紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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居心地の悪い場所

 

 

 

 ヘイムダル駅の一角、鉄道憲兵隊詰所内部にあるブリーフィングルーム。鉄道憲兵隊大尉を務めるクレア=リーヴェルトの案内によりそこを訪れていたⅦ組の面々は、各々席に座りながら上座で笑顔を浮かべている人物を一斉に見詰めていた。一同の視線の先、緑髪の眼鏡を掛けた男性はどことなくその風貌にマキアスの面影を感じる。事実、その男はマキアスの父親であり、この帝都ヘイムダルの知事と帝都庁長官を務めるカール=レーグニッツであった。

 レーグニッツ知事の話では、此度の特別実習の課題は帝都知事である本人自らが用意したもの。毎年人口が増加傾向にあり、現在八十万人を超える人口を抱える帝都は、やはり人の数が増すごとに帝都庁の抱える仕事も増えているらしい。今回の課題はその中から帝都知事が見繕ったという事になる。

 しかし特別実習とは言っても帝都は広く、都市の全域を駆け回るのはいくらなんでも時間がかかり過ぎる。勿論その事への配慮もされており、ヘイムダル駅から皇城バルフレイム宮まで一直線に延びている帝都中央を走るヴァンクール通りを境にA班が東側、B班が西側を担当する事となった。宿泊する宿についても東西にそれぞれ用意されているようで、A班は課題と共に宿の住所が記された紙をリィンが代表で受け取っている。因みにこの帝都内ではARCUSの通信機能が使用できるらしく、連絡手段があるのはありがたいと皆一様に笑顔を浮かべていた。

 

 

「さて、私からの説明は以上だ。それでは──」

 

 

「ま、待ってくれ!」

 

 

 そして特別実習についての説明を終えたのか、レーグニッツ知事が立ち上がろうとした矢先にマキアスが声を上げて彼を引き止めた。マキアスの話では、猫の手も借りたいほど忙しい帝都庁の職務の中、何故帝都知事自らが特別実習の説明を行いにわざわざ出向いたのかというもの。確かに特別実習についての説明や課題の受け渡しは帝都庁の職員が受け持てば済む話で、帝都知事と帝都庁長官を掛け持ち、革新派のトップであるオズボーン宰相の盟友としても知られる彼がこのためにわざわざ時間を作ったというのは違和感がある。例えマキアスの父親だからと言って、私情で行動を取るほどの時間が彼には無いからだ。

 しかし、事が職務に関係してくると話は変わる。

 

 

「そう言えば紹介がまだだったようだ。トールズ士官学院の三人の常任理事、その内の一人をやらせてもらっている」

 

 

「な……!」

 

 

 唐突に知らされたレーグニッツ知事のもう一つの役職に、息子であるマキアスは驚きのあまり開いた口が塞がらない状態だった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 レーグニッツ知事による特別実習の説明も終わり、A班とB班はヘイムダル駅をあとにしてそれぞれ宿泊先である宿の住所を探すことから始める事となった。リィン達A班はアルト通りと呼ばれる場所に向かう事となり、エリオットの実家が同じ地区にある事から彼の案内で街中を進む。

 実習の範囲を東西に絞ったとはいえ、やはり帝都の街は広い。移動は導力トラムと呼ばれる乗り物を利用して行う事になり、ヘイムダル駅正面にある導力トラムの乗り継ぎ場で乗車してからA班一向はアルト通りを目指す。目的地までの時間、リィン達は導力トラムの中で談笑していた。

 

 

「それにしても、やっぱり帝都は人が多いな」

 

 

「まあ、父さんの話では毎年人口も増加傾向にあるようだからな。このままいけば、これから先の帝都庁は想像もつかない忙しさだろう」

 

 

「だよね。百万人の人口なんて想像出来ないよ」

 

 

