紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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雑貨屋での一時

 

 

 

 翌日の自由行動日、早朝を迎えたトリスタの第三学生寮一階では感嘆の声が響いていた。《Ⅶ組》の面々が席に座ってテーブルに広げられた朝食を眺めながら、その種類の多さと華やかな見た目に驚いている。一同が暫く呆けていると、昨日から第三学生寮の管理人を務める事になった、そして朝食を作った本人でもあるシャロンが台所の奥から出てきて申し訳無さそうに口を開いた。

 

 

「お台所に慣れていないため、有り合わせの物で作る事になってしまいましたが……お気に召さなかったでしょうか?」

 

 

「いやいや、逆に有り合わせの物でこれだけのもんが作れるのが凄いんですが」

 

 

 グランの言葉にアリサ以外の他のメンバーも頷きながら、目の前に置かれた料理に次々と手を伸ばしてそれを口に運ぶ。口にした者は一様に満足そうな表情で、シャロンもその様子を見ながら笑みを浮かべていた。しかし、その中でもアリサだけは終始不機嫌な様子で腕を組んでいる。アリサが不機嫌な理由……それはズバリ、シャロンの存在にあった。

 

 

「アリサお嬢様、どうかなされましたか?」

 

 

「『どうかなされましたか?』じゃないわよ全く! これじゃ、母さまから自立しようとした意味が無いじゃない──」

 

 

「これもひとえに、イリーナ会長がアリサお嬢様を心配しての事ですわ」

 

 

「それが余計だって言ってるのよ!」

 

 

 アリサの母親はイリーナ=ラインフォルトという名前で、その名の通り大企業の一つであるラインフォルト社の会長を務める人物だった。勿論アリサ=RのRはラインフォルトのRということになる。大企業の娘ともなれば下手な貴族より位が高く、影響力も強い。そういった理由もあってアリサは家名を伏せていたのだが、今回ラインフォルト家のメイドをしているシャロンが訪れ、彼女が自己紹介をした事により皆に知られてしまう。そしてそのシャロンは此度、イリーナの言い付けで第三学生寮の管理人をする事になったらしく、アリサはその事が納得出来ずに機嫌を損ねていた。自分の気持ちを考えもしないで、勝手に今回の事を決めていたからと。

 

 

「まあまあお嬢様。お嬢様の大好きなアプリコットジャムも持って参りました。シャロンがお塗りして差し上げますわ」

 

 

「え、ほんと?」

 

 

 そして一家のメイドという事は、シャロンもアリサの機嫌の取り方を熟知している訳で。目の前に差し出されたジャムの入った瓶にまんまとアリサは釣られてしまい、しかめっ面は何処へやら、嬉しそうに表情を緩めていた。直ぐに自分の失態に気付いてアリサは顔を真っ赤に染めているが、一同には微笑ましい光景でしかない。二人のやり取りに思わずリィンが呟いた。

 

 

「はは、アリサも形無しだな」

 

 

「リィン、何か言った?」

 

 

「いや、何でもない……」

 

 

 逃げ道の無くなったアリサは、余計な事を口にするリィンに鋭い視線を浴びせるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 朝食を終えた後、《Ⅶ組》の面々はそれぞれの休日を過ごすため第三学生寮を出ていき散々になる。そんな中、グランは一度自室に戻って財布を手に取ると町の雑貨屋『ブランドン商店』へと足を運んだ。目的は、今回の中間テストで大変お世話になったトワへのお礼と、日頃の労いの意味も兼ねてのプレゼント。学院生活はおろかこういった自由行動日の日にまで生徒会の仕事に明け暮れているトワに、グランなりの感謝の意を示そうというわけだ。店内へ足を踏み入れると、視界に入ったのは棚や台に置かれた雑貨の数々。そして、店の中には見慣れた顔もあった。

 

 

「何だ、ラウラも来てたのか」

 

 

「っ!? グ、グランか。うむ、私用でな」

 

 

 グランの声に、昨日の一件からかラウラはどこかぎこちない様子で返事をしていた。先日グランの目的を止めて見せると決意を固めたとはいえ、齢十七の少女である。急に声を掛けられたりしたら流石にビックリするだろう。そんなラウラの反応にグランは首を傾げながら、何か良い物がないかと店内の品々を物色し始める。ラウラもまたグランの姿を見た後に、探し物の途中だったのか目の前の棚へと視線を戻した。

 

 

「しっかし、会長の欲しい物って何だ?」

 

 

