紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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意外な結末

 

 

 

 七月二十一日、水曜日の昼下がり。晴れ渡る空の下、毎月恒例となっている実技テストが行われる事となった。担任のサラを含めたⅦ組総員、そしてリィン達が向ける視線の先、サラの隣には生徒会長であるトワもテストの結果を見届けに訪れている。こちらも実技テストの観戦に訪れることが毎月の恒例になっていた。

 今月の実技テストの内容は、二人一組のペアを作ってそれぞれ模擬戦を行うというもの。サラの声を受けたリィンが一歩前に足を出し、彼は此度の模擬戦の相方にアリサを選んだ。リィンに名前を呼ばれたアリサはどこか嬉しそうに足を踏み出し、彼の横へと並ぶ。

 

 

「リィン、よろしくね」

 

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」

 

 

「はいはい、そういうのは後でお願いね」

 

 

 サラは楽し気に言葉を交わす二人に茶々を入れ、恥ずかしそうに顔を紅潮させて否定するアリサを受け流した後に二人の対戦相手を選択する。直後に彼女が呼んだ名前に、後ろで控えているメンバーはこの模擬戦の行方に関心を向けた。

 リィンとアリサの前には、サラに名前を呼ばれたラウラとフィーの二人が対峙する。実力的に考えれば彼女達二人の勝利は揺るがない。しかし、未だ仲違いを解決出来ていない両者には付け入る隙が必ずあるだろう。此度の模擬戦の勝敗もそこにあると、リィンとアリサは考えていた。直後に発せられた武器を構えろというサラの声に、向かい合う双方は互いにその手へ得物を構える。両組の戦闘準備が完了した事を確認したサラは、数歩後ろに後退すると戦闘開始の号令を掛けた。

 

 

「実技テスト……始め!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「お疲れ、アリサ」

 

 

「ふふっ、いい感じだったわね」

 

 

 控えのメンバーが組んでいる輪の中へ戻ったリィンとアリサは、互いの健闘を讃えてハイタッチを交わす。リィン、アリサ組とラウラ、フィー組の模擬戦の結果は、意外な事に早い段階でリィン達に軍配が上がった。

 戦闘開始直後、リィンが前衛でアリサが後衛に回るというセオリー通りの戦闘配置につくリィン達に対し、ラウラとフィーは両者共が前衛を務め、リィンを標的に動いた。リィンとアリサが戦術リンクを活用して互いの動きを把握しながらカバーし合う中、ラウラとフィーは実技テストの要でもあるその戦術リンクを繋げる事なく応戦。必然的に生まれたラウラ達の隙をリィンが見逃すはずもなく、そこから一気に流れを引き寄せたリィンとアリサが太刀とアーツの連携によって勝利したのである。

 

 

「勝てなかった理由、貴女達なら分かってるわよね?」

 

 

「……はい」

 

 

「ん」

 

 

 勝利を喜ぶリィン、アリサ組とは対照的に、不甲斐ない戦いを見せてしまったラウラとフィーはどこか落ち込んだ様子でメンバーの輪の中へと戻っていく。サラはそんな彼女達に視線を向けた後、ユーシス、マキアス組とガイウス、エリオット組の両ペアを呼んで再び実技テストへと移る。

 ユーシス達の実技テストが始まったと同時に、トワは先のラウラ達の様子を見て心配したのか、理由を聞くためにグランの元へと駆け寄った。どうやら先月頃から二人の仲が拗れている事を知っていたらしく、彼女の問いを受けたグランは、怒鳴り合いながらも中々の連携を見せるユーシスとマキアスに視線を固定しながら答える。

 

 

「フィーすけの過去を知ってからずっとあんな感じですよ」

 

 

「あっ……」

 

 

 グランのその一言でラウラとフィーの仲違いの理由を察したトワは、やはり他の生徒達の事もよく見ているという事だろう。フィーがⅦ組メンバーに打ち明けた過去、そしてラウラの性格をよく知っていなければ普通はこんなに察しがいいはずがない。そして同時に、彼女は自分ではどうすることも出来ない事を理解する。

