紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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グランの本気

 

 

 

 物事には時に、越えてはならない一線というものが存在する。それが他人の個人領域(プライバシー)であるなら尚の事で、良識的な人物は普通その一線の手前で立ち止まるはずだ。しかしそれは周りが当人の事を理解している場合に限るもので、人には気付かずしてそれを越えてしまう事がある。良かれと思って行動に移した結果であったり、事情を知らずにいつの間にかそうなっていたという場合もあるだろう。そして今回、思い通りにいかなかった事の苛立ちの矛先としてグランに向けたパトリックの発言は、その中でも後者に該当した。“殺人鬼”……この言葉が、グランハルト=オルランドにとっての越えてはならない一線であり、禁句(タブー)だった。

 

 

「グラン、落ち着きなさい! この子はあんたの事情を知らない、そんな子の言葉を本気にしてどうすんの!」

 

 

 パトリックの首めがけて放たれたグランの刀による一閃に唯一反応したサラが、余りにも重いその一撃を両手持ちにした強化ブレードで受け止めながら必死に言葉を紡いでいた。目の前で行われるせめぎ合いにパトリックは腰を抜かしてその場に崩れ落ち、刀とブレードによる金属の摩擦音がその場に響く。程なくして事態が進展しない事を察したグランは、サラのブレードを弾くと後方に跳躍して距離を取った。その場の全てを威圧するかのように闘気を更に高めると、冷酷な目付きをサラへ向けながら警告する。

 

 

「──退け、サラ=バレスタイン。流石にあの男と同類呼ばわりされたのは見過ごせない」

 

 

「(ったく、完全にスイッチが切り替わってるじゃない……)『赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)』とあんたは違うわ、私が断言してあげる! だから刀を納めなさい!」

 

 

「──警告はしたぞ、『紫電(エクレール)』!」

 

 

 サラの言葉を聞き入れず、グランの姿は忽然と消える。助太刀をするつもりなのかラウラとフィーの二人はその手に得物を構えているが、視線が泳いでいることから恐らくグランのスピードに付いていけてはいない。当のサラもグランの姿を見失ったのか辺りを窺うように目を動かしている。そして彼の姿が消えてから三秒後、サラは突然後方に向かって右手に持つ強化ブレードを振り抜いた。直後、甲高い金属音が周辺にこだまする。

 

 

「流石は戦術教官殿、この程度の揺さぶりは話にならないか」

 

 

「舐めてもらっちゃ困るわね(なーんて、直感よ直感。この二年でとんでもなく速くなったわねこの子……!)」

 

 

 刀による奇襲を防がれたグランは大して驚いた様子を見せず、不敵な笑みを浮かべるとその手に力を込める。サラは一見余裕そうに振る舞って刀を受け止めているが、内心は焦りまくっていた。長年の戦闘経験と元A級遊撃士としての意地。そして何より今自分がグランを止めないとパトリックの命が危ない状況。力の差が分かったところで、彼女に退くという選択肢はあり得なかった。しかし不幸な事に、グランはサラの強がりをそのまま受け取ってしまう。

 

 

「二年前はあのオッサンに邪魔されたが、今回は決着をつけさせてもらうぞ!」

 

 

 グランは先程と同様にサラのブレードを弾くと、体に雷を纏って後退を始める彼女に追撃を仕掛けるべく前進。サラの左手に握られている導力銃から向かってくる紫電の弾丸を右に左に避けながら、やがて彼女の正面に肉薄する。八葉一刀流弐の型、その速度は人が認識できる許容範囲を遥かに越えていた。サラも人間離れした身体能力を有してはいるものの、スピードという点においてはグランの圧勝、彼女に逃れる術はない。とはいえサラも黙って防戦一方に追い込まれる気などなかった。導力銃の攻撃を避けられる事も、こうして正面に来る事も予測済み。グランの一閃が放たれる前に、ブレードを眼前に迫って来た彼に向かって振り抜く。だが、彼女の手に手応えはなかった。

 

 

「本体は──!?」

 

 