 窓越しに通りを歩いている人々を目に声を漏らすリィンに、マキアスは父親であるレーグニッツ知事の身をどこか案じているような表情で続く。二人の隣ではエリオットがマキアスの話に同意を見せ、苦笑いを浮かべながらその視線を目の前の座席に座っているラウラとフィーへ移した。やはり、隣合わせに座っていてもこの二人には会話がない。

 そして、現在乗り物内にはリィン達A班五人と他の乗客が数人だけ。何故かグランの姿が見当たらなかった。

 

 

「でも、グランどうして急に駅の中に戻っていったんだろう?」

 

 

「本当何でだろうな。ARCUSで誰かと話していたみたいだけど……」

 

 

「うーん……分からないな」

 

 

 実はエリオットとリィンが話しているように、A班が導力トラムに乗車する直前。グランのARCUSに通信が入り、通信を終えた後に彼はヘイムダル駅の中へと引き返していった。後々合流するから先に実習に取り掛かっていてくれと彼は話していたが、実習を抜けてまでの用事とは一体どのようなものなのか。マキアスは腕を組みながら考えるが、当然分かるはずもない。

 特別実習一日目の今日、ラウラとフィーの仲を何とか取り持とうとグランが頑張っていたのはリィン達も気付いており、今回の実習中の彼女達については彼らもグランを頼りにしていた。結局出鼻から挫かれた形になったA班だが、悲観していても仕方がない。グランが戻ってくるまでは、何とか無事に課題を進めようと三人は意気込む。

 

 

「一先ず、この住所に該当する場所を探さないとな」

 

 

「君の実家が近いようだし、頼りにさせてもらうぞ」

 

 

「うん、任せて」

 

 

 リィンとマキアスの視線を受けて、エリオットは力強く頷いた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 鉄道憲兵隊の大尉を務めるクレア=リーヴェルトは現在、憲兵隊詰所内のブリーフィングルームで一人の人物を待っていた。部屋の入口に背を向けて立ち、その片手には何故かⅦ組と一部の人間にしか支給されていないはずのARCUSも握られている。

 ARCUSを懐に納めて直ぐ、クレアはふとため息を吐いた。彼女は近くの席へ腰を下ろすと、神妙な面持ちでテーブルを一点に見詰め始める。

 

 

「……やはり、好意的ではありませんか」

 

 

 先程ARCUSで通信をしていた相手。クレアはその人物の受け答えから、自分達がよく思われていない事を察していた。とは言えそんな事は初めから分かっていたようで、呼び掛けに応じてもらえただけでも彼女にとっては収穫らしい。それだけで少なくとも脈はあると判断できる材料になるからと。

 そろそろ来る頃合いだと、クレアは身嗜みを整えて引き締めていた表情を柔らかくさせた。そして彼女が席に着いて数分後、不意に扉越しからノック音が聞こえてくる。

 

 

「どうぞ。開いていますのでそのままお入りください」

 

 

 彼女が入室を促し、扉がゆっくりと開かれる。そしてブリーフィングルームに入室してきたその人物は、先程リィン達とヘイムダル駅前で別れたグランだった。Ⅶ組の指定服である赤服を身に纏い、彼は扉を閉めると席を立ち上がったクレアの元へ歩み寄る。

 クレアは警戒心を薄めようと笑顔で迎えるが、グランの表情は思ったほど険しくもなく普段通りの彼だった。しかしやはりというか警戒はしており、彼女の姿を視界に捉えながらも辺りを観察していた。この場にいるのは二人だけだが、盗聴や録音をされているとすれば迂闊な発言は避けなければならない。彼の警戒も当然と言えた。そんな中でも、クレアは敢えて笑顔を崩さずに出迎える。

 

 

「嬉しいです、グランさんに来ていただけるとは思ってもいませんでしたから。この度は、特別実習の中突然お呼び立てして申し訳ありません」

 

 

「用件は?」

 

 

「順を追って説明させて頂きます、先ずは席に」

 

 

