紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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この世界の最強は

 

 

 

──私ね、塩化して枯れ果てちゃったこの土地一面にハーブを植えて……もう一度蘇らせたいんだ──

 

 

 あるところに、自国の土地の大半が塩と化している惨状を見て悲しんだ一人の少女がいた。白い長髪を棚引かせる齢十歳程のその少女は目の前の非情な現実に目を背けず、笑顔を絶やす事なくその両手にスコップと苗木を持っている。

 そんな彼女が振り返った先には、赤い髪が特徴的な同い年と思われる少年が立っていた。彼は少女の無謀とも言える発言を嘲笑う事なく、彼女と同じように笑顔を浮かべて眼前の真っ白な土地を見据える。

 

 

──面白いじゃないか。力になれるかは知らないが、オレもクオンの夢に協力してやるよ──

 

 

──ふふ……頼りにしてるんだからね、『閃光』さん──

 

 

 少年の声に、クオンと呼ばれた白髪の少女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら彼の傍に近寄り、その身を少年の体へと預けた。両者の頬は僅かに赤みを増し、少年に至っては照れくさそうに頭を掻いている。

 二人の視線の先に広がる塩と化した広大な土地は、一見復活させるというのは余りに絶望的とも思える現状だ。しかし二人の表情に迷いはなく、両者の瞳には現在目の前に広がる光景が違って見えている。青々としたハーブ畑が一面に広がる光景、現状とは全く異なる生まれ変わった状態で二人の瞳に映っていた。

 

 

──綺麗なもんだな、ハーブ畑が一面に広がる光景ってのも──

 

 

──おかしなグランハルト、まだ真っ白なままなのに──

 

 

──そう言うクオンも見えてたんじゃないか? ハーブ畑が広がる景色が──

 

 

──ふふ、考える事は同じだね──

 

 

 寄り添うように少年に体を預ける少女と、その少女の体を受け止めながら笑顔を浮かべる少年。絶望に満ちた国の一角、そんな二人の周りには確かに幸せが満ちていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「……またこの嬢ちゃんの夢か」

 

 

 実技テストから三日が経過したこの日の早朝、グランは自室のベッドで瞳を伏せながら呟いていた。実技テストの翌日から毎日白髪の少女が登場する夢を見ていた彼は、この日も同様に夢の中で少女が笑った直後に目を覚ます。ベッドの上で体を起こした後、伏せていたその瞳を開く。

 夢の中に出てくるクオンという名の少女は、生徒会長であるトワの顔によく似ていた。しかしグランが気になっているのはそれだけではない。その少女と同じく毎回夢に登場する赤い髪の少年……見た目は十歳程の子供だが、確かにその少年はグラン本人だった。

 

 

「クオンって名前の嬢ちゃんの事、オレは確かに知っているはずだ……何故明確に思い出せない」

 

 

 少女の事を知っているはずなのに、記憶にあるのに思い出せない。引き出しの中に入っているのに鍵を施錠されて取り出せない、そんな違和感。以前この少女を思い出そうとした時に抱いた家族への明確な殺意はこの度も同時に表れ、グランは記憶の片隅に存在するクオンという少女を放っておくことが出来なくなっていた。

 とは言え今の彼にはクオンという名前と、夢の中で幼かった頃の自分が彼女と一緒に眺めていたノーザンブリアの地という手掛かり以外に何もない。そこからは道を絶たれたように情報が途切れ、これ以上少女の記憶を思い出すためには施錠された引き出しの鍵を……明確に言えば記憶を封じている何かを取り払うしか方法はなかった。

 

 

「今のところ引っ掛かるのは『教授』くらいだが……死んじまった人間に聞く事も出来ないしな」

 

 

 不気味な笑みを浮かべている眼鏡の男を脳裏に過らせ、その男が記憶という分野に関して幅広い知識を有していた事を思い出すも、既に他界してしまったために助言をもらう事も出来ない。少女を思い出そうとする度に殺意を抱いてしまう父親や妹なら何か知っている可能性もあるが、現状で会いに行く選択肢がグランの頭にはあるはずもなく。

 あとはクオンという少女とトワがそっくりな点についても疑問が残るものの、その点については不思議と彼は関連性が無いと容易に切り捨てる事が出来た。顔は確かに似ているが、グランが夢の中の少女から感じた気配とトワの気配が似ても似つかないからだ。

 

 

「結局現状は手詰まりか……ん?」

 

 

