紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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銀色の傀儡使い

 

 

 

「いいですか? グランさんが思っている以上に、右腕の状態は良くないんです。只でさえ実習に参加するのは反対なのに……」

 

 

「いや、本当すみません」

 

 

 ノルド高原南部、帝国軍監視塔から南に位置する高台で発見したワイヤー梯子を登った先。グランは現在、地面の上に正座をさせられてエマから右腕を使用した事によるお叱りを受けていた。腕を組み、眉をひそめて話す彼女の目の前では、両膝に手を置いて落ち込んだグランがいる。何か以前にも同じような事があった気がする、と心の中で正反対のスタイルを持つ少女の事を思い出しながら、彼は顔を上げて反省した様子でエマの顔を覗き込む。

 

 

「(……本当委員長の胸デカイな)」

 

 

 反省していたのは上部だけ、心の中では全く反省していなかった。正確には先程まで反省していたのだろうが、彼女の胸部へ視線が移った途端にこれである。

 グランの視線が移った事に気付かないエマは瞳を伏せて説教を続け、彼女が見ていないのを良いことにグランも一点を見詰めていた。そして余りに静かなので彼女も反省したと思ったのだろう、伏せていた目を開くと見上げているグランを見詰め返す。

 

 

「今は緊急事態なのでこの辺りにしておきますけど──って何処見てるんですか!?」

 

 

「いや、腕を組んでこれ見よがしに胸を強調するから……」

 

 

「してませんよ!」

 

 

 エマは頬を赤く染め、胸を両腕で隠しながら終わるかと思われた説教を再び開始する。とは言えグランの表情は先の落ち込んだものではなく、ニヤニヤと笑みを浮かべていることからこの場は彼の領域と化していた。現在の主導権は既にグランである。

 

 

「あれだな、委員長が脱いだら犯人直ぐに捕まえられるんじゃないか?」

 

 

「なっ!? 何考えてるんですか!」

 

 

「そうと決まれば善は急げだ! 委員長、ここはノルドの平和を守るためだと思って──」

 

 

「完全にグランさんの個人的欲求ですよね!」

 

 

 いつの間にやらエマが壁際へ追い詰められ、彼女の目の前でグランが腕捲りをしながら近付いている。

 互いの距離は数アージュと言ったところか。このままではエマが更に何かしらのセクハラを受けてしまうのだが、リィン達は高台の先にあるであろう導力砲の確認に行っているためグランを止める者がいなかった。

 流石にそこまではしないだろうと思いながらも、グランの事だからもしかしたらと半分涙目でエマは彼に敵意のこもった視線を向ける。当の本人であるグランは涙目の彼女に対して笑みを浮かべながらゆっくりと近付いており、はっきり言って誰がどう見ても気持ち悪かった。

 そしてとうとう二人の距離が残り数十リジュとなったところ。エマが背中に握り締めていた魔導杖を使おうかどうしようか迷ったその時、グランが突然表情から笑みを消すと瞬時に彼女と接近した。

 

 

「グ、グランさん!? まさか本当に──むぐっ!?」

 

 

「しっ……この気配は──バリアハートの時のあれか」

 

 

 突如鋭さを増したグランの視線。エマは戸惑いながらも促された通りに口を閉じ、グランは彼女の口元に手を当てたまま意識だけを後方へと向ける。彼の急な態度の変化にエマも疑問を抱き、顔を僅かに動かしてその先の高原を見下ろした。

 彼女は目を細めるも、特に人影らしきものを見つける事は出来なかった。見つける事は出来なかったが、グランが気配と言うからには確かにそこに何かいるのだろう。顔を合わせば必ずと言っていい程セクハラを仕掛けてくるため、普段における彼女のグランに対する信用は全くと言っていいくらいに無い。しかし、こと実戦に関してはエマのグランに対する信頼は高かった。

 

 

「委員長、前方の空を見上げてみろ」

 

 

