紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

35 / 108
苛立ちの矛先は

 

 

 

 努力は必ず報われる。そんな事を口にする奴がいるならぶん殴ってやろうとグランは掲示板を見ながら考えていた。六月二十三日の昼休み、本校舎一階の掲示板に貼り出された中間テストの結果発表。士官学院一年生生徒百名の中、一位には同率でエマとマキアス、三位にユーシス、七位にリィン八位にアリサと《Ⅶ組》のメンバーが十位以内に五人も組み込むという輝かしい結果が表記されている。ラウラは十七位、ガイウスは二十位、エリオットは三十七位と好成績で、《Ⅶ組》最年少で勉強が苦手なフィーも七十三位、点数は半分以上採っているという健闘を見せた。そして、肝心なグランの順位。

 

 

「ちっ……くそったれが」

 

 

「グラン、どうだった?」

 

 

 掲示板を睨み付けるグランの傍へ、彼の表情が見えていないフィーが近付いて声を掛けた。フィーはグランの顔を見て酷く機嫌が悪い事を直ぐに察し、彼が見詰める先へと視線を移す。二人の視線の先、そこにはこう表記されていた。

 

 

二十五位 グランハルト=オルランド ⅠーⅦ

 

 

「あっ……」

 

 

「まさかとは思ったが……」

 

 

 掲示板に書かれているその名前を見て、グランの機嫌が悪い理由を知ったフィーは表情を曇らせる。学生手帳に本名が記載されていた時点である程度の予測はついていたのか、フィーの隣でグランは自身の名前が表記された掲示板を見た後に瞳を伏せながら呟いた。元々グランが本名を隠していたのは学院の人間に自分の素性を知られないための措置なのだが、オルランドという名前から『赤い星座』へ、況してや『赤い戦鬼(オーガ・ロッソ)』に繋がりがあるなど一般の生徒達にはまず分からないだろう。そもそもその二つを知っているかどうかすら微妙なもので、結果的に名前がバレた所でグランに余り痛手は無い。事実、名前を知られるという事だけが彼の機嫌を損ねているわけではなかった。

 

 

「──十位以内じゃねぇのかよ!」

 

 

「(そこだったんだ)……いや、サボりのグランが二十五位ってだけでも凄いと思うけど」

 

 

「十位以内じゃないと意味がねぇんだよ! くそ、いけたと思ったのに……」

 

 

 フィーがどこか安心した表情で慰めの言葉を掛けるが、グランは自身の頭をぐしゃぐしゃと掻きながら悔しそうに話す。確かにフィーの話すようにグランの基礎学力を考えれば充分過ぎる、というか出来過ぎと言ってもいいくらいの結果だ。しかし彼にはこの結果が大変不満のようで、採点間違ってるんじゃないのか、などと教官達を疑うというとんでもない事まで口にし出した。ここまでグランが十位以内に拘る訳、それは彼がテスト勉強を真面目に取り組むきっかけにもなったトワとのある約束が関係していた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 中間テストが始まる二週間前。授業が終わってからの放課後の時間、グランはいつものように生徒会室でくつろいでいた。ソファーに寝転がり、たまに起き上がってはトワの入れてくれたお茶を啜る。トワも仕事の合間にそんなグランのダメ人間ぶりを目にしては困った様子でため息をついており、良くは思っていなかったものの仕事の邪魔をされているわけではないので特に咎めたりはしなかった。と言ってもやはりどうにかしてあげないと、と生徒会の仕事をしながら何か良い案はないかと考えを巡らせるトワは本当に良くできた人間である。そしてそんなトワの考えを察したのかそれともただの偶然か、グランの向かい側で同じくソファーに腰を下ろしていたツナギを着た小太りの青年、ジョルジュがお茶を啜った後に突然思い出したように口を開いた。

 

 

「そういえば二週間後には中間テストだね……グラン君は勉強の方、どうなんだい?」

 

 

「最近は何とか授業についていける感じですけど……元々勉強とかはしたこと無いんでさっぱりですね。テストは既に投げ出してます」

 

 

「あはは……士官学院と言ってもそれなりのレベルだからね。最初は苦労すると思うよ」

 

 

 ジョルジュの話す通り、トールズ士官学院は名門という事もあって学問のレベルもそれなりに高い。授業に少しでも遅れればテスト等は散々な結果を残してしまうだろう。かと言ってグランのように堂々と勉強放棄を口にするのは流石にどうかと思うが。そして、その会話を聞いていたトワがそれを逃すはずがなかった。

 

 

「諦めたりしちゃ駄目だよ、グラン君。お勉強はとっても大切な事なんだから」

 

 

「聞こえなーい」

 

 

「もう~……あっ、そうだっ!」

 

 