 分け身と呼ばれる東方に伝わる技術。目の前にいたグランは偽物で、サラのブレードが通り過ぎた直後に消滅する。そして、本体は彼女の直ぐ後ろで既に刀を振り上げていた。完全に背後を取られ、ブレードを振り抜いた事による硬直で反転して防ぐような真似も不可能。詰んだと思われた両者の勝負、しかしサラの得物はブレードだけではない。彼女の右脇から導力銃の口が顔を覗かせ、銃撃が炸裂する。グランは刀で何とか弾くものの、至近距離での一撃はかなりの威力だった。勢いを殺しきれず、後方に飛ばされ空中で体勢を整えてから着地。銃撃を受けた余波でビリビリと体の表面を走る痛みを振り払い、中腰から立ち上がると再度刀を構えた。

 

 

「力をつけていたのはオレだけではない、か……成る程、道理だ。だからこそ面白い」

 

 

「(ハイアームズの子は……よし、何とか離れたか。しっかし、グランの顔、あれ多分さっきの事はもう頭に無いわね。しかもスイッチ切り替わったままだし……)困ったわ」

 

 

 サラはパトリックがリィン達のいる後方で取り巻きの貴族生徒に肩を貸してもらっているのを確認し、この戦闘に彼らが巻き込まれない事を知ってひとまず安堵の表情を浮かべる。だが直ぐに目の前で刀を構えながらどこか楽しそうなグランを視界に捉えると、途端に頭を抱え始めた。グランの中に流れる一族の血が結果的に最悪の状況を回避させたのだが、こうなると決着がつくまで事態は収まりそうもない。駄目で元々、サラはブレードと導力銃をそれぞれ鞘とホルスターに納め、グランに向かって声を上げる。

 

 

「グラン、もういいんじゃない? これ以上やっても意味無いわよ、このままやっても多分私の負けだから」

 

 

「試合放棄だと……ふざけてんのか?」

 

 

「ふざけてなんか無いわ、本当の事よ」

 

 

 グランは眉間にシワを寄せながら返すが、事実サラの話す通り彼女の勝利はほぼ無いと言ってもいい。経験と勘、変則的な戦い方で何とか戦況を平行に保っている状況で、体力こそ残ってはいるがサラに一切の余裕は無かった。反してグランは焦った様子を見せず、内心で何を思っているかまではサラにも分からないが戦いの中で余裕は見え隠れしていた。そしてここは戦場でもなく、二人が対峙しているのはただの学院にあるグラウンド。腕一本、ならまだいいほうだろう。下手したら命まで失いかねないグランとの戦い。パトリックの命の危険が過ぎ去った今、それだけの大きな代償を支払ってまで彼と決着をつけるメリットがサラには一つもなかった。

 

 

「確かに、それもそうだな」

 

 

「でしょ? だったら──」

 

 

 意外な事に、グランはサラの言葉をすんなり聞き入れた。刀を鞘に納め、彼の表情からも不機嫌な様は感じなくなる。良かった、これで事態は丸く収まると安心し始めたサラだったが、彼女は彼の言葉に安堵する余りこの場にある違和感を見逃していた。グランの体に纏う膨大な紅の闘気──それが未だに放出されている事を。

 

 

「直ぐに終わらせてあの金髪を殺す」

 

 

 サラは彼の口から発せられた言葉に耳を疑う。グランの明確な殺意、もしかして彼女が思っていた以上にパトリックの発言はグランの触れてはならない領域を侵していたのか? いや、そうではない。元々グランにパトリックを殺める気など無かったはずだ。仮にグランが本気でパトリックを殺しに掛かるなら、わざわざサラが反応できる速度で彼に斬りかかったりしないだろう。恐らく決着もつけずに試合を放棄したサラの先の言葉が、グランの心中に失望を生むと共に一度心の隅に置いていたパトリックへの怒りを表に出させてしまった。そしてその怒りは、高ぶっていた心が落胆したことによる反動で倍増してしまう形になったといったところか。しかしあのままではサラの身が危うかった点を考慮すれば、彼女が失言をしたとはいえない。要はパトリックが大怪我をするか、グランとの戦闘でサラが大怪我をするかの二者択一。結果的に両者の身が危ないという最悪の状況を生んでしまったが、結局のところ初めから平和的解決などあり得なかったと言うわけだ。