 談笑の暇もないとクレアが苦笑いを浮かべながら椅子を引き、グランが座った後に彼女も隣の椅子へと腰を下ろした。見た目では分かりづらいが終始警戒を怠らないグラン、クレアも警戒されているのだと薄々感じながら苦笑を漏らす。不用意な発言は控えなければと、彼女も笑みを崩して表情を引き締めた。

 

 

「明後日に行われる夏至祭、皇族の方々がご出席なされるのはご存知の事と思います」

 

 

「ええ、この時期にイベントが重複するとなると大変でしょう……だから大人しくしておけ、そう言ったお願いですか?」

 

 

「お話が早くて助かります。宰相閣下は問題ないと仰ったのですが、テロリストが襲撃してくる可能性が高い中で私共も不安要素は出来るだけ取り除いておきたかったんです。失礼な事だとは思いましたが、この場を借りてお伺いしました」

 

 

 申し訳ありません、とクレアは再度口にすると頭を深々と下げる。無論、グランはこの帝都で騒ぎを起こそうなどとは考えてもいないのでクレアの願い出に直ぐ様了承の意思を見せた。彼の返答を聞いたクレアは再び笑顔を浮かべると、お礼の意味も込めてもう一度頭を下げる。

 用件は終わったとばかりに、グランは席を立つと部屋の扉へ向かって歩き始めた。しかしクレアの方にはまだ用事が残っていたらしく、部屋を立ち去ろうとするグランの背に向けて声を上げる。

 

 

「グランさん。実は今日お呼び立てしたのはここからが本題なんです」

 

 

「……何ですか?」

 

 

 クレアの呼び止めに、グランは扉の前で振り返ると怪訝な表情を浮かべて彼女の顔を見詰めていた。仮に自分が猟兵時代に得た情報や知識を利用しようとするのなら、この場で関わりを完全に断つと心に決めて。

 しかし、帰ってきた言葉はグランの考えているものとは少し違っていた。クレアの口から発せられたそれは、彼の予想の少し斜め上を行くもの。

 

 

「グランさんは、来月末にクロスベルで行われる通商会議をご存知ですか?」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 導力トラムに乗って帝都の街を移動していたリィン達五人は、アルト通りに位置する二階建ての建物の前で足を止めていた。つい先程までは五人とも近くにあるエリオットの実家を訪れていたのだが、彼の姉であるフィオナ=クレイグに此度レーグニッツ知事から渡されていた住所を訊ねてこの場所に来たという訳だ。エリオットの突然の帰省にフィオナが嬉しさのあまり彼を中々開放せずに出足が遅れたのは余談である。

 レーグニッツ知事が今回用意していた宿泊先となる場所は、どうやら彼らの目の前にあるこの建物のようだ。しかし外観は少し大きめの一戸建て程度で、どう考えてもホテルのような宿泊施設には見えない。

 それもそのはず。この建物はかつて、遊撃士協会の帝都支部として使用されていたもの。とは言え現在は遊撃士の活動が大きく衰退したため使われておらず、アルト通りに実家があるエリオットすらもうろ覚えであった。

 

 

「ふむ、私の故郷のレグラムでは遊撃士協会の支部が今でも活動しているのだが……」

 

 

「うーん、確か二年前に大きな火事があってから見なくなったんだよね……テロだったって噂も流れていたみたいだし」

 

 

「二年前……アレか」

 

 

 建物を見上げて首を傾げるラウラの横で、エリオットは帝都における遊撃士協会の活動が衰退してしまった時の事を口にする。二人の後ろではこれまたフィーが何か思い出しのかエリオットの言葉に反応を見せ、ラウラは猟兵絡みの情報と判断したのか渋い表情を浮かべていた。

 リィンが住所の記された紙と一緒に受け取っていた鍵を用いて扉を開け、五人は揃って建物内へと入る。内装は受付として使用されていたと思われるカウンターが建物の中に入って正面、依頼等を貼り出していたと思われる掲示板が幾つか設置されていた。現在は帝都庁の管理下にあるという内容の貼り出しがされているのみで、最近使用された形跡は無かった。