 耳を塞いで聞こえない振りをするグランに頭を悩ませていたトワは、何か思い付いたように掌へ握り拳をポン、と乗せる。ソファーに座っていた二人は揃って首を傾げ、トワは机に置いていた教科書を手に取ると席を立ち上がった。にこりと笑みを浮かべる彼女の顔を見て物凄く嫌な予感がしたグランだったが、その予感は見事に的中する。

 

 

「グラン君、私とお勉強しよっか?」

 

 

「嫌です」

 

 

 即答だった。グランの返答にトワは一瞬顔を歪めるが、負けじと尚も勉強をしようと彼に問い掛ける。しかしグランも余程勉強をしたくないのか、頑なにその誘いを拒否した。余りの拒否っぷりにジョルジュは苦笑いを浮かべ、トワに至っては心が折れかけているのか泣きそうな顔で言葉を紡いでいる。その様子に少し心苦しくなったグランだが、それでもトワの言葉に中々了承を見せない。

 

 

「グラン君、どうしてそんなにお勉強するのが嫌なの?」

 

 

「えっ? だって、面倒くさいじゃないですか」

 

 

「う~……」

 

 

「あははは……そうだグラン君、もし中間テストで良い結果を残せたらトワに何かしてもらうっていうのはどうだい?」

 

 

 トワはその目に涙を浮かべながら唸り始め、そんな彼女を不憫に思ったのか直後に苦笑いを浮かべているジョルジュから助け船が出された。話を聞いたグランは面白そうだと途端にやる気を見せ、トワがグランの様子を見て現金だなと思いながらも勉強への意欲を見せ始めた事でその顔に笑顔が戻る。そしてソファーを立ち上がったグランが教科書を持ってくると言い残して生徒会室を退室、彼の姿を目で追っていたトワはグランが部屋からいなくなると首を傾げながらジョルジュへ問い掛けた。

 

 

「ねぇジョルジュ君、良い結果って何位くらいかな?」

 

 

「彼は日曜学校に通っていなかったみたいだからねー。基礎学力を考えたら、四十位でも取れればかなり優秀な方だと思うよ」

 

 

「やっぱりそのくらいだよね。でもグラン君のお願いって嫌な予感しかしないし……」

 

 

 結局トワは安全策として十位以内の順位に入る条件に決め、勉強を一度に詰め込みすぎるのも良くないということで二週間の間は良く出来て四十位くらいの順位が採れる程度の内容を教えることにした。後に二人がグランの中間テストの結果を知った時、予想を遥かに上回る順位をとっていたことに驚いたのは言うまでもない。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 初めての中間テスト、《Ⅶ組》はクラスの平均点にて一位を取るという素晴らしい成績も残し、午後には各科目のテスト用紙の返却も終わった。その後の時間は《Ⅶ組》の毎月恒例となっている実技テスト。グラン以外が若干浮かれ気味の《Ⅶ組》メンバーは、先月、先々月と同じようにグラウンドへと集合する。少しくらいは休ましてほしいものだとユーシスが愚痴る中、グラウンドへ遅れて到着したサラが今までと同じように指を鳴らして傀儡を出現させた。そして早速始めようとサラが最初のメンバーを前に出そうとしたその時、一同の元に招かれざる者達が現れる。

 

 

「何やら面白そうな事をしているじゃないか」

 

 

 三人の貴族生徒を取り巻きに現れた金髪の少年、Ⅰ年Ⅰ組に所属するパトリック=T=ハイアームズ。名前の通りハイアームズ侯爵家の子息であり、彼は三男にあたる。グランは一度ギムナジウムで話したことがあるが、その時は《Ⅶ組》の事を余り良く思っていない物言いで寄せ集めの連中と見下していた。マキアスが嫌う傲慢な貴族そのもので、事実現在のマキアスの表情はかなりしかめっ面を浮かべている。そんな突然現れたパトリック達にサラは授業中に何をしているのかと注意をするが、パトリックの話ではⅠ組は現在自習の時間らしく、その時間を利用して最近めざましい活躍をしている《Ⅶ組》と交流をしに来たとの事。パトリックを始め三人の貴族生徒が次々と騎士剣を鞘から抜き始め、彼の話す交流とはどうやら模擬戦を行う事のようだ。

 

 

「そんな急に──」

 

 

「ふーん、面白そうじゃない。実技テストの内容を変更、Ⅰ組と《Ⅶ組》の模擬戦とする」

 

 

 リィン達は余り乗り気ではなかったが、サラはパトリックの話を聞いて面白そうだと急遽実技テストの内容を変更した。指を鳴らして傀儡を消すと、リィンに三人メンバーを選べと話す。サラの声にリィンは頷くと、ラウラ、ユーシス、フィーの三人を選出した。呼ばれた三人がその声に答えると前へ躍り出る。しかし、何故かパトリックは慌てた様子で突然声を上げた。

