紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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予想外の存在

 

 

 

「手伝って欲しいのは、監視塔と共和国軍の基地を砲撃した連中──数名の武装集団の拘束だよ」

 

 

 ノルド南部、石柱群がそびえる場所にて。リィン達の力量を確認するための戦闘を終えた後、ミリアムは六人の視線を受けて此度の協力して欲しい事の内容を話した。その内容はリィン達の求めている監視塔を砲撃した犯人の消息であり、話を聞いた六人は一瞬迷うものの、他の手掛かりも無い事から協力をする事に決める。

 ミリアムの持つ情報は、砲撃をした犯人達が北部の遺跡に逃げ込んだというものだった。ガイウスの話では、ノルドの北には石切り場と呼ばれる千年以上前に出来たとされる遺跡が存在し、確かにそこなら隠れ場所に最適だという事。その話もあって、リィン達はこの傀儡使いの少女の言葉を信じ、ノルドの北部に向けて馬を走らせる。

 途中ノルドの集落へ寄り、ゼンダー門にいるゼクスへの報告も済ませた一同は目的の場所へと向かった。ミリアムとガイウスの案内を受けながら、昨日カメラマンのノートンを見つけた巨像のある場所の更に奥手……古代の遺産と呼ぶに相応しい石造りの遺跡、ノルドの民の間で石切り場と呼ばれる場所に到着する。

 

 

「ここで、間違いないのか?」

 

 

「うん、そうだよー」

 

 

 馬を降りた一同が遺跡の入り口であろう目の前の巨大な石門に視線を移す中、戸惑った声を上げるリィンに対してミリアムは頭の後ろで腕を組みながら呑気な様子で答えていた。そんな彼女に目を向けた後、リィン達は改めて石門へと視線を移す。

 皆の目の前にあるそれはどう考えても人の力で開けられるようなものではなく、リィン達は犯人がここに入ったというミリアムの話がどうしても信じられなかった。彼女が嘘をついている訳ではないだろうが、それだけ目の前の石門が頑丈でびくともしない造りだという事だ。

 そんな風にリィンを初めアリサやエマ達《Ⅶ組》メンバーが困惑の表情を浮かべる中、一人周囲を見渡していたグランは何かを見つけたようで、その視線を鋭くさせると皆に声を掛けてからある一点を指差した。

 

 

「侵入経路はあれか」

 

 

「そうそう、あっちから犯人達が入っていくのが見えたんだ」

 

 

 グランが差した指の先、そこには遺跡に侵入できる入り口があった。しかし今皆がいる場所からは離れている上に高所なため、先の高台にて見つけたワイヤー梯子のようなものがなければそこから侵入する事は出来ない。恐らく犯人達は事前に逃走経路を確保した上で砲撃を行い、今現在この中に隠れているという事だろう。

 犯人達が使用した入り口からは入る事が出来ない。正確にはミリアムだけならばアガートラムに乗ってその入り口から侵入する事は出来るのだが、他の皆が入れない以上結局は同じ事だ。後は一同の目の前にある石門しか侵入経路は無いのだが、そこから侵入するのは人の力では不可能と言ってもいい。

 

 

「ここまで来て諦めるわけには……」

 

 

「でも、こればかりはどうやっても私達じゃ開けられないわね」

 

 

「へっへーん、ボクに任せて!」

 

 

 悔しそうに呟きながら石門を見詰めるリィンとアリサの横、ミリアムは突然得意気な表情を浮かべて石門の前へ移動する。リィン達五人は何をするつもりなんだと彼女の様子に首を傾げるが、後ろで一連の会話を聞いていたグランは直ぐに気が付いた。

 そう、彼は先月領邦軍にバリアハートの地下牢へ捕らえられた時に同じ事を行っている。鉄の檻を破壊し、グランとマキアスは自力であの場を脱出した。その時と同じように、この石門を破壊する事が出来れば何ら問題はない。それが人の力では出来ないから皆困っているのだが、元々彼らには……正確に言えば、彼女の手の内にそれを可能にする方法は存在する。

 

 

「ガーちゃん!」

 

 