 

 

「表が受付のままなら、寝室に使われる部屋は多分二階だな……ん?」

 

 

 二階に昇るための階段を目にして、荷物片手に歩みを再開しようとしたリィンはふとその動きを止めて振り返る。不意に入口の扉が開かれ、物音に気付いた四人もリィンと同様に後ろを振り返った。

 五人の視線が向かう先には、笑顔を浮かべたグランが片手を挙げながら一同へ向けて声を上げている。そんな彼の後方には僅かながらクレアの後ろ姿も見えていたが、彼女はグランをこの場所まで送ったのだろう。扉が閉まると共にその姿も見えなくなった。

 

 

「遅い、どこ行ってたの」

 

 

「先程の女性はクレア殿のようだが」

 

 

「まあ、何だ……大人の事情ってやつだな」

 

 

 グランの姿に気付いて直ぐ、彼の前にはフィーとラウラが詰め寄って不満そうに声を漏らしていた。はっきりとしない彼の言葉に二人の表情は更にムスッと不機嫌そうになるが、遅れて歩み寄ってきたリィン達に宥められてグランは何とか追及を逃れる事となる。

 そしてこの建物の中を見渡していたグランは、笑顔だった表情を僅かに崩して眉間にシワを寄せていた。彼はカウンターを見詰めた後、隣に立っているフィーへとその視線を下ろす。

 

 

「つうか何でお前らここにいるんだ?」

 

 

 何故この遊撃士協会の帝都支部だった建物に来ているんだと彼は首を捻る。今は使用されていない旧帝都支部の建物に一体何の用事があるのだと。彼の疑問は尤もで、綺麗に清掃されてはいるものの使用されていない場所に訪れる理由が見当たらない。

 そう言えばグランは知らなかったなと、リィンはレーグニッツ知事から受け取っていた鍵と住所の記された紙を彼の前へと差し出す。その二つを手に取ったグランは途端に驚きを見せ、直後に居心地が悪そうに顔を上げると左隣に立っているラウラへと訊ねた。

 

 

「まさか、今回の特別実習の宿って……」

 

 

「うむ、この建物のようだ……どうかしたのか?」

 

 

「あっ」

 

 

 ラウラを初めリィン達はグランの驚いている理由が分からずに首を傾げているが、彼らには気付けるはずも無かった。フィーは一人何かに気付いたのか気まずそうに声を漏らし、困惑した様子でグランの顔を見上げている。

 グランがこの建物で居心地が悪くなるのは当然の事だった。彼がここへ合流する前にエリオットが話していた、二年前の帝都で起きた火事。一部ではテロなどと噂をされていたその一件、実は当時のグランも現場にいたのだ。公には火事として処理されたが、本当は噂通り帝都の街中でテロが発生しており……グランは襲撃者の一人として、二年前に帝都支部を確かに壊滅させた。

 

 

「なんつう寝心地の悪い場所だよ……」

 

 

 彼が頭を抱える理由を、フィー以外の四人が知るはずもない。

 

 

 




白猫プロジェクトというゲームで三日間リセマラ(リセットマラソンの略、インストールしてはアンインストールを繰り返す)をして星4が一つも出ないという壊滅的に運が無い今日この頃。執筆が遅れたのはそのためです、ごめんなさいもうしません。

話は本編に戻りますが、かつて自分自身が壊滅させた場所で宿泊するとか何て罪悪感。と言ってもグランはそこまで抱え込む性格では無いのでちょっぴり寝心地が悪いかな程度です。それでもゆっくり寝られないって辛いですよね。

そしてクレアさんとの対話、お分かりかと思いますが五章への伏線です。これで会長とクロスベルでキャッキャウフフが……!忘れてました親父さんいました。

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