 エマが見つけられなかった事を表情から察したのか。グランは僅かに笑みをこぼすと、彼女の口元から手を離して左手の親指を後方の上空へと向けた。エマはその指先を視線でたどり、先の上空を見上げるがやはりそれらしき物体は見つからない。強いて言えば鳥が遠くに飛んでいるのは見えるが、そもそも空に人影何かがあるわけ無い、と彼女が探すのを諦めようとしたその時だった。

 

 

「あれ……鳥じゃ、無い?」

 

 

 唯一彼女が見つけていた上空を飛行する黒い点。鳥だと思っていたそれは段々と二人のいる高台に近付いて来ており、僅かながら形状が確認できる距離になったところでエマは首を傾げた。

 彼女が知っている鳥は一般的な認識と同じく、左右の翼を羽ばたかせて上空を飛行する生き物である。しかし視線の先を飛行しているそれは翼を羽ばたかせているような様子はなく、どちらかと言うと浮遊しているという表現の方が正しかった。

 浮遊している何かとの距離もかなり近付いてきている。それでもまだまだ距離はあるが、銀色の浮遊物体と言える程までにはエマも認識出来ていた。そして先程グランが口にした『バリアハートの時のあれ』という言葉、その言葉が引っ掛かっていた彼女はここで漸く気が付く。

 

 

「オーロックス砦から飛んでいった銀色の……!?」

 

 

「ああ、どうやらオレ達が見つけた物に用があるみたいだが……」

 

 

「それって……」

 

 

 グランが言いたいのは、現在リィン達が確認しているであろう導力砲の事。エマも彼の言いたい事に気が付き、まさかあれが今回の犯人なのかと表情を驚かせる。

 銀色の浮遊物体は最早はっきりと認識でき、そこにはバリアハートでの実習の時と同じく一人の子供が乗っていた。その子供はグランとエマの姿に気が付く事なく、リィン達がいるであろう場所を遠くから観察している。

 明らかに怪しくはあるが、それだけで犯人との断定は出来ない。しかし、間違いなく今回の件に何か関わりがあるのは明白。

 

 

「(仮にあのガキが鉄血宰相と関係があるなら、今回の犯人は大方予想がつく。その先の考えも当たっていたとしたらかなり面倒な事になるが……ここからはオレの許容範囲を超えるしな)」

 

 

「グランさん、どうしますか?」

 

 

 グランが考えている最中、彼の隣からエマが神妙な面持ちで問い掛ける。どうすると言ってもその表情から彼女も既に決めているようで、恐らくはグランと考える事は同じだろう。彼もそれを察しているらしく、エマの声に笑みを浮かべながら返した。

 

 

「考えてる事は一緒だろ? リィン達が戻ってきたら追いかけるぞ」

 

 

「ふふっ、分かりました」

 

 

 この後直ぐに導力砲の確認を終えたリィン達が戻り、彼らに一連の話をした後、一同は銀色の浮遊物体に乗る子供の追跡を開始した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 ノルド高原南部の中でも一際高さのある場所には、人工的に造られたと思われる巨大な石柱群が存在する。ノルドの民の間では、古の時代何らかの祭壇として使用されていたと考えられているようだが、詳しい用途などは分かっていない。そして現在、その石柱群の集まる中央には一人の子供の姿があった。

 

 

「どうしよっかな……制圧するだけならカンタンだけど、逃がしちゃう可能性もあるし。でもミナゴロシにするのは流石にカワイソウだしなぁ」

 

 

 少女は頭を捻りながら、銀色の傀儡の正面で独り言のように呟いている。少女の呟く内容はあまり穏やかなものではなく、あどけない表情からは想像もつかないものだ。頭の後ろで両手を組んで、悩ましそうに銀色の傀儡を見詰める少女。そして突然、そんな少女の後方から制止を呼び掛ける声が聞こえてくる。

 

 

「──動くな!」

 

 