 行き詰まった現状にグランがため息を吐いていると、扉の向こう側から徐々に数人の足音が聞こえ始める。足音を耳にして今日が特別実習の初日だという事を思い出した彼は、ベッドから降りると椅子に掛けていた制服を手に取った。着ていた服をベッドの上に乱雑に放り、学院の制服へと着替える。

 結局少女について詳しい事は思い出せなかったが、今は特別実習という目の前の課題がある。先ずはそれを確実に達成してから、ゆっくり少女の事について調べればいい。そうグランは自己解釈すると、棚に置いてある鏡で制服姿の自分を確認してから扉を開けて自室を出た。

 

 

「……ま、案外とすんなり思い出したりしてな」

 

 

 能天気な言葉を呟いて学生寮の自室を立ち去るグラン。だがこの時彼が発したその言葉は、奇しくも今回の特別実習で実現することとなる。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 四度目となる特別実習を迎えた今日、Ⅶ組一同はトリスタ駅のロビーへと集合していた。いつものようにラウラとフィーの間に微妙な距離感を感じながら、一同はA班、B班共に特別実習に指定された帝都ヘイムダルへ向かう旅客列車が到着するのを待つ。

 ふと、隣合わせに無言で佇んでいるラウラとフィーの元へグランが近寄った。今回ラウラやフィーと同じA班へと振り分けられた彼は、これから帝都で行う実習が出来るだけスムーズに進むよう何とか仲を取り持とうと考えたわけである。今までその様な事を自分から進んで行う事のなかった彼だが、それだけグランにとってⅦ組という場所が気付かぬ内に居心地の良いものへとなっていたのだろう。

 

 

「まだ解決してないのか。てっきりこの前のラウラの様子を見て上手くいってるとばかり思ってたんだが……お前らいい加減折れたらどうなんだ?」

 

 

「……すまぬ」

 

 

「……ごめん」

 

 

「いや、オレに謝られてもだな……」

 

 

 二人の顔を交互に視界に捉えながら話すグランの声に、彼女達は申し訳なさそうに僅かに顔を俯かせた。その反応を見て困ったように頭を掻くグランの様子をラウラとフィーは上目遣いで窺った後、互いに視線を交わして直ぐにそれをロビーの床へと落とす。そんな二人の様子を、リィン達周りのメンバーも心配そうに見詰めていた。

 ラウラもフィーも、心の中では既に理解出来ているのだ。境遇上、猟兵という生き方を余儀なくされる者がいるのは仕方ない事をラウラはグランを敬遠していた時期に気付いている。フィーの方は元々ラウラが一方的に敬遠していたため原因と呼べるものは無いが、ラウラと会話がなくなってからいつしか彼女を相容れない存在なのだと思うようになった。それでも、ラウラが自分の事を本当の意味で嫌っている訳ではない事は気付いている。

 だからこそ、互いの心を打ち明け、本音で語り合う事で彼女達の問題は解決を迎えられる筈だった。しかし、先日決意を見せたラウラがフィーに声を掛けようとする度に、フィーが避けるようにその場を去る。両者が目線を反らさずに向かい合う状況が作れない。そんなもどかしい現状が、未だに二人が仲違いを解決できずにいる理由だった。

 

 

「(ラウラはこの数日間話そうとしていたみたいだし、何とかしてきっかけを作ってやりたいが……)」

 

 

 落ち込む二人の姿を目に、何か良い案はないかとグランは頭の中で思考を巡らす。彼があれでもないこれでもないと考える内に帝都行きの旅客列車が到着したらしく、一同はホームに向かい列車へ乗車した。

 列車に乗って直ぐ、A班はリィンとエリオット、マキアスが三人並んで席へと腰を下ろし、向かいの席にグランを挟んでラウラとフィーが座る。帝都までの列車旅に揺られながらグランは考えるも、結局二人を和解させる名案が思い付くことは無く。

 一同は帝都が地元であるマキアスとエリオットの話す現地情報を聞き終え、列車に乗車してから三十分程経過した後にヘイムダル駅へと到着する予告アナウンスを耳にする。列車の停止後、A班、B班共にヘイムダル駅のホームへ降車した。

 皆が帝都駅のホームに降りる中、最後尾を歩いていたグランは列車を降車する手前でふと歩みを止める。この時、彼は昨晩に訪れていたサラの部屋にて彼女から受けていた忠告を思い出していた。

 

 

──アンタなら大丈夫だと思うけど……もうあの組織を抜けてるとは言え、確実に警戒はされると思うから気を付けなさい。ま、この夏至祭は色んなイベントがあるみたいだし、危害を加えないと分かればちょっかいは出してこないでしょうけど──