 ユーシス、マキアス組とガイウス、エリオット組の模擬戦も佳境に入っていた。互いに後衛を務めるマキアスとエリオットが双方同時に繰り出した地属性と水属性のアーツを受けて仲良く膝をつく中、ユーシスとガイウスの前衛同士が騎士剣と槍を激しく交差させて金属音を鳴り響かせる。

 

 

「フン、この間合いならば得意の槍も自由に使えまい……!」

 

 

「ふふ、やはりユーシスは手強いな……!」

 

 

 最早後衛の二人の事は頭にないユーシスとガイウスであったが、そんな部分も含めて今後の課題だと考えながらサラは模擬戦の行方を見守る。最終的には力で押し切ったガイウスが自分の間合いに持ち込み、ユーシスに勝利するという結果に終わった。

 ユーシス達が終えた事で、実技テストもそろそろ終盤を迎える。そして残るはグランとエマの二人だけなのだが、対戦相手であるもう一組がいない。まさかサラとトワが組むのだろうかと一同は考えるが、実際はその逆だった。

 

 

「さて、グランは会長と組みなさい。エマ、よろしくお願いするわね」

 

 

「は、はいっ!」

 

 

 サラに名前を呼ばれたエマは魔導杖を握り締めて彼女の隣へ移動し、グランは先程から隣にいたトワと一緒に彼女達の前へ移動する。グランとトワが目の前に移動した事でサラは笑みを浮かべながらブレードと導力銃を取り出し、エマは対照的に緊張の面持ちで彼女の後方に回ると魔導杖を構えた。サラが相方を務めるというのもそうだが、相手がグランという事が何よりのプレッシャーなのだろう。そう固くなるなとサラはエマに向かって話すが、彼女からしたら無理な相談である。

 グランもその様子を見て笑みを浮かべると抜刀の構えを取り、トワはエマと同じようにグランの後方で導力銃を構える。この時のトワの表情はやはりエマと真逆で、どこか嬉しそうであった。

 

 

「よ、よろしくね、グラン君」

 

 

「ええ、一先ずトワ会長は委員長のアーツを警戒してください。サラさんの攻撃からはオレが必ず守ります……何、会長には傷一つ付けさせませんよ」

 

 

「う、うん……(何でそんな事平気で口にしちゃうかな、もう)」

 

 

 振り返るやいなやニヤリと口元を曲げるグランの表情を見て、トワはその頬を朱色に染めながら困ったように笑みを浮かべていた。彼らと対峙しているエマ曰く、七つの型と無手の型からなる八葉一刀流の隠された裏の型『天然誑し』が発動したとの事だが、上手く言ったものである。八葉一刀流の創始者であり、『天然自然』を教えとするユン=カーファイも涙目であろう。

 そんなこんなで八葉一刀流に新しい型が追加された事も露知らず、リィン達控えのⅦ組メンバーは此度で最も興味深い一戦となるであろう目の前の両ペアへと熱い視線を向けていた。

 

 

「前回は少し予想外の事が起きたけど、今回は純粋にグランの剣技を見れそうだな」

 

 

「グランの全力はそうそう見れんからな。俺も参考にさせてもらうとしよう」

 

 

「凄いね、二人共。僕なんか何が起きてるのか毎回分からないのに」

 

 

「大丈夫よエリオット、私もだから」

 

 

 これから始まる模擬戦に期待を寄せながら話すリィンとユーシスの後方、感心したように声を上げるエリオットの横ではアリサが呆れた様子で同意している。士官学院の生徒としてはリィンやユーシスの反応の方が良いのではあろうが、半年前までは一般的な帝国民であったエリオットとアリサにそこまで強要するのは難しいだろう。とは言え、どちらも家系から言えば一般的という部類からは外れるが。

 そんな風にリィン達が談笑している一方で、今から模擬戦を行うグラン達も準備が整ったようだ。サラの呼び掛けで二組が対する間に移動していたラウラが、戦闘開始の合図をとった。

 

 