 

 

「グラン、あんたまさか本気で──」

 

 

「我が剣は紅き閃光。何人たりとも逃れる術はない──」

 

 

 サラの言葉に答えることなくグランは瞳を閉じて抜刀の構えを取り、またしてもその姿が忽然と消えた。サラは慌ててブレードと導力銃を構えるが、握りの甘い二つの武器は直後に何かの力によって弾かれる。視認の叶わぬグランの刀による連撃、驚きの余りサラはその場に硬直してしまった。攻撃を受ける術を失ったサラは、もう回避行動を取るしか方法は残されていない。

 

 

「何処……!?」

 

 

 彼女は周囲を見渡すが、風を切る音以外は離れた場所で呆然と立ち尽くす《Ⅶ組》メンバーの姿しか認識できない。恐らくグランは現在、サラの周囲を恐るべき速度で旋回している。時折彼女の視界に映り始めた紅い残像が何よりの証拠だ。

 何処から来る? やはり背後か、それとも意表を突いて正面か? サラの脳裏にそんな考えが過る。幾つもの可能性を考える中、サラは先程のグランの呟きから二年前に彼と初めて対峙した時の事を思い出していた。

 

 

「(あの自己暗示は確か二年前も──まさか上!)」

 

 

 的中。見上げた先、上空で闘気に覆われて紅く染まった得物を腰の高さで構えるグランを視界に捉える。だが時既に遅し、最早回避が間に合うタイミングではなかった。苦虫を噛み潰したような表情でサラは歯を食いしばる。そして彼女の視線の先、険しい表情を浮かべたグランが空中で刀の柄を握る手を強めた。この戦いに終止符を打つための技、彼の持ちうる中でも最強の奥義。

 

 

「閃紅、烈波!」

 

 

 直後、サラの立つ場所を中心に大爆発が巻き起こった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「ど、どうなったんだ……?」

 

 

 爆風が吹き荒れる中、リィンは下半身に力を込めて何とか体勢を維持すると、顔を覆っていた腕を動かして目の前に意識を集中させる。爆発によって生じた砂埃が舞い、グランとサラの姿は隠れて見えない。眼前の光景を視界に収めながら、リィンはこれまでの戦いを考察する。

 

 

「(グランやサラ教官が今まで力をセーブしていたのは分かっていたけど──これが剣聖と最高ランクの遊撃士の戦いか)」

 

 

「実際に目の当たりにすると、力の差を思い知らされる。私達などまだまだと言うことだな」

 

 

「ラウラ……ああ、本当にその通りだ」

 

 

 隣に立って同じような体勢で話すラウラの言葉に肯定しながら、一度彼女に向けた視線を砂埃の舞う場所へと戻す。片や剣聖の一角を担う達人、片や最年少で最高ランクへと上り詰めた元遊撃士。二人の戦いはリィン達の知る世界を遥かに凌駕していたが、それでも彼らにとっては学ぶべき事が多く、同時に自分達が目指すべき目標の基準としてこれからの修行の中でも大いに役立つだろう。しかし、それだけ得難いものを目にしたにもかかわらず、一同の顔は緊張で強張り、自分達が戦っているわけでもないのに一切の余裕が無いように見えた。そう、グランとサラの戦いはただの模擬戦などではなく、二人の人間の命がかかっている。この場にいる者の中では恐らくフィーしか体験した事がないであろう空気、人はそれを戦場と呼ぶ。

 

 

「サ、サラ教官は負けたのか!?」

 

 

「負けてもらってたまるものか、俺達ではグランの足止めにもならんぞ!」

 

 

 顔を腕で覆いながら、マキアスとユーシスは溜まらず叫んだ。二人は一度グランと対峙しているからこそ彼の強さを肌で感じている。それもその時のグランは今のように全力などではなく、力をセーブしていた状態。二人が必死にサラを応援するのは至極当然の事だ。