 

 

「(『紅の剣聖』が結社を抜けたかどうかなんて向さんが知る分けがない、警戒されるのは確実だろ。だが……)」

 

 

 グランは止めていた歩みを再開し、ホームへ降りると先に降りていたリィン達が会話を行っている人物へと視線を向ける。

 水色の髪に、見覚えのある鉄道憲兵隊の軍服。悠然とした佇まいを見せるその女性は、四月の特別実習地であるケルディックにて発生した窃盗事件の解決に駆け付けた人物。当時はグランも忘れていたが、間違いなく『鉄血宰相』の息がかかった人間の一人。

 

 

「(皇族が出席する夏至祭のこの時期、どこまで手が回るか楽しみにしてますよ)──『氷の乙女(アイスメイデン)』殿」

 

 

 探るようなグランの視線は、リィン達と笑顔で会話を行っているクレア=リーヴェルトへと向けられていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 時刻は少し遡る。Ⅶ組の面々が特別実習先である帝都行きの旅客列車に乗って直ぐ、トリスタ駅のロビーには息を切らしながら駆け込んでくるトワの姿があった。彼女はロビーを見渡して目的の人物の姿がない事を確認すると、受付の女性の元へと歩み寄る。

 トワがここに来た目的は、これから特別実習で学院を離れるグランに会うためだった。受付で既に帝都行きの列車が出発した事を聞いた彼女はガクリと肩を落とすと、落ち込んだ様子で近くに設置された椅子へ腰を掛ける。

 

 

「お見送り、間に合わなかったなぁ……」

 

 

 トワはロビーの床に視線を落としながらため息を吐き、グランを見送れなかった事をとても残念そうに呟いていた。ここ最近学院内で顔を合わせる事が減り、中々同じ時間を過ごす事の無かったグランに少しでも会いたいと、そう思って途中の仕事を残して駆け付けるも間に合わなかった。やっぱり朝早くから第三学生寮に行けばよかったと絶賛落ち込み中である。

 今回行われるⅦ組の特別実習は三日間。実習先は近場の帝都とは言え、山のようにある生徒会の仕事を置いて会いに行くのも生徒会の皆に申し訳ない。恐らくトワの願いならば生徒会に所属する貴族生徒も平民生徒も二つ返事で快く了承してくれるだろう。だからといって、責任感の強い彼女がそんなお願いをする事は無いが。

 グランが生徒会室に訪れる事が無くなり、長く感じるようになった学生会館での職務。今までは生徒会室の窓から外を歩いているグランの姿を目にして自分の気持ちを誤魔化している事はあったが、それも彼が学院からいなくなれば出来なくなる。自分の気持ちを誤魔化す事も出来ない、彼女にとっては非常に辛い状況だった。

 

 

「夏至祭の日は学院も休みだけど、残りの仕事を片付けない訳にはいかないし……そうだ!」

 

 

 ふと、落ち込んでいたトワは何かいい案を閃いたのか席を立ち上がる。急務の中、夏至祭に行くことが出来るようになる名案とは一体どのようなものなのか。仕事が忙しくて彼女と同じように夏至祭に行けない人達は耳を揃えて聞き入った事だろう。

 しかし、此度彼女が閃いた夏至祭に行くための名案。それは、少なくとも彼女にしかできないものであった。

 

 

「仕事を早く片付けちゃえば問題ないんだ! もう、何でこんな簡単な事思い付かなかったんだろう」

 

 

 意気揚々と、トリスタ駅のロビーを出て士官学院へと走り始めるトワ。山のようにある仕事を早く片付ける事が簡単な事、少なくともこんな風に言い放つ事が出来るのは彼女しかいない。急務で夏至祭に行けない人達が今の彼女の言葉を聞いていたら、出来るかと怒鳴り返す事だろう。

 トリスタの町中を走り抜けるトワの顔は、先程の落ち込んだ様子とは真逆で希望に満ち溢れているものだった。毎日放課後から夜遅くまで明け暮れている生徒会の山のような仕事。普段は目の前を塞ぐ難敵であるそれは、今の彼女にしてみれば気絶状態の飛び猫も同然。恋する乙女というのは、もしかしたらこの世界で一番強い存在なのかもしれない。

 

 

 




ここからグランの過去を断片的に出していこうかなと考えています。会長には彼の過去をどんどん掘り下げてもらおうかと。いや、やっぱりメインヒロインですし。

いよいよ次回からは帝都での特別実習。いつもは次章に進むまでテンション下降気味なのですが、今回は違います。だって会長が出るから!


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