紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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第一章ーー力を持つ者の条件ーー
八葉の使い手とアルゼイド流


 

 

 

 四月中旬、グラン達が士官学院に入学して早くも二週間が過ぎる。ユーシスとマキアスの二人は相変わらず仲が悪く、二人が揃うと毎回険悪なムードが漂っていた。一方リィンとアリサはというと、こちらも未だ仲直りをしてはいないが、二人共互いに謝る機会を窺っているような日々が続いており、仲直りも時間の問題だ。そして肝心なグランの学院生活。流石は名門トールズ士官学院と言ったところか、士官学院ならではの武術訓練もさながら、勉学に関してもこの学院はかなりのレベルを誇っていた。《Ⅶ組》の皆が訓練と勉強に追われる中、グランは今まで勉強らしい勉強をして来なかったので既に投げ出している。座学において、その時間はグランの睡眠時間へと変わっていた。そして本日の授業も終わり、生徒の皆は放課後を迎える。この日も、いつもと同じようにグランは寝ていた。

 

 

「すぅー、すぅー……」

 

 

「ねぇ、そろそろ起こした方がいいよね?」

 

 

 机でうつ伏せになりながら気持ち良さそうに寝息を立てているグランの横、その様子を見たエリオットが苦笑いを浮かべながら、近くにいるリィンとガイウスへ向かって話している。二人の頷く姿を見て、エリオットは未だ熟睡中のグランの肩を揺すり始めた。

 

 

「ねぇグラン、グランってば……」

 

 

「う、う~ん……あぁ、おはようエリオット」

 

 

「おはよう……じゃなくて、もう放課後だよ?」

 

 

 エリオットの声にグランは体を起こして大きく屈伸をすると、近くで苦笑いを浮かべるリィンとガイウスを見つける。よく見れば教室に残っている他のメンバーも同様の顔をしており、教壇に立っているサラに至ってはため息をつきながら呆れ顔でグランに視線を向けていた。

 

 

「あんたねぇ……寝るなとは言わないけど、授業に必要な本くらいはちゃんと出しなさい」

 

 

「サラ教官。そこは教官として、寝るなってちゃんと言ってください」

 

 

「それは無理」

 

 

 サラも普段から昼寝をよくするということで、アリサの声に直ぐ様無理だと返してそそくさと教室を出ていく。退室するサラを見ながら、この人が教官で大丈夫なのかと思う一同だったが、そんな中ガイウスがふと声を上げる。それは、グランが起きる前にサラが《Ⅶ組》の皆に話していた今後の予定についての事だった。

 

 

「そういえば来週は実技テストだな……皆は明日の自由行動日、どのように過ごす予定だ?」

 

 

 実技テスト──月に一度行われる実戦のようなものだと以前サラは話していた。そしてテストの後には《Ⅶ組》だけが行うという特別なカリキュラムの説明もあるそうだ。きっとこれから更に忙しくなるだろう。だから明日の自由行動日は出来るだけ有意義に過ごしたい。ガイウスの声に、近くにいるエリオットが明日の予定を話し始める。

 

 

「僕は楽器の手入れかな。一応今から吹奏楽部の見学にいく予定なんだけど……そう言うガイウスは?」

 

 

「俺は学生寮の自室で絵を描こうと思っている。今日は美術部に見学に行くつもりだ。リィンはどうするんだ?」

 

 

「俺はまだ決まっていないな。部活もどうしようか迷っているし……因みにグランはもう決めたのか?」

 

 

 リィンがそう言いながらグランの席へ視線を向けると既にその姿はなく、そばで話していたエリオットやガイウスでさえも気付かなかった。何処に行ったんだろう、と三人は教室の中を見渡すが、先程席で見かけたラウラの姿もいなくなっていることに気付いて理解する。

 

 

「またか……」

 

 

「まただな……」

 

 

「まただね……」

 

 

 苦笑いを浮かべている三人の視線は、学院のグラウンドがある方向へと向いていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「だあぁぁぁぁ! 何で今日もついて来んだよラウラ!」

 

 

 教室に残っている三人の予想通り、グランは現在グラウンドにいた。ラクロス部や馬術部の先輩とぶつかりそうになりながらも、時折後ろに目を向けてグラウンドの中を必死の形相で走り回っている。そして、彼を追うようにラウラがその後ろを走っていた。両手に得物である大剣を握り締めて。

 

 

「そなたが言ったのだぞ。手合わせをしたいのなら捕まえてみろと!」

 

 

「捕まってたまるか! お前の両手剣受けたら刀なんか直ぐに折れるわ!」

 

 

「避ければ問題なかろう。そなたなら造作もないはずだ」

 

 

「その過大評価はありがた迷惑だーっ!」

 

 

 そんな会話を交わしながらグランはグラウンドを出ると、入学初日に《Ⅶ組》のオリエンテーリングを行った旧校舎の方へと向かう。そして旧校舎の敷地に入ると直ぐ様近くに生えている木の上へと飛び上がり、葉の生い茂る中へと身を潜めた。遅れてラウラが到着し、彼女はグランの姿が見当たらない事に気付くとその場で大剣を構え、その凛とした瞳を閉じる。そんなラウラの姿に、グランは少しばかり見入っていた。

 

 

「(こうして見るとかなりの美少女なんだが……惜しいな)」

 

 

 グランが失礼なことを考えながらその様子を眺めて数秒後、突然そよ風が吹き、それによってラウラのスカートがヒラリと動く。グランはカッ、と目を見開いた。

 