 プレゼントとは言ったものの、トワがどういう好みだったりするのかはグランも知らず、何を持っていけば喜ぶだろうかと頭を悩ませていた。暫くの間商品を眺めるも、結局は決まらず。そして一先ず女子の意見を聞いてみる事にしたのか、グランは先程から棚を物色しているラウラの元へ向かった。

 

 

「よっ、お目当ての物は見つかったか?」

 

 

「ん? グランか。ふむ……よし、そなたに聞いてみよう」

 

 

「何の事だ?」

 

 

 一人で勝手に納得しているラウラに首を傾げ、グランはラウラが見つめる棚へと視線を移す。そこには大小様々な種類の雑貨が陳列しているのだが、ラウラの話だと今時の女子の趣味というものについて勉強をし始めたらしい。部活動等で他の女子生徒と会話をする際、自分だけ話題についていけなかった事が悩みだとか。グランも女子の趣味にそこまで詳しいわけでもなく、アドバイス出来るかどうかは微妙だと答えながらも棚の品々を物色し始める。

 

 

「女の子の趣味ねぇ……」

 

 

「因みに私はこれなんかが良いと思うのだが」

 

 

 グランが頭を捻る中、そう言ってラウラが取り出したのは筋肉隆々とした青髪の人形。名前はドギと言うらしいのだが、はっきり言ってグランには名前などどうでもよかった。問題なのはそのチョイスにある。いくらなんでもこれが女子の趣味とは思えない、と流石のグランも顔を引きつらせながら口を開いた。

 

 

「それはないだろ……」

 

 

「そ、そうなのか……やはり違うのか」

 

 

 グランの言葉にラウラは落ち込んだ様子でその人形を棚に戻すと、顎に手を当てながらまたまた物色を始める。同じくグランも棚に視線を戻して品々を見渡すのだが、その時ふとグランの視界に収まる一つのぬいぐるみがあった。大きさ約四十リジュ程の猫をモチーフにしたと思われるそのぬいぐるみは、灰色と白のボディに気の抜けた顔が特徴的な何とも愛らしい見た目をしている。これならもしかしたらと、グランはぬいぐるみを手に取った。

 

 

「『みっしぃぬいぐるみ』か……ラウラ、ちょっとこれ抱いてみろ」

 

 

「承知した……こんな感じでよいだろうか?」

 

 

 グランに言われるまま、ラウラはみっしぃという名前のそのぬいぐるみを受け取るとギュッと胸に抱き寄せた。首を傾げながらぬいぐるみを抱えたラウラを見て、これなら女子の趣味でも違和感はないだろうとグランは話す。ラウラは満足そうな表情でみっしぃのぬいぐるみを上に抱えると、ぬいぐるみの顔をじーっと見詰める。

 

 

「うむ、よく見れば中々に心惹かれるものがある」

 

 

「気に入ったんならなによりだ。さて、ラウラに聞いてもしょうがないから店員に聞くか」

 

 

「ん?」

 

 

 嬉しそうな様子のラウラを見て笑みを浮かべると、用を終えたとばかりにグランは受付に向かって歩き出す。ラウラもぬいぐるみを抱き直してその後を追い、グランは店の受付に立つ士官学院の緑色の制服を着た女の子の前で立ち止まった。頼りになる人間がいない今、店員に聞くのが一番だとグランは考えたようだ。

 

 

「すまん、ちょっと訊ねたいんだが──」

 

 

「何や……? おっ、アンタもしかしてグラン君やないか?」

 

 

「オレを知ってるのか?」

 

 

「知ってるもなにも、君女子の間で結構有名やで? あっ、因みにうちの名前はベッキー言うんや、よろしく」

 

 

 特徴的な喋り方をする女の子ベッキーは、どこか期待をしているグランを見ながら学院内での彼の評判を躊躇う事なく口にした。軽い人、ちょっとえっちな人、終いには顔は悪くないけど性格が残念と言いたい放題である。日頃の行いが如実に現れている女子生徒方のグランに対する印象は、彼の心を折るには充分過ぎた。

 

 

「女の子って怖い……」

 

 

「そなたももう少し日頃の行いを改めてみてはどうだ?」

 

 

「彼女さんの言う通りやな。相手がおるんならもっとしっかりせなあかんで?」

 

 

 そして直後のベッキーによる勘違い発言。二人共揃えて首を傾げていたが、直ぐに言葉の内容を理解したラウラが頬を紅潮させながらグランとの関係を全力で否定。余りの勢いにベッキーがたじろぐ中、そんなに否定しなくてもと心の折れていたグランは更に落ち込んでいる。彼の心境を察したベッキーは苦笑いを浮かべながらグランの肩に手を置いた。

 

 

「まあ、何や。アンタも元気出してな?」

 