 声により少女が振り返った先、そこには銀色の浮遊物体を追いかけていたリィン達の姿があった。先の声はリィンのもので、この少女が銀色の浮遊物体に乗っていたという事は、先月のバリアハートでの一件や今回の事件に何らかの関わりがあると見ていいだろう。リィン達六人が少女と対峙する中、彼らの姿を視界に捉えたその少女は何か気付いたような表情で声を発した。

 

 

「あ……シカンガクインの人たち!」

 

 

「俺達の事を……!?」

 

 

 そしてその少女は何故かリィン達の事を知っている。リィンを初め、アリサやエマ、ユーシスやガイウスの五人はやはりその事に驚きの表情を浮かべているが、中でもグランは一人表情を変えてはいなかった。彼は腰に手を当てながら、その鋭い視線を少女へと浴びせる。

 

 

「バリアハートの夜に何をしていたのかは知らんが、隠れるならもう少し上手くやる事だな」

 

 

「や、やっぱりバレてたんだ……流石は『紅の剣聖』」

 

 

「そっちも知ってやがったか」

 

 

 苦笑いを浮かべながら目をそらす少女に、グランは目を伏せながら返した。彼の表情を見るに、素性が知られているのは大方予想できていたのだろう。渾名で呼ばれても、その表情を驚かせる事はなかった。

 そして、改めてリィン達は少女を見据える。この少女は明らかに怪しく、この場で直ぐに確認しなければならない。此度の事件に関与しているのか……二人の会話が終わった後、リィンとガイウスが前に出て少女へ言葉を投げ掛ける。

 

 

「君は一体何者だ? 軍の監視塔と、共和国軍の基地が攻撃された事に関係しているのか?」

 

 

「無用な疑いはかけたくない。だが、この地にいる理由と名前くらいは教えてもらえないか?」

 

 

 リィンとガイウスの問い掛けに少女は不機嫌そうに表情を変えてから、段取りが狂ったなどと呟いていた。その直後に何か考え事を始めたのか、瞳を伏せて考えるような素振りを見せ始める。そしてリィン達がそんな少女を見詰める中、少女は瞳を伏せて暫くした後、突然思い付いたようにその目を開いた。

 

 

「その手があったか! キミたちが手伝ってくれれば万事解決、オールオッケーだよね?」

 

 

 突然笑顔で話し出した少女の言葉に、リィン達は何の事だと怪訝な顔を浮かべ始める。しかしグランは今の言葉で少女の目的を察したのか、向けていた敵意は既に消し、後頭部で手を組みながら未だに瞳を伏せていた。

 そして笑みを浮かべていた少女は突然、六人の目の前で戦闘態勢に入る。リィン達が驚く中、少女は表情を真剣なものに変えてその身を構えた。協力をしてもらう前に、その力量を試させてもらうと。

 

 

「ボクはミリアム、ミリアム=オライオンだよ。こっちはガーちゃん、正式名称は『アガートラム』」

 

 

 少女の声に、リィン達は一斉に得物をその手に構えた。グランも刀を抜くと肩へ担ぎ、五人の後ろに下がって少女を見据える。その行動からミリアムと名乗った少女はグランが自分の意図を理解しているのだと笑みを浮かべ、五人に向けて更に声を発した。

 

 

「『紅の剣聖』はともかく、キミたち五人にどれだけの力があるのか見せてもらうよ……それじゃあ、ヨロシクね!」

 

 

 銀色の傀儡を引き連れて、ミリアムはリィン達に向かって駆け出す。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 リィン達の反応は速かった。戦闘開始直後に振り下ろされたアガートラムによるアームの一撃、六人は四方にステップを取って難なく回避に成功する。しかし振り下ろされたアガートラムの一撃は予想以上の威力で、地面には大きな窪みを作っていた。

 直撃すればひとたまりもない。アームを地面から上げるアガートラムを見ながら、リィン達の額に冷や汗が滲んだ。

 

 

「力で抑えるのは無理か……だが何とか隙を作って突破できれば──」

 