 

「(何っ! もう少し覗けば──)」

 

 

 この時点でグランの敗けは決まってしまう。彼が体を動かした途端葉の擦れ合う音がガサガサとなり、集中していたラウラは目を見開くとグランの潜んでいる木の幹へ横薙ぎに大剣を振るった。余りにも重いその一振りは幹を真っ二つにし、支えのなくなった木は徐々に倒れていく。隠れていたグランもたまらず中から飛び出すと、そばへと着地をした。そしてラウラの太腿に視線を移しながら、悔しそうに呟き始める。

 

 

「北風と太陽か……中々知恵を使う」

 

 

「何のことかはよくわからぬが……今日は私の勝ちのようだな」

 

 

 グランの呟きに首を傾げた後、ラウラは大剣を構え、グランは納刀している刀の柄に手を当てる。それぞれ出方を窺っているのかじっとしたまま動かない。そしてついにグランが目を瞑り始め、それを見て馬鹿にされていると感じたラウラは眉間にシワを寄せるとその場から駆け出した。

 

 

「であぁぁぁ!」

 

 

 動きは速い。ラウラはグランとの距離を直ぐに詰めると、グラン目掛けてその大剣を縦に振るう。だが寸前でグランは回避し、大剣は軽い風圧を伴いながら空をきって地面へと突き刺さった。同時に刺さった衝撃で部分的な地割れを起こし、それがラウラの放った一振りの威力を物語っている。そんな事態にもグランは動揺せず……というか、未だにその目を開いていなかった。同様の攻撃が何度か行われるが、グランは全て目を閉じたまま避け、徐々にラウラには苛立ちが募っていく。そしてラウラがまたグランとの距離を詰めて剣を振るうが、今度は今までよりも大振りで、空ぶった後に致命的とも言える隙が生まれてしまう。だがグランはこれまでと同様に避けると、バックステップで距離をとった。やはり、その間もグランは目を閉じたままだ。そこでラウラが口を開く。

 

 

「グラン、そなた何故攻撃してこない? 先程の攻撃で私は明らかな隙を見せたはずだぞ」

 

 

「誘いには乗らない。大振りの割には最初ほど威力もなかった、カウンターの準備でもしてたんだろう?」

 

 

「ふふ──やはり私の目に狂いはなかったようだ。初めて対峙した八葉の使い手が、そなたで嬉しいぞ」

 

 

 真剣な表情の後、ふと見せたラウラの純粋な笑顔。目を開けていたグランは不覚にもその姿にドキッとしてしまい、その一瞬の隙をラウラは見逃さず、即座に斬りかかる。これは決まっただろう。ラウラはそう確信したが、大剣はまたしても空をきる。これには本人も驚きを隠せない。

 

 

「──伍ノ型、残月(ざんげつ)

 

 

 最小限の動きでラウラの剣をかわしたグランは、刀を抜刀するとその勢いで彼女に向かって横薙ぎに払う。普通はこの間合いで、況してや剣を振るった後の硬直している状態では防ぐ術などないに等しい。そう考えていたからこそ、今度はグランが驚くことになる。刀の峰がラウラに触れる寸前、彼女はなんと大剣の柄でそれを防いでいた。

 

 

「(おいおい、光の剣匠の娘もこの強さかよ)……凄いな、ラウラ」

 

 

 二人が同時に後方へと距離をとり、グランの口からは驚いたとばかりにラウラへ向けて称賛の言葉がこぼれる。だが、ラウラの表情はあまり嬉しそうではなかった。大剣を鞘に納めると、グランのそばに近寄って彼へと鋭い視線を浴びせる。

 

 

「──そなた、どうして本気を出さない?」

 

 

「……」

 

 

 ラウラの問いに、グランの返答は無言だった。しかしそれは、ラウラの言葉を肯定していることに他ならない。ラウラは尚も問い掛ける。

 

 

「旧校舎の地下で拝見したそなたとフィーの連携は凄まじかった。しかしあれ以来、そなたもフィーも何故本気を出さない?」

 

 

「あれは《ARCUS》の戦術リンクがあったから出来たんだ。それに、オレもフィーすけも基本的にはめんどくさがりだしな」

 

 

「そうだとしても、だ。此度の手合わせで手を抜くのは、些か失礼ではないか? 私はそなたを見たとき、本当に嬉しかったのだ。この者と剣を交え、切磋琢磨していけば、いずれ父上にも追いつけるかもしれないと。そなたなら、私を高める存在になってくれると思ったのだ」

 

 

 顔を僅かに下へと向け、言葉を紡ぐラウラの表情は真剣そのものだった。その様子にグランは心を痛めながらも、やはり無理だと話す。自分にラウラの相手は、荷が大きすぎると。

 

 

「悪いな、軽い手合わせなら今後も相手になるよ。でも、自分を高め合う為の相手ならリィンをオススメするわ」

 

 

 そしてグランは納刀すると、ラウラに背を向けて学院の本校舎へと歩き出す。ラウラは自分の気持ちが伝わらなかった事に悔しさで両の手を握り締めているが、ふとグランが歩みを止めた事でそちらへと視線を向ける。すると、ラウラに背を向けながら突然グランが口を開いた。

 

 

「一つだけ教えておく。オレはな、本気を出さないんじゃない。出せないんだ」

 

 

「えっ……」

 

 

 一言、そう話すとグランは再び歩き始める。ラウラが茫然と見つめる先、その瞳に映ったグランの背中は……彼女にはとても小さく見えた。

 

 

 


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