 

「その、嫌とかそういうのではないのだが……」

 

 

「はぁ……まあいい、それより本題に入るぞ」

 

 

 ラウラも否定し過ぎた事に自覚があったのだろう。少し頬に赤みが残ったまま申し訳なさそうに呟き、その横では割りと早めに復活したグランがベッキーに今回来店した目的を話していた。普段忙しい女性の友人に、何か心の休まる物を贈りたいので目ぼしいものはないかと。ベッキーは考える素振りを見せた後、近くの棚に駆け寄って一つの商品を見つけると、それを手に取って再び受付のカウンターまで戻ってくる。そしてグランの前に差し出した彼女の手には、透明な袋に入った手のひらサイズのボトル型の御守りが乗っていた。

 

 

「『フローラルボトル』言うんやけど、このアロマの香りが結構落ち着くんや。これなんかどうや?」

 

 

「こんなのがあるのか……それで頼む」

 

 

「よっしゃ、一個で千二百ミラやな……そっちはどうするん?」

 

 

 買い取りが決まるとベッキーはにこりと笑顔を浮かべ、グランの隣にいるラウラが抱いているぬいぐるみへと視線を移した。ラウラは迷う事なくみっしぃのぬいぐるみをカウンターに置き、買い取りの意思を見せる。そして直後にベッキーが値段を告げるのだが、このぬいぐるみ、実は結構な値段がした。

 

 

「『みっしぃぬいぐるみ』は一万ミラや」

 

 

「ちょっと待て、ケルディックの大市で見たやつはせいぜい千ミラだったぞ」

 

 

「これやからトーシローは……そこらのぬいぐるみとは材質がちゃうんや、材質が」

 

 

 因みにカウンターの側にある棚にも同じようなぬいぐるみがあるのだが、それは千ミラだとベッキーが補足する。それを聞いたグランは千ミラの方を提案するが、流石は子爵家のお嬢様であるラウラ。ぬいぐるみの値段については特に気にしていないらしい。

 

 

「それに、そなたがせっかく選んでくれたからな。私も気に入ったし、これにしようと思う」

 

 

「おうおう、見せつけてくれるやんか」

 

 

「だ、だからそれは違うと……」

 

 

「何やってんだよ……一万千二百ミラ、これでいいな」

 

 

 ラウラが一人弄られている横で、グランは二人のやり取りを見ながら呆れた様子で財布からぬいぐるみの分も含めたミラを取り出すと、それをカウンターに置いて自分が購入した商品の入った包みを手に取る。にこにこと笑顔のベッキーがいそいそとカウンターに置かれたミラを回収する中、ラウラはぬいぐるみを手に取って抱き締めながら心苦しそうに声を上げた。

 

 

「グラン、流石にここまで世話になるわけには──」

 

 

「気にすんなって、昨日のお礼も兼ねてだ。それと、これで昨日の事は忘れてくれ」

 

 

「──えっ?」

 

 

「クソ親父の事は、聞かなかった事にしてくれると助かる……じゃあな」

 

 

 刹那、グランの鋭い視線がラウラの瞳を貫いた。ラウラはその視線を受けてびくつくが、グランが直ぐに目線をそらして店の出入口へと歩き始める事によってその場の緊張は解かれる。釘をさされて何か言いたそうな表情のラウラも、結局グランが店を出ていくまではその口を開くことは出来なかった。グランのいなくなった店内で、ぬいぐるみを抱き締める力を一層強めながらラウラは悲しそうに呟く。

 

 

「私は、そなたの力になれないのか? 私は、私は諦めたくないのだ」

 

 

 先程放ったグランの目は全てを貫くが如き鋭いものであったが、それでもラウラの決意は揺るがなかった。同じ剣の道を歩む者として、そしてなにより《Ⅶ組》で過ごす仲間として、彼女の決意は変わらない。グランの目指すものは間違っていると、彼の目的は達成されるべきものではないと。

 

 

「私は必ず、そなたの支えになって見せる」

 

 

 




……会長どこいった、会長おぉぉぉぉぉ!……すみません、取り乱しました。

ラウラ超ヒロイン回でした、異論は受け付けません!

勿論会長は忘れてないよ?次回はリィンとアリサが端末室で閉じ込められている下で会長とグランが甘々に過ご……せたらいいなぁ。

PS お気に入り300突破、本当にありがたい事です。思えば最初にチラシ裏で投稿し始めて、ある読者様の言葉を機に表へ出す事にしたのですが……想像以上に高評価を頂けて驚きの日々です、もっと頑張ります、これからもどうかよろしくお願いします!

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