスとエリオットがグランに詰め寄る中、リィンは二人を何とか引き剥がして興奮状態の彼らを宥める。先の熱弁振りから、恐らくマキアスもエリオットもクロチルダのファンなのだろう。ファンとしてはやはり彼女のプライベートも多少は気になるだろうし、何より同じ学院の同じクラスの生徒が関わっているとなると慌てるのも当然である。

 二人は肩で息をしていた呼吸を整え、その間に解放されたグランは安堵のため息を吐くと持っていた鍵を懐へ納める。リィンはそんな彼を苦笑いで見詰めた後、その視線をマキアスとエリオットへ移した。

 

 

「二人共落ち着いたみたいだな」

 

 

「すまないリィン」

 

 

「ごめん、少し動揺しちゃって」

 

 

「まあ、俺も少し気になったりするんだけど……グランは彼女と知り合いだったのか?」

 

 

 そして、リィンの問い掛けに一同の視線は一斉にグランへと浴びせられる。マキアスとエリオットの視線には敵意が垣間見え、ラウラとフィーに至ってもその視線は鋭かった。この状況を残して立ち去ったクロチルダを恨みながら、グランは再度ため息を吐く。

 恐らく軽くあしらったところで五人は見逃してなどくれないだろう。嘘は付かないが、本当の事を話さなければいい。真実を少し曲げて、グランは彼らに事の経緯を話した。

 

 

「元々、オレは要人警護を主に猟兵活動をしていてな。その時にオペラハウスから依頼を受けて、彼女の護衛を務めた事があるんだよ」

 

 

「ふーん、何か引っ掛かるけど」

 

 

「嘘は言っていないようだな」

 

 

 相変わらずフィーもラウラも視線は鋭いままだが、今のところグランもボロは出していない。昔から付き合いのあるフィーには少々感づかれているが、そこは仕方ないと大目に見てグランは更に言葉を続ける。

 

 

「その時にえらく気に入られてな。彼女がプライベートで旅行に出掛ける時は、大体護衛の任務をオレが引き受けていた訳だ」

 

 

「なるほど……何て羨まけしからん」

 

 

「いいなぁ、クロチルダのプライベートかあ」

 

 

 グランの話を聞いたマキアスは腕を組みながら、エリオットは羨ましそうに彼の顔を見詰めていた。少なくともこれで納得はしてくれただろうと二人の様子にグランは安堵し、会話の内容を地下水道の魔獣退治へ切り替える。

 そしてグランが五人へ魔獣退治の依頼内容を確認するように話している中、リィンは一人先程グランと話していたクロチルダの言葉を思い返して首を傾げていた。

 

 

「(彼女はどうして俺達が魔獣退治の依頼を受けた事を……それ以前に)」

 

 

──話は通しておくから、特別実習が先に終わったらその鍵を使って部屋の中で待っててくれる?──

 

 

「(何で特別実習の事まで知っていたんだ?)」

 

 

 今のリィンに、クロチルダが特別実習の事を知っている理由を知る術は無い。

 

 

 




漸く閃の軌跡Ⅱが手元に……! 取り敢えず棚の上に1ヶ月飾って、その後1ヶ月ベッドで添い寝して、その後1ヶ月一緒にお風呂入ってからプレイしたいと思います。
話は本編に戻りますが、出てきちゃったよ深淵さん。魔獣退治があるからエンカウントは必然だったんですが、皆の前でホテルの鍵渡すとかやりすぎだよ! 会長知ったらとんでもないことに!皆会長には内緒だよ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。