 

「一人だけでもあの少女の元にたどり着く事ができる」

 

 

「フン、いいだろう。何が目的かは知らないが、早急に終わらせてやる」

 

 

 リィンの声にガイウスが続き、二人の提案にユーシスも頷いた。前衛の三人の内誰かが少女の元まで近付く事ができれば、少なくとも防戦一方の状況は回避できる。

 後衛のアリサとエマも戦術リンクで前衛三人の意図を知る。リィン達の突破口を開くため、何としてでも銀色の傀儡の動きを止めなければ。二人は直ぐ様ARCUS(アークス)の駆動を開始した。

 

 

「ガーちゃん、バリア!」

 

 

 ミリアムの声により、一時的に彼女の傍に戻っていたアガートラムがミリアムの正面でアームを交差する。リィン達はその行動に疑問を抱きながらも、攻勢に移るため三人が同時に駆け出した。ミリアムもリィン達の動きに気付き、アガートラムを仕掛ける。

 三人に向けて再度振り下ろされるアガートラムの一撃。リィン達は先程同様にバックステップを取って後方に回避した。そしてその最中、二人のARCUS(アークス)の駆動が完了する。

 

 

「はっ!」

 

 

「えいっ!」

 

 

 直後、アガートラムの下方からは突然熱気が漂い、幾多もの火柱が立ち始める。エマの眼前からは銀色の閃光がアガートラム目掛けて放たれ、そのボディを捉えた。必然的にアガートラムもその動きを止める。これ以上ない隙だ。

 その隙を見逃さず、直後にリィンが駆ける。標的(ターゲット)は勿論ミリアム。しかしアガートラムの立ち直りも早く、彼の行動を阻止しようと動いた。だがその動きはガイウスとユーシスの連撃によって妨げられる。二人のサポートもあり、リィンは既にミリアムの眼前まで迫っていた。

 

 

「ふーん、結構やるなぁ」

 

 

 しかし目の前でリィンが太刀を振り上げても、ミリアムは冷静だった。実は先のアガートラムがミリアムの正面でアームを交差させた行動、あれは不可視の防御壁を展開させていたのだ。仮にリィンの太刀が彼女を襲っても、その防御壁によって防ぐ手筈になっている。

 アガートラムはガイウスとユーシスを振り払い、リィンの背後に向けて移動を開始した。彼の太刀を防ぎ、後ろからアガートラムの一撃を決めれば形勢はミリアムに傾くだろう。故の余裕だ。

 

 

「その余裕、いつまで保つかな?」

 

 

「えっ?」

 

 

 この時ミリアムに誤算が生じる。リィンは彼女に太刀を振り下ろす事なく右にステップを踏んだ。何をしようとしているのか……ミリアムは即座に思考を巡らせるが、答えを出すよりも早く事態は展開した。

 直後に不可視の防御壁が破られる感覚が彼女の脳に伝わる。ミリアムは理解が追い付かず、ふと足元から聞こえた物音に視線が移った。そこには二つに折れた一本の矢が落ちている。

 

 

「リィン、今よ!」

 

 

 アリサの声がその場に響いた。ミリアムも直ぐにリィンの存在を思い出し、慌てた様子で左に顔を動かす。だが時既に遅し、同時に彼女の首筋には冷たい感覚が走る。ミリアムの首筋には、太刀の峰が添えられていた。

 

 

「アガートラムの行動に違和感があったんだ。委員長に調べてもらって正解だった──俺達の勝ちだ」

 

 

「……うわぁ、キミたち結構すごいなぁ」

 

 

 ミリアムの両手が上空に向けて挙げられる。この時、ミリアム対リィン達五人の勝負は決まった。

 

 

 




やっぱりグラン戦闘では要らない子になっちゃいました。刀だけ担いでアリサとエマの間で突っ立ってるだけという……
流石はリィン達! グランを責めるよりも、リィン達を沢山誉めてあげて!

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