 

 

「グ、グランどうしちゃったんだろう……わあっ!?」

 

 

「わ、私にも事態がよく飲み込めないと言いますか……きゃあっ!?」

 

 

「大丈夫か、二人とも。風が止むまで俺に掴まっていろ」

 

 

 魔導杖を支えに立っていたエリオットとエマは爆風で飛ばされそうになるが、二人の後ろにいたガイウスが受け止めることで何とか飛ばされずに済んだ。三人とも事態が余り飲み込めていないようだが、サラが敗北してしまうと拙い状況になるという事は何となく感じていた。

 

 

「い、一体何がどうなってるのよ……きゃっ!?」

 

 

「大丈夫かアリサ! 暫く掴まっていてくれ!」

 

 

「あ、ありがとうリィン……」

 

 

 エリオットやエマと同様に飛ばされそうになったアリサだが、近くにいるリィンが腕を掴むことによって何とか体勢を維持する。リィンの言葉に少し頬を赤く染めながら、アリサは彼の腰に手を回して飛ばされないように抱き付いた。そして《Ⅶ組》の後ろに立つパトリック達もまた、飛ばされまいと必死に踏ん張って体勢を保っている。数十秒ほど続いた暴風、やがて収まりを見せて砂埃が晴れていく様に気付いたフィーが声を上げた。

 

 

「煙が止むよ……!」

 

 

 フィーの声に一同の視線は真っ直ぐと正面に向けられる。徐々に消えていく砂埃、直後にあらわになる窪みは半径数アージュはあろうかという大きさ。そしてその中心に現れた光景に、皆は一様に驚いた。

 

 

「二人とも立っているぞ!」

 

 

 グランの刀を、ブレードの鞘で受け止めているサラの姿を確認したリィンの声が響いた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 咄嗟の判断。武器を失い、防ぐ術の無くなったと思われたサラが直前に取った行動が鞘による防衛。勿論刀のように鋭利な刃を持つ武器を、ましてや達人クラスの剣を受け止めるには防衛手段としては不向きな行為。金属の内側は得物を納めるため空洞に出来ており、余程頑丈に出来ていなければ真っ二つに切断されてそこから攻撃を浴びてしまいそれで終わり。幾らかは威力を和らげるかもしれないが、効果は余り期待できず焼け石に水とはまさにこの事。だが、今回はサラの判断が功を奏した。

 

 

「やっぱり、あんたは『赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)』とは違うわ。もし同じなら、私は今この世にいないもの」

 

 

 笑みを浮かべながら彼女は鞘から手を離す。サラという支えが無くなった鞘は重力に逆らって地面へと落下し、耐久力が底を尽きたのか直後にその衝撃で砕け散った。そして、刀の峰による一刀を防がれたグランは目を伏せながら得物を鞘に納める。

 

 

「興が削がれただけですよ。オレの視力に感謝して下さいよ、サラさん」

 

 

 刀を鞘に戻し、グランは目を開くとサラの姿を視界に収めた。見れば砂埃で汚れ、衣類も所々裂けて肌の露出度が増している。これで恥じらいがあれば満点なんだが、と考えるあたり彼はもう普段の様子に戻っていた。そして直後に可愛らしい声が響いて、グラウンドに立つ皆の耳を刺激する。

 

 

「ごめんねー! 少し遅れちゃって……きゃあ!?」

 

 

 一同が向けた視線の先、笑顔で駆け寄って来ていたトワが突然足元の石に躓いて顔面から転倒した。

 

 




はい、結果的にサラ一人が痛い目を見たという……パトリックは《Ⅶ組》の影で隠れてました。何だろう、自分で描いていてなんだけど非常に煮えたぎるものが……

そして全ては会長が持っていきました。以下新クラフト。

『分け身』 CP30 自己 物理、アーツによる攻撃を一度だけ無効

オーガクライ使用後の変化

『閃光烈波』→『閃紅烈波』 全体 威力SSS+ 気絶100% 物理完全防御不可

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