 ミリアムが右手を上げて直ぐ、その呼び掛けにアガートラムが応えて彼女の横へと姿を現す。そして直後、自身のアームを使って瞬く間に石門を粉砕した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 リィン達が石切り場へ侵入して暫くの事。石切り場内部の奥、細い道を切り抜けた先にある広いスペースにて数名の男達が会話を交わしていた。

 一人は眼鏡の男、昨日の朝にノルドの集落へ凶暴化したライノサイダーを仕向けた男である。彼の目の前には四人の武装をした男達が腕を組んでおり、覆面を着用しているためその素顔は見えない。そして眼鏡の男の後ろでは、金属製のバイザーを装着した二人の男が彼らと同じく武装した姿で立っていた。

 

 

「なぁ、いつまで待たせるんだ? これだけやりゃあ十分だろう?」

 

 

「まだだ。帝国軍と共和国軍の戦端が開かれるまでが契約のはず。これで戦争が起こらなければ、もう一仕事やってもらう必要がある」

 

 

 四人の内一人の男が不満そうに声を上げ、眼鏡の男が眼鏡をかけ直しながらその声に返す。会話の内容を聞くに、この者達が両国の軍事施設へ砲撃した事は明白だ。そして武装した四名の男達は眼鏡をかけている男からその仕事を依頼されたのだろう。彼らの出で立ちから、傭兵の類いの人間という事が容易に想像できる。

 眼鏡の男の返答を受け、声を上げた傭兵の男は腰に手を当てると再び彼に問い掛ける。

 

 

「しかし、誰を味方につければそんな大金を払えるんだ? 前金だけでも大した額だが……」

 

 

「こちらの事を詮索しない事も契約内容に入っていた筈だが? 何ならここで契約を打ち切ってもいい」

 

 

「分かった分かった! こっちは報酬さえ貰えれば文句は無いって!」

 

 

 眉間にシワを寄せて話す眼鏡の男に対し、傭兵の男は慌てた様子で答えていた。彼らにとって今回の仕事は報酬の高い実に割りのいいものであり、ここで逃すわけにはいかない。眼鏡の男は眉間に寄せていたシワを消すと、それでいいと告げて会話を終える。

 このままいけば彼らの計画通り、帝国軍と共和国軍の戦争が始まったであろう。此度ノルドの地に訪れていた、想定外の存在がいなければ。

 

 

「そこまでだ!」

 

 

 突然男達に向けて放たれた声の主、リィンを筆頭にトールズ士官学院《Ⅶ組》A班のメンバーとミリアムが彼らの前に現れる。突如として目の前に現れたリィン達に傭兵の男達は一瞬驚くものの、皆が学生服を着ていることもあって子供だという事実に気が付くと途端に強きになった。

 傭兵達は一様に銃を構えてリィン達と対峙する。そしてその後ろで、武装した二名の男を引き連れた眼鏡の男は笑みをこぼしながら声を上げた。

 

 

「なるほど、ケルディックでの仕込みを邪魔してくれた学生共か」

 

 

「っ!? まさか大市での窃盗事件を仕組んだのは……!」

 

 

「そう、領邦軍ではなく私だったというわけだ……私の名前はギデオン、同志達からは《G》と呼ばれているがね」

 

 

 ギデオンと名乗った眼鏡の男は、四月に行われた初めての特別実習にてリィン達が解決に貢献した、ケルディックの大市で発生した窃盗事件の黒幕だった。ギデオンから告げられた真実に、事件に立ち会ったリィンとアリサは驚きの顔を隠せないでいる。ユーシスとガイウス、エマの三人も話だけは聞いているため鋭い視線をギデオンへ浴びせていた。

 突き刺すような五人の視線を受けて尚、学生だからなのかギデオンは余裕の表情を崩さない。しかし、直後にリィン達の前へ躍り出たグランの言葉でその表情は変化する。

 

 

「それを聞いて漸く合点がいった。あんたらの目的は革新派の打倒……いや、ここまで事を大きくするんなら本命は鉄血の首と言ったところか」

 

 

「っ……!? 『紅の剣聖』か。流石はその若さで剣聖を名乗るだけの事はある、中々に聡明なようだ」

 

 

「テロリストは腐るほどこの目で見てきたからな、そういう類いの人間の考えそうな事だ」

 