「実技テスト……始め!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 声を上げて直後、戦闘開始の合図をとったラウラは目の前の光景に唖然とする。自身が後退するよりも早く眼前ではグランとサラによる鍔迫り合いが繰り広げられ、甲高い金属音を耳にしてから数秒程経過した後に漸くその場を離れた。同じように驚いた様子のリィン達が待つ輪の中へと戻り、彼らと同じくこの模擬戦の観戦へ移る。

 一方、開始そうそう刀とブレードによってそれぞれの一手を封じたグランとサラ。正確に言えばサラには左手に握る導力銃もあるのだが、グランの左手に手首を掴まれてこちらも機能していなかった。初手から双方攻撃手段を失った状態である。

 

 

「レディの腕をそんなに強く握っちゃ駄目じゃない……!」

 

 

「だったらそのブレードを放してくれませんかね……!」

 

 

 言葉を交えながら、刀とブレードによる小競り合いは尚続く。そしてグランとサラが双方の動きを封じている間、それぞれの後方ではARCUSを駆動したトワとエマが既に控えており、両者共その体の周りには蒼いリングを纏い、淡い光を放っていた。

 数秒にも数分にも感じる両者のせめぎ合い……その終了は、トワとエマがアーツを繰り出す準備を終えたとほぼ同時。サラはグランの刀を弾くとその身に紫電を纏って大きく後退する。

 

 

「なっ!?」

 

 

 そして突然驚きの声を上げたのはサラ、彼女の相方を務めるエマや観戦中のⅦ組メンバーも同様の反応を見せていた。何故なら、トワとエマの両者が放った銀色の閃光の先には未だグランが立っている。両アーツの直撃を受ければ流石のグランも無事では済まないだろう。しかし当の本人は微動だにせず、回避する気配も見えない。

 二人が放ったアーツ……ルミナスレイは直線の軌道のままグランを挟んで激突、爆発と同時にその場を砂煙が立ち上った。

 

 

「えっ……何か連携ミスでもあったん──」

 

 

「エマ、下がりなさい!」

 

 

 煙が舞う場所を困惑した様子でエマが見詰めている最中、彼女の声を遮ったサラは視認すら難しい恐るべき速度でエマの後方に回る。直後に僅かに苦しむ声をサラが上げ、甲高い金属音と重なり合う。

 エマが振り返った直ぐ先にはアーツの挟み撃ちに巻き込まれたはずのグラン、そして彼の刀を両手持ちに切り替えたブレードで受け止めるサラの姿。気付かぬ内に、彼女はグランに背後を取られていた。

 

 

「くっ……分け身って言ったかしら、相変わらず面倒な戦法ね……!」

 

 

「お誉め頂きどうも……ところで委員長隙だらけ何だが、ほっといていいんですか?」

 

 

 少しでも気を緩めれば押し切られるこの状況、サラはブレードを片手に持ち替える事が出来ずに苦虫を噛み潰したような表情。彼女の皮肉に顔色を変えず答えたグランは、助言でもしたつもりなのか目線をサラの後方に移して動揺した様子のエマを視界に捉えた。

 彼の視線を受け、呆然としていたエマは直ぐにバックステップで距離を取るとARCUSの駆動に掛かる。しかし、それよりも早くグランの後方に立つトワが次の一手を決めていた。

 

 

「えいっ!」

 

 

 トワが声を上げた直後、三人の足元が突如として暗闇に染まった。まるで水面であるかのように淡い暗闇は波紋を広げ、その地面からは次々と蝶が現れて周囲をヒラヒラと舞っている。

 まさか味方まで巻き込むのかとエマは考えるが、目の前のグランはニヤリと笑みをこぼすとその姿を消した。先程サラが口にしていた分け身を使用していたのだろう、分かりきっていた事なのかサラは舌打ちをしている。

 そして彼女が舌打ちをした直後、周囲を舞っていた無数の蝶は突然炸裂を起こす。轟音と共に、二人を砂煙が包み込んだ。

 

 

「さっすが、会長ナイスタイミング」

 

 

「えへへ、グラン君が回避できるのは戦術リンクで分かってたから」

 

 