 

 

「ま、待ちたまえ! 貴族である二人は無しだ、それと女子を傷付けるのは不本意だから女子の参加も認めない。選び直せ」

 

 

 ユーシスはアルバレアの子息だから、そしてラウラはその実力が学院内にも知れ渡っているからパトリックは二人の選出を良しとしないのだろう。後の女子を傷付けるのは不本意だからと言うのは多分本心だろうが。リィンはそれに渋々納得すると、後ろで立っているグランに視線を移す。

 

 

「(仕方ない……)グラン、悪いけど手を貸してくれない──」

 

 

「ったく。本名はバラされるわ十位以内に入れないわ散々だぞ……!」

 

 

「(これはとても頼める雰囲気じゃないな……やっぱり名前を隠していた事に何か理由があるんだろうか)すまない、ガイウス、エリオット、マキアス、頼めるか?」

 

 

 グランのイライラしている様子を見て無理そうだと判断したリィンは、パトリックの意見に合わせるため残りの男子三人へと声を掛ける。エリオットは若干不安そうだったが、ガイウスとマキアスは割りとやる気を見せていた。三人はリィンの横に並ぶと四人揃って前へ足を踏み出し、パトリック達四人の前に対峙する。サラの合図で八人はそれぞれ得物を構えると、試合開始の号令が掛かるのを待つ。

 

 

導力魔法(アーツ)の使用は自由、制限時間も無しよ。どちらか全員が戦闘続行不可能になった時点で終了とする──模擬戦、始め!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 リィン達とパトリック達による模擬戦はし烈を極めた。戦術リンクを活用するリィン達に、パトリック達四名も高い宮廷剣術の腕前でほぼ互角の戦いを繰り広げる。中盤まではどちらが勝ってもおかしくない状態が続き、終盤でパトリック達が見せた僅かな連携の隙を戦術リンクを駆使して崩したリィン達に戦況の流れを与えた。結果的にはリィン達が辛くも勝利、リィン達四人が肩で息をする中パトリック達が膝をつき、観戦していた《Ⅶ組》のメンバーはその結果によし、と小さくガッツポーズをする。リィンは息を整えると、太刀を鞘に納めてパトリックへと手を伸ばした。

 

 

「良い勝負だった、危うくこちらが負けるところだったよ。良かったらまた──」

 

 

「触るな、下郎が! いい気になるなよ、リィン=シュバルツァー。ユミルの領主が拾った、出自も知れぬ浮浪児如きが……!」

 

 

 リィンの差し伸べた手を、パトリックは罵詈雑言と共に振り払う。直後にその矛先は他の《Ⅶ組》メンバーへと移り、今回の中間テストで一位を取ったエマとマキアスを始めに、アリサ、ガイウスにフィーと次々皆へ向かって暴言を口にする。パトリックの連れていた三人の貴族生徒は流石に言い過ぎではないかと意見するも、彼らの言葉を一蹴り。そして矛先は、パトリックの様子を見て鼻で笑うグランに移った。

 

 

「──貴様もだ、グランハルト=オルランド!」

 

 

「……」

 

 

 本名を呼ばれたグランは明らかに不機嫌な表情を浮かべながらぴくりとその耳を動かす。僅かに彼の周辺へ闘気が漂い始め、傍にいたフィーはその異変に気付いた。しかし、パトリックは気付かずに尚も彼へ罵詈雑言を浴びせる。

 

 

「何が『紅の剣聖』だ。やっている事は人殺しと何ら変わらない男が、よくも抜け抜けとこの学院に……この──」

 

 

 これで終われば良かった。事実彼の言う通り、グランは八葉を修めた後も猟兵を生業にし、猟兵ということは戦場で人を殺める事もある。グランはカチンとくるも、パトリックが間違ったことを言っているわけではないので反論はしない。グランの隣にいるフィーも同じだ。由緒正しきトールズ士官学院に、猟兵だった人間が入ることを一般の生徒が受け入れられないのは当然の事である。だが、この後の一言が余計だった。

 

 

「人の皮を被った“殺人鬼”が」

 

 

 突如グラウンド一帯の空気が変わる。一同の呼吸が息苦しくなり、その場にいる皆は肌を焼かれるような錯覚を起こすほどの強烈な闘気をその身に感じた。一同がその発生源へと振り返ると、そこには膨大な紅い闘気を体の表面に纏うグランの姿が。直後、パトリックの目の前で突然火花が散った。

 

 




やってしまったよ、パトリック。流石に彼もここまで言わないかな~と思いながらもこんな結果に。パトリックにも色々と苦労はあると思うんですけど、やっぱり言っていい事といけない事はあります。次回はどうなるんだろう……因みにガイウスのイケメンターンが無いという悲劇(´・ω・`)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。