 

 ケルディックでの領邦軍との共謀、此度の戦争を起こそうとしている意図を僅かなヒントで答えにまで至ったグランの言葉に、ギデオンも少なからず驚いている。グランの話を横で聞いていたリィン達も理解が追い付かずに驚きの表情を浮かべており、彼らだけではなく、今まで表情に余裕を見せていた傭兵達もまた動揺を隠せないでいた。

 

 

「『紅の剣聖』だと!? そんな大物がいるなんて聞いてないぞ!」

 

 

「猟兵の中でも一人で『赤い星座』とやり合ったって話だ。そんなやつに敵うわけがない!」

 

 

「どんだけ話が大きくなってんだよ……クソ親父とやり合ったのは事実だが、誰があんな集団に喧嘩売るかっての」

 

 

 大慌てで後退る傭兵達に向け、呆れた様子でグランはジト目を向けていた。『赤い星座』と言えば猟兵団の中でも最強の一角に入る強者の集団で、一人一人が一騎当千の実力を持つと言われている。それを一人で相手にするのはグランでも自殺行為に近く、不可能とも言える暴挙だ。

 とは言え、仮にそれを抜きにしても彼の実力の高さは傭兵達の間でも知れ渡っている。紅の剣聖の渾名も飾りではなく、その筋の道の人間や武の世界の者の間ではそこそこに知られているため、この場で傭兵達が狼狽えてしまうのは仕方がないとも言えた。だが、それではギデオンには面白くない。少なくとも、自身が逃げるまでは彼らに足止めをしてもらわなければならないからだ。

 

 

「狼狽える必要はない。その男は今右腕を負傷している、あの包帯がその証拠だ」

 

 

 ギデオンの声に、傭兵達はグランの右手へと視線を向ける。そこには当然包帯が巻かれた彼の右手があり、グランが刀を使えない事を知った傭兵達は瞬く間に笑い声を上げた。刀の無い紅の剣聖など恐れるに足らないと。

 リィン達はそんな傭兵達へ再度鋭い視線を浴びせる。各々の手には得物が握られており、戦闘の準備は万全だ。傭兵達四人もその手にアサルトライフルを構え、迎え撃つ準備はできている。そしてギデオンと後ろの二人は余裕の表情で一連の様子を眺めていたが、その顔が突如怪訝なものへと変わった。傭兵達とリィン達の間に立つグランが、刀を鞘から抜いてその身を構えたからだ。

 

 

「悪いがここは任せてもらう、こちとら半分仕事で関わってるんでね」

 

 

「グランさん!」

 

 

「説教は後で飽きるほど聞いてやるよ……委員長の部屋でってのもいいな」

 

 

 右腕を使おうとしているグランに向けて、彼の後方からエマがしかめっ面を浮かべながら呼び掛ける。冗談めかして彼女に返すあたりグランにもかなりの余裕が見え、その表情からは右腕の負傷すらも忘れさせるほどの安堵感をリィン達も覚えていた。

 傭兵達はハッタリだとグランの様子に狼狽える事はなく、ライフルの銃口を彼に向ける。それを受けて手加減は無用と判断したのか、グランも視認できるほどの紅い闘気をその身に纏った。右足を軸にその場で回転し、刀を横一閃に振り抜く。

 刀による強烈な風圧が傭兵の集団とギデオン達を襲い、余りの勢いに彼らの体が僅かによろける。その様子にグランは冷酷な瞳を浮かべながら、今では全く痛みを感じない右腕を上げ、刀を構えた。

 

 

「──帝国軍第三機甲師団長ゼクス=ヴァンダールの依頼だ。此度のノルド高原での帝国軍監視塔、及び共和国軍基地砲撃の容疑でお前達を拘束する……共和国との交渉はアンタ達の身柄引渡しが入る予定だ、間違っても一太刀で死んでくれるなよ?」

 

 

 




……何故かノルド編終了間際に来て執筆速度が減速してしまいました。頭の中はこの先書く予定の四章での話ばかりが過ってどうしようも……ガキィィィン!とかドカァァァン!で戦闘場面を流していたあの頃が懐かしい……(遠い目)

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