 高位アーツの直撃、勝利を確信したのかトワは隣に現れたグランに向けて嬉しそうに笑顔をこぼしている。しかしグランの表情には未だ真剣さが残っていたため、それを疑問に思った彼女は首を傾げながら砂煙の舞う場所へと視線を移した。

 砂煙が晴れたそこには、半透明の球体に包まれたサラとエマの姿が見えた。アーツの直撃を受けたためノーダメージではなかったようだが、彼女達を覆っている球体はアーツの威力を軽減させたのか立てない程ではないらしい。頬に付いている砂埃を払う事なく、自身を包んでいた球体が消滅したと同時にそれぞれ武器を構え直している。

 

 

「助かったわ……さっきのはちょっとヤバかったわね」

 

 

「な、何とか間に合いました……」

 

 

 額に汗を滲ませるサラの後ろで、エマはホッと胸を撫で下ろしていた。二度に渡る自身のミスが敗北に結び付かなくて良かったと安堵しているのだろう。とは言えダメージを受けてしまったため、劣勢になったという事には変わりないが。

 まさか防がれたなんて、と二人の無事な姿にトワが驚いている中、グランは戦況が自分達に傾いていると踏んで一気に攻勢へと移る。右手に持っていた刀を鞘へ納めると、直ぐ様抜刀の構えを取った。

 

 

「我が剣は閃光、何人たりとも逃れる術はない──」

 

 

 そして忽然とその姿が掻き消える。戦術リンクを繋いでいるトワですらグランの動きを正確に把握出来ていないのか、彼女は困惑した様子で目の前を見渡していた。

 数秒も経たぬ間に、グランの太刀を浴びたのか苦しむ声を上げながらエマが膝をつく。残るはサラ一人だけなのだが彼女は僅かに反応出来るようで、ブレードを使って受けるような動作をしながら火花を散らせ、所々導力銃による射撃も行っている。射撃の際に金属音が聞こえたり聞こえなかったりするのは、大方グランに当たらなかったか的中したものの刀で弾かれているという事だろう。

 このままでは防戦一方のサラ。しかし彼女は見えない一閃をブレードで弾いた直後、突然導力銃の銃口を現在隙だらけのトワへ向けた。グランの太刀は浴びてしまうかもしれないが、どちらかは確実に戦闘不能にしておかないとこの先に勝機を見出だせないと判断したためである。どちらにせよ状況が不利になる事は逃れられないが、彼女としても教官として簡単に負けるわけにはいかない。

 そしてサラが次の一閃を受ける前にトワへ射撃をしようとしたまさにその時、突如としてグラウンド一帯の空気が震える。サラは驚きの表情で上を見上げ、他の皆も異変に気付いたのかその場にいる全員がサラの立つ場所の上空へ視線を移した。

 

 

「やめろーーーー!」

 

 

 叫び声を上げたグランが紅い闘気を纏いながら、明らかに動揺した様子で刀を振り上げている。サラはそれを視界に捉えると表情を真剣なものに変え、上空のグランに向けてその身を構えるとカウンターの準備に入った。

 直後、降下と同時にグランが刀を振り下ろしてサラを中心に爆発が巻き起こる。轟音を伴いながら周囲に爆風が吹き荒れ、皆は飛来してくる小石を防ぐために顔の前を腕で被い、飛ばされまいと両足を踏ん張って砂煙が立ち上ぼる先を見詰めていた。

 現状で考えればグランの勝利と思われた一戦。風が止み、砂煙が晴れた視線の先。トワやエマ、その場にいるメンバーは目の前の光景に驚きを隠せない。

 

 

「くっ……危なかった、わね」

 

 

「ぐっ……!?」

 

 

 一同の瞳に映ったのは、身体中に砂埃を付けたサラが力尽きてその場に倒れ始める姿。そして、彼女の傍で自身の頭を抑えていたグランが直後にサラと同じく倒れる光景だった。

 

 

 




何だろう、最近グラン倒れてばっかりのような……気のせいだよね! だって剣聖だもん!(現実逃避)

……ごめんなさい、現実を見ます。

でも会長に向かって導力銃を向けられたら誰だって動揺するんじゃない?(投げやり)

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